夢現聖杯儀典:re@ ウィキ

遺児

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 子供一人が生活するには、少々大仰な部屋。
 ホームセンターで一番安かったからと買ってきた、質素なテーブル。
 フローリングの上に雑多に脱ぎ捨てられた、だらしなさを象徴するような衣服類。
 液晶テレビがどうたらと言っていた世相に真っ向から反発するかのような、ブラウン管の分厚いテレビ。
 明かりの一つも点けられていない部屋の中にあって、唯一の光源となっているノートPCのディスプレイ。
 ごちゃごちゃとした配線に紛れて、これまた大量に設置された周辺機器の数々。
 趣味の漫画や小説が収められた無駄に立派な本棚、シーツが荒らされたベッド、カーテンが閉じっぱなしの窓。
 それが、今の長谷川千雨にとっての全てだった。

 まるでこの世の底辺のような光景だった。
 つまりは、今までと何も変わらない。
 これまで通り、自分はずっと底辺のままだった。

「……だりぃ」

 心底怠そうに吐き捨てる。
 右腕に刻まれたパンタローネ最期の悪あがきは、既に適当な治療が施されている。
 病院に行くつもりはなかった。明らかに不自然で人為的な傷の原因を説明するというのも面倒だったし、どこから自分の情報が漏れるか分かったものじゃない。
 かつて無駄に荒事に巻き込まれた経験から多少は応急処置の心得はある。化膿と壊死の防止に止血、道具は部屋にあった有り合わせで事足りた。残る懸念は痛みだけだったが、そんなものは今さら気にするようなことではない。
 つまるところ問題なし。少なくとも自分は、これで準備万端と言えた。

 けれど、最も大きな問題は自分とは別のところにある。


 ランサーのサーヴァント、金木研は未だ万全とは言い難い状態にあった。
 あれから幾度かの魂喰いを敢行したが、取り戻せた力の総量は失われたそれを上回ることはなかった。彼の全身には癒えぬ傷がいくつも刻まれ、魔力の嵩は戻らず疲労は蓄積されていくばかりだ。
 魔力が足りていないのだ、それも決定的に。
 千雨とてある程度の魔力を有してはいるものの、金木のかつてのマスターであるネギ・スプリングフィールドとは比するまでもなく、その魔力量は微弱に過ぎた。
 当然の話だ。なにせネギは魔力量だけ鑑みても世界トップクラスの魔法使いなのだ。積み上げた修練、魔力制御の妙、その全てが千雨など遥か後方に置き去りにしている。
 千雨がマスターとして不適というわけではない。ただ、敗退寸前の窮地から即座に復権できるほどの図抜けた「何か」がないという、ただそれだけの話だった。
 そして、そんなことは誰あろう千雨自身が、誰よりも理解していた。

「ちッ……」

 疎ましげな舌打ちを一つ、千雨は懐の携帯端末を手に取った。
 自分たちは窮状に立たされている、そしてそれを脱する有効打を持ち合わせていない。それを誰より理解しているからこそ、彼女はあらゆる手段を行使せざるを得ない。
 それは例えば、今まで無意識に目を逸らしていたこととか。
 それは例えば、元の世界での負い目から選択することのできなかった手段であるとか。

「……」

 登録されていた番号から発信して暫し、無機質なコール音が切り替わって人間の肉声がスピーカーから発せられた。

「……もしもし」
『もしもーし、ちうちゃん? うっわあ久しぶり、元気してた? 病気だって聞いたけど』
「私のことはいい。それより朝倉、ちょっと頼みがある」

 電話口から聞こえてくる間の抜けた声。今となっては懐かしくもあり、同時に悔恨の滲む相手でもあった。
 朝倉和美。かつて自分の不手際で死なせてしまった"知り合い"であり、今は千雨が聖杯に"復活"を願う"友人"だ。
 厳密には、その複製品と言うべきなのだろうが。

『えー、なんかすっごい唐突だね。というか私もこれで忙しいんだけどなー』
「無理を言ってるのは分かる。けど、頼む」
『……あーもー、病み上がりかと思えば珍しく殊勝になっちゃって!
 分かったよ、とりあえず話してみ? 力になれるかどうかは分かんないけどさ』

 朝倉は突然の無茶振りにも不機嫌を露わにすることなく、こちらの話を聞いてくれる。
 表面上はおどけていても根は面倒見のいいあいつのことだ、クラスメイトの頼みを無碍にはしないと踏んだがその通りだった。
 ……そんなことを計算に入れて行動する自分に、吐き気がした。

 ………

 ……

 …







『街で起こってる不審事件について、ねー……』

 用件を聞き終わった朝倉の声は、怪訝なものだった。
 朝倉にとっては当然の疑念だろう。たかが一介の中学生がそんなことを聞いて、一体どうするのかと。
 魔法だの妖怪だの不思議剣術だのを知らないこの世界の彼女にとっては、思い当たる節などあるはずもない。

『ねえちうちゃん、それを聞いてどうするの……なんて、聞いちゃ駄目かな』
「わりぃ」

 即答した。この一線を譲るつもりはなかった。
 朝倉に頼ったのは、偏に彼女が極めて高い情報収集能力を持つが故のことだった。例え魔法が存在せずとも、あの明らかに中学生離れしたプロフェッショナルなとんでも集団は健在だった。
 無論、朝倉の報道関係のようにあくまで常識的な分野に限った話ではあるが。
 だからこそ、情報は求めても深入りさせるつもりはなかった。ここにいる朝倉和美は、かつてとは違う正真正銘の一般人なのだから。

『……まあ、いいよ。ちうちゃんならわざわざ危ない橋渡るようなこともしないでしょ。
 でもちょーっと漠然としすぎだからねー、情報纏めるのに時間かかるけどいい?』
「どれくらいかかる?」
『そだねー、まあ明日の朝くらいには何とかいけるかなって感じ?
 ま、気長に待っててちょうだいな』
「……悪いな、本当に」
『いいっていいって、どうせ会報の準備で徹夜の予定だったし、私としても知らないことじゃないからね。ちょっと手間が増えるくらいどうってことないさ』

 けらけらと明るく笑う朝倉に、どうしても声の調子が下がってしまう。
 ここにいるのは偽物なのだと理屈で分かってはいるつもりだった。けれど、実際に声を聞いてしまえばそんな張りぼての認識は簡単に流されてしまう。
 心が、意味の分からない軋みに襲われる。

『けどさ、良かったと思うよ私は』
「……? なんだよいきなり」
『だってちうちゃん、最後に学校に来た時なんてこの世の終わりみたいな顔してたじゃん。なんか悩みでもあんのかなーとか、結構みんな心配してたんだよ。
 それが割と元気そうで安心したっていうか、これでまた学校で会えるよねっていうか』
「なんだそりゃ」

 本心から出た言葉だった。中学時代の自分はクラスから浮いた存在だったし、クラスメイトとも距離を取っていたと自覚している。そしてそれは、この世界でもまた。
 そんな自分をクラスの連中は心配してくれていたとか言うのが滑稽で、けれどあいつらならそんなもんだろうと理屈抜きで確信できてしまうのがやはり滑稽だった。

『でもさ、私らみんな心配してたってのは本当だよ。だからさ、体がもう大丈夫なら、できれば学校で顔見せて欲しいなって』
「……」
『ああもちろん、ちうちゃんの体調が最優先だけどね。あと別に恩着せてるとかそういうのでも』
「……わぁってるよ、そんなの」

 不器用な優しさが突き刺さる。それは、かつて自分が払いのけたのと同じものだったから。
 ひしひしと実感する。失ってから気付く、なんてこと。あまりにも馬鹿らし過ぎて、自嘲の笑いすら出てこない。
 けれど、だからこそ。

「じゃ、また"明日"な」
『! うん、また明日』

 ポツリ、と。通話を打ち切る小さな音。
 脱力するように携帯端末を持つ手を放りだし、背もたれに体を預ける。
 天井を向いた口から、重い溜息がついて出た。

「……今更、どうしようもねえよ」

 誰に向けての言葉でもなかった。
 あるいは、自分に向けてのものですらなかったのかもしれない。

 そんなことは、今さら言うまでもなく瞭然だった。
 最早引き返せないところまで自分たちは足を進めている。元より止まるつもりもなく、今更取り戻せるものでもない。
 ならばこれは無意識に漏れ出た弱音の類か。何とも脆弱な精神だと笑いたい気分だった。


 ――――――――。


『こんにちは、チサメ』
『偶像に縋るのは、これが最初』
『きみは、また繰り返すかな?』


 ――――――――。


 ……視界の端の道化師が嗤う。
 今日見るのは四度目だった。珍しい、普段は日に二度も見ることはなかったのに。

 視線をそらして軽く息を吐く。目を向けたディスプレイには、何の気なしに表示したかつての自分の「城」。
 もうずっと更新していない、郷愁すら湧かないネットアイドル「ちう」のHPは、最後に見た時のままずっと変わっていなかった。

「……戻れるわけねえんだ、今さら」

 失われた友人は戻ることなく。
 奪われた日常は帰ることなく。
 盲目的に奇跡へ手を伸ばすことしかできない自分が、嫌になった。


【D-6/長谷川千雨の家/一日目 夜】

【長谷川千雨@魔法先生ネギま!】
[状態]魔力消費(中)、覚悟、右腕上腕部に抉傷(応急処置済み)。
[令呪]残り一画
[装備]なし
[道具]ネギの杖(血まみれ)
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残り聖杯を手に入れる。
1.もう迷わない。何も振り返らない。
2.今日は休息に充てる。
3.また明日、か。
[備考]
この街に来た初日以外ずっと学校を欠席しています。欠席の連絡はしています。
C-5の爆発についてある程度の情報を入手しました。「仮装して救助活動を行った存在」をサーヴァントかそれに類する存在であると認識しています。
他にも得た情報があるかもしれません。そこらへんの詳細は後続の書き手に任せます。
ランサー(金木研)を使役しています。
朝倉和美(NPC)に情報収集の依頼をしています。彼女に曰く二日目早朝にはある程度の情報が纏まるものと予測しています。どの事件のどの程度の情報が集められるかに関しては後続の書き手に任せます。





   ▼  ▼  ▼





 言葉なく、ただ空を見上げていた。
 空は夕焼けの赤から既に黒へと変遷し、今はまばらに星が見えるくらいに暗くなっていた。

 夜の帳に包まれつつある、空。
 聖杯戦争が起こっているなどと到底思えないほどに、辺りは厳かな静寂に満ちていた。

「僕は……」

 青年―――金木研の表情は仮面のように動かない。ただ空を見上げるだけだ。
 失ってしまった魔力の充填、傷ついた肉体の修復、それらは一朝一夕で為されるものではなく、故に今の彼は暫しの休息を余儀なくされていた。
 こうしてマスターのいる部屋の外に出ているのは、プライバシーの保護と、気休め程度の索敵のためだった。後者の理由は、言い訳のようなものだったけど。
 マスターやサーヴァントの多くは都市部に集中し、街の外れであるここのような場所には余程の理由がない限りは訪れることはないだろう。それは今日一日で結構な距離を往復してもなお他のサーヴァントの気配を探知しなかったことからも察せられる。
 結局のところ、気まずいのだ。顔を合わせたところで何を言うこともない。事務的な連絡事項は既に終えているのだから、あとはそれぞれ勝手にしようと、そういうことだ。
 そのことについて、金木は特に不満はなかった。自分としても気は楽だった。そこに思うことは、ないわけではなかったけれど。

「僕は、勝てるのか……?」

 口をついて出たのは、そんな言葉だった。
 聖杯戦争に際する彼らの勝機は、はっきり言ってしまえば非常に薄いと言わざるを得なかった。サーヴァントたる自分はこれこの通り満身創痍、マスターたる長谷川千雨に残された令呪は一つきり。魂食いによる魔力の回復も、やり過ぎればルーラーの裁定に引っ掛かる。八方ふさがりもいいところだ。
 一寸先は闇、というように、自分たちの未来は明るくない。ともすれば次の日を迎えることなく死する可能性だって低くはなかった。
 けれど。

「いや、勝たなくちゃいけない」

 脳裏に刻むのは、その一点。
 勝たなくてはならないのだという責務だ。

 自分の肩にかかっているのは、最早自分たち主従の二人だけでは断じてない。
 ネギ・スプリングフィールド、あんていくの人々、そしてあるいはまだ見ぬ誰か。
 多くの人たちの運命を、未来を、命を、自分たちは背負っている。背負わざるを得なくなっている。
 救わなくてはならないのだ。例え何を犠牲にしようとも。

 そう思う心に否やはない。
 そのはずだ。少なくとも、この瞬間は。

 だが。
 だが、本当にそれだけなのだろうか。
 強迫観念にも似た自己犠牲、救うべき他者の存在。自分の戦う意味とは、果たしてそれだけなのだろうか。
 そんな些末な疑問にもならない疑問を、金木研という人格は思考の片隅に想起した。

 救う―――『本当に?』
 救う―――『この世のすべての不利益は本人の能力不足』
 救う―――『貴方は誰かを助けたいんじゃなく、単に自分が救われたいだけ』


「違う!」


 頭に木霊する男と女の声を振り払う。否定する、それだけで嘲笑う男女の幻は姿を消した。
 疑問は最早氷解し、既に迷いなど存在しない。躊躇も、諦観も、逡巡も、己の中からは消え去っている。

 脳裏に男女の姿はない。
 視界の端に道化師はいない。
 幻など、何処にも存在しない。














『ねえ』

『僕は救ってくれないの?』














 ―――ならば。
 ―――自分の背後に映る幼い少年は、一体何であるというのか。




【D-6/長谷川千雨の家/一日目 夜】

【ランサー(金木研)@東京喰種】
[状態]???、全身にダメージ(回復中)、疲労(大)、魔力消費(大)、『喰種』
[装備]
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:誰が相手でも。どんなこと(食人)をしてでも。聖杯を手に入れる。
1.もう迷わない。何も振り返らない。
2.今日は休息に充てる。
[備考]
長谷川千雨とマスター契約を交わしました。





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