だって冬って人肌恋しくなる季節だから
冬。木々の葉は枯れ落ち、冷たい風が人の心も体も凍えさせてしまうこの季節。
しかしここにいる上条と美琴は、周りの空気とは対照的に心がポカポカしていた。
そう、まさに二人の周りだけ、ほんの少し早い春が来ているかのようにである。
「…ねぇ、明日のデートどこ行く?」
「ん~、そうだな。俺的には美琴と一緒ならどこでもいいんだが」
「もう! 先週もそんな事言ってたじゃない!」
「うっ…! い、いやでも本当の事だしなぁ…」
別々の学校に通っている(しかも片方は高校、もう片方は中学)のに放課後は待ち合わせをして、
わざわざ一緒に下校していて、しかもこんな甘々な会話をしているこの姿を見れば、
理解して頂けると思うが、この二人はお付き合いをしている。所謂、恋人関係というヤツである。
(もっとも、付き合う以前から放課後デートはしていたようだが)
まだ付き合って3ヵ月の新米カップルではあるのだが、
それまでの友達以上恋人未満期間が長かった為、トータルではそれなりにベテランだったりする。
なので本来は鈍感…いや、今でも鈍感なのは変わらない上条だが、
こと美琴に関する事は多少改善されつつある。例えば。
「…お? そのヘアピン新しいヤツだな、可愛いじゃん。買ったのか?」
このように、美琴のちょっとしたオシャレに気付ける程度には、進歩していた。
そして美琴は、気付いてくれた事と「可愛い」と褒めてくれた事に、
「えへへぇ~」と無邪気な笑顔を作りながら答える。
「うん、昨日買ったの。…だってアンタに見せたかったんだもん♪」
可愛い彼女が可愛い顔して可愛い事を言ってくる。
そんな嬉しい事を言われてしまったら、上条だって負けてはいられない。気付けば上条は、
「っ!? えっ、あ、ちょっ!? ……あっ…ふあ…」
いたずらに美琴の頭を撫でていた。
突然の事で最初はビックリした美琴だったが、気持ち良かったのかすぐに顔をとろんとさせてしまう。
そんな美琴の様子に、上条はすぐさまハッとして手を離す。
「う、うわゴメン!」
いつも美琴から「子供扱いすんな!」とビリビリを飛ばされている上条は、
今回も不機嫌な思いをさせてしまったのではないかと焦った…のだが、
当の美琴本人は何故か手を離されてしまった事で少し寂しそうな顔をしていた。
「……あれ? ミコっちゃん、もしかしてもっとナデナデしてほしかったとか?」
「……えっ!!? そ、そそそ、そんな訳ないでしょ!?
た…ただちょっとその………そ、そう! アンタの手が大きかったな~って思っただけよ!」
付き合ってからは徐々に素直な性格になってきた美琴だが、元々はツンデレ畑の出身者だ。
このように、たまにその時のクセが出てきて誤魔化してしまう。
本当は上条に言われた通り、もっとナデナデしてほしかったのに。
だが上条はそのままの意味で受け取ったらしく、
美琴の頭から離した自分の手をまじまじと見ながら首を傾げる。
「…? そんなに言う程デカくはないと思うけどな……ほら」
「んひゃっ!?」
言いながら上条は、今度は自分の手のひらと美琴の手のひらを合わせて大きさ比べをしてきた。
寒さで冷たくなっている手と手を合わせた事で、美琴は思わず「んひゃっ」と変な声を出してしまう。
「な? こうして比べてもそんなに変わんねぇだろ?
…まぁ、女の子である美琴の手よりは若干大きいかも知れないけど」
「…あっ、う、うん。そう、ね。うん」
返事はしているが、あまり上条の言葉は耳に届いていないようだ。
何故なら手と手を重ねてから、寒くて白かった美琴の顔に、どんどん赤みが差してきているから。
それはもう、見ていて面白いくらいに劇的な変化である。
すると、上条のイタズラ心に火が付いたと言うかイジメっ子魂が湧き上がったと言うか、
とにかく、ふとこんな事を頭によぎらせてしまったのだ。
(今ぎゅってしたら、どんな顔するんだろう)
お気付きの者はお気付きかと思われるが、赤面したミコっちゃんはめちゃくちゃ可愛いのである。
手が触れ合っているだけでこの反応をするのなら、このままギュッと握り、
恋人繋ぎのように指と指を絡ませたら、今度は一体どんなリアクションが返ってくるのだろうか。
その時、上条はそんな事を思ったのである。GJである。
上条は合わせたままの手に力を入れ、美琴の手をギュッと握る。すると。
「ぴゃっ!!? あ……ああぁ、ぁ……ぷしゅー…」
どんな顔をするのか、という問題の正解は、「ぷしゅー」だった。
「ボン!」と音を立てながら煙を出して、更に顔を赤くした美琴は、
顔を俯かせながらもしかし、握られた手を握り返してきた。
上条は改めて思う。俺の彼女、可愛すぎると。
(まぁ、こんな君に恋したわたくしが悪いんですがね)
心の中でそんな感想を述べつつ、名残惜しいが手を離す上条。
いつまでもこの甘酸っぱいストロベリー空間に浸っていたい気持ちはあるが、
忘れてはならない。この二人、まだ下校途中なのだ。
道端で延々とイチャイチャしている訳にもいかないのである。
「じゃあ、そろそろ本当に帰ろうぜ? 風も強くなってきたし」
「~~~っ!」
人の気も知らないで、爽やか且つ暢気にそんな事を言い放つ上条。
だが美琴もやられっ放しで黙っている性格ではない。非常に恥ずかしいが、反撃の準備を整える。
具体的には、深呼吸して落ち着いてみたりとか。
と、その時だ。ビュウッ!と突風が二人を直撃する。
堪らず上条は「うおっ!? 寒いな!」と背筋を振るわせた。
ここだ。反撃のチャンスはここしかない。美琴は突然―――
んっ…チュッ♡
何故かキスをしたのだ。いきなり、何の前触れもなく。
一瞬何が起こったのか分からなかった上条だが、寒さで凍った頭が熱で解凍されると、
先程の美琴と全く同じように、見る見るうちに顔を茹で上がらせていく。
「えっ!!? な、ななな、何をしていらっしゃりますか美琴さんっ!?
て、てか、手を握っただけであんなにテンパってたのにそんな急に大胆な……」
「わ、わ、わわわ、わた、私だって本気になればこれくらい出来るんだからっ!
そ、それにアンタが寒いとか言ったから温めてあげたのよ! た、体温、上がったでしょ!?」
と言っている美琴も他人事ではなく、自分の体温が急激に上昇しているのだが。
とは言え確かに寒さも忘れてしまうくらいに熱くなってしまったのは事実だ。
しかし年上の上条としては、年下の美琴にイニシアチブを取られたままなのは何か悔しい。
なのでここは煽る事にした。
「へ…へぇ~? 『この程度』がミコっちゃんの本気な訳ですか。
上条さんなら、もっと効率よく温める事が可能なんですけどね~!」
「んなっ!? そ、そこまで言うならやってみなさいよ!」
美琴は自分の決死の努力を「この程度」扱いされて、上条の思惑通りにまんまとカチンときてしまう。
この娘、基本的に気が短いので煽り耐性も少ないのだ。
だがだからこそ、上条からの更なる反撃も逃げずに立ち向かうのである。
上条は美琴のそんな性格を熟知している。計画通りに事が運んだ為、彼はニヤリと笑った。
「ほぉ~、言ったな? 覚悟しとけよ」
「ええ、来なさんっぶっ!!!? んっ…! んぢゅ…ん! ………ん…ぁ…♡」
美琴が「来なさいよ」と言い終わるその前に、上条もキスをけしかけた。
ただし、美琴と同じソフトなキスでは芸がない。
上条はもう一段階上のキス…相手の口内に舌を挿入する、所謂ディープ・キスをしたのである。
「…っぶあっ! どどどどうだ! 言われた通りやってやったぞこんちくしょー!」
上条は心臓をバックンバックンさせながら唇を離した。
その場の勢いに任されたとは言え、流石にやりすぎたかな、と思ったのだ。
現に上条に無理矢理大人のキスをさせられてしまった美琴は、
目に薄っすらと涙を溜めて、上条の顔をキッ!と睨んでいる。
「うっ…!」
たじろぐ上条。これは父・直伝のジャパニーズDO☆GE☆ZAをするべきか…と思った矢先だった。
美琴の口から、思いも寄らない言葉が飛び出す。
「もぉ、止まらなくなっちゃうんだけど」
「……………へ?」
キョトンとする上条に、美琴は畳み掛ける。
「だから! あんなチューなんかされちゃったら、もう止まれなくなるって言ってんの!
どうしてくれんのよ馬鹿っ! ちゃんと責任取んなさいよねっ!」
「え、あの、せ、責任って…?」
「だ~か~らぁ! こうしろってのよ! ……んちゅ…♡」
美琴は半分怒りながら上条に抱き付き、夢中で唇を重ねてきた。
二人は寒さなど忘れる程の、熱いキスを繰り返すのだった。
…道端で。