とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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小ネタ いちばん近い他人



 リンゴの皮を剥くサク、サク、と言う音が静かな病室に響く。
 頬を撫でる風の動きを感じて、上条当麻は目を覚ました。
 どうやら気を失っている間にまたもやいつもの病院へ収容されたらしい。
 首だけを回して確認すると、白い天井とベッドサイドテーブル。左手にはわずかに開けられた窓と風に揺れるカーテン。
 右手にはパイプ椅子に腰掛け、無言でリンゴの皮を剥く御坂美琴がいた。
 上条の目覚めに合わせるように、美琴の手の中でウサギさんリンゴに姿を変えたそれを、美琴は無言で上条の口元に持って行く。
 上条は黙って口を開け、リンゴにかじり付いた。ほのかな甘みとさわやかな酸っぱさが口の中で広がり、喉の奥に消えていく。
 一つをかじり終わると、二つ目が上条の口元にあてがわれる。口を大きく開いてかじり付くとシャリシャリとした食感が心地良い。そう言えばまともな物を口にするのって何日ぶりだろうな、と上条は頭の隅で考える。
「……お帰り」
 今にも泣きそうな瞳で、美琴が微笑む。
「……ただいま」
 リンゴを飲み込んで上条が笑う。
 この病室で美琴と顔を合わせるのはもう何度目になるだろうか。最初は絶対能力進化実験、その次は大覇星祭。その後は……思い出せない。
 上条が入院する度に、どこで噂を聞きつけたのか美琴は見舞いにやってきた。
 満身創痍なのに襟首を掴まれて怒鳴られた事もある。くだらない理由で入院する羽目になって、指を差されて笑われた事もある。
 それでも最近は、最初の頃のようにどこに行っていたんだとか何をしていたんだと問い詰められる事はなくなった。いつもいつでもこんな風に、気がつけば美琴は上条の隣に腰を下ろし、何か言いたげな表情を押し殺してそばにいる。美琴はただ黙って、上条が口を開くのを待っている。
 対して上条は眠くなるまで美琴の瞳を見つめる。上条のまぶたが落ちる頃、『またね』と言って美琴は席を立つ。―――いつもなら。
 美琴は果物ナイフをカゴに戻すとパイプ椅子から立ち上がる。そのままベッドに腰掛け体を倒して寝転がり、上から覆い被さるように上条の体を抱きしめた。
「あのさ」
 上条の左肩に顔を埋めた美琴が、珍しく口を開いた。
「ん?」
「カエル顔の医者が言ってたわよ。三日後には退院できるって」
「そっか」
 上条は掛け布団から包帯でぐるぐる巻きにされた両腕を引っ張り出し、痛みを堪えながら美琴の背中に手を回す。
「御坂」
「……何?」
「もうちっとだけこうしててくれ」
 上条は自分の視界の左半分を埋める茶色の髪に話しかける。
「重くない?」
「生きてんだから当たり前だろ?」
 上条を抱きしめる美琴の腕の力が少しだけ強くなった。
「……そこはウソでも『軽い』って言うところじゃない?」
「悪りぃ」
 二人の出会いは拳と能力で始まった。次は舌戦を繰り広げ、最近では語る言葉も少なくなった。けれど、それで何の不足があるのだろう。言葉はなくても、わかり合える何かが今の二人にはある。御坂美琴は上条当麻の愛や恋といった領域を越えた心の部分を占めている。
 美琴は上条にとっていちばん近い他人。
 きっとこの先、何年経っても。
「退院したら、何か作ってあげよっか? 病院食は飽きるでしょ?」
「頼む」
「ついでに遅れてる勉強も見てあげるわよ」
「サンキュー」
 かつてのように饒舌な美琴に、上条は言葉を合わせる。
「私、待つ女なんてガラじゃなかったんだけどなぁ。これって誰のせい?」
「俺のせい、って言わせたいんだろうが」
「正解。……もういいや、最近わかったから。アンタが無事に帰ってきてくれるならそれでいいって」
「全身包帯まみれのどこが無事なんだよ」
「怪我だらけでも生きてんだから包帯巻かれるのは当たり前でしょ?」
「……まあな」
「……そろそろ、聞かせてもらっても良いわよね?」
「……、何を?」
「…………いろいろ。全部」
 いちばん近い他人は、いちばん近い他人の秘密を知る権利を持っている。
「退院したらで良いか?」
「うん。待ってる」
「お前から『待ってる』なんて殊勝な台詞を聞くとは思わなかった」
「……何か言った?」
「……痛ててててて! 病院じゃ電撃使っちゃいけないからって実力行使はどうかと思うぞ御坂!! 手を離せ!!」
「アンタが『もう少しこうしてろ』って言うからリクエストに応えてあげたんだけど?」
「暴力反対! 俺は怪我人なんだからもう少し優しくしてくれよ」
「……それもそうね」
 美琴は上条を抱きしめる力を少しだけ緩めた。
「もうちょっとだけこうしてて良い?」
「……好きにしろ」
 ―――死線をくぐり、全身を怪我に苛まれ、問答無用で病院に放り込まれて学業は遅れがちだけれど、俺の人生結構幸せじゃねえか。
 上条は自分の体の上に乗っかった重い存在を抱きしめて、美琴に見えないように薄く笑みを浮かべた。


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