お薬出しておきますね
ご存知の方も多いと思われるが、佐天涙子は都市伝説や噂話に目が無い。
友人達【みことたち】と集まった時は必ずと言っていいほど進行役を務める為、
常にその話題【ネタ】を探しているのである。
故に今日も彼女は自分の部屋で、スマホのディスプレイとにらめっこしていた。
「う~ん…何か面白そうなの無いかなぁ。
また実地テスト用の試供品が売られてるサイトでも見てみようかな?」
言いながら、佐天はお気に入りのWebページを開く。
わざわざブックマークしている辺り、相当頻繁に覗いているページなのだろう。
学園都市には、大学や研究所などで作られた薬品や機械が数多くある。
それらを商品として売り出し、実地テストと称して購入者の反応を見るケースも少なくない。
「ガラナ青汁」や「いちごおでん」等々の、学園都市名物・変な缶ジュースシリーズも、その一環である。
言ってみれば人体実験に他ならないが、能力開発の為に進んで人体実験を繰り返している
学園都市の生徒にとっては、今更気に留める事でもない。
佐天が開いたページは、そういった商品を専門で通信販売しているサイトである。
かなりコアだが、だからこそ固定客【じょうれんさん】などが多く(佐天もその一人)、
扱っている商品の種類も豊富なのだ。
未確認情報だが白井の怪しげな『パソコン部品』も、ここから取り寄せているとかいないとか。
佐天はこのサイトで、過去あらゆる面白グッズを買っていた。
ある時は、人の心が簡単に分かる嘘発見器型のオモチャを、
またある時は、その香りの中で眠ると未来が見えるというアロマオイルを。
佐天は事ある毎に珍しい物を購入しては、遊びながら実験している。
主に美琴を実験動物代わりにして。
そう。これらのグッズは、先に述べた通り話題作りの意味もあるが、
それ以上に美琴を弄る為の意味合いが大きい。
佐天は、美琴が上条に惚れている事を知っている。ちなみに初春も白井も知っている。
だが美琴が素直な性格じゃない為(そして上条が鈍感すぎる為)、その恋は中々進展しない。
だから佐天はその背中を押す為…という大義名分の下、あらゆる手段を使って弄っているのだ。
実地テスト用の商品で実験するのも、そんな理由が半分ある。もう半分は単純に遊んでいるだけだが。
事実、嘘発見器では美琴の上条に対する本当の気持ちを(無理矢理)聞き出せたし、
アロマオイルは美琴と上条が将来家族になるという夢を見せてくれた。
これらの経験から佐天はこのサイトをご贔屓にしており、
今日も今日とてカートの中に何か入らないかと探している。すると。
「……んっ!? 『スナオニナール』…?
これは商品名からして危険【オモシロ】な臭いがしますなぁ~♪ 購入決定!」
その分かりやすすぎる名前と、『飲んだら3分間素直になります』という説明文だけで、
特に考えもせずカートへと入れてしまう佐天。
その後に小さく書かれている、『※副作用として―――』という箇所には気付きもしないで。
◇
もう説明するのもめんどいが、ここはいつものファミレスである。
美琴、白井、初春、佐天という毎度お馴染みのメンバーは、しかし少々いつもと様子が違っている。
佐天は終始ニヤニヤしており、初春は周りの反応を見てソワソワし、
白井は目の前を睨みつけながら歯軋り、そして美琴は顔を真っ赤にしたまま固まっている。
その元凶は、大方の予想通りこの男の存在だ。
「あ、あの~…わたくしは一体、何故この場に呼ばれたのでせうかね…?」
上条当麻。4人掛けの席に無理矢理座らされた、5人目の人間。
初春と白井の反対側の席に、佐天と美琴と上条が座っており、
しかも美琴は佐天と上条に挟まれているので、上条と肩と肩が当たる密着状態にある。
更に佐天が隣からグリグリとお尻で美琴を押してくるので、尚更上条との距離が近い事に。
その様子を白井が良しとする訳もなく、愛しのお姉様とゼロ距離な上条を睨みつけているのだ。
その原因を作ったのは上条ではなく佐天の筈だが、
白井の怒りの矛先は何故か上条なのだから不幸な話である。
上条も白井からの痛い視線と、隣の美琴から髪の匂いやら体温の熱さやらを直に感じたりで、
とても居心地の悪い状況になっている。美琴の心音が妙にドキドキしているのも気になる。
白井はイライラしながら、「何故この場に呼ばれたのか」という上条の問いに答えた。
「嫌ならば今すぐお帰りになっても構いませんの!」
否。問いに答えるつもりはなく、手で「しっしっ」と追い払うようなジェスチャーである。
そもそも上条がここにいる理由など特にない。
佐天がこっそり上条に電話して呼び出したのだが、どうせろくでもない事でも企んでいるのだろう。
そんな佐天は含み笑いをしたまま不気味に沈黙しているので、初春が口を開く。
「ま、まぁたまには男性も交えてお茶会もいいじゃないですか! ねっ、御坂さん!?」
「そそそそうね! べ、別にコイツがいようがいまいが関係ないしねっ!」
チラチラと上条を見て、全く関係なくなさそうな態度を取る美琴。
と、美琴は手元にティーカップの取っ手部分を摘んだ。カラッカラに乾いた喉を少しでも潤す為だ。
しかし美琴がそのまま紅茶を一口飲むと、佐天は心の中で「来たっ!」とガッツポーズを取る。
やはり、何か企んでいたようだ。分かってはいた事だが。
紅茶を飲んだ美琴に対し、すかさず佐天は美琴にある質問をぶつけてみる。
さぁ、弄りタイムの始まりだ。
「ところで御坂さん。さっきから何か緊張してるみたいですけど、どうしたんですか?」
すると美琴から、驚くべき言葉が飛び出してくる。
そしてその一言は、ここにいる佐天以外の人間を凍りつかせる物だった。
「き、緊張ぐらいするわよ! すぐ隣に好きな人がいるんだから!」
………………………え? 彼女は今、何と言ったのだろうか。
先にも説明したが美琴が上条の事を好きだという事は、佐天も初春も白井も知っている。
しかし美琴は基本的にツンデレなので、その気持ちを表に出す事はない。
(ただし本人は表に出すつもりはなくても、自然と溢れ出れいる事は間々ある)
その為、いきなり上条の事が好きだなどと、しかも上条本人を目の前にして言うなど有り得ないのだ。
数秒間空気が凍結した後、堰を切ったように白井と初春が絶叫した。
「えええええええええええええみみみみさみさ御坂さぁぁあああああああんんん!!!!?」
「おおおおおねおねおねねおね姉様っ!!!? ななな何を仰っておりますの!!!?」
「…え? な、何々? どうしたのよ二人共?」
自分で何を言ったのか分かっていないのか、美琴はキョトンとしている。
実はコレ、冒頭で佐天が購入した「スナオニナール」の効力だ。
飲んだら3分間素直になるというその薬を、佐天はこっそりと美琴の紅茶に一服盛っていたのである。
それをまんまと飲んでしまった美琴は、今現在、自分の気持ちにウソがつけなくなっているのだ。
しかし上条の鈍感も斜め上を行っており、美琴の「すぐ隣に好きな人が」という言葉を、
まさかの方向から解釈する。上条は『美琴の隣』にいる佐天の方をチラリと見ながら。
「隣って…まさか佐天が美琴の!?」
「んな訳ないでしょ! 私が好きなのはアンタよアンタ! 上条当麻ただ一人よ!」
だが上条のトンチンカンな推測も、アッサリと美琴が否定する。これも普段では見られない光景だ。
「んな訳ないでしょ! 私が好きなのはアンt……じゃ、じゃなくて! 何でもないわよ馬鹿!」
というのが普段の美琴の反応である。
こんなストレートな言葉をぶつけられたら、如何に鈍感な上条と言えども。
「あ、ああ…なるほどね。俺の事が………って、ええええええええええええええええ!!!!?」
「な、何よアンタまでそのリアクション…ただ本当の事を言っただけじゃない」
美琴のとてつもなく予想外な返答と、過去味わったことの無い衝撃に、
上条は顔を真っ赤にして大声を上げてしまう。
だが相変わらず美琴は、むしろ驚かれる方が意外だと言わんばかりに平然としていた。
これには流石の白井も、類人猿【かみじょう】に怒りをぶつけるより先にお姉様【みこと】の心配を優先する。
「お……お姉…様…? た、大変失礼ですが…何か、わ、悪い物でもお召し上がりましたの…?」
口から半分魂が出掛かっている状態ながら、搾り出すように質問する白井。
美琴が不思議そうに「何で?」と聞き返すと、今度は初春が口を開いた。
「だ、だって明らかに様子がおかしいですよ! と、ととと、突然上条さんの事をぬふぇ~~~」
しかし最後まで言い切る事が出来ず、「ぬふぇ~」する。
普段の彼女達ならば、佐天が『何か』した事くらいは見抜けたのだろうが、
あまりの出来事すぎて頭が回らないのかも知れない。
美琴の素直ショックで白井、初春、そして上条の三人が固まっているので、佐天が助け舟(?)を出す。
「みなさん、何をそんなに驚いてるんですかね? 上条さんの事が好きだって言っただけなのに」
「ホントよ! 私は出会った頃から、ずっと当麻が好きなんだから」
益々固まる三人。白井など、もはや完全に魂が抜けてしまった。
しかし佐天は攻撃の手を緩めない。薬の効果は3分。今の内に、聞き出せるだけ聞き出さなければ。
「ところで上条さんのどんな所がお好きなんですか?」
「そんなの決められないわ。言ってみれば全部かしら。
当麻の目も、鼻も、口も、背中も、指先も、声も、ちょっと抜けてる所も、優しい所も、
笑顔が可愛い所も、一緒に歩くと歩幅を合わせてくれる所も、エッチな所も全部好き。
本当はまだまだいっぱいあるんだけど、言い出したらキリがないし」
「ほほう、なるほどなるほど。エッチな所も…ってのが気になりますね」
「当麻って、転んだ拍子に私の胸とかお尻とか触る事がよくあるから。
でも私もそれが嫌じゃないって言うか、むしろ当麻になら触られてもいいって言うか」
「うほう! それは中々の大胆発言ですね! じゃあキスとかも…?」
「それはまだないけど…でもそうね。してはみたいかな。
多分、ドキドキしすぎてどうにかなっちゃうと思うけど」
「どっ、どうにかって具体的にはどんな風に!?」
「ん~…例えば何も考えられなくなって、そのまま当麻に身を委ねたり…と……か…?」
言いながら、美琴がふっと何かに気付く。そしてそのまま、見る見る内に真っ赤になっていった。
残念だが、どうやら時間切れのようだ。
「ふにゃーーーーーっ!!!!! ななな、なに、なに、何言っちゃってんのよ私いいいい!!?
こここ、こ、これはウソ!!! 今さっき言った事は全部ウソだから!!!
わ、わわ、私がこの馬鹿の事を、す、すすす、好………き…だなんて!!!
有り得る訳ないじゃないそんな訳ないじゃなぁぁぁあああああああああい!!!!!」
目をグルグルにして手をバタバタと振り回し、必死で否定する美琴だが、
その言葉を信じられる者は誰一人としていない。勿論、上条も含めて。
何故なら、上条の事が好きだと言っていた時の美琴は、真実を語る目をしていたから。
愛する人の事を語る、乙女の目をしていたから。
上条は突如突きつけられた好意に、どう対処すれば良いのか分からず、
口をパクパクさせながら、恐る恐る言葉を発する。
「美…琴? えっと、その……い、今のは……」
「だ、だだ、だか、だから違うっつってんでしょっ!!?
アアアアアンタの事なんて何とも思ってにゃい、はら…………………っ!!!?」
再び否定しようとしたその時だった。美琴は自分の身に起きている、体の異変に気付く。
「あ…れ…? ハッ…ハッ…な、にこ、れ……体が、ハッ…ハッ…熱、い…?」
それはあまりに突然の出来事だった。
美琴が(佐天の薬から)我に返って数秒後、彼女は謎の発熱で息が苦しくなってしまったのだ。
火照った体からはジットリと汗が浮かび、目は虚ろ、頬は熱で上気する。
「あの…み、美琴…?」
先程とはまた違う美琴の異変に、上条は心配そうに美琴の顔を覗き込む。
するとその直後、佐天すらも驚愕する行動を美琴が取り始めたのだ。
「当…麻ぁ……♡ んむ、ちゅる♡」
「「「っっっっっ!!!!!!?!!??!?!?!!!?!?!?!!???」」」
それは紛れもなくキスだった。
上条、初春、佐天の三名は、急転直下なこの状況にただただ目を丸くする。
魂が抜けて絶賛死亡【きぜつ】中の白井は、ある意味良かったのかも知れない。
この惨劇を直接見ずに済んだのだから。
上条の頭が働きだすまでは、まだ数分かかりそうなので、代わりに初春がツッコミを入れる。
「どどどどうなってるんですかコレ!!!?」
「いや…あたしがちょっと御坂さんの紅茶に自白z…もとい、
スナオニナールを入れただけなんだけど…あたしの手に負える事態を超えちゃってるね…」
「何なんですか、その聞くからに怪しげな名前の薬!!?
それと今、明らかに自白剤って言おうとしてましたよねっ!?
て言うか佐天さん!? 何だか御坂さんのご様子が尋常じゃないんですが!?」
見ると美琴は、あのまま執拗に上条の口内を舐っていた。所謂ベロチューである。
先程「キスしたらドキドキしすぎてどうにかなっちゃう」と美琴本人が語っていたが、
まさかこんな形でどうにかなってしまうとは、思いも寄らなかった事だろう。
そしてそれは上条も同様で、頭の中は完全に真っ白になっている。
「あ、あれ!? おかしいな、副作用でもある訳じゃなし………あっ。あった」
流石の佐天もこれはおかしいと、もう一度よく薬のビンを調べてみる。するとそこには、
『※副作用として、使用後に異常なほど性欲が促進される場合がございます。
過度な使用は控え、用量・用法を必ずお守りください』
さて。ご存知の通り、佐天はこの注意書きを読んでいない。
薬の量も、考えなしに紅茶へと入れてしまった。
つまり、促進される性欲も計り知れないという事だ。
サーッと血の気が引けていく佐天に、初春が絶叫する形で声を掛ける。
「さ、さささ佐天さんっ!!? これちょ、と、止めないとマズイですよっ!!!?」
「うわわわわわっ!!! み、御坂さん!!! お店の中でそれ以上はヤバイですってばっ!!!」
見ると美琴と上条は、もはや『目も当てられない状況』になっていた。
今回ばかりは流石にやりすぎたと、佐天も反省するのだった。
…えっ? 目も当てられない状況って具体的にはどうなってるのかって?
それに副作用の効果が切れた美琴と、美琴から告白とディープキスをされた上条の、
その後の反応も気になる?
ちょっと何言ってるのか分からない。