それはまだ『麻琴』という名前もこの世に生まれていない時代
「そう言えばあたし昨日、面白そうなアプリをダウンロードしたんですよ!」
そう言って話を切り出してきたのは、怪しげな噂やトラブルに定評のある佐天である。
彼女は自分のバッグから携帯電話を取り出し、テーブルの上に置く。
お察しの通り、ここはいつものファミレスだ。
美琴、白井、初春、佐天。
学校帰りの超電磁砲【なかよし】四人組は、今日もまた飽きずにプチ女子会を開催している。
とは言ってもその内容は、話した数時間後には忘れるような話題で盛り上がりながら、
お茶を飲んだりスイーツを食べたりするだけだ。そのままの意味での放課後ティータイムである。
そんな中、佐天が何かを思い出して話を切り出してきた【ネタフリをしてきた】訳だが、
美琴は今までの経験から、佐天の言う『面白そうなアプリ』がろくでもない物だと直感した。
現に彼女は、今まで「幻想御手」や「不在金属」などといった都市伝説に首を突っ込み、
色々と『痛い目』に遭っている。しかし美琴は、そこだけを危惧している訳ではない。
美琴は顔をしかめながら苦言を呈した。
「えっと…佐天さん? そのアプリが何だかは知らないけど、とりあえず止めておかない?」
「大丈夫ですよ! それに御坂さんだって興味ありませんか?
上条さんとのお子さんがどんな子になるのか!」
「やっぱり『ソッチ系』かあああああぁぁぁ!!!」
そして美琴は絶叫した。
アプリに関する詳しい内容はまだ分からないが、
佐天のその言葉だけで『ソッチ系』の話題である事は分かる。
『ソッチ系』…つまりは美琴と上条の関係について尋問する【いじりたおす】系の話題である。
美琴は危惧したのは、むしろこちらだった。
佐天も流石に懲りたのか、最近は危険そうな都市伝説には警戒をするようになっていたが、
その代わり『ソッチ系』の都市伝説を集めまくるようになっていた。
美琴は佐天が都市伝説【オモチャ】を使うのに、体のいい被験者【モルモット】なのだ。
「実はこのアプリ、父親役である男性のデータと母親役である女性のデータを入力すると、
その二人の子供の顔や性格を予想してくれるんですよ」
嬉々として、そして目をキラキラさせて説明する佐天。
しかし毎度の事ながら、ここで待ったをかける人物が一人。
「ちょっとお待ちくださいな!
そのような聞くからに如何わしい代物、風紀委員として見過ごす事はできませんの!
何よりお姉様と類人猿の…だなんて想像しただけで虫唾が走りますわよっ!」
白井である。前半部分が建前で、後半部分が本音だろう。
風紀委員云々などと言ってはいるが、要は二人の子供の顔なんざ見たかねーよ。という事なのだ。
「別にいいじゃないですか。危険な物じゃないみたいですし」
そしてこれも毎度の事ながら、初春がそれをたしなめる。いつも通りパフェを頬張りながら。
初春もまた、佐天ほどではないにしろ、美琴の色恋話に興味がある側の人間である。
「危険なら大有りですわよっ! わたくしのSAN値がガリガリ削られますの!
ライフがゼロになったらどうしてくれますの!?」
「HPの表示をSAN値にするのかライフにするのか、ハッキリ決めてください」
どうでもいい事に丁寧にツッコミを入れる初春である。
「そうですよ!
それにあたしが使うかどうか聞いてるのは、白井さんじゃなくて御坂さんなんですから!」
「でしたら! でしたらせめてまずは! わたくしとお姉様の子供の顔を!」
「あっ、同性同士だとデータ入力ができません」
「ガッデム!」
白井は悪態をつきながら、テーブルをドンと叩いた。
振動で美琴と白井の紅茶、佐天のコーラ、そして初春のミルクセーキに波紋が広がる。
「で? で? 御坂さんはどうしますか? 何かさっきから黙っちゃってますけど」
「どどどどうしますかって言われてもあ、あの馬鹿との……その…ここ、子供! とか!
全然全くこれっぽっちも興味ないし、そもそもそんな事になる訳もないし、
大体私とあの馬鹿の間にあ、あか、あかかあかあ赤ちゃんなんて出来ないんだしそれに」
「よし! 御坂さんのデータ入力OK、と。あとは初春、上条さんのデータ分かる?」
「あ、はい。今、書庫をハッキングしてますから」
「うおおおおおおおい!!!?」
「私の話を最後まで聞いて」とか「何でもう私のデータ入力してんのよ」とか
「なに堂々とハッキングとかしてんの初春さん風紀委員でしょ」とか
「どんだけ真剣なのよ二人とも」とか「そもそも最初に断ったわよね」とか、
ツッコミたい言葉が山のように頭に浮かんだが、それらを一言にまとめて、
「うおおおおおおおい!!!?」と叫ぶ美琴。
しかし佐天も初春も聞く耳を持たず、件のアプリにデータを入力していく。
「よし、終わり! あとは[完了]を押すだけですけど…どうしますか御坂さん?」
「え、あ、えっ!!?」
敢えて最終的な決定権を美琴に与える佐天。
隠す事も無く、こちらに歯を見せてニヤニヤしているその顔が実に腹立たしい。
「あ~もう、お貸しなさいな! わたくしがデータを消去してさしあげますの!」
けれども美琴の返事を聞く間も無く、白井が佐天の携帯電話を奪い盗る。
だがそれがマズかった。白井の能力は空間移動。
美琴のように電撃使いならば、手で触れずに携帯電話に干渉して、
そのままデータを破棄できるかも知れないが、白井にそのような芸当は不可能だ。
空間移動を使って携帯電話をどこかへ飛ばす【ポイする】事はできるだろうが、
それでは何の解決にもならないし、万が一飛ばされた先で携帯電話が高い場所から落下し、
そのまま壊れでもしたら佐天にも申し訳が立たない。
美琴と上条への奇行(奇行する理由はそれぞれ真逆だが)が激しい為に誤解されやすいが、
白井は基本的に気遣いのできる女性なのだ。
つまりだ。白井は自分の能力を使わずに、直接佐天の携帯電話を操作して、
データを消去しなくてはならない。
しかし学園都市には正に多種多様な携帯電話が売られており、
白井は佐天の持つタイプの物には慣れていなかった。
ちなみに佐天はスマホ型、白井はSFっぽい型(?)である。
普段ならば冷静に対処もできたのだろうが、今回は少々焦りもあった為、
「あっ。……あああああああああ!!?
わわわわたくしとした事がうっかり[完了]を押してしまいましたのおおおおお!!!」
と分かりやすく説明をしながら青ざめている。対して美琴も、
「なっ、何やってんのよ黒子!」
と慌てだしたが、先に述べた電撃使いとしてのスキルで携帯電話に干渉して、
アプリを強制終了できるのに、それをやらない美琴である。理由はまぁ、お察しだ。
画面の表示が『しばらくお待ちください』から『終了しました』に変わる。
するとそこには、美琴そっくりで黒髪(心なしか髪が多少ツンツンしている気がする)の、
可愛らしい女の子の顔が映し出された。
「うわ~! 可っ愛いですね~!」
「おおう! これはまた、見事にお二人の遺伝子を受け継いでますね!」
初春と佐天が、思わず感嘆の声を上げる。
「ほらほら白井さん! ちゃんと見てくださいよ!」
「だから何度も仰っているではありませんか!
わたくしはそんな物見たくはな………あら可愛らしい」
佐天に無理矢理画面を見せられ否定しようとしたが、思わず素直な感想が漏れてしまう白井。
佐天が白井を担当したので、初春は美琴に話を振る。
「どうですか御坂さん。何かご感想は?」
「ひゃえっ!!? あ…あー、そうねー…
ま、まままぁ、あ、あの馬鹿との……その…ここ、子供! とか!
全然全くこれっぽっちも興味ないし、そもそもそんな事になる訳もないし、
大体私とあの馬鹿の間にあ、あか、あかかあかあ赤ちゃんなんて出来ないけど、
うん…この子は…か、可愛いと思うわよ。あ、でででもべべべ、別にアレよ!?
『アイツとの間に生まれた子はこんな感じになるんだ~』とか
『アイツはどんなパパになるのかしら…』とか『あんな風に子育てしたいな』とか
『子供ができるって事はつまりアイツと……け、けけけ、けこ、けっこ、結婚して!!!
しかもあの…つまりは……そ、その………あ、あ、赤ちゃんができちゃうような行為も!
しちゃったりなんかしちゃったりするのかしらっ!!!?』とか、
そんな事は一瞬たりとも考えてないけどねっ!?」
美琴はこういった話題を振られると、
勝手に自滅して自白(ただし本人には自覚なし)してくれるので、非常に楽である。
初春は顔を真っ赤にし、佐天は引き続きニヤニヤしており、白井は白目を剥いて泡を吐く。
美琴ただ一人だけが、自分の言ってしまった事の重大さに気付かず、目をパチパチさせている。
「じゃあニヤニヤこの子のニヤニヤ性格のニヤニヤ方もニヤニヤ見てみまニヤニヤしょうかニヤニヤ」
佐天はやたらとニヤニヤさせながら、[性格]の部分をタッチする。
すると某ポケモン図鑑よろしく、機械っぽい女性の声で解説が流れてきた。
『性格はやや母親寄り。社交的で誰とでも分け隔てなく接する事ができる。
ただし気になる人にはツンデレ気質になる傾向があるため注意が必要。
また無自覚にフラグを乱立させ恋愛関連のトラブルに見舞われる恐れあり』
美琴と上条の二人を知る者ならば、10人中10人が認知しただろう。
「間違いなく、この子は二人の子供だ!」と。
これはあくまでもお遊び系アプリの診断結果であり、これが現実になるという保障は無い。
しかしそれでも美琴にとっては顔を爆発させるのに充分な威力であり、
また、その美琴の様子は白井の口から魂を出させるには充分な威力であった。
◇
一方その頃。
「とうま、どうしたのかな? ずっと変な顔をしてるんだよ」
「おい人間。先程から携帯電話を握り締めたまま何を悩んでいる?」
「いやー…実はさ。もし俺と美琴に子供ができたらどんな顔になるのかな~、
と思ってこのアプリ使ってみようとしたんだけど、
よく考えたら俺、美琴の詳細なデータとか知らなかったからって言うか、
何故にインデックスさんはお口を大きく開けて歯を尖らせていて
オティヌスさんもマチ針二刀流なんてしているのでせう
しかも何で上条さんにそんな敵意剥き出しでって言うか何かもう不幸だーっ!!!」
上条は今日も元気に不幸であった。