とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part03

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匿名ユーザー

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蘇る。

記憶が。

鮮明に。

学園都市に来たときのこと、
初めて能力が発現したときのこと、
常磐台中学に入学したときのこと、
レベル5の認定を受けたときのこと、
黒子と相部屋になったときのこと、
佐天さんや初春さんと遊んだこと、
『幻想御手』事件のこと、
『ポルターガイスト』事件のこと、
『妹達』のこと、
そして、当麻との思い出。

濁流のようになだれ込んでくる記憶の中から、当麻との思い出を掬い出す。
そして、プレパラートに翳して観察するかように、思い出をじっくりと吟味する。

私は『月明かりの奇麗なあの日』のことを思い出していた。



―15歳、8月最後の日、夜、月明かりの下。

私は街のはずれにある高台のベンチに一人、ぽつねんと座っていた。
背後には木々が生い茂っており、学園都市に残された、数少ない『自然』な自然を感じさせる。
高台には街頭が一本立っているだけで、辺りは漆黒の闇に包まれていた。

高台からは、学園都市の見事な夜景が一望出来た。
ビルの照明や街頭のあかりが、眼下で燦然と輝いている。
その輝きは幻想的で神秘的で。
まるで巨大な熱帯魚の水槽が眼前に現れたかのようだった。
普段は下から見上げている学園都市のビル群を、上から見下ろす不思議な光景。
なぜか、ほんのすこしだけ大人になった気がした。

しかし、私は正面も背後にも目もくれず、夜空の真ん中に超然と浮かぶ満月を見上げていた。
『科学』と『自然』
『明』と『暗』
そんな対称的なふたつを、分け隔てなく平等に照らす月。
遥か38万km離れた宇宙より降り注ぐ光に、私は魅了されていた。

当麻からの突然の呼び出し。
それも場所と時間の指定付きで。
高校になって門限は無くなったとはいえ、最終下校時刻はとっくに過ぎた時間であった。

私はため息をつき、愚痴を漏らす。
「もう、なんなのよアイツ。こんな時間に呼び出して」
そんな言葉とは裏腹に、私の心は浮き足立っていた。

(こんな時間に呼び出すって…もしかして、もしかするわよね?)

まるでドラマのワンシーンの如く、お膳立てされたこのシチュエーション。
期待しない方がおかしいだろう。

だがしかし、少し落ち着こう。
何せ相手は『あの』上条当麻である。
鈍感、無神経、朴念仁…
そんな言葉では生温い。
恋愛に関してのアイツは、とことん私の期待を裏切ってくる。
希望は小さい方が絶望も小さくて済むのだ。

でも、期待してしまう!
でもでも、期待するのは駄目だ!
でもでもでも、期待するなというのは無理な話だ!

嗚呼!
どうしろと言うのだ!

「…こと?おーい、美琴?聞いてるかー?」
「うっさいわね!こっちはアンタに構ってる暇なんて無いのよ!」
「…そうか。悪かったな、無理に呼び出したりして…」

当麻が呼びかけてくるが、相手にしている場合ではない。
今は当麻に構っている暇など、アリのまつ毛ほどもないのだ。
とにかく、当麻が来る前に考えをまとめないと…



ん?

今、話していたのはその『当麻』じゃなかろうか…?
そして、私は『当麻』に「構っている暇はない」と言った。

ということは…

ということは…?

私は肩を落として帰ろうとする当麻を猛ダッシュで追いかけ、
襟首の部分をむんずと掴み、なんとか引き止めようとする。
襟首を掴んだまま、当麻の背中に額を当てて弁明を試みる。

「ごめん!いや、ごめんなさい!お願いだから帰らないで!」
しかし当麻が何の反応も示さないことに気付く。
いやな予感が脳裏をよぎる。

(まさか…嫌われた?)

思わず襟首を掴む手に力が入る。
手を離すと、そのまま帰ってしまう気がした。
「そんなつもりじゃなかったの!私、ぼーっとしてて…」

そこまで言って、様子がおかしいことに気付く。
当麻の身体がぷるぷると小刻みに震え出したのだ。

私は心配になって、当麻の表情を伺う。

アイツの表情は、真っ青な顔で。
白目を剥きかけていて。
口からはだらしなく涎が垂れていて。

それはつまり…

「ぎゃー!窒息してるー!死んじゃうー!」
この『場』から『帰る』『帰らない』の問題ではない。
この『世』から『帰らなく』なりそうな当麻。

このままでは明日の朝刊一面は
「学園都市第三位、殺人容疑で逮捕」
という文字が踊り狂うであろう。

「帰らないでー!いや、お願いだから『帰って来てー!』」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。



地面に横たわる当麻。
その傍にしゃがみ込む私。
当麻は明後日の方を見ながらぽつりとつぶやいた。
「majiでrinjyu5秒前…」
「ほんとーに!ごめんなさい!」

バズ・ライトイヤーよろしく、
『無限の彼方へ、さあ行くぞ!』
と、意気込む当麻を何とか引き止め、無事現世へと強制送還することに成功した。

しかし、当麻は依然として、こちらに顔を向けようとしないままだった。
「ねぇ、どうしてこっちを向いてくれないの…?」
「いや…それが…」
しどろもどろ、言葉を濁す当麻。
まさか、本当に嫌われてしまったのか。
私の心に暗雲が立ちこめる。
「まさか…私のこと、嫌いになったの?」
「そんなことねえ!ただ…」
「ただ…?」

「…お前、短パン履かないようになったんだな…」

事実、私は高校生になってから短パンを履いていない。
その事をアイツに言ったことはない、言う筈もない。
どうしてそれを知っているのか。

おさらいしてみよう。

地面に横たわる当麻。
その傍にしゃがみ込む私。
こちらを向こうとしない当麻。
短パンを履いていないことを知っている当麻。

つまり……………。

「変態!ド助平!性犯罪者!女の敵!ゴミクズ!下衆野郎!最低!鬼畜!人外!田代!性欲の塊!」
「ぎゃー!ごめんなさい!…ってか俺が謝る必要あるのか?」
「反省も無いみたいだし、情状酌量の余地なしで死刑ね!」
「嘘ですごめんなさい美琴様―!」
「ごめんで済んだら警備員はいらないのよ!」
「むしろこっちが警備員呼びたいわ!」

そんなやりとりの後、息を切らせてベンチに座り込む私たち。
背もたれに体を預け、だらんと頭を垂れた状態で空を見上げる。
相も変わらず満月は煌々と輝いていた。




「…ったく、どっちが諸悪の根源か分かってんのかよ…」
「何よ!アンタが私のパ、パ、パンツ見るからでしょ!」
「不可抗力だっつーの!とにかく、もう落ち着こうぜ…」
「そうね。…で、話って何?」

表面上は突慳貪な態度をとっていたが、私は内心慌てふためいていた。
煌々と輝く満月の下、誰もいない高台のベンチでアイツとふたり。
漏電せずに済んでいるのは、先ほどまでのやりとりのおかげで緊張せずに済んだからだろう。

アイツは、私と同じように満月を見上げてこう言った。

「俺、大学からは学園都市の外に行こうと思う」

私はまず、自分の耳を疑い、次いで今の発言の真意を疑った。
考えようとするものの、頭の中がミキサーでかき混ぜられたように混乱する。
何とか出てきた言葉は、
「どうして…?」
その一言だけだった。

「俺のやりたいことが学園都市じゃできない、ただそれだけだ」
「やりたいことって?」
矢継ぎ早に質問を重ねる。
端から見ればがっつき過ぎだと思われるだろう。
しかし、私の心はそんなことも気にならないくらい必死だった。

「戦争で親御さんを亡くした子供を助ける仕事がしたい」
なるほど、人助けを仕事にしたいか。
いかにも当麻らしい。

しかし。

「それなら何で学園都市の外で…」

あ。
そうか。
そこまで言って、私は学園都市の現状に気付く。

「そうだ。『置き去り』だ」

私は学園都市にやってくる、親のいない、若しくは親に見捨てられた子供達の末路を知っている。

『置き去り』と呼ばれる子供達。
『孤児院』という名を借りた実験場。
『実験動物』と呼ばれたあの子達。

学園都市で引き取るということは、同時に『モルモット』にされる可能性もついて回るのだ。
危険度で言えば幾分かましになるだろうが、それでも人道的に許されるものではない。



「そもそも学園都市じゃ、『戦争の後処理』なんていう利益にならない事業、眼中にないからな」
「でも、どうして?」
「ほら、俺って色んな国で色んな問題に巻き込まれたじゃん?」
「確かに。アンタ程戦争慣れした高校生、世界中探してもいないわね…」

イギリス、フランス、イタリア、ロシア、アメリカのハワイ…
私が知っているだけで、既に5カ国。
それも国家や地球の存亡を掛けた大規模なものばかり。
正に超高校生級の活躍である。
そんな戦いに巻き込まれ(時には自ら突っ込み)、今まで生きて来られたのは不幸中の幸いと言えよう。

「国家、文化、宗教、戦う理由は様々だ。だけどそれは大人の都合で、結局可哀想なのは子供達じゃん?」
確かにその通りだ。
理由はどうあれ、結局争うのは大人同士。
それなのに、あおりを食らうのはいつも子供だ。
「そんな子供達を見てると、いてもたってもいられなくって…」

そう言って大きなため息をつき、虚空に浮かぶ満月を見る。
そして、ぽつりと漏らす。

「インデックス達がな、『将来外の機関で働かないか』って誘ってくれてるんだ」

当麻があのちびっ子シスターや、その他十字教の人達と親交深いのは知っていた。
一部えげつない事をしでかす十字教だが、基本的にはボランティア精神溢れる集団だ。

そんな十字教にとって、戦争孤児の支援などお手の物だろう。
ついて回れば、必然的に当麻のやりたいことができる。
その為にはこんな『檻』に囲まれた環境より、もっと自由に動き回れる環境に身を置くべきだ。




「そっか…アンタにぴったりじゃない」

しかし。
ある言葉が胸の奥からこみ上げてくる。

言ってはいけない。
言ってしまうと、当麻に迷惑がかかる。
言ってしまうと、今までの関係が全て台無しになってしまう。

しかし。
今言わなければ。
今言ってしまわなければ、永遠にその機会が失われてしまうかもしれない。
何とか言わないように堪える。
当麻の為、そして私の為に。

しかし。

ついに堪えきれずにもらしてしまう。

「でも…行かないで。アンタがいなくなったら、私…生きていけない」

言ってしまった。

夢を追って羽ばたこうとする者の、足を引っ張る一言を。
彼女でも友達でもない微妙な関係を、ぶち壊してしまう一言を。

私は心配だったのだ。

今でこそ、こうして他愛無い話が出来るけれど、
距離が離れて疎遠になって、無駄口を叩く暇もなくなるのではないかと。

それに当麻の周りにはあのシスターも含め、多くの女が取り巻いている。
本人の望む望まないに関わらず、無理矢理にでも他の女とくっついてしまうのではないかと。

我ながら思う。
何と意地の悪い女なのだ、と。

しかし、それほどまでに愛しているのだ。




「俺が何で『今晩』呼び出したか分かるか?」

当麻が突然、切り出す。
涙目になっていた私は、びっくりして当麻に尋ねる。
「…もうすぐ出て行っちゃうから?」
「いいや、まだだ。っていうか、あんだけ偉そうなこと言っててまだ志望校すら決めちゃいねぇ…」
「なによそれ…」

思わず吹き出してしまう私。
もっとも、当麻にとっては笑い事じゃないかもしれないけれど。

「今日は空も澄んでて満月だ」
確かに。
今日の月は、見とれてしまう程に素晴らしい満月だ。
事実、先ほどから2人共見とれてしまっている。
しかし、それが何だと言うのだろうか。
当麻はその満月を見上げたまま、こう言った。



「『月が奇麗ですね』って言いたかったんだ」








ああ。
やられた。
コイツは鈍感で、無神経で、朴念仁じゃなかったのか。

こんな知識があの頭の中にあったとは。
こんなドラマチックでロマンチックな台詞を吐かれるとは。
こんな台詞を聞いて、好きにならない訳がない。

まぁ、ハナっから愛していたのだけれど。

そして、この台詞にはこの返答以外あるまい。



「わたし、死んでもいいわ」



当麻の腕が、私の体を包み込む。
ちょっぴり汗のニオイがするけれど、私にとっては何よりもの癒しだ。
当麻は私の頭に手をやり、ぽんぽんと2回叩くと、耳元で囁いた。
「今は離ればなれになるけど、もう少し待っててくれ。将来は一緒に暮らそう」

嬉しい。
私は今、心の底から幸せを感じている。

しかし。

「ありがとう当麻。でも、私、そんなに我慢できないから」

そうだ。

私は『待ってろ』と言われておとなしく待っているようなキャラじゃない。
私は『待ってろ』と言われたら、走って迎えにいくようなキャラじゃないか。
ボサッとしていたら、他の女に攫われてしまう。
思い立ったが吉日なのだ。

「私も学園都市を出るわ」



―15歳、春、ある実験施設にて

『能力者が学園都市を出る』
それだけでもひと騒ぎだ。
では、『レベル5が学園都市を出る』となった場合はどうだろうか。

学園都市の理事会は大騒ぎになった。
理事達は喧々囂々なのか、侃々諤々なのか、本人そっちのけで議論していた。
その後、理事達から何度も引き止められ、何度も交渉され、何度も脅されたが、
「『妹達』の事、世間に広めたらどうなるかしら?現に証拠が9968人+αもいる訳だし」
の一言で全て黙らせた。

黒子達は大層悲しみ、理事達とは違った毛色の引き止めをしてきた。
とても心苦しかったけれど、それらも全て断った。
「当麻と共にいる」
そう決めた私の決意は固く、何人たりとも意見をねじ曲げることができなかった。

結局、レベル5の学園都市退学という前代未聞の事例は、いくつかの条件のもと承認されることになった。

① 学園都市の技術、知識、研究内容等を、外で使用、伝播、売却、発表しない。
② 学園都市に不利益となる情報を流布しない。
③ 学園都市外で能力を使用しない。使用した場合、体内のナノデバイスが学園都市へ通報する。
④ 条件が破られた場合は、学園都市に強制送還する。

要約すると、
『学園都市の秘密を守れ、評判を下げるな、能力使うな、それが無理ならすぐ帰れ』
というものであった。

つくづく自分達の利益しか考えていない集団だな、と蔑む。

そして、対策としてとられたのが、私の学園都市に関する記憶だけを奪うというものだった。

私がレベル5の能力者だということも、
そもそも能力を使えるということも、
黒子達との思い出も、
当麻と過ごした思い出も。
すべて抹消されるのだ。

しかし、学園都市の記憶全てを奪ってしまうと、その期間だけ空白の期間が出来てしまう。
その不自然な空白の期間を埋めようと、却って必死になって思い出を探してしまう可能性があった。

なので、
「学校に通っていて、(能力等以外の)学校で習ったことも覚えているが、詳しくは思い出せない」
という、微妙なラインで止められることとなった。
それでも学園都市の記憶を奪うということは、私の人生の大半を奪うことと等しかった。



私は躊躇わなかった。
当麻と一緒にいられるのなら、能力などいくらでもくれてやるという気分だった。

もちろん友達との思い出が消えるのは、とても辛い。
だけど、大昔にヒットした曲に、こんなフレーズがあったことを思い出す。
『今は遠くに離れてる、それでも生きていればいつかは逢える』
都合が良いと言われるかもしれないが、今はこのフレーズを信じてみることにしよう。

そして何より当麻がいてくれる。
それが何よりもの安心と喜びだった。
当麻さえいれば他は何もいらない。
今なら胸を張ってそう言える。
…張る程の胸はないけれど。

学園都市に対する謀反ともとられない今回の一件。
本来なら記憶などと言わず、塵一つ残さずに私という存在を抹消されてもおかしくはない。
この異常ともいえる温情措置がとられた背景には、
私がいずれ学園都市に戻った際に、能力を再利用しようという企みがあった。
つまり、私はいずれまた学園都市に戻ってくるだろうという前提だったのだ。

そして、記憶を奪う為にとられた手段。
学園都市最高の精神系能力者『心理掌握・食蜂操祈』であった。
本来ならば、視界に入るのも勘弁な存在。

記憶の消去を依頼するなんて、まっぴらゴメンだったが、
『ある一定期間の部分的な記憶だけをピンポイントに奪う』
という、非常に厄介な問題の解決には、こいつに頼る他無かった。

しかし、食蜂の能力をそのまま使用しては、当麻に触れられただけでアウトだ。
そこで食蜂の能力を応用した、新たな『学習装置』を用意することとなった。
『姉』も『妹』も『学習装置』を使用するハメになるとは、いったい何の因果なのだろうか。



当麻が食蜂にお願いしてくれたこともあり、計画は比較的スムーズに行われた。

そして最後の打ち合わせの為、私と当麻は食蜂の研究施設に訪れていた。
研究施設は、施設というより、ほとんど病院の様な雰囲気を醸し出していた。
その最奥にある『いかにも偉い人がいますよ!』的な木目調のドアをノックする。
入室を促されて中に入ってみると、白衣に身を包んだ食蜂がいた。
相も変わらず下衆なことを考えていそうな、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて。

「いらっしゃいませ当麻様!で、御坂さんは何しに来たのかしらぁ?」
このアマ、さっそく下衆なことをぬかしやがる。
私はひとつ舌打ちをし、食蜂を睨む。
「分かってるでしょ?今日は最後の打ち合わせよ!」
「私は別にぃ、アナタのことなんてどうでもいいんだけどぉ、愛する当麻様からのお願いだしぃ?」
まーた始まった。
食蜂操祈の好き好きビーム。
以前こいつと当麻の間に一悶着あり、それ以来こいつは当麻にぞっこんなのだ。

私が当麻と正式にお付き合いをした、と報告してもどこ吹く風。
というかむしろ『人のものは俺のもの、俺のものは俺のもの』的ジャイアニズムを発揮。
ことあるごとに当麻に過剰なまでのスキンシップをしかけるのであった。

しかし、相手は天下の上条当麻。
恋愛に関しての防御力は『学園都市のカテナチオ』と呼ばれる無類のもの。
数多くの女性からの熱い視線をかいくぐり、フラグというフラグをことごとくへし折って来た男。
多少のスキンシップ程度で動じていては、学園都市最堅は名乗れないのだ。

さらにご自慢の能力も、ご存知『幻想殺し』の前では全く効果を発揮しない。
八方塞がりになった食蜂操祈は、人生初と言っていい挫折を味わったことだろう。
それでもまだ、執拗に追いかけ回すのは何故だろうか。
隠れたマゾの資質が目覚めたのだろうか。
結局のところ、彼女もまた被害者なのだ。
その点に関してだけは同情してやろう。

一方の当麻は、そんな乙女の内情など露知らず、無神経な発言をぶちかます。
「ああ、頼んだぞ。『美琴の為』に協力してくれ」
「えぇー?私、『当麻様の為』なら協力してあげられるんだけどぉー?」

そりゃあ、そうなるだろう。
もし私と食蜂の立場が逆で『食蜂の為』と言われていれば、間違いなくお断りしていただろう。
二の句も告げずに断固拒否だ。
当麻はもう少し心の機微というものを感じてほしいものだと思う。



このままでは計画が頓挫しかねない。
私の依頼なのだから、(渋々ではあるが)頭を下げてお願いする。
「どうか、お願いします」
すると、食蜂はしゃがみ込んで私の顔を覗き込み、ねちねちとした声で話しかけてくる。

「人にお願いする時は土下座じゃないの?誓願力が足りないんじゃないかしらぁ?」
このクソアマ。
人の弱みに付け込んで、当麻を奪った腹いせをするつもりだ。
つくづく根性の腐りきった女だ。
ちょっとは第7位の根性を見習いやがれ。

しかし、そうも言ってられない。
こいつに頼む以外に道はないのだ。
私は土下座をしようと、地面に膝をつく。

その瞬間、隣にいた当麻がものすごい勢いで土下座し始めた。
「頼む、食蜂さん。『俺と美琴の為』なんだ」
まさかの愛する人からの土下座に、さすがの食蜂も慌てる。
「お止めください当麻様!当麻様の土下座『は』見たくありません!」

おい、『は』ってどういうことだ。
『私の土下座なら見たい』ってことかコラ。

すると当麻は立ち上がり、食蜂の隣へにじり寄って片膝をつき、手をとってこう言った。
「俺には君以外に頼れる人がいないんだ。どうか願いを聞いてほしい」

その姿は、さながら女王に誓いを立てる騎士の様であった。








そんなん…

そんなん…

そんなん、惚れてまうやろー!

かっこいいけども!
かっこいいけども!
かっこいいけども!

他の女にやっちゃあいかんでしょう!?
そんなことしてるからアンタのファンクラブが世界規模で乱立するんだよ!
アンタはジャスティン・ビーバーか!?

おら、食蜂も!
なーに頬染めちゃってんのよ!
「不束者ですが…」
とか言ってんじゃないわよ!

全く!
どいつもこいつも!

斯くして学園都市を去る準備は完了したのであった。
どうにも納得のいくオチではなかったが。



そして、私の記憶が抹消される日になった。

私は食蜂の施設の一室に入院していた。
ベット以外ほとんど何もない真っ白で無機質な部屋。
無機質な部屋にがちゃりと無機質な音が響き渡り、当麻が私の部屋に入ってくる。

最後の確認と、最後の挨拶をするためだ。

「本当にいいのか?」
「ええ、それが私の望んだことだもん。むしろ期待でいっぱいよ」
「今までありがとう『御坂美琴』」
「どういたしまして。ねぇ、お願いがあるの」
「何だ?」
「『次の』私とも仲良くしてください」
「もちろん、まかせとけ」
「『次の』私も当麻の彼女にしてください」
「もちろん、まかせとけ」
「『次の』私は当麻のお嫁さんにしてください」
「もちろん、まかせとけ」

………
……

こうして私の記憶は抹消され、学園都市の外で第二の人生を歩み始めることになったのである。










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