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KOWLOON'S GATE -九龍風水傳- - (2012/11/24 (土) 01:20:42) の編集履歴(バックアップ)


*KOWLOON'S GATE -九龍風水傳- 【くーろんずげーと くーろんふうすいでん】

ジャンル アドベンチャー
対応機種 プレイステーション
発売元 ソニー・ミュージックエンタテインメント
発売日 1997年2月28日
定価 7,800円(税抜)
分類 賛否両論ゲー判定
ポイント 数え切れない欠点と唯一つの強烈な魅力


概要

今は無き香港の九龍城砦をモチーフとした探索型のアドベンチャーゲーム。
プレイステーション初期タイトルとしてPS本体発売以前からプロモーションムービー等が公開されていたものの、延期に次ぐ延期によって発売までに実に4年以上の月日を費やした、と言う経緯を持つ。
延期によって多くの人からは忘れ去られ、手に取った人々も大半がその「ゲームとしての」不出来さに難色を示したが、この作品の強烈な魅力に取り憑かれた人々も決して少なくはなかった。いわゆるカルト的な人気を博したといえるゲームである。

ストーリー

1997年、中国返還前の香港に突如陰界の九龍城が出現した。
陽界と陰界は本来互いに交わることのあってはならない存在。このまま陰と陽が交わり続ければ世界は意味を失い破滅することとなる。
二つの世界の風水を監視していた香港最高風水会議は、陰界にて風水の源となる四神獣の見立てが行われていないことにその原因があると断定、一人の超級風水師を召喚し見立ての任にあたらせる。プレイヤーであるこの風水師は世界の均衡を保つため単身九龍城に潜入する。


用語解説

この作品は様々な専門用語が存在する。ここを読むにあたり必要と思われる最低限の用語を本項で解説したい。

  • 陽界・陰界
    • この作品では俗に言う『陰陽魚太極図』に世界観の基盤を求めており、我々が住む世界と表裏一体のパラレルワールドが存在するという設定を取り入れている。それが陽界と陰界であり、太極図の如く二つが離れもせず、交わりもしない状態を保つのが香港最高風水会議の、ひいてはプレイヤーの使命となる。
  • 邪気
    • 風水によって整えられるべき大地の気脈。これがバランスを失うことによって発生するエネルギーが邪気である。
      人がこれに当てられると妄人(ワンニン)に、物に宿ると鬼律(グイリー)となる。
      ゲーム内ではもっぱら敵味方共通の攻撃手段として扱われ、中国の五行思想に倣った属性付けがなされている。
  • 妄人
    • 人が物に執着し、そのことばかり考えてしまったあまりに半分物になってしまった異形の者たち。
      彼らはまだ人としての意識を保っているが、それを維持するためには常に「妄想し続ける」必要がある。妄想するのをやめたとき、彼らは完全に物となってしまうのだ。
      先に述べたとおり、邪気に当てられることでも人は妄人になる。プレイヤーのゲームオーバーにあたるものがそれである。
  • 鬼律
    • 邪気が人ではなく、物に宿った場合はこちらになる。正真正銘人ならざるものだが意思を持っており、邪気を撒き散らして人を襲う。RPGで言うところの敵モンスターにあたる存在。

システム

探索パート
  • JPEGダンジョン
    • 空間内のあらかじめ決められたポイント間を移動する方式。他のゲームで例えると『Myst』のそれである。
      ここでイベントをこなし、フラグをたて、後述するリアルタイムダンジョンにつなぐ、というのが このゲームの基本的な流れである。
  • リアルタイムダンジョン
    • こちらは空間内を自由に移動できる方式で 『キングスフィールド』のそれに近い。
      ダンジョン内は鬼律が徘徊しており これを駆逐しながら目的を達成する形となる。そのため このダンジョン内では自分の気力と所持している邪気を表すアイコンが表示される。
      また鬼律は周辺に邪気をはなっており それに触れると気力が減少する、所持していない属性の邪気が付与されるといった悪影響がある。
      気力が0になるか、五属性全ての邪気を所持した時点でゲームオーバー。
戦闘パート
  • 風水バトル
    • ダンジョン内で鬼律のいる座標と重なると発生する。
      敵である鬼律は必ず火 水 土 木 金のいずれかの特性を持っており(但しひとつとはかぎらない) 、これと相剋*1となる属性をぶつけるか、その属性自体を吸収することで倒すことができる。
      詳細なルールは以下の通り
      • 各属性の邪気は一種につき一つしか所持できず。、所持していない属性のみ吸収することができる。
      • ぶつけられる邪気は相剋の関係にある物に限り、ぶつけた属性は消失する。
      • プレイヤーが行動する度、鬼律から邪気によるダメージを受ける。
      • プレイヤーのあらゆる行動は失敗する可能性がある。
  • アイテムバトル
    • 所謂イベント戦闘にあたるもの。こちらはいたってシンプルで所持しているアイテムの中から正しいものを選択すれば勝利、その前に気力がつきれば負けである。
      風水バトルと違い、まったく行動しなくても時間経過でダメージを受ける。

賛否両論点

  • 独特すぎる世界観
    • 「常識は、今のうちに捨てておいてください」というキャッチコピーのとおり、一般的なゲームの世界観を覆すような設定の数々。香港に突然「陰界の」九龍城が出現したという設定からして普通ではない。スタッフの香港の九龍城に対する偏った歪んだ妄想が結実したのが、本作と言える。
      • 登場人物も一筋縄ではいかない者ばかりで、どんな人物でも外見・言動・性格のうち最低でも1つが異常である。彼等から助言や協力を得るためには、彼等の独特な価値観や流儀を受け入れ、理解する必要がある。
      • 謎解きも独特で、理由や辻褄を考えても理解に苦しむものばかり。というよりもはや考えたら負けなレベル。とにかく人々の言うことをそのまま受け入れて従うことが、先に進むための早道である。
        + 例。ネタバレ注意
      • あるダンジョンの扉を開く鍵は、歯医者で使う「うがい薬」。なぜ?とか考えてはいけない。(ゲーム内では「そういうものなんだよ」と言われる)
  • 独特すぎる演出
    • 本作の演出は、残酷な描写は意外に少ない。しかしグロい描写や生理的・精神的に不快感を覚える映像と演出がこれでもかと言うほど登場する。これを独特の世界観とセンスによるものと考えるか、それとも製作者の嫌がらせと考えるかは、本作の世界観とシステムを受け入れることができるかどうかにかかっている。
      • 流血は少ないものの人命の扱いが総じて軽い。メインキャラであっても、異形化したり発狂したり実質死亡したりするので油断がならない。特に一部のキャラの扱いはここに書くのが憚られるほど悲惨である。また一度希望を持たせておいて後で容赦なく踏みにじるエピソードが非常に多い。主人公は一応、世界を救うために活躍しているはずだが、助けようとした人物を救えなかったり、街が壊滅したりと、努力が報われない場面が幾度となくあり、無力感に苛まれること請け合い。単純な勧善懲悪のストーリーを期待している人にはお勧めできない。
      • 小動物が惨たらしく殺されるシーンがいくつかあるので動物好きは要注意。

問題点

ゲームとしていろいろと不完全。

  • 移動が煩わしい
    • JPEGダンジョン(街中)のCGは非常に緻密で臨場感があるのだが、自由に移動できるわけではない。移動できるポイントが決まっており、方角を指定すると移動するムービーが流れる。要はコマンド入力形式の移動を3DCGで繋いだにすぎない。
      • ムービーは視点が激しく動き、さらに演出で眩暈でも起こしたように画面が揺れることもあり、3D酔いを起こしやすい。
      • 移動指定できる方角が細かくて分かりづらく、見落としやすい箇所がある。
      • 探索中は情報収集やフラグ立てのために何度も広大で複雑な街を行き来することになり(後述)、しだいにムービーが鬱陶しく感じるようになる。ムービーをスキップすることは可能だが、その場合、現在の位置関係を把握しづらくなってしまう。
    • リアルタイムダンジョン(一般的なダンジョン)では3Dの空間を自由に移動できる。その分、街と比べてCGの作りは荒い。
      • 移動は比較的スムーズだが、上下視点がやや調整しづらい。アイテムを拾うため視点を下に移動したときに、視点をうまく戻せない場合がある。
      • スムーズに動くせいか3D酔いしやすい。さらに敵(鬼律)が近くにいると邪気で画面が点滅しながら激しく波打つという演出のため3D酔いが悪化する。
      • 鬼律の位置は、邪気による画面の点滅と揺れの度合いで見当をつけるのだが、判定が結構シビアなことに加え、邪気が壁を貫通して発生している場合もあり、判別が非常にわかりづらい。
      • ときどき何の脈絡もなく画面が暗くなったり、手持ちの属性が増えたりする現象が起こる。バグ・・・ではないらしい(取説には「アクシデント」と説明されている)。
      • 設定の都合上、殺風景で地味なダンジョンが続くため、展開が単調になりがちで気が滅入る。
  • 必要性の薄い戦闘
    • 風水バトルは、一言で言うとじゃんけんである。相剋する属性をぶつける(射)と一撃で倒せる。また相剋する属性がなければ吸収する(吸)手もある。これでも一撃で倒せる。そのため慣れれば戦闘はあっという間に終わってしまう。戦闘に慣れない頃は「敵の属性を調べる(査)→(射)or(吸)→終了」、ある程度慣れると「(射)or(吸)→終了」という単調作業と化す。
      • いちおう「外見がよく似ているが属性が違う」「属性を複数持っている」といった特色を持つ鬼律もいるのだが、行動が完全にパターン化されているため戦略性はほとんどなく、やはり作業になってしまう。
      • 「属性に関係なく鬼律を倒せる」という身も蓋もないアイテムが存在する。後半はひたすらこれを使うだけで進める。作業以外の何物でもない。
      • ときどき行動をミスする場合がある。緊張感を出すためかもしれないが、元が作業でしかないのでストレスがたまるだけの迷惑な仕様である。
    • アイテムバトルに至っては、戦闘という名のイベントにすぎない。決まったアイテムを使うと敵があっさり倒れて終了となる。どんなに強そうな敵も指定されたアイテムを使えば一撃。緊張感もへったくれもない。
      + 以下ネタバレ注意
      • ある場面では、敵があるアイテムを渡すように要求してきて、直後に戦闘になる。戦闘中そのアイテムを使えば勝利したことになるのだが、それは脅しに屈しただけであって戦闘とは言わん
      • ラスボス戦だけは、少しだけ手順がややこしい。といってもそれほど難しいわけではない。
  • 苦行のような謎解き・フラグ立て
    • 本作は難解で不条理な設定のため、プレイヤーが自分で考えて先に進むのは困難。人々から情報収集して言われたとおりに機械的に動くしかなく、お使い的なイベントを連続でこなすことになる。また、そのイベントも本来の目的との結びつきが見えにくいものが多く、ストーリーを把握しづらいため、作業感が強くなる。
      • フラグ立てが分かりづらく、結局、街の人と総当たりで会話してフラグを確かめることの繰り返しになる。そのために広い街を何度も行ったり来たりすることになり、非常に苦痛。
      • リアルタイムダンジョンでは、三次元的な要素も絡むため謎解きが複雑になる。道案内のナビが存在するのだが、説明がややこしく、人によってはメモ必須。またダンジョンの内容(どの地点が何と呼ばれていて、其処に何があるのか)をプレイヤーが完璧に把握していることを前提に話すため、中断してプレイに間が空いてしまうと彼らの言っている事はまず理解できない。
  • 本作は、FFⅦでさえCD3枚組だったのに、まさかの4枚組。スタッフの力の入れようが伺えるが、CDはシナリオ順になっておらず、場面が移動するたびに入れ替えを要求されるので煩わしい。
    シナリオ面の問題点
    + 以下ネタバレ注意
  • メインキャラの扱いが酷い
    • ヒロインの小黒は、神獣朱雀の力を受け継ぐ者であり、最終的に主人公によって神獣として見立てられる(人間としての姿は消滅する)。ところが、主人公が小黒を見立てる場面では、彼女は状況を理解していないのか自分が見立てられることについて何も言わず、主人公の方も特に躊躇ったり、何かセリフを言ったりといった描写もなく、あっさり彼女を見立ててしまう。その後も彼女について特別な演出や描写は何もない。仮にも本作のヒロインであり、主人公との付き合いも比較的長かったのだから、もう少し描写があってもよかったのではないか。
    • リッチという主人公を助けたり、小黒の面倒を見てくれたりしたバーのマスターがいるが、この人は終盤、邪気に飲まれてカクテルのシェーカーに本人の顔が付いた妄人に姿を変えられてしまう。それまでの渋いキャラが台無しである。また、そのまま人間の姿に戻ることもなく行方不明になる。
    • ウェイやゲームキッズに至っては、「ラスボスを倒す手掛かりを探すためタイムスリップした」という説明があるだけで、その後の消息や顛末は何一つ語られない。
  • シナリオのバランスが悪い。前半から中盤にかけて、本来の目的との繋がりが分かりにくいイベントが続くせいでストーリーの進捗がよく分からなかったのに対し、終盤になると、突然ご都合主義的な展開や急展開が連続して起こり、しかもそれに関して十分な説明がないまま最終決戦に突入する。どうも前半部分に容量を使いすぎて後半の余裕が無くなったように見える。前述のメインキャラの扱いが酷いのも、こうした容量に余裕がなくなったことによる説明不足が原因と思われる。

  • 評価点

    • 全体としてCGの完成度は非常に高い。特にJPEGダンジョンのCGは、モチーフである九龍城砦の複雑さ、小汚さ、怪しさ等が巧みに表現され、プレイヤーがあたかもそこにいるかのように錯覚させる。九龍城以外にも、清朝時代や上海のCGは一見の価値あり。
    • ムービーはフルボイスでこれまた非常に完成度が高い。起用されている声優は、青野武、千葉繁など、その世界をよく知らない人でも声を聞いたことがあるほどの豪華な顔ぶれで、演技に関しても何ら問題はない。
    • 特に致命的なバグは存在しない。
    • 謎解きそのものは大して難しくない。たいていは人々の話の中に露骨なヒントがあり、それに従えばよい。リアルタイムダンジョンも同様で、ナビの言うとおりに行動すれば迷うことは少ない。そういう意味では親切な設計と言える。
      • もっとも、この点が作業感を増大させていることは否めないし、ヒントを探すための情報収集が苦痛になるのだが。
    • 独特で妖しい魅力のある世界観。上記のような苦行の数々を乗り越えて、本作を溺愛するプレイヤーも存在する。以下は、そんな魅力に憑りつかれてしまった人の声の一例である。
      ではこれの魅力は一体どこにあるのか。それは九龍城という舞台そのものと其処に住む人々に他ならない。
      陰鬱、醜悪、面妖、奇天烈、前衛的、退廃的、サイケデリック、エキセントリック、ルナティック…そんな言葉のどれもが当てはまり、その全てをもってしても足りないような、どこまでも濃密で、混沌としていて、美しさすら感じられる世界が多くの人々を捕らえて離さない。
      • 一番最初にプレイヤーを叩きのめすのは宋(ソン)爺さんの占い屋の脇にある露天人形だろう。
        けたたましい鐘の音と不愉快なライト。現れる不気味な笑みの首だけ人形。そして壊れたおもちゃのような掠れた声でただ一言「宋じいさん、占い、占い、占い」
        この光景で人間が抱く感情は不快感。それは間違いない。しかしそんな中でもプレイヤーは「毒されてしまう」といった表現がぴったりくるような引力じみた何かを感じ取ってしまう。
        そしてふと我にかえると、宋じいさんに会うたびに「占い占い占い」とつぶやいてしまったり、ゲームに詰まるたびに此処に訪れたりしている自分がいることに気がつく。そもそも進行上何度も訪れることになる人間の宋じいさんのほうではなく、ただの人形のほうに声をあてているセンス自体(いろんな意味で)どうかしている。
      • 街のギミックひとつでこうなのだから人々も当然まともなわけが無い。しかも彼らは凡百なホラーにありそうな一見しただけで色あせてしまう存在ではない。
        実は上記の面倒きわまる「お使い」が彼らの人間像をさらに掘り下げる仕掛けの役割を担っている。多くの住人と触れ合うなかで彼らが決して徒に狂っているわけではない事や、もともとヤバそうな奴が実は想像以上にヤバかった事などを知ることになる。
    + 以下ネタバレ注意
    • 自らをホース状のもので雁字搦めにし、自分が扱う商品に対して「今時こんな物何に使うんだ?」と吐き捨てる水銀屋の男。一見するとただの捻くれ者だが、後に別の住人の口から彼には病気の妹がいたこと、そして病気を治すため彼女の体に水銀を塗りたくり、結果死なせてしまったことが語られる。*2
      話を聞いた次の瞬間から、目に映る彼の姿は以前とは全く違う物に見えるはずだ。
    • 拾った物を占いにかこつけて法外な値段で売る宋じいさん。あるときプレイヤーは彼から「婆さんのために」美顔液を持ってきてくれと頼まれる(ここで初めて婆さんがいることがわかる)。この時点ではもしかして婆さんのために金を稼いでいたのか、と勘ぐる事もできるのだが…。
      実際持っていくと「もっと強い物を」と要求され続け、仕舞いにはある麻薬を欲しがるようになる。

      「婆さんの顔を弄り回すのが爺さんの趣味」と別の住人から聞かされる

      ある敵の幹部が実は生ける屍であり、彼が常用していたのが件のある麻薬であったとわかる。つまり…
    • 自らの感情を一方的にメールに乗せてぶつけてくる謎の男ガタリ。その脅迫とも、警告とも、恋文とも取れる独特の文章はいちいち含みを持たせており、読む人間を度々悩ませる。特にビアズリーのサロメの話は(サロメを知っていれば)鳥肌モノ。
    • どうやらこの世界は造形と知性が反比例する法則が成り立っているらしく、道中出会う妄人はみな理性的で話のわかる奴ばかり。
      ナビがいるもののダンジョン内では基本的に孤独な事も相まって、気持ち悪いだけのはずの彼らに愛着が湧いてしまう事も少なくない。
    • ゲームが進むと見知った仲の人物が妄人になってしまう事がある。すると画面下に表記される名前が以前の物ではなく「○○男」と言った抽象的なものに替わり、彼らがもう人ではない何かになってしまったことが殊更に強調される。
      細かいことだが、このようなちょっとしたテキストにもドキリとさせられることがあって気が抜けない。

    総評

    ただでさえ独特でプレーヤーを選ぶ世界観に加えて、プレーヤーに苦行を強いるような不完全なゲームシステムのせいで、「人を選ぶ」という言葉すら生ぬるい怪作になってしまった。とは言え、映像や世界観の評価は高く、苦行に耐えて唯一無二の世界の虜になるプレイヤーも存在する(それが一般人の感覚とはかけ離れていることは確かだが・・・)。やはりゲームとして未完成な部分が大きいことが、本作の評価を微妙なものにしており、仮に本作が純粋な映像作品であったとすれば評価はまた違っていたのかもしれない。そういう意味では勿体ない作品である。
    まさに陰陽魚太極図のような強烈な二面性を持っている本作はある意味賛否両論ゲーの鑑といえる存在。
    現在ではPSNのアーカイブスで600円でプレイできる。また、別にレアものとして価値が高騰しているわけでもなく、ブックオフに行けば、初回限定盤を安価で入手することも可能。
    Youtube等で画像もupされているので、興味のある人はまず見てみることをお勧めする。映像作品として見る分には価値のある作品であることは確かだ。見る分には。
    その上で、世界観に魅力を感じた人は、ある程度の覚悟をして本作をプレイしてみるといいかもしれない。一方、これは合わないと思った人は、間違ってもプレイしてはならない。嫌がらせと苦行の連続で精神崩壊を起こす危険しかない。
    最後に本作を評価する意見を掲示しておこう。 「本作をクリアしようと思ってプレイしない方がいい。そのような考えでは長続きしない可能性が高い。いろんな所をまわり、いろんな人と触れ合って、何処までもこの世界にはまり込んでいく、それが陽界の人間の九龍城との付き合い方というものなのだろう。」

    余談

    • 2007年7月23日、本作の発売10周年を記念し、Second Life上でゲーム内の九龍城を再現したkowloonというエリアが公開された。
      その専用サイトには、画像付きのレポートが公開されているので、お手軽にこの世界観に触れたい方はそちらも読んでみるといいだろう。
    • 作中に「茸売り」という職業の人物が登場する。ただの茸ではなく「俺の茸は絶対安全」とか言う類のアブない茸を売る人である。当時はマジックマッシュルームが合法だったから、まあ問題なかったのだが、今だといろいろ物議を醸しそうである。