情報
事跡
年少にして
京師に在し、
孟氏易、
歐陽尚書を学んだ。
孝廉に挙げられ、
議郎を拜し、
御史中丞に補された。
桓帝期に
汝南太守となると、
范滂を署して
功曹とし、政事を委任した。治績が上がると范滂の功績を推し、宗資は自分の美点を伐(ほこ)らなかったため、「任善」の名は海内に聞こえることになった。しかし、その姿勢は当時流行した
党人の議において、「
画諾を主る(文書に承認の一筆を取るのみ)」との批評論争の的ともなった。
また、
討寇中郎将として
泰山郡の賊
叔孫無忌を討った。
年表
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関連項目・人物
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最終更新:2015年12月31日 00:56