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泥の川に流されて

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泥の川に流されて ◆ug.D6sVz5w



 ――気がつけばいつのまにか空は明るくなり始めていた。
 いかに遠目にあろうとも、見えてはいたはずの赤い十字が目印となる建物にたどり着くまでにそれだけの長い時間が過ぎたことになる。

 あの程度の距離を移動するのに忍びとしては完全に、大人であっても健康な者であるなら情けないぐらいに無駄に時間を費やした。

「まったく、この天膳としたことが情けないにも程があるわ」

 だが、呟くその言葉とは裏腹に薬師寺天膳のその顔に浮かぶのは心底楽しそうな笑みだった。 

 不死の忍者薬師寺天膳。齢にして百を有に超えし彼の人生の中でこれほどまでに心が踊るのは一体いつ以来のことであったか。
 目に映るもの全てが物珍しい。
 木々のごとく立ち並ぶ木でも石でもない建物も。大地を覆う漆黒も。立ち並ぶ灯りは行灯や提灯のそれと比べれば煌々と白く明るく、それでいて間近に寄っても何ら熱を感じはしない。窓という窓にはめ込まれているのはよくよく見ればぎやまんだ。

「く、かか」

 彼の口から笑いがこぼれる。 

「くははははははは!」

 夢ではない、幻でもない。

 こんな気持ちは忘れていた。
 あまりに昔のこと過ぎて、このような思いが己の内にあることさえわすれておった。
 ――世界はこんなにも面白い!

 本来忍びにはあるまじき振る舞い、周囲にたっぷりと己の気配を撒き散らして、薬師寺天膳は最初の目的地である建物、病院へとたどり着いたのであった。

「ふむ……ここは他の屋敷とは少々違っておるな」

 病院の前、その建物を見上げた天膳は呟いた。
 高さこそ周囲にある建物と大差ないものの、その大きさは一回り、二回りは大きい。

「この地の当主はおそらくあれに見える天守に住んでいたのであろうが……さては名のある武将か何かがこの屋敷を与えられておったのか」
 天膳はあの人類最悪とやらの言葉を思い出す。

 今現在この地にいるのは、彼自身や朧を含めた六十名。
 本来ここに住んでいたような身分のものはいないのであろうが、これほどまでに目立つ立派な屋敷だ。
 彼はここへと来るまでにあの短筒使いに一度殺され、そしてつい先ほどまでは浮かれすぎて、ついついあたりをうろつきまわりむやみに時を浪費した。 
 ならばきっと、彼がここに来るまでにたどり着いたものもいるだろう。
 それに仮に誰もいなくとも、今の天膳は何一つ武器や道具を持ってはいない。屋敷の主人がいなくとも、これほどの屋敷を与えられた者の住まいならば名刀の一本や二本見つかるであろう。

 天膳はその屋敷――病院へと近付いた。

「ふむ……門扉までギヤマン張りとは。よほどこの屋敷の主人は金を持っておるのか? だが、これでは守りには適さぬであろうに」
 こんこん、と出入り口一面に張られたガラスを叩きながら天膳は感想を漏らす。彼が知るギヤマンに比べれば門扉に使われている固さの点でははるかに上回って頑丈とはいえ、しょせんはガラスだ。
 触ってみた感じ、多少の衝撃には耐えられるであろうが天膳が全力で拳を振るえば耐えられるかどうか、おそらく9割以上の確率で3発も叩けば割れてしまうという所だろう。
 もちろん武器を用いればより容易く割れることは言うまでもない。

「それに透けておるから容易く中も窺い知れるし、ふむ……篭城するにはむかんな」
 そんな感想を抱きながら天膳は進む。
 見慣れぬ形式の門扉とはいえ、ちょうど中心の辺りのみ、やや形式が違っている。ということはおそらくはあそこが出入り口なのであろう。
 そう当たりをつけた天膳が出入り口と思われる場所まで近付いたそのときであった。

「むおっ!」

 思わず声を上げた天膳は大きく後方へと跳んだ。

「はあっ!」
 ――いやそれで終わりではない。そのまま二度、三度と跳びさがると、意識は前方へと集中したまま壁を蹴りつけそのまま「ビル」の屋上へと駆け上がる。
 着地した姿勢のそのままで、細く、早く、荒く息をしながら天膳は周囲の気配を探る。

 傍から見るものがいれば奇行としか思えぬ彼の行動、しかしそれには理由があった。
 殺気を感じたわけではない。
 何者かの気配を感じたわけでもない。
 人影らしき物すら見当たらなかった。

 ――だというのに、彼が入り口付近に近付いた途端、ギヤマンの扉が音もなくすうっと開いたのだ。
 そのような怪異、天膳には一つだけ心当たりがあった。
 それは甲賀十人衆の一人、霞刑部が使う忍術である。その忍術はただ姿を隠す隠形にとどまらず。壁などに溶け込むまさに魔性の術である。
 天膳とて一度はこの術の前に破れ、彼の手によって首の骨を折られ死亡した。
 だが彼は少し前、船の上での戦いで伊賀十人衆の一人、雨夜陣五郎と天膳の一度の死を犠牲にして討ち果たされたはずである。
 いや、筈という憶測ではない。確かにあの時天膳自身が刑部の体に刃を突き立てたのだから。

 ゆえに今、天膳が危惧するのは彼が弦之介に、甲賀の者に図られたのではないかということだった。

 確かに刑部は死んだ。討ち果たした。
 だが、甲賀の里に隠形使いは一人ではなかろう。現に一度甲賀の里に攻め込んだ折には、討ち果たした十人衆、風待将監と同じ術を用いる者もいた。
 それらから考えるとつまり奴等は十人衆のみでの決着と持ちかけておきながら、実際には他の下忍をも引きつれ移動していたのであろう。
 そもそもよく考えて見れば最初からおかしかったのだ。
 甲賀と伊賀とのあの戦い。残りの人数は双方共に5対5。最終的に勝つのは伊賀に決まっておるとはいえど、戦況的には両者互角。
 だというのにこの箱庭へと呼ばれたのは両軍の大将、甲賀弦之介と朧以外には天膳と小四郎の二人。
 だがその不均衡も姿を隠し、いるかどうかも知れぬ忍びが甲賀方にいたと考えれば、道理が通る。
 何たる卑怯なことであろう。

「おのれぃ……」
 そう悪態をつきながら天膳は周囲の気配を探る。

 ……だが、どれほど待っても気配はない。己に近付く物もない。そしていつかのごとく彼の首に手がかかることもない。

「……?」
 さすがに天膳が不審に思い始めたその時。

「む……」
 足音さえ響かせて、気配丸出しの何者かが目の前の屋敷へと近付いていくのを天膳は見つけたのであった。


 ◇ ◇ ◇


 めちゃくちゃ気持ちいいぞと誰かが言っていた。

 ――そんなでまかせを言ったばかに文句を言ってやりたかった。

 とぼとぼと歩きながら浅羽直之はそんなことを考えていた。

 確かに川の中、流されている最中はあのつめたさは心地よかった。だが、それも水からあがるまでの感想だ。

 水に流されるがままになっていた浅羽が岸へと打ちあがられたのは少し前。まずはまた何かの役に立つかもしれないと思い、のろのろと彼の周囲を同じように流されていた浮き輪をできるだけ回収した。
 とはいえ、集められたのは当初あった数の三分の一程度。彼が回収する間に下流に流されていった物や、少し前の分岐路で浅羽とは別方向に流されていった物なんかは回収できなかった。

 ぽたぽたと水滴が落ちる服はぴったりと肌に張り付いて気持ちが悪かった。
 冷やされていたせいか流されている間はましだった全身の傷が再び熱を持ち出した。
 あたまの中で何かが暴れているかのような痛みがガンガンと響いていた。

「……うわっ」
 それでもふらふらと浅羽は歩き出したが、数歩歩いた時点で足がよろけて、そのままあっさりと地面に倒れこんだ。

「ううううううう」
 地面に倒れこんだ姿勢のまま浅羽の口から声が漏れる。

 あたまがいたいうでがいたいあしがいたいからだがいたいこころがいたいいたいたいたいたいたいいたい
 ただただ全てが痛かった。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
 浅羽の口から嗚咽が漏れる。

 ――どうしてこんなことになったのだろう。
 ただ伊里野に幸せになって欲しかっただけなのに。
 どうしてこんなに今の自分は惨めになっているのだろう。
 本当に伊里野を助けられたらどうなっても良かったはずなのに。

 もしもここに伊里野がいたら今の自分をどう思うのだろう。
 もしもここに部長がいたらどうするのが正しいのか教えてくれたのだろうか。
 もしもここに榎本や椎名真由美がいたら一体なんというのだろうか。
 もしもここに晶穂がいたら……。

 もう一度彼女が自分の前に現れたとき、彼女を殺せるのか?
 いや、彼女じゃなくてもいい。部長や榎本であっても殺せるのか?
 彼らからあんな目で見られて、耐えられるのか?
 彼らからの非難の言葉を受け止められるのか?

 ぐるぐると答えの出せない問題が頭の中を飛び交ったまま、ゆっくりと身を起こすと浅羽は川に沿って歩き出した。
 こんな場所にいたのではいつ人に見つかってもおかしくはない。
 今はただ、誰も人の来ない、誰にも見つからない静かな場所でゆっくりと体を休めたかった。

 一体どれほど歩いたのだろうか。
 浮き輪を取り出したときに水も一緒に入ったせいで地図はぐちゃぐちゃ、おまけに流されつづけていた結果、自分の現在地が分からなかった浅羽であったが、やがて遠目にもわかりやすい目印となる施設、病院が見えてきた。

「えーっと……」
 最後に地図を見たのは今から二時間近く前、うっかり消滅エリアに近付いていた時のこと。慌てていた時のうろ覚えの知識から何とか自分の現在地を把握しようと試みる。

「確か……病院はB-4か5ぐらいだったっけ……? ってうわわ!?」
 今更ながらぞっとした。 
 あのまま岸に打ち上げられずに流されたままになっていたら、最悪エリアAのラインまで流されていたかもしれない。
 そうなっていたら残りの時間から考えてみても間違いなく死んで、いや消えてしまっていただろう。
 気付かなかった幸運にそっと胸をなでおろした。

「ここらへんで……痛っ!」
 だが、その安心で多少気が抜けた瞬間、全身と傷がずきりと痛んだ。
 病院まで行かなくとも、その周囲にあるビルのどこかでで体力の回復をしようと考えていた浅羽だったが、考え直した。
 確かに支給品の中にも医療セットはある。
 でもそれらだってさっきの一件で水をかぶっていたのだ。もちろん、消毒液なんかは密封されていたおかげで無事だったのだが、包帯やタオルといった傷口を覆うものが水浸しで使えない。
 だから病院に取りに行こうと思った。

「……それに病院なら」
 そう呟くと浅羽はデイパックから最後の「武器」を取り出した。
 片手に収まるサイズの小さな「武器」、これが流されていかなかったのは本当に幸運だった。
 そして浅羽は武器の入ったケースを開ける。中に入っているのは小さな3つのカプセルだ。

 浅羽の最後の支給品――それは毒薬入りのカプセルだった。小さなカプセルの中に入っているのはシアン化カリウム、別名青酸カリ。
 推理小説などにもよく出てくるこの武器をどう使用すればいいのか、最初浅羽はわからなかった。
 何せカプセル。毒ガスとは違うのだ。さっきの戦い、あの女の子との戦いでもどうやって飲ませればいいのかという迷いもあり取り出しきれなかったこの武器。
 しかし病院に行こうという考えが浮かんだその途端、ほぼ同時に使い方を思いついたのだ。

 病院に来る参加者はそのほとんどが、今の浅羽やさっきの右手のなかった女の子のように怪我をしていて、その治療のために来るのだろう。
 だが、そのための道具、麻酔や消毒液、包帯なんかに毒を仕込んでおけば――きっと警戒されることなく……殺せるはずだ。
 この殺し合いの舞台、例えば他の参加者から渡された食料を平気で食べる人なんかいやしないだろう。
 だけど、元々舞台に配置してある道具、それも食べ物以外のものに毒が仕込んであるなんて、よほどのことがない限り考えることはないはずだ。
 だから――きっとこのやり方は上手くいく。

 それにこの方法にはもう一つ、それ以上の利点がある。

 薬に毒を仕込んだ後は浅羽は隠れているだけでいいのだ。
 そう、部長や榎本、そして晶穂にもう会わないで済む!

「は、はははは……これで」
 傷の痛みに強張りながらも浅羽はようやく笑みを浮かべ、よろよろと病院へと近付いた。

「薬がおいてあるのは……あっちのほうかな?」
 病院に入って数分、浅羽は広いロビーの只中、きょろきょろと薬を保管していそうな場所を探していた。
 そうして浅羽が数歩歩いた次の瞬間。

 ――背後から吹く風を感じた。

「……え? う」
 『うわあ』などと声をあげる暇さえなく、足を払われ廊下へと叩きつけられて、強かに顔を打ちつけた。

 だがそれだけでは終わらない。その痛みにうめく暇さえなく、浅羽を更なる衝撃が襲う。

「……!?」
 痛みの言葉さえ声にはならず、ただ圧迫された肺から空気が逃げていく。
 なぞの襲撃者は浅羽の足を払った後、そのままうつぶせに倒れた浅羽の背中を踏みつけ、そのまま力を込めてきたのだ。

 ――1秒。

 ――2秒。

 そんなわずかな時間さえ信じられないほど長く感じさせるほどの苦しさ、ぱくぱくと浅羽の口が空気を求めて虚しく動く。

「――ぷはっ!」
 肺にかかる力が緩まった次の瞬間、浅羽は大きく息を吸い込んだ。
 そのまま荒く呼吸を繰り返す浅羽を先ほどまでよりは弱く、だが浅羽が動けない程度の強さを込めて踏みつけながら顔も見せない襲撃者は言った。

「――ふむ、小僧何から聞かせてもらおうか?」



 ◇ ◇ ◇


「――バカな!」
 思わず声を荒げて叫んだ後、薬師寺天膳は慌てて自らの口を押さえた。
 彼が声を荒げた理由はほかでもない。つい先ほど姿を見せた凡庸そうな小僧が、屋敷へと入っていったその光景を見たがためである。
 それもただ入っていったわけではない。
 見えざる何かが開いたギヤマンの門扉を、あの小僧はさも当然のように通り抜けたのだ。
 小僧にはどう見ても動いた門扉に驚いた様子はなかった。 

(……どういうことだ?)
 天膳はわずかの間逡巡し――

「ふっ、この俺としたことが何を女子のようにうじうじと。あの小僧の口を割らせればよいだけではないか」
 そう笑みを浮かべると彼は猫のごとく軽やかにビルよりその身を躍らせた。

 ――そして。

「ふむ、なんとも面妖な」
 先に中に入った小僧が何かを探しているうちに天膳もまた二重の門扉、その一つ目をくぐっていた。
 万が一に備え、警戒だけはしてみたものの先ほどの小僧のようにあっさりと、不可視の忍者に襲われることもなく彼もそこを通り抜けた。

「さて」
 表からは気がつかなかった二重の門扉、その第二の扉の前に天膳は立つ。
 そうして一つ目同様に扉が開くや否や、未だきょろきょろとしている小僧に襲いかかると、あっさりと地面に組み伏せたのであった。

「――ふむ、小僧何から聞かせてもらおうか?」
「だ……誰」
 答えてやる義理もなかったが、眼下の小僧はその体つきも物腰も忍びや武士のそれではない。
 ならば手早く話を聞き出すには多少落ち着かせてやった方がいいかもしれない、天膳はそう判断した。

「俺の名は薬師寺天膳よ。小僧貴様の名は」
「あ……浅羽、な……お……之」
「ふむ、浅羽とな……なんじゃこれは?」
 それほど興味がなかったこともあり、伊賀者、甲賀者以外の名は天膳は覚えていなかった。
 だが、でいぱっくとやらはあの少女に奪われた。そこで念のために適当に思いついた偽名を使ってはいないか確認しておこうと少年の荷の中身を見た天膳ではあったが、その中の荷はほとんどが水浸しであったのだ。 
 それを見て呆れたように天膳は呟いた。
 それはあくまでも独り言であったのだが、律儀にも下の少年はそれにさえ答えを返してきた。

「それは……女の子に……けほっ、襲われて川に流されたから……中に水が入って……」 
「おなごにか……と、そうじゃ、ついでに聞いておこう。おぬしここまでに他の者に出逢うたか?」
 いかに凡庸そうな小僧とはいえ、あの朧にはそのような真似はできまい、そう判断した天膳は念のためにこの小僧が朧らしき者を見ていないか確認を取る。

「…………し、知らない……最初に出会ったのがその子だったから……」
「なるほどのう」
 きちんと答えが返ってきたことに天膳は満足する。何せこの小僧に聞くべきことはいくらでもある。
 まずは――と、ここで天膳はある違和感に気がついた。

 天膳に転がされた時も、踏みつけられたときも、逃げ出そうともがいている今このときでさえも固く握り締められた少年の右手。
 あまりに不自然なその挙動に天膳の興味はそちらへと移る。

「小僧……何を隠しておる?」



 ◇ ◇ ◇


「小僧……何を隠しておる?」
 そういわれた瞬間、心臓が止まるかと思った。
 薬師寺天膳と名乗ったこの男に対して、今のところ浅羽がついた嘘はただ一つ。
 須藤晶穂に出会った事を隠しただけだ。

 どうしてそんな嘘をついたのか自分でもわからない。
 それでもこんな奴に彼女のことは教えちゃいけないと思ったのだ。

 ――だけど、怖い。嘘なんかつかなきゃ良かったのかな。

 さまざまな思いに混乱する浅羽に、天膳はさらに重ねて問い掛ける。

「聞こえなんだか? その手に何を隠しておると聞いたのだ」
「……手に?」
 そう言われてようやく、浅羽は自分がカプセルをずっと握り締めていたことに気がついた。
 そして、続けてこれを奪われたらどうしようという恐怖が浮かぶ。

 この男やさっきの女の子みたいに素手で戦うなんて、とても自分にはできない。これがないと伊里野を守れない。伊里野のために殺せない。
 嫌だ! いやだ!

「し……知らない!」
 自分でも驚くぐらいの大声で、浅羽は男の問いかけを拒絶した。
 その浅羽の返答に対して、男は
「ならば仕方あるまいな」

 ごき

 ……最初、その音が自分の体から聞こえてきたなんてわからなかった。

「……え」
 だから最初に口から出てきたのはそんな暢気な言葉だった。
 だが、一拍遅れて襲い来た焼け付くような痛みに意識が沸騰する。

「うわわわああああぁぁぁああああぁああ!!!」
「うるさいのう……どれどれ」
 浅羽の叫びを無視して、天膳は折られたせいで力の緩んだ浅羽の手から奪った物を確認する。

「い、いた……ひぃ、痛いぃぃ」
「なんじゃこれは……む?」
 浅羽の手から奪った道具、カプセルを弄くっていた天膳であったが、つい、うっかりとそのうち一つを落としてしまった。色々と弄くられていた事もあって、落ちた衝撃でカプセルの中から薬がこぼれる。

「薬か? ふむ、ほか二つもそうなのか?」
 そう言いながら念のために天膳は残り二つのうち、もう一つのカプセルをこじ開けてみた。
 地に落ちたものと同様、さらさらと薬が天膳の手にこぼれ落ちる。

「秘薬の類か……どれ、薬効はいかがな物……」
 そう呟きながら己の手の粉末をぺろりと天膳はなめた。

「こ、これはまたなんとも凶悪な……がはぁ!?」
 青酸カリは無味ではない。むしろ逆、その高いアルカリ性は口内に激痛さえ走らせる。
 その痛みにむしろ強力な薬効を期待して、粉末を飲み下した天膳は数秒後に血を吐き出した。
 致死量0.2~3グラムの強力な毒性にはいかな忍びとて耐え切れない。

 ――かくて天膳は倒れ伏し、そのままぴくりとも動かなくなった。

「……え?」
 手の痛みすら一瞬忘れ、目の前の光景を呆然と浅羽は見た。
 あまりにあっさりと去った苦難に、頭の処理能力が追いつかない。
 彼からカプセルを奪った男は何を思ったのか、青酸カリを舐めてそのまま死んでしまったのだ。

 そう、死んだ。
 目の前の男は死んでいる。
 半分以上あの男の自殺みたいな物だったとはいえ、残りの半分は彼があの男を殺したような物だった。
 伊里野を生き残らせるための第一歩を今、浅羽は踏み出したのだ。

 ――伊里野のために殺すと決めた。

 あの女の子だって殺してもいいと思った。

 だというのに。

「……うぇっ」
 きもちがわるい。
 目の前の死体には恨みしかない。だけどその死体にさえ、部長や晶穂の倒れ伏すイメージが重なって、見ていることさえ辛くなる。

 ……自分は何をしようとしていたんだろう?

 ……わからない、いやだ、かんがえたくない、これはゆめだ、きっともうすぐ目がさめてそこには伊里野が伊里野イリヤイリヤいりやいりやいりや……

 痛みや恐怖、それら以外にもさまざまな感情がごちゃ混ぜになって何も考えられなくなる。
 いや、なにも考えたくなかった。
 それでもほんのわずか残っていた理性が命じるままに、何とか最後の頼みの綱、残りたった一つのカプセルを拾い上げると、無我夢中で彼は駆け出した。

 今の彼にわかっていることは一つだけ。


 ――――もう、あの夏には戻れない。

【B-4/病院前/一日目・早朝】


【浅羽直之@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:自信喪失。茫然自失。全身に打撲・裂傷・歯形。全身生乾き。右手単純骨折。 微熱と頭痛。
[装備]:毒入りカプセル×1@現実
[道具]:デイパック、支給品一式 、ビート板+大量の浮き輪等のセット(三分の一以下に減少)@とらドラ!、カプセルを入れていたケース
[思考・状況]
0:伊里野を生き残らせる。
1:……!(何も考えたくない)
2:本当に部長や晶穂を殺せるのか?
[備考]
※参戦時期は4巻『南の島』で伊里野が出撃した後、榎本に話しかけられる前。
※浅羽が駆け出した方向は後の書き手にお任せします。

【毒入りカプセル@現実】
3つセットで支給された。
中身はシアン化カリウム、別名青酸カリ。
一応カプセルは密封状態のため、そのまま潮解反応を起こして、青酸ガスを発生させることはない。
しかし、安全のためには付属の密封ケースに入れて持ち運ぶのが望ましい。

【B-4/病院内ロビー/一日目・早朝】

【薬師寺天膳@甲賀忍法帖】
[状態]:死亡、蘇生中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:朧を護り、脱出。道中このセカイに触れる。
0:……
1:あの小僧め……よくも俺をたばかりおったな。
2:朧を探しつつ、情報収集。
[備考]
※室賀豹馬に『殺害』される前後よりの参戦。
※蘇生には最低でも残り数十分は必要。
※名前のない十人の中に甲賀十人衆、もしくはそれに準じる使い手がいると思っています。
※自動ドアの存在について学習しました。


※病院のロビーに天膳の死体(蘇生中)がころがっています。
※ロビー内に残っているシアン化カリウムはいずれ空気と反応して、有毒の青酸ガス(無色、刺激臭)を発生させます。

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