「遅い…な」
富田勢源が外に出てしばし、
香坂しぐれは呟いた。
もっとも、特に不審には思わない。勢源が出て行ったのが、用足しの為などではない事はわかっているのだから。
しぐれが人別帖に
佐々木小次郎の名が三つあると教えた時、勢源は考え込む様子を見せた。
そしてさっき、勢源が立ち上がったのは、謎の声が、死者の二人として佐々木小次郎の名を告げた直後。
勢源の知り合いに小次郎という名の者がいたのか。だとすれば、しばらくは一人にしておいてやるべきだろう。
そんな気を遣って勢源を待っていたしぐれだが、傷は手当てしたとはいえ、血と共に流れ出た体力までは戻らない。
「あの女、死んだの…か」
そんな事を考えている内に、いつしか、彼女の意識は眠りの世界に誘われ……
いきなり跳ね起きたしぐれは、小太刀を掴むと跳躍し、壁を突き破って外に転がり出る。
乱暴な行為だが、この状況ではそれが最善であっただろう。
しぐれが飛び出した次の瞬間、祠は一気に燃え上がったのだから。
外に居たのは、刀を構えた、全身包帯だらけの男。
「ちっ、気配を感じて仕掛けてみたが、怪我人か。なら、せめて俺の糧になりな!」
志々雄真実はそう言うと、上段から思い切り振り下ろして来る。
片手、しかも小太刀で受け止めるのは困難と見たしぐれは受け流してこれを防ぐが、それが彼女に幸いした。
「!?」
さすがに最高級の刀匠の娘だけあって、小太刀で受け流す一瞬の接触だけで、しぐれは斬鉄剣の危険性を見抜く。
まともに打ち合えば危険と、反射的にに飛び退くしぐれ。
お蔭で彼女は、小太刀と打ち合った直後に、いきなり斬鉄剣から噴き出した炎に焼かれずに済んだ。
「何だ、やるじゃねえか。出来れば、あんたが元気な内に会いたかったもんだ!」
そんな言葉と共に猛攻を加えて来る志々雄。
さすがに、疲労した身と片手では防ぎ切れず、しぐれは斬鉄剣を小太刀で受け流した隙に、志々雄の拳を喰らって吹き飛ぶ。
派手に吹き飛んで、焼け崩れようとしていた祠にぶつかるしぐれだが、ここまで派手に飛んだのは、故意であった。
自ら跳ぶ事で拳撃の衝撃を和らげたというのが一つ、そして、もう一つの狙いは……
崩れ行く祠から幾つもの物体が飛来し、志々雄に迫る。
飛来物の正体は、祠に使われていた釘や木片。しぐれがそれらを即席の手裏剣として投げ付けたのだ。
釘や木片は、普通なら投擲武器として使える代物ではないが、投げたのが兵器の申し子香坂しぐれとなると話は別。
彼女の手に掛かれば、杓文字やスプーンですら、容易く人を殺す凶器となり得るのだから。
それを悟った志々雄は斬鉄剣で迎撃しようとするが、その間合いに入る直前、手裏剣の群れは空中で軌道を変えた。
散開した釘と木片は志々雄を回りこんで背後から襲い、同時にしぐれも突進して来て、前後から挟撃せんとす。
「甘え!」
志々雄は剣で地を擦り、摩擦熱で着火すると、剣に渾身の気合を籠め、剣気で炎を煽って燃え上がらせる。
炎と、志々雄自身の体温・剣気が相俟って上昇気流が発生し、釘と木片は舞い上げられ、しぐれも体勢を崩した。
「シャアアッ!」
攻撃を諦めて防御に回り、斬鉄剣の一撃を、しぐれは腕を掠られるだけでどうにか凌ぐ。
だが、もしも直前に斬鉄剣の炎が消えなければ、腕を灼かれて小太刀を使うのに支障が出ていたかもしれない。
「ちっ、脂切れか。ま、こんなもんだろうな」
無限刃と違い、斬鉄剣には斬った相手の脂を長く保持しておくような機構は一切ない。
加えて、斬鉄剣の本来の持ち主は剣の手入れを欠かしておらず、付着していた脂は、ほぼ
久慈慎之介一人の分のみ。
祠に火を点けた分と、しぐれ相手の数度の応酬で、全ての脂を燃やし切ってしまったのだ。
「ふん、まあいいさ。すぐに上質の脂を補給できるんだからな」
そう言ってしぐれに肉薄する志々雄真実。だが……
「外道…め」
志々雄が持つ斬鉄剣は超一級の刀。そして、人の脂を燃やした火を纏うような、猟奇的な使い方をする為の剣では決してない。
優れた剣士であり、鍛冶の心得もあるしぐれは、今までの戦いでその事を見抜いていた。
自身には縁も所縁もない刀とはいえ、刀工の魂が籠もった剣をこのように扱う志々雄に、しぐれは怒りを燃やす。
そして、怒りが疲れ傷付いたしぐれの身体に活力を与え、奥義の使用を可能とせしめる。
志々雄の攻撃を緩やかな動きでかわし、ゆったりとした動きで反撃する。
「遅えッ!」
あっさりと弾いた志々雄は、そのまま踏み込んで一撃を放つが、それも簡単に受け流され、死角に回りこまれた。
(この技は……)
ここに来て、志々雄も気付く。しぐれの動きが、あの男の動きと酷似している事に。
(
四乃森蒼紫の、流水の動き!)
「どうしてお前がその技を使う?」
香坂しぐれは、徒手武術の達人達と寝食を共にしていたが、彼女自身はあくまで武器の使い手である。
しかし、しぐれが今やっている動きは拳法家の、それも梁山泊の達人達にも匹敵する、特級の拳士のもの。
志々雄真実は、その動きが、幕府御庭番衆の頭、四乃森蒼紫の流水の動きである事を知っていた。
手裏剣の使い様など、しぐれの動きに忍者を思わせるものがあったのは確かだ。
しかし、その技には御庭番衆を思わせる色などなかった筈。なのに何故……
「剣の至高は…己と刀が一つとなる…境地。お前には…決してわかるま…い」
四乃森蒼紫は、小太刀二刀の技を身に付けて仲間の墓標に最強の華を添える為、厳しい修行を積んで来た。
その際、蒼紫の強い想い、魂といっても良い物が小太刀に宿り、その刀と一体になったしぐれに蒼紫の技を使わしめたのだ。
「ちっ!」
ムキになって攻勢に出る志々雄だが、緩急自在のしぐれの動きを捉えきれず、全て受け流されて行く。
そして、さすがの志々雄真実も永遠に攻撃し続ける事が出来る訳ではなく、やがて息が切れ、動きが止まる。
「終わり…だ」
隙を見せた志々雄を仕留めるべく、必殺の一撃を放つしぐれ……しかし、これこそが志々雄が待っていた勝機であった。
志々雄真実にとって四乃森蒼紫は、満身創痍で戦闘力を失っていたとはいえ、一度は倒した相手である。
当然、流水の動きの致命的な弱点をも、志々雄は熟知していた。
流水の動きは、守りに徹されれば厄介な技だが、強力な攻撃に出る瞬間、反撃の隙が生まれるのだ。
仮に、これが両手二刀が揃った回天剣舞・六連であれば、話は違ったのかもしれない。
しかし、片手と小太刀一本による攻撃に対応するのは、志々雄にとってはさして難しい事ではなかった。
向かって来る小太刀に対して、真っ向から斬鉄剣をぶつけて行く志々雄。
蒼紫の小太刀とて並の刀ではないが、達人の持つ斬鉄剣と正面からぶつかり合えば、勝ち目は殆どない。
得物ごととぐれを両断すべく、志々雄は全力で剣を振るい……刀が破壊される音が、周囲に響いた。
さて、唐突に話は変わるが、人は何かを語る際、それを大まかに二種類に区分けするという手法をよく使う。
剣術もその例外ではなく、古来、様々な基準で二つに分けられて来た。
東国と西国、一刀と二刀、介者剣術と素肌剣術、道場剣法と実戦剣法、古流と新流……
その中でも、明治や平成の世では、ある分け方がよく行われていた。即ち、殺人剣と活人剣である。
この場合、活人剣とは敵を(なるべく)殺傷しない事を指し、殺人剣はそのような気遣いを持たない者を指す。
本来、刀剣は普通に使えば簡単に人を殺せる武器であり、活人剣を貫くには、人を殺さぬ特別な技術が必要になる。
その分だけ、活人剣は純度において殺人剣に劣るとも言え、活人剣の考え方は剣術の本質に悖ると言う者もなくはない。
だが、それでは何故、活人剣は殺人剣に駆逐される事なく、生き延びているのか。
「人を殺さない」という考え方が、群れを作る動物である人間の本能に適合しているから、という面もあるだろう。
しかし、そんなものが通用するのは、武術家の中ではごく初心の者のみ。
達人と呼ばれる者の行いは、生物としての本能どころか、時に物理法則すらも超越する。
そして、弱肉強食の武術界における淘汰圧は、自然界のそれなど問題にもならぬ程に強い。
このような中で、活人剣が生き残り、強い勢力を保っていられる理由は唯一つ。
活人剣は、純度において劣る代わりに、殺人剣にはない強力な利点を持っているのだ。
活人剣の利点は幾つかあるが、例として一つ挙げると、同じ相手と何度も真剣勝負ができる、というものがある。
殺人剣の戦いでは、負けた方は死体と成り果て、勝者は闘いから何かを得られるかもしれないが、そこで終り。
対して、活人剣では、敗者も死ぬ訳ではなく、剣士としての人生はその後も続いて行く。
失敗は成功の母と言う通り、敗者はその体験から多くのものを得、更に強くなる事が出来るだろう。
当然、剣士たるものが負けて負けっぱなしにしておける訳もなく、何としても強くなって同じ相手に再戦を挑む筈。
その際には、敗者は前の戦いを十分に研究し、今度は勝てると思えるだけの技と策を用意して挑むのが理の当然。
つまり、活人剣の剣士は常に進化し続けなければ今日の勝者も明日には敗者になり得る訳だ。
そうして互いに刺激し合う事で、共に高みを目指す……それが、活人剣の者の進む道なのである。
そしてまた、対戦相手を殺す事のない活人剣には、真の意味での秘剣はまず存在し得ない。
戦った相手に手筋を知られるのはもちろん、そこから他に情報が漏れ、研究される事もあり得る。
よって活人剣士は、常に相手が自身の剣の弱点を突いてくる可能性を考慮する必要があるし、
奥義の類も、一度でも使ってしまえば、何処にその情報が伝わって対応策を練られているか知れないのだ。
これは一見、活人剣の弱点にも思えるが、自身と同等以上の達人を相手にする場合はそうとも言えない。
達人の中には、手を尽して敵の情報を集めるタイプの者も多い訳で、そうした者から秘密を守り切るのは至難の業。
第一、秘密を守る事にばかり気を取られて、肝心の鍛錬が等閑になってしまえば本末転倒というもの。
それならむしろ、はじめから相手に弱点を知られているという前提に立った方が、思い切り良く闘える。
こんな時、同じ相手と幾度も闘う事で、弱点を突かれ、奥義を破られる事に慣れ親しんだ、活人剣の経験が活きるのだ。
今回、刀と一体化する心刃合錬斬によって、四乃森蒼紫の流水の動きを使って見せたしぐれだが、
流水の動きを見知っていた志々雄真実は、その弱点を突いてしぐれの技を破ろうとした。
その辺りの事情はしぐれには知る由もないが、奥義が弱点を突かれて破られようとする展開は、想定の内ではある。
故に、しぐれは流水の動きに頼りきる事なく、二段構えの技で闘っていたのだ。
「何!?」
鈍い音と共に、斬鉄剣の刃が欠ける。
小太刀と斬鉄剣の正面からのぶつかり合いで、小太刀の側が勝利しようとしているのだ。
単純な切れ味ならば、斬鉄剣が数段勝っており、しぐれもそれを知っていたからこそ、其処を補う布石を打っていた。
しぐれは、舞い散る木の葉を表裏二枚に切り分ける程の、精密な剣を誇っている。
それを活かし、先程からの応酬で、しぐれは志々雄の攻撃を受け流す際、常に斬鉄剣の全く同じ位置を受けていたのだ。
正確に一点に衝撃を受け続ける事により、さしもの斬鉄剣も刃毀れを起こしたのである。
これは奇しくも、斬鉄剣が石川五ェ門と共に己以上の硬度を持つ戦闘機と戦った際に使ったのと、同じ戦術。
もしも、志々雄が、しぐれのように、己の剣と多少なりとも心を通わせていたなら、防げていたかもしれない。
だが、それは仕方のない事だろう。
しぐれと、小太刀の本来の持ち手である四乃森蒼紫は、仲間思いという点では共通した核を持つ。
対して志々雄と斬鉄剣の本来の持ち主たる石川五ェ門には、通じる部分など全くないのだから。
それに、刀と心を通じ合わせるよりも、圧倒的な力で全てを捻じ伏せ従える方が、志々雄には似合いであろう。
どれだけの硬さを誇る物質であっても、瑕に衝撃を加えれば意外と脆い。
刃毀れを足掛かりに、そのまま斬鉄剣を破壊しようとするしぐれだったが、志々雄は素手で小太刀を掴んでそれを防ぐ。
「くくく……」
刃が手に食い込むのにも構わず、志々雄は笑う。
「ここまでやるとは。あんたと引き合わせてくれたあいつには、礼を言っておかなけりゃな」
しぐれが持つ小太刀が蒼紫愛用の物である事はとうにわかっていたが、
彼女と出会い戦っている事を、日の出前に死んだという蒼紫の導きと考えるとは、志々雄には珍しい感傷。
だが、感傷に浸っていても、志々雄の行動が温くなる事は有り得ず、加減なしでしぐれに頭を叩き付けた。
「ぐ…。どういう……」
転げてから立ち上がろうとするしぐれだが、その視界が歪む。
頭突きのせいで脳震盪を起こしたか、睡眠で回復した体力がもう尽きたのか。
これ以上の戦闘は無理と判断したしぐれは大きく跳躍して間合いを取ると、背後を向いて駆け出した。
「おいおい、ここまで来てそれはないだ……ぐっ」
追撃しようとした志々雄だが、足がもつれて転びかける。
昨夜からの連戦は確実に志々雄を蝕んでいるのだ。
あの女ほどの達人ならば、戦いの果てに燃え尽きる相手として不足はないが、
「鬼ごっこの最中に灰になるんじゃあ、つまらねえな」
という事で、追跡は中止する。
どうせ、わざわざ去る者を追わずとも、己の全てを燃やすに足る強者との戦いの種は、この島にはいくらでもあるのだから。
【にノ陸 道祖神の残骸近く/一日目/朝】
【志々雄真実@るろうに剣心】
【状態】高体温、軽傷多数
【装備】斬鉄剣(鞘なし、刃こぼれ)
【道具】支給品一式
【思考】基本:この殺し合いを楽しむ。
1:土方と再会できたら、改めて戦う。
2:無限刃を見付けたら手に入れる。
※死亡後からの参戦です。
※人別帖を確認しました。
「どういう事…だ?」
志々雄を十分に引き離してから、しぐれは彼にぶつけ損ねた疑問を呟く。
しぐれと志々雄を引き合わせたという「あいつ」。
それは、普通に考えれば、しぐれがうの場所に居る事を知っていた唯一の男、富田勢源。
勢源に騙され、売られた……一昔前のしぐれなら、そう考えていただろう。
だが、弟子を持つ事で変わり始めていたしぐれは、未だ勢源を信じたいと思っている。
実際には勢源がしぐれを裏切ったという事実はないのだから、彼女は弟子のお蔭で事実誤認をせずに済んだ、とも言えよう。
しかし、彼女は、勢源は絶対に裏切っていない、と言える程には、お人好しではない。
結果として、しぐれは富田勢源に対する態度を決め切れず、心中に迷いを抱え込む事になった。
下手な迷いは、ある意味、事実を誤認するよりも性質の悪いものなのだが……
とにかく、まずは身体を休めようと、安全な場所を探して歩き始める。
この島には、真の意味で安全な場所など、何処にもない事は知りながら。
【にノ陸の何処か/一日目/朝】
【香坂しぐれ@史上最強の弟子ケンイチ】
【状態】疲労大、右手首切断(治療済み)、両腕にかすり傷、腹部と額に打撲
【装備】蒼紫の二刀小太刀の一本(鞘なし)
【所持品】無し
【思考】
基本:殺し合いに乗ったものを殺す
一:体力を回復させる
二:富田勢源に対する、心配と若干の不信感
三:
近藤勇に勝つ方法を探す
【備考】
※登場時期は未定です。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2010年12月02日 20:23