アットウィキロゴ

 張顥は、後漢後期の人物。霊帝期に太尉となった。中常侍張奉の弟であったという。
 兄の立場と皇帝の信任によって地位を得たが、蔡邕に「小人が高位にある」と批判されるなど、当時の濁官の代表格として史書にしばしば名が上がる。一方で、天下の旱(日照り)に当たって、長吏の苛酷な者、貪汚な者を條立てて罷免する上奏を行ってもいる。


情報

張顥
智明
本貫地 常山国
張奉(常山)
官歴 梁国相 太常 太尉 罷
「玉の進む所と為り(中略)宜しく小人の位に在るの咎を念じ、退いて、身を引き賢に避けるの福を思うべし」(蔡邕の対策による批判)
並びに宦豎とあい姻私し、公けに貨賂を行う。(後漢書羊陟伝)

事跡

 搜神記によると、張顥が相であった時、雨が降った後、鵲が地の近くを飛翔していた。張顥は人に令してこれを擿(う)たせ、地に堕としたところ鵲は円石と化してしまった。命じて椎ち壊させたところ、一つ金印を得た。文に『忠孝侯印』と記されていたという。


年表




所属項目(タグ)


関連項目・人物

「張顥」をタグに含むページは1つもありません。



-
最終更新:2015年12月31日 00:45