小ネタ 溺れてほしーのっ!
愛しい人と唇を重ねる時。
それは不幸である自分が最高に幸せだと感じることが出来る数少ない瞬間の一つであると上条は思う。
「(とは思いますけどね…)」
それが息継ぎがままならないほど連続で長時間であると苦しいと幸せがない交ぜになり、止めたい、止めたくないの鍔迫り合いになる。
キスに、ひいてはキスをしている彼女に集中できないのは自分がそういう感情に疎いせいなのか。それともただ単に経験値が足りないだけなのか。
「…とう、ま…はっ、んぅ……ちゅ、ん」
「(こちらのお嬢様は完全にスイッチ入っちゃってんのにな)」
上条と唇を重ねる少女――美琴は今現在、目の前の恋人以外眼中にないらしく、無心に、どこか余裕のなさそうな苦しげな表情でキスを繰り返す。
「(まあ、余裕がないから速攻で飛び掛ってきたんだろうし)」
今から行くから、と唐突にかかってきた電話から聞こえた彼女の声。
反応する間も無いままに切れてしまった携帯電話を握りしめて手持ち無沙汰に玄関でうろうろしていたところに来客を知らせるインターホンの音。
あまりにも早い到着に、何か彼女を怒らせるようなことでもしてしまったかと記憶を掘り返しながらドアを開けると、そこには息を切らせた美琴の姿が。
「よ、よう。今日はいったい…」
焦った心理を悟らせまいと浮かべた愛想笑いで先手を切った上条のどてっぱらに、美琴はノーモーションダイレクトタックルをかました。
あっと言う間の攻撃に全く反応できなかった上条はそのまま美琴に押し倒されてしまう。
己の腹の上に馬乗りになった美琴に、やっぱりなにか失態を犯したのだと思った上条はひたすら胸の中で彼女に謝罪を繰り返しながら、
「うごぅ!? み、美琴さん、超電磁砲キャッチボールだけは…」
そう言いかけた上条の唇を自分のそれで覆い塞いだ美琴は、以降ただひたすらに上条とのキスを求め続けていた。
「つ、か! ちょっとタンマ美琴!」
さすがにキスのし過ぎで酸欠を覚えた上条は、美琴の両肩を掴んで無理やりひっぺがす。
「…っ」
引き剥がされた美琴は恨めしそうに上条を睨むものの、息切れしているのは彼女も一緒だった。
上条と触れ合っている時は何故か自然と涙が出てきてしまう。
以前語っていた涙の理由。
双眸を涙で潤ませた美琴は、赤い頬のままぜぇぜぇと酸素を吸い込んでいる。
全く、反論もできないほどキスに夢中になって。
キスしてたせいで窒息するとか、そりゃまるで……
「キスで溺れるみたいだな」
ぽろりとこぼれた言葉の意味を数瞬かけて理解した時、上条は自分で言ってて恥ずかしさがこみ上げてきた。
「あ、いや、その…これはだな…」
似合わない。あまりにも似合わなさ過ぎる。
キスで溺れるとか、臭いセリフにもほどがあるだろ上条当麻!
仮にその表現がアリだとしても、それを言っていいのは美琴が持ってきた漫画に出てくるような
バラを咥えられる輝かしいイケメンか、周囲に花を撒き散らせる美少女のどちらかだ。
美琴の視線が見下ろしてくるそこで、上条の頭はわたわたと直前の発言について思考を繰り返す。
こんな考えが浮かぶのは美琴センセーの乙女回路が上条さんにも組み込まれてしまったということなのでしょうか。
キスで燃え上がったのとは別の理由で顔を赤く燃やした上条は美琴の視線から隠れたい気持ちになったのに、
「私はもう溺れてるのに…」
ふいに耳に届いた美琴の拗ねたような声に釣られ、彼女を見上げた。
「私は、アンタにこれ以上ないほど溺れてて、アンタがいなきゃ息もできない」
いじけたような声色で、美琴はくしゃくしゃにするかのように掴んでいた上条のシャツから手を放すと、そのまま上条の首に両腕を巻きつけて体を密着させる。
「私に溺れてくれないなら、キスでくらい溺れなさいよっ」
美琴からゴツンと胸に頭突きを食らわせられたその場所の奥のほうに、今まで感じたことがなかった新たなモノが生まれたことに、上条は気付いた。
いつも美琴からは色んな感情を教えてもらう。
それは全く自分が知らないモノだった時もあったし、元々自分の中に眠っていて気付いていないだけのモノだった時もあった。
これからももっと多くのモノを手に入れたいと思う。しかしそれは美琴と一緒に手に入れて行きたい。
つまり、これからずっと美琴と一緒に過ごして生きたいということなのだろうか。だとすれば、
「…俺も大概溺れてんじゃねーか」
「当麻?」
「ん、なんでもねーよ」
新たに色づいた赤を見られたくなくて、上条はスルリと自分と美琴の体勢を入れ替えると、美琴の視界を手のひらで覆ってキスを仕掛けた。
おまけ
「そういやお前なんでいきなり飛びついてきたわけ?」
「そ、れは…アンタが…」
「俺が?」
「…わたし…以外の、子と…」
「ん? 何、聞こえないんだけど?」
「う、うっさい! ばか! フラグ男! 天然タラシ! 早く私に溺れなさいよ!」ビリビリ
「ぐは!? ふ、不幸だぁ!」