アヤメ:「Joining the Brotherhood」

「逃げろ!!!レガトゥス兵が来たぞ!!!」

「何をしてるんだ!医療班の癖に残ってんじゃねえよ!早く行け!」

「お願いです!息子だけでも、息子だけでも置いて行かないで!!!」


 周囲の騒めきで朦朧とした意識を取り戻す。同時に四肢の激痛が襲い、抉る様な苦痛に苛まれ喉を鳴らす。
喧騒の最中、誰にも聞こえぬ声を出そうとも彼女の苦痛を理解する者はいない。
先程まで献身的に治療を行っていた機人種の兵士も、今では異形の少女に鉄屑同然に殺戮の限りを尽くされてしまった。

「くそ、くそぉおお!!!!死ね!死ね死ね死ね!!!!俺の苦労を潰しやがって!」

 先程まで彼女に点滴投与の指示をしていた医者が、乱雑に銃の引き金を引く。弾切れである事を忘れる程、焦燥に駆られたエイルは数発しかレガトゥスに命中させる事が出来なかった。
寝たきり状態の彼女の前で、絶望したエイルは震える脚を引き摺る様に動かす。彼の行動に応戦しようと出迎える兵士達は困惑している。

「何をしているんですか!貴方がいなければ皆どうすればいいんですか!」

「皆の命を救えるのはアンタだけだ!頼むからアンタは早く逃げろ!」

 片腕の若い兵士、胸部に血の滲んだ包帯を包んだ壮年の兵士の二人がエイルを抑え込み、退避させようと必死になる。
抵抗虚しく、彼は引き摺られていく。

「待てよ・・・じゃあ誰がアイツを止めるんだよ!お前らこそ生きてくれよ!なぁ!ンな事するんだったらこの子を連れていけよ馬鹿野郎!!!」

 微かに聞こえながらも、彼女には聞こえていた。野戦病院の医師は、動けぬ彼女を庇おうとしていた。
瓦礫が崩れる音、そして宙に舞う灰は空気と同一化して背景を白く染める。事切れた兵士達を貪るレガトゥスは、騒ぎ立てる3人に関心を見せる様子は無い。
 彼女は既に覚悟していた、もう自分も肉片の一部になるのだと。これ以上の痛みに耐え抜く事は出来るのだろうか?早々と事切れるのであれば、そうであって欲しい。
不思議と涙が溢れ出す。この時には既に意識は明瞭であり、自らの死期を悟る程には状況を把握していた。

 ---お願いです、私を置いて逃げてください。どうか、生きてください。

 この台詞を言えたなら、彼等は逃げてくれるのだろうか。わざわざ立ち向かう人々だ、易々と退却はしないだろう。
混乱する中、逃げ惑う民間人達を救う為に彼等は戦っている。何故自分は動けずにいるのか。残酷な事に、彼女は理解していた。
 ・・・本当は、死にたくないと。







「・・・最悪。」

 不快感を感じさせぬ室温、人によっては安心感を覚えさせる木製家具の匂いに包まれた部屋の中で寝起きの彼女は呟く。
この言葉の意味は彼女の顔色である程度は察しが付くだろう。汗を拭い、顔を両手で抑え込む。自分は大丈夫、精神は頗る良好であると何度も言い聞かせる。
 乱れた毛並みの頭耳を寝癖を直すかのような仕草で指で梳かしている。そんな事をしていても無駄だと思うが、習慣となっている為繰り返し行うだろう。

「あぁ・・・今日は合同訓練だっけ。」

 洗面所に向かい、顔に水を掛けながら本日の予定を思い出す。新人という立場である事で、必然的に彼女は駆り出されるだろう。
ウルグス向けに開発された整毛兼保湿クリームを優しく塗布し、頭耳にも撫でる様に塗布し整える。ウルグスにとっては種族的特徴である耳は身だしなみの一部として重要である。

「こんな感じで良いかな・・・時間無いしシャワーは帰ってから。」

 魘されてしまった為か、出勤時間よりも2時間早く起きる筈の彼女は洗顔と寝癖直し、歯磨きのみ済ませた。先日の疲労感を抱え、まだ馴染んでいない制服を羽織りドアを開く。
本日は騎士4課と特装3課の合同訓練だ。己の戦術、身体能力、アニムスのみ求められる部隊に配属する彼女は、新世代兵器である「咢」をメインとした戦術を駆使する特装三課に畏怖に近い感情を持ち合わせていた。
 上位奇獣のみならず、当時は英雄と名高かった犯罪者達、違法機人種をも相手にする彼等を噂でしか聞いていなかった。
勿論、自分が配属する騎士4課も連邦国最強の部隊である事を理解している。対象を「終了処置」する事に長けた者達が配属しており、志望したとは言え自分が配属出来た事を未だに信じられずにいる。

 騎士寮は元々、廃校となった学院を本拠地としたものだった。その為か学院だった時の名残があり、騎士4課本拠地として改装された今でも図書館は残されており、公共施設の様な扱いを受けている。
大戦に伴い街から村同然の規模となった事で、村に似つかわぬ大型図書館が隣接している。組合の取決にて、管理人が配属され騎士達と目を合わせる住民達は少なくはない。

「騎士さんおはよー!!!」

「キツネちゃんだ!また遊ぼー!!」

 未だにウルグスが移り住んで間もない為か、子供達にとっては物珍しい存在なのだろう。4課の中で遊び相手になってしまう彼女は慕われている様子だ。

「うん、おはよう。あんまり走っちゃだめだよ。」

「はーい!!!」

 村の子供達は、隣町の学校に通う子達だ。どうやら課題をする為に図書館を利用しているらしく、朝早くから元気な声に多少は癒しを感じる。

「おいこらー!ガキ共!キツネちゃんじゃなくてアヤメさんって呼べよー!・・・全く、しっかり注意も必要だぞアヤメちゃん。」

 ツーブロック調に剃り、長髪を後ろで括った男性が子供達に向けて厳しく言い聞かせている。彼女の先輩であるタイザは丁度後ろから歩いていた様だ。

「げ、タイザだ!怒ると面倒だから行こうぜ!」

「ッんにゃろ!なぁにが面倒だ!」

 どうやら慕われていないのか、また慕われているからこそ舐められているのではないかと、彼は深い悲しみを覚える。

「元気ですね、皆。」

「早く課題終わらせて遊びたいんだとよ。俺の時よりはまだ偉い方だな。」

「わんぱくそうですもんね、タイザさん。」

「いやぁ・・・先生よりも団長ちゃんに怒られた記憶が多いね。」

「ふふっ・・・何だか想像しやすいです。」

 いつも団長に怒られているタイザの姿は鮮明に思い出せる為、二人の子供の姿を思い浮かべて可笑しくなり笑みを浮かべる。

「お、少しは大丈夫かな?」

「え?」

「何かさ、歩いてる感じ元気ないな~って思ってさ。顔色は良さそうじゃないけど・・・今日の任務きつかったら言ってくれよな。」

「・・・その時は、ちゃんと申告致します。ありがとうございます、先輩。」

 先輩に向け敬礼を行う。タイザは少しばかり照れ臭いのか鼻を搔いている。

「何か慣れねえなそれ・・・ああそうだ、おはよう。アヤメ三等騎士。」

「おはようございます、タイザ二等騎士。」

 こうして騎士四課の一日は始まる。彼女の不安を隠す様な、煌びやかな日照りに包まれて。







 これは先日、と言っても5,6日前になるか。
騎士4課とは何かと任務上対立しやすい特装三課は近年たまに生じるアクシデントに見舞われた。
整備班達は阿鼻叫喚、特務班や出動班の面々は仕方ないの一言で片づけるのみで他人事の様な口ぶりを見せる。
まるで工場施設の様な建造物の中に、彼等の相棒である咢やデュナミス専用の整備室に各セーフハウスが建設されている。
一見すれば寄せ集めのアジトと言われても否定できぬ空間だが、彼らなりの快適さがある事は自負しているらしい。

「…ねぇ、君達。これって実質修理完了に何日掛かるの?」

「それが解ったら皆の者、嗚咽なんざしてねえですよ‥‥。」

 セツコの絞り切って出したかのような声から、これは絶望的だと納得せざるを得ないヘリック。

「まぁつまり何だ…我々にとって看板とも言える【咢】が使えないって訳。公安や組対の人達もカバー出来る体制は出来てる前提だから良いんだけど…。」

「旦那さ~ん…来週の訓練どうします~?」

 管理官補佐のホオズキは都心二課へ人員要請の連絡を行うも、最終の合同訓練について不安を隠せずにいた。

「寄りに寄って、咢の面子が訓練参加組なんすよね?タイミング悪すぎじゃあねえか?」

 エクトは我が班の相棒達同然に信頼し切っている独自兵器が稼働出来ない事に狼狽するばかりだ。
たまたま任務待機期間外だったからこそ、出動となれば上位奇獣や兵器化機人種の対応をしなければならない。
それはつまりパフォーマンスの低下でもあり、継続的な組織の維持が為されない危険性も示唆される。

「そんな事言ってもね~、現に使えないし。まぁ、私は留守番だから応援してるよ~。」

 ソファーで寛ぎながらタロスは加熱式電子煙草のカートリッジを交換している。嫌悪感を顔に露出させたホムンクルスはそそくさと隣から向かいの席へと移動する。

「ちょっと~?蒸気なんだから臭くないでしょ?」

「そいつの匂いも無理。」

 猫撫で声に対し投げ捨てる様な台詞に対し、タロスは舌打ちをする。養子同士、何度も衝突している光景を見慣れている一同は一連のやり取りに対して特に反応する事は無い。
内心、焦燥する者は少なくは無いが、大抵の者達は「ヤトノさんがいれば・・・。」と物陰でぼやいている。

「タロちゃん非番?良いなぁ~俺デュナミスなのに参加させられちゃったし。」

「拙者は4課の強者との試合が楽しみで仕方ないで御座るよ!」

 訓練に対して拒否的なギュゲースとは裏腹に、ツルギは楽しみで仕方ない様子。彼女とマリィーが待機日の時は、他の班と比べ出動命令が少ない。
特にこれと言った原因も無く、何もない夜勤を過ごす方が平和で身体的・精神的負担は圧倒的に少ない。寧ろエクト達Ⅰ班はとあるウルグス一派の大喧嘩や警察組織では対応し切れない事案を度々対応する事が多い。その為か、最近はエクトとホムンクルスは寝不足傾向で移動中は主に眠っている事が増えている。

「俺は無理したくないし、ノンビリしてっから頑張ってくれよ。」

「エクト殿!それでは簡単に敵に首を取られてしまいますぞ!如何なる時も厳戒態勢を維持すべきで御座る!」

 久々の外部との合同訓練に興奮を隠せないツルギに対し、エクトは少しばかりウンザリした表情を見せる。
相棒のマリィー程じゃなければ体力的には着いて行けないだろう。

「いつもそうなのマリィーさん?」

「…私もホムンクルス君みたいに休む時は休んでるよ。」

 今後の任務遂行の効率性・被害想定等の課題に苛まれている司令部と整備班を余所に、出動班の大半は全く気に留めていない様子を見せ、雑談の声が増え始めている。

「まぁ、こっちもタギとマルボが使ってるから早急に治って欲しいんだがな。」

「イロハちゃんとこくっそ強いしいらなくない?活用してる場面少ない気がすんだけど。」

 気安くちゃん付けをするなと言わんばかりにしかめっ面を見せるイロハ。腐れ縁とは言え、流石に愛称として呼ばれる事自体容認していない。

「お前みたいに大技を決めたがる太刀じゃないからなウチは。」

 特務班は出動班とは違い、武力衝突の場面は比較的多くはない。組織対策課と協力し、民間人への被害最小限を前提に隠密行為、設備奪還など出動班と比べ目立つ役割では無い。
その為、武力行使の際に咢を活用しているが現実問題としてタギとマルボはあくまで「護身用」という扱いで所持しているのが現状だ。
これに心血を注ぐ想いで整備している彼等にとっては嘆かわしい話である。

「まぁ、ウチからヴァニタス寄越すから4課の連中と仲良くしろよ。」

「え…ヴァニっさん来るの?」

「エクト君そのアダ名は初耳ですね。陰でその様に言っているのですか?」

「ア、ハイソウスネ…。良いのそっちの任務?」

 問題ありませんと笑顔で返答するヴァニタスは、白兵戦の修練を希望した事で参加が確定となった。補佐を受ける立場であるイロハは特に気に留める事無く承諾していた。
普段は他者の意見を優先していた彼が、珍しく自らの意見を押し通したのだ。これには同僚の彼女らも止める事は出来ない。
ヘリックは各書類を全職員へ送付し、今後の予定を改めて説明する。書類上の内容は決して話さず、必須事項に関しては分かりやすく確認箇所を伝える。
彼の効率性は性格故の癖なのだろう。しかし、柔軟性に長け職員の意見や希望は可能な限り応える彼に不満を持つ者は殆ど居ない。

「んじゃ、ここは改めて言うよ。来週の騎士4課との合同訓練は出動班エクト、サーベラス、シルリア、ギュゲース、ツルギ、特務班ヴァニタスの6名。向こうが提供する訓練場だから失礼の無い様に!」

「はーい。」 「了解です。」 「へいへい。」

 ヘリックの呼びかけに参加者達が個々を感じさせる返事を行う。そんな彼らを余所に、ヴトはアイオライトに耳打ちする。

「…なぁアイちゃん、ぶっちゃけ不安要素多くないか?」

「え?そうですか…?エクト様は大丈夫と思われますが、皆様も…。」

「いや、個人的にはアタシはサーベラス。アイツ向こうのルプスに何かやらかすぞ。」

「…うーん、お茶会をしたらもしかしたら…。」

「プフッ…あの戦闘狂がお紅茶嗜むとかウケル…。」

 思いのほか声が大きかったのか、周囲にも聞こえてしまいアイオライトは少々焦り出す。

「おいヴト!ファルにそれチクっとくからな!悪口ばっか言いやがって。」

「はーーー!?余計な事言ってるのはオメーだろヤリ〇ンかぶれが!」

「表出ろやテメェ!!!!!それ言うから管理局で最近イジられてんだよクソが!!!!!!」

 ヴトに掴みかかる勢いのエクトを数人程呆れながら抑え、それを煽るかのようにヴトは楽しそうに中指を立てる。
不安を抱えながらも、ヘリックは騎士4課事務に向け予定の擦り合わせの連絡をする事とした。
「もう勝手に喧嘩してて、皆仕事に戻ってー」と気の抜けたセリフを言いながら当部署へと戻っていく。

 いつもの騒がしいメンバーが出張となる事で、少しだけ社内が静かになる事に安堵を感じるセツコはいそいそと整備室へ移動する。
なるべく早く咢の整備を終了させる。それが整備班達の重大な仕事だからだ。




 騎士四課本拠地より移送車で移動すること1時間弱。
廃墟に近い地区は嘗て街として機能していた形跡が幾つか残っている。
既に都市としての機能を失った廃墟地は、彼等にとっては訓練場として扱う他無かった。奇獣も住み着かない程に荒れ果てている事が条件として合致したと思われている。

 人も寄りつかぬ事で、皮肉にも彼らにとって一般人を巻き込まぬ訓練場として活用する事が出来ている。
ただでさえ自国での評判がよろしくない騎士四課だが、些か外部での扱いは違う様だ。原因と一つとして、特装三課の所為だろうか。
 良い意味でも悪い意味でも、メディアに取り上げられる機会の多い特装三課に巻き込まれる形で露見される騎士四課
大抵は特装三課の尻拭いをしている光景が映し出される。
近日「違法拡張武装を纏った機人種が都心にて暴動。モノレール線の上にて特装三課との抗争勃発。国防軍所属の騎士四課の参入にて破壊活動は未然に防がれた。国家予算は騎士によって守られる。」と報道された事もある。

 ヌーフの民間人からすると、騎士四課は我が都市の公安四課と並び特装三課の保護者の様にサポートをしている等と評価されている。一方では「4は苦労している者の数字」なんて冗談を言う人もいる。笑い話の一つであろうと、1番問題なのはそれを一緒に笑っているのが特装三課の大半の面子である。

 そんな彼等との合同訓練に対し、移送車の揺れに少しばかり酔いを自覚したアヤメは不安を感じていた。

「…あの、タイザさん。今回はファルさんも参加なんですか?てっきり、単独任務に向かうかと。」

「急遽ねーエヴァちゃんがチームワークを大事にしろって無理やり参加させたんだって。んで単独任務の方はエドが行ったから。まぁ大丈夫だって!アヤメちゃんの事取って食うわけじゃないし!」

 タイザの楽しそうな声が聞こえたのか、ファルはどうしたのかと近寄る。端と端の間であったが、聴覚に優れている彼女にとっては噂話も難なく聞こえる様だ。

「どうかしたの?」

「あ、いえ何でもありません!」

 当の本人に聞こえてしまった事に焦燥感を隠せず、またルプス族に対する本能的な恐怖心を気付かせない様に神経を尖らせている。
それだけでも彼女にとっては至難らしい。

「この子、緊張しててさ。あんま厳しくしないでなファルさん。」

「言っとくけど、食べるなら表で売っている肉しか食べないから安心して。あの子に言われて参加してるけど、特に気しなくて良いと思うわ。」

「は、はい。。。」

ファルにとっては特に意のままに言葉を伝えただけである為、そこに意図が含まれている事は無く誤解を招く可能性がある。
その為かアヤメにとっては気に障ったのかと悪く考えてしまい、少しばかり表情は優れない。

「相変わらず、言葉そのままに受け答えるのですね。ファル。」

「…ヴァニタス。」

 特装三課の異端者が狼に胡散臭い笑みを浮かべる。彼自身、生存さえ期待していなかった彼女に再び会えた事に嬉しさを隠せないのだろうか。
さしずめ、部下から畏怖の念若しくは純粋に恐怖心でも持たれているのではないか?と心配を隠せなかった事で我慢できず声を掛けたのが最大の理由だろう。

「特務班に配属している為、この様な合同任務に参加する機会は滅多にありませんでしたのでファル以外は見慣れないかと思います。」

「ええっと…特務班?」

「せ、先輩…特務班って特装三課内でも特別部隊って言われてる…」

 アヤメが言いかけた所で、ファルが遮る様にヴァニタスを見ながら言葉を発する。

「確か、貴方達の部隊は『狩猟の特務班』なんて呼ばれているのでしょう?平和主義を謳っていた記憶はあったけど、随分と物騒な組織に馴染んでいるのね。」

「何を言っているのですか、当時から物騒な上司に躾けられて今に至りますから。今更と言うべきですか。」

 ヴァニタスがアヤメと目を合わせる。彼女からすると初対面の相手と認識しているも、彼は違う様だ。

「噂では聞いておりました、騎士団では新人2人目に当たるウルグスのアヤメさんでしょう?」

「は、はい。試用期間は最近終了しました、戦闘員としては二人目に当たりますね・・・。」

「三課の者として、貴方達とは良好な関係を築きたいと考えております。それと、ルプスなら同僚に1人いましたので扱いに困りましたらご相談に乗りますね。」

 爽やかな口調ではあるが、特定人物を指した言葉に該当者が若干喰いかかる。

「随分とルプスの事を熟知してるかの様ね。」

「特別枠として、ヴトも誘ったんですけどね。案の定来てくれませんでした。」

「来たって私の事を避けるか不意打ちを仕掛けてきそうじゃない?あの子には毛嫌いされてるみたいだし。」

「そう言わずとも、数少ない同種だから関係は築いて貰いたいのですが。では、また失礼しますね。マツバさん、言い忘れてましたが団長さんが貴方の事を探していました。アヤメさんも声を掛けたいとか話されていた様でしたが、はて。」

 ヴァニタスはさしずめエヴェリンサの会話を聞いていたのだろう。気を遣ってなのか彼らを探し、いつもの癖で雰囲気を紛らそうと話に入り込んだ様だ。
彼の話からマツバは苦虫を噛んだ様な表情を見せる。

「やっべ…確認会談に参加するって言われてたんだ…!ついでにアヤメちゃんも呼べって言われてたの今思い出した!」

「えぇっ!?それ何時からですか!?」

「えーとね、5分前だね丁度。」

 アヤメの全身の血の気が引く。訓練場に最初に到着したのは彼女達を送迎する装甲車だからだ。
そんな彼女らが遅刻したとなると、もう言い訳も通じない。マツバから知らされていなかった彼女も責任を強く感じる。

「もう遅刻確定だからゆっくり行こうか。」

「いや早く行きましょう!!!態度くらいは示しましょうよ!」

 部下に押される様にして走り出し、遅刻二人組は上司達が待機しているテントへと急いだ。
彼等を見届けるヴァニタスとファル。ふと気になった彼は彼女に問う。

「そういえば、貴方も会談には参加しないのですか?」

「団長から『話を聞いても眠くなるでしょう?』と言われて会議とかは全部外されるの。指示のみだから気楽だけど。」

「…何となく想像は着きますね。」

「何が言いたいの?」

「気に障ったのであれば申し訳ございません、私の上司もヴトに対する扱いが似ているもので。思ったより丸くなりましたね、ファル。」

「…彼らがしつこいからよ。」





 倒壊したビルの隣に設置されたテントは、軍用仕様とは言い難いだろう。そう思わせる程に年季を感じられる風格に、国防庁の支給物資の怠慢さ加減にはウモレも頭を抱えている。
これを連中共からの陰湿な仕打ちだと声高々に宣言したとて、益々肩身の狭い思いを受ける事は容易に想像しやすい。事務総括を担い、嘗ては「管理局の猛毒」と称されたウモレの腕力を駆使したとて状況を覆す事は不可能に近い。彼は度々嘆いていた、最前線に赴く彼らの物資は貧相である事。結局、「セントエルモ条約」の規約上支給される最低限の物資の方が何倍も優れている現状に。
 その様な状況を垣間見た特装三課の面々は、古ぼけたテントと「手作り感」を引き立たせるテーブルや椅子に触れ、何とも言えない心情に襲われていた。

「…ええと、可愛いテーブルと椅子だね!俺らも最近遠征用の道具新調したよな?奇襲でぶっ壊れちまったのをきっかけに総務課で支給されてさ。見た目ダサくて微妙なんだよなぁ。」

「そうそう、あん時はエクトちゃんが休憩だーとか言ってテーブル設置した瞬間に上空から真っ二つにされちまって!いやぁちびるかと思った!」

「シルさんビビリだよなぁ~ははは!」

 エクトとシルリアはフォローなのかも分からない事を口走る。勿論、四課の一同はそんな事は気にしないだろう。
自分達とは違い、咢を活用せず経験と持ち前の戦闘能力で組織を築いている彼等の物資が少しばかり貧相な事に違和感を感じているのだろう。

「え?テーブルとかも支給されるんだ?ウチの御上はケチだから孤児院の子供達が作ったのをずっと使ってるの。気持ちがこもってる分満足はしてるけどね。」

 エヴェリンサにとっては普通の事なのだろう。無意識に発した唐突な美談に二人は固まる。
壊してナンボの特装三課での常識と比べると、彼等の様な物を大切にする考え方には度々感心される。それがまさか破壊行為のスペシャリストである騎士四課から聞けるとは思わなかっただろう。

「私達四課は身元の都合上、連邦本拠地との干渉度の極めて低い地区に在籍しています。その所為か、本部の人達に忘れられてるんでしょうかね~。」

「テレジア…笑えない冗談は止めてくれ。」

 背もたれの無い、190㎝台の彼には少々小さい椅子に壊れない様に気遣うマツバは度々テレジアの冗談に呆れる事が多い。

「ん~でも、村の皆さんが色々くれるから良いじゃないですか~。基本給と任務報奨金はしっかり支払われているんですから♪あまり気に病む事ではありませんよ~。」

「へぇ…俺達はまだ良い扱いって事なんかねぇ…?」

「そうだぜシルリア、お前の首取らんかっただけ優しいと思いやがれ。」

 ギュゲースの発言にエクトは「あっバカ」と小声で呟く。「双子のヴィクサズ事件」にて管理局の3課と国防庁の4課は初めての衝突と不本意な共同任務を担う事となった。
その原因となった人物はシルリアだ。ヴィクサズ手術を受け、強化機人種を破壊する事など造作も無い彼女達を偶然保護した彼は諸所の都合もあり、彼女達が処分されるのではと誤解し4課と衝突してしまった経緯がある。本人は内心、今回の合同訓練自体は気まずい気持ちでいっぱいなのだ。

「ッてめぇだってやる気満々でガチンコしてたじゃねえか!」

 三人のやり取りに呆れ顔のエヴェリンサ。当の彼女達は一連の事件で特に関係悪化になったとも思っておらず、寧ろ関わる切っ掛けが増えたと前向きに捉えている。

「もう…水に流したんだから何で自ら蒸し返してんのよ。」

「いやぁマジでごめんねエヴェちゃん。そんで…噂の新人さんはまだ来ねえかな。」

 エクトとシルリア、そして話を聞く気の無いギュゲースは確認会談に参加し、今回の合同訓練の内容確認と各員の手配準備、そして騎士四課の新人の紹介を受ける予定だった。
予め訓練内容の確認は完了していた為、あとは新人の紹介を実施した後に各員の手配に移るだけであるが、予定時刻から7分程経過している。
最初の移送車に乗り込んでいた事は聞いてはいたが、彼女のサポートを担っている筈のタイザもまだ到着していない。

「…タイザがフタイザイ」

 ギュゲーズの一言にテント内は凍り付く。更に一部は理解もしておらず、困惑している。

「は?お前遂にやったか?」

「ちょっとギュゲ…マジでお前何なの?」

 唐突な戯言に二人は若干ギュゲースに軽蔑の眼差しを向ける。

「ま、待ってくれよ!そこはスルーして会話を続けてくれよ!」

「過酷な事を言うんじゃぁ無いよ。」

 3人の下らぬ口論も束の間、今会談の目星である新人が来訪する。

「お、遅れて申し訳ございません!!!」

「アヤメ!貴女が遅刻なんて珍しいね。どうかしたの?どうせタイザが集合時間言うの忘れてたんじゃない?」

「おいおいエヴェちゃん!そうやって人を疑うのは良くないと思うんですけどぉ!?はいそうです、すんません。」

 マツバの眼光が一瞬鋭くなる、殺気に気付いたタイザはヒィッと情けない声を挙げる。

「アカンちょっと俺衝突した当時思い出した。」

 若干凹んでいるシルリアに、エクトは無言で肩にポンと手を置く。

「ごめんねータイザに出発前に言ったんだけど…どうせ車内で寝てたんでしょう?まぁいいや、三課の人達待たせちゃってるし挨拶しちゃおっか。」

「あ、その前に外にいるサーベラス様方をお呼び致しますね~。」

 テントから少し離れた一片の瓦礫に寄りかかる二人に、テレジアは声掛けに向かう。

「…ヴァニタスが居ない様だが。」

 大戦で妙な交友関係を持つ彼が居ない事に疑問を抱くマツバ。しかし彼の気紛れな一面もある程度理解はしている為、想定の範囲内ではある。

「あ~ファルの所じゃねえかな?何か話してくるとか言ってたが。」

 エクト達の反応から、ヴァニタスとファルの関係は周知である事が解る。ヴトが以前「ヴァニタスは4課を保健所扱いしたんだよ、ハハッウケる。」と発言し、ヤトノから𠮟責を喰らった事がある。
勿論そんな事は彼女達の耳には入れない方が良いだろう。エヴェリンサは現在進行形でファルに振り回されている身の為、半分諦めに近い様子を見せる。

「ヴァニタスも意外とマイペースよねぇ~。まぁファルを送り付けた張本人なりに面倒は一応見てるつもりかしらね。」

「あ…ヴァニタスさんなら数分前にファルさんと一緒の時に挨拶しました。」

 ある意味用途は済まされたと思う反面、少々ヴァニタスにも振り回され気味のエヴェリンサは深い溜息を着く。

「まぁ…やる事は真っ先に済ませておくタイプだから良い事にしましょう。サーベラスとツルギも到着したみたいだし、挨拶よろしくね。」

 彼女の通告通り、合同訓練参加組の特装三課一同が揃う。今の立場であれば、互いの国交に繋がるであろう武装組織同士だ。
お互いの力量を知る事で、敵性組織や上位奇獣への対処を担う双方の士気向上、戦術強化、関係構築を目的としている。
未だに人種差別問題が絶えない状況下であるが、騎士四課は三課同様に差別問題など気にする素振りも無い。

 ウルグスである彼女はアマレダ国家出身であり、直接的な差別を受けた経験は無かった。
寧ろ、大戦当時は難民だった彼女や家族を彼等は快く迎え入れ、トルテンタンツの脅威から死守しようと戦ってくれた。
力虚しく、家族を失い野戦病院で瀕死状態だった彼女を見捨てずに戦った彼等に。恩返しは一生叶わぬ夢となったが、生き延びた自分に意味を見出したいと強く思っている。

 あの時治療してくれた人達、自らを囮にして逃がしてくれた人達。彼等に恥じぬ様生きる為に。

騎士四課所属、アヤメ三等騎士です。特装三課の方々、今後ともよろしくお願い致します。」






 噎せ返る様な、肉の焦げた様な匂いが充満する。
ふと自分の身体が五体満足なのか確認をしたくとも、結局のところ四肢は言う事を聞いてはくれない。
自分は誰かに運ばれていた様なのか、見覚えの無い避難所で眠っていた。

 瓦礫に囲まれ、いつ崩れてもおかしくない場所で彼女は絶望に近い感情に苛まれる。
あの時、自分を庇ってくれた医師や兵士達はどうしたのだろうか?他の避難民達は?途中ではぐれた家族や友達。
近所の顔馴染みも皆、散り散りになった。失意を象徴するかの様な情景に、何故私は生き残ってしまったのかと思ってしまった。

 …折角助かった命だというのに。

この訓練場はあの時の情景に少し似ている。アヤメは脳裏に写った情景を遮る、今はそんな記憶に苛まれている状況では無いからだ。


「アヤメ!油断するなよ、俺ら下っ端じゃあ流石に苦戦する相手だからな。」

 ニ等騎士の先輩が彼女を気に掛けて忠告する。ビル群の跡地だった瓦礫地帯では、死角となるエリアが多い。
局地戦闘に慣れている彼等だが、相手は特装三課の面々。実戦経験なら彼等に負ける事は無い。だからこそ決して油断は出来ない。
特に注意すべき相手はツルギという東倭出身のヒューマーであり、隠密行動を得意とする彼女の戦闘能力は現状把握し切れていない。

 合同訓練の最中、交流も順調に進んでいる事でエクトより模擬戦の提案が為された。
5人チームで局地戦闘を目的とした模擬戦では、アヤメやエドワード達先輩方を含んだ5人で構成されている。
一方の三課はエクト以外の5人が模擬戦に参加している。ヴァニタスが参加している事で普段組む事の無い面子であるが、非常態勢への対応力の向上にも繋がる事を期待している。

「…前方35度辺りかな。丸焦げの小屋っぽいのあるでしょ?そこに二人くらいいるかな。」

 エドワードは熱源反応からターゲットを察知する事ができ、潜伏者の特定に役立つ場面が多い。

「東倭の子はニンジャだからな、撹乱もお手の物だろうさ。」

 彼等の作戦は即席で造られたものだ。決して単独行動をせず、各々の位置を把握した上で行動し確実に撃破していく。
今までの任務でメジャーな戦い方だ。それを兼ねて民間人の救助も担っている。

 2対3で距離を取り、各自対応出来る体制を整えポイントを捉えていく。
アヤメは3人行動の中で着いて行くので精一杯の様だ。

「白兵戦のみの戦闘行為とは言え、大戦上がりの相手は大変だろうなアヤメは。」

「大丈夫です、皆さんからご指導頂いてますから。出来る限り努めていきます。」

 少々硬い返答に先輩二等騎士は苦笑いを見せる。

「まぁ、そのくらい真面目な方が良いこった。なぁエド、お前も少しは可愛げ見せろって。」

「えぇ?僕は可愛いでしょ。」

「ああうん、そうだな。それくらい自信ある方が良いか。」

 エドワードは真面目に答えたつもりだったが、仲間は冗談だと思い多少呆れている。砂風が多少視界を妨げ、お互いの位置情報を予測に頼らざるを得ない状況に陥らせる。
アヤメは彼等から日々の訓練にて指導を受けているが、未だに心を開き切っている訳では無い。

『先輩、こっちは戦闘に入る!何だコイツ単独だと!?』

突如として通信が入る。3人は緊張感を尖らせ、厳戒態勢を維持する。

「相手は?分かる範囲で言ったら戦闘に集中しろ。」

『サーベラスだ。囮のつもりかもしれん。そっちも気を付けてくれ。』

 通信機から雑音が混じり響く。どうやら剣を交える矢先なのだろう。彼等の様な部隊でも、サーベラスの噂は耳にしている。元トルテンタンツの違法ヴィクサーである事も既知の範囲内であり、その戦闘スペックも目にしている者は少なくない。
通信先の二人はアヤメ達に忠告する程に余裕はあるが、それは数秒の間だけだろう。いくら百戦錬磨の彼等とて侮れない相手だからだ。

「つまり、4人くらいこっちを狙ってる訳ね。」

 三課が得意とする戦闘方法をエドも先輩騎士は予想範囲内だが、襲撃を受ける側となると少々厄介ではある。
2人組を先輩達は何とか応戦出来ている。だからこそ3人で他4人の相手をしなければならない。

「…熱源反応があるね、多分向かって来てるのが1人だけ。ん?」

 エドワードは端末のマップ情報に疑念を抱く。突如として接近中の反応が途絶えたのだ。

「消えた…?そんな事あり得ないのでは。」

 焦るアヤメをよそにエドワードは冷静に大鎌を構え、先輩騎士もカーボンブレードとライオットシールドを構える。

「言い忘れてた、このマップてさ。一定範囲内の特定・分析能力に特化してるから、大空とかの反応はガン無視するの。」

 エドワードが踏んだ瓦礫は粉々に砕け、閑散と飛び散る。上空に飛び立った先に、紅いウィンドブレーカーを纏う少女が彼目掛けて降下する。

「やはりバレたで御座るか!!」

「穴掘って奇襲した方が良いんじゃないかな。」

 禍々しい大鎌と紅い刀剣が交えた時、雷鳴が轟き、周囲に旋風を放つ。
怯む事なく、彼等は戦闘開始の合図とばかりに剣を構え、体制を整える。
エドワードは身の丈程のある大鎌を鞭の様に振い、地に着いたツルギ目掛けて一撃を放った。しかし彼女はニンジャと称される戦闘狂であり、その様な攻撃も華麗に躱し、エドワードの懐へと入り込む。

「っと、まずいね。」

 油断は決してしてないとはいえ、エドワードは不意を突かれたと認識する。ツルギは腹部目掛けて一撃を仕掛ける寸前、横槍に気付いて後方へと回避する。先輩騎士がカーボンブレードで放った剣撃は地の瓦礫を粉砕しており、これを見たツルギは笑みを浮かべ、楽観的だった表情から好戦的な目つきを見せた。

「…一人一人が精鋭という話は真で御座ったか。奇襲は通用せぬなこれは!」

 騎士2人は更にツルギを囲う様に詰め、攻撃を仕掛ける。
ツルギは刀剣とカーボンナイフで応戦し、また組み手を活用し打撃を与えるもライオットシールドを装備している騎士には充分なダメージを与えれずにいる。

 ツルギが2人の相手をしているタイミングを好奇と称したかの様に、エドワードとアヤメの背後に潜んでいたギュゲースが刀を振り翳す。

「っエドワードさん!」

 アヤメはライオットシールドを掲げ、エドワードを守る様に脚に力を込める。ギュゲースが放つ一撃を受け止め、負けじと武器の押合いとなる。

「意外と力あるんだね。だけどキビトカミには負けるっしょ。」

 挑発的な物言いを放つギュゲースに返答する程、アヤメには余裕は無いがそれを露見させたくは無い為か無言で体制を維持させる。

「悪いな、銃は使用禁止って言うなら実力行使が1番だからな!」
最終更新:2024年04月18日 01:17