妖薙ぎの剣 ◆cNVX6DYRQU
「何もないみたいね」
「ふむ……」
日の出後に樹てた戦略に従い、
秋山小兵衛・徳川吉宗・
魂魄妖夢の三人は、地図上のほノ伍にあたる地域を調べていた。
調査の対象となるのは、面積にして百町にも足らない狭い範囲だが、二刻に大きく足らない時間では調べきれる筈もない。
だから、彼等の調査は対象区域の表面をなぞった程度でしかなかったが、その限りでは特に何も見つけられずにいる。
「やはり、何か起きるのは巳の刻を過ぎてからか」
「でも、ここの地形がわかっただけでも、来た甲斐はあったわ」
確かに、巳の刻以降にこの辺りが戦場になる場合に備えて、地形を下調べしておくと言うのも、彼等の目的の一つではあった。
特に、不可思議な力で飛行と遠距離攻撃を封じられた今の妖夢にとっては、地形を熟知しておくのは常以上に重要な事。
一面に生える草の中に隠れた穴や大きな石、微妙な傾斜などを出来る限り頭に入れて行く。
「小兵衛、どうかしたか?」
そんな中、一人黙って考え込む小兵衛に、吉宗が声を掛ける。
「はあ……」
実は、小兵衛はこの一見何もなさそうな地帯に、一つの異変を見出していた。
確証が得られないので黙っていたのだが、ここは打ち明けて意見を聞いてみるべきかと思い直す。
優れた為政者であり君主である吉宗と、幻想郷なる異界に住む半人半霊の少女妖夢。
一人で思い悩むより、一介の剣客である小兵衛にはない視点を持つであろう二人に相談する方が得策かもしれない。
だが、小兵衛が口を開こうとした瞬間に現れた男が、彼がそれを口にする機会を永遠に奪ったのであった。
「戦いの前に下調べとは、いい心掛けだな。だが、実際に戦ってみなければ、地形を把握できたとは言えないんじゃねえか?」
声と共に、濃い茂みの中から立ち上がる
志々雄真実。その殺気と、既に抜き放たれた利刃を見れば、その意図は明らか。
「俺が行こう」
吉宗が他の二人を制して前に出、刀を抜くと刃を返す。
小兵衛は先に闘っているし、妖夢は本来の力を封じられて全力を出せなという。
だから、三人の中で誰か一人が闘うならば、吉宗が出るのは妥当な選択と言えるかもしれない。
しかし、どうして三人ではなく、一人だけが戦う必要があるのか。
剣客として、多勢で一人にかかるのを厭う気持ちが彼等になかったと言えば嘘になる。
だが、それよりも、彼等は志々雄の行動に強い警戒感を抱いていたのだ。
あの時、三人は志々雄が自ら姿を現すまでその存在に気付けなかった。
三人で動き回る吉宗等に、一人で留まっていた志々雄が先に気付き、気配を消したのだろうから、そこまでは納得が行く。
しかし、志々雄はどうして、隠れたまま三人を奇襲せず、堂々と姿を現したのか。
自信家で奇襲などという手を嫌ったとすると、今度は志々雄が最初に気配を消していた事が説明できない。
最も納得が行く説明は、志々雄は彼等を此処に来させる為に隠れて待ち受けていたというものだ。
その場合、この場所に何らかの罠が隠されている公算が高いだろう。
三人で一斉に掛かれば、揃って罠にかかる危険も大きくなる。
故に彼等は、まずは吉宗が一人で闘い、他の二人がそれを見守って志々雄の策を警戒する策を取った。
数の上の優位を捨てる事も頼り切る事もない慎重な構え。だが……
睨み合いつつ、少しずつ位置を変えていく吉宗と志々雄。
この動きを主導しているのは吉宗。にもかかわらず、吉宗は志々雄への警戒を強めて行く。
吉宗と志々雄の初期の位置関係は、吉宗から見て志々雄が南東から南南東の方角。
つまり、巳の刻に近づく今の時間、志々雄の位置は太陽を背にする位置であり、加えて、丁度風上にも当たっていた。
この明らかな有利を、志々雄はさして粘りもせずに手放し、今では日の光も風も横合いから受けるようになっている。
やはり何かを企んでいる……その確信に、歴戦の戦士に似合わず緊張したのか、口の中が乾くのを自覚する吉宗。
ここでやっと志々雄が動き、吉宗に剣を振り下ろした。
志々雄の斬撃を吉宗が弾き、二人の剣が火花を散らす。
次の瞬間、志々雄の剣が炎に包まれ、さすがの吉宗も驚いて身を引き、防御の構えを取る。
だが、志々雄は吉宗を追わない。身を翻すと横合いの、つまりは小兵衛達が居る方向の草を燃え上がらせる。
「小兵衛、妖夢!」
(しまった!)
慌てて剣を抜き放ち、周囲の草を切り払いながら小兵衛は心中で舌打ちした。
草の生い茂るこの場所まで敵を誘き出し、炎で攻めるのが志々雄の戦略だったのだ。
無論、この程度の火攻めなら、普通ならば小兵衛と妖夢が力を合わせれば楽に切り抜けられた筈。
だが、今回は火の回りが恐ろしくに速い。
原因は、周囲の草の極端な乾燥。そして、これこそが、小兵衛が感じ取りながら言えずにいた、異変の兆候だったのだ。
ほノ伍に踏み込んで以来、調査をしつつ進むにつれて、大気に、大地に、草木に含まれる水分の枯渇が感じられた。
もっとも、時刻が昼に近付けば湿度が下がるのは当然だし、大地や草木の乾燥も、単に場所ごとの水はけの差とも考えられる。
だから、小兵衛も確信が持てずにいたのだが……
対する志々雄は、おそらく一箇所に留まって草木や大地が水分を奪われるのを正確に観察していたのだろう。
そして、吉宗と睨み合いながらも乾燥の進行を密かに測り、攻勢に出る最良の機会を狙っていた。
それが成功した事は、火が燃え広がる絶妙の速度を見れば明らか。
二人ではどうやっても乗り切れないが、すぐに三人で協力すれば或いは、と思わせるだけの速さ。
「こちらを気になさるな!」
駆け寄ろうとした吉宗に小兵衛は叫ぶが、そんな事が無理なのはわかっている。
かと言ってこの状況を切り抜ける妙策もない。
小兵衛は歯噛みしつつ、何とか妖夢だけでも火を抜けさせる手立てを考えていた。
志々雄の鋭い一撃を何とかいなす吉宗だが、完全には捌ききれずに袖口を掠られた。
単純な腕前だけならば、吉宗のそれは決して志々雄に劣るものではないだろう。
斬鉄剣の凄まじい切れ味と炎を操る技は確かに脅威ではあるが、吉宗には延べ数万にも及ぶ真剣勝負の経験がある。
だから、本来ならばかなりの接戦になるであろう勝負だが、この状況で吉宗が実力を十全に発揮できる筈もない。
小兵衛や妖夢を早く助けようと焦り、その焦りが吉宗を二人から遠ざけていた。
吉宗は激しく志々雄に打ち込むが、数合の後、遂にその刀が半ばからへし折れる。
斬鉄剣の切れ味はすぐに察知して気を付けていた吉宗だが、斬鉄剣は切れ味のみならず耐久力でも非常に優れた剣。
加えて、吉宗は剣の刃を反して闘っていたが、日本刀とは本来、峰の部分への打撃に非常に弱い物。
吉宗がいつも使っている刀は、征夷大将軍の佩刀だけあって、相当の業物ばかり。
加えて、吉宗の普段の行いを良く知る友にして優れた剣客でもある山田朝右衛門が、特に頑丈な剣を選んでいた。
その刀を使う限り、吉宗が峰打ちで数十人の敵を次々と打つ、という無茶な使い方をしても、特に問題はなかったのだが……
吉宗が焦りから、今の刀が普段とは違い、並の刀でしかないのを忘れて思い切り叩き付けた結果、剣はあっさり折れたのだ。
刀を折られたり奪われた経験は吉宗にも幾度もあり、そんな時の対処法もきちんと心得てはいる。
だが、炎に巻かれようとしている仲間を気に掛けながらの戦闘では、とてもその経験を活かすどころではない。
志々雄の追撃を折れた剣で何とか受け止める吉宗だが、着実に追い込まれつつあった。
「妖夢、わしが合図をしたら一気に炎を駆け抜けて風上に回れ」
小兵衛にそう言われて、妖夢は眉を顰めた。
炎を突っ切るのを恐れた訳ではない。小兵衛の声に、悲壮な色を感じたのだ。
そもそも、今のままでは如何に妖夢でも炎を抜けるのは不可能で、一瞬でも火勢を弱める必要がある。
だが、乾き切った環境で燃え盛る炎に、如何なる策を用いれば勢いを削げるのか。
簡単に思い付く手は、手近な唯一の水源、即ち、大半が水分で構成されている人間の身体を用いる事。
実際に小兵衛がそんな事を考えているかはわからないが、もしそうだったら妖夢としては座視する訳にはいかない。
剣を構えて精神を集中させる妖夢。
今の妖夢は力を封じられ、弾幕で炎に対抗する事も、飛行して小兵衛と共に炎から脱する事も不可能。
その状況は何も変わっていないし、むしろ、先ほどから周囲を覆う妖気が、湿度と反比例して濃くなっているとすら思える。
それでも、今は不可能でもやるしかないのだ。妖夢は、裂帛の気合と共に剣を振り切った。
(出来た!?)
自身と仲間達の危機が、妖夢の気力と剣技を常よりも飛躍的に高めたのであろうか、
或いは、気体が凝縮して液体となり凝固して固体となるように、濃密になった妖気がそれで却って斬り易くなったのか。
とにかく、妖夢の振るった兼定は、確かに妖気を切り裂き、大きな切れ目を作ったのだ。
当然、そこにはすぐに周囲の妖気が流入して埋められるが、少なくともそれまでの一瞬、妖夢は妖気から解放された。
今はそれで十分。一瞬の間に、無数の弾幕が放たれ、炎はたちまち掻き消される。
「ふう……」
火が消えたのを確認すると、全精気を込めた一閃の疲れが漸く妖夢を遅い、その場に膝を付く。
「何!?」
妖夢の、彼からすれば奇怪な技を見て、さすがの志々雄もそちらに気を取られる。
火を消した後に更に志々雄を攻撃する余裕は妖夢にもなかったが、僅かに気を逸らしただけでも十分。
小兵衛達が助かって心配事もなくなった吉宗は、志々雄の一瞬の隙を逃さずその腕を掴み、格闘戦に持ち込む。
柔術の一手で崩しに掛かるのを、志々雄はどうにか堪えるが、次いで吉宗は力任せに投げに掛かる。
吉宗は若い頃、本職の力士と相撲を取り、これを破る程の大力を誇ったという。
当事の紀州藩の相撲と言えば、相撲中興の祖と言われる鏡山沖之右衛門などを抱え、強豪が揃っていた。
そんな相手に素人でありながら勝ったというだけで、吉宗の膂力の程がわかろうというものだ。
これには、非力には程遠い志々雄でも耐え切れず、地面に投げ倒される。
だが、実戦では相手を地に倒してもそれで終わりではない。
体格と筋力の優位を活かして押さえ込もうとする吉宗に対して、志々雄は貫き手や噛み付きといった剣呑な技で迎え撃つ。
妖夢の無事を確かめて駆け付けた小兵衛が、容易に手が出せない程に激しく揉み合う二人。
そうしている内に、遂に、鐘の音が……巳の刻を告げる鐘の音が鳴り響く。
ほぼ同時に、「それ」がやって来た。
【ほノ伍 草地/一日目/昼】
【志々雄真実@るろうに剣心】
【状態】疲労中、軽傷多数
【装備】斬鉄剣(鞘なし、刃こぼれ)
【道具】支給品一式
【思考】基本:この殺し合いを楽しむ。
一:徳川吉宗、秋山小兵衛、魂魄妖夢を殺す。
二:土方と再会できたら、改めて戦う。
三:無限刃を見付けたら手に入れる。
※死亡後からの参戦です。
※人別帖を確認しました。
【徳川吉宗@暴れん坊将軍(テレビドラマ)】
【状態】健康
【装備】打刀(破損)
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者の陰謀を暴く。
一:小兵衛と妖夢を守る。
二:主催者の手掛かりを探す。
三:妖夢の刀を共に探す。
【備考】※御前試合の首謀者と尾張藩、尾張柳生が結託していると疑っています。
※御前試合の首謀者が妖術の類を使用できると確信しました。
※
佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識。
及び、秋山小兵衛よりお互いの時代の齟齬による知識を得ました。
【秋山小兵衛@剣客商売(小説)】
【状態】腹部に打撲 健康
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】基本:情報を集める。
一:妖夢以外にも異界から連れて来られた者や、人外の者が居るか調べる
二:主催者の手掛かりを探す。
【備考】
※御前試合の参加者が主催者によって甦らされた死者かもしれないと思っています。
又は、別々の時代から連れてこられた?とも考えています。
※一方で、過去の剣客を名乗る者たちが主催者の手下である可能性も考えています。
ただ、吉宗と佐々木小次郎(偽)関しては信用していいだろう、と考えました。
※御前試合の首謀者が妖術の類を使用できると確信しました。
※佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識を得ました。
【魂魄妖夢@東方Project】
【状態】疲労
【装備】無名・九字兼定
【所持品】支給品一式
【思考】基本:首謀者を斬ってこの異変を解決する。
一:この異変を解決する為に徳川吉宗、秋山小兵衛と行動を共にする。
二:愛用の刀を取り戻す。
三:主催者の手下が現れたら倒す。
三:自分の体に起こった異常について調べたい。
【備考】
※東方妖々夢以降からの参戦です。
※自身に掛けられた制限に気付きました。
制限については、飛行能力と弾幕については完全に使用できませんが、
半霊の変形能力は妖夢の使用する技として、3秒の制限付きで使用出来ます。
また変形能力は制限として使う負荷が大きくなっているので、
戦闘では2時間に1度程しか使えません。
※妖夢は楼観剣と白楼剣があれば弾幕が使えるようになるかもしれないと思っています。
※御前試合の首謀者が妖術の類が使用できると確信しました。
※佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識を得ました。
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最終更新:2016年04月19日 03:13