とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part18

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匿名ユーザー

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恋愛相談


 上条と美琴が公園でデートをした四日後の木曜日の夕方。
 初春飾利は、「都市伝説ハンター」を自称する友人の佐天涙子の都市伝説探検に、半ば強引に付き合わされていた。
 ちなみに初春のルームメイトである春上衿衣は、乱雑開放事件の後遺症の治療のため病院に行っており、今日は泣く泣く欠席である。

「あの、佐天さん」
 初春はやや困惑したような表情で佐天に話しかけた。
「なーに、初春。なんか面白そうなもの見つかった?」
 佐天は初春の方を向くこともなく、自販機の下をのぞき込んでいた。
「いえ、そうじゃなくて。私、今日は久しぶりの休みなんです、風紀委員の」
「知ってるわよ」
「だからたまには家でゆっくりしたいな、なんて思ったりしてまして……」
「なに年寄りみたいな事言ってるのよ。久しぶりの休みだからこそ、こうして普段できない事をやるんじゃない」
「そ、それに、春上さんが早く帰ってくるかもしれませんし……」
「だったら春上さんも誘えばいいじゃない。こういうのはみんなでやった方が面白いわよ。なんなら連絡しとく?」
「…………」
 初春の抗議に大した興味も示そうとせずマイペースを貫く佐天。
 そんな佐天の態度に対し諦めきった初春は、大きくため息をついてベンチに座るとネットブックを広げ、学園都市に広まる都市伝説の検索を始めるのだった。



「あれれ?」
 二人が伝説探検を始めて三十分後、突然初春がやや調子外れの大声を出した。
「うん? どうしたの、初春?」
 その声に反応した佐天が、初春の側に近づいてきた。
「ねえ、何か変わったもの見つけたの? どう、それって何かの都市伝説と関係ありそう?」
「はあ」
 しかし対する初春の方は生返事。ただ、ずっとある方向を見つめていた。
「どうしたのよ。本当に何か妙なもの見つけた、の……? あれれ?」
 初春につられて彼女の向く方向に頭を向けた佐天は、道の真ん中で珍しいものを見つけ、初春と同じような声を出した。
「ねえ初春。あれ、やっぱり御坂さん、だよね」
「はい。御坂さん、だと思います」
 佐天のつぶやきに同意を示す初春。
 彼女達の視線の先にいた珍しいものとは、御坂美琴だった。

「何してるんだろう?」
「……よくわかりません」
「……だよね。なんか、妙にニヤニヤしてるけど」
 首を傾げる佐天と初春。
 もちろん珍しいものとは言っても、美琴の存在そのものが珍しいわけではない。
 佐天達が珍しいと判断したのは、美琴が現在進行形で取っている行動の事だった。



「今日もちゃんと全部食べてくれたんだ、よかった」
 道をゆっくりと歩く美琴はピンク色のハンカチに包まれた弁当箱を胸に抱いたまま、ニヤニヤと締まらない笑みを浮かべていた。
「エヘへ、全部食べたって事は喜んでくれたって事だよね。明日もまた喜んでくれるかな、アイツ」
 ピタリと立ち止まった美琴は弁当箱をぎゅっと抱きしめると、さらに相好を崩した。
「これだけ毎日私の手料理ばっかり食べてるんだから、私の手料理のと、トトと虜、には、なってるわよね、うん。そうよ、また私の大勝利なんだから! そ、それでそれで、ゆくゆくは、私自身がアイツのメインディッ……って何言ってるよ、私ったら私ったら! もう! もう! もう!!」
 そのままの状態で頬を染めてピョンピョンと跳びはねる美琴。
 ちなみに周りの人はみな、そんな美琴を避けるように歩いていたため、彼女の周り、半径1m程は人がいない状態になっている。
「もう、何言ってるのよ。これじゃまるで黒子みたいじゃない、私はあんな変態じゃないんだから」
 飛び跳ねるのを終えた美琴は急に真面目な表情を作ると、うんうんとうなずきだした。
「私は変態じゃない。……だって、ちょっと空想してるだけだし、だいたい、あれからアイツに会えてないんだから。メインも何も」
 そしてうなずいていたはずの美琴は急に顔を伏せると、ゆっくりと顔を横に振った。
「会いたいな、当麻ぁ。ハァ」
 顔をひとしきり振った美琴は大きなため息をつくと再び歩き出した。けれどその様子は今までとは打って変わって寂しそうなものだった。



「初春」
「佐天さん」
 佐天と初春は互いにうなずき合うと、美琴の側まで駆けていった。






「で、御坂さんはあんなところでいったい何をしていたんですか?」
「え。何って……何が?」
「あの奇行ですよ、奇行」
「奇行って、何気に失礼ですよ佐天さん。せめて周りの人が避けていくような奇妙奇天烈な行動という事にしておきましょうよ」
「……初春さん、それ意味一緒、というよりむしろ酷いから。そもそも奇行っていったい」
 美琴に声を掛けた佐天と初春は、渋る美琴を半ば無理矢理喫茶店に誘っていた。

「それで、あの奇行はどういう理由なんですか、御坂さん?」
 ドリンクバーから持ってきたオレンジジュースを一気に飲み干した佐天は、美琴に顔を近づけた。
「だから私、奇行なんて何も……ていうか佐天さん、だいたいあなた達、どのあたりから私の事見てたの?」
 自分の行動を見られていたという気恥ずかしさから美琴は頬を少し染めた。
「はい? どのあたりって、確か飛び跳ねるちょっと前からでしょうか。ニヤニヤしながら何かを抱きかかえて歩いてるとこからです」
 そう答えながら佐天は初春に確認を取る。
 初春は同意だと言わんばかりに首を縦に振った。
「歩いてるってことは、そ、そう。要するにあそこでの一部始終ってことなわけね……ん? 一部、始終? ニヤニヤ? 奇行?」
 困ったような表情をして小首を傾げた美琴だったが、突然顔を引きつらせるとガタッと大きな音を立てて立ち上がった。
 そのまま美琴は佐天と初春に顔を近づけた。
「ねえ、わたたた、わた私、あそこで、何、してたの、かな……?」
「もしかして、本当に自分が何をしていたかわかっていなかったんですか、御坂さん?」
 佐天の質問に美琴は首肯して肯定の意思を示す。
「だって私、ちょっと考え事は確かにしてたけど、そんな端から見てわかるような事は、何もしてない、つもりだったし。え、佐天さん、私本当にそんな周りから見てなんか変わった事してたの?」
「アハ、アハハハハハハ」
 質問する美琴に佐天は苦笑いを返した。
 佐天の反応を見た美琴は今度は初春を見た。
「初春さん、私、あのとき本当に奇行なんてしてたの? もしかして声とか出てたりした?」
「はい、結構大きな声でした」
 佐天と同じように初春も苦笑を浮かべて美琴へ返事をした。
「あの、あのね、佐天さん、初春さん。私、どんな事してたのかもうちょっと詳しく教えてくれる、かな?」
「はあ、いいですけど――」
 うなずいた佐天は、自分達が観察していた美琴の様子を説明し始めた。
 しかも身振り手振りまで加えて。

「しまった……。何やってるのよ私……」
 佐天の説明をひとしきり聞いた美琴は、額に手を当てながらゆっくりと自分の席に戻るとそのままがっくりと肩を落とし、哀れなほどの落ち込み様を見せた。
 そんな美琴を見た佐天達は互いに顔を見合わせて、さらに苦笑を浮かべるのだった。



「えっと御坂さん、その、そんなに気落ちする必要ないと思いますよ」
 苦笑を浮かべたまま初春が美琴を慰めだした。
 そんな初春に佐天も同調する。
「そうですよ、むしろ恋する乙女って感じですっごくかわいかったですから。別に気落ちしたりする必要は、はい。ないと思います」
「でもさ、やっぱり恥ずかしいし」
 二人に励まされる美琴だが、まだ立ち直る気配は見せない。
「それはそうかもしれませんけど。でもやっぱりかわいかったですよ、御坂さん。ねえ初春」
「そうです、あんなかわいい御坂さん、きっとカミジョウさんなんかが見たらもう真っ赤になるくらい見惚れちゃいますよ。恥ずかしがるなんてもったいないです」
「へ……?」
 初春の口から「上条」という単語が出た瞬間、美琴の表情が若干強ばった。
 そこを好機と捉えた佐天は、たたみかけるように話しだす。
「初春の言う通りですよ。すっごくかわいかった乙女の御坂さん、これはもうこのままカミジョウさんに会いに行ってその乙女っぷりを見せてあげないと」
「それいいですね、佐天さん。そうです、きっとカミジョウさんはかわいい御坂さんにメロメロズッキューン、ですよ。そしてそのまま二人は夜の街へ……キャーもう、佐天さん、なんてエッチでエロエロなんですかあなたは! そんなのもう18禁ですよ、18禁!」
「いやいや初春、18禁なのはアンタの頭の中でしょうが……。まあそれはともかく御坂さん、今すぐカミジョウさんの所に……あれ、どうしたんですか御坂さん?」
 自分達のセリフに盛り上がっていた佐天達だったが、美琴の様子が明らかにおかしいことにようやく気づいた。
 美琴は先ほど以上にがっくりと肩を落としていたのだ。




「当麻……当麻……、会いたいよ……。なんで、こんな事に……私、ほんとに何を……」
 うつむいたままブツブツとつぶやく美琴。その姿からはいつもの元気溢れた、威風堂々とした様子は微塵も感じられなかった。
 訝しげに互いの顔を見た佐天達は、恐る恐る美琴に声を掛けた。
「御坂さん、本当にどうしたんですか、急に?」
「なんか、凄く落ち込んで、急に元気なくなっちゃいましたけど。大丈夫ですか?」
 しかし美琴はまったく二人に反応を返さない。未だブツブツとつぶやき続けていた。
「本当は今日だって、今すぐだって会いたいのに……でも、会っちゃったら、私、本当に、どうしよう……」

「…………」
 佐天達は再び顔を見合わせた。
「あの、御坂さん。困ったというのはわかったんですが、いったいどうしたんですか?」
「よかったらあたし達に話してくれませんか? 全面的に、とはいかなくても何かの力にはなれるかもしれませんし」
「…………」
 しかしやはり美琴は顔を上げない。
「…………」
 そんな美琴をじいっと見ていた初春は、ぽつりと一つの単語を口にした。
「カミジョウトウマ」
「…………!」
 その瞬間、美琴はがばっと顔を上げて初春の方を見た。
 美琴の反応を確認した初春は、小さくため息をついた。
「カミジョウさんのことで、何があったんですか?」
「あ、ああ……」
 再び肩を落とした美琴は、諦めたようなうめき声を漏らした。
「実はね……」



 たどたどしい説明を美琴から聞いた佐天と初春は、上手く言葉で表せないような微妙な表情をしていた。
「はい? つまり御坂さん、デートの後カミジョウさんに全然会ってないって、そういう事ですか?」
「うん」
 美琴はこくりとうなずいた。
「しかも自分からカミジョウさんを避けてる」
「うん」
 美琴は再度うなずいた。
「でも会いたいんですよね?」
「……うん」
 美琴は三度うなずいた。
「なんでそんな事になってるんですか……。だいたい、カミジョウさんにお弁当は作ってあげてるんですよね。特に今週は毎日」
「うん。でも初春さん、よくそんな事知ってるわね」
「そりゃ御坂さんが寮の食堂でカミジョウさんのためにお弁当を作る日は、白井さんの機嫌が悪いですからね。嫌でもわかります」
「そうだったの。ごめん、迷惑、掛けてるわね」
「別にいいですよ、御坂さん絡みの白井さんの変人奇人行為はそれこそ日常茶飯事ですし。むしろ御坂さん絡みで普通な行動を取る白井さんの方が気持ち悪いくらいです。そんな事より、お弁当を作ってあげてるんなら、それを渡す時に会ってるんじゃないんですか?」
 初春の言葉に美琴はふるふると首を横に振った。
「その、待ち合わせ場所と時間を連絡して、その場所に来たアイツに弁当を投げて渡してる。だから、直接顔は合わせてない」
「投げるって、なんですかそれ……」
 呆れてため息をついた初春に変わって佐天が質問を続けた。

「それじゃあお弁当箱を返してもらう時は、どうしてるんですか? その時も会ってないんですか?」
「お弁当箱は、私が指定した場所に置いておいてもらってる。それで、アイツがいなくなってから回収してる」
「何がしたいんですか御坂さん。それじゃせっかく作ったお弁当の感想も聞けないじゃないですか」
「う、ううん、そうでもないの!」
 初春に続いて呆れ果てたため息をつこうとした佐天に向かって、美琴はがばっと身を乗り出した。そのまま美琴は携帯を開いて一通のメールを見せた。




「ほら見て見て、ね! これ、アイツからのメール」
「えっと、アイツってカミジョウさんからのメール、ですか?」
「そう! アイツね、会えなくなったら、その日から毎日こうしてお弁当の感想をメールしてくれるようになったの!」
「はあ」
「ほら、これが月曜日のメールね。なんで会えないのかって心配から始まってるんだけど、ちゃんとお弁当の感想も書いてくれてるの。アイツって、こういうの結構面倒くさがりそうな性格してるのに」
「そ、そうですか」
 美琴の勢いに若干引き気味になる佐天。
 けれど美琴はそんな佐天の様子をまったく気にしていないかのように話を続けた。
「それでこれが翌日のメール。それでそれで、これがその翌日、まあ要するに昨日のメールになるわけね。どっちもすごく丁寧に感想書いてくれてるんだ」
「よ、よかったですね」
「うん!」
 満面の笑みで美琴は佐天にうなずく。
 そんな美琴を見ながら、佐天は美琴の何らかのスイッチを入れてしまった事を痛感し、若干の後悔を始めていた。
「アハハハ……」
 佐天は美琴の様子をうかがいながら、チラと相方である初春の方を見る。
 だが当の初春は、既に我関せずといった風で静かに紅茶を飲んでいた。
「…………」
 その様子に佐天は言葉を失う。
 さらに鞄からネットブックを取り出して風紀委員用の資料作成を始めようとするあたり、美琴の惚気から佐天を助ける気は微塵もないようである。
「…………」
 佐天は恨みがましい視線を必死に初春に送るが、凶悪な犯罪者とすら対峙した経験のある初春にとっては、そんな佐天の視線などかわいらしいものであったらしい。
 逆に、頑張ってください、と言わんばかりの笑顔を佐天に向ける始末。
 あらためて見ると、右手の親指を立ててまでいる。
「…………」
 ふてぶてしいまでの初春の行動に全てを諦めた佐天は、若干引きつった笑みを浮かべながら美琴の話を聞き続けた。



「でね佐天さん、これがさっきまで読んでいた今日のメールなんだけど、ほら、感想の後に私の体の事を心配する内容が書いてあるのよ」
 佐天と初春という親友同士の熱い戦いの最中も美琴の惚気は続いていた。

「別にお弁当作る事くらい私にとってはなんてことないのに、アイツったら『朝早くから大変だろう』とか、『会えないのはこのために無理をして具合が悪いからじゃないのか』とか、『もしそうなら、無理矢理にでもお前の部屋にお見舞いに行って看病するぞ』とか言い出してさ。もう、夫婦でもないのにそんな事許されるわけないじゃない、ねえ、ねえ、ねえ佐天さん!」
「そうですね、さすがに常盤台の寮に男性が来るのはまずいですよね。ていうか、看病するのに夫婦とかはあんまり関係ないんじゃ?」
 引きつった笑顔のままではあるものの、佐天の美琴への相づちは徐々に普通のそれになっていた。
「そうよね、さすがに寮の部屋に来たら黒子や寮監がうるさいもんね」
「えっと、そういう事ではないと思うんですが……。あと、私の言った事、ところどころ無視してません?」
「そう?」
「はい。でも御坂さん」
 そして美琴のペースに慣れた佐天は、
「何?」
「そんなにラブラブなのに、どうしてカミジョウさんに会わないんですか?」
「…………!」
 無意識に美琴への反撃を成功させる事になる。

「? どうしてですか?」
「…………」
 佐天の質問に美琴は今までの態度を一変させ、目を見開いたまま凍り付いた。
「さっきも聞きましたけど、会いたいんですよね、御坂さんは?」
「…………」
 美琴は目を見開いたままうつむくと、こくりとうなずいた。
「これも聞きましたけど、わざと自分から会ってないんですよね?」
「…………」
 美琴は再びうなずいた。
「どうしてですか?」
「…………」
 美琴は黙ったまま何も答えなかった。
 佐天は目をすっと細めた。
「御坂さん、答えてください」
 先ほどまで美琴の惚気に付き合わされていた若干のいらだちもあったのだろうか、佐天の声はほんの少し冷たい。
「答えて、ください」
 佐天は問いを重ねる。
 再度の問いに対して、美琴はぽつりぽつりと声を出し始めた。
「…………から」
「? なんですか? 聞こえませんよ」
 美琴の弱々しい態度に溜飲を下げ機嫌を直した佐天は唇の端をほんの少しつり上げ、芝居がかった様子で右耳に手を当て美琴に近づいた。
 その様子は冷酷な追求者から、友人の恋バナをからかう一中学生にすっかり戻っていた。こういう気持ちの切り替えの早さは佐天涙子という少女の美点の一つだろう。
「さあ御坂さん、さっさとゲロって楽になってください。さあ、さあ、さあ!」
 もっとも、おふざけが若干すぎるかもしれないが。




「……かしいから」
「かし? 樫の木?」
「だ、だから……恥ずかしい、から……!」
「……はい?」
 絞り出された美琴の言葉を聞いて思わず目を点にする佐天。
 隣で資料作りをしていたはずの初春の目も点になっていた。



「…………」
「……あの、恥ずかしいって、どういう事ですか?」
 しばらく呆然としていた佐天と初春だったが、ようやく復活した初春が口を開いた。
 このあたりはさすが、普段から常に冷静であるよう訓練を受けている風紀委員の面目躍如といったところか。
「その、アイツに、会って、顔、を見るのが、えと、恥ずかしい、の……」
「どうしてそう、なるんですか?」
「……わからない」
「わからない事はないんじゃないですか? ご自分の気持ちなのに」
「だって……」
「だって?」
「だって……」
「わかんないもんは、わかんないんだもん、全然!!」
 今までぼそぼそと声を出していた美琴だったが、突然立ち上がり喫茶店中に響き渡るような大声を出した。

「あ、あの、御坂さん……」
「落ち着いて、ください……」
 すっかり美琴の勢いに呑まれてしまった佐天と初春は恐る恐る美琴に声を掛けた。
 しかし完全に自分の世界に入ってしまったらしい美琴の耳に、佐天達の声はまったく入っていないようだった。
「アイツの事を考えたらそれだけで頭ぼーっとなるし、ここがあったかくなるし」
 美琴は胸に手を当てた。
「あったかくなった後もアイツの事考え続けたら、だんだん胸の奥痛くなってくるし。だからといって考えないようにしようとしても全然無理だし。かえって落ち着かなくなるし。でもアイツの写真見たりするだけで心落ち着くし」
 目に若干涙を浮かべながら美琴は初春の方を見た。
「は、はい」
「最初は、ちゃんとお弁当渡そうと思ったのよ。デートの時は食べてもらったけど、平日お弁当あげるのは久しぶりだったから。いつも以上に気合い入れて。それで、ハイって、頑張って、笑顔作って、渡そうと、思ったのよ。話す内容は何度も何度も考えたし、鏡で笑顔の練習だってしたの、いっぱい、いっぱい、いっぱい!! けど、アイツの姿見た途端に、練習した事全部忘れて! 顔だけ真っ赤になって! 心臓バクバクで! ねえ初春さん、これって恥ずかしいから緊張したって事じゃないかしら! きっとそう! そうよね! ね! ね!!」
「おそらく、はい、たぶん」
 初春はコクコクとうなずいた。
 そんな初春に、美琴はつかみかからんばかりに顔を寄せた。
「じゃあなんでこんな気持ちになるの、ねえ、教えてよ! 自分の心なのに全然コントロールできないの! 私ヤバいのよ、このままじゃ! ねえ!!」
「えっと、その……」
 初春はなんとか美琴をなだめる言葉を言おうとした。だが彼女は美琴のあまりの剣幕に上手く言葉を繋げる事ができないでいた。
 言いよどむ初春に対し、テンションが上がったらしい美琴はさらに言葉を続けようとした。
「このままじゃ私ほんとにどうし――うぶ!」
 ハイテンションな美琴の言葉を遮ったのは、佐天が美琴の顔を押しつけたおしぼりだった。
「落ち着きましょう、御坂さん」





「うぐ、ぐぐぐ……」
 しばらく苦しそうにしていた美琴だったが、やがて落ち着きを取り戻したのか静かに椅子に座り、顔からおしぼりを剥がした。
「……ありがとう佐天さん。それからごめんね、初春さん」
 美琴はばつが悪そうに頭を下げた。
「いえ、気にしないでください」
 初春はそんな美琴に対し、苦笑しながら手をぱたぱたと振った。
 しかし佐天の態度は初春とは違った。
「ダメですよ」
 先ほど美琴を追求した時以上の冷たい目で美琴を見つめていたのだ。
「この流れじゃここで終われませんね、絶対に」
 目だけではない、口調も佐天涙子という少女のこれまでからは想像できないほど冷たい。
「あの、佐天、さん……、終われ、ない……?」
 冷たい目と口調で発せられた佐天の言葉に美琴は軽く首を傾げる。
 美琴の疑問に佐天はこくりとうなずく。
「御坂さん」
 再び冷たい口調。
「御坂さんは我を失いました。そしてあたしと初春は暴走したあなたに迷惑を掛けられました。それにあたし達は友達です、わかりますよね?」
「う、うん」
「なら――」
 佐天は言葉を句切り、今まで以上に眼光鋭く美琴を見つめた。いや、これは既ににらみつけると言い換えても過言ではないほどである。
「…………」
 そんな佐天の視線に美琴はゴクリとつばを飲み込む。
 佐天の横では、なぜか初春までもつばを飲み込んでいた。
「この際――」
 佐天は再び言葉を句切った。
「…………」
 喫茶店の中、三人の美少女達の間に緊張が走る。



「カミジョウさんとの馴れ初めから、今現在の二人の関係の進展度合い。御坂さんはカミジョウさんのどういうところが好きなのかや将来の人生設計まで、赤裸々に語っていただきまっしょう!!」
 突然、にぱぁっという音が聞こえるほど破顔した佐天は、明るい声を出した。
「へ?」
 彼女の変化には、さすがのレベル5、御坂美琴ですら追いつく事はできなかった。
「…………」
 初春にいたっては、あまりの出来事に思考停止状態である。




「だあってぇ、あたしカミジョウさんの事、ほとんど知らないんですもん。知ってる事といえば、この間御坂さんがお好み焼き屋で教えてくれた『頼みもしないのに助けてくれるムカツくライバル』って事くらいですからね。それだって今考えればただの照れ隠しだったわけですし。ですよね、御坂さん?」
「え? えと、え?」
「あたし達って友達なのに、これって結構薄情だと思うんですよ。ね、そう思うよね初春?」
「は、ハイ……?」
 ほとんど暴走機関車のような勢いで独自の論理を展開させ、さらに周りに話を振る佐天に、未だに美琴も初春もついていけてなかった。
「御坂さんは友達であると同時に、あたし達の憧れ。『常盤台の超電磁砲』、『天下無敵の電撃姫』なんですよ。そんな強くて優しくてすっごい美人な御坂美琴さんが、たった一人の男性のためにここまでメロメロになっちゃってるんです。その御坂さんの恋バナなら、最初っから最後まで、それこそ隅から隅までずずずいーっと、知りたくなるのが人情ってもんじゃないですか! あのお好み焼き屋で御坂さんがカミジョウさんとデートしたっておばちゃんから教えてもらってからこっち、続きが知りたくて知りたくてしょうがなかったんですよ、あたしも初春も! あ、春上さんはまだ知らないんで今度詳細教えておきますね」
 けれど美琴達の動揺など気にした風もなく、佐天は明るく話し続ける。その様子からは先ほどのシリアスな雰囲気は微塵も感じられない。
「初春もあたしも今日は完璧なまでに暇ですからね、時間はたっぷりあります。だからとこっとんまで聞いちゃいますよ。さあ、まずは二人の馴れ初めからですね。遠慮せずにばーっと、ぶっちゃけてください! さあどうぞ、どうぞ! あ、さあ、さあ! さあ!!」
 芝居がかって美琴を促す佐天。
「は、はあ……? はい?」
 そんな佐天に対して美琴にできたのは、せいぜい間抜けな声を発するくらいであった。



「あのね佐天さん、その、そんなに面白い話じゃないと思うんだけど」
 ようやく脳が佐天の話について行けた美琴はなんとか彼女を説得しようと試みる。
 けれど、
「お友達の恋バナって時点で十分面白いですよ」
 そんな美琴の努力は、
「だって、大したことない普通の出会いだし」
 佐天涙子という少女の好奇心の前には、
「そうなんですか? それじゃあ、あたしのこれからの恋愛の参考として聞かせてください。普通の出会いをしたカミジョウさんがどんなドラマを経て、御坂さんをそこまでメロメロにしたのか」
 何の役にも立たないのだった。
「え」
「佐天さんの言う通りです。さ、お願いします、御坂さん」
 しかも美琴と共に復活した初春もちゃっかり美琴追求の側に回っていたりする。
「わかったわ……」
 美琴は盛大なため息をついた。








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