大学二年、山岳関連系体育会で四国横断した時の話。
概要
私は真夏の四国を徒歩で横断したことがあった。ローワンと呼ばれる活動である。LoadをWanderingするのだ。ワンデリングモンスターと言えばゲーマー諸氏には馴染み深いだろう。あれだ。
背中には二十キロの荷物、一日の踏破距離は十五キロから三十キロ。大半は山ではなく平地なのでまぁ楽なはずなのだが、なにしろ長い。そして物凄く暑い。ついでに蚊とアブが襲撃してくる。道路は歩きやすい代わりに、横を車が快速で追い抜かしていく。
私は部を四年間勤め上げて刑期を終えたが、その中でも最もキツい行程の一つだった。同時に、最も楽しい行程の一つでもあった。
セーブポイントとエリクサー
何が苦しいかは上の一文だけで十分伝わるように思うので、何が楽しかったかを話そう。 まず、いくらでもスーパーに寄り放題。普段は文明を放棄した山の上を縦走し、購入が許される緩いタイミングだったとしても、山小屋のバカ高いカップラーメンを買うのが精一杯である。輸送費込みで500円はする。
それが、無人地帯や十数件程度の家が並ぶ集落を横目に歩き越えて、スーパーに行き着く度にセーブポイントのように立ち寄れる。特に一日の行程の終わり際、ご褒美として先輩が奢ってくれる2Lジュース二本は格別であった。コーラでも三ツ矢サイダーでもオレンジでも、エリクサーの味がした。
民宿という名のオアシス
そして、民宿。これも素晴らしかった。 基本的にその部はテント泊が常態であり、山でも下界(街をそう呼ぶ)でもキャンプ場を拠点として テントを張る。慣れてしまえばそれが普通だが、やはり小屋泊は羨ましい。ごく稀に、特殊な事情で利用する時には大喜びしたものだ。
そのうちの一回が、その民宿だった。 設営できるちょうど良いキャンプ場がルート上になかったため、民宿を先んじて予約していた。内子座が有名な内子町である。当然観光もした。スーパーで上記の豪遊をしたりもした。
民宿は素晴らしい。なにせ湯が出る。水だけはどこのキャンプ場でも出るし、大抵は飲用可能だが、お湯は稀少だ。しかも無料。石鹸もあるので服も洗って干した。(長期合宿における我々の衛生状態は、あまりよろしくない。面河渓でリアル『川で洗濯』もした。下流の民よ、許しておくれ)
ついでに内装もとても良かった。一人一人が広い個室という贅沢さ。作家として避暑地を訪れ、民宿に缶詰する太宰辺りが大いに好みそうだ。ほぼ富岳百景である。文机まであったので、何かを書いた記憶がある。布団も柔らかい。何もかも、極めて快適な楽園であった。
道後温泉
そして、二週間で四国を横断し、香川から愛媛の西端まで(岬の西端で大海原に向かって大学校歌を歌った。そういう習わしなのだ。未開の蛮族の土着風習である)辿り着いた我々は、道後温泉に向かった。
この世の天上楽土とはこのことである。疲れを癒す民宿がオアシスならば、道後はすべての苦難を乗り越えて辿り着いた天竺、三蔵法師の旅の理想の終着地点のようだった。
道後は温泉地であり、いくつもの旅館と温泉がひしめいていて、その温泉だけを入って巡るということもできる。夏目漱石と正岡史記が滞在し交流したことから、彼らの詩碑が各所に残り、市内バスや旅館の部屋には川柳用のシートと投書箱まである。文人の地と言える。(『坊ちゃん』の舞台もここである)
そこで大浴場の温泉に入り、かつての天皇の湯(狭くて縦長)を見学し、二階の座敷で温泉地を見渡しながら食べた団子、呑んだ酒の美味いこと。温泉神社とやらに参りつつ、知多すだちハイボールに舌鼓を打つ。甘美であった。幾度か訪れた草津も名湯であるが、しかし私の思い出の中の道後には中々敵うまい。
自然美と情景
これはまぁ最初に挙げるべきではあるのだが、当たり前すぎてあまり出てこない。我が部の活動には基本的に自然美はデフォルトでついてくる。PS5の映像が綺麗とか言ってもそのうち慣れちゃうよね的なアレである。
しかしなんだかんだ言って感動はする。面河渓は壮大かつ軽いロッククライミングには最適だし、緑に満ちた大自然の中に点在する集落や、『坂の上の雲』の日露戦争、秋山兄弟の石碑を見つけて驚いたりもした。石鎚山は登りごたえがあったし、佐田岬の青一色の大海原へ下りる階段は今でも覚えている。
とはいえ、最終日に奢って貰った平屋建てフードコートの海鮮丼はそれに匹敵するのだが。あまりにも疲れていて、ほぼ全員が二食分食べた。ラストエリクサーの味がした。
おわりに
文筆とアウトドアを両方それなりに深く経験する人間は、やはり多くはない。しかし実のところ山好きには本好きも多い。結局のところ、社会と隔たった場所で自分の世界を探求する姿勢は共通しているからだ。
『山で引き篭もる』『山以外には下界で外に出ない』『ぼっち』でも、何とでもなるのが山であり、アウトドアだ。昨今はブームも多く新規参入者も多いが、社会不適合者には依然として勧める。挨拶だけはできるようになったりもする。
なお、十分準備せずに行くとどんな山でもうっかり死ぬので少々注意は必要である。
ロードワンデリングは下界徒歩行であり、山と違って中々死なない。やりやすい場所でルートを決めて、ちょっと張り切った散歩としてやってみるのは、未経験の諸兄にもお勧めだ。
以上、昔を思い出して筆が乗った者の、「歩いて四国横断した時の話」。