漁陽人の張純は、後漢後期の人物。
 中山国相を務めたほどの人物であったが、中平四年(187年)に張挙と共に烏桓突騎を引き入れて叛乱し、張挙は「天子」を、張純は「彌天将軍・安定王」を自称した。
 しかし、劉虞の布告を受けた客の王政によって殺された。


情報

張純
本貫地 魚陽郡
官歴 中山国
官歴 彌天将軍・安定王(張挙下)
死去
,渾名


事跡

 劉虞伝

 霊帝紀


年表




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関連項目・人物

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最終更新:2016年05月10日 23:03