追い詰められて花が咲く あとは勇気とタイミング
『ダ、ダメよ! こんな…ひ…人通りが激しい所で…』
『勝負に負けた方は何でも言う事を聞くって約束だろ?』
『それは…そうだkんぶっ!!?』
美琴の言葉を押し切って、上条は強引にその唇を奪った。
多くの人に見られながらキスをするのは始めての経験だが、その倫理に反する背徳感と羞恥心は、
二人を更に燃え上がらせていた。
『んっ…ずぢゅ♡ くちゅくちゅ、にゅぶ♡ れぁ、は、あぁ♡ んじゅる♡』
舌と舌が絡み合う濃厚な口付けに、美琴は何も考えられなくなっていった。
◇
…という夢を見たのだった。美琴は本日の朝も、「ふにゃー」寸前で起床する。
危なかった。夢の中とは言え、もう少しで『どうにかなって』しまう所だった。
そして夢の中で『どうにかなって』しまったら、現実空間【へやのなか】で「ふにゃー」して、
周りを黒焦げにしていた事だろう。ルームメイトの白井を道連れにしながら。
(ああ、もう! 何で毎朝毎朝あの馬鹿とキッ! ……………キシュ……
する夢見て起きなきゃなんないのよっ! これじゃあまるで、わ、私が欲求不満みたいじゃない!)
起きて早々ベッドの中に潜り、真っ赤な顔を両手で覆いながらゴロゴロと転げまわる美琴である。
そう。『本日の朝も』と説明した通り、美琴はここ数日、
毎日こんな夢を見て、朝っぱらから悶々とする日々を繰り返していた。
彼女が上条の事を異性として意識しまくりなのは周知の事実だが、
日が経つ程にその想いは大きくなるのとは裏腹に、
美琴の性格と上条の鈍感が原因でその関係は全く進展せず、
結果的にこのように自分だけの現実を侵すようになり、夢にまで見てしまっているのだ。
恋の病の末期症状である。カエル顔の医者でも匙を投げるだろう。
この状況を打破する為には、上条と恋人関係にでもなるのが手っ取り早いのだが、
そんな事が出来るなら初めからやっているし、そもそも前提としてこんな夢も見ない。
考えが堂々巡りしてしまい、美琴は「はあああぁぁぁぁ……」と大きく溜息を吐く。
(せめて…一回くらい本当のキッ! ……………キシュ……すれば、変な夢を見なくても済…
…………………………
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
と考えた所で、美琴は顔を爆発させてフリーズした。
それは何というか、恋人になるよりハードルが上がっているではないか。
色んな意味で本末転倒なのである。
そして朝から美琴の百面相を見せられた白井は、美琴から夢の中の話を聞いてはいないものの、
お姉様のその恋する乙女全開の顔色に何となく事情を察してしまい、
血の涙を流しながらシーツを噛み、千切れるのではないかという程に力を込めて引っ張るのだった。
◇
その日の放課後。いつものように『偶然』美琴と出くわした上条は、
美琴から「大事な話があるから、二人っきりになれる所に行きたい」と言われ、
あるインターネットカフェの仮眠室
(インディアンポーカーが流行っていた時に、美琴が絹旗と共に使った場所)
へと連れて来られたのだが、部屋に入って暫くしても、
その当の本人の美琴が真っ赤な顔をしたまま俯いているので、ただただ首を傾げていた。
「おい、美琴。ずっと黙ったままだと、上条さんが何の為に呼ばれたのか分からないのですが?」
「……………」
へんし゛か゛ない。
たた゛の しかは゛ねのようた゛。
何かとてつもなく言いにくい事なのだろうか。
仕方ないので仮眠室のベッドに座り、美琴が口を開くのを待つ事にした。
その後も美琴は何か言いかけては真っ赤になって口をつぐみ、
かと思えば小声で何かゴニョゴニョ言ってみたり、顔をブンブンと振ってみたりしたのだが、
やがて気合を入れるかのように深呼吸すると、赤面したまま上条を睨みつけた。
「な、何だよ?」
「……ア…アンタ、キッ! キキキキキ、き、キシュッ!!! した事ある!?」
「……………は?」
美琴の第一声は上条の予想の斜め上を行く内容だったので、
思わず変な声を出して聞き返してしまう。
それと今更だが、ここまで一度もまともに「キス」を発言出来ていない美琴である。
「え、な、何? その質問に、一体どのような意味がおありなので?」
「いいいい、いいから答えなさいよ馬鹿っ!!!」
何だか分からないが、美琴のこの必死な態度を見るに、とても大切な事らしい。
だが上条は軽く溜息を吐きながら、若干ウンザリしながら答える。
「はぁ…あのなぁ。
何の意味があってそんな事を聞くのかは知らないけど、お前、俺がモテないの知ってんだろ?
女の子と付き合った事もないのに、そんな経験ある訳……何でせうか? その顔は」
「………別に」
気付くと、美琴はジト目になっていた。鈍感ここに極まれりである。
しかしそれを聞いて腹が立ちつつもホッとした美琴。
ここで万が一「キス? まぁ、した事くらいあるけど」なんて言葉が返ってきたら、
色々と立ち直れなくなっていた所だ。美琴は気を取り直し、コホンと一度咳払いする。
「コホン! あ、あー、それでね? わ、わわわ、私もキッ! キッ、キキ…………キ…
……『ソレ』をした事がないんだけど、さ…」
とうとう『キス』という言葉を口にするのを放棄した美琴。こちらはこちらでヘタレである。
「で、で、でで、でも!
私もアンタもいずれはこっ、こい、こ、恋人! とか! 出来る訳じゃない!!?
……あっ! い、いい、いや、べべべ別に、私とアンタがって意味じゃなくてね!!?
そこんとこ勘違いしてほしくないんだけど!!!」
「お、おう」
自分の言った事に自分でテンパる美琴。一人で勝手に大騒ぎである。
「それで結局、ミコっちゃんは何が言いたいんだよ?」
「…だ……だから…それは、その…あの……」
すると美琴は再びモジモジしてしまう。話が全く前に進まない。
これには流石の上条でも痺れを切らせてしまったようだ。
「あの…話がないなら上条さん帰ってもいいですかね? スーパーのタイムセールがあるんで」
「ままま待って! 言うから! ちゃんと言うから、ちょっと待って!」
観念した美琴は自分の鞄を開けて、何かを探しながら語り出す。
「だから、えっと……『ソレ』の、れ、練習…しとくべきだと思うのよ。
いつか私達に恋び…とが出来て、初めて『ソレ』する時に、変な風にならないように……」
「練習って……キスのかよ!? えっ、で、でも…誰と…?」
「いっ! いいい今この場に! わ、わた、私とアンタしか! いないでしょうがっ!!!」
「ええええええええええっ!!!!?」
美琴の話を要約するとこういう事だ。
いつか互いに恋人が出来たら、いずれキスする時も来るだろう。
その際に失敗しないように練習したいと言うのだがしかし、キスの練習は一人では出来ない。
そこで上条と二人で練習しようではないかと提案してきたのだ。けれども、それはつまり。
「いい、いや、れ、練習っつっても、そ、そんなのはダメだろ!!?
だ、だだ、大体、実際にしちまったら練習じゃなくなっちまうし、
結果的に好きでもない男とファーストキスしちまう事になるんだぞ!!?」
まず、美琴の目の前でテンパっているツンツン頭の男は、
美琴にとって『好きでもない男』ではないのだが、そこに気付ける訳もないツンツン頭である。
美琴は鞄の中からサランラップと取り出し、上条の目と鼻の先に突きつけながら叫んだ。
「ラ、ララララップ越しなら直接した事にならないからっ!!! ノーカンだから!!!」
「そこまで必死になるくらいなら別に無理にしなくてもいいんでないの!!?」
「ここまで来たら引き下がれないのよ察しろ馬鹿っ!!!」
(美琴にしては)ここまで大胆な行動に出るには勿論、理由がある。
ラップ越しとは言え一度でも上条とのキスを経験すれば、毎朝、
上条とキスする夢を見て「ふにゃー」寸前で起きる事はなくなる…と思っているのだ。
そんな事をしたら余計に上条の事を忘れられなくなり、『もっと過激』な夢を見るかも知れないのに、
そこまで考えが及ばない程に、恋は盲目になって【おいつめられて】いたのだ。
「……わ、分かったよ…ラップ越しだって言うんなら、まぁ…うん」
最初は抵抗していた上条も、美琴の必死の訴えに渋々ながら承諾する。
キスの練習とか本当にする意味あるのだろうかとも思ったのだが、
美琴がここまで言うのだ。きっと他にも深い意味があるのだろう。そんな物ないのに。
「じゃ、じゃ、じゃじゃじゃあ!!! いいい行くわよっ!!!」
「お、おおお、おう!!!」
短く切ったラップを上条の唇に当て、美琴はゆっくりと近付く。
お互いに心臓がバックバクになりながらも一瞬、
「アレ? 私(俺)、何でこんな事してるんだっけ?」と頭を過ぎらなかった訳ではないが、
この状況で冷静になったら負けだと判断し、そのまま続ける。そして―――
ぴと。
薄いラップフィルムを挟んで、二人の唇が重なり合った。
この時の二人の気持ちを、どう表現したものだろう。
柔らかい? 温かい? 恥ずかしい? 嬉しい? 気持ちいい?
いや、そのいずれとも違う。二人は、ただただ何も考えられなくなってしまった。
キス初心者の二人にとっては、頭が真っ白になる程の衝撃。
これでもし間にラップが無かったら、一体どうなってしまうのだろう。
「……あ、こ、こ、これ、で、いいか、な…?」
先に我に返り、唇を離したのは上条だった。
正直まだドキドキは治まってくれてはいないが、年上として、
そして男としてのプライドで、冷静を装いながら余裕【つよがり】を見せる。
対して美琴は、未だにキスの衝撃から帰って来れず、キスした時の状況のままで固まっている。
上条は本能的に、「このままだとヤバイ!」と確信した。
このままでは、自分の中の紳士な部分が瓦解して、
目の前の女の子【みこと】に『イケナイ事』をしてしまう気がした。
下手したら「今度はラップ無しでしてみようか」「ベロチューの練習もしておこう」
「全身キスしたらどうだろう」「ここまでやったら最後まで―――」なんて流れになり兼ねない。
そうなってしまってもおかしくないくらい、上条は今自分が興奮している事を理解している。
しかし相手はまだ中学生。しかも初めてのキスで失敗したくないからと、
練習するのを手伝ってほしいと頼んでくるような純粋な子(?)である。
なので上条は自制する【にげる】かのように、
「あっ! お、俺スーパー寄らなきゃなんないからもう帰るな!!!」
とその場を後にした。当然ながら、こちらもヘタレである。
取り残された美琴は、約10分後、ようやく頭が解凍されたのだが、
「……………ふにゃー」
店の中で思いっきり漏電した為、前回(インディアンポーカーの一件)の分と合わせ技一本で、
この店から完全に出禁通告【にどとくんな!!】を言い渡されてしまった。
ちなみに次の日の朝。
我々が危惧した通り、美琴はこれまで以上に『過激な内容』の夢を見るようになり、
今回の一件で美琴を意識しまくるようになった上条も、同じような夢にうなされる事となるのであった。