第四章 少女の想いと居場所 ~ 十二月八日
1
「はぁ……、最悪ですの」
「元気出してください。落ち込んでる白井さんなんて、誰も見たくありませんから」
「初春、それはどっちの意味ですの?」
第七学区・風紀委員活動一七七支部。
とあるビルの二階に所在するこの支部には、白井黒子と初春飾利が所属している。この支部を含
め、風紀委員や警備員の詰所は厳重な電子警備で守られており、どんな能力者であっても許可なく
侵入することはできない重要施設である。いや、一名だけ堂々と不法侵入をやってのける超能力者
(レベル5)がいるので、決して不可能という訳ではないが。
そんな支部で、なぜ白井が落ち込んでいるのかというと、ちょっとしたひったくり事件の被疑者を“越
権行為であるにもかかわらず”確保しようとして取り逃がしかけた上、無能力者(レベル0)の民間人
を巻き込んでしまい、さらにそれが警備員に知れ渡り、固法と警備員からお説教を喰らい始末書を
書かされたからだ。普段の彼女であれば落ち込むことなどないだろうが。
「元気出してください。落ち込んでる白井さんなんて、誰も見たくありませんから」
「初春、それはどっちの意味ですの?」
第七学区・風紀委員活動一七七支部。
とあるビルの二階に所在するこの支部には、白井黒子と初春飾利が所属している。この支部を含
め、風紀委員や警備員の詰所は厳重な電子警備で守られており、どんな能力者であっても許可なく
侵入することはできない重要施設である。いや、一名だけ堂々と不法侵入をやってのける超能力者
(レベル5)がいるので、決して不可能という訳ではないが。
そんな支部で、なぜ白井が落ち込んでいるのかというと、ちょっとしたひったくり事件の被疑者を“越
権行為であるにもかかわらず”確保しようとして取り逃がしかけた上、無能力者(レベル0)の民間人
を巻き込んでしまい、さらにそれが警備員に知れ渡り、固法と警備員からお説教を喰らい始末書を
書かされたからだ。普段の彼女であれば落ち込むことなどないだろうが。
――時は一時間ほど遡る。
被疑者を捕捉した彼女は、相手の能力や強度(レベル)、出方などを窺うために走って追跡してい
た。白井は相手を甘く見て油断することが多く、それが原因で幾度(いくたび)も危険な目にあってい
るため、最近ではこうして相手を警戒するように注意するようにしている。
「潔くお縄につきなさい!」
「はぁ…、つけと言われて、はぁ…、つく奴が……、居るかっ」
目前の被疑者は既に限界が近そうだった。だからこそ、風紀委員として体力に余裕のある彼女は
さらにペースを上げて被疑者を追う。そして、後一歩で手が届くという距離まで迫り、裏路地から表
通りに飛び出る。
被疑者を捕捉した彼女は、相手の能力や強度(レベル)、出方などを窺うために走って追跡してい
た。白井は相手を甘く見て油断することが多く、それが原因で幾度(いくたび)も危険な目にあってい
るため、最近ではこうして相手を警戒するように注意するようにしている。
「潔くお縄につきなさい!」
「はぁ…、つけと言われて、はぁ…、つく奴が……、居るかっ」
目前の被疑者は既に限界が近そうだった。だからこそ、風紀委員として体力に余裕のある彼女は
さらにペースを上げて被疑者を追う。そして、後一歩で手が届くという距離まで迫り、裏路地から表
通りに飛び出る。
瞬間、ドンッと誰かに衝突し、転倒してしまった。
不幸なのか幸いなのか、その相手は――
不幸なのか幸いなのか、その相手は――
「痛ってーな、いきなり何なんだよ……。って白井!?」
「ッ…殿方(あなた)!? ってこんなことをしている場合ではありませんの」
「お、お前! 常盤台のお嬢様は、人にぶつかってもごめんなさいすらないのか?」
「すみませんわ、緊急事態ですの! 仕方ないではありませんか」
「仕方なくねえだろ」
「ま、拙いですわ! あなたのせいで犯人に逃げられてしまったではありませんの!」
「俺のせいかよ!?」
事情が事情とはいえ先にぶつかってきたのは白井である。普段の彼女であれば謝るだろうが、状
況が状況だけにそんな場合ではなかった。
しかし、顔を青ざめ慌てる白井を見た上条は、
「ったく、仕方ねえな。ほら、俺も手伝うから」
と、立ち上がると転倒した白井へ手を差し伸べ、「どんな奴捕まえればいいんだ?」と協力を申し出
た。
「お、お前! 常盤台のお嬢様は、人にぶつかってもごめんなさいすらないのか?」
「すみませんわ、緊急事態ですの! 仕方ないではありませんか」
「仕方なくねえだろ」
「ま、拙いですわ! あなたのせいで犯人に逃げられてしまったではありませんの!」
「俺のせいかよ!?」
事情が事情とはいえ先にぶつかってきたのは白井である。普段の彼女であれば謝るだろうが、状
況が状況だけにそんな場合ではなかった。
しかし、顔を青ざめ慌てる白井を見た上条は、
「ったく、仕方ねえな。ほら、俺も手伝うから」
と、立ち上がると転倒した白井へ手を差し伸べ、「どんな奴捕まえればいいんだ?」と協力を申し出
た。
ちなみに、その後上条が被疑者を捕捉し、合流した白井と共に無事確保している。
どうもその男、近接戦で有利な系統の能力を持った大能力者(レベル4)であるにも関わらず、自
分を追う風紀委員が『捕まったが最後、金属の矢と黒い発言で身も心もズタズタに切り刻む、最悪
の腹黒テレポーター』として有名で、遠距離攻撃が得意な白井黒子であることに気づいて必死に逃
げ惑っていたらしい、ということがわかった。
どうもその男、近接戦で有利な系統の能力を持った大能力者(レベル4)であるにも関わらず、自
分を追う風紀委員が『捕まったが最後、金属の矢と黒い発言で身も心もズタズタに切り刻む、最悪
の腹黒テレポーター』として有名で、遠距離攻撃が得意な白井黒子であることに気づいて必死に逃
げ惑っていたらしい、ということがわかった。
――時は戻り現在。
白井は始末書を書かされている。ある意味、犯人との勝負には勝ったが風紀委員としての試合に
負けた、と言ったところか。犯人を無事確保しても越権行為を行ったのだから、始末書というペナル
ティを科されても文句は言えない。
白井は始末書を書かされている。ある意味、犯人との勝負には勝ったが風紀委員としての試合に
負けた、と言ったところか。犯人を無事確保しても越権行為を行ったのだから、始末書というペナル
ティを科されても文句は言えない。
「はぁ……。またあの方にご迷惑を……」
今日だけでない。ここ数日、白井は落ち込みっぱなしだ。
初春はそんな白井の様子が気になっていた。心配ではなく興味という意味で。もしかして白井に
“好きな異性”でも出来たのだろうか、もしそうなら相手は白井がたまに言う“あの方”なのだろうか、
そして“あの方”とは一体誰なのだろうか、などと考える始めると気になって気になって仕方が無い。
だからこそ鎌をかけてみる。
「白井さん、珍しくミスを反省して落ち込んでいるのかと思ったら、“男性のことを考えて”落ち込んで
いたんですね」
「な、なな、何を訳のわからないこと言ってますの? 決してわたくしはそんなこと。そもそもあの方は
悪魔ですのよ。好きになるはずなどありえませんわよ」
「あの方って誰ですか? それに、その人のこと好きかどうかなんて聞いてないですよー」
「ッ!!」
初春はそんな白井の様子が気になっていた。心配ではなく興味という意味で。もしかして白井に
“好きな異性”でも出来たのだろうか、もしそうなら相手は白井がたまに言う“あの方”なのだろうか、
そして“あの方”とは一体誰なのだろうか、などと考える始めると気になって気になって仕方が無い。
だからこそ鎌をかけてみる。
「白井さん、珍しくミスを反省して落ち込んでいるのかと思ったら、“男性のことを考えて”落ち込んで
いたんですね」
「な、なな、何を訳のわからないこと言ってますの? 決してわたくしはそんなこと。そもそもあの方は
悪魔ですのよ。好きになるはずなどありえませんわよ」
「あの方って誰ですか? それに、その人のこと好きかどうかなんて聞いてないですよー」
「ッ!!」
(そ、そんなまさか。そんな訳がありませんの!)
彼女の心は、既に莫大な“何か”に呑まれかけていた。
そして、その“何か”が何なのか、彼女はもう気づいていたのかもしれない。
そして、その“何か”が何なのか、彼女はもう気づいていたのかもしれない。
※作者注:本作品における一七七支部は原作の設定修正後のものです。
第七学区立柵川中学校内(禁書原作第8巻発売当時の設定)ではなく、
とあるビルの2階(科学原作連載開始による設定変更)としてお考え下さい。
第七学区立柵川中学校内(禁書原作第8巻発売当時の設定)ではなく、
とあるビルの2階(科学原作連載開始による設定変更)としてお考え下さい。
2
「ほんとに……、不幸だ……」
「あんた、どこらへんで落としたのか覚えてないの?」
「覚えてたら苦労してねえよ!」
「あんた、どこらへんで落としたのか覚えてないの?」
「覚えてたら苦労してねえよ!」
今月の生活費全てを落とした。
大事なことなので二度言おう。上条当麻はまた生活費全てを落とした。
大事なことなので二度言おう。上条当麻はまた生活費全てを落とした。
「もう諦めなさいって。とっくに誰かに拾われてるわよ」
「諦められねえよ! あれには今月の生活費が全部入ってんだぞ……」
「当麻、アンタ自分が不幸体質なのを一番良く理解してるでしょ。なんで生活費全部財布の中に入
れてるのよ。呆れ果てて笑えないじゃない」
「呆れなかったら笑うのか?笑うんかい!笑うんだな!?」
「当然でしょ。お腹抱えて笑い転げてるところよ」
……約二時間ほど前、諸事情により上条は白井とひったくり犯を追いかけたのだが、どうもそのと
きにどこかに財布を落としてきたらしい。しかし、犯人を探したり追いかけたりするのに必死だったた
め、どこをどう通ったか覚えていない。つまり、見つけようがないのだ。もっとも、美琴の言うとおり誰
かに拾われてしまっている可能性が非常に高いが。
ちなみに、財布を紛失したことに気がついたのは三十分ほど前になる。
へとへとになりながら歩いていた上条は、本屋へ立ち読みをしに行く途中の美琴と“いつもの自販
機”の前で偶然出会った。まあついでなんで飲み物でも買って公園で駄弁ろうか、ということになった
ので、自販機の前に立ち、ポケットから財布を取り出そうとして手を突っ込んだら……。
「諦められねえよ! あれには今月の生活費が全部入ってんだぞ……」
「当麻、アンタ自分が不幸体質なのを一番良く理解してるでしょ。なんで生活費全部財布の中に入
れてるのよ。呆れ果てて笑えないじゃない」
「呆れなかったら笑うのか?笑うんかい!笑うんだな!?」
「当然でしょ。お腹抱えて笑い転げてるところよ」
……約二時間ほど前、諸事情により上条は白井とひったくり犯を追いかけたのだが、どうもそのと
きにどこかに財布を落としてきたらしい。しかし、犯人を探したり追いかけたりするのに必死だったた
め、どこをどう通ったか覚えていない。つまり、見つけようがないのだ。もっとも、美琴の言うとおり誰
かに拾われてしまっている可能性が非常に高いが。
ちなみに、財布を紛失したことに気がついたのは三十分ほど前になる。
へとへとになりながら歩いていた上条は、本屋へ立ち読みをしに行く途中の美琴と“いつもの自販
機”の前で偶然出会った。まあついでなんで飲み物でも買って公園で駄弁ろうか、ということになった
ので、自販機の前に立ち、ポケットから財布を取り出そうとして手を突っ込んだら……。
無い。財布が無い。
ていうか財布をポケットに入れてんのになぜ気づかなかったんだよ!
一体どこに行ったんだ俺の財布ゥゥゥ!
一体どこに行ったんだ俺の財布ゥゥゥ!
という訳で、その後一通り探してみたものの、どこをどう通ったか覚えていないので、意味もなく彷
徨い歩いても当然見つかるはずなく、そして現在に至る。
徨い歩いても当然見つかるはずなく、そして現在に至る。
「で、財布を落とした理由は? 今度は誰を助けたのよ。まさかまたどっかの女の子じゃないでしょう
ね?」
「ち、違えよ! 白井に事件に巻き込まれて犯人追いかけただけだっての」
「黒子? あの子何やってんだか……。財布の中に持ち主がわかるような物とか入れてなかった
の?」
「いや、住基カードも生徒証も病院のIDカードも全部パスケースに入れてカバンの中」
「じゃあ諦めなさい。もし見つかってもアンタのだって証明できないんだから」
「え? じゃあ、ひょっとして餓死!?」
「……はぁ。仕方ないわね、まったく。少しくらいなら貸してあげるわよ」
「……、え? 美琴、今、何と?」
「だから、少しくらいなら貸してやってもいいわよ。私だって一応アンタの彼女なんだし、前に一回貸
した時だってちゃんと返してもらってるから、別にいいわよ」
「ぁぁ、あぁぁ神様仏様御坂様! この上条当麻、一生美琴センセーについて行く所存で御座いま
す!!」
「い、一生って! あ、当たり前でしょ? アンタは、わた、私の……彼氏なんだから」
すっかり上条に耐性がついた美琴だったが、一生ついて行くという発言は恥ずかしくなるものらし
い。身体も少しバチバチ漏電している。もっとも、上条はそんな意図で言っている訳ではないのだ
が。
上条は低い姿勢から美琴の手をぎゅっと握り顔を見上げ、
「……あの、それで、どの程度お貸し頂けるのでせう?」
「あ、アンタが必要なら、百万だって二百万だって用意するわよ」
などと、頬を赤く染め少しそっぽを向きながら言う。
「に、二百万!? お前本気で行ってんのかそれ?」
「本気に決まってるじゃない!」
あくまでも本気だと、そう強く言った。
「……なあ、気になってたんだけどさ、お前いったい月いくら位奨学金もらってるんだ?」
「え? うん、教育委員会からの奨学金が四十万円前後でしょ? それから常盤台からの補助費が
だいたい三十万円で、他にも別の名目で色々貰ってるわよ」
「あの、御坂サン? それはもう百万円に近いような気がするのですが??」
「さすがに百万はないけど、奨学金は超能力者(レベル5)だからよ。まあ、それが当たり前だったか
ら別に高いと思ったことなんてなかったけどね」
「やっぱ強度(レベル)が高いと違うんだな。無能力者(レベル0)の俺なんかとは天と地ほどの差が
あるじゃねえか」
ちなみに、無能力者である上条は月に十万円にすら届かない。学園都市では学費や寮費が非常
に安いため、学生の一人暮らしであれば五万円程度であれば事足りてしまう。その代わり、物品を
購入する際には政府の法律に基づく消費税以外に、学園都市の条例に基づく地域税がかかるのだ
が、これが非常に高い。学園都市側が学生に振り込んだ奨学金は、使えば使うほど税金という形で
学園都市側に返納することになるのだ。
「何言ってんのよ。結局は“人体実験の見返り”ってヤツよ? 強度が高ければ高いほど“重要な人
体実験”の被験者なんだし。それに、きっと私が提供したDNAマップだって暗に絡んでるんでしょう
ね。常盤台にしたって表向き生活補助って名目だけど、ほかの子たちはそんなもの貰ってないし、
やっぱり“超能力者の保持”と“常盤台の広告塔”って裏があるからじゃないの?」
美琴は上条に対しては見栄を張っているが、実際には自分の“地位や名誉”にこだわりはない。一
所懸命に努力を続けた結果この位置まで登ることができた、というだけのことなのだ。“誰よりも強く
いたい”という目標へ向かって、前へ前へと進み続けて来ただけなのだから。
「……悪い。ずっとお前のこと、ただ単に良いとこのお嬢様だとばっかり思ってた。ほんとは何もわ
かってなかったんだな。俺」
「いいのよ。私こそ……ぐぁーっ! ほらっ、変な空気やめやめ! 貸すって言ってる間に借りないと
貸してあげないわよ? あと、言っとくけど私が良いとこのお嬢様なのは紛れもない事実だから。う
ちの父親なんて変な仕事してるけど、なんかめちゃくちゃ稼いでくるし」
「自分でお嬢様発言するなよ。嫌われんぞ?」
「こんなつまんないことなんてアンタにしか自慢しないわよ。アンタはそれで私のこと嫌うの?」
「いや、俺だけってのがちっとばっかムカつくけど全然嫌いません」
「ならいいじゃない。それに世の中には私のとこよりすごい家なんて腐るほどあんのよ。黒子なんか
典型的なお金持ちだし」
「あの白井が? 上条さんにはわかりかねますな。金持ちの基準は」
「わかる必要ないわよ。それに、私が必要としてるのはお金じゃなくて、と、当麻だし……」
「ん。やっぱ俺も美琴がいればそれでいいや」
「いや、アンタは全財産落としたんだから。お金なかったら餓死でしょ」
ね?」
「ち、違えよ! 白井に事件に巻き込まれて犯人追いかけただけだっての」
「黒子? あの子何やってんだか……。財布の中に持ち主がわかるような物とか入れてなかった
の?」
「いや、住基カードも生徒証も病院のIDカードも全部パスケースに入れてカバンの中」
「じゃあ諦めなさい。もし見つかってもアンタのだって証明できないんだから」
「え? じゃあ、ひょっとして餓死!?」
「……はぁ。仕方ないわね、まったく。少しくらいなら貸してあげるわよ」
「……、え? 美琴、今、何と?」
「だから、少しくらいなら貸してやってもいいわよ。私だって一応アンタの彼女なんだし、前に一回貸
した時だってちゃんと返してもらってるから、別にいいわよ」
「ぁぁ、あぁぁ神様仏様御坂様! この上条当麻、一生美琴センセーについて行く所存で御座いま
す!!」
「い、一生って! あ、当たり前でしょ? アンタは、わた、私の……彼氏なんだから」
すっかり上条に耐性がついた美琴だったが、一生ついて行くという発言は恥ずかしくなるものらし
い。身体も少しバチバチ漏電している。もっとも、上条はそんな意図で言っている訳ではないのだ
が。
上条は低い姿勢から美琴の手をぎゅっと握り顔を見上げ、
「……あの、それで、どの程度お貸し頂けるのでせう?」
「あ、アンタが必要なら、百万だって二百万だって用意するわよ」
などと、頬を赤く染め少しそっぽを向きながら言う。
「に、二百万!? お前本気で行ってんのかそれ?」
「本気に決まってるじゃない!」
あくまでも本気だと、そう強く言った。
「……なあ、気になってたんだけどさ、お前いったい月いくら位奨学金もらってるんだ?」
「え? うん、教育委員会からの奨学金が四十万円前後でしょ? それから常盤台からの補助費が
だいたい三十万円で、他にも別の名目で色々貰ってるわよ」
「あの、御坂サン? それはもう百万円に近いような気がするのですが??」
「さすがに百万はないけど、奨学金は超能力者(レベル5)だからよ。まあ、それが当たり前だったか
ら別に高いと思ったことなんてなかったけどね」
「やっぱ強度(レベル)が高いと違うんだな。無能力者(レベル0)の俺なんかとは天と地ほどの差が
あるじゃねえか」
ちなみに、無能力者である上条は月に十万円にすら届かない。学園都市では学費や寮費が非常
に安いため、学生の一人暮らしであれば五万円程度であれば事足りてしまう。その代わり、物品を
購入する際には政府の法律に基づく消費税以外に、学園都市の条例に基づく地域税がかかるのだ
が、これが非常に高い。学園都市側が学生に振り込んだ奨学金は、使えば使うほど税金という形で
学園都市側に返納することになるのだ。
「何言ってんのよ。結局は“人体実験の見返り”ってヤツよ? 強度が高ければ高いほど“重要な人
体実験”の被験者なんだし。それに、きっと私が提供したDNAマップだって暗に絡んでるんでしょう
ね。常盤台にしたって表向き生活補助って名目だけど、ほかの子たちはそんなもの貰ってないし、
やっぱり“超能力者の保持”と“常盤台の広告塔”って裏があるからじゃないの?」
美琴は上条に対しては見栄を張っているが、実際には自分の“地位や名誉”にこだわりはない。一
所懸命に努力を続けた結果この位置まで登ることができた、というだけのことなのだ。“誰よりも強く
いたい”という目標へ向かって、前へ前へと進み続けて来ただけなのだから。
「……悪い。ずっとお前のこと、ただ単に良いとこのお嬢様だとばっかり思ってた。ほんとは何もわ
かってなかったんだな。俺」
「いいのよ。私こそ……ぐぁーっ! ほらっ、変な空気やめやめ! 貸すって言ってる間に借りないと
貸してあげないわよ? あと、言っとくけど私が良いとこのお嬢様なのは紛れもない事実だから。う
ちの父親なんて変な仕事してるけど、なんかめちゃくちゃ稼いでくるし」
「自分でお嬢様発言するなよ。嫌われんぞ?」
「こんなつまんないことなんてアンタにしか自慢しないわよ。アンタはそれで私のこと嫌うの?」
「いや、俺だけってのがちっとばっかムカつくけど全然嫌いません」
「ならいいじゃない。それに世の中には私のとこよりすごい家なんて腐るほどあんのよ。黒子なんか
典型的なお金持ちだし」
「あの白井が? 上条さんにはわかりかねますな。金持ちの基準は」
「わかる必要ないわよ。それに、私が必要としてるのはお金じゃなくて、と、当麻だし……」
「ん。やっぱ俺も美琴がいればそれでいいや」
「いや、アンタは全財産落としたんだから。お金なかったら餓死でしょ」
全財産紛失という理由により財政破綻した上条は、結局美琴からの適切なツッコミにより生活援助
を受けることとなった。
を受けることとなった。
3
「で? そういえば、アンタはいつになったら部屋へ連れて行ってくれる訳?」
「部屋? 部屋って何だ?」
「アンタの部屋に決まってるでしょうが」
「あ、ああ……。俺の部屋ね……」
「何?アンタなんか何か隠してない? あたしを部屋に呼べない事情でもある訳?」
美琴は怒っていた。それもそのはずである。
二人が付き合いだしてから数週間が過ぎた。これまでにも何度か美琴は上条の部屋へ行きたいと
頼んでいるのだが、上条は何かにつけてごまかすどころか寮の場所すら教えてくれないのだ。
特に、年頃の少年少女が互いに惹かれあい愛し合うようになれば、当然肌を重ね合うことになる
だろう。若さゆえか我慢など出来るはずも無く、美琴と上条だって一端覧祭の夜から今日まで何度も
している。しかしそれでも上条の部屋へ上がったことは一度もない。美琴はそれを望んでいるにも関
わらず未だ叶っていないのだ。
美琴としては、上条の部屋へ行ってみたいしエッチだってしたい。年頃で彼氏持ちの女の子として
当然の考えである。なのにその彼氏は部屋へ上げてくれない。明確な理由もなく、だ。
なぜだろうか?
そう疑問に思ったり不安を感じるのは当然だろう。
「正直に言ったほうが身のためよ? まさか部屋に女を連れ込んでる訳じゃないでしょ」
「は、はは。冗談きついな、美琴。もしそうだったらどうすんだよ」
「殺す」
即答された。それも、以前非合法カジノで言われた時と寸分違わぬ声で。
「……。」
「……アンタ、やっぱりなんか隠してるわね?」
もう隠せない。いや、言い逃れたとしてもいつかはばれるだろう。そもそも信頼しあう関係のはずな
のに、“あのことを”隠し続けることなどあってはならない。
そして、上条は覚悟を決めると、
「あの……、怒りません?」
「話の内容によるわね」
「実はですね、今うちに居候がいましてですね……」
「居候? ッ!? アンタまさか、それってあのシスターじゃないでしょうね!」
美琴の全身が帯電し、バチバチと音を立てながら青白く光り始めた。髪の毛は逆立ち、眼は貫くよ
うな鋭い視線で上条を見る。上条はうろたえつつも、
「け、決してやましいことは何もしてないですっ!」
「ほほう。それはつまり、他の女が部屋にいることを認めるのね」
美琴は笑顔だった。しかしそれは、憤怒の笑顔である。
「美琴すまん! ちゃんと事情は説明する!! だからとりあえず落ち着いてくれ」
「わたしは落ち着いてるわよ。で、今生の別れに何か言い残したいことは?」
「ちょ、ちょっと待て! お前何でスカートのポケットに手突っ込んでんだよ!?」
「そう。それが言い残したい言葉ね?」
「待て待て待てそれはマズイ! いくらなんでも超電磁砲は!!」
美琴は親指でコインを弾いた。上へと舞ったコインが回転しながら彼女の右手へ戻る。上条は咄
嗟に右手を前へと突き出した。が、しかしコインは“発射されることはなく”、パシッ、と彼女の右手に
キャッチされた。
「はぁ……。どうせなんか事情があるんでしょ?」
「……はい?」
美琴は優しげな表情で上条を見つめていた。そこには、怒りや憎しみの影など一切無い、優しく心
を包み込んでくれるような、そんな自然な表情だった。
「私はアンタの彼女よ。良くわからないし、隠されてたことはすっげームカつくんだけど、今回は怒ら
ないであげる。何か事情があんなら相談なさい」
「は、はは……。本気で殺されるかと思った」
「アンタね。アンタに死なれたら私が困るのよ? 冗談に決まってるでしょうが」
「い、いや、本気と書いてマジな眼だったから」
「で? ほら、どういう事情があるのか説明なさい。なんか隠されてるほうが不安だし、すごくイライラ
するから」
「え、ああ……。いや、俺自身よく解らねえんだけどな、どうも事情があって俺の家に居候しているら
しいんだ」
「解らないって何よ」
「んっとな、ほら、どうも記憶を失なう前に出会って助けたらしいんだが、そこらへんのところを覚えて
ねえし、それ自体、カエル顔の医者から聞かされた話なんで、どうもな……」
「ってことは、“あの子達”よりも前の話?」
「ああ。俺が記憶を失ったのが七月二十八日で、原因はインデックスを助けた時に記憶を失うような
何かが起きて、それに巻き込まれたから、って聞いてる」
「七月二十八日? それって、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)との交信が途絶えた日じゃな
い!」
「そうなのか? まさか俺が関係してるんじゃねえだろうな」
「そんなの私に聞かれてもわからないわよ。……で?」
上条は当時の状況を美琴に話した。病室でインデックスと出会ったこと、彼女につらい顔をしてほ
しくないと思ったこと、だからこそ自分が記憶喪失であること誰にも打ち明けていないこと、そして、
今でも記憶を失う前の上条当麻を“演じ続けている”ことを。
インデックスと一緒に暮らしていることに関しても打ち明けた。いつから一緒に暮らしているかわか
らないが、どうも“学生寮のベランダで出会って”、色々あって身寄りが無い彼女を匿っていたらしい
ということ、現在は諸事情により所属するイギリス清教から保護者を依託されていることなど。なお、
なんとか回避された“魔術と科学の戦争”のことや、魔術云々の話はややこしくなるのでしていない。
それらはおいおい話せば良い。
「……。なんかよく解らないけど、要はアンタの周りの人間で記憶喪失なのを知ってるのって、私とゲ
コ太先生だけってことよね」
「何だ?そのゲコ太先生って。カエル顔の医者のことか?」
「どう見たってリアルゲコ太じゃない。まあ、アンタの言ってることは本当のことだろうし、信じるわよ」
「悪いな。今まで黙ってて」
「そうね。そんな大事なことずっと隠されてて、私は今すごく腹立ってる。すっげームカつく」
「え……、はい?」
「今からアンタの家、行くわよ」
「はいい??」
「部屋? 部屋って何だ?」
「アンタの部屋に決まってるでしょうが」
「あ、ああ……。俺の部屋ね……」
「何?アンタなんか何か隠してない? あたしを部屋に呼べない事情でもある訳?」
美琴は怒っていた。それもそのはずである。
二人が付き合いだしてから数週間が過ぎた。これまでにも何度か美琴は上条の部屋へ行きたいと
頼んでいるのだが、上条は何かにつけてごまかすどころか寮の場所すら教えてくれないのだ。
特に、年頃の少年少女が互いに惹かれあい愛し合うようになれば、当然肌を重ね合うことになる
だろう。若さゆえか我慢など出来るはずも無く、美琴と上条だって一端覧祭の夜から今日まで何度も
している。しかしそれでも上条の部屋へ上がったことは一度もない。美琴はそれを望んでいるにも関
わらず未だ叶っていないのだ。
美琴としては、上条の部屋へ行ってみたいしエッチだってしたい。年頃で彼氏持ちの女の子として
当然の考えである。なのにその彼氏は部屋へ上げてくれない。明確な理由もなく、だ。
なぜだろうか?
そう疑問に思ったり不安を感じるのは当然だろう。
「正直に言ったほうが身のためよ? まさか部屋に女を連れ込んでる訳じゃないでしょ」
「は、はは。冗談きついな、美琴。もしそうだったらどうすんだよ」
「殺す」
即答された。それも、以前非合法カジノで言われた時と寸分違わぬ声で。
「……。」
「……アンタ、やっぱりなんか隠してるわね?」
もう隠せない。いや、言い逃れたとしてもいつかはばれるだろう。そもそも信頼しあう関係のはずな
のに、“あのことを”隠し続けることなどあってはならない。
そして、上条は覚悟を決めると、
「あの……、怒りません?」
「話の内容によるわね」
「実はですね、今うちに居候がいましてですね……」
「居候? ッ!? アンタまさか、それってあのシスターじゃないでしょうね!」
美琴の全身が帯電し、バチバチと音を立てながら青白く光り始めた。髪の毛は逆立ち、眼は貫くよ
うな鋭い視線で上条を見る。上条はうろたえつつも、
「け、決してやましいことは何もしてないですっ!」
「ほほう。それはつまり、他の女が部屋にいることを認めるのね」
美琴は笑顔だった。しかしそれは、憤怒の笑顔である。
「美琴すまん! ちゃんと事情は説明する!! だからとりあえず落ち着いてくれ」
「わたしは落ち着いてるわよ。で、今生の別れに何か言い残したいことは?」
「ちょ、ちょっと待て! お前何でスカートのポケットに手突っ込んでんだよ!?」
「そう。それが言い残したい言葉ね?」
「待て待て待てそれはマズイ! いくらなんでも超電磁砲は!!」
美琴は親指でコインを弾いた。上へと舞ったコインが回転しながら彼女の右手へ戻る。上条は咄
嗟に右手を前へと突き出した。が、しかしコインは“発射されることはなく”、パシッ、と彼女の右手に
キャッチされた。
「はぁ……。どうせなんか事情があるんでしょ?」
「……はい?」
美琴は優しげな表情で上条を見つめていた。そこには、怒りや憎しみの影など一切無い、優しく心
を包み込んでくれるような、そんな自然な表情だった。
「私はアンタの彼女よ。良くわからないし、隠されてたことはすっげームカつくんだけど、今回は怒ら
ないであげる。何か事情があんなら相談なさい」
「は、はは……。本気で殺されるかと思った」
「アンタね。アンタに死なれたら私が困るのよ? 冗談に決まってるでしょうが」
「い、いや、本気と書いてマジな眼だったから」
「で? ほら、どういう事情があるのか説明なさい。なんか隠されてるほうが不安だし、すごくイライラ
するから」
「え、ああ……。いや、俺自身よく解らねえんだけどな、どうも事情があって俺の家に居候しているら
しいんだ」
「解らないって何よ」
「んっとな、ほら、どうも記憶を失なう前に出会って助けたらしいんだが、そこらへんのところを覚えて
ねえし、それ自体、カエル顔の医者から聞かされた話なんで、どうもな……」
「ってことは、“あの子達”よりも前の話?」
「ああ。俺が記憶を失ったのが七月二十八日で、原因はインデックスを助けた時に記憶を失うような
何かが起きて、それに巻き込まれたから、って聞いてる」
「七月二十八日? それって、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)との交信が途絶えた日じゃな
い!」
「そうなのか? まさか俺が関係してるんじゃねえだろうな」
「そんなの私に聞かれてもわからないわよ。……で?」
上条は当時の状況を美琴に話した。病室でインデックスと出会ったこと、彼女につらい顔をしてほ
しくないと思ったこと、だからこそ自分が記憶喪失であること誰にも打ち明けていないこと、そして、
今でも記憶を失う前の上条当麻を“演じ続けている”ことを。
インデックスと一緒に暮らしていることに関しても打ち明けた。いつから一緒に暮らしているかわか
らないが、どうも“学生寮のベランダで出会って”、色々あって身寄りが無い彼女を匿っていたらしい
ということ、現在は諸事情により所属するイギリス清教から保護者を依託されていることなど。なお、
なんとか回避された“魔術と科学の戦争”のことや、魔術云々の話はややこしくなるのでしていない。
それらはおいおい話せば良い。
「……。なんかよく解らないけど、要はアンタの周りの人間で記憶喪失なのを知ってるのって、私とゲ
コ太先生だけってことよね」
「何だ?そのゲコ太先生って。カエル顔の医者のことか?」
「どう見たってリアルゲコ太じゃない。まあ、アンタの言ってることは本当のことだろうし、信じるわよ」
「悪いな。今まで黙ってて」
「そうね。そんな大事なことずっと隠されてて、私は今すごく腹立ってる。すっげームカつく」
「え……、はい?」
「今からアンタの家、行くわよ」
「はいい??」
4
どういう展開か、上条当麻は今、御坂美琴と近所のスーパーにいる。
これまでの状況を説明しておくと、美琴にインデックスと同居していることを伝え、その事情を説明
した訳だが、それを聞いた美琴はなぜか上条の部屋へ行って晩ご飯を作るなどと言い出したのだ。
彼女曰く、「やましいことが何も無いってんなら、私を部屋に上げない理由は何もないでしょ」とのこと
だ。
「でさ、アンタは普段極貧生活を強いられてるのよね? なら、今日はこの美琴センセーがご馳走を
振舞ってあげようじゃない」
という素晴らしい提案をいただいたが、しかし上条はあまり乗り気でなかった。なぜなら、部屋に
“彼女”を上げることによってインデックスが騒ぐのは明白だし、それにこんな美琴だが、実は超お嬢
様学校に通う超お嬢様であることを忘れてはならない。そんな超お嬢様が料理など出来るのであろ
うか?という心配をしているからだ。
ちなみに、以前御坂妹から“丹精込めて黒焦げにしたクッキー”を頂戴した時に、二度と炭化した
物を口にはしないと自分の心に誓っている。正直もう黒焦げの物体は食べたくないのだ。などと失礼
極まりないことを考えている上条。
した訳だが、それを聞いた美琴はなぜか上条の部屋へ行って晩ご飯を作るなどと言い出したのだ。
彼女曰く、「やましいことが何も無いってんなら、私を部屋に上げない理由は何もないでしょ」とのこと
だ。
「でさ、アンタは普段極貧生活を強いられてるのよね? なら、今日はこの美琴センセーがご馳走を
振舞ってあげようじゃない」
という素晴らしい提案をいただいたが、しかし上条はあまり乗り気でなかった。なぜなら、部屋に
“彼女”を上げることによってインデックスが騒ぐのは明白だし、それにこんな美琴だが、実は超お嬢
様学校に通う超お嬢様であることを忘れてはならない。そんな超お嬢様が料理など出来るのであろ
うか?という心配をしているからだ。
ちなみに、以前御坂妹から“丹精込めて黒焦げにしたクッキー”を頂戴した時に、二度と炭化した
物を口にはしないと自分の心に誓っている。正直もう黒焦げの物体は食べたくないのだ。などと失礼
極まりないことを考えている上条。
「うーん……、アンタって肉派?魚派?」
「――――インスタントラーメン派。ちなみにインデックスは肉派」
「まさかと思うけど当麻、アンタって普段自分はカップ麺で、あの子にはちゃんとしたご飯食べさせて
るとか、そういうことは無いわよね?」
「……、…………。」
グギギギ…と顔を脇へと向ける。怒られそうだと思ったから。
「はぁ。わかったわ、今日はメヌキでも焼いてあげるわ」
「メヌキ?」
「アコウダイよ。これ」
「……あの御坂サン? 値段が凄いのですが」
「本物のメヌキは最近じゃ高級魚って言われてるのよ。食べやすいし味も最高なんだから。あと値段
は気にしないこと。それに、みりん干しだからこれはまだ安いほうよ」
ちなみに、よく赤魚やらメヌキやらという名前で売られている安い魚は、アコウダイに似た別の魚
だったりする。もっとも、最近それら“偽者のメヌキ”も漁獲量の減少で値段が上がりつつあるのだ
が。
「あぁ神様御坂様! わたくし上条当麻は人生初?の高級魚を口にできるのですね」
「ちょ、ちょっと! アンタ何いきなり抱きついてんのよ!」
「あぁ数ヶ月ぶりのおいしい晩ご飯! 今の上条さん人生初の愛のこもった手料理!」
「もう! 恥ずかしいじゃない!!」
スーパーの鮮魚コーナーで絡み合う普通の少年と常盤台中学の制服を着たお嬢様。それはあま
りに場違いで目立つ光景だった。
「――――インスタントラーメン派。ちなみにインデックスは肉派」
「まさかと思うけど当麻、アンタって普段自分はカップ麺で、あの子にはちゃんとしたご飯食べさせて
るとか、そういうことは無いわよね?」
「……、…………。」
グギギギ…と顔を脇へと向ける。怒られそうだと思ったから。
「はぁ。わかったわ、今日はメヌキでも焼いてあげるわ」
「メヌキ?」
「アコウダイよ。これ」
「……あの御坂サン? 値段が凄いのですが」
「本物のメヌキは最近じゃ高級魚って言われてるのよ。食べやすいし味も最高なんだから。あと値段
は気にしないこと。それに、みりん干しだからこれはまだ安いほうよ」
ちなみに、よく赤魚やらメヌキやらという名前で売られている安い魚は、アコウダイに似た別の魚
だったりする。もっとも、最近それら“偽者のメヌキ”も漁獲量の減少で値段が上がりつつあるのだ
が。
「あぁ神様御坂様! わたくし上条当麻は人生初?の高級魚を口にできるのですね」
「ちょ、ちょっと! アンタ何いきなり抱きついてんのよ!」
「あぁ数ヶ月ぶりのおいしい晩ご飯! 今の上条さん人生初の愛のこもった手料理!」
「もう! 恥ずかしいじゃない!!」
スーパーの鮮魚コーナーで絡み合う普通の少年と常盤台中学の制服を着たお嬢様。それはあま
りに場違いで目立つ光景だった。
5
「な、な、なな、何なんですの!?」
風紀委員の仕事を終え、帰宅の途についていた白井黒子の眼に飛び込んできたのは、仲良く歩く
一組のカップル――スーパーの袋を左手に持ったツンツン頭の高校生と、その右手を抱きしめる御
坂美琴の姿であった。
白井は、“愛しのお姉様”である美琴が上条が付き合っていることは知っている。しかし、それから
の二人が一緒にいるところはまだ目撃していなかった。いや、あえて避けていたのかもしれない。そ
のため、まさかあの御坂美琴が人目を憚らずに惚れこんでしまうほどにまで、この二人の仲が進展
しているとは思わなかったのだ。
二人の姿を目撃した途端、白井の心はかつてないほど大きく揺れ動いた。もうあの二人の間に自
分が割って入る余地などない、もうお姉様の隣に自分の居場所なんてない。それは、一人の少女を
絶望の縁へと追いやるほど光景であった。……いや、嫉妬か。“どちらに対して嫉妬しているのかわ
からない”が、確かにその感情は嫉妬であり、絶望だった。この場から逃げ出してしまいたい。二人
の姿を見たくない。そう思ってしまい、そして――、
一組のカップル――スーパーの袋を左手に持ったツンツン頭の高校生と、その右手を抱きしめる御
坂美琴の姿であった。
白井は、“愛しのお姉様”である美琴が上条が付き合っていることは知っている。しかし、それから
の二人が一緒にいるところはまだ目撃していなかった。いや、あえて避けていたのかもしれない。そ
のため、まさかあの御坂美琴が人目を憚らずに惚れこんでしまうほどにまで、この二人の仲が進展
しているとは思わなかったのだ。
二人の姿を目撃した途端、白井の心はかつてないほど大きく揺れ動いた。もうあの二人の間に自
分が割って入る余地などない、もうお姉様の隣に自分の居場所なんてない。それは、一人の少女を
絶望の縁へと追いやるほど光景であった。……いや、嫉妬か。“どちらに対して嫉妬しているのかわ
からない”が、確かにその感情は嫉妬であり、絶望だった。この場から逃げ出してしまいたい。二人
の姿を見たくない。そう思ってしまい、そして――、
二人と目が合ったとき、白井はその場から走り出した。
二人から遠ざかるように、少しでも離れるように。
「く、黒子!」
「美琴、追うぞ!」
「美琴、追うぞ!」
白井の表情は、絶望と悲しみに染まっていた。
二人ははっきりと、それが何を意味しているかを理解した。
今はとにかく彼女を一人にしてはならないと、そう感じたのだ。
今はとにかく彼女を一人にしてはならないと、そう感じたのだ。
二人は白井を追うために走り出す。
しかし、空間移動能力者(テレポーター)である彼女に、二人が追いつけるはずなどなかった。
しかし、空間移動能力者(テレポーター)である彼女に、二人が追いつけるはずなどなかった。
6
「はは……。わたくしは何をしているのでしょう……」
気づいた時には走りだしていた。
恐かったのだ。自分の中にある“何か”が何であるのかを知ってしまった。その“何か”とは恋であ
り、その感情はとてつもなく大きく強いもので、決して逃れることなど出来ない感情であること、しか
し、その恋が叶うことなどないこと。それを知ってしまったからだ。
恐かったのだ。自分の中にある“何か”が何であるのかを知ってしまった。その“何か”とは恋であ
り、その感情はとてつもなく大きく強いもので、決して逃れることなど出来ない感情であること、しか
し、その恋が叶うことなどないこと。それを知ってしまったからだ。
――白井黒子は、上条当麻のことが好きだ。
少女は、“二人に恋をした”。以前から大好きだったお姉様、そして、あの殿方。
「なぜ、わたくしはこんな場所へ来てしまったのでしょう……」
少女は、ある場所に佇んでいた。
――九月十九日、少女がとある能力者と戦い敗れ、命を失いかけた場所に。
――そして、とある無能力者の少年によって命を救われた、あの場所に。
――九月十九日、少女がとある能力者と戦い敗れ、命を失いかけた場所に。
――そして、とある無能力者の少年によって命を救われた、あの場所に。
その場所は、あれから数ヶ月がたった今もそのままの姿で残っていた。
まるで、時の流れから取り残されたかのように、転がる瓦礫や床に開いた大穴。
まるで、時の流れから取り残されたかのように、転がる瓦礫や床に開いた大穴。
あの事件の後、柱や梁の崩壊により強度不足が指摘され立入禁止となったそのビルは、建て替え
をするか補強工事をするかが決まっていないのか、今もそのまま残っている。恐らく、少女が少年に
対して強い想いを抱くきっかけとなったであろう、あの場所。
をするか補強工事をするかが決まっていないのか、今もそのまま残っている。恐らく、少女が少年に
対して強い想いを抱くきっかけとなったであろう、あの場所。
ガラスの無い窓から入る、冬の冷たい風、光、喧騒。
放置された内装に染み付いた“自らの血の痕”。
放置された内装に染み付いた“自らの血の痕”。
少女の脳裏に焼きついた、あの少年の姿。
「いや、ですの……」
少女の目から涙がこぼれ落ちた。
「そんな、の……、いやですの……」
とめどなく溢れ出す少女の涙と想い。
その時、カンカンと階段を上る足音が聞こえた。
その音に、少女が振り返る。
その音に、少女が振り返る。
そして――
「こんなとこに居たんかよ」
「探したわよ。まったく、心配したじゃない」
「探したわよ。まったく、心配したじゃない」
そこには、少女が思いを寄せる“二人”が、優しげな表情で立っていた。
「どうして……ッ」
「当たり前だろ。お前のそんな表情なんて、見たくねえんだよ」
「嫌ですのッ! 来ないでッ、独りにさせてくださいませ!」
一歩、また一歩、白井のもとへと近寄る。
「アンタのこと、独りになんてさせる訳ないじゃない」
優しげな声で、美琴は続ける。
「黒子、ごめんね。私、アンタの気持ち、わかってあげられなかった。誰よりもアンタのことをわかって
るつもりだったのに。なんにもわかってなかった」
「もう……、もう嫌ですの! お二人が一緒にいらっしゃるところなんて、見たくありませんの!」
それでも、美琴は続ける。
「でもね……、でも、私にとってアンタはかけがえのないパートナーなんだから。独りになんて、出来
るわけないじゃない」
「ないんですの! わたくしの居場所なんて、もうどこにもありませんのッ!」
白井の口から紡がれる言葉は、拒絶ではなかった。全てを見失ってしまった少女の、絶望の言葉
だった。
そして、その言葉に上条が答える。
「居場所が無いなんて、そんな訳ねえだろ。お前の居場所はすぐ近くにあるじゃねえか」
「どこだって、おっしゃるんですの? そんなもの、ないですわよ……」
美琴が、そっと左手を差し伸べた。
「ここに、私たちの隣に、決まってるじゃない」
美琴の隣に立つ上条も、そっと右手を差し出す。
「もし、それでもお前の居場所がねえってんなら」
「当たり前だろ。お前のそんな表情なんて、見たくねえんだよ」
「嫌ですのッ! 来ないでッ、独りにさせてくださいませ!」
一歩、また一歩、白井のもとへと近寄る。
「アンタのこと、独りになんてさせる訳ないじゃない」
優しげな声で、美琴は続ける。
「黒子、ごめんね。私、アンタの気持ち、わかってあげられなかった。誰よりもアンタのことをわかって
るつもりだったのに。なんにもわかってなかった」
「もう……、もう嫌ですの! お二人が一緒にいらっしゃるところなんて、見たくありませんの!」
それでも、美琴は続ける。
「でもね……、でも、私にとってアンタはかけがえのないパートナーなんだから。独りになんて、出来
るわけないじゃない」
「ないんですの! わたくしの居場所なんて、もうどこにもありませんのッ!」
白井の口から紡がれる言葉は、拒絶ではなかった。全てを見失ってしまった少女の、絶望の言葉
だった。
そして、その言葉に上条が答える。
「居場所が無いなんて、そんな訳ねえだろ。お前の居場所はすぐ近くにあるじゃねえか」
「どこだって、おっしゃるんですの? そんなもの、ないですわよ……」
美琴が、そっと左手を差し伸べた。
「ここに、私たちの隣に、決まってるじゃない」
美琴の隣に立つ上条も、そっと右手を差し出す。
「もし、それでもお前の居場所がねえってんなら」
「俺がその幻想を、ぶち壊してやるぜ」
少女は、二人の腕の中へと飛び込み、そして泣いた。
自らの想いをぶつけるように、ただただ泣きつづけた。
自らの想いをぶつけるように、ただただ泣きつづけた。
7
あれから、美琴は泣きじゃくる白井を連れて寮へと帰った。白井が落ち着くまで抱きしめていてあ
げるとのことで、手作りご飯は明日へ持ち越しとなった。
げるとのことで、手作りご飯は明日へ持ち越しとなった。
上条には新たにひとつ悩み事が出来た。それは、白井黒子が自分を恋愛対象として見ているとい
うことだ。
あの時、白井の異変を察知して追いかけたわけだが、恐らく“お姉様が他の男に取られた”ことに
よるものではないかと二人は思っていた。しかし、フタを外してわかったことは、“上条に対する想い”
によるものであったこと。
上条は美琴と付き合っている。それに、白井のことは嫌いではないが、ただ知り合いというだけで、
二人はまだ友達ですらない。しかし、それでも白井は上条に惹かれ、あれほどまでにその想いは強
くなっていたのだろう。だが、美琴という愛する人が居る上条は、その気持ちに答えることは出来な
い。
今後、白井がどのような態度で上条に接してくるかはまだわからないが、もし告白されるようなこと
があったら、その時上条はどう答えてやればいいのだろうか……。
うことだ。
あの時、白井の異変を察知して追いかけたわけだが、恐らく“お姉様が他の男に取られた”ことに
よるものではないかと二人は思っていた。しかし、フタを外してわかったことは、“上条に対する想い”
によるものであったこと。
上条は美琴と付き合っている。それに、白井のことは嫌いではないが、ただ知り合いというだけで、
二人はまだ友達ですらない。しかし、それでも白井は上条に惹かれ、あれほどまでにその想いは強
くなっていたのだろう。だが、美琴という愛する人が居る上条は、その気持ちに答えることは出来な
い。
今後、白井がどのような態度で上条に接してくるかはまだわからないが、もし告白されるようなこと
があったら、その時上条はどう答えてやればいいのだろうか……。
しかし翌日、事態は思いもよらぬ方向へと変化することを、彼らは知る由もない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
12月8日
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ご迷惑をおかけしましたの。
12月8日
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ご迷惑をおかけしましたの。
まさかあれほどの感情があったなんて
予想もしていませんでしたわ。
これが失恋というヤツなのですね。
予想もしていませんでしたわ。
これが失恋というヤツなのですね。
これから先、どうすれば良いのか
まったくわかりませんの。
まったくわかりませんの。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・