「アイオライトさん、まーたヒューマー用食品を摂取しましたね!?処理機能に既定以上の負荷が掛かってますよ!」
「申し訳ございません、今月はまた多量に摂取していないかと・・・。」
「確かに多くは無いですけど、駄目なものは駄目です!前任者はある程度許してはいましたが、私が担当の間は支障が来さない様に管理していきますからね!」
少々油臭い40坪程の武装組織にしては小規模な整備室で、20代の華奢な女性に可憐な女性型デュナミスが説教を受けている。
ここは
特装三課の本拠地とされているアジト内部だ。荒くれ出動班達が扱う咢やデュナミスの整備・修理に日々追われている彼らは、「咢」生誕時期からの古株に混じって若い世代の大半が従事している。
三課で取り扱われているデュナミスは潜入用蛇型「オロチ」と逆関節式二脚戦車型「キウィ」、そして説教を受け意気消沈している彼女こそ女性型「アイオライト」であり、世界少数の言語機能が搭載されている高知能デュナミスである。
「でも、皆様の食事は非常に美味でして。一緒に食事をすると理由が解らないのですが、従来に増して美味しく感じるのです。これは倫理的に解明はされているのでしょうか?」
アイオライトの素直な質問に対し、担当者であるナンナは怒るに怒れないといった心境になっている。
「~~~~~~・・・ッそ、そうですね・・・好きな人と食べると嬉しい気持ちとかあるから、食欲も増すとか…じゃなくて!もーーー話逸らさないで下さいよ~!」
ナンナはアイオライトの行動に少しばかり困っていた。デュナミスの中でも彼女は「銀の心臓」を所持している為、体組織の再現は可能である。しかし人型を維持するだけなら問題無いが、「食事」となれば別問題となる。
本来、デュナミスは食事を必要としない。彼女は食事を行う為に、機人種の様に人工臓器を構築して人と同じ様に過ごしている。それだけでも多大な負荷が掛かっている筈だ。
整備班であるナンナはそれを危惧していた。任務上、負荷によって身体状況に支障を来して非常事態が生じれば・・・担当者だからではなく仲間として危惧しているのだ。
決して自らの責任等は関係なく、彼女自身を心配する故の言葉である事も彼女は解っている。
「おーい、ナンナもそんな厳しい事言うなって。な?」
「あれ?エクトさん会議の方は終わったんですか?」
「おう、定例報告会だからな。」
二日酔いが抜けていないのか、少々気だるげに金髪褐色の男が声を掛ける。
また充分に睡眠を取っていないのか目のクマが目立ち、上着にジャージとラフな格好である。この姿で先程ヤトノに説教を受けていた為か、いつもの勢いが欠けている。
「というか知ってますよ、エクトさんまたアイオライトさんに勧めたんでしょう?バディとしてしっかりしてください!」
「いやぁほら、昨日は大型案件を片付けたじゃん?そんで次非番の連中で祝杯とやったら専用フードだけじゃ味気ないじゃん?ね?」
「ね?じゃありません。」
「すんません。」
例え出動班で一番の顔であるエクトですら、整備班達からも説教を受ける事が多い。そんな彼を見てアイオライトも少々心配そうに見ている。
「アイオライトさん、大丈夫ですよ。エクトさんと一緒に反省して頂ければ!とにかく、少しなら大丈夫ですけど多量摂取で機能不全の危険性もありますし、銀の心臓が無理にカバーして構築機能の低下も起きるかもしれません!なので重々承知をしてくださいね!」
遠目から整備班長と副班長が見守っている。担当の前任者はナキが行っており、まだ若く数年目であるナンナに任せると言い出した時は不安感を隠せなかった。
しかしそれも杞憂だろうと思われた。放任主義のナキとは違い、エクトの体調管理さえも行う彼女の仕事ぶりには圧倒されるばかりの様だ。
ナンナ含め整備班達の日間業務は待機の多い出動班と比べ、忙しない事が多い。朝礼から始まり、室内清掃、多岐に渡る武装品や咢・デュナミスの整備及び外部へ部品発注、協同組合との連携や新規格項目の研修活動等々…任務となれば死と隣り合わせの彼らを全力でサポートする為に日々業務に追われながらも新たな知識や技術を会得している。
そんな彼らの働きを出動班達も理解し、尊敬の意を持ち合わせている。言葉に表さずとも、装備関連の殆どを任せ実績を重ねて信頼性を形にしている。
2階フロアの広場は元々外部スタッフとの会議用に設置された為、油臭いアジトの中では珍しく小奇麗な内装となっている。
特にお偉いさんの訪問等が無い限り、広場を使われる機会は殆ど無く皆の休憩所として扱われている。ナンナは丁度昼休憩に入り、自前の弁当を頬張る。
それぞれが常に整備室に従事出来る様に配慮されており、どうやら彼女は12時から休憩と取っている様だ。各部署のスタッフも同様に食事中だ。
「なんだかナンナちゃん、表情が曇ってる様だねぇ。愚痴ばっかの若い衆の中で光の様な君が珍しい。」
パイプ椅子に腰かけ、彼女の向かいに座り出すポニーテールの男は愛妻弁当を開けている。やたらとガタイの良いその男は、入職面接で彼女を一発採用した管理局の異端児ヘリックだ。
インスタント食品や外食で済ます者が多い中、律儀に毎日愛妻弁当を持参する所帯持ちの一人だ。どうやら本日は弁当2つとサラダ、蒸した鶏肉と健康面に配慮した内容だ。
「そのオニギリ、ハート型なんですね。愛されてますね。」
「あ、ああ・・・やめろって言っても聞かねえんだよな嫁さん。」
そんな彼を煽る様に、人形の様な造形に似つかわしくないパーカーとホットパンツにテックウェアを着こんだ少女がヘリックの隣で声掛ける。
「ホオズキの姐さん、管理官におっこちきってるからしゃーないでっせ。」
「おっこちき・・・え?倭人口調それ?」
「ぞっこんって意味ですわ、管理官。」
セツコは端末で各企業の株価取引を自動操作しているのか、そのままテーブルに放置したまま即席麺が出来上がるまで待機している。
最近は12時休憩にこの三名が揃う事が多い。特にヘリックはホオズキと一緒に休憩を取らないのかと周囲にどやされるが、司令部を空ける事は出来ないという理由から基本的にホオズキと同時刻に休憩を取る事は無い。
倭人口調に戸惑う彼をよそに、セツコはナンナの悩みを一発で的中させる。
「どーせ、アイの事で頭でも抱えてたんでねぇか?」
「あはは…その通りです。」
出動班のサポートも兼ねているセツコは、彼女の悩みもある程度察知していた。しかしその悩みはどの様な人物でさえ解決するのは至難だろうと、既に判り切った問題でもある。
だがそれを言い切る事も躊躇する。何方の主張も譲渡したい事だからだろうか、それについてスタッフ達が深く言及する事は今まで無かった。
「…確かに最近のアイはヒューマーと同じ様な生活を送る様子はあるっちゃあるが、ウチは何も言わねぇ。ってか、散々突っ込んだけど聞かねぇでさぁ。色々あって言うのはやめちまった。」
「その、色々が気になるんですが。担当として彼女の事を少しでも分かっておきたいんです!」
ナンナの純粋な眼差しに、ヘリックは心配そうにセツコを見る。
「俺から言っとけば良かったかな?」
「いんや、管理官の管轄じゃねえですか。休憩終わったら、銀の心臓の事を改めてナキに聞くと良いだろうよ。」
「…博士に聞けば、分かるのでしょうか?」
二人は少しばかり沈黙した後、目を逸らしながら彼女に告げる。
「ま、まぁ大丈夫かと…。」
「で、ですな…ウチは絡みたくねぇけど。」
「え、ええ‥‥?何でそんな不安気なんですか…?」
二人はナキに対して強い信頼感を持つと同時に、突拍子も無い行動に悩まされた事から心配事が僅かにあった。
それでも、ナンナはナキへ尋ねなければ自らの納得する答えが見つからないだろう。そう感じ取り、昼食を済ませた後にナキ博士が滞在しているラボへと赴く。
ラボは協同組織であるタカアマラ工業の勧めで、近日改築を済ませて最先端の機能が搭載されている。
自動ドアから始まり、端末連携式のコンピューターから研究内容の進捗及びデュナミスや咢の設備状況が表示されている。
また必要なのか、同時にセーフハウスも建築した様だ。限られたスペースで改築されたとはいえ、完全に三課本拠地の部屋を私物化しているのもナキの権限で出来るものであり、誰も異議を問う者はいない。
「話は聞いていたがそんな事か。確かにここで活動状況含め、アイオライトの仮想バイタルは確認出来ているが問題はないぞ。今の所はな。」
「それでも心配なんです…。銀の心臓については私も勉強中ですが、三課は時として危険な任務に赴く事が多いです。微々たる要素でも、彼女の体調が少しでも変わってしまってはと…。」
「ま、今更なんだけどな。出動班の連中は不規則な勤務帯に栄養バランスの考慮していない食生活で、充分なパフォーマンスが取れているのかと私も心配する程だなぁ。」
自らに返ってくる内容を淡々を話すナキは、中型冷蔵庫からエナジードリンクを取り出す。デスクの空き缶から察するに、三本目の様だ。
「本日でそれは3本目でしょうか?」
「おっと、私に関してはノーカンで頼む。それで、銀の心臓は「青い鳥」から初めて実装された半永久稼働式の動力装置なのは存じているね?」
「えぇ。初期機人種のマキナシリーズを踏襲された、生体構築機能搭載の新世代装置までは…。」
ナキは端末に銀の心臓について記された資料を開き、彼女に手渡す。
「正解。そこまではしっかりここに書いてある。んじゃ質問、銀の心臓保有者の寿命は知っているか?」
「寿命…ですか?それはマキナシリーズより性能向上された事が実証されているので」
ここでナンナは気付く。寧ろ、何故自分はここまで分かっている筈なのに気付かなかったのか。
盲点どころではなく、自らの無神経さに今恥ずかしさも覚える。
「…アイオライトに関しては、パフォーマンス低下の心配は無い。それは私も保証しよう。この事をハッキリと言わなかったのは流石に申し訳なかったな。」
「あの、半永久的とは存じていますが…実際はどれ程稼働し続けるのでしょうか。」
「推定だが、200年は支障を来さない事は確認している。まぁ何というか、エクトが深く言及しないでくれと言ってな。」
「エクトさんがですか?」
「別にナンナを信頼していない訳では無い、若い子が思い詰めるのは申し訳ないからと。全く、二人揃って配慮の仕方が下手糞なんだよな。お陰でこうやって悩む事になった様だ。」
野暮な話で悩ませた詫びだと、ナンナはナキより缶コーヒーを譲られた。午後の業務は午前中に済ませてしまったので、ナンナは暇を持て余す様に外のベンチに小休憩する事とする。
道中、ナンナは考える。人より寿命の長い人はどんな事を考えて生きているのだろうと。自分より先に、いなくなってしまう人の事をどう思っているのか。
そういえば、マディス連邦の
騎士四課に機人種がいる事を思い出した。メイドさんと長髪で細身な男性がいたけど、ナキ博士から男性の方は「デブリロイド」という廃棄前提の戦闘兵器であると。
彼は現段階では修理する事は全初期化を意味するらしく、機械脳機能低下症の慢性化に伴い破壊するしか無い。人で言うと認知症の様なもので、彼らを救う術はQOLの向上の他に無いだろうと。
約束された死を理解して、彼は決して恐れる事は無いと話していた。ただ、仲間との思い出が消えてしまう事が死よりも恐ろしいと。
アイオライトさんはどうなのだろうか。高度自律修復機能が搭載された銀の心臓は、記憶全てを映像の様に残す事が可能だ。私達との関わりも、話した内容だって、全部覚えているという事だろう。
ベンチの向こうでエクトさんとアイオライトさん、ホムンクルス君の姿が見える。どうやら彼らも食事に行ってたのだろう。ホムンクルス君は端末を弄っている様で、アイオライトさんはエクト君の冗談話に微笑んでいる。
ふと、彼女の行動を思い返す。自律構築された素体では必要の無い入浴も、香水やネイルは彼女の気持ちから私だって目を瞑っている。人間の構造を全て理解し切って完全に再現し、人と同じ様に消化器機能を実現させた。また彼女は日々、心理学に関した書物を読み漁っている事を知っている。
それは、過去にエクトさんの自己犠牲に近い行動を理解出来なかった事が由縁らしい。また、自らもエクトさんを助けようと同じ事を…。確かに、何故そんな事を人は行うのか…説明しろと言われたら答える自信は無い。楽しそうに話している彼女の顔を見て、罪悪感が湧いてくる。
だって、好きな人と同じ寿命じゃないから。
縋る様に彼を理解して、全てを知り、この時間を大切にしたいんだ。
それなら一層、長く生きる事はアイオライトさんにとって苦痛に他ならない。
みんな知っていた。人体再現は多大な負荷が掛かる事を知った上で黙認して、彼女の意思を尊重していた。
それなら私も、彼女の生き方を尊重しよう。少しでも、大切な人との思い出を作れるように。
「はい、仮想バイタルも変わりなし。本日は宿直の日ですよね?私もですから、何かあったらよろしくお願いしますね。」
「ええ、ナンナ様。いつもありがとうございます。私は起きていますから、書類整理は控えめに仮眠は取ってくださいね。」
「ではお言葉に甘えて、コールがあるまで休ませて頂きますね!」
宿直任務は各課と分担して課せられる夜間勤務で、三課では週2回負担している手当の高い業務だ。
何も無い時は寝て終わる勤務であるが、近日治安悪化に伴い夜間出動が増えている事で勤務者は苦虫を噛み潰した様な思いをする事が多い。
出動班の者達は早々と夕食を済ませ仮眠を取り、任務時のパフォーマンス低下を最低限にしようと図っている。
大抵は警察組織案件だが三課案件の場合、連続で出動要請が起きる事が少なくはない。また少数精鋭である彼らはヌーフを転々と動く事が多く、簡単に言えば眠気との戦いである。
本日は睡眠を必要としないアイオライトのいるⅠ班であり、エクトとホムンクルスは彼女に厚意に甘えて熟睡する事が多い。その為か、Ⅰ班と金欠コンビのⅢ班の宿直率は高い。
「なぁ、コンビニ行っても大丈夫かな?」
「この間もイチゴ(緊急任務要請)鳴ったじゃん。やめとけって。」
「途中で俺の事拾えば問題ないと思うんだけど。」
「アイさんコイツこんな事言ってるけどどうする?」
「ではエクト様、端末から位置情報特定させておきますので。何かあればご連絡致します。」
「おう!サンキューなアイ。」
「本屋に絶対寄るんじゃないぞ。」
前回の宿直時にエクトは本屋に立ち寄った事があり、気持ちが緩んでしまったのか立ち読みをして時間を忘れてしまい緊急任務要請が来てしまった事がある。
その際にはエクトが居なかった事で鬼電し、彼も焦ってアジトへ戻ったが宿直はアジト待機が前提である。上官(特にヤトノ)にバレたらまずい事態となる。
「ナンナ様、良ければ仮眠前に暖かい飲み物でも如何でしょうか?」
「あ、うん!良かったら欲しいな!」
2階の休憩用ルームで二人はノンカフェインのお茶を飲み、談話する。ソファーではセツコが寝落ちをしている様で、端末で顔が隠れている。
とても落ち着いた空間で、ナンナは先日の非礼を詫びようとする。
「あのぉ…アイオライトさん。私、失礼な事言っちゃったと思うんです…。ご飯とか制限しなくても良かったのに、シルファ整備長から担当を貰えて張り切り過ぎてたみたいです。」
「そ、そんな私の方こそ…!しっかりと説明出来なかった私に非が御座いますので…。でも…ナンナ様が私を想っての言葉であるのを分かっていましたから、とても嬉しく思いました。」
「…良かったら、紹介したいお店があるんです!整備班の子達と一緒に良く行くお店なんですけど、甘い物とかアイオライトさん好きだと思うので。」
「是非ご一緒したいです!私、女子会…?というものに興味があったのですが、どう言う行為なのか解らず…。」
「女子会…というより遊びに行く感じだから、名前とかに囚われなくて良いと思いますよ!明後日は確か非番でしたよね?私もなんで行きましょう!」
ナンナは思う。自らが担当になった理由は、彼女の体調管理だけではない事を。
不器用な彼女に寄り添ってサポートする役割を、少しでも担いたい。それを任された自分がやるべき仕事を既に理解している。
出動班Ⅰ班担当者として、精進せねばなるまい。
彼女の大切な思い出を、少しでも守れる様に。
最終更新:2022年05月23日 03:44