スタートライン
この日美琴はいつもの4人でセブンスミストに遊びに来ていた。
「いや~それにしても御坂さんと遊びにくるの久しぶりですね~。」
「ほんとですね!御坂さんいつもデートしてますもんね!」
「全く……あの類人猿ときたら……ワタクシとお姉様の大切な時間までも奪うとは……」
3人の言う通り美琴は最近上条とデートすることが多かった。
だから4人で遊ぶことは少なくなっていたのだが今日は上条が補習ということで久しぶりにこのメンバーで遊びにきたのだ。
「でもいいな~御坂さん、やっぱり幸せなんですか?」
「何言ってるんですか佐天さん!そんなの当たり前じゃないですか!ね、御坂さん!」
「え?あ、うん、まあね……」
美琴は少し困りながら返事をした。
困りながら、というのにはもちろん理由がある。
上条と美琴が付き合い始めて3ヶ月、美琴は―――――――――――幸せではなかった。
◇ ◇ ◇
「はぁ……なんでこうなちゃったのかな……」
黒子と初春が風紀委員の仕事の時間になり3人と別れた後の帰り道、美琴は寂しそうにつぶやいた。
付き合い始めたころは今みたいな関係ではなかった。
ぎこちない恋人関係だったが楽しかったしなにより幸せだった。学校以外ではいつも一緒にいてくれたし休みの日はデートにも行った。
しかし今は違う、上条は美琴を明らかに避けるようになった。何かと用事をつけて会ってくれない、会っても何やら態度が味気ない。
中でも特に避けられていると感じたこと、それは数日前の久しぶりの放課後デートの時だった。
最近では上条がすっかり手もつないでくれなくなったため美琴は勇気を出して上条の右手を握ろうとしたのだが……
握ろうと手が触れた瞬間に上条は思いっきり振り払った。
「あれはなんでだったんだろ……」
その後上条は必死に謝ってくれたがやはり手をつなぐことはなかった。
何か悪いことをしたかと思って何度もいろいろと考えた、でも思いあたることはない。
電撃も放ってないし普通に恋人として接してきてつもりだ。
―それなのになんで?どうしてアイツは私を遠ざけるの?どうしてこうなっちゃったの?
幸せな……はずだったのに……
「さて……立ち読みでもして帰ろうかな……あ」
いつもの公園で美琴が見つけたのは上条、今日は補習と言っていたがもう終わったようだ。
上条に避けされていると思っていても会えるというだけで嬉しくなる。
早速上条の元へ駆け出そうとしたが
「え……」
側には髪の毛の長い少女がいた。確か前に会ったときに姫神と言っていたはずだ。
上条はその少女に対して笑顔を見せている。最近は自分に全く見せてくれなくなった明るい笑顔だった。
そして姫神と別れた上条が美琴に気づいた。
「お……御坂……」
上条の表情は一転し無愛想なものとなったいる。
そんな上条を見て美琴はもう感情を抑えることができなくなった。
「なんで……なんでなの……?」
「え……?なんで……って?どういうことだ?」
「なんでアンタは私を遠ざけようとするのよ!!」
思わずさけんでしまった。しかしこうなってはもう止まらない、止まることはできない。
「今もそうよ……あの女の子には笑顔を見せてたのに……私には無愛想で…笑いかけてくれなくて……」
「そ、それは……」
「言い訳なんて聞きたくない!やっとの思いで恋人同士になれたっていうのに……全然嬉しくない……」
上条は完全に黙ってしまった。
上条がは今何を考えているのかはもう全くわからない。
そして上条が黙ってしまった不安から今まで溜め込んでいたものがすべて溢れ出した。
「アンタがどう思ってるかはわからないけどね、私はアンタともっと恋人らしいことがしたいのよ!」
2人しかいない静かな夕暮れの公園に大声が響きわたる。
「手をつないで一緒に歩きたいしもっといろんなところにデートに行きたい、抱きしめてもほしい、アンタの部屋に行って手料理を作りたい……
なのに…なのにアンタは何もしてくれない、何もさせてくれない、アンタから遊びに誘ってくれることなんてないし……下の名前ですら呼んでくれない……最近は会ってもくれない……」
膨大な感情が渦巻き、涙があふれかける。
そのため美琴は下を向いてしまっているので上条がどんな反応をしているかはわからない、何か言ってくれることが救いだったが上条は何も言葉を発しない。
「もうやだ……こんなことに、なるなら付き合わないほうがよかった……付き合う前の関係のほうが、楽しかった……」
それでも上条は何もしゃべらない。
もう耐えることは、できなかった。
「……かれる…」
「え?」
「アンタとは別れるって言ってんのよ!!」
美琴は大声を出したがすぐに後悔した。本当は別れたいわけがない。
しかしもう後戻りはできない。
「アンタ、との、関係はっ、終わりに、するし、」
もうこれ以上は言いたくない、でも溢れ出した感情はやっぱり止まってはくれない。
「もうっ、2度と会わない!!」
後悔からも泣きながら言いきった。涙が止まらない、後悔が止まない。
この場にいることが耐えられなくなり美琴は走り出そうとした、が、一歩めを踏み出したところで上条の右手が美琴の左手を掴む。
驚いたが振り払って走ろうとする、だがそれもできない、上条は美琴の後ろから思い切り抱きしめた。
「ちょ、ちょっと!アンタ何して……」
上条は痛いくらい強く美琴を抱きしめている、そしてそのため震えているのが美琴に十分伝わった。
「……頼む…」
「え?」
「頼む、行かないでくれ御坂、頼む……」
さらに抱きしめる力が強くなる。
「ア、アンタ……なんで…泣いてるの?」
上条は、泣いていた。それは見えてはいないが声からはっきりとわかる。
「ごめん……本当に、ごめん、だから、行かないでくれ……」
美琴は上条がが泣くところを見るのは初めてだった。
―コイツが私に対してこんなに感情を表に出したのはいつ以来だろう?
「わかったわよ……だから離してくれる?」
美琴の涙は治まった。そして抱きしめられたことは嬉しいがこのままでは話ができない、それに抱きしめる力が強すぎる。
上条はゆっくりと美琴を離した。しかし不安からか右手で美琴の左手を掴んでいる。
「み、さか、その、ごめん……」
「もう謝らなくていいから!!謝るんだったらわけを話してよ!!」
ただ謝り続ける上条を怒鳴りつけてしまった。
怒鳴りつけられた上条は何かを話そうとした、が、そこで口を噤んだ。
―どうしてここまできて何も言わないのだろう?やっぱりコイツは……私のことを……
「アンタは私のことが好きじゃないんでしょ!?」
上条が何も言わないことにいらだち、こう思ってはいてほしくないという想像の中で最悪のパターンを言ってしまった。
「好きじゃないから遠ざけたんでしょ!!アンタは優しいから……だから断りきれずに私と付き合ったんじゃ「違う!!」な……」
「それだけは絶対に違う!俺は本当に御坂が好きだ、嘘じゃない!!」
「じゃあなんで!?好きだったらどうして私を避けるのよ!!」
再び上条が口を噤みかけたが今度はちゃんと話し始める。
「あ、ああ……その、怖かったんだ……それに、自信がないんだよ……」
―怖かった?自信がない?それはどういう意味?
「なあ御坂、俺たちが付き合ってから初めて遊園地へ行った時のことを覚えてるか?」
「覚えてるに決まってるじゃない……」
「じゃあ話しは早い、あの時、お前は俺の不幸のせいで怪我しただろ?」
美琴は少し考えたところで思い出した、確かにあの日上条の不幸が関係して些細なことで擦り傷を負った。
だがそんなものはすぐに治ったし気にも留めていなかった。
―まさか、あんな小さなことでコイツは……?
「俺はあのことで怖くなった、俺の不幸のせいで御坂を不幸にしりまうんじゃないかって……だからお前を遠ざけるようにしたんだ。」
「そんなの間違ってる!私はアンタといられないほうが不幸「わかってる!!!」よ…」
この日1番の大声が辺りに響き渡った。
「そんなことは……わかってる……わかってるんだ……」
「わかってるって……?私がアンタといられないと不幸だと思うことを?」
「そうだ……でもな、一緒にいられない不幸はそれで終わりだ。けど一緒にいて起こる不幸はどうなるかわからない……けがで済まないかもしれない、下手したら死なせちまうかもしれねぇ……だから俺は御坂を遠ざけることを選んだ…」
そんなの間違ってる!私はアンタが考えてるよりずっと不幸だったのよ!
美琴はそう口に出そうとしたが一瞬上条のほうが早かった。
「もう別れた方がいいとさえ考えた……けど……」
上条は1度言葉を切り
「さっき……御坂に別れる、2度と会わないって言われたとき胸がえぐられるように苦しかった……だから、つい、引き止めたんだ……もう、俺はどうしていいかわからねぇんだ……」
また涙が頬を伝った。
「そんなの簡単よ!私を守って一緒にいればいいだけのことじゃないの!それに私なら守られるだけじゃなくてアンタの不幸とも戦えるわ!!」
本当は上条と肩を並べて戦いたい美琴としては自分から守って、などと言いたくなかった。
―でも今はしょうがない、コイツと一緒にいるためにも―――――――
そしてここでようやく上条は握っていた美琴の手を離し自分の右手に目をやった。
「その……俺はお前にどんなことが起ころうとこの右手で守ってやれる自信はある。でも……不幸は右手が引き起こすんだ……その不幸に巻き込まれたお前を……守る自信はない……」
上条は今までで1番弱気になっていた。
すると……
「何それ……」
「え……?」
「そんなの……そんなの私が好きになった上条当麻じゃない!!」
今度は美琴が大声をだした。
「私が好きになったアンタは……どんな逆境にも負けないで、立ち向かっていったわ!!今のもいつものアンタなら自信がないなんて言わない!」
「無茶言うなよ!俺にだってできないことがあるんだ!」
「そのできないようなことをやってきたのがアンタでしょ!?」
「ッ!?」
「いろんな女の子を救って……イギリスのクーデターを沈めて、第3次世界大戦の首謀者を倒した!それに……私を……あの絶対的絶望から救ってくれたじゃない……」
「それは……」
「私は『不可能を可能にする』のがアンタだと思ってる、それに右手が不幸を起こすから守れないって何よ!!」
「御坂、俺は……」
「右手が不幸を引き起こしたなら右手で、それが無理なら右手に頼らずアンタが不幸を打ち消せばいいだけのことじゃない!!
「――――――――――――――!」
上条は目の前が明るくなった気がした。
今の上条にとってこの美琴の言葉は最高の救いだった。
そして救われたと同時に上条も溜まっていた想いがあふれだした。
「御坂……ありがとう、目が覚めたよ……それで、自分から遠ざけといて都合のいいことってのはわかってる…けど俺は…俺は御坂と一緒にいたい!……お前を守るから…側にいても……いいか…?」
上条はまだ不安そうに尋ねる。
そんな上条に対し美琴は目を見て尋ね返す。
「ねぇ……アンタは…と、当麻は私のこと……その……す、好き…?」
「あ、ああ!好きだ!大好きだ!!」
「じゃあ……いいじゃない、一緒にいるのに好き以外に理由はいらないわよ。」
「あ……」
「不幸なんて関係ない。好きだから一緒にいる、それでいいんじゃない?」
それを聞いた上条はまた涙を流した。
「御坂…ありがとう……それに、ごめんな…傷つけて、都合のいいことばっか言って…本当、ごめん……」
「ううん……別にいいの、だからアンタももう謝るの止めて。」
「あ、ああ……でもほんと悪かった、だからお詫びに何かしてやりたいんだけど……」
―お詫び、断ろうかと思ったけどしてもらいことはたくさんある。
……少しくらいわがまま言ってもいいわよね…
「じゃあ……私のこと名前で呼んで?」
「え!?そんなことでいいのか?」
「いいから早く!」
「じゃあ……み、美琴……」
上条は恥ずかしそうに美琴の名前を呼んだ。
「もっと、もっと呼んで……」
「美琴……好きだ、美琴!」
「嬉しい……じゃ、じゃあ、えと、次は抱きしめて……」
上条は何も言わない、何も言わずに先ほどとは違い優しく、けれども力強く正面から美琴を抱きしめた。
そして美琴も上条の背に手を回す。
寂れていた心が愛という温かさで満たされていく。
―心地いい、ずっとこうしていたい……
でもそれはダメ、なぜなら……
「ねぇ……キスして……?」
―もっとしてほしいことがあるから。
まだコイツは何も言わない、そして私をゆっくり、優しく離した。
ちょっと名残惜しいかな………
「美琴…つらい思いさせてごめんな……でもこれから……絶対幸せにするから…絶対、守ってやるから!」
――――――――――――そしてついに美琴と上条は唇を重ねた。
―初めてのためあまり上手くないキス、でも私にはそれで十分……
ああ……幸せってこういうことをいうんだろうな……
永遠とも思えるような長いキスだった。それが終わり再びゆっくり離れると……
「当麻……大好き!!」
今度は美琴から抱きついた。そんな美琴を上条は優しく受け止める。
付き合い始めて3ヶ月、この日2人はようやく恋人としてのスタートラインに立った。
そして今なら佐天のあの質問にはっきりと答えることができる。
―――――――――――――私は世界で1番の幸せ者よ♪
2人の恋はまだ始まったばかり、美琴これからもっと幸せになれるだろう、上条当麻と一緒にいることによって―――――――