張顥は、後漢後期の人物。霊帝期に
太尉となった。
中常侍張奉の弟であったという。
兄の立場と皇帝の信任によって地位を得たが、蔡邕に「小人が高位にある」と批判されるなど、当時の
濁官の代表格として史書にしばしば名が上がる。一方で、天下の旱(日照り)に当たって、長吏の苛酷な者、貪汚な者を條立てて罷免する上奏を行ってもいる。
情報
| 張顥 |
| 姓氏 |
張 |
| 諱 |
顥 |
| 字 |
智明 |
| 本貫地 |
常山国 |
| 兄 |
張奉(常山) |
| 官歴 |
梁国相 太常 太尉 罷 |
| 評 |
「玉の進む所と為り(中略)宜しく小人の位に在るの咎を念じ、退いて、身を引き賢に避けるの福を思うべし」(蔡邕の対策による批判) |
| 並びに宦豎とあい姻私し、公けに貨賂を行う。(後漢書羊陟伝) |
事跡
搜神記によると、張顥が
梁相であった時、雨が降った後、鵲が地の近くを飛翔していた。張顥は人に令してこれを擿(う)たせ、地に堕としたところ鵲は円石と化してしまった。命じて椎ち壊させたところ、一つ金印を得た。文に『忠孝侯印』と記されていたという。
年表
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関連項目・人物
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最終更新:2015年12月31日 00:45