シルリア:「英雄を辞めた男」

「頼むッ・・・コイツ等を見逃してくれないっすか・・・!?」

 嗚呼くそ・・・何してんだ俺は。

「この通りだ、皆さん方連邦の四課なんだろ?ガキが少しばかり危険な力持ってるだけだぜ?そんなおっかねえ武器をわざわざガキに向けなくても・・・な?」

「ま、まずはさ医療部門に保護して様子見・・・とかさ色々案はあると思うんだよ!コイツ等マジでそこら辺のガキと変わらないんだって!」

 跪いて媚び諂う態度が混ざった口調で喚き出し、頭をアスファルトに刷り込む。
懐かしいなあ。前にもこんな場面どっかで見た事あるんだよな・・・思い出したわ、俺の親父だ。借金取りに対して血だらけで土下座してたっけな。
 そんな事思い出してる場合じゃねえ。目の前には連邦軍が束になっても敵わねえ精鋭揃いのバケモノ集団「騎士四課」のお嬢さんに側近二人、得体の知れない全身武装の兵士達だ。
駄目だ、吐き気がしてきた。間接が拘縮する様に自由が効かねえ。思考も遮断されたみてぇに働かねえ、こんなに俺って馬鹿だったか?ってなるくらいに。

 いや、本当に大馬鹿なんだろうさ。折角拾ってもらった「喧嘩のお巡りさん部隊」の看板に泥を塗っちまった。
良い職場だってのにな、でもよ。

 俺の手の届く範囲内だってのに、それを守らねえでガキを見捨てるなんざ・・・それこそ三課の皆に顔向け出来ねえ!
折角・・・折角お嬢が傷痕残してまで救ってくれた命なんだ・・・!
 だったら時間稼ぎだって良い!生憎、俺が死んだら自動でお袋に今までの貯金が送金されるんだ!
もう何も怖くねえ、怖くねえんだよ・・・!!!


…ちくしょう、ギュゲースと飯の約束しなきゃ良かった。






 特別考案機装組織(通称:特装三課)は、移動式海上都市「ヌーフ」の管制を担う都市中央管理局の実質的な治安維持部隊として機能している。
公安四課、組織対策課など多岐に渡る組織の援護部隊だけでなく、セントエルモの一部として大規模要注意団体の牽制・討伐をも担う。
また試験的に咢(外骨格装衣)の運用を実現させた組織であり、彼らの働きによって咢の量産化の実現も為された。
ただ咢の性能自体は、個人に合わせた曲者である事から整備班の常勤が必須とされている。

 これだけを聞くと、洗練された特殊部隊かと思われるが揃っているメンバーはどれも癖の強い連中ばかりである。癖の強い連中であるが為に問題点が多く存在していた。
都市内部の犯罪解決率は設立以来、飛躍的に上昇しているが始末書作成率はそれに比べものにならない程増加していた。

 そんな問題児集団の一人である新兵シルリアは特別講習を受け終え、ため息を着きながらお気に入りのベンチで習慣的に飲んでいる缶コーヒーで喉を潤す。
別に喉は乾いていないが、依存までいかずとも一日に数回は飲んでおかねば気が済まない。特に味が好きでも豆に拘る事も無い、仕舞いには培養飲料品でもそれっぽい味であれば問題無いらしい。

「うわ、これハズレじゃん・・・。ホム坊に毒味させりゃ良かったぜ。」

 どうやら彼でさえ受け付けない新製品だったらしい。例えジャンクフード生活をしていた彼でも味の好みはある様だ。

 本日は晴天。講習内容は時期調整にて未実施であった「咢の予備マナ装填手技」のみで、元々は非番扱いだった事もありシルリアは暇を持て余す事となった。
特に予定も無く支部待機組と合流する事も考えていたが、なるべく仕事から遠ざかりたい気分でもあった。
 相棒のギュゲースは学院に通学中のイサネの護衛役を担っている。と言っても一方的かつ隠密行動を徹底している。端から見たら只のストーカーである。

「よぉ、そのコーヒーどうだった?」

 声の主は特装三課のトップ、ヘリックだ。
その隣には咢開発者のナキもいる。どちらもカフェインを常に摂取している様な人物で、誰もこの二人には敵わないとされている。

「ああ、ハズレっす。クッソまずいっすよ。ナキさんも飲まないで下さいよ、先月のクソまずエナドリも警告無視して飲んだでしょ。」

「困ったなあ、私は眠気覚ましに飲んでいるんだ。特に味に拘る必要も無いさ。」

「そういうこった。コイツに味を聞いても無駄だよ。」

 ナキはヘリックの脇腹を小突き、ヘリックはわざとらしく痛がる動作を見せる。
それに対し「被害妄想が強いぞ」とナキは不敵な笑みを浮かべる。

「そうだ、シルリア。お前の咢の最終調整が終わったぞ、見ていくか?」

 シルリアの咢は入隊当初はまだ実装されておらず、生体分析・リアクター相互テストを経て補修も行われていた。

「え?マジっすか!早く見てえんだけど。」

「んじゃ、着いてきて。非番なのに職場に居るのも億劫だと思うけどね。」

 ヘリックはまるでシルリアの考えていた事がお見通しなのか、彼に不意打ちな発言を投げ掛ける。

「い、いやあそんな事思ってないですって!ははは。。。。」






 大規模倉庫の様な設計を為された特装三課本部の整備室は、この建物の三分の二を占めている。
各部隊の咢を保管しており、目当てであるシルリアの咢も丁度シルファ整備長とラディスがメンテナンスを実施していた。

「お?ウチのボスに悪の科学者に問題児が揃って新型の見学ですかい?」

 皮肉の混じった挨拶を整備長が投げかける。これも彼なりの愛嬌だ、ウルス族にとっては口癖みたいな物らしい。

「おやっさん、そんな口ぶりを普段から使うから度々息子さんと喧嘩するんすよ。」

 マナ干渉器の最終調整を行いながらラディスはボヤく。

「うるっせえぞ若造が!んで、非番のシルリアも楽しみに来てくれたと思っていいんだよな?」

「ま、まあな。俺の半身になるって事だろ?コイツ」


 対峙するとその畏怖たる姿に身震いを覚える。まるで目の前に神機群雄がいる様だ、装甲一つ一つがマナを帯びている。

「コイツの名前は艸楽闘士。倭ノ國伝承で語られる奇獣殺しの英雄サガラを参考に製造したぞ。何せ神機群雄の装甲を譲り受けたんだ。謂わば先人方の遺品同然さ。」

 英雄という言葉にシルリアは強く反応を示す。

「英雄・・・しかも大戦の英雄さん方を素材にしてんすか。」

「勿論、政王からの許可も頂いている。他の部隊の咢だってそうさ。」

 シルリアは俯き、ナキが思いにもよらない言葉を吐き出す。

「すいません、すげえ楽しみだったのは嘘じゃないんですけど・・・時間貰ってもいいすかね。」

 その言葉にシルファは驚きはしなかったが、少しばかり困惑を示した。

「良いけどよ、任務の時にはコイツを着なきゃならねえって事は分かっているよな?」

「勿論っすよ。今日見ただけ満足っすわ、そんじゃ失礼します。」

 周囲の返答を聞く暇も無く、シルリアはその場を後にする。

「うーん、まだ引き摺っているんじゃないかな?」

「双子保護の件か?あれで彼はヒーローになったんじゃないのか?」

 ラディスは恐る恐ると提言する。

「あのー・・・合っては無いと思うんすけど・・・。シルリアさん戦力とかそういうので解決しなかった事、気にしてんじゃないすかね・・・?まぁ俺も戦闘員じゃ無いし戦えんけど。半年前までは借金取りしてたんでしょ?」

 ヘリックは後ろに縛った髪留めを締め直そうとする。

「まぁ仕方ないよ、彼って一生返しきれない借りを抱えちゃってるし。でも独断で入隊させたのは俺だよ?判断ミスじゃ無いって事は確かだと思うんだ。」







 特装三課本部の共有スペースにはリビングルームが設置されている。そこには日用品が多く存在し、そこで料理をして休憩時には食事を摂る事が多い。
また、各班が宿直・待機任務の際に夜食を作ったり仮眠を取る際に利用している。
 最近では遊戯物も置く様になり、本部の部屋を寮扱いしている職員など大抵暇を持て余している者は此処に滞在する事もしばしばだ。

 午後2時半、各班がそれぞれ業務に従事している時間である。出動班は丁度任務要請を受けたらしい為か、誰も利用していない様だった。
 シルリアは先月の企業重役の要人警護を行った貴社より、謝礼で贈呈されたコーヒーサーバーに手を掛ける。食品メーカーであった事もあり、味も申し分ない。シルリアの好みでは無かったが、皆好んで利用している。

「・・・うげ、砂糖切らしてんじゃん。仕方ねえ、後で買っといてやるか。」

 共有スペース内は各職員が好き勝手に利用している憩いの場だ。日用品等は全て職員達が個人で寄贈している物ばかりだ。
 一度エクトが三課持ちで買い物をした事があったが、高価商品までも購入し出す暴挙に及んだことでヤトノ特務班長より目を付けられてしまった。それがキッカケで三課持ちの支払い自体に禁止命令が下されてしまった。

「はー・・・何でエクトちゃんマナ合金時計なんて買ったんだろ。歯車が眩しくて針見えないんだけど・・・。」

 その禁止命令の原因である時計を眺めているが、実に見辛い。何故我々のリーダーはこんな代物を買ったのか、先週これが原因でイロハがエクトに烈火の如く怒られていた記憶がある。
何気にイロハも三課持ちで食品関係を購入していた為、エクトのいい加減な行動が気に障ったのだろう。暫くは掃除担当を続けているが、未だに彼が許される事は無いだろう。

 シルリアは咢を手に入れた事を喜んでいた。喜んではいたが、英雄色の強い咢に躊躇いを持っている。余りにも似合わなすぎるのだ。
元々チンピラ人生を歩み、流れるままに頭を使わずに稼げる仕事へと逃避していた。そんな彼は善悪から目を逸らし、あの日まで自分を誤魔化して生き続けていた。
妥協人生の三十路に、そんな大それた兵器を扱えるのか・・・実践投入が正直怖かった。
 肉体改造に地獄の様な実演訓練、膨大な講習を経て幾度無く全て投げ出そうと考えた事はあった。しかし生かして貰った借りを返す為、たまたま自分に適性がある事が何度も自分を鼓舞していた。
加えて悪態の多い相棒ができ、多くの仲間に何やかんや迎えられ自らの居場所を見つけられた。

 そして一番は、母親に後ろめたさも無い・・・真っ当な職務に就いた事を報告する事が出来た。
だからこそ今更逃げ出すわけにはいかないのだ、元々そのつもりも無い。乗っかった船から絶対に降りる気は更々無いのだ。

 ふと、当時の事を思い出す。それは自分が非正規の金融機関に従事していた頃だ。非登録民を相手にした不当な利子、脅迫に近い取り立て。社会的立場の弱い相手に対し、人扱いする事も無く横暴な態度を振舞う。
 そんな連中を余所に、彼は取り立てを先送りにしたり夜逃げを促す行為に及んだ事もあった。上司に勿論バレてしまった時、彼は強情な態度を揺るがなかった事が災いとなり集団リンチを受ける羽目となった。
あの時、本当に自分は死ぬかと思った。いや死ぬ寸前だった。

 フラフラと彷徨い、周囲の目もくれず死に場所を探していたのだろうか。何も考える事も出来ず、進んだ痕に流血を垂らしながら遂に野垂れてしまった。

『ああ・・・死ぬんかな、俺。』

 中途半端に生き、中途半端に行動し、中途半端な意志を示して・・・このザマだ。

『死にたくねえなぁ・・・。』

 いよいよ身体が冷たく感じ、脈も弱まった感覚を知るも・・・微かに映る視界に誰かが入り込む。

『あのっ・・・しっかりして下さい!』

 子供の声・・・か?こんな血だらけのオッサンに声を掛けるなんて、珍しい子だな。
そんな事を考えるも、視界は既に真っ黒だ。薄れゆく意識の中、生暖かい光を感じる。

『絶対に、死なせない・・・!もう誰も・・・!』

 か弱い少女の声は、確固たる意志を強く感じた。
次に目が覚めたのは病室だった。経緯は後ほど知る事となった。

 彼の命を救い出したのはイサネお嬢だった。
ヒューマーの身では禁忌である「秘術」を使い、右目に刻印症を刻みながらもシルリアを治療したのだ。
刻印症を患えば、タトゥー状に黒い刺青が刻まれてしまう。幸い、皮膚部分のみに発症されただけで障害が残る規模では無かったが臓器部分等に及べば不治の慢性症状が現れる危険性があった。
 イサネは学院でその事を承知していた。秘術は友達のイズナから話を聞いていた程度にも関わらず、自らの意志に反応し秘術が発生してしまったらしい。
未だに秘術のメカニズムは明確に解明されていない。だが亜種以外が使用すれば何らかの障害が発生する、非常にリスクの高い未知のアニムスだ。

 にも関わらず、イサネはそれを使用してシルリアの命を救った。
シルリアは自らを恥じ、強く呪った。

 自分の様な出来損ないが、少女の人生に傷痕を残した。それが途轍もなく許せず、この時点で自分は咎人なのだと思っている。
これが英雄色の強い咢に難色を示した理由だ。仲間が聞けば返答に困るし、気にするなと言ってくれるだろう。彼らは素行は悪くとも、根は人懐っこい連中だ。
 だが、相棒のギュゲースは内心許せない気持ちもあるだろう。アイツはイサネお嬢に妄信している。
さしずめ、あいつは刑務官で俺は囚人なのだろうと思っていた時期があった。

 今では悪友の様な間柄だ、キビトカミ風情だろうと人間臭い印象が強すぎて時々兵器である事を忘れてしまう。

 そんな事を考えながらコーヒーを啜っていると、小さな手が自らの両目を塞ぎだした。

「「だーれだ????」」

 どう反応するのか毎度ながら困る質問だ、さてどうするかと悩むシルリア。

「い、いやーわっかんねえな~。誰だろな~?こんな美声二人誰だろな~~~?」

「え、わざとらしくてつまんない。」

「つまんな。どうかしてるよシルリア。」

 唐突な無茶ぶりに対する辛辣な返答に少しだけ涙腺が緩むも、必死にそれを隠しつつ背後を向く。

「ねぇちょっと今の酷くない???」

 ケラケラと笑いだす双子。メーラとライラはシルリアを揶揄い続ける。
悪戯好きのチビ二人に頭を抱えつつも反撃を行う事にした。

「おらおら~~~~!!!シルリア様の大行進だ~~~~!!!」

 二人を抱えながらリビングルームから通路へとダッシュを決行する。

「わ~~~!シルリアもっと早く走ってーーー!」

「そのままヴトちゃんから逃げて~。」

「なんて?」

 メーラの発言にシルリアは耳を疑う。誰から逃げるって?
そして彼の嫌な予感は的中する。

「シルリアァアアアアアアアアアアア!!!!!!そのままガキ共を話すんじゃねぇええええ!!!!」

 鬼の形相でこちらに向かうルプス族の怒涛の勢いにシルリアは思考よりも早く本能が警告している事が解った。

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!た、たすけて!!!!!!!!!アアアアアアアアア!!!!!」

 半泣き状態で双子を抱え本部を全速力で走り回る事となるシルリアは、タロスとサーベラスとの実演訓練以上に命の危機を感じた。

 散々走り回り、ヘリック直々にお説教を受ける事となった一同。
後ほど聞いた話では双子はヴトの大切なアイス(勿論名前は書いた)を食べてしまったらしい。素直に謝れば良かったが「このアイス美味しかったよ!」とライラが発言した事でこの様な事態が起きたのだ。

 騒動に巻き込まれつつも、何とかヴトも非情な訳でも無く双子を許していた。
ヴトは気晴らしに飲食店へと向かっていき、結局シルリアは双子の面倒見役を担う事となった。

「おいおい、君らさゲームしてたんじゃないの?」

 ライラはシルリアの組んできたジュースを飲み干し、また彼のスナック菓子を奪い取る。

「飽きたんだもん~、新しいの買ってよシルリア。」

「おいおい、公務員の給料に期待しないでくれって。」

 シルリアの膝元に座っているメーラは上目遣いを使い、いつものお願い事を行う。

「ねぇねぇ、じゃあ私とデートしようよシルリア。」

 メーラは何故かシルリアを強く慕っている。シルリアは単に懐いていると感じてはいるが、メーラにとってそれはまた違う感情が混じっている様だ。
周囲からはそれは好意だと言われているが、正直それは親御さんが居ない事によるものだと思っている。

「デートはお断り。子供がませた事言ってんじゃないよ。」

「ませてないー。私はデートだと思ってするから良いもん。」

「普通に出かけんなら別に良いぜ。あとほら、俺も菓子食わせろって。」

 メーラを隣に座らせ、自分用に取っておいた菓子に手を付ける。隠しておいた筈なのに双子にアッサリと拝借された事に疑問を持つ事さえ面倒になっていた。

「何でデートはダメなのー?シルリア。」

「何でって・・・そりゃあ、メーラは12才だろ?俺は29歳だぜ。お前さんは俺みたいな奴よりもさ、もっとハンサムで性格の良い男子とか・・・ほら!ホム坊とか。」

 シルリアの発言にメーラは不服を示す。
この時発せられたメーラの言葉に、シルリアは自らの軽口を後悔する事となる。

「・・・だって私、大人になる前に死んじゃうんだよ?」

 自らの耳を疑い、聞き返す事も出来ずシルリアの表情は固まっていた。

「ライラはもうちょっと生きれるけど、私は2年くらいで死んじゃうんだって。」

「え~、メーラが先に死んじゃうならアタシも一緒が良い~。だってメーラがいないんじゃつまんないもん。ブーちゃんいないならコットちゃんも寂しいもんね。」

「うん、だから死んじゃうなら一緒が良い。元々私達って奇獣の餌だったもん。」

「そーそー、あたしコットちゃんと合体出来てラッキーだったもん!ライラと今も一緒に遊べるし!」

 二人の会話が心臓を締め付ける。何故こんな簡単に死ぬなんて言葉を発せられるのか。冷静を保とうとしている最中、気づいた事がある。
確かに二人の生体分析は行われていた。分析は完了し、二人の生体情報は解明されていたらしい。ヴィクサズとなった事による致命的な障害も、部隊の中でも数名しか知らない筈だった。

 そしてその情報に関して決定的な決まりがあった筈だ。

[二人に余命僅かである事を知らせてはならない。]

 二人はその事実を知ってしまっている。更に、それを受け入れている上にまるで他人事の様に感じている。
気持ちの整理が付かない。何故だ、何故二人はこの事を知っている?

「・・・やべ、ちょっと俺ヘリックさんに用事があったんだわ。ちょっくら失礼するぜ。」

「えーもう行くのー?」

「デートは絶対だよ、シルリア。死ぬ前に沢山行きたいからね。」

 気持ちいっぱいに笑顔を作り、二人へ告げる。

「あいよ、用事が済んだら気が済むまで言う事聞いてやるよ!」





 課長室前にはヘリックとナキ、そして騎士四課のエヴェリンサが話をしている。どうやら都市内部に潜伏している反連邦派幹部の共同捜査を検討しているらしい。
連邦側の組織であるが、双子保護を切っ掛けに二国を跨いでの協力関係が幾度無く行われている状況だ。
 そんな重要な会話をしている中、急ぎ足で三人の元に駆け寄るシルリア。彼にとって三人が話す内容など全くもってどうでも良かった。

「ん?シルリア君、急いでいる様だがどうしたんだい?」

 シルリアは静かに、且冷静に問いだす。

「・・・あの双子に、寿命が数年しかないって事を伝えたのは誰ですか?」

 エヴェリンサは耳を疑う。あの悪戯好きで天真爛漫な双子の、衝撃的な事実を信じられずにいた。

「ヘリック、ねぇそれって本当なの?」

 ヘリックは重い口を開く。

「二人には、知りたくも無い事実だったけどね。」

「ああ、すまん。私が直接伝えた。」

 ヘリックの話を遮り、ナキは淡々とシルリアへ伝える。
シルリアは返答する間もなく白衣の襟元を掴み、ナキへ怒号を挙げる。

「・・・・ッふっざけんなよ!!!あの子達がヌーフまで逃げて来た理由が分かってんだろうが!?なぁ!」

 シルリアの怒鳴り声に全く動じない様子で、ナキは引き続き語り掛ける。

「ヴィクサズの研究は弾丸兵の開発同様に凍結された研究だった。しかしそれを再活用したSLT企業の手によって施術されたのがあの双子だ。そして活用素材にお前の相棒のご兄弟か、二人を篏合させて完成された結果が二人の姿だ。」

「説明なんざ聞いてねえ!何故伝えちまったか聞いてんだ!」

「何も知らせずより、自らの身体は分かっておいた方が良いだろう?そもそも、二人はもっと早く死ぬと思っていたらしいぞ。」

 ナキの返答を聞き、握りしめていた手が緩まった。

「・・・で、でも!結局たかが数年じゃねえか・・・・。」

「推定寿命を伝えた時、二人は大いに喜んでいた。一年で死ぬと思っていたけど、もっと生きられるんだと。冷酷であっても、残酷になる必要は無いだろう。」

「じゃあ何で、何であいつら・・・それを知っててまで。」

 怒りの形相から、今にも泣きそうな顔になるシルリアにヘリックは肩をポンと叩く。

「最後は沢山遊びたいって思っていたらしいんだ、二人は。ブリアレースが言ってたんだけど、最期くらいは迷惑かけてしまってもメーラとライラという二人の少女は・・・確かに生きていたんだと。その証拠を何が何でも残してやりたかった。だからこんな所まで、騒動を起こしながら流れ着いたんだ。」

 シルリアは唇を噛み締める。自分の不甲斐なさに怒りを覚える。
ナキに怒りをぶつけた自分が情けなくて仕方ない。

「シルリア、お前の気持ちは少しは分かるぞ。あの二人に何かしてやりたくとも、これに関しては私の頭脳であっても至難を極める代物だ。ヴィクサズの治療・・・ヒューマーと人工脊髄化されたスクリトゥムの分離術は代替品の人工脊髄を用意していても難しい。謂わば結合された魂の分離を行うんだ、マナ共有状態でもある状況下で分離してみろ。どちらかがマナ急性低下によるショック状態が起き、場合によっては死亡リスクも否定できない。」

 ナキの語るリスクについて、完全に理解は出来ずとも噛み砕く事は出来る。

「つまり・・・どちらかが死んじまう前提って事すね。」

「医療部門の連中も、日々研究を重ねているがな。あまり期待は出来そうにない。何せデブリロイド同様に捨て駒前提の運用だからだ。修繕技術は皆無に等しいんだ。」

 ナキの期待出来ぬ返答に、シルリアは落胆に近い表情を浮かべる。

「・・・折角よお、研究所から抜け出して。苦痛の日々から抜け出して沢山楽しい事して過ごせるって所で、今度は寿命は数年だぁ?そんで変な組織に狙われてるのは変わらねえし、学校にも行けねえ。職場の連中も空いてる時なんて限られてるし、結局此処だって不便じゃねえすか。」

 狼狽するシルリアを、三人は彼を止める事も無かった。

「そんでよ、ライラはいっつも暇そうにしてんすよ?コットスと一緒に悪巧みすっけど根は悪くねえし。ブリアレースは説教ばかりで五月蠅いけど、メーラの事を大事に想ってるんすよね・・・。ああそうだ、さっきも俺メーラにデートしろって言われたんすよ。その時に自分は大人になる前に死ぬって言ってた。それで思った。大人になりてぇんですよアイツら。何やかんや懐いてるあいつ等を、どうにか出来ねえんじゃ。俺はあの咢を使う資格なんざ全く無いんすよ!申し訳ねえけど!」

 シルリアは語り終えると、そのまま俯き出す。
今迄黙って聞いていたエヴェリンサはヘリックの左腕を叩く。

「・・・ねぇヘリック、新しく造った咢ってオウギの素材を使っているんでしょ?」

「へえ、知ってんじゃん。」

 オウギは神機群雄の一体であり、大戦で没した英雄である。
エヴェリンサとも交友のあった者であった事を後ほどシルリアは知る事となる。

「・・・オウギも言ってたなあ、自分の力じゃ護り切れない事がある。その不甲斐なさに潰れてしまう事もあるけど、自分の救えた者達が・・・いつしか自らを救う事となる。って、そんなキザな事を言ってたわ。私が追っている組織だけど、ヴィクサズを研究しているから分離技術だって備えている可能性だってあるかもしれない。あの双子の事もあるから、なるべく早く組織を突き止めたい。今もこうして三課に協力を仰いでいるの。」

 彼女の言葉にシルリアの曇った瞳が少しずつ晴れていく。例え僅かな突破口であっても、希望を見出す事が可能ならば。
自分に出来る事があるのではないか?その思惑が生まれていく。

「まぁなんだ、私は変わらず独自にヴィクサズは研究するし。各組織の保持しているデータは知っていきたい気持ちはあるんだ。だからこそ君達には猛威を振るってほしいんだ。」

「だからさシルリア君、俺は君にあの咢を使ってほしいんだ。強くなって少しでも彼女達の手掛かりを見つけ出してほしい、その適正があったから今ここにいるんじゃないかな?」

 シルリアは思い出す。双子を救おうと必死になった時の事を。
あの時、自らのプライドを捨ててまで騎士四課に立ち向かった。決してあの行為を恥と思ってはいない。

「・・・さっきの失言を詫びます。ナキさん俺・・・咢使ってもいいっすか?俺、もっと強くなりてえ!」

「ああ、その言葉を待っていたよ。」









俺はシルリア。
英雄になる事を辞めた男だ。

理由は簡単だ、中途半端な人生を送っていたからだ。
そのうえイサネお嬢にデケェ傷痕を作らせて、この命を救って貰った。
英雄の資格なんて、微塵もねえって思っていた。

だけど、誰かを救う為に必死になる事だって・・・それで助けられたらその誰かにとってのヒーローになる事は出来るらしい。

俺は今、全力で護りてえって思う人が増えすぎちまった。
チンピラ風情だった俺に出来る事なら、何だってやってやる。

俺が出来る範囲で、死力を尽くしてやってやる。
誰かの英雄くらいに、俺はなってやるよ。



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「なぁ兄貴」

「何だ、弟よ。」

「俺も兄貴も、ガキ共を救う為に合体した事は後悔してねえ。だけど寿命は僅かしかねえ事に申し訳ねえって気持ちは合っただろ?」

「当り前だ、だからこそ藁にも縋る想いで・・・ここまで来たんだろう。」

「ああ、俺らの弟が住むこの地にな。」

「兄弟がこうして住むこの地に、我等は委ねるしかないのだ。」

「分かってるよ、どう言われようと。」

「そうだ、我々は利用しなければならない。この命を散らそうと。」

「ガキ共を絶対に救い出す。只の兵器だった俺達だろうと、コイツ等のヒーローになってやるんだよな。」

「いつしか、恨まれようとな。その為ならば・・・この命など、どうでも良い。」

「手段なんざ選ばねえ、全てを利用しようと。」

「二人を救える結果ならば、それで良いのだ。」
最終更新:2020年10月18日 23:27