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名、正しからざれば、則ち言(したが)わず。(論語)

自命なり。口に(したが)い夕に(したが)う。夕は、冥なり。冥は相い見えず、故に口を以って自ら名す。(説文解字)

人が必ず名を有すのはなぜか? (おもい)を吐して自ら(しる)し、人に(つか)えるを尊ぶ所以である。(白虎通)


 とは、人、あるいは事物の呼称のこと。


事物の名



人名

 子は、生まれると三カ月で名づけられる。すぐに名づけられないのは、天道は一時のものであり、物事は移り変わるので、生後間もなくでは子供のことがわからないからだ。三カ月もすると、両目が開いて笑う*1ようになり、人相を見ることができるようになる。これによって始めて相応しい名を付けることができる*2
 名をつける場合、日月(干支)の字や、国の字を用いない。また、体の隠れた場所にある痣などの特徴を用いない。大夫の子は、国の世子(世継ぎ)と同名にしてはならない。
 漢代に国学となった今文学春秋公洋伝は、二文字の名を批判する。二つ名があるのは無常を示すからだという。この時代に一文字の名が多くなるのはそのためだろう。穀梁伝古文学左氏伝にはそのような解釈は無い。

 父母が死ぬと、その名はとなる。子は生活の中で諱を使うのを避けることになる。


見子の礼*3

 妊娠した妻は予定日の月初めから側室(別室)に入る。生まれて三日後に卜によって儀式で子を背負う士と子の乳母を選ぶが、それ以外では夫はみだりに面会しない。
 三カ月めの末、日を選んで髪を()って(すずしろ)を作る。男の子は角*4、女の子は羈*5とする。そうでなければ男は左に、女は右に結わえる。
 この日、妻は子と共に父にまみえることになる。男女は早く起き、沐浴して、貴人(大夫)なら新たな衣服を作って着る。命士以下なら、漱ぎ洗ったものを着てよい。この儀礼には宗族の夫婦がみな立ち合う。共餐をするが、それは朔日の礼に準じる。
 夫は門に入り、阼階(東階)から廟堂に昇り、西を向いて阼に立つ。妻は子を抱いて出産子育ての房から出て、楣(門の軒下)に立って東面する。
 (うば)が先に補助して曰く、「母の(なにがし)は敢えて時日をもって、(つつし)んで孺子(あかご)をまみえます」。夫が対して曰く「(つつし)んで(したが)い有れ」。
 父は子の右手を執り、咳してこれに名づける。妻が対して曰く、「(仰せを)記して、成ること有らん」。妻は左に還って師に子を授ける。子の師は立ち会っている諸婦・諸母*6に子の名を辯告(遍く告げる)する。終わると妻は寝(夫の居室)にゆく。この名づけの儀式は、妻が出産の側室を出て夫の許に戻る儀式でもあった。
 夫は家宰に子の名を告げ、家宰は諸男*7に名を辯告する。家宰は「某年某月某日、某が生れる」と書き記し、これを収蔵する。また、子の名を閭史*8に告げる。閭史はその記録を二つ書き、その一つを閭府に蔵し、その一つは州史に献ずる。州史はこれを州伯に献ずる。州伯は命じてこれを州府に収蔵する。
 すべてが終わると、夫は妻のいる寝に入り、養礼*9の如くして、食事をする。
 この儀礼が終わると、夫妻は通常の生活に戻る。

 庶人で側室の無い家の場合は、夫が寝を出て、羣室(他の一般の部屋)に移る。その後の礼は命士以上のものと変わらない。


参考文献

『礼記』内側篇
『白虎通』


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関連項目・人物

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字句
最終更新:2016年03月07日 00:40

*1 咳笑、赤ん坊の咳き込むような笑い。

*2 白虎通

*3 『礼記』内側より

*4 総角、揚巻。角のように顔の両側に結んだ髪型

*5 編んで馬の頭絡のように交差させた髪型

*6 諸婦は同族の目下の者の妻。諸母は目上の者の妻。

*7 宗族の目下の男達。

*8 閭は村里。その小吏。

*9 妻が結婚して舅姑に食を贈る礼