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銃と刀(後編)

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銃と刀(後編) ◆76I1qTEuZw



前編から

【4】 「英雄ならざるもの達の国」 ―― Anti-Heros ――



 青年は、追っ手の足音を背後に聞きながら、入りくんだ市街地を迷いの無い足取りで駆けていた。
 彼は緑色のセーターを着て、腰のベルトに剥き出しの大太刀を挟んでいた。
 そしてベルトの反対側には、パイナップル型をした手榴弾が2つ、引っかけてあった。

 青年がとある角に飛びこもうとした瞬間、背後で銃声が響いた。
 追っ手のパースエイダー(注・パースエイダーは銃器のこと)から放たれた散弾は、すんでのところで青年をとらえそこね、あたりの塀や建物の壁に細かい傷を刻みこんだ。青年は構わず角を曲がった。
 チラリと青年が振りかえると、交通安全用に街角に設置されたミラーに、追っ手の姿が映っていた。
 両手で長いパースエイダーを構えた、上はタンクトップ、下は迷彩柄のズボンの、若い女性だった。

 やがて、少し遅れてその角を曲がってきた女が、再び発砲した。
 青年はこれもまるで予想していたかのような動きで、近くにあった赤い郵便ポストの陰に飛びこんだ。
 散弾がポストにも命中して、金属同士がぶつかる甲高い音を立てた。
 青年はまたもや無傷だった。
 女がポンプ式の給弾装置を動かしているその隙に、ポストの陰から走りだす。
「これで5発。排莢されたもののサイズから推察して、あの長さの弾倉に入るのは8発か9発ってところだろう」
 青年は冷静にカウントし、
「あのマオという女、思ったより手強いな。射撃も正確だ。これは難敵を討ち残してしまったかな。
 でも、地の利ならば俺にある。向こうもそれは気付いたはずだ。
 弾も減ってきたし、そろそろ、焦れ始めてくるかな。仕掛けるには、いい頃合かもしれない」



「……そういえば、シズの野郎はこっちの方から来たのよね。すでに一度は通った道、ってことか」
 青年がマオと呼んだ軍人風の女性は、シズと呼んだ青年の後を追いかけながら、小さく舌打ちをした。
 シズは曲がり角があれば曲がり、街路樹があればそれが間になるように動き、しかし手近な建物の中に逃げ込むようなこともせず、当たりそうで当たらない、絶妙な間合いと位置を取り続けているのだった。
 マオは橋の近くで威嚇に使った2発のあと、この追いかけっこの中で既に3発の弾を浪費させられていた。
「自分が利用できる遮蔽物も、あたしが発砲しそうな地形も、把握済みってことね。こっちの弾切れ狙い、と」
 だいぶ軽くなってしまったパースエイダーを、恨めしそうにちらりと見た。
 そしてすぐに顔をあげて、
「でも、あいつだって手榴弾の数は限られてるはずよ。まだまだ、あたしの方が……」
 どこか自分に言い聞かせるような口調で、どこか単調にさえなりつつあったパターンで、シズの緑色のセーターの後姿が交差点を曲がるのを追いかけ、マオも少しばかり遅れて続いて、

「あ」
 そこに、シズの姿はなかった。
 傍にあった、喫茶店か何からしき店舗のドアが少しだけ揺れていて、そして、
「やば」
 角を曲がったばかりのマオの目の前に、ピンが抜けレバーも脱落した手榴弾が1つ、転がっていた。
 それを遠くに蹴りとばすだけの時間は、すでになかった。
 マオはとっさにパースエイダーを身体の前にかざしながら、思いっきり後方に倒れるように飛びのいた。
 大きな爆発が、起こった。



「……さて、今度こそ終わったかな……」
 街角の小さな喫茶店、その店内で、シズはその爆発を確認した。
 よく見れば、腰のベルトに引っ掛けられた手榴弾が、2個から1個に減っていた。
 彼が背を預けていた木製のドアにも、手榴弾から飛び散った破片がいくつも命中したようだった。シズの身体にも、それなりの振動が伝わってきた。しかし、彼があらかじめ予測していた通り、厚い木の板を貫いたものは1つもなかった。
 道路に面した喫茶店の窓ガラスは、全て砕け散っていた。もちろんガラスの破片が降り注ぐような位置は、シズは避けていた。
「悪いが、俺も英雄を気取るつもりはないんだ。策も練らせてもらうし、戦力を出し惜しみする気もない」
 爆発の余波と土煙が収まるまで、シズはその場でたっぷりと待った。
 割れた窓から、そっと外の様子を窺った。
 見える範囲に動くものがなく、聞こえる範囲にうめき声も息遣いもないことを確認すると、シズは静かに隠れていた喫茶店から歩みでた。

 手榴弾が炸裂した街角は、酷い有様になっていた。喫茶店だけでなく、周囲の建物の窓も、のきなみ割れていた。何か鮮やかな色のついたガラス片のようなものも落ちてるな、と思い、ふと頭上を見上げたら、そこにあった信号機もズタズタになっていた。

 そして、死体も肉片も見当たらなかったが、爆発の中心から少し離れた所に、小さな血溜まりがあった。
 そこから、血痕が始まっていた。親指ほどの血が、点々と通りの先へと続いていく。
 血溜まりのそばには、散弾式のパースエイダーも落ちていた。
 さっきまで、マオが撃っていたものだった。

「まだ続くようだが、確実に負傷しているな。けっこうな出血だ」
 ブービートラップの可能性に注意しながら、シズはパースエイダーを拾い上げた。
 重要な機関部に、比較的大きな破片が食い込んで、使い物にならなくなっていた。これをまた撃てるようにしようと思ったら、専門家による本格的な修理が必要なようだった。
「少しでも身軽になるために、諦めて捨てていったか。思い切りがいいな」
 ちなみに、銃身の下のチューブ型の弾倉には、シズの推測よりも1つだけ少ない数の弾が残されていた。
 続いてシズは、その場に膝をついて血溜まりをじっくり観察した。
 軽く指先で触れて、液体の感触や匂いも確認した。トラップや欺瞞に使われることもある、絵の具やケチャップなどのまがい物ではなく、やはり新鮮な血液であるようだった。
 ただ、それが誰の、何の血なのかまでは、判断する材料がなかった。
「目で見た限りでは、不自然なところはないか。陸、お前はどう思……」
 言いかけて、シズは口をつぐんだ。
 頭を軽く振る。溜息とともにデイパックを眺め、
「まったく、おまえの鼻を頼りにできないというのは辛いな。だが、これも俺が決めたことだ」
 シズは、血痕を追って歩きだした。
 追う者と追われる者が、逆転していた。

 血痕は、北東に伸びていた。
 周囲の街並みから喫茶店のような商業施設が減り、より住宅地としての色合いが強くなっていった。
 血痕は、小さな柵を乗り越え、比較的広い運動場を備えた、一階建ての建物の中に消えていた。
 妙に可愛らしい、パステルカラーと動物の絵で飾られた建物だった。
「これは、幼稚園、かな……? 待ち伏せのつもりか、それとも……」
 シズが言った。
 既に片手に刀を握っていた。デイパックは、もう1方の手でぶら下げているだけの形になっていた。
「手榴弾の数に余裕があれば、手当たり次第に投げこむこともできるんだがな」
 慎重に周囲の様子を探っていたシズは、小さくうなずくと柵を乗り越え、血痕を追った。



「ごめんね……。でも……」
 マオが言った。その両手は、真っ赤に染まっていた。



 乾きかけた血痕は、広い遊戯用の部屋へと続いていた。
 屋内用の遊具がいくつもあるようだったが、その大半は部屋の片隅に寄せて片付けられていた。
 シズは刀を片手で構えつつ、慎重にその中を覗き込んだ。視線を床の血糊から部屋の中へと移していく。
 床から連なる赤い点線は、部屋の中央に延びて、そこにあった1つのテーブルで終わっていた。
 テーブルの上には、鳥篭のようなものがあった。
「…………」
 机の上は僅かに血で濡れていた。その上に、何故か布が被せられ、中身の見えない鳥篭があった。
 羽音も、息遣いも感じられなかった。
「……あいつの血じゃ、なかった……?」
 シズは、戦闘では邪魔なデイパックを足元に落とすと、それをそこに残したまま、遊戯室に踏みこんだ。
 ゆっくり鳥篭に近づいて、少しの逡巡の後、長い大太刀の先端で、鳥篭を覆っていた布をはたきおとして、

「……なっ!?」
 思わず悲鳴のような声を上げた。
 覚悟していたものとは全く異質な、心から予想外のものを見てしまったような悲鳴だった。

 鳥篭の中では、白目を剥き、ピクピクと痙攣し、半開きのくちばしからは異様に大きな舌を零れさせ、あまつさえ白い泡さえ吹いた、黄色い羽毛に包まれた鳥らしき生物が、
 眠っていた。
 すやすやと、眠っていた。
 傷1つなかった。
 血など、1滴だって流してはいなかった。
 ただ、不可解なまでの寝つきの良さで、眠り続けていた。



 そしてシズが悲鳴を上げた瞬間、部屋の隅にあった遊具の陰から、メリッサ・マオが飛びだした。
 むき出しだったその左肩には、きっちりと包帯が巻かれていた。しかしそれでも十分には抑えきれず、早くも赤い血が滲みだしていた。左手には流血が伝った跡が、半ば乾きかけながらも残されていた。
 左肩の傷ほどは深くないようだが、身体のあちこちにも細かい傷を負っているようだった。
 止血をするタイミングを少しだけ我慢し、流れる血の跡をこの一撃のためだけに利用したせいか、その顔は貧血でかなり白くなっていた。
 自分の血に濡れた手には単発式のハンド・パースエイダー(注・拳銃のこと)が握られ、まっすぐにシズに向けられていた。

 シズが飛びのいて回避しようにも、既に遅かった。

 銃声が、響いた。




【5】 よいこのじかん
~マオおねえさんと武器(ぶき)についてべんきょうしてみよう~(3)
そのさん:トンブソン・コンテンダー(とんぷそん・こんてんだー)



 次は……って、誰よ、こんなマニアックな銃を持ってきた奴……。
 はぁ。
 あたしの支給品。
 これが。
 さいですか。
 まったく、クジ運悪いわねぇ……。
 いや、これは運というより、見えないどこかの誰かの悪意を感じるわ……。

 コホン。
 まあいいわ。今度はこれの説明ね。
 気を取り直して、マオおねーさんの武器講座、再開しましょう。

 トンプソン・センター・『コンテンダー』。
 強引にでも分類するなら『拳銃』、ということになるのだけど、いろんな意味で『拳銃らしくない』変り種ね。
 骨董品でもないのに『ある特性』のせいで現代に生き残った、他には類を見ない単発拳銃よ。

 全長は約40センチほど。
 拳銃にしては比較的長くて、でも、デザインは非常にシンプル。
 それはまるで、競技用の単発ライフルを、そのまんま小型化したみたいな形。
 複雑な機構も何もない。弾倉すらもない。
 銃として最低限必要なものしかない。弾の装填も排莢も、中折れ式のバレルをいちいち操作して行わなきゃならないわ。自動式のオートマチックはもとより、リボルバーよりも遥かに簡略化された構造をしているのね。
 だからもちろん、連射なんて無理。
 デリンジャーでさえ2発は撃てるってのに、まったく潔いというか、なんというか。

 そもそもこいつは、狩猟用ピストルとして開発されたらしいの。
 それも、大口径の弾でないと仕留められない大型獣までカバーするタイプ。
 散弾銃の説明の時にも少し触れたけど、動物を撃って仕留める、ってのは案外難しいモンなのよ。
 だけど、難しいからこそスポーツやレジャーとしては意味がある。技量を磨き、競う余地もある。
 で、散弾みたいに銃弾をばら撒くのでないのなら、1発当たりの命中精度と威力を高めるしかないのよね。
 そして部品数が少なければ、それだけ銃の精度も保ちやすくなる。強度も高められるから、強力な銃弾の反動にも耐えられる、ってわけ。
 道理は通っているのよ。一応。

 あと、構造を単純化したことで、最低限の部品交換で色んな口径の銃弾が撃てるようにもなってるのね。
 狩猟用ピストルも獲物の種類によって最適とされる弾丸は違ってくるわけで、だから売り出した側の意図としては、狙いの獲物に合わせて便利に使い分けられますよー、ってことだったみたい。
 なにせその気になればライフル用の弾まで使えるってんだから、その幅はハンパないわよねぇ。

 とはいえ、どこからどう見ても立派なゲテモノ銃。
 最初のうちは、人気が出なかったようね。
 そりゃあそうよ。いくら精度が良くたって、撃てるのが1発きりじゃ使える局面も限られる。バレル交換で複数の弾丸が使えるという長所も、そこまでするくらいならいっそ複数の銃を使い分けた方が確実だわ。ライフル弾も使えるって言っても、それなら狩猟用ライフルを使った方が早い。
 でもそれよりも何よりも、独創的過ぎたのよね。
 独創的過ぎて、理解されなかった。誰にも真価が分からなかった。

 そんなコンテンダーが評判を受けたのは、現実の狩猟とは違う分野において。
 動物の形をした金属板を撃って倒す、メタリックシルエットハンティング、っていう競技があるのよ。
 その『重たい板を押し倒す』という競技の性質上、少しでも強力な弾が撃てる銃があれば有利なのね。だから大口径のリボルバーとか、デザートイーグルとかいった、人間相手に使うにはちょっと強すぎる銃が人気になったのもこの分野。
 で、そんな世界で、拳銃弾より強いライフル弾も撃てる、命中精度もいい、となれば人気にもなるわよね。
 コンテンダーがこの競技に向いているようだ、と分かってからは、生産が追いつかなくなるほど売れたこともあったようよ。

 さて、そんな特定の競技では大人気の銃だけど、これを実戦で使えと言われても……ねぇ。
 なにせ1発しか撃てないのよ? 1回ごとに中折れ式のバレルを折って前の薬莢を取り除いて、次の弾を込め直して……敵の目の前でそんな作業をしようってのは、ま、現実的な話じゃないわね。
 銃身の交換で複数の弾丸を使い分けられる、という点も……まあ、手持ちの弾が尽きた後、敵から奪った弾丸を使いまわせるかもしれない、ってのは魅力ではあるけれど。でもそもそも、それだけコンテンダーを酷使する状況、ってのが思い浮かばないのよね。
 あとは、実戦における拳銃の最大の強みである、携行性がいまいち悪いのよ。
 デカい。長い。邪魔になる。目立つ。
 大は小を兼ねないの。特に、拳銃の世界ではね。

 とはいえ……その場にあるもので何とかしなきゃならないのが、私たち傭兵って存在。
 武器を選べる状況ならまず選ばないコンテンダーだけど、手元にそれしかないなら仕方ないわ。
 今までこなしてきた任務の最中にも、『残された弾はあと1発きり』、って状況は無かったわけじゃない。
 その『最後の1発』のつもりで、それでも『当てられる状況』『勝つための状況』を作るしかないでしょうね。

 ありあわせの材料を駆使して。
 敵の予想もしなかったような状況を、作り上げて。
 できうることなら、一瞬でも、相手の思考を真っ白にしてやって。

 ……そこまで出来たなら、その『たった1発』にすべてを賭けよう、って気にも……!




【6】 「終わってしまった話」 ―― Ten seconds after ――



「なあ、マオ」
「なに、シズ」
「最後に教えてくれないか?」
「なにを」
「今の策、どこまで本気だった?」
「ん~、手持ちのカードもなかったし、他にいい方法も思いつかなかったから。本気も本気だったわよ」
「そうか」
「どうせだから、聞いときたいんだけど……あの鳥篭、あんたはどう思った?」
「中に鳥の死体でも入っているのかと思っていた。それで負傷したかのように血痕を偽装したのでは、と」
「よっしゃ。計算通り」
「トラップが仕掛けられている可能性は、警戒していたが……まさか、『あんなもの』を見せられるとはね」
「爆弾か手榴弾でも用意できてれば、『あんなもの』に頼る必要なかったんだけどねー」
「ただ、心理的には本当に虚を突かれた。その点においては、俺の完敗だ」
「ああ、インコちゃんには悪いことしたわー。あの子を危険に晒すことには、少し良心も疼いたんだけど」
「インコちゃん?」
「あの鳥の名前よ」
「あれが、インコか。……あれでも、インコなのか」
「どうやら、そうみたい。あたしも未だに信じられないけどね」

「ねえ、シズ」
「なんだ、マオ」
「こっちも、最後に教えてくれない?」
「なにを」
「最後にあんたがやった『アレ』、狙ってなの? それとも、たまたま?」
「偶然、とでも言って欲しいのか?」
「……やっぱ狙って、だったのか。まったく、何をどうすればあんな芸ができんのよ」
「目と指と銃口を見ていれば、大体分かる。その点、散弾は分かっていても避けるしかないから、苦労した」
「はぁ……。でも、さっきのあの銃弾、本来は、ライフルに使う弾よ? 刀とか手首とか、折れないの?」
「真っ向からぶつけるんじゃない、斜めに当ててはじくんだ。この刀も相当な逸品で、そのお陰もあるがな」
「……あ~あ、やっぱ悪い夢よねぇ。弾丸を斬るサムライなんて。ほんと、さっきまでの悪夢の続きだわ」
「悪夢?」
「こっちの話よ。気にしないで」

「あーーっ…………」
「どうした」
「…………ったく、ドジこいた」
「そうか」
「……ウルズ6、ウルズ7……テッサと、カナメも……あんたらは、もっと、上手くやりなさいよー……」
「…………」
「……にたく、ないなぁ……くそぉ……」
「…………」
「…………」
「…………マオ?」



「……死んだ、か」





 【メリッサ・マオ@フルメタル・パニック!  死亡】




【エピローグ】 「支給品の国」 ―― Stand by Me ? ――



 シズは、袈裟懸けに斬られ大の字に横たわったメリッサ・マオの目を、ゆっくりと閉じてやった。
 大太刀の切っ先がつけたその傷は、即死するほどの深さではなかったが、十分に致命傷だった。
 窓の外の空は、すでに夜空とは呼べない明るさだった。
 もうすぐ朝だ。
「そういえば、そろそろ放送とやらがあるんだったな。名簿とペンが必要になるか」
 シズはそう言って、この部屋に入る際、部屋の入り口に残してきた自分のデイパックを拾おうとして、
「……これは」
 硬い表情で、凍りついた。

 デイパックに、大きな穴が開いていた。
 その穴から、まだ温かい血が、静かに流れ出していた。

「さっきはじいた弾丸が、ちょうどここに飛んできたのか。なんという、偶然だろうね」
 シズは、荷物の中を改めた。
 白いふさふさした毛を真っ赤な血で染めた、陸が引っ張りだされた。
 大型獣の狩猟にも使われるライフル用の強力な弾は、大型犬の心臓のあたりを綺麗に破壊していた。
 苦しむ間すらなかったであろう、即死だった。

 水の入ったペットボトルも、その大半が壊れて中身を零れさせていた。
 地図も名簿も、陸の血と水まみれてほとんど読めなくなっていた。
 丁寧に探せばまだ使えるものは見つかったかもしれないが、シズはそれを諦めた。
 代わりにシズは、マオの遺体が持っていた荷物を、デイパックごと奪うことにした。包帯は少し減っていたが、地図や名簿などは一通り揃っているようだった。
 彼女が最後に持っていたハンド・パースエイダー(注・拳銃のこと)も、少し迷った末に拾って入れた。

「せめて、陸だけでも葬ってやらないとな。探せばシャベルくらいあるだろう。花壇あたりなら楽にできるかな」
 シズはつぶやいて、
「お前は、最後まで俺に従うつもりだったんだな。あの不意打ちの時、警告を発することもできたろうに」
 いまさら気がついたかのように、溜息を漏らした。
 そして陸の死体を眺めた。
 その眠るような死に顔までもが、どこか笑っているようだった。

「なら、私も自分の決めたことをやり遂げよう。お前が自分の決めたことを貫き通したようにね」

 そう言ったシズの顔には、いままでにない、静かで穏やかな笑顔が浮かんでいた。



「オッ、オハ、オッハッ……オハヨッ」
「おや、起きたのかい」
 陸の遺体を注意深く抱き上げたシズは、そして急に上がった声に振り向いた。
 銃声にも目を覚まさなかった例の醜いインコが、意味不明な痙攣と共に首を傾け、言葉を発していた。
 そんなインコちゃんに、シズはしかし、腕の中の陸と見比べ、小さく微笑んで、
「そうだね……お前も、私と一緒に来るかい? “支給品”なら、私も無理に殺す必要もないようだし」
「クッ、ククク、クルシューナイ!」
「苦しゅうない、と来たか。じゃあ、行こうか」
「アサーッ! オッハヨー! アーサー!」
「ああ、朝だね」
 シズは答えた。
 片方の脇に陸の遺体を抱え、もう一方の手でインコちゃんの鳥篭を提げ、そのまま遊戯室から出て行った。
 袈裟懸けに斬られた女の遺体と、穴が開き血で汚れたデイパックだけが、その場に残された。

 外はすっかり明るくなっていた。
 もうすぐ、日が昇る。 




【C-4/市街地・C-4の北東の隅のあたり・小さな幼稚園内/一日目・早朝】

【シズ@キノの旅】
[状態]健康
[装備]贄殿遮那@灼眼のシャナ、パイナップル型手榴弾×1、インコちゃん@とらドラ!(鳥篭つき)、
     陸@キノの旅 の遺体
[道具]デイパック、支給品一式、トンプソン・コンテンダー(0/1)@現実、コンテンダーの交換パーツ、
    コンテンダーの弾(5.56mm×45弾)×10
[思考]
1:まずは今いる幼稚園の花壇あたりにでも、陸を埋葬してやる。
2:優勝して、元の世界・元の時間に戻って使命を果たす。
3:未来の自分が負けたらしいキノという参加者を警戒。
4:インコちゃんを当面の旅の道連れとする。
[備考]
※参戦時期は、「少なくとも当人の認識の上では」キノの旅6巻『祝福のつもり』より前です。
 腹部に傷跡が残っているかどうかは不明です。冒頭の陸の考察の真偽はまだ不明です。

※自分のことを、「俺」でなく「私」と呼ぶようになりました。
※今のデイパックおよび支給品一式は、シズに支給されたものではなく、元はマオの持っていたものです。

※C-4市街地の北東部(幼稚園の建物の中)、メリッサ・マオの死体の傍に、
 穴が開いたデイパック、血に濡れたり穴が開いたりしている支給品一式、が残されています。
※C-4の、川の北東側の市街地のどこかに、壊れたモスバーグM590(3/9)@現実 が落ちています。
 その地点から幼稚園まで、点々と血痕が残されています。


【パイナップル型手榴弾(マークⅡ手榴弾)@現実】
 シズに支給された。
 あまりに有名な手榴弾のスタンダード。元は第二次世界大戦の米軍のもの。
 3個セットで支給された。


【トンプソン・センター・コンテンダー(G2)@現実】
 現代では珍しい、単発式で中折れ式の拳銃。
 具体的には2000年代になってからグリップなどに手が加えられたG2モデル。
 初期状態でセットされていたのは、米軍のM16ライフルと同じ5.56mm×45弾と、それを撃つための銃身。
 また、同じ弾が予備用として10発同封されていた。
 なお、口径違いの弾用の、交換パーツも何種類かセットで同封されている。

 (具体的にどの弾のものがあるのかは不明です。詳細は後続にお任せします)


【インコちゃん@とらドラ!】
 高須家のペットのインコ。
 獣医でさえも「これ本当にインコですか?」と素で疑ってしまうほどブサイクな容貌を持つ。
 特に寝ている時の寝顔は強烈。
 元々声真似をするインコだが、妙に言葉が達者で、どこで覚えたのかよく分からない言葉を放つ。
 知能自体はただの鳥、のはずなのだが、妙に周囲の人間と会話が噛み合う。
 また、なぜか自分の名前だけはきちんと言うことはできない。
 今回、彼の住処である鳥篭と、夜間その鳥篭にかけてある布のカバーがセットで支給されている。


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