とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part06

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好き


 翌日、待ち合わせ場所である自販機前に上条は一時間以上遅刻してやってきた。

 別に何か面倒な事件に巻き込まれたわけではない。家から出る決断がなかなかできなかっただけだ。
 美琴に会いたいけど会いたくない、会うのが怖い。
 昨日と同じ自分ではないのに、昨日と同じように友人として美琴に接することができるのか自信が持てない。
 けれど美琴に会わなければならない、ならば自分はいったいどうすればいいのだろうか、そんな心配が頭の中を占めていた。
 それに美琴が指定してきた待ち合わせ場所が自販機前、というのも気になっていた。
 人通りの少ないこの場所を指定してきたという事実。そこには、美琴の話は非常に大切ではあるが、決して他人には聞かれたくないものなのだ、という想いが秘められているような気がしたからだ。
 いったい何を話そうというのだろう、自分にとって悪い話でなければいいのだが。
 このようなことを昨夜から一睡もせず悩んでいたために、目の下にクマまでできる羽目になっていた。
 それでも決断できず家から出るのが遅れた、そういうことだった。

 上条は沈痛な面持ちで、待っていた美琴に頭を下げた。
「すまない、御坂、遅れた。言い訳はない、寝坊だ」
 電撃を浴びせられても文句は言えない、そう覚悟しながら上条は頭を下げたのだが美琴からはあまり怒りの雰囲気が感じられない。
「御坂……?」
 違和感を覚えた上条は頭を上げた。
「…………」
 美琴は上手く言葉にできないような表情をして黙ってこちらを見ていた。
 安堵や不安といった様々な感情がない交ぜになったような微妙な表情。
 もちろんそこに上条が遅れたことに対する怒りの感情もないわけではない。ほどよい感じに美琴の周りの空気が帯電しているのがその証拠だ。
 辺りに漂う肉や化学繊維の焦げた臭いからすると、美琴をナンパしようとした何人かの男共が八つ当たりの犠牲になっているのは間違いない。
 男共、ナンパ、そう考えた上条の心はざわめいた。
 自分のせいで美琴を怒らせている現実を横に置き、こういうのが嫉妬っていうのか、と妙な感慨に浸っていた。
「あ、ぅあ」
 上条はおよそ言葉ではない声を出した。
 美琴はびくっと体を震わせると露骨に上条から目をそらしぼそぼそと呟いた。
「お、遅かった、わね……」
「す、まない」
「昨日の、今日で遅刻なんて、いい、度胸、し、てるわね……」
「言い訳も、ない」
「昨日だって、電話、全然出てくれなかったし……」
「全然気づかなかった、申し訳ない」
「連絡もないし、来て、くれるか、不安だったん、だから……」
「面目ない」
「アンタ待ってる間、な、なナンパされて、ほ、ほんとに、嫌だった、んだからね……」
「ムカツク。その場にいて、俺がそいつらぶん殴ってやりたかった」
「え……!?」
 美琴ははっと息を呑んで上条を見た。
「それ、どういうこと……?」
「…………」
 しかし上条は何も答えなかった。
 思わず口にした言葉に戸惑っていたからだ。
 自分で勝手に遅れて自分で勝手に嫉妬して、そのいらだちを口にする。
 なんて醜い心なんだと思った。
 やはり自分は美琴には釣り合わない、美琴には自分なんかよりもっと素晴らしい想い人がいるべきなのだ。
 だから自分は友達止まりでいい、それでも美琴の側にいたい。
 妄想まで混じったネガティブな思考がどんどん溢れ出して上条は頭がおかしくなりそうだった。
 だから上条は早く美琴の話を聞こうと思った。
 早くこんな苦行のような状態を終わらせて心を落ち着けたい。
 時間をおいて、距離を置いて、たとえ表面上であろうと昨日までの関係に戻りたい、そう思った。

 上条は心を襲う悲壮感を必死で隠しながら口を開いた。
「御坂、話ってなんだ?」
「え? あ、ああ、そう、話、ね。うん、話……」
 美琴は再び上条から目をそらせるとそのまま口ごもってしまった。

「…………」
 沈黙が続いた。
 美琴は何か言いかけるのだがすぐに思い直して黙ってしまう。上条も何も言わない。
 上条としては本音では美琴をせかしてでも話を進めたいのだが、美琴の様子からしてその決意の程やそこに秘められた意志は理解できるし、何より美琴に対して今の上条は少しでも見栄を張りたかった。
 大切な話をせかせるような、そんな小さな男であると自分を美琴に見せたくない、そう思って上条はひたすら我慢した。

「……よし!」
 深呼吸を何度かした美琴は小さくうなずいた。
「ねえ」
 美琴の声を聞いた瞬間、上条は体を硬くしてみぞおちに力を入れた。

 どんなことを言われるのかはわからない。
 良いことなどとは思っていない。
 ただ願わくば、自分と二度と会うことがない等とは言わないでほしいと思った。
 と同時に、けれど美琴の言葉ならばどんな物でも受け止めてやる、そうも思って気合いを入れた。

「私達が初めて会ったときのこと、覚えてる?」
「へ?」
 思いがけない質問に上条は訝しげな表情になった。
 しかし美琴は上条の態度に構わず話し続けた。
「アンタは覚えてないみたいだけど、夜、不良達に絡まれてる私をアンタが助けようとしたっていうのが出会い。無能力者で弱っちいのに、そのくせレベル5の私をガキなんて馬鹿にして」
「だってお前、実際俺より年下のガキだろ。まあそんときの様子は覚えてないんだけどな」
 思いがけない質問だったからだろうか、なぜか上条は自然に美琴に答えることができていた。
「まあね。今考えるとほんと、私ってばガキだったわね。そしてそれから私はずっとアンタを追いかけてた。来る日も来る日も」
「らしいな。結構ガチンコのバトルもやったみたいだし」
「そう、それで結局全戦全敗。あのときの私は認めてなかったけど、どう考えても全敗よ。ほんと、負けを認めないなんてガキよね、あの頃の私って」
「一年も経ってないんだ、今だってまだガキだろ、お前」
「成長してるわよ、すくすくと! 胸だって大きくなってるし、なんなら確かめてみる?」
 そう言って美琴は胸を張った。
「……茶化すな」
 美琴の言葉にごくりとつばを飲み込んだ上条だったが、すぐばつが悪そうに美琴から視線をそらした。
「……ゴメン。それで確か盛夏祭の事は覚えてるのよね、私がバイオリンを弾いたのは」
「お前の顔と名前は一致してなかったけどな。だからお前が御坂美琴だってはっきり認識してるのは妹達の、あの事件のときからだ」
「そう、あの事件。私が本当に完膚無きまでに絶望して、その絶望からアンタに助けてもらった、あの事件。私にとって、どんなことよりも……大切な……思い出……」
「え……」
 上条は耳を疑った。
 妹達が絡んだ絶対能力進化の実験。クローンとはいえ、みすみす自分の妹達を一万人以上も犠牲にしてしまった悪夢の実験。
 あれは美琴にとって忘れたくても忘れられない辛い記憶のはずだ。それがなぜ大切な思い出になるのか。
 少なくとも美琴がそういったことを言った記憶が上条にはない。
 上条の動揺を予想したかのように美琴は自嘲気味に笑った。
「変に思う? 一万人以上の妹達が犠牲になったあれを大切な思い出なんて言って? でもね、やっぱり私には大切な思い出なの。助けてあげられなかった妹達には本当に申し訳ない、けど、それでも。だって、あのとき、助けてくれたのが他の誰でもないアンタ、上条当麻だったんだもの」
「…………!」
 上条は息を呑んだ。
 今の美琴の言葉にはとても深い意味があるように、そう思えたからだ。
「それまではムカツくけどなんか気になる奴ってくらいだったのに、あの後は完全に私にとって、とんでもなく大きい奴になっちゃったのよ、アンタ。その頃からね、アンタにケンカふっかける気がなくなっちゃった。それでも何かあったらアンタを探してさ、ほんと、探して何するかなんて考えてもいないくせに。ただ何かあるたびにアンタの姿を探してた」
 馬鹿みたい、と美琴は再び自嘲気味に笑った。
「でもそうなって初めて気づいたのよね、アンタはいろんな女の子といっしょにいることがすごく多いってことに。普通に数えてたら十や二十ですまないくらいの女の子、まったくどんなスケコマシよ」
「返す言葉もない」
 なぜかわからないがこの件に関してだけは上条はまったく言い訳が思いつかないまま頭を下げた。
「ま、まあ、そういうアンタを見るに付け電撃使って追いかけ回したわけだから、アンタが謝る必要はあまり、ない、のかも……」
「おい」
「でもね」
 美琴はここでいったん言葉を句切った。
「私、本当に悲しかったんだ、私以外の女の子といっしょにいるアンタを見るのって。アンタが困ってる人ならどんな人でも助けるような性分だってのはわかってたけど、だからってそのたびにいろんな女の子と仲良くなる必要なんてないじゃないって。でもアンタは私の気持ちなんか無視してますますあっちこっちの女の子を助けまくって、虜にしていって」
「いや、そ、それは誤解だ! 俺は何も――」
「アンタがどう思ってようと相手はそう思ってないわよ。だって私が、そうだったんだから……」
 美琴は一瞬目を伏せたがすぐに顔を上げた。
「でもね、アンタがどれだけいろんな女の子と仲良くしたって、それでも私はアンタの一番になりたいって思った。だからアンタの戦いに首を突っ込んだし、アンタとデートしたり、勉強見るからって言って家に押しかけたりした。アンタに振り向いてもらいたかったから。でもアンタって、全然私の気持ちに気づいてくれないのよね。想いが届かないからって何度泣いたかわかんないわよ。まったく、レベル5のくせに情けない。だから、こんな風にみっともなく落ち込むのはもう止めることにしたの。想いを伝えて、ウジウジした私にさよならする」
 美琴は大きく息を吸ってぴたりと口を閉じた。
 そして胸にためた想いを全てぶちまけるかのように大声を出した。
「私は、ずっとずっと、あなたが、上条当麻のことが世界で一番好きでした! だから私と、付き合って下さい!」

 上条には今耳に聞こえた言葉が信じられなかった。
 まるでどこかよその国の言葉のように思えた。
 あの御坂美琴が、自分のことを好きだと言っている。
 好きだと気づいたのは昨日、しかし好きになったのはおそらくずっと前、そんな自分の心の中の一番大切な部分にいる女の子、美琴が自分のことを好きだと言っている。
 とても信じられなかった。
 しかし何度心の中でさっきの言葉を反芻しても、美琴が自分のことを好きだと言ったとしか認識できない。
 学園都市の誇るレベル5のお嬢様が、ずっと自分のことを好きでいてくれた。
 素直に嬉しいと思った。
 両想いではないかと思った。
 自分だって美琴のことが好きだ、だから美琴に返事を返そうと思った。
 俺も好きです、と。
「…………」
 しかしなぜか声が出なかった。
 何度試みても声がまったく出なかった。
 口はぱくぱくと虚しく動くだけ。
 だからうなずこうと思った。
 しかし首も動かなかった。
 わけがわからず上条は頭がどうにかなってしまいそうだった。
 動揺と焦りから呼吸が荒くなった上条の目に不意に美琴の姿が映った。
 ぎゅっと目を閉じて胸の前で手を組んで上条の答えを待っている。
 上条は早く応えてやりたいと思った。
 でもそれ以上に上条が気になったのは美琴の手だった。
 がたがたと小さく震えている。
 上条に受け入れてもらえるかどうか不安で不安で仕方ないのだ。

 その瞬間、上条はなぜ自分の声が出なくなったのかわかった。
 想いの違い、覚悟の違いを感じたからだったのだ。
 美琴はずっと前から自分の想いを自覚し、それを抱き続けることの辛さに耐え、自分を磨き続け、そして全てを懸けて上条に想いを伝えた。
 それに引き替え自分はどうだ。
 美琴のそんな切なる想いに気づくこともなく彼女の好意に甘え続け、自分の気持ちに気づいたのだってようやく昨日のこと。
 しかも自分の感情から逃げなかった美琴に対して、上条はそんな昨日気づいた程度の気持ちからも逃げだそうとしていたのだ。
 そんないい加減な自分が彼女の想いに応えていいのか、そう心のどこかで感じたからこそ上条の体は美琴への返事を拒絶していたのだ。
 上条の体ががっくりと膝から崩れ落ちた。
「ち……ち……ちくしょう……ちくしょう、ちくしょう……」
 そのまま何度も地面を殴り続けた。
 悔しかった、情けなかった。
 目の前にいる女の子は自分よりも年下で、自分よりもずっと華奢で小さな体をしているくせに自分よりもよっぽど強い心を持っている。
 美琴に比べてあまりにもみすぼらしい心の自分、そんな自分が惨めで涙が出てきた。
 そんな自分を美琴の前にさらすこと、そのものが嫌だった。
「ちくしょう……」
 だけど、美琴の気持ちに応えないのはもっと嫌だった。
 逃げ出そうなどと二度と考えたくなかった。
 そんなことをすれば美琴が哀しむからだろうか。
 それもあるが本音は違う。
 そんなカッコイイもんじゃない。
 自分以外の男が美琴と結ばれることなんて我慢ならなかったからだ。
 美琴と結ばれるのは自分でなければ嫌だったからだ。
 ただの嫉妬、独占欲だ。
 汚い感情でしかない。
 美琴の気持ちに応えず適当なカッコイイ言葉を言ってこの場をごまかしたら、惨めな汚い自分をさらけ出さずにすんで一時のプライドは保たれるかもしれない。

 でもそんなプライドなんか糞食らえだ。
 汚い感情の何が悪い。
 今この瞬間、美琴を好きだという気持ちに、綺麗も汚いもない。
 そうだ、そんな問題じゃないんだ。
 自分が、上条当麻が、御坂美琴のことを好き、その気持ちを大事にし、受け止め、きちんと向き合うことが一番大切だったんだ。
 そして。

――アイツに、御坂に比べて自分がみっともないと思うなら、俺はそんな自分をさらけ出して、ぶち殺して、御坂に、大好きな女の子にふさわしい男になってやる!!



 上条は目をごしごしとこするとゆっくりと立ち上がった。
 その瞳にもう迷いはなかった。
「御坂」
 既に目を開けてこちらを見ていた美琴の手を、上条はぎゅっと握った。
 そう、美琴は先ほどの上条の醜態を見ていた、いや、じっと見つめていた。
 笑うことも、蔑むこともなく、ただひたすら上条が答えを出すときをじっと待っていてくれた。
 上条はそんな美琴が愛おしくてたまらなかった。

「御坂、先に謝っておく。俺は、頭が悪いから、お前みたいに論理的に筋道立ててしゃべったりできない。思いついたまま言う、すまん」
「…………」
 美琴は何も答えず、ただじっと上条の言葉を待った。
「昨日なんだ、俺が、自分の気持ちに気づいたの。それで、気づいて、嬉しくて、舞い上がって、ふと、気づいた。俺はそう思っても、お前は、そうじゃないんじゃないかって」
「…………」
 やはり美琴は黙っていた。心なしかその瞳は潤んでいたのだが、今の上条がそのことに気づく余裕はまったくなかった。
「だって、お前は、かわいくて、頭が良くて、レベル5で、お嬢様で、俺なんかよりずっと、ずっとすげえ奴だから、きっと、俺なんか足元にも及ばないような奴が、お前にはふさわしいんだろうって、そう思った。思った、けど、でも、お前とはいっしょにいたかったから、絶対に。だから、気づいたばっかりの気持ちを、押し殺して、身を引こうって。そうしたら、ずっと、友達でいられる、から、そう、考えた……でも……やっぱり……」
 今まで黙って上条の話を聞いていた美琴だったが、上条の最後の言葉にさっと顔色を変えると、キッと上条をにらみつけた。
「アンタ、何馬鹿なこと言ってんのよ! 身を引くって何よ!? それにふさわしいって何!? 誰が私にふさわしいかなんて、そんなの私が決めることじゃない! 勝手な決めつけしてんじゃないわよ!!」
「ゴメン、でも、その時は、そう、思ったんだ……でも、やっぱり、我慢できなかった」
「え?」
「だって、そうなったら、お前は、俺じゃない、俺の知らない、男と……そんなの、絶対、嫌だった。こんなの、みっともない、醜い、嫉妬だって、わかってた。汚い、感情だって、でも、抑えられない、正直な、気持ちだったんだ。独占欲、お前を、誰にも、渡したくないって、そう思った。そうしてやっとわかった。お前、の気持ちを考えるのは、大切だけど、それよりもまず、俺の、自分自身の気持ちを、ちゃんとしないといけなかったんだ。ちゃんと向き合って、考えて、答えを出して……」
「そ、それで、答え、は……」
 美琴は言葉を句切るように呟いた。
 上条はゆっくりとうなずいた。
「人を助けたいとか、みんなが笑顔の世界とか、いつも偉そうな説教ばっかり垂れてるけど、俺は一皮むけばこんな醜い嫉妬心の固まりの、小さな男だ。かっこよくもなんともない。でも、こんな俺でも、お前がいいって言ってくれるなら、俺はお前とずっといっしょにいたい、お前が泣いてる時はその涙を拭ってやりたい、何があってもお前を一生護ってやりたい……!」
 上条はごくりとつばを飲み込むと、一瞬息を止めて美琴を見つめた。



「御坂美琴さん、あなたが、好きです」

「…………」
 美琴は何も答えない。
 けれどその顔は徐々に赤くなっていき、瞳は潤みだし、ボロボロと涙があふれてきた。
「う、う、ううえぇぇぇー」
 とうとう涙腺が決壊した美琴は誰はばかることなく上条の胸に飛び込み泣き始めた。
 やや躊躇したが、上条はそんな美琴をそっと抱きしめた。
「待ってたんだから、ずっと、ずっと、待ってたんだからぁ……」
「ご、ゴメン」
「なんでここまでやんないと気づかないのよ、馬鹿ぁ。馬鹿馬鹿馬鹿、当麻の大馬鹿ぁ」
「ほんと、情けない、な」
「二度と身を引くなんて言ったら承知しないんだからね、当麻はずっとずっと私といっしょなんだからぁ」
「ああ」
「私をこんな泣き虫にした責任、一生懸けて償いなさいよ、アンタは一生私のものなんだからぁぁぁ」
「ああ」
「それからそれから……あー、もうわかんないけど、一生アンタと私はいっしょなんだからね! ずっとずっとずっとずうっとなんだからね、いいわね!!」
「ああ、お前がいいって言ってくれるなら、俺は一生お前の側にいるから」
「当たり前でしょ。そ、それで、えっと……」
 美琴は上条を見上げるとすっと目を閉じた。
 鈍感男上条もさすがにそれが何を意味するかくらいはわかったらしく、顔を真っ赤にして美琴の唇に口づけした。

 しかし口づけした後の美琴はなぜか不満そうに頬をふくらませた。
「……アンタねえ、こういうときくらいもうちょっと気持ちを込めて情熱的にキスくらいできないの? 何よ今の啄むみたいなのは」
 美琴は今上条がした、唇が軽く触れる程度のキスに不満だったのだ。
 上条は美琴の言葉に顔を引きつらせて言い訳を始めた。
「い、いや、上条さんとしては一応ファーストキスですし、こういう経験がないわけですから、何をどうすればいいのかもよくわからなくてですね……」
「……そ、そんな事わかってるわよ。わた、私だって、は、初めてなんだから……そんな詳しいわけないでしょ。で、でもさ、マンガとかには色々載ってたし。その、初春さん達や母さんからも色々聞いてて、だから、その……」
 初めは勢いがあったものの、段々小さくなっていく美琴の声。
 どうやらマンガから得た知識や、初春達や美鈴からの入れ知恵のせいで上条とのファーストキスに対して美琴なりの理想があったらしい。
「えっとだからね、その……あー、もういいわよ!」
 ブツブツと呟きながらうつむいていた美琴だったが、突然がばっと顔を上げて上条にその顔をずいっと近づけた。
「とにかく覚悟しておくことね! これからは時間もたっぷりあるわけだし、じっくりアンタを教育してあげる」
「えーと、お手柔らかに頼みます。後、ジェントル上条としては中学生の御坂さんに今以上の手を出す気はないわけですので、個人的にはその辺の事情も察していただけると非常にありがたいと――」
「うるさい、黙りなさい。たった二つくらいの年齢差の何が問題なのよ。その辺の倫理観も私好みに教育するから覚えときなさい。それから恋人になったんだからいい加減に私のことは名前で呼びなさい」
「あー、見事なまでの一刀両断……」
「そ、それから、自分の言ったことは、ちゃんと責任持ちなさいよ。そ、その私を」
 強気で上条を攻めていた美琴だったが、ここに来て急に恥ずかしそうに口ごもった。
「護る。どんなことがあったって。お前を二度と泣かせたりしない、約束する」
 今まで顔を引きつらせていた上条だったが、美琴の言葉に一気に真面目な顔になった。
「そ、そう。うん、それでね、あ、アンタ、気づいてた?」
「ん? 何が?」
「さ、さっきアンタが言ったこと、その、ぷぽぴ、ぷぴょ、プロポーズとみなすからね。そう決まったから。だだ、だからね、その……」
 突然キッと上条をにらみつけた美琴は、上条の頬に手を当てるとそのまますっと口づけをした。
「…………!」
 不意を突かれた上条は顔を真っ赤にしたまま、なすすべもなく美琴のキスを受け入れ続けた。その間、時間にして約五分。
 やがて名残惜しそうに上条から離れた美琴はふうと息をつくと、今まで上条が見た中で最高の笑顔を浮かべた。

「ふつつか者ですが、末永くかわいがってくださいね。あ、な、た!」



おしまい


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