束の間の邂逅 ◆cNVX6DYRQU



小兵の男が身を沈めて放とうとする居合いを、ひょろ長い体躯の男が蹴り戻し、更に顎に蹴りを入れる。
倒れた居合い使いが起き上がろうとする所に、大上段からの唐竹割りが振り下ろされ、一人の剣士が命を散らす。
仁七村における仏生寺弥助河上彦斎の立ち合いは、短いが非常に激しい死闘であった。
達人同士の奥義のぶつかり合いによって周辺に激しい闘気が放射され、それは仁七村付近にいた幾人かの剣士を強く刺激する。

その少年も、仁七村で闘気を感じ取った剣士の一人であった。名を烏丸与一という。
主催者打倒を決意し、まずは愛用の木刀を探そうと村の中を探索した与一だが見付かったのは一本の刀だけであった。
人を斬るつもりがなく、既に木刀を手にしている与一にとっては真剣など無用の長物といって良いのだが、
誰かの愛刀を自分の木刀と同様に奪った物だと推察される、よく使い込まれ手入れされたその刀を捨てる気にはなれなかった。
仕方なく木刀と共にその刀を差して探索を続ける与一……彼が凄まじい闘気を感じたのはその瞬間である。
警戒しつつその場所へと近づいて行った与一が見たのは、頭を割られた死体と、傍らでそれを冷静に見つめる洋装の男。
優れた剣士ではあるが、人の死体を見慣れてはいない与一は、動揺しつつ問い質す。
「こ、これは一体誰が……」
一方、洋装の男はそんな与一の様子を冷徹に見極めつつ言葉を紡いで行く。
「俺が殺った」
「な、何故そのような事を!?」
「剣士が剣士を斬るのに理由など必要あるまい。一人斬った後にすぐ次の獲物が来るとは、俺も運が良いな」
「馬鹿な事を言うな!」
激昂して刀を抜く与一。ただし、真剣でなく木刀の方を。
それを見た洋装の男……土方歳三は舌打ちすると自身も木刀を構えて与一に襲い掛かった。

二本の木刀が激しくぶつかり合い、絡み合う。
「くっ」
最初の衝突の後、呻いて飛び退いたのは与一の方であった。
木刀によるものとは思えぬ激しい打ち込みを受け止めた為に腕が痺れている。
凄まじい剣腕。これほどの腕を持つ剣士が何故……
「どうだ、真剣を使う気になったか?」
「使わぬ!拙者の浮羽神風流は人を殺す為の剣ではない」
固い信念を示す与一に、土方は再び舌打ちすると前に勝る勢いで襲い掛かる。

「浮羽神風流剣術一の太刀……疾!」
接近戦は不利と見た与一は大きく剣を振り、突風を起こして土方を吹き飛ばす。
風を操るという予期せぬ技を受け、土方は宙に飛ばされるが、素早く体勢を整えて着地し、一気に間をつめようとする。
「四の太刀、嵐!」
すると、与一の木刀によって、今度は数本の真空の刃が生み出され、土方に向かう。
「ちっ」
不可視の刃を勘だけでかわしきる土方だが、さすがに体勢を崩してよろめく。そこへ……
「八の太刀、旋!」
与一の連撃が土方の身体に叩き込まれ……しかし、次の瞬間、木刀を手放して吹き飛んだのは与一の方であった。
「旋」とは、相手の関節を、痛みを覚えないよう正確に打つ事で、傷つける事なく動きを封じる技である。
弱い打撃を正確に打ち込む技という事は、つまり、打たれる瞬間に僅かに打点をずらせば無効にできるということだ。
土方はそうして最小限の動きで「旋」を無力化しつつ、強烈な返しの一撃を放ったのだ。

常人なら即死しかねない程の打撃を受けた与一だが、彼の鍛え上げられた心と身体はすぐにそれを克服して立ち直る。
木刀を飛ばされた与一が真剣に手を掛けるのを見て薄く笑う土方だが、刀が鞘ごと抜かれるのを見て笑みは苛立ちに変わった。
少年の腕に不満はない。浮羽神風流と言ったか、見た事のない技を使う、実に興味深い、全力で殺し合うに足る一流の剣士だ。
なのに、少年の無用の甘さが全てを台無しにしてしまっている。
先程の真空の刃も、少年がわざと急所から外れた所を狙っていなければ、無傷でかわしきるのは困難だっただろう。
その上、こちらが体勢を崩した絶好機に敵を殺すのではなく、傷付けずに捕える為の技を使うなど、論外としか言えない。
この少年が、己が殺されてでも敵を殺す事を拒むならば、惜しい腕だが殺すしかないか……
そう決意した土方は、与一に突進して行った。

「くっ」
浮羽神風流の技を使う暇も与えずに間を詰め、振り下ろされる剣を与一は辛うじて受け止める。
「はあああああぁ!」
更に、休む間もなく豪雨のように振り下ろされ続ける剣撃。
土方は、剣友である近藤勇程の気組みも、沖田総司のような精緻な技も持たない代わりに、観察力では抜きん出ている。
今も、力任せに連撃を加えているように見えてその実、一撃一撃が与一の防御の裏を掻くよう絶妙に制御されていた。
その怒涛の攻撃を辛うじて防御していた与一だが、永遠に凌ぎ続ける事などできる筈がない。
「しまった!?」
続けざまに強烈な打撃を受け止めたせいで刀の鞘が破損し、目に飛んで来た破片に気を取られた隙に、肩に一撃を食らう。
与一はたまらず倒れ伏し、追撃を覚悟して身を固くするが、土方は敢えて剣を止めた。
「このまま死ぬか、それとも少しは真面目に戦う気になったか?」
その問いかけに与一は返答しない……いや、できない。
土方の攻撃によって既に与一の体力はほぼ限界まで削られており、言葉を発する余力さえ残っていなかったのだ。
当然、そんな状態では立ち上がる事や剣を持つ事さえ相当の努力を要するのだが、何とか成し遂げる。
そして、与一は正眼に構えた刀……鞘が壊れて刀身が一部露出した剣を半回転させ、刃の側を上に向けた。
こんな状況でもまだ、間違っても土方を斬ってしまわない事を最優先に考えているらしい。

土方は密かに溜息をつく。ここまで追い込んでも、こちらを殺す気にはならないのか。
「お前の意地はよくわかった。だったら、その意地を貫いたまま……死ね」
繰り出される必殺の突き……しかし、それを受ける与一もまだ諦めてはいなかった。
浮羽神風流剣術五の太刀「凪」、相手の得物の芯を打って破壊し、戦意を喪失させるこの技を、与一は先程から使っている。
無論、狡猾にこちらの防御の裏を狙って来る攻撃に対し、ただ防御するのではなく木刀の芯を正確に打つのは困難極まりない。
だからこそ、未だに土方の木刀が無事な訳だが、それでもかなりのダメージは与えている手応えがあった。
ここであと一撃、芯に的確な一撃を加える事が出来れば、土方の木刀は砕け散るはず。
その代わり、失敗してこの突きをまともに受ければ、土方の言葉の通り、死ぬ可能性が高いが。
極度の消耗によって目は霞み、手は震えている。果たしてこの状況で正確な一撃を放てるか……いや、放つしかない。
全神経を土方の木刀に集中し、残った力を総動員して突き出される木刀に向けて会心の一撃を放つ。

「何!?」
与一の「凪」によって砕ける木刀。しかし、驚愕の声を発したのは土方ではなく与一の方であった。
木刀を打った時のあまりに軽い手答え……そして、木刀は砕けつつ遥か彼方に飛んで行く。
それが意味する事を与一が悟った直後、その両手は自由を奪われていた。
とどめの一撃を放つ瞬間にも敵の観察を怠らなかった土方は、与一がこちらの木刀をじっと見据えているのに気付く。
何か狙いがあると察した土方は、突きの途中で敢えて木刀から手を離し、素早く脱いだ上着で与一の手首を縛り上げたのだ。
そして、自由を奪われた与一の剣の刀身を掴むと、鞘を抜き放ちつつ持ち上げ、上を向いた刃を与一の首筋に……

カッ!
与一の首筋に向かっていた刀が、突如横合いから差し込まれた剣によって止められる。
勝負に熱中していたとはいえ、達人二人に気取られる事すらなく近付いて戦いに割り込んだその剣士は……
「人の勝負に横槍とは無粋なことをしてくれるな、山南さん」
いきなり現れたかつての盟友、己より先に死んだ筈のその男に、土方は軽口を叩いてみせる。
「土方君こそ、こんな年若い、自分を殺そうとしている訳でもない者を手に掛けようとは、大人気ないのでは?」
「相変わらず甘っちょろい事を言ってるな。そんな調子じゃ、あんたもすぐにそこの間抜けみたいになっちまうぜ?」
河上の死体を目で示して言う土方。と、山南に止められていた刀が急に強く押し返され始めた。
自分の言葉に山南が怒ったのかと思うが、よく見ると刀は既に山南の剣から離れている。
死者を冒涜するかのような土方の発言に、与一が再び力を奮い起こして剣を押し返したのだ。
「その者はお主が殺したのであろう!?それを……!」
「なるほど、そういう事ですか」
それだけで山南は概ね理解した。どうして彼らが戦っているのか、そしてこの戦いが無意味だという事も。
「土方君がここに倒れている方を殺したのは自分だとでも言ったのでしょうが、おそらくそれは嘘ですよ」
いきなり今自分が戦っている意義を全否定するような事を言われて与一の手が止まる。
「この切り口は土方君の太刀筋とはまるで違いますし、何よりこの傷は明らかに真剣によるもの。
 私が君達を見つけた時には、土方君は木刀しか持っていなかったようですが」
「た、確かに……」
与一とて、河上の傷が鋭い刃物による切り傷らしいのに気付いていなかった訳ではない。
しかし、木刀でも、与一が得意とするような風を操る技ならば「斬る」事ができるし、暗器を使った可能性もある。
だから、その手の技が身近にありふれた環境で過ごしていた与一は、己が河上を殺したという土方の言葉を疑わなかった。
だが、ここまでの戦いで、土方がそういった技を使おうとする気配は全くない。
むしろ、彼の剣術はそうした「凄い技を使う」という類の流派とは一線を画する物のように思える。

考え事をして土方から注意を逸らしていた与一はいきなり衝撃を受けて吹き飛ぶ。
与一の手から力が抜けるのを感じた土方が、その腹を蹴飛ばし、素早く刀を奪ったのだ。
「興が冷めた。俺は行かせてもらうぜ。後は甘ったるい奴同士でよろしくやりな」
背を向けて去って行く土方。
「待て、土方君。君はあの男達に従って殺し合いをするつもりなのですか?近藤さんや沖田君もその手で斬ると?
 それよりも、仲間を集めて、共にこの島から脱出する方法を探すべきです」
「そうでござる。お主もそれほどの技を身に付けるまでには武道と真摯に向き合い、厳しい修行を積んで来たはず。
 そうして身に付けた技を、あのような外道共を楽しませる為の見世物にされて、それで平気なのでござるか!?」
二人が声をかけるが、土方はそれを一顧だにせず歩み去る。
与一にはそれを追う余力はなかったし、山南は何かを決意した時の土方を説得するのが如何に困難かをよく知っている。
かくして、新撰組の鬼は、かつての仲間と、己とは真逆の道を歩もうとしている少年の前から姿を消した。

しばらく歩いて山南と与一から十分離れたと判断すると、さすがに疲れていたらしく、土方は近くの民家の陰で座り込む。
「仏生寺とは逆方向に来ちまったな。もっとも、この状態で奴と遣り合うのは御免だが」
今もし仏生寺弥助と戦えば勝ち目はかなり薄い……まあ、勝てないこと自体は本来土方にとって問題ではない。
そもそも土方は稀代の剣士が集うこの御前試合で優勝する気などなく、ただ武士らしい死だけを望んでいるのだから。
しかし、色々と因縁のある練兵館の剣士にあっさり負けて「天然理心流など所詮は田舎剣法」と嘲られるのは業腹だ。
だからこそ土方は、河上の刀を奪って立ち去る弥助の姿を見ながら、得物の不利を考えてすぐに勝負を挑まなかった。

そして後からやって来た少年を挑発して勝負してみたのだが、その後の展開は土方にとっては不満足極まりない。
確かに武器を手に入れるという目的は果たしたし、少年との戦いはそれなりに楽しめたと思っている。
しかし、その少年は腕とは裏腹な甘っちょろい信念の持ち主で、更にはやはり甘っちょろい剣士である山南まで現れた。
あの様子だと、二人は主催者を倒す為に手を組むのだろう。どちらも心は甘くとも腕は一流以上。
体力が回復してから奴らの甘さを最大限利用する戦術で戦ったとしても、二対一では勝てるかどうか。
負ける事自体は構わないが、あの二人の事だ、自分と戦っても殺さず、生け捕りにして説得しようとするだろう。
そんなのは御免だ。敗れて死ぬのは本望だが、敵に情けを掛けられるなど、絶対に我慢ならない。
となると、あの二人、あるいは同様の甘さを持つ可能性が高い集団は避け、ちゃんと殺し合ってくれる相手を探さなければ。
土方は呼吸を整えると、疲れた身体に鞭打って立ち上がり、歩き始めた。
折角の殺し合いを山南のような連中が掻き乱す前に、己に侍らしい死を与えてくれる剣士を求めて……

【はノ漆/村の外れ/一日目/黎明】

【土方歳三@史実】
【状態】疲労
【装備】 香坂しぐれの刀@史上最強の弟子ケンイチ
【道具】支給品一式
【思考】基本:全力で戦い続ける。
1:強者を捜す。
2:集団で行動している者は避ける。
3:志々雄と再会できたら、改めて戦う。
※死亡後からの参戦です。
※この世界を、死者の世界かも知れないと思っています。

土方が立ち去ってからしばし、そこには一つの墓が出来ていた。
墓と言っても、河上の死体を埋めて、その辺りから見繕ってきた石と花を置いただけのごく簡素な物だが。
「今はこれで我慢してもらうしかないですね。この件が片付いたら後できちんとした物を建てましょう」
「申し訳ない、山南殿。拙者が手伝えれば……。この程度で動けなくなるとは情けないでござる」
山南が墓を作っている間に休んでいた与一だが、未だ疲労が色濃く残っているようだ。
「いえ、土方君とあれだけ戦えば疲れるのは当然です。今はゆっくりと休んで下さい」
「それにしても、その土方殿はどうしてあのような嘘を……」
「さて、それは……」
土方が与一に嘘をついた目的は見当がつく。彼を挑発して戦いに持ち込む為だろう。
だが、そうして無駄な戦いを呼び込むのは土方らしくない。これが沖田なら強い相手と戦う為には嘘くらいつきそうだが。
土方も好戦的な人間ではあるが、少なくとも新撰組の副長になってからは、益のない戦いを自ら求める事はしなくなった筈。
それが、自身以外の隊士も多く巻き込まれているこの状況で、わざわざ無意味な戦いを求めるとは……

(まるで人が変わったような……いや、あるいは本当にそうなのかもしれない)
山南の記憶では土方とは昨日分かれたばかりなのだが、さっき見た土方は髪形も格好も様変わりしていた。
自分にとっては半日でも、土方にとってはかなり長い時間が経っており、その間に彼の人を変える何かがあったのだろう。
(とすると、私も芹沢さんや新見と同様、ずっと前に……)
死んで、主催者の手で蘇らされたという事か。その間に長い時間が経っていたなら、仮にこの殺し合いを脱出しても……
「どうしたでござるか?」
与一に聞かれて山南は我に帰る。そうだ、ここで思い悩んでも始まらない。
まずはこの戦いを脱出し、世の中がどうなっていて自分がどうすべきかはその後で考えればいい。
「いえ、何でもありません。とりあえず、もう少し休んで行きましょうか」
自分の推測……ここに集めれた剣士の一部、もしくは全てが蘇った死者かもしれないという事は話さないでおく。
腕が立つと言ってもまだ子供。ただでさえ斬り合いで疲弊している少年に余計な心労を与えたくはない。
(主催者の素性と、あの日から今までの世の流れについて情報を集めないといけませんね)
密かな思惑を胸に、山南は与一と共に暫しの休息を取るのだった。

【にノ漆/村の中心/一日目/黎明】

山南敬助
【状態】健康 右手に僅かな痛み
【装備】エクスカリバー@Fate/stay night
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:この死合からの脱出
一:与一の体力回復を待って行動を共にする
二:日本刀を見つける。
三:芹沢や新見が本人か確認したい
四:現在の日本がどうなっているか情報を集める
【備考】
新撰組脱走~沖田に捕まる直前からの参加です。
エクスカリバーの鞘はアヴァロンではなく、普通の鞘です。またエクスカリバーの開放は不可能です。
柳生宗矩を妖術使いと思っています。

【烏丸与一@明日のよいち!】
【状態】肩に打撲 疲労
【装備】木刀@史実
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:人は殺さない。
一:山南と行動する。
二:愛用の木刀を探す。
三:あの男(柳生宗矩)を倒す。
【備考】
登場時期は高校に入学して以降のいつか(具体的な時期は未定)

※にノ漆に、河上彦斎の簡素な墓があります。


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月下の鬼神 土方歳三 日の出
月下剣舞 山南敬助 修羅の道行き
サムライの決断 烏丸与一 修羅の道行き

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最終更新:2010年06月05日 19:32