とある二人の仮想現実(ヴァーチャル・リアリティ)? 1
ご存知ではあると思うが、わたくし上条当麻は不幸な人間である。
不幸な出来事に巻き込まれることを常とする哀しい運命を背負わされている。
それが俺のモットーであるはずもなく、もちろん、ポリシーである訳でもない。
俺個人としては甚だ遺憾で不本意極まりない事なのだが、そういう運命にあるのだから仕方がない。
そう言って諦めるしかないのである。
もう一度繰り返すが、わたくし上条当麻は不幸な人間である。
世に言う『ラッキースケベ』のような出来事があったとしても、俺にとってはその後に訪れる『折檻』という名の拷問が待ち受ける『不幸』な出来事と言うしかないのだ。
「不幸だ……」
今俺は、風紀委員第一七七支部の詰め所に拉致られ、四人の女性に睨み付けられ小さくなっている。
何故こんなコトになってしまったのか……。
事の発端は、先日から学園都市で全生徒に配布された『ニューロリンカー』という携帯端末を付けた事に起因する。
何でも、学園都市に居る全生徒の体調管理や精神のケアなどを、リアルタイムに出来るようにということで開発された携帯機器らしい。
どーゆー理屈で動いているのかは知らないが、脳細胞と量子レベルでの無線通信を行うことができるらしく、仮想の五感情報を送り込んだり現実の五感をキャンセルしたりすることができるらしい。
何より、生徒一人ひとりの体温、心拍数、呼吸数、発汗量といった体調管理から、精神状態のトレースや、『自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)』のサポートに至るまで、それらを学園都市内のローカルネットワークで一括管理出来るというのがウリで、能力開発の新たな頁を開くかも知れないとまで言われている。
将来的には、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)といった技術を使って、能力開発が容易に実現できる。
……かも知れない、ということらしい。
ただ、あくまでも学園都市の目的は『能力者開発』にあるので、仮想現実技術はあまり重要視されてはいない。
それに、今はまだそちらの技術はほとんど実用化されていないらしく、あくまでも実験段階ということだ。(詳しい事は知らない)
とまあ、「らしい」「らしい」を連発している通り、俺も良く分かっていないのだ。
だが、この『ニューロリンカー』によって大きく変わった事もある。
この端末は携帯電話やパソコンの代用にもなる。
というよりも、取って代わる携帯端末だ。
実際この『ニューロリンカー』が配布されてから、学園都市内でスマホやケータイは姿を消したし、電気店からはパソコンコーナーが消えた。
単純な話、必要なくなったからだ。
電話もメールもネット検索も、目の前に浮かんでいる仮想のストレージ画面を操作するだけ。
機器を取り出す必要がないのだから、便利な事この上ない。
コイツの最大の利点は、教科書やノートといった紙ベースのモノを一切排除してくれた事だ。
教科書はもちろん、教師が黒板に書くことさえも全てがデータ化され、瞬時にデジタル化されて自分のメモリに保存出来る。
宿題も課題も全部データ化されるので、持ち帰るのに『不幸』な目に遭わずに済むようになった。
ただ、持ち帰らせる必要がないということで、その量に制限が無くなってしまったことは別の意味で『不幸』だが……。
モノは首回りに装着する量子接続通信端末で、形は女の子が付ける髪飾り(何ていうのかは知らない)に似ている。
それに動いているのはあくまでも科学の力なので、俺の右手(幻想殺し:イマジンブレーカー)の影響を一切受けない。
だから『不幸』な俺も問題無く、その恩恵にあずかれるというわけだ。
因みにどこぞの第一位君は、この『ニューロリンカー』のお陰でネットワークにアクセスしやすくなって、杖無しでも歩けるようになったらしいのだが……。
アクセスしやすくなった分、ネットワーク内のつぶやきが常時接続されてしまうようで、うるさくてしょうがないとボヤいていた。
まぁ、俺にはどうでもイイ事なんだけどな。
そんな携帯端末の恩恵に与ってしばらく経った頃……。
「か~みや~ん、これやるにゃー」
と、そう言って金髪にサングラスにアロハシャツ姿のクラスメイトが一つのアプリケーションを俺に送ってきた。
見るからに怪しそうなアプリだったので、即座にゴミ箱に放り込もうとしたのだが……。
「待て待て上やん。コイツはにゃーちょっとした最新技術を使っているソフトぜよ。『ニューロリンカー』の仮想(VR)技術をフルに使ったゲームソフトなんだにゃー」
「仮想技術って……、何がどうなるんだよ?」
「だ~か~ら~、仮想世界で愛しいあの子とア~ンなコトや、いや~んなコトが出来ちゃうんだぜい」
「仮想世界ぃ~。何だそりゃ?」
「察しが悪いにゃー、上やん。仮想世界ってのはバーチャル・リアリティの世界ってコトだぜい」
「だからそれが何なんだよ?」
「ここまで鈍いと正に国宝級だにゃー。ねーちんや常盤台の超電磁砲(レールガン)が苦労する訳ぜよ」
「ハァ? 何でここで御坂や神裂の名前が出てくるんだ?」
「おんやぁ~? 上やん。俺は『ねーちんや常盤台の超電磁砲(レールガン)が』と言ったのに、何で順序が逆転してるんだにゃー?」
「そっ、そんなの関係ねえだろう! それよりサッサと説明しろよ」
「ん~……。まぁイイか。そっちの事は後日クラスの異端審問委員会にかける事として……」
「何でオレが御坂の事でクラスから吊し上げを喰らわなきゃならんのか理解出来んが……」
「決まってるぜよ。上やんだからだぜい」
「……不幸だ……」
「まあまあ、上やん。その代わりと言っちゃ何だが、このゲームで思いっ切り楽しんでくれにゃー」
「だから何なんだよ、そのVRゲームってのは?」
「だ~か~ら~……(ゴニョゴニョゴニョゴニョ……)」
「そっ、それは……、それはもしかして……」
「やっと理解かったか、上やん。そう、これこそ、このゲームこそ、男の夢を叶えてくれるゲームなんだぜい!!!」
「げッ、ゲームの内容は!?」
「それはやってからのお楽しみって事で」
「オイオイ、何だよそりゃ?」
「まあまあ。それよりさっき常盤台の超電磁砲(レールガン)の名前が出た時の慌てっ振りと言ったら……」
「イ、イヤ……、それはだな……」
「あくまでウワサだが、上やんお好みの胸の大きな年上の管理人お姉さんまで網羅されてるって話だぜい」
「やらせて戴きます!(即答)」
「そうだろ、そうだろ。将来のその時のために、男は予行演習しておくべきなんだにゃー」
「よッ、予行演習!?」
「ゲームには対戦モードもあるから、誰かさんと対戦することも可能なんだにゃー」
「た、対戦モード!?」
「まぁ、その時は『直結』しなきゃならないらしいけどにゃー」
「ちょ『直結』って……、あの?」
「それ以外に何があるって言うんだ?」
「そりゃ、そうだけど……」
「じゃあな~、上やん。男を上げるんだぜい」
「おう。サンキューな、土御門」
そんなやりとりがあったその日の帰り道。
「……ヘヘ、ヘヘへ」
憧れのお姉さんが出て来ると言われる怪しいソフトにイケナイ妄想を掻き立てられながら、俺は帰路を急いでいた。
だが、その時俺は俺の体質の事を忘れていた。
この後に降りかかってくる『何か』を予想出来なかったのだ。
「ちょ、ちょ、ちょろっとアンタ、待ちなさいよ!」
いつもの帰り道であるいつもの公園で、いつもの如く電撃ビリビリ姫に声をかけられた。
普段なら、対御坂完全スルースキルが働いてしまうはずなのだが、今日は何故か反応してしまった。
人間、心にやましい事があると、普段と違う反応をしてしまうモノなのだ。
そして、それは必ず覚られたくない相手に覚られてしまう事になる。
「な、何でせうか? み、御坂……さん……」
と俺が答えながら振り向いた瞬間だった。
(ボッ!!)
御坂の頬が真っ赤に染まった?
俺ってコイツに何かしたっけか?
コイツに会うのってしばらくぶりのハズだしなぁ……。
そーいや、一度あの窓のないビルの近くで……。
って、アレはトールの野郎だったはずだよな。
御坂だったはずはない。
でも、あの時はトールの野郎の変装が解けなかったような……。
イヤイヤ……。
そんなコトはあり得ない。
そんな勘違いをしてはならない。
もし本当にアレが御坂だったら……。
って、ちょっと待て!
俺ってあの時、何したんだっけ?
ん~……。
憶えてねぇなぁ……。
何か女の子にはとんでもねえ事をしたような気もするんだが……。
まあイイ。
それより今は、このニューロリンカーに収められた『ア~ン』な『イヤ~ン』なソフトに気取られてはならないのだ。
この場は、何も無かったようにスルーするに限る。
「じゃ、じゃあ……。俺、急いでるんで……」
と言った途端、御坂の反応が豹変した。
真っ赤に染まった頬が一瞬で冷め、どす黒いオーラが全身を包んだかと思うと、青白い炎が辺り一面に迸る。
「待てっつってんだろうが! ゴルゥァァアアアアア!!!!!」
御坂の叫びと共に、雷撃の槍が俺に向かって飛んでくる。
慌てて俺は右手を突き出す。
『パキィィィイイイン!』
ギリギリのタイミングだった。
辛うじて突き出した俺の右手に、雷撃の槍は吸い込まれる。
いつまで経っても憶えねえ奴だ。
……とは思わない。
確かに、御坂の攻撃は俺の右手、幻想殺し(イマジンブレーカー)には通じない。
だが、一発でも浴びれば即死だという状況に変わりはない。
もし、万が一にも止め損ねたら……。
と考えるだけで恐ろしい。
恐ろしいのだが、それ以上に恐ろしいのは、今の俺の心理状況を御坂に知られる事だ。
俺の恐怖心を御坂に知られでもしたら、それこそ雷撃の槍が雨霰と降り注いでくるに決まっている。
だから、いつも余裕で躱してるフリをしているのだが……。
今日は背筋を流れる冷や汗の量がハンパ無い。
いつもと威力が全然違っていたのだ。
俺の右手に伝わってきた衝撃が、それを如実に現していた。
冷や汗ダラダラのこの状態を、少しでも気取られたら、もっと絡まれてしまう。
何とかスルーしようと、必死に平静を保ちつつ……
「な、な、な、何をそんなに怒っていらっしゃるのでせう?」
と言った途端、御坂の眉が『ピクリ』と動き、同時に眼が……据わった。
「ほほう……。華も恥じらう乙女にあれだけの事をしておいて、タダで済むと思ってる訳?」
「あ、あれだけの事って……?」
「ふ~ん、しらばっくれるんだ?」
「し、しらばっくれるも何も……、その……」
「だったら何で、アタシが呼び止めた時に、アンタ応えた訳?」
「ギクッ!」
「いつもならアタシがどれだけ呼んだってスルーして行くわよね。それが、今日に限って反応した。それってやっぱり後ろめたい事があるって事なんじゃないの!?」
「ギクッ! ギクッ!」
「あれだけの事をしたんだから、アンタには絶対に責任取って貰うからね!!!」
「あ、あれだけの事って……?」
「え?」
「い、イヤ……。だから……、その……」
「ま・さ・か、アンタがアタシにした事を、憶えてないなんて言わないでしょうね!?」
御坂はこめかみに青筋を立て、どす黒いオーラを纏いながら、鬼の形相で俺を睨んでいる。
ここで憶えてないなどと言ってしまったら、間違いなく俺の命は亡くなってしまうだろう。
それだけは口が裂けても言えない。
だが、俺は御坂に何をしたのだろう?
本当に身に覚えがないのだが……。
俺は御坂の言う『あれだけの事』を必死に思い出そうとした。
……のだが、それがマズかった。
基本的に俺は頭が良くない。
一度に幾つもの事を同時にはこなせない。
つまり、目の前にある一つの事に集中してしまうと、周囲が見えなくなってしまうのだ。
良く、スルースキル全開だと御坂に怒られるが、アレは決してスルーしているのではない。
その日に起こった『不幸』な出来事を反芻している時に、誰かに声を掛けられても、周囲が見えなくなっている俺には気付けないだけだ。
だから、今もこうして御坂にしてしまったという『あれだけの事』を必死に思い出そうと、頭の上に大きな『?』を並べ立てながらも、俺は必死に記憶を辿った。
だがそれは、誰が見ても一目瞭然の態度だったようで……。
その俺の様子を見て、御坂のどす黒いオーラが一層濃くなっていくのを俺は見逃していた。
「ブツブツ……。ウーン……」
「フ、……フフ、……フフ……フ……」
「ウーン……」
「フフフ……、フフ、……フフフ………」
「ウーム……、ブツブツ……」
「……ふ、ふ、ふざけんじゃないわよ! このド変態のドスケベがぁぁぁぁあああああああ!!!!!」
『キキキキィ~~~~~~ン!』
「えっ!?」
御坂の叫び声とコインが弾かれたような金属音に、ふと顔を上げた俺が見たモノは……。
『ズドドドドンッ』
凄まじい衝撃波と共に発せられた、四筋のオレンジ色の閃光だった。
その光景が目に入った瞬間、思考するよりも早く右手を盾の如く前に伸ばしていた。
だが、全く無意識に突き出した右手をあざ笑うかのように、四筋のオレンジ色の閃光は指の間を擦り抜け、俺の頭上と両頬と、……そして、股間を一瞬で通り過ぎていった。
余りの出来事に俺は声も無くその場にへたり込んでしまった。
動こうにも動けない。
完全に腰が抜けてしまっていた。
「どう? アンタを仕留めるために編み出した『超電磁砲4発同時打ち(スクエアレールガン)』よ。さすがのアンタも4方向同時には対応出来なかったみたいね」
御坂はそう言いながら、俺を見下ろしながらツカツカと歩み寄ってくる。
俺は余りの事に、口をパクパクとするのが精一杯で、声も出ない。
「それじゃあ、落とし前つけて貰おうかしら?」
そう言って、仁王立ちの御坂は俺を見下ろし睨み付ける。
俺はヘビに睨まれたカエルのように、動くことが出来ない。
怒りに燃える御坂の目を見た途端、それまでの人生が走馬燈のように流れ過ぎ、消えて行くのを俺は見た。
もちろん、『不幸』なことに今年の夏休み以降の記憶しか出て来なかったけれど……。
(思えば、本当に『不幸』な人生だったよなぁ……)
本当にそう思った。
記憶のある夏休みからの出来事を辿っただけでも『不幸』の連続だった。
インデックス(禁書目録)を助けた代わりに、自分の記憶を失った(らしい)。
姫神を助けた時には右腕をぶった切られた。
カエル顔の医者に後でくっつけて貰えたけど……。
御坂と妹たち(シスターズ)を助けるために、学園都市第一位と闘うことになった。
御使堕し(エンゼルフォール)の時は、御坂はスクール水着姿に妹キャラで、最終的に実家を吹き飛ばされ、インデックスに噛み付かれた。
夏休み最後の日には、御坂に恋人ごっこをさせられるわ。ニセ者魔術師とは闘わなきゃならないわ。インデックスは攫われるわ。夏休みの宿題は出来ないわで散々だった。
夏休みが明けたと思ったら、御坂と一緒にゴーレムと闘う羽目になって、大したケガはしなかったけど、小萌先生と姫神に殴られた。
『法の書』絡みで、ローマ正教と闘ったりもしたなぁ。
その後、御坂妹に助けを求められて、御坂と一緒に白井を助けたりもした。
大覇星祭の時は、ボロボロになっちまった。で、御坂との勝負も結局負けた。
『幸運』だと思ったイタリア旅行は、やっぱり『不幸』の始まりでしかなく、女王艦隊の一件に巻き込まれちまって、アドリア海の藻屑になりそうになった。
学園都市に戻ったら『罰ゲーム』と称して御坂に色々と付き合わされた。
でもアイツ最終的に、風斬を助けに行くことを認めてくれたんだよな。
フランス上空でポイ捨てされた時も、アックアが責めてきた時も、イギリスのクーデターの時も御坂に助けて貰った気がする。
戦争の時なんて、俺を追い掛けて一人でロシアまで来てくれたし……。
この前、『グレムリン』を追ってアメリカに行こうとした時も、「私も一緒に闘える」って言ってくれて……。
アメリカにまで付いて来てくれて……。
……アレ?
俺って、こんなに御坂に助けられてたのか?
そう思った途端、さっきまで地獄の閻魔大王に見えていた御坂が、急に女神のように輝いて見えてしまった。
イヤ、ちょっと待て、俺。
それは余りにも単純過ぎるだろう!?
と、心の中で自分に突っ込んでみる。
自分の中に芽生えた、新しい何かから眼を背けるために、今起こっている現実に眼を向ける。
取り敢えず、今のこの状況をどうにかしないといけない。
だが、俺が御坂にしてしまったという『とんでもないコト』が何なのか分からなければ、今の事態を収拾する術はない。
そこに考えが至った時、俺の口からとんでもないセリフが吐き出された。
「しょ、勝負だ。御坂!」
いきなりの内容に、御坂は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしたが、即座に反応してきた。
「アンタが私に勝負を挑んでくるなんて、明日は地震でも起こるんじゃないかしら? まぁイイわ。受けてあげる。で、どうするの?」
と、言われてハタと気付いた。
後のことを全く考えていなかった事に。
「……あ~、そ、それはですね……。……え~~~~っと……」
と言い淀む俺を見ていた御坂の顔に、もう二~三本青筋が増えた。
そして、ポケットからコインを取り出して、手の中でジャラジャラと音を立てて遊ばせながら……
「もう一度『超電磁砲4発同時打ち(スクエアレールガン)』を喰らいたいのかしら? それとも……」
「それともって、まだ何かあるのかよ!? そんなの撃たれたら上条さん死んじゃう! マジで死んじゃうから!!」
「いっぺん死んでみたら? イイ人生経験になるわよ」
「そっ、それって、人生経験なのか!?」
「試してみる?」
「遠慮します! 絶対に遠慮させて戴きます!! つか、そんなに怒られるようなことを俺はお前にしたのか?」
「本っ当に覚えていないのね! ……分かった。死になさい」
「わぁ!? 待った、待った。待って下さい。お願いしますぅ~」
御坂が言い放った死刑宣告に、慌てて土下座モードに入る俺。
額を地面に何度も打ち付けた後、恐る恐る御坂を見上げ、脅えた子犬の眼で御坂を見つめる。
眼が合った瞬間、御坂がフッと目を逸らした。
心なしか頬が赤くなったような気がする。
よっぽど腹を立ててるんだろうな。
コリャ、簡単に許して貰えそうにねえだろうな。
……と、思ったのだが、御坂からの返事は意外なモノだった。
「そ、そこまで言うんだったら、アンタが私に何をしたか教えてあげてもイイけど……」
「ほッ、ホントかッ!?」
救いの言葉に思わず身体を『ガバッ』と起こし、御坂に躙り寄る。
『チラリ』とコチラを見た御坂が思わず後退る。
だが、気を取り直したように表情をキツくすると、思いっ切り顔を近づけてこう言った。
「その代わり、負けたらどうなるか分かってるんでしょうね?」
と言われ、今度は俺がたじろぐ番だ。
喜んだのも束の間。
顔から血の気が引いていくのが分かる。
「分かってるんでしょうね!?」
「ど、どうなるんでせう?」
そう聞くと、御坂は俺の襟元を『ムンズ』と掴んで、俺の顔を『グイッ』と引き寄せ……。
「ち、近い。近いですよ。御坂さん?」
「一生私の奴隷として扱き使ってあげるから、感謝しなさい! イイわね!!」
「……ふ、不幸だ」
死刑宣告よりも重いその言葉に、打ち拉がれる俺。
一方御坂は、手を離し身体を起こすと、また視線を外して何かをブツブツ呟いている。
「一生だからね。一生。一生アンタは私の傍に居るのよ。……そう、一生傍に。そしたら……その間に奴隷から格上げしてあげてもイイし……。お、お……お婿さんとか、旦那さんとか……。そしたら『アンタ』から『アナタ』になっちゃうから……。そしたら、そしたら……」
何を言っているのか良く聞こえないが……。
チラッとそちらを見ると、また赤くなってやがる。
相当に怒ってんな、コリャ……。
下手すりゃ、一生御坂の奴隷か……。
「……でも、それもイイかも……」
ヘッ!?
何言ってんだ、俺!?
無自覚に口から出た言葉に、自分自身が驚く。
ってか俺。御坂の奴隷になってもイイって思ってんの?
何考えてんだ、俺!?
「……で、どうすんのよ?」
「えっ?」
「『えっ?』じゃないでしょ! 何の勝負をするのかって聞いてるの!?」
「あ、ああ……。それね……」
「……」
「みっ、御坂さん!? 無言で睨み付けて、コインをジャラジャラ言わせるのは、お肌に悪いと思いますのコトよ」
「そうね。どこかのバカが私をイラつかせてばかりいるから、サッサとトドメを刺した方がお肌の心配しなくて済むかもね!?」
御坂はさっきよりも青筋が増えた顔を俺に近づけ、恐ろしい形相に血走った眼で俺を睨み付ける。
ち、近い。
近すぎるんじゃないか?
そんな怖い顔で近付かなくってもイイんじゃないでせうか?
季節はもうすぐ冬なのに、全身から噴き出る汗は止まるところを知らない。
さっきもそうだったけど、ホントに『ヘビに睨まれたカエル』ってこのことだよな。
でも……
じっと見つめ合っていた時、とんでもない言葉が俺の口から飛び出した。
「お前って、怒った顔もカワイイのな」
ウソは言ってない。
思ったことをそのまま口にしただけだ。
ただそれだけだったのだが……。
俺の言葉に対する御坂の反応は、至極真っ当なモノだった。
「そっ、そんなコト言って、誤魔化そうとしたって……。だっ、だっ、だっ、ダメなんだからねッ!!!」
そう言うと御坂は、電撃を纏ったゲンコツを俺の顔面に容赦なく叩き込んだ。
「そっ、そんっ、そんな言葉で、ごっ、ごっ、誤魔化されないんだから……。……で、でも、……私の事、か、か、か、カワイイって……(//////////)」
別に誤魔化そうとした訳じゃないんですけど……。
この状況なら、そういう風に取られても仕方ねえとは思う。
やっぱり俺って……
不幸……だ。
「う……あ、……いてててて」
「あ、やっと気が付いた」
「え? あ、アレ? 御坂?」
「動いちゃダメ。もうちょっと寝てなさい」
「あ、……ああ」
どうやら御坂の電撃ゲンコツを喰らって、俺は気を失っていたらしい。
状況を整理したくて、あちこちに視線を走らせてみる。
「こ、コラ! ゴソゴソ動くな!」
「あ、ゎ、悪い」
「く、くすぐったいじゃない……。……(バカ)」
くすぐったいって、何がですか?
それにしても、頭の下が妙に柔らかいんですけど……。
目の前には上から覗き込んでいる御坂の顔。
アレ?
何か懐かしい?
前にもこんなことあった気が……。
そんな時。
あ、眼が合った。
『ボンッ!』
と音がしたんじゃないかと思うほど、御坂の顔が茹でダコのように真っ赤に染まった。
と同時に目を逸らしやがった。
何恥ずかしがってんだ?
しかし、この状況でこの配置って……。
ま、まさか……
俺の頭の下にあるのって……
今の俺……
も、も、もしかして……
これが『膝枕』ってヤツですかぁ~!?
『ボンッ!!』
今度は俺が茹でダコになる番だった。
お、オイ……。
イイのかよ、こんなの……。
スゲー恥ずかしいんですけど。
……でも、もうちょっとこのままでいたいような……。
前はゆっくり出来なかったし……。
「お、オイ、御坂……」
「な、何よ」
「い、イイのか?」
「……バカ」
「説明もナシで、いきなりバカ呼ばわりですか?」
「分かってないから『バカ』って言ったの」
「へ?」
「ダメだったら、こんなコトしてない」
「……あ」
「嫌いなヤツに……、こんなコトしないわよ、バカ」
そうか、そうだよな。
俺、御坂に嫌われてるとばかり思ってたから。
「二度目……だな」
「え?」
「膝枕……して貰うの」
「バカ……」
「ハハハ……」
また『バカ』かよ……。
でも、何か心地イイ。
時間がゆっくり流れていく。
そんな時……
「ご、ゴメン……」
「え?」
御坂がそっぽを向きながら、でも視線をコチラに泳がせながら謝ってきた。
「き、気絶……させちゃって……。その、ゴメン……」
「い、イヤ……。俺も変な事言っちまって……悪かった」
何か、変な感じだな。
いつもの御坂じゃないみたいだ。
妙に素直になれる。
何でかな?
「うん。ビックリしちゃった。……いきなり『カワイイ』なんて言うんだもん。あり得ないわよ」
「あ、ああ。……でも」
「え? ……でも?」
「ウソじゃねえぞ。ホントにそう思ったから言ったんだぞ」
「ふえっ!?」
「今の御坂は、もっとカワイイけどな」
「ふ……、ふ……」
「ふざけてなんかねえよ。ホントにそう思うから言ってんだぞ」
「ふ……、ふ……、ふ……」
「あ、アレ……? 御坂さん?」
「ふにゃぁ~~~~~」
『バチバチバチバチバチ!!!!!』
「んぎゃぁああああああああああ!?」
い、いくら何でもこの状況で、その電撃は非道くないですか?
余りに突然のことで、自慢の右手も間に合わず……。
「ふ、不幸……だ……」
電撃パンチを喰らった時と同じセリフを吐いて、俺はもう一度気を失った。