とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part05

最終更新:

NwQ12Pw0Fw

- view
だれでも歓迎! 編集


好き


 翌日。上条はあくびをかみ殺しながら、とある繁華街にある噴水前で美琴を待っていた。
 時間にして待ち合わせ時刻の一時間近く前である。
 元々不幸体質と自らの無精な性格のせいで待ち合わせへの遅刻は日常茶飯事な上条。しかし最近は美琴の教育のおかげで女性、というより美琴との待ち合わせの際は必ず早めに来る、ということを実践していた。

「んにしても、こういうのって恋人同士のデートのときのお約束なんじゃねえのか? 友達の俺がやったって仕方ないと思うんだけどな……」
 ブツブツと上条は不満を漏らす。
 こんなことアイツに聞かれたら悲しそうな顔するから本人には言えないけどな、と心の中で付け加えながら。

 そうなのだ。最近の上条に対する美琴の態度は以前、出会った当初の頃とは確実に異なっているのだ。
 何かあれば電撃を浴びせてくるのは変わりないのだがその際の様子が何か変わってきている、そう上条は感じていた。
 棘が少なくなっているというか、丸くなっているというか。
 無慈悲に電撃を浴びせられていて丸くなるも何もないはずなのだが、とにかく美琴の電撃を浴びるスペシャリストである上条には最近の美琴は柔らかくなっている、そう思われた。
 その変化の理由まで思い至らないところが上条が上条たる所以なのだが、とにかく上条は美琴の変化を本能的な部分で確かに感じ取っていた。
 刻は確実に流れている。

「お待たせ。待った?」
 待ち合わせ時刻ちょうど、美琴はやってきた。
 上条は不機嫌そうな顔のまま返事を返した。
「えっと、俺もさっき来たとこって、こう言えばいいのか? 何度も言うがデートでもないのになんでこんなこと言わなきゃいけないんだ?」
 美琴は不満そうに口を尖らせた。
「いいじゃない、別に減るもんじゃないし。何か文句でもあるの?」
「いや、別に。んじゃ別のこと、これは文句。なんでこんなとこで待ち合わせなんだ? 自販機前とかじゃダメなのか、前みたいに? さすがに恥ずかしいんだぞ」
「絶対にイヤ」
「なんでだよ……」
 上条は憮然とした表情になった。

 最近、デートの際の待ち合わせ場所が美琴の提案により、自販機前から人通りの多いこの場所に変えられていたのだ。
 上条としては第七学区の中でもかなり大きな繁華街でありクラスメートにも顔を見られやすいこの場所は大反対だったのだが、美琴は頑として譲らなかった。
 結果として上条はクラスメート、特に悪友である土御門や青髪ピアスにからかわれることが多くなったので、彼の不幸度数はますます跳ね上がることになっていた。
「とにかくイヤ、絶対に。ほら、そんな下らないこと言ってないでさっさと行くわよ!」
 美琴はこれ以上の話は無駄、と言わんばかりに歩き出した。
 慌てて上条はその後についていく。

――まったく、これだけいっしょにいるんだからちょっとくらいデートの雰囲気出してくれたっていいじゃない! この鈍感!

 場所を変えたのは上条に少しでも「遊びに行く」から「デート」に意識を変えてほしいという美琴の想いからなのだが、残念ながら上条にはその気持ちはまだ届いていないようだった。

「そ、それはそうとさ。アンタ、他に言うことってない?」
 美琴は歩きながらポソッと呟いた。
「ん? 別にこれと言って……!」
 上条は急に口ごもった。
「ど、どうしたの?」
 その様子に気づいた美琴は上条に詰め寄った。
 何かを期待しているような瞳。
 しかし上条はそんな美琴から目をそらせると、ぷるぷると小さく首を横に振った。
「な、なんでもない。俺の気の、せい」
「本当に?」
「……ああ」
「そう……」
 上条の言葉に露骨すぎるほど気落ちした美琴はとぼとぼと再び歩き始めた。
 上条は頭をかきながらその後ろを歩いていった。
「気の、せい、気の、せ、い……」
 言い聞かせるように呟く上条。
 だがその視線は美琴の髪を留めているヘアピン、彼女が昨日抱きしめていたブランド物のそれにじっと向けられていた。

 二人がやってきたのはとある公園だった。
 公園とはいっても様々な施設があり、その中でも美琴の目当ては「動物ふれあいパーク」と呼ばれる犬や猫などの動物といっしょに遊ぶことのできる施設だ。
 親元から離れて一人暮らしや寮暮らしをする学生が多く住む学園都市、学生でない大人でここに住んでいる者でも単身者だったり、結婚していても生活が不規則な者が多いこの都市において、気軽にペットを飼える者はあまりいない。
 そういう人達の癒しの空間として学園都市にこういう場があるのはある意味当然といえるだろう。

 元々かわいい物好きの美琴もこういう場所には目がない。しかし電磁波を常に発し続けているために動物に避けられる体質である美琴は、それ故にこういう場所には近づけなかったのだ。
 けれど今はその電磁波を消してくれる上条が側にいる。ならば美琴がここを訪れない理由がない。
 それにここにいる間だけは上条は照れることなく常に自分に触れてくれる。
 場所は肩や頭といった当たり障りのない部分ではあるが、触れてくれることには間違いない。上条に想いを寄せる女の子からすれば、それだけでも十分に嬉しいことだ。
 もちろん美琴とて年頃の女の子、想い人が自分に触れてくれることを喜ばないわけがない。
 犬や猫と思う存分遊べて、なおかつ常に上条の体温を感じられる。美琴にとってここを訪れる回数が多いのは当然すぎるほど当然なことであった。

 逆に上条にとっては、ここを訪れる日はずっと美琴の頭や肩に手を置くだけのつまらない一日になってしまう。
 ただ上条にしてもこの場所そのものに関して文句はない。むしろ入場料以外経費のかからないこういう場所は大歓迎である。

 年上の上条としてははなはだ情けない話ではあるが、デートの際にかかる費用は美琴の持ち出し分の方が上条よりずっと多い。
 上条は最低限割り勘を、と毎回主張するのだが美琴に却下されることがほとんどだ。誘っているのは自分なのだしそもそもそんなお金もないのに何を言っているのか、という非常に耳に痛く、かつありがたいお説教と共に。
 そんな上条であるから、割り勘や場合によっては上条がデート費用を全額負担できることもあるこういう場所は大歓迎なのである。

 とにかく今日も例によって例のごとく、嬉々としてアメリカンショートヘアーの子猫に頬ずりする美琴の肩や頭に手を置いて上条はぼうっとした一日を過ごすはずだった。
 しかし。
「…………!」
 上条はごくりとつばを飲み込んだ。
 いつものように美琴の頭に手を置いて美琴を見ていただけなのに、そのはずなのに、突然心臓が高鳴ったのだ。ここに来たときはいつも取る行動のはずなのに。
 上条はもう一度美琴をじっと見つめた。
 アメリカンショートヘアーの次はラグドールの子猫を抱きしめている。
 そこに待ち合わせ時の落ち込んだ様子はもうなく、ひたすら動物達のふれあいを楽しんでいるようだった。
 昨日から感じていたような違和感もない。ただ純粋な笑顔の美琴だった。
 しかしその美琴の笑顔を見続けているだけで上条の心臓の高鳴りはどんどん激しくなっていく。
 上条はついと美琴から目をそらせた。すると徐々に動悸は収まっていった。
 けれど安心して少し手を動かした途端、手のひら全体に美琴の柔らかい髪の感触が広がった。
 その感触を自覚すると再び心臓が高鳴り始めた。慌てた上条の手が美琴から離れた。
「ちょっと、ネコちゃん逃げちゃったじゃない! ちゃんと触っててよ!」
 上条が手を離した途端子猫に逃げられた美琴は彼に抗議した。
「わ、悪い」
「ん、よろしい」
 上条が美琴の頭に手を置くと子猫は安心したのか再び美琴にすり寄ってきた。

 電磁波さえなければ心根の優しい美琴は動物に好かれるタイプなのだろう。美琴も寄ってきてくれる子猫や子犬に穏やかな笑顔を向けている。
 けれど上条はただ一人だけ心穏やかではなかった。
 美琴の笑顔を見ていたら動悸が激しくなる。
 見ていなくても美琴の体温や髪の感触を意識したらやはり動悸が激しくなる。
 手を離したら美琴に怒られる。
 八方塞がりといった状態で上条は心の中でさめざめと泣いていた。



 夕方、上条にとって悪夢とも呼べるデートがようやく終わりを迎える時刻になった。
 げっそりとやつれた様子の上条はふらふらと公園から出てきた。
 そんな上条を美琴は心配そうに見つめた。
「ねえ、本当に大丈夫? ずっと辛そうだったけど」
「だ、大丈夫、大丈夫。お前は気にしなくていいから……」
 引きつった笑顔で上条は返事をした。
「そう」
 逆に美琴は納得いかなさそうな顔をした。

 実はデート中、美琴は終始辛そうにしている上条を心配して何度も帰ろうとしたのだが、上条がそれを断っていたのだ。
 美琴は何も悪いことをしていないし、楽しんでいる美琴の邪魔をするのも気が引けたからだ。
 なにより上条自身動悸は激しくなるものの、美琴の笑顔を見ているのは楽しかった。
 それに問題は上条自身の心の中だけ。
 途中で帰る理由など何もない。

 上条は小さく笑うと美琴の頭にぽんと手を置いた。
「ほんとになんでもないから気にするな、な」
「そう? じゃあ今日は信じてあげる。でも何かちょっとでも気になることがあれば必ず私に言うのよ。私はアンタのか……と、友達、なんだから」
「ああ」

 ようやく二人が別れる場所に来た。美琴はまっすぐ常盤台の寮へ、上条は近所のスーパーへ向かう予定だ。
「またな、御坂」
「うん、またね」
 美琴は上条にくるっと背を向けると歩き出そうとした。
 その背中に思わず上条は声をかけた。
「あ、あああ、ああ。ちょ、ちょっと待ってくれ、御坂」
「何?」
 立ち止まった美琴に上条はすっと近寄った。心なしかその表情には緊張の色が見える。
「あ、あのさ、御坂。そ、その、な……」
「ん?」
「そ、その、髪……」
「え、か、かみ?」
 美琴の心臓の鼓動がほんの少し早くなった。
「えと、いつ、いつもの花のヘアピンもお前らしくて似合ってるけど、今日の大人っぽい奴も意外と御坂に、似合ってると思うぞ」
「…………!」
 美琴は口に手を当ててはっと息を呑んだ。
 それだけ言うと上条はだっと美琴に背を向けて走り去った。
 後にはぽつんと立ちつくす美琴だけが残されていた。



 美琴は口に手を当てたまま肩で何度も息をした。
 気づいていた。
 上条はちゃんと美琴のおしゃれに、様子の違いに、気づいていた。
 おそらく朝、美琴を見た際に既に気づいていたのだろう、今考えると朝のややおかしい様子もそれで説明がつく。
 それよりも問題にすべきは、昨日の香りの件に続いて今日のヘアピンの件だ。
 あの鈍感男である上条がちゃんと自分の様子を気にしてくれており、なにより自主的にしかも面と向かって誉めてくれた。
 昨日の一件だけなら偶然かもしれなかったが、さすがに今日のことまであるならば偶然ではない。

――アイツは、上条当麻は、御坂美琴という女の子をちゃんと見てくれていた!

 感極まった美琴の瞳から涙があふれそうになった。
 無理もない。
 上条当麻に想いが届く、上条当麻と結ばれる。
 他の誰でもない、御坂美琴という女の子が上条当麻と結ばれる。
 御坂美琴が上条当麻の「特別」になれる。
 叶えたいと必死で願っていた、その願いが叶うかもしれないのだ。
 その可能性、光が見えたのだ。
 しかし美琴は奥歯を噛みしめるとぐっと涙をこらえた。
 まだだ。
 まだ可能性が見えただけだ。
 泣くのは、涙を流すのは想いが届いてから、上条と結ばれてからでいい。
体がブルブルッと震えた。
 美琴はその震えを収めるかのように何度も大きく深呼吸をした。
「よし」
 美琴は携帯を取り出すとメールを打ち始めた。
 相手はもちろん上条だ。

 一方、上条は走りながら今日の自分の行動について必死に考えていた。
 いったいなんだというのだ、自分は。
 どう考えても昨日からの自分は確実におかしい。
 女の子、しかも少なくとも友情以上の好意を抱いている女の子の香りを気にしていた。
 しかもそれを口に出してしまっていた。
 軽蔑されたかな、と思ったが今日の美琴はそれを気にした風もなくそれに対し心密かに安堵もした。
 そして今日の美琴。
 なんでもないはずの美琴の笑顔に心臓がドキドキした。
 彼女の髪の柔らかさ、その髪や頭から伝わる美琴の体温にドキドキした。
 客観的に見て美琴がかわいらしい女の子だということはわかっていたが、今日のような感情を今まで彼女に抱いたことはなかった。
 いや、本当はあったのかもしれない。
 けれどそれをここまで意識することは絶対になかった。
 さらに今まで見たことのない、いつもの彼女の雰囲気とは異なるヘアピン。
 どういう心境の変化かわからないし種類もよくわからないが、かなり大人っぽい高級そうなものだった。
 個人的には美琴にはいつもの花のヘアピンの方が似合っているとは思うが、あれだって十分美琴に似合っていた。
 あれを付けた美琴だって十分かわいい、そう思った。
 けれどそのことを口に出して美琴を誉めた今日の自分はやはりおかしい。
 気恥ずかしさが先に立って今まで美琴を面と向かって誉めたことなどなかったのだ。
 どれだけ考えても昨日からの自分は今までの自分とは違う。
 しかも美琴に関してだけ違う。

 御坂美琴。
 彼女は自分にとって、いったいなんだというのだ。

 心の奥底から溢れ出しそうになる感情をこらえながら上条は必死で家に向かって走った。
 なんでもいい。
 一人っきりで静かに今の心情について考えたかった。
 ポケットの中で携帯が鳴っているのはわかっていたが出る気など起きなかった。
 とにかく一人になりたかった。

 家に着いた上条はがちゃりと鍵をかけるとそのまま無言で家の中に入り、壁にもたれかかった。そのまま上条の体はずるずると下へずれていき、ぺたんと床に座り込む。
 上条は大きく息を吐いた。
 今日は家には誰もいない。美琴と出かける日は基本的にインデックスは小萌に預けているからだ。
 デートの日は何時に帰るか決まっていないし、なにより一日中出かけた日にあまり色々と食事を作ったりするのは上条にとって大変だろう、というインデックスの気遣いの結果だ。
 いつもはそのことについてあまりなんとも思わないが、今日ばかりは預かってくれている小萌、自分に気を遣ってくれているインデックスに感謝した。



 夜になった。
 だが上条は何をすることもなくひたすらぼうっとしていた。一向に考えがまとまらないのだ。
 本当にあと少し、あと少しで全ての考えがまとまりそうなのに、なぜかそのあと少しが出ない。
「うう」
 上条は無意識にテレビのスイッチを入れた。何かのドラマをやっているようだった。
「あー」
 妙なうなり声を上げながら上条はテレビの映像を網膜に映していた。もちろん内容はまったく頭に入っていない。ただ気分転換したかっただけだ。
「なんなんだ、いったい? 俺は、御坂を――」
『好きなんだ』
「な……!」
 上条はキッとテレビをにらみつけた。
 ちょうどドラマの中では主人公がヒロインに思いを伝えようとしている場面が映っていた。先ほどの言葉はその際に主人公が発したセリフらしかった。
 しかしそんなことはもう上条には関係なかった。
 ぱくぱくと口を動かしながら狂ったように同じ言葉を呟き続けていた。
 好き、好き、好き、と。

 やがて意を決したかのようにうなずくと、一言一言確かめるようにゆっくりと声に出した。
「俺は、御坂が、好き」
 上条の中で何かがすとんと落ちた。
 落ちて、かちりと型にはまった。
 もう一度声に出した。
「御坂が、好きだ」
 全身を雷で打たれたような、そんな錯覚に陥った。
 全身の毛穴がかっと開き、汗が噴き出してきたように思えた。
 一瞬手が震え、次の瞬間には驚くほど落ち着いた。
 心の中の不定型なモノがとうとう形になった。

――俺は、上条当麻は、御坂美琴が、好きなんだ!

 そう自覚した途端、今までの行動や心に浮かんだ感情、美琴に相対した時に自分に起こった全ての出来事が綺麗に一つの形に収束していくように思えた。
 美琴のことが誰よりも大切で、愛おしく、その笑顔を何よりも素敵に思う。
 彼女のちょっとした仕草が気になって、その様子に注意を払い、その行動を思わず目で追ってしまう。
 全て美琴を好きだからこそ出てきた感情や行動だったのだ。
 美琴が好き、それが全ての事象が指し示す解だったのだ。

「俺は御坂が好きだ!」
 上条はもう一度声に出してみた。
 自然と笑みが浮かんできた。
 なんと素晴らしい言葉なのだろう。
 まるで魔法の言葉だ。
 心の中が暖かくなる。
 声にするだけで幸せな気持ちになれる。
 人を好きになるとは、こんなにも素敵な感情だったのか。

 このとき、上条は生まれて初めて人を好きになるということを知った。
 その感情に酔っていた。
 だが世の中良いことばかりではない。
 光があれば闇もある。
 もちろん上条にだってその闇は訪れる。
 そしてその刻はあっさりと訪れた。

 幸せな気持ちに浸りながら上条は、でも、と思った。
 自分が美琴のことを好きなのはわかった。
 できることならこの想いを伝えたい、そして美琴が中学生である今は無理でもいずれ時が来れば彼女にこの想いを受け入れてもらいたい。
 だけど美琴はどうなのだろうか。
 自分のことをどう思ってくれているのだろうか。
 嫌われてはいない、と思う。
 嫌いならあんな風に色々と自分に付き合ってはくれないだろう。
 でもそれが好きという感情とはたして繋がるのだろうか。
 いっしょに出かけたり勉強を見てくれたりする美琴の行動は、恋愛ではないただの男女間の友情からであっても成立する行動だと上条には思えるのだ。

 上条は美琴の姿を思い浮かべた。
 そして確信した、美琴は優しくてかわいく、魅力的な女性だと。
 海原光貴の件もあるし彼女がモテることも思い出した。
 ならば上条の知らない美琴の想い人がいたって不思議ではない。
 よくマンガや小説であるではないか、親元を離れて一人で都会の学校に出てきたヒロイン。魅力的でしかも男の影がないそのヒロインに想いを寄せる少年。
 ヒロインと友達になり、さあいざ告白だというときに知らされる事実、そのヒロインには郷里に想い人がいるという事実。ヒロインにとって少年はただの友人でそれ以上では決してないという事実。
 結局その恋は思い出となり儚く散り、少年は少し大人になる。
 自分たちのケースがそれに当てはまらないと誰が言えるだろうか。
 むしろ美琴を魅力的だと認識し、さらに自分をなんの魅力も取り柄もない男だと認識している上条からすると極めて自然なことのように思えてしまう。
 自分はなんの取り柄もなく美琴に不釣り合いなただの友達で、彼女は純粋にその優しさから自分に接してくれている。
 そして美琴には自分では及ぶべくもない素晴らしい想い人がいるのだ、と思いを巡らしてしまう。
 第三者からすると「ぶち殺すぞこのフラグ男」と言いたくなるような考えだし、事情を知る者からすると「美琴の性格でただの友人に対してこんな行動を取るわけがない、それくらい理解しろ」とあきれて苦笑してしまうかもしれない。

 だが待ってほしい、それは上条当麻という人間に対してあまりにも酷な話というものだ。
 なぜなら上条は今日、生まれて初めて恋という感情を知ったばかり。
 そんな上条がわずか数時間でここまでの感情にたどり着いたのだから、むしろそこは誉めるべき所なのかもしれないのだから。

 とにかく上条は事ここに至って初めて、人を好きになることで陥るネガティブ思考にはまったのである。
 美琴に想いを伝えたい、でもそのことによって今の友人関係まで壊れてしまうことが怖い。
 友人としてすら会えなくなるなんて、想いを伝えないままよりも遥かに嫌だ。
 ならば自分の心は押し殺して友人として接し続けよう。
 上条は美琴への想いを自覚したその夜、そう考えた。

 しかし神はそんな上条の消極的な行動を許してくれるほど甘くも優しくもなかった。
 いやそれどころか、上条の決意など歯牙にもかけず、上条と結ばれるために必死に努力し続けている美琴へ味方してくれようとしていた。

 上条が自分の気持ちを固めようとしたとき、ふと携帯の着信ランプが点滅していることに気づいた。それを見て、夕方、着信を無視したことを思い出した。
 上条に連絡をしてくる者と言えば、どこかのわけのわからない魔術集団か、美琴だと相場は決まっている。
 上条は嫌な予感を覚えながら着信履歴を調べた。
 着信履歴、および着信メールの差出人を確認して上条は大きくため息をついた。
 美琴からのメールが5通、着信履歴は二桁に達していた。おそらくメールの返事がないことに業を煮やした美琴が何度も電話をかけてきていたのだろう。
 上条はばつが悪そうに着信時刻を確認した。ほぼ二十分おきに着信があった。
「やべえ、御坂の奴ぶち切れてるだろう、これ……」
 ふと時計を見たら既に日付をまたいでいる。これでは美琴に電話をかけるわけにもいかない。
 再びため息をついた上条はしかたなくメールの内容を確認した。そしてメールを読み進めるうち、上条から表情が消えていった。
 その内容は5通ともほぼ同じで、「明日会いたいので時間を作ってほしい」というものだった。

 よりによってなんてタイミングで、と思った。
 さっき上条は美琴との関係を守るためにこれまで同様友人である自分を貫こうと決意したばかり。
 しかしさすがに昨日の今日では気持ちに整理を付けることができない。
 けれども美琴は自分に会いたいと言っている。
 美琴には交友関係を大切にしてもらいたいと思う上条の配慮から、週末のデートは必ず一回だけでそうでない日は互いの時間を大切にする、そういう取り決めをしているにもかかわらずこんなことを言ってくるのだ。
 そこに何か重要な理由があるのは明白だ。
 決して逃げてはいけない、そう確信が持てる。
「ちくしょうあの馬鹿……」
 上条は小さく舌打ちするとメールの返事を打った。
 美琴への答えはYES。

 決断の刻はもうすぐそこだった。


ウィキ募集バナー