駙は、副馬なり。正駕車に非ざれば、みな副馬と為す。一曰く駙は、近なり、疾なり。
駙馬都尉は、
前漢代中期以降に置かれた
職官。天子の駙馬(副馬、
副車の馬)を司った。
天子の外出に随行する儀仗職であるが、
武帝期の
金日磾がこの官を以って寵愛を受けたことから、漢代では
外戚等の要人が占めること
奉車都尉に継ぐ顕官となった。
後漢では
明帝期に
耿秉が拜し、奉車都尉
竇固と共に
匈奴を伐っている。
魏晋では
尚書に
加官された他、
公主を娶った者や高官の子弟が任じられた例が多い。
目次
歴史
位
(前漢)
秩比二千石。
(後漢)
無員(或いは五人)、秩比二千石。
光禄勲に文属する。
職掌
駙馬を掌る。
前漢では、
黄門駙馬という官があり、天子の駙馬は黄門に在ったという。
属吏・属官
不詳。
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関連項目・人物
詳説
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最終更新:2015年01月30日 23:06