とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part01

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笑顔のもと


 その日、学校から帰ってきた御坂美琴は不機嫌な様子を隠そうともせず自分の部屋に入った。
「いったいなんなのよアイツは……」
 乱暴に部屋のドアを閉めた美琴はつかつかと自分のベッドに近づくと、間髪入れずに倒れ込んだ。その乱暴な動作に対し、ぎしぎしと悲鳴を上げて反応するベッド。
 しかし美琴はベッドの悲鳴を気にした風もなくそのままベッドの上で大の字になった。
「なんでこんなムカムカしなきゃいけないのよ、私が」
 美琴は眉間にしわを寄せたまま目を閉じ、先ほど学校帰りに自分が経験したことを思い出した。



「ちっ今日もいないか……」
 その日も美琴はいつものように公園の自動販売機の前できょろきょろと辺りの様子を伺っていた。
 いつものように。
 そう、最近学校帰りに公園の自動販売機の前でしばらくの間時間を潰すのが、美琴の日課になっていたのだ。
 その間、美琴は本当に何もしない。唯一することといえば、ただ何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回すくらい。
 そして一時間ほど経った頃、はあっとため息をつくと美琴はとぼとぼと常盤台の学生寮に向かってようやく帰りだす。
 このような行動を、広域社会見学で訪れていた学芸都市から帰ってきてからずっと飽きもせず、毎日のように美琴は繰り返していたのだ。
 実は美琴の本音としては九月一日、つまりシェリー=クロムウェルが地下街で事件を起こした日からこうしていたかったのだが、そのすぐ後に始まる広域社会見学という行事をキャンセルするわけにもいかなかったため、それが終わってからこのような行動を繰り返していたというわけである。

 目的はただ一つ。
 以前から気になる存在になってはいたのだが、なぜか最近その度合いが特に強くなっているツンツン頭の男子高校生、上条当麻に会うためだ。
 もちろん大した目的があるわけではない。
 ただ会いたい、会って話をして色々なことを上条に聞きたいと思っているだけだ。
 地下街の騒ぎはいったいなんだったのか、とか、どうして飽きもせずトラブルに巻き込まれるのか、とか、眼鏡をかけたあのやたらと胸の大きな女性は誰なのか、とか。
 けれど美琴が何よりも聞きたいのは、上条の側にいた銀髪のシスター、インデックスのことだった。
 上条のことを「とうま」とファーストネームで呼ぶ彼女はいったい何者なのか、上条とどういう関係なのか、自分よりも親しい間柄なのか。
 なぜそんなことが気になるのかはよくわからないが、とにかく美琴は是が非でも上条に聞きたかった。
 しかし美琴は上条の連絡先を知らない。メールアドレスはおろか電話番号も、そもそも上条の住所すら知らない。
 実は美琴に上条との接点はほとんどないのだ。
 そのために美琴は学校帰りに半ば日課のように上条を待つという行為を繰り返さざるを得なかった。
 これが今の美琴にできる、上条と関わる唯一の方法だったからだ。

 しかし会いたいときに限って待ち人に会えないのは世の常。
 しかも当人がその待ち人に特別な感情を持っている場合、神様はわざと会えないようにすることが多い。
 美琴の場合も例に漏れず神様の意地悪を受け、広域社会見学の期間を含めれば今日で既に二週間以上上条に会えていなかった。
「あーもう、なんかムカツくわね」
 いらだった美琴はチラと横目で自動販売機を見、そのまま回し蹴りの構えを取った。
「…………」
 しかし、その行為について上条があまり良い印象を持っていないことを思い出した美琴は、ゆっくり構えを解くと小さくため息をつくのだった。
「もう帰ろ」
 誰に聞かせることなく呟いた美琴はベンチに置いておいた鞄を手に取ると、とぼとぼと歩き出そうとした。
 そのとき、ふいに視界の端に見慣れたツンツン頭を見つけることができた。
 もちろんその人物の名は上条当麻。美琴にとっては本当に久方ぶりの登場であった。

「やっと現れたわね。ちょっとアン――」
 待ち人の姿を見つけた美琴は大慌てで上条の元へ駆け寄ろうとする。
 しかし上条の隣に見慣れない人影を見つけた美琴は思わず木の陰に隠れた。
「いったい誰よ、あの女……こないだの霧ヶ丘の人じゃ、ないわよね」
 買い物袋を持った上条は、彼と同じスーパーの買い物袋を持ちセーラー服を着た黒髪の女性と並んで歩いていた。
 その女性の素性まではわからないが、同性である美琴が見てもはっと目を見張るほどの純和風の美人であることだけは確かだった。
「眼鏡の巨乳も結構かわいらしかったし、銀髪シスターも美少女だったわよね、どう見ても……。まったく、どうしてアイツはいつもいつもやたらとレベルの高い女とばっかりつるんでるわけよ」
 白井黒子あたりが見たら卒倒しそうな程険しい表情をしながら、美琴は上条の女性関係について愚痴をこぼし続けた。
 なぜかわからないがやたら気分が悪い。
 美琴は胃の中でグルグルと渦巻く気分の悪さを押し込むようにごくりとつばを飲み込むと、上条とその隣の女性を観察し続けた。

「何よアイツ……」
 そうするうちに美琴の気分の悪さはますます酷くなっていった。
 なぜか。
 上条が楽しそうだからだ。
 少なくとも上条はあんな楽しそうな顔をして自分を見てくれたことはない、それが美琴の認識である。
 美琴のイメージする上条は彼女の電撃におびえているか、彼女とのケンカにうんざりしているかのどちらかであることが多い。
 絶対能力進化の実験を止めてくれたときは真剣でちょっぴりかっこよい表情を見せてくれたし、それ以外の表情もたまに見ることはできた。が、それでも今の上条が見せているようなリラックスして楽しげな表情は決して見たことがなかった。
 なぜ上条はあんなリラックスした表情をしているのだろうか、と美琴は思った。
 どうしてあんなに楽しげに隣の女性に話しかけているのだろうか、そうも思った。
 他にも色々な感情が美琴の中で噴出しだした。
 そして、なぜ自分に対しては上条はあんな表情を向けてくれないのだろうか、そう思うに至ったとき、美琴はその場から逃げ出していた。
 居たたまれなかった。
 なぜかはわからないが辛くて辛くて、仕方がなかった。
 あんな上条は見たくない、純粋にそう思った。
 胃の中で渦巻いていたはずの気持ち悪さが食道を通って口からあふれそうになるのを必死でこらえながら、美琴は一生懸命寮へ向かって走り続けた。

 回想を終えた美琴はすっと目を開いた。そのまま体を起こしベッドの上に座ると窓の外に目を向けた。
 九月ももう半ばを過ぎたというのに、そこからは相変わらず蝉の声がうるさいくらいに聞こえていた。
 イライラしたように小さく舌打ちした美琴は自分の右手をじっと見つめた。パリパリッとその右手から軽く電流を放出してみる。
 そこまでやって、はあっと盛大にため息をついた。
「私の右手は電撃を放出できる。アイツの右手はそれを打ち消すことができる。……けど、だからどうしたってのよ」
 美琴は再度ため息をついた。

 先ほど上条を見かけたときから多少時間が経ったため、美琴の中のイライラは幾分収まっていた。
 しかし根本的にそのイライラが解決したわけではない。
 何よりなぜそんなにイライラするのかがわからなかった。
 自分とあのツンツン頭、上条当麻はなんの関係もない。確かに知り合いではあるが、友人ではないだろう。悔しいが友人と呼べるような付き合い方をした記憶がない。
 絶対能力進化の実験の際に上条に命を助けられはしたが、それ以降のツンツン頭の態度を見ていると彼の自分に対する行動に特別な感情はないとしか思えなかった。
「普通、ただの知り合いのために命張る? 本当にバッカじゃないの、アイツ? しかも下心もなんにもないし。信じられないわ」
 美琴は一方通行との戦いの後、入院した上条を見舞ったときのことを思い出した。



 見舞いの際、上条本人には絶対口が裂けても言えないが、美琴が上条のためにかなり気合いを入れて選んだお見舞いのクッキーを見て、上条は素直に喜んでくれた。
 これも上条には絶対に秘密だが、美琴はその様子を見て彼が橋の上で助けに来てくれたとき以上に嬉しさを感じた。
 上条が損得抜きで純粋に自分のことを心配してくれていた、ということが改めてわかったからだ。
 なぜ美琴はそう判断したのだろうか。
 実は、美琴はこう思っていたのだ。もし自分に対して何かしらの下心を上条が持っていたのなら、美琴から彼へのお礼が「市販の食べ物」であることに上条は幾分でも落胆した様子を見せるはずだと。
 しかし上条はそんな感情を微塵も表さなかった。
 つまり、上条は下心などなく、ただ純粋な気持ちから美琴を助けてくれたということになる。
 もちろん損得勘定などであの一方通行と戦えるはずがないのは美琴にだって十二分にわかってはいるのだが、それでも美琴は上条の気持ちが嬉しかった。
 けれどそのときの感情、そう感じたことが失敗だったということに美琴が気づいたのは、それから何日か経ってからのことだった。
 夏休みの終わりに、自分に言い寄る海原光貴をごまかすために美琴は上条と偽のデートをした。
 そのとき、「偽」とはいうものの、美琴は心のどこかで上条の反応に期待していた。
 たとえそれまでなんとも思っていない相手であっても、あんな命をかけたやりとりをした後で出会ったのなら、多少は自分のことを意識してくれてもいいはずだったから。
 それくらいの関係は、少なくともケンカ相手以上の関係は、上条との間に築けたと思っていた。
 しかし上条の持つ美琴への認識はあくまでこれまで通りのケンカ相手だった。
 美琴とデートをすることを最初は露骨に嫌がり、その後渋々と引き受けはしてくれたもののあくまで最後まで「偽」ということを上条は意識し続けた。
 上条は御坂美琴という「女の子」とのデートということをまったく意識してくれていなかった。
 見舞ったときは自分に対して下心を持っていない上条の態度に喜んだが、あそこまで自分への接し方を変えない上条を見ていると、むしろ多少の下心があって欲しかった、美琴はそう思ってしまった。
 そうすればデートももう少し楽しかったはずだし、そこから繋がる今の自分達の関係も、もう少し違ったものになっているはずだったから。
 デートの最後に海原に対して上条がした約束、偶然それを聞いたときは確かに飛び上がるほど嬉しかったが、それとて今の美琴が期待しているものとは少し違う、それが彼女の素直な感想だった。

「全然なんとも思っていない相手にあんなこと頼むわけないでしょうに! 少しは気づきなさいよ、あの馬鹿!」
 もちろん、だからといって上条に下心を持って具体的にどういうことをして欲しい、とまでは考えられないのが乙女心の複雑さなのだが。
 ならば美琴は上条に何を求めているのだろうか。
 結局のところ美琴自身、何もわかっていない。
 今の美琴に、わかるはずもない。

 そしてそんな、なんとも言えない感情を抱えたまま遭遇した九月一日の事件。
 そのとき、美琴は青天の霹靂と呼べるほどの衝撃を受けた。
 上条の側に自分以外の女性がいることを知ったからだ。
 美琴はそのことがどうしても納得いかなかった。あんなぱっとしない、自身の不幸体質を免罪符にしてギリギリまで努力しないヘタレ男を相手にする女性が自分以外にいることがまったくもって理解できなかった。
 しかもその女性は上条は必ず帰ってくると断言していた。つまり、美琴しか知らないはずの上条のヘタレでない一面をその女性も知っていることになる。
 なぜかはわからないが美琴はその事実を許せないと思った。

――とうまは必ず帰ってくる。

 あの女性、銀髪シスターの言葉を思い出す度にムカツいてくる。
 シスターがあのツンツン頭を「とうま」とファーストネームで呼ぶこともムカツくし、自分のところに必ず帰ってくると断言するほど信頼していることもムカツく。そもそもアイツが帰る場所が「自分のところ」と断言することがムカツく。
 つまりあのシスターは自分すら知らないアイツの一面を知っているということになる。これもやはりムカツく。
 他にも色々思うことはあるがとにかくムカツくのだ。

 だから美琴は上条に事の真相を説明させようと思った。
 けれどようやく上条に会えたと思ったら、美琴は再び衝撃を受けることになった。
 自分の知らない穏やかな上条の一面。
 自分が決して見たことのない上条の一面を知っている女性があのシスター以外にまだいることがわかったからだ。
 もうわけがわからない。今まで信じていたもの、全てに裏切られたような気がした。
 そう思った瞬間、言いようのない不安が美琴の中を駆けめぐり、胃に溜まったそれらはグルグルと渦を巻いた。
 さらに偽デートの時ですら見ることができなかった上条の楽しげな表情を見たとき、美琴の中の気持ち悪さ、言い知れぬ不安は限界を超えてしまった。

 結果として美琴は目的を達せられぬまま上条から逃げ出した。
 しかし胃の中で渦を巻いていた気持ち悪さは胸につかえ、そのまま胸の中に留まり続けている。
「最低最悪の気分ね。なんでこんなことになってるわけよ」
 額に手を当てた美琴はゆっくりと首を振った。
 そのとき、美琴の携帯がメールを受信した。発信者は白井黒子だった。
「黒子? どうしたのかしら」
 まだ風紀委員の活動中であるはずの後輩からのメールに美琴は首を傾げた。
「えっと、何々? ……はは、ありがとう、黒子」
 白井からのメールの内容は、明日初春や佐天といったいつものメンバーといっしょに繁華街に遊びに行こうというものだった。
 美琴の表情にほんの少し笑顔が戻る。
 白井が今の美琴の心境を知っているはずはない。
 しかし美琴のことを常に気にかけ、今の美琴にとって一番必要なことを知らず知らずにやってくれる、そんな白井のことを最高の後輩だと美琴は思った。



 翌日の放課後。美琴は白井と共に初春や佐天との待ち合わせ場所である駅前に立っていた。
 初春からのメールを受けた白井はすっと携帯をしまった。
「初春達、もうすぐ到着するようですわ」
「そう。ところでありがとうね、黒子。誘ってくれて」
 素直に頭を下げて感謝の意を表した美琴を見て、白井は困ったような表情を浮かべた。
「なんですのお姉様、改まってお礼だなんて。ただ遊びに行くのに誘っただけではありませんの」
「だからそれが嬉しかったのよ、本当にありがとう。ん? どうしたの?」
 美琴が重ねて礼を言うと、白井は驚愕したような表情になった。そのままうつむいて肩を震わせる白井。
「ちょっと、大丈夫?」
 白井の様子が気になった美琴が彼女の肩に手を置こうとした瞬間、白井は血走った目で顔を上げた。
「ひ!」
 その豹変ぶりに思わず悲鳴を上げる美琴。
 しかし白井はそのままニヤリと唇の端をゆがめるとぎゅっと美琴の手を握って頬ずりを始めた。その唇の端から垂れたよだれが美琴の手を汚していく。
「そうですか、お姉様はそんなにもこの黒子の行動に感謝していたのですね。ならばよろしいですわ、わたくしも女です。お姉様の感謝のお気持ち、この体で真剣にお受けいたしましょう! 具体的にはあーんなことやこーんなことなんかで。ま、まさかお姉様! いきなり最後までイってしまうおつもりなのですか! わ、わかりましたわ、お姉様の決意がそこまで堅いのでしたらこの白井黒子、腹を括りましょう! さあ、ドーンとわたくしにぶつかってくださいま――ぼぐぅあぁ!」
「……ええ、精一杯ぶつからせてもらったわよ、この拳でね」
 白井の顎を見事な右のアッパーカットでぶち抜いた美琴は、白井のよだれで汚れた左手をハンカチで拭き始めた。
「どうしてアンタはいっつもそういう方向にばっかり考えが行くのよ。素直にお礼を言ってるんだから『どういたしまして』って返事すればいいだけでしょう」
 しばらく地面に倒れたままけいれんしていた白井だったが、やがてゆっくりと起き上がった。
「お、お姉様、また一段と技にキレが出て参りましたわね……」
 顎をさすりながら頭を振る白井を見ながら、美琴は苦々しげな表情を浮かべた。
「そいつはどうも。それにしても、アンタもその変態さえ直せばいい娘なのにね。どうしてそう変態街道一直線なのかしら。ねえ、アンタって昔っからそんなに女の子好きだったの?」
 美琴がポソッと発したセリフを聞いた瞬間、白井は顔を真っ赤にして美琴をにらみつけた。
「変態とは失礼な! 黒子はあくまで正常ですの! それに黒子はあくまでもお姉様一筋ですわ! 素直な気持ちでこの愛をお伝えしているだけではありませんの!」
「そ、そう……」
 他人が聞いたら間違いなくドン引きしそうなセリフを臆面もなく言い放つ白井を見て、美琴は顔を引きつらせるのだった。
「それにしても」
「?」
「お姉様、少しは元気になられたようですわね」
「えっと、どういうこと?」
 急に声のトーンを優しげなものに変えた白井に、美琴は首を傾げた。
「最近のお姉様、あまり元気があったとは思えませんでしたもの。それでさしでがましいとは思いましたが、今日の集まりを企画させていただいたんですの」
「黒子……」
「それにしてもいったいどうなさったんですの? 昨日の夜からはさらに気分がすぐれなかったようですが」
「え、いや、その別に……」
 美琴は言いにくそうに言葉を濁した。
 けれど白井は相変わらず優しげな口調を続けた。
「まあ、仰りたくないというのであれば別に構いませんわ。今の技のキレを鑑みるに、少しは元気になられたようですし」
 そこまで言うと白井は目を閉じ、胸の前で手を組んだ。
「やはりこれもこの黒子の愛の力ですわね。愛、黒子の愛こそ全ての力の源!」
「せっかく良いこと言ったと思ったのに、どうしてアンタは最後にそうオチを付けなきゃ気が済まないのよ」
 白井の言葉にほんの少し感動しながらではあったが、美琴はパシッと白井の頭をはたいた。

 美琴達が漫才を続けていると、やがて遠くから飴玉を転がすような甘ったるい声が聞こえてきた。
「白井さーん、御坂さーん、お待たせしましたー」
「どうもー」
 初春飾利と佐天涙子である。
「二人とも、こっちですわよ」
 美琴達は二人に挨拶を済ませると、連れだってセブンスミストに向かっていった。



 一時間ほどセブンスミストでショッピングを楽しんだ美琴達四人は、今は小休止ということでオープンテラスのカフェで休憩を取っていた。
「本当にいいんですか、御坂さん。あたし、遠慮しませんよ? 今月、ちょーっと物入りなんでお小遣いピンチなんです」
「気にしない気にしない。今日は私の奢り、好きな物頼んでよ」
「それじゃあ遠慮なく」
「佐天さん……」
 美琴が今日の支払は全部自分が持つと言ったため、佐天は嬉々としてメニューを選び始めた。
 一方、そんな現金な佐天を見て初春はやれやれと言わんばかりに頭を振った。



 やがて彼女達が頼んだメニューが運ばれてきた。
 美琴はオレンジジュース、白井は紅茶、佐天は高級ブランド製アイスクリーム。そして初春が頼んだ物は、十人前はあろうかという超特大のチョコレートパフェだった。
 初春の注文したパフェを見た佐天は若干顔を引きつらせた。
「初春、どう見てもアンタが頼んだこれが一番高いから……」
 佐天の指摘に初春は顔を真っ赤にしてうつむいた。
「でも、御坂さんは構わないって言ってくれましたし、美味しそうだったものですから……」
 美琴はそんな初春に向かって手をぱたぱたと振った。
「別にいいわよ、奢るって言ったのは私なんだし、遠慮しないで。ね」
「は、はい、ありがとうございます!」
 初春はぱあっと表情を輝かせると笑みを浮かべながらパフェを食べ始めた。
 その幸せそうな様子を見た美琴達三人は互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべると、各々の注文品に手を付けた。
 自分のアイスを食べ終わった佐天は、相変わらず幸せそうにパフェを食べている初春を見て苦笑いを浮かべた。
「初春、美味しいのはわかったから、もう少し落ち着いて食べれば? ほら、クリームが」
「すいません佐天さん。でもこのパフェ、すっごく美味しいんですよ。ほら、佐天さんも一口」
 佐天に紙ナプキンで口元に付いていたクリームを拭き取ってもらった初春は、にこにこしながらスプーンでパフェをすくうと、それをずいと佐天に近づけた。
「そう? じゃ……」
 じっと初春のスプーンを見た佐天はぱくりとそれに食いついた。
「あ、ほんと。すごく美味しい! ほら、白井さんも御坂さんも!」
「そうですの? じゃあわたくしも……あら、ほんと」
 佐天に促された白井も初春のパフェを食べ、その意外な美味しさに驚いていた。
「本当に美味しいですわよ、お姉様。ほら、お姉様も……お姉様?」
 明るい調子で美琴に話しかけた白井だったが、美琴の様子を見て声を詰まらせた。
 美琴は白井達の会話に気づくこともなく、暗い顔でじっと目の前のコップを見つめていたからだ。コップの中のジュースは最初の一口以降、まったく減っていなかった。
「どうなさったんですの、お姉様? やはりまだ……」
「……え? な、何、どうしたの? 私、なんかした?」
 心配そうな白井の声にようやく気がついた美琴はきょろきょろと白井達を見回した。
「本当にどうしたんですか、御坂さん。ぼうっとして」
「ごめん初春さん。あ、暑いからかな、ちょっとぼうっとしちゃった。私、ちょっと顔洗ってくるね」
 そう言うや否や美琴はすっと席を立つとトイレに向かっていった。
 美琴の姿が完全に消えたのを確認して、佐天は小声で白井に話しかけた。
「白井さん。やっぱり御坂さん、元気ないみたいですね」
「ええ。今日の買い物が少しは気分転換になって下さればと思ったんですが」
「そうですね、具合が悪いわけではないみたいですけど。やっぱりいつも元気いっぱいの御坂さんの元気がないっていうのは心配ですね。白井さん、何か心当たりは?」
「それがさっぱりなんですの。ここ最近、学校帰りにずっとどこかに行ってるみたいなんですが、だからといって何か面倒なことに首を突っ込んでいる様子もありませんし、誰かと会っている様子もありませんの」
「そうなんですか……ところで白井さん」
 相談しながらもぱくぱくとパフェを食べ続けていた初春が急にぴたりと食べるのを止め、白井をジト目でにらみつけた。
「そのジュース、あくまで御坂さんのですよ。そのストローを舐め回したりしゃぶったりするのは人として堕ちてはいけない最低限のラインだと思います」
 初春に指摘された白井は、美琴のコップに入っていたストローからばっと口を離すと乾いた笑いを浮かべた。
「ア、アハハ、な、舐め回すなんて何を卑猥なことを言ってるんですの、初春! わたくしはあくまでこのジュースをお姉様が残すのであればもったいないと思いまして――」
「御坂さんが一度くわえたストローを舐め回すんですか」
「い、いいいいではありませんの、女同士なんですから! そう言う初春だって自分のスプーンを私たちに差し出したではありませんの!」
「私の行動と白井さんの行動、たぶん根本的なところが違うと思いますよ。主に性癖の変態さの点で。私はノーマル、白井さんはアブノーマル」
「名誉毀損ですわ!」
 結局美琴に関する話はあまりされることなく、彼女達の話題は次第に白井の性癖についてのそれに移っていくのであった。



 洗面所で化粧を直した美琴はじっと鏡に映った自分の顔を見た。そこにあったのは暗い表情の、お世辞にも元気あふれるとは言えないものだった。
「まったく、何やってんのよ私は。後輩や友達にまで心配かけて。情けないわよ、常盤台の超電磁砲! でも……」
 暗い顔のまま美琴は、はあっとため息をついた。
「アイツは、あのシスターや昨日の美人となんか、こういうところ来たりするのかな? 確か前、アイツといっしょに木山春生に会ったときは女の子とこういうところ来たりするの、あんまり慣れてなかったみたいだけど……て、なんでこんなこと考えてるのよ! アイツがどこで誰と会って、何してようと私には関係ないじゃない! そうよ、関係ないわよ!」
 真っ赤になった美琴は頭をブンブンと振った。
「関係ない。そう、ちょっと気になっただけだし、もうアイツのことは忘れる! せっかく黒子やみんなが気を遣ってくれたんだし、元気出さなきゃ!」
 そう自分に言い聞かせると、美琴はトイレから出ようとした。しかし、急に辛そうな表情を浮かべると胸を押さえて立ち止まった。

「まったくムカツくわね。忘れるって言ってるのに、なんで治まらないのよ」
 白井達と会っている間、気にしていなかった胸の中の気持ち悪さ。実際は彼女達と過ごす間幾分軽くなっていただけで、結局のところそれは治まっていなかったのだ。
 いや、さっきまで軽くなっていた分、再度気にするようになった今ではその気持ち悪さは鈍い痛みにまでなっていた。
「しっかりしなさいよ私、あの子たちに心配かけるわけにはいかないのよ」
 美琴は深呼吸を繰り返して体調と表情を無理矢理整えると、トイレを後にした。



「ごめんね、お待たせ。ん? どうしたの、みんな?」
 真っ赤な顔をしてにらみ合う白井と初春、その二人をなんとかしてなだめようとしている佐天を見て美琴は不思議そうな顔をした。
「な、なんでもありませんの。さあ、お姉様もいらっしゃったことですし、そろそろ出ましょうか」
 そう言って席を立った白井に続いて初春、佐天も同様に席を立った。もちろん白井が美琴のジュースを飲み干してそこに刺さっていたストローを持って帰ったのは言うまでもない。
「いったいなんなの、あの子達?」
 一人置いてきぼりを食らった美琴は相変わらず不思議そうな顔をしていた。


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