彼女と居る時は携帯に気を付けよう
「あれ、寝てる?」
まだ9時前だが、スヤスヤと机にうつ伏しながら寝ている上条の顔を覗くのは御坂美琴。今は上条の彼女である。
美琴は上条の手にある携帯が開いてある事に気づいて、画面を覗いた。
それは学園都市SNS『ロンドネット』あの騒動から数カ月経ったが、未だに人気は衰えていないらしい。
そのロンドネットの中には、黒髪と青髪、金髪の三人のキャラが映っていた。そのキャラの一人から、吹き出しが出てきた。
『カーミやーん?』
どうやら、反応が無くて気になっているみたいだ。
上条を起こさないように、ゆっくりと上条の手を解き、携帯を取り出した。
(で、でも勝手にやって良いのかしら?)
そう考えている間にも、上条を気に掛けるコメントが表示されていく。
少々負い目を感じながらも、美琴は携帯のボタンを押した。
『アイツなら寝てるわよ』
『誰だお前は。カミやんはどうした!?』
『ま、まさか彼女!?』
もしかして、やってしまったのではないかと美琴は思いながらも、ポチポチとボタンを押し、画面の向こうの二人と会話を始めた。
『そうだけど、聞いてないの?』
『聞いてないぜい!!』
『まったくカミやんも隅に置けないなー』
(何で私の事言ってないのよ。何も疾しい事なんてないじゃない!!)
『ん?もう9時近いけど、もしかしてお泊りやないのか!?ツッチー!今すぐ突撃するんや!!』
(ヤバい!!)
早くしないと見つかってしまうかもしれないと、慌てて隠れる場所を探す。
(押し入れ……は駄目。すぐに見つかる。ベッドの下、は当然入れない)
他の選択肢を考えるが、ことごとく見つかる結果しか考えられなかった。
もう駄目かと思ったが、携帯の画面には。
『にゃー。悪いが、今は出かけててにゃー。突撃しない代わりに彼女さん、俺達の質問に答えてくれんかにゃー?』
(……助かった)
そう安心しながら、質問に答えるくらいいいだろうと、美琴は了承した。
『いいわよ』
『じゃあまず、名前は?』
(さ、さすがにこれは)
『それはさすがに。特定されても困るし』
『そうか。じゃあカミやんのことは何て呼んで、カミやんには何て呼ばれてるのかにゃー』
『私からはアンタとか、あの馬鹿って呼んでる。アイツからは普通に名前で』
『どうしてカミやんを名前で呼んであげないん?』
『だ、だって恥ずかしいし』
『恥ずかしがってちゃあかんぜい!!』
(ふぇ!?だ、駄目なのはわかってるけどやっぱり……うー)
金髪のキャラに突然説教をされ、少し取り乱してしまった。
一度深呼吸をし、気持ちを落ちつけて画面を見つめる。
『カミやんが名前で呼んでるなら、彼女さんもカミやんを名前で呼ぶべきだぜい。それにカミやんにばかりしてもらってる事とかはないかにゃー?』
(アイツにばかり……?)
そういえば、と美琴は思い出してみる。
(うっ……た、たしかに)
『何か、私に出来る事はないかしら』
『こういう時はやっぱり、カミやんの耳元で「当麻♡」ってっ囁くんだぜい!』
『な、なんやて!?ちくしょうカミやんの奴』
『む、無理無理無理!!』
『カミやんを喜ばせたくないのか!?』
『で、でもやっぱり……』
『なぁ、カミやんを起こさなくてもできる事はあるんじゃないんか?』
『どういうことだ?青髪』
『たとえば頭を撫でるとか』
『珍しく青髪が良い事言ったぜい!!』
『珍しくは余計や!!』
(あ、頭を撫でるか)
相変わらず、スヤスヤと吐息を立てながら眠る上条。
今なら上条にも、ばれない。
(わ、わからないなら私だって!!)
優しく、上条の頭を撫でた。こうしてじっくり上条に触れるのはこれで二度目だ。
『な、撫でたわよ』
『どうだった?』
『く、癖になりそう』
『さすがにカミやん羨ましすぎる!!』
『落ち着け青髪。カミやんは起きないか?』
『うん。まだゆっくり寝てる……可愛い』
『彼女さん、今ならカミやんも聞いていない。「当麻♡」って言うんだにゃー!!』
『う、で、でも』
『今を逃したら、もう駄目かもしれないんだぜい。それでもいいのか?』
『よ、良くない』
『じゃあやるべきだぜい!』
もう一度、上条に目を向ける。彼はまだ起きていない。
(い、今なら)
一言。たった一言『当麻』と呼べば良いだけなのだ。
きっかけさえ作れれば、後はなし崩し的に呼べるようになるはずだ。
頬を熱くさせながら、美琴は口を上条の耳元に近づけて、口を開く。
「っ……と……当麻♡」
(きゃー!言っちゃった言っちゃったどうしよう!!)
美琴はリンゴの様に顔を赤くさせながらブンブンと首を振った。が、とある言葉でその動きも止まってしまう。
「……やっと、名前で呼んでくれたな」
ゆっくりと、顔を上げた。
彼女が見たもの、それは頬を少し赤く染めた上条の姿であった。
「アンタ、いつから」
「美琴が『当麻♡』って呼んでくれた所で」
美琴の顔が今まで以上に、深紅に染まりながら、バチバチと前髪から火花が散った。
「今すぐ忘れォぉおお!!!」
「ふふふ、ビリビリなんて――――」
上条に電撃が聞かない事など、今までの経験から解っていた。
だから放ったのは電撃ではない。
「――――ぐほっ!!!」
上条の腹を狙っての、力一杯のストレートパンチであった!!
上条は力を失い、床に倒れ込んだ。
「わ、私もう寝る!!」
そう言って美琴は上条をそのまま放置してベッドに飛び込んだ。
もしかして、あの金髪に良いようにからかわれていただけではないかと、彼女は布団に包まりながら考えていた。