美琴のバレンタインミッション
【2/13】
美琴は常盤台中学寮・厨房内の巨大冷蔵庫前で仁王立ちしていた。
中にある『その物』が冷えて固まるまで、ずっとここにいる気らしい。
本日は2月13日。バレンタインデーの前日である。
となればチョコ作りは乙女の嗜み…なのかどうかは分からないが、それを実行する者は多い。
美琴もその例に漏れず、大量の徳用チョコレートを購入し、湯煎し、型にいれ、
そして今は冷蔵庫で冷やし、固めている。
以前上条にクッキーを手作りして持って行った(とは言っても未遂で終わったが)時は、
寮内が大騒ぎ(主に白井)しないように、わざわざ佐天の寮まで足を運んだが、
今回はその必要は無い。
何故大量にチョコレートを購入したかという説明とも繋がる事だが、
今回に限っては周りにバレても何の問題も無いのだ。だって周りに配る為に作っているのだから。
バレンタインのチョコは、何も男性に告白する為だけの物ではない。
本命や義理の他にも、友チョコ、自分チョコ、家族チョコなど色々ある。
更には男性からチョコを渡すという、逆チョコなんて物もあるくらいだ。
故に美琴は、その友チョコを配る為にこうして手作りチョコを大量生産しているのだった。
…と言うのを建前に、堂々と本命も作れる訳である。
そう。この中には一つだけ、美琴の本命が隠されている。
木を隠すなら森…本命チョコを隠すなら友チョコの中なのだ。
とは言ってもその本命チョコは、ナッツやら砕いたクッキーやらが入っていたり、
カラフルなチョコスプレーでトッピングされていたりと、
明らかに他のシンプルなチョコとは違い、異彩を放っているヤツなのだが、
それでも美琴は周りには気づかないと思っているらしい。
いや、トッピングはそれだけではない。美琴はぺラッと、昨日買った雑誌のページをめくる。
内容はやはりバレンタイン特集だ。
美琴はこの雑誌を立ち読みした時、中に書かれていたチョコレシピに感銘を受けたのだった。
『最後の仕上げに加えるのは、あなたの恋する気・持・ち!
それは気になる彼をメロメロにさせる、魔法のような甘味料!』
…つまりそのトッピングというのは、「コイスルキ・モ・チ」とかなんとかってヤツである。
美琴にとっては目からウロコだったらしいが、
こちらとしては読んでる方が恥ずかしくなるフレーズだ。
その雑誌、発行されたのが本当に平成なのかと疑いたくなってくる。
ともあれ、それだけ本気でチョコ作りに専念している訳で、
美琴は本命チョコを作るにあたって、様々な人から意見を聞いていたのだ。
例えば春上曰く、「お腹いっぱいになるくらいがいいの」
しかし腹いっぱいになるまでチョコを食べると、ハッキリ言って気持ち悪くなるだろうから却下。
枝先曰く、「メッセージに『好きです!』って入れるのはどうですか?」
しかしそんな勇気があったら初めから苦労はしない。却下。
婚后曰く、「ほ、ほほほ本命ですのっ!? そ、それは勿論…こう…ゴ…ゴージャスな感じですわっ!」
抽象的すぎて参考にならない。却下。
湾内曰く、「まぁ! ではチョコレートで出来たお城などいかがでしょう!」
メルヘンすぎる。却下。
泡浮曰く、「そうですわね…ではチョコレートで出来たお城など(ry
同上。
ゲコラー仲間である食蜂の取り巻き(縦ロール)の子曰く、「勿論ゲコ太形ですわね!」
予想はしていたが、却下。というか、それは美琴本人が欲しい。
佐天曰く、「唇にチョコを塗って、チョコキスしちゃうってのはどうですか!?」
却下。
美鈴(電話で聞いた)曰く、『全身にチョコを塗りたくって「私を食・べ・て?」とか言うのはどう!?』
却下。
結局、「他のチョコよりは気持ち豪華にして…あっ、でも気合を入れすぎると
逆に引かれちゃうかも知れませんので、そこら辺はご注意を。
それから相手は男性なので、少し甘さは控えめにして、
あとはそうですね…歯ごたえのある物が入っているといいかもですね。
男の子ってそういうの好きですから」
という初春の無難かつ的確な案を採用(ナッツやクッキーが入っているのはその為である)した。
他の案が軒並み使い物にならなかった、というのもあるが。
ちなみに端から、白井は調査対象から外されている。オチが見えているから。
そんな訳があり美琴は、
冷蔵庫の前で大量の友チョコとたった一つの本命チョコが完成するのを待っているのだが、
その間に他の寮生に、異彩を放っているヤツ【ほんめいチョコ】について訪ねられ【ツッコまれ】、
彼女はこう答えたのだった。
「あっ、ちちち違うのっ!!! ここ、これはその…ほ、本…命……とか! そういうんじゃなくてっ!
ただちょっと材料が余っちゃったから、最後に作った一個に全部入れたってだけで…
だから本当に想像してるような物じゃないからっ!!!」
今更何を言っているのか。本命チョコについて、色んな人に聞きまくったくせに。
大方調査する時にも、
「本命チョコについて聞きたいんだけど……へっ!!? あ、いやその…わ、私じゃなくて!
ただアンケート調査と言いますか……深い意味は無くて…………
あっ!!! そうそう、と、友達よ! 友達に聞いてきてくれって頼まれたの!」
とでも言って誤魔化したのだろう。それで誤魔化しきれる訳がないが。
ともあれ、後は固まったチョコを箱詰めして、ラッピングすれば準備は完了だ。
長々と説明はしたが、あくまで今日は本番の前日。
決戦は明日、バレンタインデー当日なのである。
【2/14】
美琴はとある高校男子寮・入り口前で仁王立ちしていた。
ただし、昨日と違ってかなり落ち着きが無い。
足はパタパタと忙しなく動き、近くをキョロキョロと見渡したかと思えば、
バッグの中から手鏡を出し、髪型がおかしくないかチェックする。
(お…落ち着け…落ち着け私! これはあくまで、義理チョコなのよ!
普段の感謝の気持ちを伝える手段として、チョコを渡すだけ!
あの馬鹿はどうせ本命だなんて思わないんだし……いや、ちょっとくらいなら気づいてくれても………
じゃなくてっ!!! 変な期待とかすんな私っ!
そうよ、気軽に渡せばいいのよ。友達にあげた時みたいに、
「今日バレンタインでしょー? これアンタにあげるー」って感じで―――)
「よう、美琴。俺の寮【こんなとこ】で何してんだ?」
「なーっしゃらーいっ!!!」
脳内シミュレーションの途中で話しかけられ、謎の言語で奇声を発する美琴。
しかも話しかけてきた少年は、美琴が今まさに待ち構えていた相手である。
「…えっ? 今の何語?」
「ななな何でもないからっ!」
明らかに何でもなくないのだが。
美琴は深呼吸をして自分を落ち着かせ、本題に入ろうとする。
「あ、あーその…きょ、今日はバレンタインでしょー? これアン…タ…に…?」
シミュレーション通りの台詞を言おうとしたその時、
美琴は上条が抱えている大荷物にやっと気づく。
相当大きなダンボールだったのだが、それが目に入らない程にテンパっていた、という事だろう。
しかし問題なのはダンボールそのものではなく、中身の方だ。
美琴は一気にテンションを下げ、逆にイライラゲージを上昇させる。
「……ふ~ん? ずいぶんと重そうにダンボール抱えてるじゃない。
それ中身、全部チョコなんでしょ?」
「何か今日、いっぱい貰っちまってさ」
さらりと言う。チョコをいっぱい貰ったという情報をさらりと。
美琴のイライラゲージはMAXまでたまった。
「あっそう! へー、そりゃ良かったわねっ!」
「な、何で怒ってんの?」
しかし、いつも通り鈍感全開な上条は、何故美琴がお怒りなのかは分からない。
それが余計に火に油を注いでいるとも知らずに。
「べーつーにー!? ただ、そんなに貰ったんなら、私からのチョコなんていらないかなーってね!」
「へ? 美琴も持ってきてくれたのか?」
「ったく、アンタが手作りがいいなんて言うからわざわざ作ってきたってのに……」
「ああ…前に言ったな。そんな事」
そんな事…と言うのは、序盤で説明したクッキーの件だ。
上条が入院し、美琴はお見舞いとしてデパ地下の高そうなクッキーを買って来たのだが、
その際に上条は「手製がベスト」と、ある種の贅沢をのたまったのだ。
以来、何かと手作りのお菓子を上条に渡そうとしていた美琴だったが、ことごとく失敗している。
だから美琴も「今回こそは!」と意気込んでいた訳なのだが……
「でもその必要も無かったわね! そんだけおモテになるんだから!」
上条の抱える大量のチョコレート(それもおそらく、その殆どが本命)を見て、
何だかどうでもよくなってしまった。
だがチョコを多く貰えるというのは、
逆に言えば上条のフラグ能力がそれだけ凄まじい事も意味している。
なので上条は美琴に対しても、
「んな訳ねーだろ? 作ってきてくれたんなら、上条さんは喜んでお受け取りしますよ。だって…」
「だって?」
ごく当たり前のように、そして自然に、
「美琴からのチョコは特別だからな」
フラグを強化してくるのである。
それは上条からすれば、特に深い考えも無く、何となくで口から出てきた言葉だった。
だが…いや、だからこそ、美琴からすれば何よりも嬉しい言葉だったりする。
上条が無自覚にこんな事を言っちゃうヤツだという事は、頭では理解しているつもりなのだが、
心はどうしてもトキメいてしまうのだ。
惚れた弱み、とかいう物なのだろう。正直な所、ごちそうさまでした、である。
「っ!!! し、ししし仕方ないわねっ!
そそ、そこまで言うならあげてやらなくもないかなっ!!?」
さっきまでの不機嫌オーラはどこへやら。美琴の顔が、一気に赤く染まっていく。
こうして今日も、『まんまと』上条にしてやられてしまう美琴なのであった。
ちなみにその日の夜、上条から
『色々食べ比べてみたけど、美琴のが一番美味かった。ナッツとか入ってたし』
というメールが届き、
美琴はベッドの上でゴロゴロと転げまわりながら、初春に感謝するのだった。