とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part03

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最初の頼み


 三月三十日。
 上条は慣れない自室のベットに転がりながら、あっという間に過ぎた昨日を思い出していた。
 日は沈み夜になったと思うと、時間は瞬く間にすぎていき、気づくと日付が変わって初めての一日が終了した。一日が終わったところで、特に深いものを感じなかった。どちらかと言えば無感動・無関心だった。
 記憶がないといっても、全てに全て何かを示すわけではない。これからあることはほとんどが初めてのことばかりだろうが、そこに記憶があるかないかは関係しない。出会いは別だとしても、毎回毎回起こることを初めてだと実感ばかりしていたら、進むものも進まない。
「……………」
 しかし、昨日一日で起こった"出来事"は別だ。
 上条は床の布団に寝ている少女を見た。御坂美琴は布団の上でスヤスヤと寝息を立てて寝ていた。心地よさそうに眠る寝顔はいっさいの警戒心がなく、上条がその気になれば美琴を襲うことも出来るだろう。
「……ったく、少しぐらい警戒しろって」
 記憶を失ったといっても上条は年頃の男だ。美琴を襲わないと言う保証はなく、上条自身も抑えきれる確信もなかった。だというのに美琴は上条の部屋に泊まっている。しかも、自分がたたされてしまうかもしれない状況を理解していると言うのに。
 上条は美琴の寝顔に手を伸ばそうとしたが…やめた。何やってるんだ俺は、と上条はもう一度転がりなおして部屋の天井を見つめた。
 真っ暗な闇に慣れてきた目には、白い天井が鮮明になって見える。自分の部屋だと言うのに、綺麗過ぎると思える天井のカラーリングは眠たい目にはあまり効力がない。ただ真っ白いだけの何もない光景であった。それでも、上条の気を散らすには十分だった。
「まったく。あいつ、本当にわかってねえよな」
 上条は文句を言うような口ぶりで言った。そして、昨日最後の重大な出来事を、もう一度思い出した。


「私と付き合わない?恋人として…さ」
「……………………………………………………は?」
 一応言葉は出たが、理解するのには一分以上は必要とした。そして、何を言われたかに気づくと改めて
「………マジですか?」
 とことの現状を理解できていなかった。
 しかし、上条の反応は至極当然であったのは美琴にも十分わかっていた。まだ会って数時間しか経っていない他人がいきなり恋人になってくださいと言う展開は、上条からしてみればナンパかマンガのような展開でしかないと思っていたからだ。それは『知識』だったので生き残っていたが、いざその現状に経たされると『知識』なんてものは役には立たなかった。
「御坂さん。今の私は起きてますよね?生きてますよね?聞き間違えてないですよ?
 恋人といいましたか?わたくし、上条当麻もそれが何かを理解しているつもりですが突然の出来事に、ついていけないというか―――」
「だあぁーーー!!うるさいうるさいうるさーい!!何度も何度も繰り返さないでーーー!!!」
 言った美琴自身も混乱していることに上条は気づいておらず、お互いになにがなんだかわからない現状であった。
 ことの始まりは美琴からの一言。そして上条はそれを聞いていたのだが、真意をよく理解できていなかった。そのため、上条は混乱と無理解の状況に立たされていたのだ。しかし本人は混乱しか自覚していなかったので、それは一向に治らなかったのだ。
「ですが、何が何やら、今世紀最大の爆弾を今ここで落とされた並みに衝撃的でございまして、何がなにやらと大切なことなので何度も繰り返してみたりしてもですね、わからないというよりもわからないんですよ、はい」
「だから黙って静かにしてそれ以上変なこと言わないで!!!」
 美琴は真っ赤になりながら、冷静になろうと努めた。のだが、どこで掛け間違えたか電撃の槍が無意識に上条に対して放たれていることを理解していない。
「こらっ!やめろ!死ぬ!!それ、死ぬって!!!」
 条件反射で右手で防いでいたが、時間がたつごとに威力と放たれるスピードが上がっていく状況に、上条は別の意味で冷静さを取り戻していた。逆に美琴は、時間がたつごとに冷静さとはかけはなれていた位置に向かって、全力で走っていた。
(言っちゃった!!言っちゃったけど!!いや、嘘よ嘘!!でも、嘘じゃないわよね?うん、違うわ言ったのよ、あいつに。こ、恋人……って。でもそれってあんなこともこんなこともあいつにしてもら……いや違う違う。忘れたの?コイツは鈍感なのよ!気づけることも気づくことが出来ないのよ!いやでも、今回は……はっきり言っちゃったし、まだ会って数時間しか……だけど、その……こいつだし……だから、その……わたしは………彼女に………)
「お、電撃が終わ……あれ?御坂…さん」
「………ふ」
「ふ…?」
「……ふにゃー」
「ぎゃああぁぁぁ!!!不幸だーーーー!!!!」
 こののち、上条当麻はこの言葉を発すことだけは、全力で回避しなければならないと知ることとなった。そしてさりげなく自分の口癖を言ったことにも気づいていなかった。


 しばらくして、ことを飲みきった二人はベットの上で正座をしながら向かい合っていた。まるでお見合いでもするかように、二人は互いを見て、何を言えばいいか迷っていた。
「……えっと、まずは話題を振り返りましょう」
「…うん、そうね」
 もはや自分のキャラが崩壊していることに、二人は気づいていない、もっとも、上条は崩壊しているかどうかは理解できていないが、美琴からすれば普段と今とでは何もかもがあやふやだった。
「今、さっき俺は御坂に恋人になって欲しいと言われた。以上」
「あ……うん」
 美琴は真っ赤になった顔を隠すように俯かせた。一応冷静ではあるが、恥ずかしいと思う気持ちはどうにもぬぐえ切れていないようだ。そして相変わらず上条は、美琴の変化に気づいておらず、単純な一言でこの質問の回答として済ませた。
「俺は別に構わないけど……いいのか?」
「………だったら………うん」
 自体はあっさりと終わりを迎えた。
「でも俺でいいのか?一応、記憶は失う前は友人だって言ってたけど、今は他人だぜ?」
「ならさ、こうしてみない?」
 と美琴は上条の横に座りなおし、肩を寄せて言った。
「『友達からのスタート』じゃなくて『恋人からのスタート』」
「なんだそれ?言葉を変えただけじゃないか」
「……ホント、ロマンがないわね。そういったところはアンタらしいわ」
 呆れ半分嬉しさ半分で美琴は言った。同時に、期待を裏切ることを言うのは上条らしいなと素直に思った。
 一方の上条は少しだけ考えていた。実は上条の答えはイエスとノーの少しイエスよりであったが、素直にイエスとは言えなかったのだ。その理由は自分との年齢の差と地位の違い、そして何故自分なのかの理由がわからなかったからだ。
「一つだけ…訊いていいか?」
 美琴は頷くと、肩を放して上条と少しだけ距離を置いた。
「なんで俺なんだ?いきなりすぎてよくわからねえし、告白されたのはすげえ嬉しいけどさ。理由がまったくわからないんだ。
 御坂の友人関係はよく知らないけどさ、他にも男友達がいたらそっちだと思う。なのに、記憶を失った俺にしたのはなんでなんだ?」
「…………確かに、アンタの疑問はもっともね」
 そうね、と美琴は天井を仰ぎながら昔を思い出していた。あの頃、『上条当麻』時代を復活させるように…。
 そして、美琴は一つの決別として今まで言いたかった言葉を、上条当麻に言った。
「私は上条当麻が好きだった。ううん、今でも好きなのよ。アイツのことが」
 上条は…何も言えなかった。それは今は亡き『上条当麻』を指していると無意識に理解してしまい、罪悪感を感じてしまったからだ。例え記憶を失っても、ここにいるのは上条当麻であることはさっきの美琴との会話でわかっていたからこその苦痛であった。
 美琴は上条の変化を察したが、あえて何も言わずに話を続けた。
「さっき命を救ったって話したでしょ?あの時にね、恋愛感情はあったんだと思う。積極的なアプローチもしたし、振り向いてもらえるように努力もしたんだけど、アンタは鈍いからさーまったく気づいてくれなかったのよねー」
「は……ははは」
 今の自分のことを言われていた気がしたので、とりあえず笑って逃げた。鈍かった点については他にも色々と言いたかったが、話が進まないので美琴はいいわと、あえて見逃すことにした。
「だったら自分から言ってやるって思ったんだけど………結局言えなかったのよ。たくさんのチャンスはあったんだけど全部、棒に振るっちゃって、気づいてみれば………。好きだって気づけたのに結局、『上条当麻』は死んだ。そう……思ってたわ」
「『思ってた』?」
「でもアンタは何にも変わらない。だから私は今のアンタも、前の『アンタ』も好きなのよ。そして、両方とも同じ感情を持っているのよ。『好きだ』って思える気持ちを、ね」
「………………」
「恥ずかしいけど、この際はっきり言うわ。記憶がなくても私はアンタが好き。この感情に嘘はないわ」
 話し終えた美琴は今まで感じたことのない清々しさを感じていた。たくさん悩み、たくさん苦悩し、たくさん諦めかけたことを、今ここで全て吐き出せたことは今まで感じ得なかった達成感を、美琴に与えていたのだ。
 しかし一方の上条は今度は別のことで悩んでいた。質問の答えは明確で上条も納得は出来ていた。だが美琴への恋愛感情は一方的であることに新たな悩みとして頭を悩ませたのだ。だが、こればかりは美琴本人に聞いた方がいいと思った上条は自分が思っていることを素直に言った。
「お前は………いいのか?俺はお前が好きかもわからないんだぜ?」
「………なんだ、そんなこと」
 美琴は何を今更と笑って、さっきの言葉をもう一度繰り返した。
「だから私は『恋人からのスタート』って言ったのよ。それに、私は片思いでもいいって思って『好き』って言ったのよ。だから、アンタは余計な心配をしなくてもいいのよ」
 美琴の提案は上条を完全に納得させるものではなかった。むしろ、それは報われない結果になるかもしれない真っ暗な決意だ。これから会う人に上好意を抱く可能性だってあるというのに、美琴は『それでも』と言っている。
 逆にそれが上条の苦痛を大きくすることに美琴は気づいていない。そして、何故苦痛するのか上条はこのときはまだ理解できていなかった。
「………後悔、するなよ」
 罪悪感は増すばかりだった。


 閑話休題。
 上条は隣で寝ている美琴のことをもう一度思い返してみた。
 御坂美琴は記録と違って、忙しい印象を受けた。いきなり怒ったかと思ったら、静かになって、またすぐに怒る。電撃を浴びせてくるし、上条を思うようなことをいっさい言わない。でも裏を返してみれば、上条のことを一途に思う乙女だった。様々な表情をして、感情的な姿は本当に超能力者なのか疑問を持つ。
 しかし、それは全て上条自身に繋がることだった。美琴の姿は今見ている自分だけのものなのか、他人でも同じなのか上条にはいっさいわからなかった。わからなかったのだが………理解できないことが悔しい。
 何故、女の子一人の告白に苦しまなければならないんだと、上条はため息をついて思った。もしあの時、首を横に振っていればこんな気持ちにならずに済んだだろうに、どうして自分はこんなにまで美琴を思わなければならないのだろうか、出口のない迷路を走りまわされているような気分だった。
 記憶がない自分には美琴との時間は何を思わせるか?
 記憶がない自分を美琴はどのように思っているのか?
 記憶がない自分は美琴を好きになれるのか?
「ったく、わからないことだらけじゃねえかよ」
 上条は悪態をついて、布団を被って寝ることに努めた。

「………アンタ、起きてるの?」
 ふと美琴の声が聞こえたことに上条は気づいた。上条は布団から顔を出し、起きてると美琴に言った。
「そっか……ねえ、一日を振り返ってどうだった?」
「別に特に思ったことはねえよ。あえて言うなら、常盤台のお嬢様が上条さんに告白してきたぐらいでせうか」
「な、なによ……文句あるの?」
 別にと上条は答えたが、心の底では別のことを考えていた。
(俺、お前が好きなのかな……?)
 それは『上条当麻』への問いだった。もうここにはいない自分は、一体なにを思っていたのだろうか?このとき、上条は初めて記憶がないことを憎んだ。
「でも俺はお前のこと、よくわかんねえ。まだ会って一日も経ってないから、好きか嫌いかもわかんねえよ。だから今は、何も言えない」
「…………」
「わりぃ…小言だ、気にするな」
 上条は何を言ってるんだと、自分の言葉に疑問を持った。対して美琴は、布団から起き上がり上条のベットに腰をかけた。
「……御坂?」
「そんなことぐらい、わかってるわよ。むしろ、アンタが受け入れてくれただけでも十分すぎるのよ」
「そうか?そのあたりは、よくわかんねえや」
「それよりも、アンタが私のことで本気に考えてくれることが…嬉しい」
 そこまで言われて上条は、自分は記憶のないことよりも、美琴とどうやっていけばいいのかに苦悩をしていたことに気づいた。そして、さきほど口走ったことはそれを美琴に訊いているのだとも気づいた。
「御坂。俺、恋人とどう接すればいいか知らないんだ」
「……うん」
「だから、そのあたりを教えてくれないか?そうしてくれたら、答えが出るかもしれねえ」
「……それは私への初めてのお願いと受け取っていいの?」
 初めてのお願い…上条はそう言われ、あることに納得できた。
「ああ。記憶の中では、俺が初めてする、一番最初の頼みだ」
「いいわ。アンタの『初めて』の頼みだしね」
 そう言って美琴は嬉そうに笑って、自分の布団に戻っていった。上条は胸が少しだけ楽になり、眠れるなと思いながら目を閉じた。


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