とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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幸せを形に。想いを言葉に




 ある日、学園都市で、とある不幸な少年と、とある超能力者の少女が出会う。
 勝負相手から始まったふたりは、いつしか恋に落ち、将来を誓い合う仲へとなった。
 それから幾ばくかの年月が過ぎた、ある年の一月二日。
 年末年始をそれぞれの実家で過ごした彼ら、上条当麻と御坂美琴のふたりは、ここ第五学区にある共に暮らしているマンションへと帰ってきた。
 互いの実家はご近所さんな上、親同士も交流があったため、帰省と言いながらも、なんだかんだとふたり一緒に過ごす時間も多かった。

上条「ただいまー」
美琴「帰省ラッシュも無くてよかったわね」
上条「まあ、皆が帰省先から戻るには、まだちょっと早いしな」

 そう言いながら、ふたりは寝室に荷物を置くと、リビングの真ん中に置いたこたつの電源を入れた。
 留守中に冷え切った部屋を暖めるため、エアコンのスイッチも入れる。お正月だから、今日だけの特別サービスということにして。

上条「しかし帰省するのでも、三日間しかいられないってのは、どうかと思うよなあ?」
美琴「ごめんね、私が超能力者(LEVEL5)だから制限が厳しくて」
上条「だったらなんで無能力者(LEVEL0)の俺も同じなんでせう?」
美琴「…………」
上条「まあ結局は、上条さんの不幸の賜物ってワケなんですけどね」

 ここ、学園都市では能力開発の機密保持のため、学生たちが『外』へ出ることは様々な制約があった。
 例えば、滞在期間の制限や、さらには誘拐防止のための、ナノマシンの体内注射、単独行動の規制などである。
 上条当麻は無能力者ではあるものの、彼の能力は極めて稀な『幻想殺し』であり、『書庫(バンク)』にも記載されていない機密事項クラスの能力だ。
 六年前、ロシアでの出来事で、そのことを知っている美琴には、今でも彼になんと言っていいのかわからない。
 だからそのことを上条に伝えてはいないのだが、彼もそのことを薄々はわかっているのだろう。
 特に気にも留めてはいないように、すんなりと流していく。

美琴「どうせ行きも帰りも一緒なんだから、別に困らないんじゃないの?」
上条「ま、そうだけどな」

 そう言いながら、上条はコタツに足を突っ込むと、ふう、と独りごちた。





美琴「そもそも只の無能力者(LEVEL0)に、統括理事会への就職内定なんて出ると思う?」
上条「なにせゼミの教授からの就職斡旋が統括理事会事務局なんだもんな。――もしかして俺が『超能力者(LEVEL5)』の彼氏だからとか?」

 彼は目の前のキッチンで、お茶の準備をしている美琴の背中に向かってそう尋ねた。
 なんとも頓珍漢で間抜けな男からの問いに、彼女は――相変わらずだ、と思う。
 ちょっと抜けたところのある男ではあるが、それでもやるときはやるという頼りがいのある彼。
 何しろ世界中で、自分の能力を受け止めることの出来る男なんて、あの白い義弟候補を除けば、目の前のツンツン頭しかいないのだ。

美琴「そんなわけ無いじゃない。いくら私が『超能力者(LEVEL5)』だからって、その彼氏に理事会なんかが優遇するわけないじゃないのよ」

 真実は、彼の右手に宿る不思議な力『幻想殺し』のおかげである。
 学園都市にとって貴重な彼の右手を、この街から「逃さない」、という「事情」があるからだ。
 そしてそれは超能力者たる自分も同様だ、ということぐらいは美琴にもわかっている。
 お互いがお互いを、この街に繋ぎとめるようなものだから、こうして同棲だって認められているわけなのだ。
 例え自分たちは籠の中の鳥なのだとしても、いつかはその鳥が、籠を変えていく時だって来るだろうと思えるから。

上条「ですよねー。――まあ就職が決まったおかげで、俺はお前にプロポーズできたんだし……」

 それでもそんな彼の言葉に、美琴ははにかんだ笑みを浮かべながら、左手薬指にはめた白銀色の指輪に目を落とす。
 たおやかな指に嵌るそれは、キッチンの照明を反射してきらり、と輝いた。
 上条のプロポーズを受けた彼女は、六月の花嫁として、半年後に彼と正式に結ばれるのだ。

美琴「そうよね……」

 彼女は小さく呟いて、指輪にそっと手をやった。その硬い感触に、なんとも言えぬ喜びをかみ締める。

美琴「――今年からはきっと、良い年になるわよ」

 実感とも、希望とも、そして決意とも受け取れる美琴の言葉に、魂が込められた。





 入れたてのお茶とみかんを持って、コタツにあたる彼の隣にもぐりこんだ私。彼はテレビをつけて、ぼうっと正月特番に見入っている。
 その横顔をじっと見つめているうちに、私はふとあることを思い出した。

美琴「そういえば、もうすぐ当麻の誕生日よね?」

 彼は水瓶座だから、もうまもなくで誕生日を迎えるのだ。
 しかもすぐそのあとにバレンタインが控えている。だから毎年十二月から二月までは、ふたりのためのイベントが目白押し。

上条「そうだな」
美琴「プレゼント、何が欲しい?」

 そんな私からの問いかけに、彼はちょっと悩むような顔をする。
 一緒に暮らし始めてからは、こうしてプレゼントにも頭を悩ませるようになった。なぜなら二人分の生活用品があるし、大抵のものは揃っている。
 不必要なものをプレゼントしたって、収納場所は限られているから、片付ける場所に悩むのでは本末転倒だ。
 ましてここは学生用のマンションだから、この春には社会人、既婚者用に引っ越す予定がある私たちにとっては、出来るだけ荷物は減らしたい。
 ロマンが無いと言われるかも知れないが、これも一緒に暮らして、その生活に馴染んでいくことで変わってきたことだから。
 なのに、

美琴「何よ。そんなに悩むようなことかしら?」
上条「だってさ……。いつもお前からいっぱい幸せをもらっているのに、この上まだ更に何かプレゼントって言われてもなあ」

 まじめになのか、ちょっとふざけてなのかわからないような表情で、彼はそんな言葉をさらりと言ってのける。
 日本の男性は、自分の妻や恋人に「愛してる」という言葉をあまり言わないそうだが、彼は無自覚に、そんな言葉を放つのだ。
 おかげで乱立するフラグをへし折るのに、どれだけ私が苦労をしたと思っているのか。
 それでもこうして、私だけを見て言ってくれるのなら、これほど嬉しいことはない。たとえそれが無自覚なのだとしても。

美琴「幸せをもらってるのは私もだから、それはお互い様でしょ?」
上条「そう言ってもらえると、俺も嬉しいぞ。――ああ、そっか……」

 いい考えがある、かのような顔をして、彼がニカリと笑った。
 彼がその笑顔を見せるときは要注意だ、と分かっていたはずなのに。

上条「――俺は、美琴に幸せだって言って欲しいんだ」

 本当に突然だった。決して彼の笑顔に見惚れてたわけじゃない、と思う。

美琴「――ッ!///」
上条「お前が幸せなら、それだけで俺は幸せなんだからさ」
美琴「当麻……///」
上条「お前から幸せだって言葉が聞かれれば、それが何よりのプレゼントだよ……」

 まるでどこぞの安っぽい恋愛ドラマのようなセリフだが、なぜだかそれは私の心の奥底にまで届いてしまった。
 じっと私を見つめてくる、彼の漆黒の瞳が、やさしく何かを語りかけてくるように感じられたからなのか。
 私の涙腺がじわり、と緩くなったところで、

上条「――なんつっても、一番安上がりだしな」
美琴「…………むぅ」

 ――即座に前言撤回した。

 ぴりっと前髪から、放電している私に、あわてて右手を伸ばす彼。
 私はその手をピシリ、と叩き落とすと、

美琴「あーーんーーたーーはーーっ!!!」

 ぐいっと彼の胸元を引き寄せて、怒っているのだぞと言わんばかりの顔で睨みつけてやった。
 だが彼の顔をよく見れば、ちょっとやりすぎたか、という苦笑いを浮かべた表情をし、そっと彼の右手が私の頭に乗せられる。
 それだけで私の放電はきれいに消え去って、同時に怒りのボルテージも下がっていってしまう。
 本当に……ずるいんだから。
 でもその時の私は、いったいどんな顔をしていたのだろう。
 彼は顔を近付けたまま、ちょっとすまなそうにして、

上条「ちょっと、冗談がすぎたよな」
上条「だから美琴センセーにお詫び……」




――Chu!




美琴「――――んんっ…………なっ!」

 私に唇を寄せると、軽く口付けてきた。
 まるでいたずらっ子のような彼の振る舞いに、残っていた怒りも、毒気を抜かれたようにどこかへ消え去って、私は乙女のように、頬を染めることしか出来なかった。





 そのうちに彼が、真剣な表情で、ぽつり、と話し出した。

上条「誕生日プレゼントだけどな、――出来ればずっと、言って欲しい言葉があるんだ」
美琴「なあに?」
上条「絶対に、俺を残して、先に死んだりしないって」
美琴「――――っ!」

 私が彼と付き合いだしてから、初めて知ったことがあった。
 それは、彼が意外にもかなりの寂しがりやで、独占欲が強いことだ。
 しかもまるでおもちゃを手放さない幼子のように、べたべたと私にまとわりつくことも多かった。

美琴「……当麻、それって……」
上条「――すまん。やっぱり今の忘れて……」
美琴「待って!」

 ずっと不幸続きの中で、彼はこれまで失うだけの人生を送ってきたのだと、私は感じていた。
 自身の不幸が原因で、離れていった人や、失った物などが、数限りなくあったのだということも、彼の両親との昔話からも知った。
 裏切り、中傷、離反。限りない悪意の中で、まだ幼かった彼が、自分の心を守るために出来るのは、人との繋がりを出来る限り浅くすることだったのだろう。
 何かを失うとか、欠けるということをずっとその寂しさと悲しみを知っているからこそ、彼は人と深く繋がることに恐怖を抱いていた。

美琴(だからこそ当麻は、人に寂しさや、悲しみを味合わせたくないのよね)

 その元になった出来事が何なのか、もはや彼の記憶に残っていなくても、彼の気持ち、想いは失われることなく彼の中に残り続けた。
 おかげで私と妹達は彼に救われたし、私を始め、多くの人が彼を好きになっていた。
 ただ彼に好意を向けるだけでなく、彼を本当に理解できた者はどれほどいるだろう。
 一人で何もかも抱え込んで、他人には背負わせない。その強さの向こう側にあったのは何だったのか。

美琴(私も同じだから、よくわかるわ)

 私だって寂しがりやだし、強さと弱さ、儚さが裏表のように存在する。今だってべたべたと彼にまとわりつくように甘えることも大好きだ。
 もしかすると、私と彼は表裏一体、鏡のような存在で、本当の意味で一人ではないのかもしれない。
 ふたりでひとつとも、比翼の鳥とも言い、お互いがお互いを無くしては生きていくことができない。すなわち……、

美琴(運命の相手、ってことになるのかな)

 運命なんて言葉にどれほどの価値があるのかは別にして、その響きは、女心を大いに刺激してくれる。
 まあ、例えそうだとしても、そうでないのだとしても、とにかく私は彼を選び、彼は私を選んでくれた。
 これから先は、互いが互いの連帯責任者にして連帯保証人。それは死が二人を分かつまで、いやどちらかでも生きている限り続くのだ。
 それほどまでの信用と信頼をお互いの間に築いてきたから、私には彼の言葉の意味が、はっきりと理解できる。
 そう。彼は後に残されることが嫌なのだという本音を漏らしてくれている。心を開いて、弱音を吐いてくれているのだ。
 失うことの辛さを白状し、悲しみを、辛さを、他でもないこの私に背負って欲しいと願っている。
 それは彼が、この私を信頼してくれているから。私ならそれを背負えると信じてくれたから。
 何よりも彼が、この私を失いたくないと思っている証なのだから。





美琴(やっぱり、当麻にはこの私しかいないってことなのよね)

美琴「――うん。わかったわ」

美琴「いつか当麻がお爺さんになって、最後を迎える時はね、私と、子供たちと、孫も曾孫も全員で、アンタを天国へ送ってあげる」

美琴「家族だけじゃない。インデックスも、妹達も、打ち止めだって一方通行だって多分そうよ」

美琴「当麻が寂しくないように、誰一人欠けることなく、何一つ失うものなく、みんなで笑って見送ってあげるわ」

美琴「だから当麻も、その時が来るまで、一人で勝手に死んだりしちゃダメよ」

上条「ありがとう。その時が来るまで、俺は絶対に死んだりしない」

上条「俺たちの子供や、孫や曾孫や、仲間たち全員がそろうまで、死ぬわけにはいかない」

美琴「だったら、私にも約束してね?」

上条「約束するよ。――俺は何があっても、美琴をおいて、勝手に死んだりしない」

美琴「もし間違って死んだりしちゃったら、地獄の底まで連れ戻しに行くからね? 覚悟してなさいよ」

上条「頼んだぜ。――でもどうせなら、死ぬときは美琴の上がいいな」

美琴「う……上って……///」

 にやり、と笑った彼の表情の向こう側に、安堵のようなものが見えたのは気のせいではないだろう。
 今の下ネタだって、彼の照れ隠しのようなものぐらいだとはわかっている。
 いつもなら軽くスルーしてやるぐらいのことはするのだけれど、振り返ってみれば、私だって恥ずかしい言葉だらけだ。
 だから、

美琴「――調子にのらないの! バカっ!!」

 いつものように、いつもの照れ隠し。
 そうして私たちは顔を見合わせたまま、くすっと笑いあう。
 もし幸せが形を成すのだとしたら、それはどんな形であれ、今の私が目にしているものなんだろう。
 私と彼が想っていることは、こうして言葉で伝え合ってきたから、彼も私と同じことを思っているのだろうということが、なんとなくでも分かるのだ。

美琴「ねえ。当麻は今、幸せ?」
上条「ああ、幸せだ。――美琴は?」
美琴「私も……幸せよ」

 それでも言葉だけでは十分に伝えられない想いだけは、行動で伝えるしかない。
 だから今度は、私から唇を寄せていくことにした。





上条「ところでさ。お前、昨日、振袖着てたけど、それも……今年で最後なんだろ?」

 年始の挨拶に、上条の実家へ行ったときに着ていったのは、今年で最後となる振袖姿。
 独身最後の晴れ姿を、両親を始め、上条家の面々に彼の従姉妹、竜神乙姫にも披露した。
 乙姫から、当麻お兄ちゃんをよろしくね、と耳打ちされて、任せなさいとばかりにサムズアップで答えたのは、実に彼女らしいというべきなのだろう。

美琴「そうね。独身最後の晴れ着姿のお披露目なら、まだ成人式が残ってるけど?」
上条「そっか。来週だっけ」
美琴「うん。今年は私が新成人代表のスピーチをすることになってるから」

 彼女は、学園都市主催の成人式で、新成人の代表として、代表のスピーチを任されることになっている。
 超能力者(LEVEL5)第三位という格付けは、この街が存在する限り、そこから逃れるすべはない。
 だがそれもいつの間にか彼女にとって、苦にならなくなっていた。
 昔はその重さや責任に辟易することもあったけれど、一緒に支えてくれる存在が出来てからは、そんな悩みさえ無くなりつつあった。
 その存在たる彼は、肩書きや能力レベルによらず、御坂美琴という一人の人間として見てくれる。
 今までもずっと。そしてこれからもずっと。

上条「やっぱ美琴はすげえよ。俺だったらとてもそんな大役、務められねえからさ」
美琴「そう……かな? でも当麻だって、ヤルときはヤルじゃないのよ」
上条「まあ、俺の場合は土壇場に強いってだけだからな。そもそもスピーチ自体あんまり得意じゃねえし」

 スピーチというか、その説教スキルで世界を救ってきた人間が、いまさら何を謙遜するのだと美琴は思ったが、彼にとってはそうではないらしい。

上条「――なら、成人式が終われば、振袖は用済み、なんだよな?」
美琴「まあ、そういうことね」

 実際には袖を短くして、訪問着とかに仕立て直すことだって出来るし、大事にとっておいて、娘が生まれた時に仕立て直しても良いのだが。

上条「だったらさ、一度やってみたいことがあるんだよ」

上条「誕生日プレゼントの代わりってことで……」

上条「着物の帯を引っ張って、くるくるーって回しながら……」

上条「良いではないか、良いではないか……ってやってみてえ」

美琴「」

美琴「バ、バカなの? 死ぬの? 振袖でそんなことできるわけないじゃない」

上条「えっ!?」

美琴「あれは長襦袢に帯だから出来るのよ!」

上条「」

美琴「…………」

美琴「も……もしかして、当麻、溜まってたり……するの?」

上条「し、しょーがねえだろ。――帰省中はお互い実家だったんだからさ」

美琴「じゃ、じゃあ……今夜は……その……///」

上条「おお。も、もちろん、姫始めってことで……///」

美琴「……うん。///」

上条「――でも上条さんは夜まで待てません!」

美琴「え? いや、あの、ちょっと……///」

上条「ということで」

上条「美琴……」

美琴「あ……んんっ、だったらやさしく、ね? 当麻ぁ」

 上条にそっと押し倒されながら、美琴は――今年の誕生日プレゼントは、長襦袢と帯にしよう、と心に決めたのだった。



 ~~ THE FINALLY END ~~








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