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喧嘩番長

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喧嘩番長 ◆MjBTB/MO3I



人類最悪、という名を冠した狐面の男。
そんな彼が主催した今回のゲームにていずれ行われると宣言されていた"放送"。
それが遂に始まり、終わった。
名簿にてたった二文字の言葉でその存在を表現された女性、"師匠"は顔を顰める。
理由は当然、放送にある。だがそれは決して"呼ばれた名前"によるものではなかった。

(元の世界が同一ではない。別々の世界。フィクションで言うところの、"異世界"ですか……)

さて、確認しよう。
師匠は金品に関しては激しく人が変わる俗な一面を持つ人間ではあるが、一応現実的である。
否、現実的であるからこそ金品に対し目の色を変えるのである。
つまりは普通の人間。こと戦闘等において鬼の如き強さを発揮する事以外は、彼女は普通の人間なのだ。
なまじ朝倉涼子と互角に闘ったおかげで忘れていた者も多いのではないだろうか。
しかし忘れてはならない。彼女はあくまで人間である。そう、朝倉涼子とは違う、現実的な。

(随分と突飛ですね……)

故に、だ。
彼女は疑問を抱く以前に、納得が出来ないでいた。
しかしながらそれは当然だ。急に異世界がありますよと言われても困るものは困る。
都市国家間で文明の隔たりがあるのは常識であると認知して入るが、それとこれとは話が違うのだ。
"違う国から来た"ならまだしも、"違う世界から来た"とは一体なんだ。理解に苦しむ。混沌に過ぎる。
だが。

(しかし、そうなると……朝倉涼子やあの"眼の少女"の説明が出来ない)

それでは、例えば朝倉涼子の様に人間離れの力を持つ者達の説明が出来ない。
殺すには容易過ぎる人間がいるこの地で明らかに"浮いた存在"の者。
放送のあの言葉を借りるならば、大海の中の淡水魚。またはその逆。
弱肉強食すら生温い、そんな突飛な存在。それらはどう説明すれば良いのか。

(例えあの不可解極まりない狐面の言う事でも、さすがに今回は「そうですか」と流すわけにはいかないようですね)

簡単に信用するわけではない。決定的な証拠などどこにも存在はしないから。
故に今回は"保留"としておく。信じるわけではなく、だが執拗に突っぱねることもしない一応の"保留"だ。

(まあ、本来の問題はそこではないですね……問題は、この後)

別に自分の見知った人物が放送で呼ばれたわけでもないので、本来この放送は元々"ほぼ"意味を成さないものである。
だから、放送へのリアクションとしては、今は朝倉涼子に対してこう告げるだけに留めておこう。

「話があります。警察署についたら覚悟をしておきなさい」

後ろに座している朝倉涼子の体がビクリと跳ねた。


       ◇       ◇       ◇


「気に入りませんね。ええ、気に入りません」

バレた。

「私はあの後"一点です"と言いましたが……遺憾です。やはり零点でしたね、間違いなく」

思い切りバレた。

「自分から協定を持ちかけておきながらこれでは……」

全部あの狐面のあの男の所為だ。
まさかこうまで白日の下に晒してくれるとは。
というか、危うく放送の存在を忘れかけていたのが仇だったか。

「何故水面下で勝手な行動を取るのですか?」

警察署、一階ロビー。
現在そこで朝倉涼子は、師匠から"姫路瑞希の処遇"に関する小言を受けている。

きっかけは放送。
そう、師匠は姫路瑞希の名が呼ばれなかったことに疑問を抱いたのだ。
朝倉自身も「しまった」といった具合だったのも手伝い、放送直後にすぐさま感づかれる始末。
しかも"指示に従わなかった"という事実が露骨に浮き彫りになるオマケつきだ。
こうしたイレギュラーが度々重なった事で、師匠の苛々はウォー○マン式に増えてしまったらしい。
そんなこんなで結果、このネチネチとした小言に至るわけである。

だが、朝倉にも言い分はある。
朝倉はこの椅子取りゲーム開始時に"師匠と取引をしている"。
内容は既に諸君らの把握通り。早い話が朝倉は"金塊で師匠を購入した"と同義なのだ。
更に乱暴に表現をすれば、金を払っている以上は師匠は朝倉の所有物である。
実際のところ流石にそこまでの結論には至らなくとも、朝倉は師匠との"対等な関係"を望んでいた。
単純な"力"という部門ではそれは実現している。互いに互いを半端に陥れようとすれば、痛い目を見る。
いや、それどころか陥れようとする事すら難しい程に拮抗した力関係なのである。
だからこそ今まで問題なく付き合えたのだが。

「師匠」
「何ですか?」
「どうしてあなたにそこまで縛られなくてはいけないの? 私達、対等よね?」
「戦闘に関しては確かにそうでしたね。それは悔しいですが、今は互角であると認めましょう」

その筈なのに、あからさまに師匠が主導権を握ろうとしているのはおかしいのではないのだろうか。
そうだ、確実におかしい。そもそも自分と師匠は同盟を組んでいる立場。どちらかが精神的に抑え付けられるのはおかしい。
つまり今は、戦闘力以外での力関係がおかしいのだ。天秤が傾きすぎているのだ。

「私は遊びでやっているわけじゃないわ。それは確かに、好奇心で動いていた場面もあったけど。
 あったけど、でも、それらは私達二人でこの先人間を殺し切る面倒を解消する為の行動でもあるわ。云わば気遣いよ」
「そんな気遣いなど不要です。それに理由などどうでも良いのです。今私が訊きたいのは、"何故勝手に行動を取るのか"です。
 自分がやりたいことがあるのならばはっきりと言えば良いではないですか。論理で武装し、説き伏せられれば文句は言いません」

それは確かにそうだが。

「けれど、あなたは勝手に金目のものを探しているじゃない? 私に勝手は許さず、自分は自分の赴くままに。
 それって、人間がコミュニティを築き上げる際には非常に非合理的であると私は思うの。
 この同盟が互いを力で抑え付ける冷戦のものの様なピリピリしたものであっても……いや、だからこそよ。
 だからこそ、貴方が自由に行動する権利を行使するならその分私も自由に行動する権利を行使出来る。そう思うの」

一方がやりたい放題、というのも面白くない。

「それに人間の俗な言葉を借りるならば、貴方のその"上から目線"も気になるわ。少し不可解なのよね。
 私の力を見た上で慢心しているのか。それとも性分なのか。仲良しこよしを望むわけではないけれど、前者なら大問題ね」

人間が所謂上司に対して怒りを覚える要因は、この様なものなのだろうか。

「"喧嘩するほど仲が良い"という諺があるわ。そして人間には喧嘩している者を止めずに"納得行くまでやらせよう"と言う者もいた。
 ねぇ師匠。私達、まだまだ相互の理解が不十分である気がするの。だから……一度やってみない? "喧嘩"。確かめたい事もあるし」

今の自分を俯瞰すれば、まさに今は不当な行いに対し苛立ちを覚えた人間に似たものであるという結論が出た。
自分自身にバグが溜まって行くかのような漠然とした恐怖。更にこのままでは師匠との関係が終了するかもしれないという危機感。
朝倉はそれら全部を解消する為、一度人間流に"喧嘩"をしてみようかと考えたのである。
いや、むしろ、というより、

「結果……その"上から目線"も、変わるかもしれない」

ちょっと気に入らない部分があるので、それをぶつけてみたかった。


       ◇       ◇       ◇


「そもそも私はね、現場が手をこまねいている状況で、そうと知らずに労働者を抑え付ける"上"が嫌いなの」
「そうですか。私もです」

師匠が蹴り、朝倉が受け止める。

「師匠、今のあなたが"それ"よ。二人で全員を殺しきるなんて面倒にも程があるわ。だからこそ私は"武器"を撒いた。
 温泉での姫路瑞希という少女を、自律行動の可能な武器に仕立て上げたのはその為よ。少しでも早く済んだ方が良いじゃない?」
「それが余計な気遣いといったのです」

朝倉が殴ると、師匠は避ける。

「そこよ、師匠。そうやって現場の行動を全否定。自分は自由に動いている代わりに、私の行動を肯定的に見ないじゃない」
「いいえ。仮にその行動自体を是としましょう。しかしさっきから言っていますが私が気に入らないのは貴方の"勝手な行動"自体です」

ルールは、銃器や異能の使用不可。それのみ。

「これもさっきから言ってるけど、自分だって金目のものを勝手に探してた癖に……」
「私は貴方にその旨を伝えた上で行動しています。あれは"勝手"ではなく申告制です。貴方とは違うんです」

基本は徒手空拳。

「じゃあ私が姫路瑞希を殺さないでおこうと申告したら?」
「断ります」

戦いに必要なのは、腕と脚と口である。

「やっぱり! 私は師匠の行動を咎めるつもりは無いのにそちらは咎め放題というのはフェアではないわよね?」
「咎められるような事をしているつもりは無いのですが。あなたが止めないというのはそういうことでしょう?」

いざ!

「……師匠って、友達少ないでしょ?」
「…………」

朝倉の口撃に対し、師匠の突きが唸る。危うく耳を掠めた。


       ◇       ◇       ◇


で。数十秒後。ロビーは静寂に包まれていた。
決着がついたわけではない。むしろ決着がつかない所為で沈黙が続いているのである。
結局泥沼化か、と師匠はため息をつく。しかし正直予測出来た事態であったので何も言えない。
力の一号技の二号とどこぞの英雄達ではないのだが、やはりまともにぶつかり合っても事態は悪化するばかりなのだ。
何せこの自分と互角という初めての相手である。更に朝倉涼子が人間らしからぬ存在である事も、ぶつかりあった事で改めて確認する。
"あれ"に巻き込まれたものは可哀想だ。
妙な形にひしゃげた椅子。少しではあるが凹んでいる床や柱。なんとまぁ哀れな姿にされたことか。
最初は槍や反射神経等々を見て脅威を感じた。だがそれ以上にあの身に隠されたただの単純な"力"も恐ろしいのだ。
師匠は水族館での奇襲失敗の折、そしてそれから延々と、朝倉涼子が一筋縄ではいかない実力を備えている事を実感させられ続けている。

そして、現在師匠と朝倉は互いに不可視の場所へと身を隠していた。
戦場が警察署の一階ロビーであることは変化無し。問題は位置関係。
師匠が受付の机に、朝倉は巨大な柱の向こうに潜んでいるのだ。

受付の机は安い四脚テーブルではない。大企業の本社にある様なそれらと同じ、受付嬢らの下半身が隠れるような作りとなっている。
対して朝倉が潜む巨大な柱も、見栄えを意識したのか人間がすっぽりと隠れてしまう程に太かった。
そして、互いに停止。自分から動こうという気が毛頭ないのは自分も相手も同じなのだろう、と師匠は容易に悟ることが出来た。

最後に見た朝倉の表情から察するに、彼女も自分の攻撃が相変わらず当たらない事に危機感を覚えたに違いない。
当然だ。また全部避けてやった。当たりそうになった攻撃は最小限の力で逸らす事で事無きを得ている。
威力は殺したが結局は顔面を殴られたあの嫌な事件が脳裏を掠めたものの、とりあえずセーフ。
そうなるとこちらとしても警戒無しに突っ込むのは遠慮願いたいし、必然的に距離を離すことになってしまう。
そうして、今に至るわけだ。

銃があれば賭けに出られたかもしれないが、ルール上無理。
律儀に護ってやる必要は無いのかもしれないが、相手も徒手空拳で来た以上は護らねばなるまい。
ああ、結局朝倉の望む"喧嘩"が出来たのは最初の数十秒間だけだった。
残る時間は武器も無いままに好機を待つ為に隠れるだけ。そうせざるを得ない状況。
やはり自分達がぶつかり合うと、こんな非建設的な結果しか待っていないのだ。

『了承しました。ですが私が今……いえ、これからの三日間の間にあなたを裏切って奪い取ろうとするかもしれませんよ?』
『それは大丈夫。私を相手にして"それを簡単に出来るとは自分でも思ってない"でしょ?』
『逆にあなたが逃げないという保証もありませんが』
『"それが簡単に出来ない事も私は知ってる"わ』
『……なるほど。確かにそうです、そうでしょうね』

今更実感する。まさしく、その通りだった。

「参りましたね……」

恐らく、今から自分が不用意にて朝倉を屈服しに行けばとんでもないカウンターを喰らうだろう。
同じく、自分に対して朝倉が向かってくれば返り討ちにするだけだ。無謀な突進などわけは無い。
今は正に"どちらかが動けば負ける"という非常に面倒な状況であると言えよう。どうしてこうなった。
正直に言おう、面倒くさい。少し冷えた頭で考えれば、何故こんな事をしているのだろうか。

互いに手出しが出来なくなって結局距離を取らざるを得なくなるスデゴロ、なんて実に新しい。新しすぎて誰もやらない。
熱くなりすぎて喧嘩を買ってしまったのは良いのだが、互いにこんな展開は望んではいなかった筈だ。
勿論その気になれば一時間も二時間も好機を待つことは出来よう。師匠はそんな人間である。
だがそれは拙い。安全であろう箇所に放置したあのもう一人の少女(注・拾い物。物を曲げる者だけを指す)はどうなる。
このままじっとしていたら今に起き上がって、逃げるかもしくは馬鹿らしく手を拱いている自分達を始末するだろう。
乱入者も現れるかもしれない。もうそうなれば色々な意味で面倒くさい。まだこの警察署も物色していないというのに。

大事な事なので二度言おう、どうしてこんな事になってしまったのだろう。何故自分達はこんな馬鹿げた事を始めてしまったのか。
思えば喧嘩するほどの事ではなかったのではないだろうか。朝倉涼子にきちんと説明すれば良いのではなかったのか。
覚めてきた頭で自分の行動を省みれば、正直少しばかり言い過ぎた気までしてくるのが不思議だ。
いや……

(良く考えれば……私も"前提がおかしかった"でしょうか。朝倉涼子は朝倉涼子であって"彼"ではない事を忘れていた気がしますね)

きっと多分、恐らく、もしかしたら言い過ぎた、かもしれない。そんな可能性がある。
何せ相手は見知ったあの"弟子"では無かったのだ。ならば当然彼とは違った形での反発も起きるというものであろう。
今回のこの騒動は、相手が違うというのにいつものテンションを維持しすぎた自分のミスかもしれない。
いつも通りにやりたいならば、もう少し朝倉涼子を自分好みに"調教"してからではないといけなかったのだ。
そもそも相手は弟子でもなんでもないのだから、もう少し反応を窺うべきだったのだろう。

それに、自分も妙に苛立ちが過ぎていた気がする。
いつも通りに事を運んでいる割には、朝倉涼子との連携精度の悪さも相まって些細であった筈の苛立ちが蓄積したのだろう。
奇襲に失敗し、あまつさえ相手を一方的に圧倒するに至らなかった最初の事件から、既に自分はおかしかったかもしれない。
いや、それ以前の問題だ。自分がこんな場所にいる事がそもそも腹立たしいことだったのだ。
ベルトにも今やカノンも、挙句ホルスターすらもなく寂しい。あの当たり前に存在していた重量感が無い事に違和感を覚える。
なるほど。こういう違和感と苛立ちの積み重ねだったのだろうか。
と同時に師匠まさかの反省。反省した結果に"調教"という物騒な言葉が入った辺りは流石と言った具合ではあるが。
転んでもただでは起きない傲慢さが滲み出る妙な反省会だったものの、元の世界の弟子辺りが見たら泣くのではないだろうか。

(とりあえずここは大人である自分が余裕を持って一歩引いてあげるべきですね。今後の為に調教はしっかりと……ええ、覚えましたよ)

もう良い。負けを認めるのではないから、別に悔しくは無いのだ。
少し大人の余裕を見せるだけ。別に悔しくなんか無いんだからね。
これ以上"時間の無駄"としか言いようが無い喧嘩を続けるわけには行かないので、師匠は立ち上がる。
そして柱の向こうにいる相手に対して「もう良いです。やめましょう」と言おうとした。

「……?」

のだが、見れば既に相手は柱の影から姿を現していた。しかも、

「師匠……ちょっと言いすぎたわ。ごめんなさい。体動かして言いたい事好き放題言ったら、なんだかすっきりしちゃった」
「……はあ」
「よく考えたら、確かに師匠が隠し事をしていないのに私だけが隠し事というのもフェアじゃないわよね」
「…………ええ」
「これ以上は時間の無駄だし……その無駄を提案してしまった私のミスについても謝らないといけないしね」
「………………はい」
「ごめんなさい、師匠。これからはもうちょっと器用に立ち回ることにするわ。怒りを買うのも嫌だし。
 これからは互いに冷静に行きましょ。互いに意地を張りすぎるのも弱点だって気もしたしね。うん、得るものはあったわ」
「……………………そうですか」

先に謝ってきた。
なんだろう。ちょっと悔しい。まるで相手のほうが大人の対応をしているようじゃないか。
だが、面倒ごとが消えたのでまあ良い。まあ良いとしよう。
とりあえず今は、警察署の物色に移行する。それだけである。
抱いた悔しさは仕方が無いので一旦置き、そんな事を考える師匠であった。

結局、あの苦労はなんだったのだろう。





       ◇       ◇       ◇





モヤモヤした感情をぶつけるが如く、師匠が警察署の中で金目の物を探しています。
留守番中の朝倉涼子と近くに放置されている浅上藤乃達と共にしばらくお待ち下さい。





       ◇       ◇       ◇





「探索は終わりました。残念ですが武器の類は無く、収穫は再びゼロ……遺憾でした。
 ついでに中にあった地図も私たちの持つそれらとは変わりなし。意図的に伏せられたとも考えられますが、果たして……」
「そう……残念。じゃあどうする? 乗り物とか」
「このパトカーを頂きましょう」
「やっぱり」
「それも一台や二台ではありません……全部です」
「やっぱり。でも四台も拾ってどうするの? 全部乗り倒すつもり?」
「それも良いですが、数があればバリケード代わりにでも使えるでしょう。乗車が全てではありませんから。
 では今度は運転席に私が乗ります。後部座席でその"拾い物"が妙な事をしないよう見張りなさい。貴方の仕事です」
「了解したわ。あ、今更だけどキーは?」
「あります」

喧嘩の後に始まった師匠の物色タイムを経て、朝倉達は再び合流。用事も終了したので外に出ていた。
背中には未だ目覚めない魔眼の少女。そろそろ目覚めても良いはずだが、あれ程騒いだというのに兆候は無い。
加減を間違えたのだろうか。起きてくれれば移動も非常に楽なのだが。

「それにしたって、サイドカーがすっかり死蔵状態なのは寂しいわね……折角引き当てたのに」
「そんな事はありませんよ。これから路地での戦闘が起これば嫌でも酷使することになるでしょうから。
 あれの小回りの良さは軽視出来ませんし、攻撃に転じる容易さは自動車に勝りますからね。貴方も良い支給品を手に入れたものです」
「……師匠、急にどうしたの? 私を褒めたことなんて一度も無かったのに」
「事実を述べているだけです」
「変化が急激過ぎて違和感を抱かざるを得ないわ……これが人間の抱く"気持ち悪いと表現される嫌悪感"というものなのかしら……」
「移動方法を変更します。このまま貴方だけ車外でマラソンという形式にしましょう」
「悪かったわ」
「変更案を破棄します」
「良かったわ」

そうした漫才染みた会話を経て、辺りの様子を軽く眺めてみた。
不審者はいない。改めて実感したのは、ゲーム開始から数時間経ったおかげで辺りもうすっかり明るくなっている事のみ。
既に何時間も経過した後だ。おそらくこの舞台の北側、そのいくつかの"エリア"は既に何らかの力で封鎖されているのだろう。

しかしそれでも目的は変わらない。変わらず他の"ゲームの参加者"を殺し尽くすだけだ。
師匠との衝突もあったが、互いにこんな面倒ごとは御免だろうからこんな事もしばらくは起きないだろう、きっと。
何も問題はない。後はきちんと目的を完遂して涼宮ハルヒを保護出来れば、問題はないのだ――――

――――と言いたいところだが、その前に朝倉には師匠に言わねばならないことがあった。
現在、最も懸念すべき情報。それを、共有しておかねばなるまい。

「師匠……早速だけど、正直に伝えたいことがあるわ」
「なんでしょう」

今回の涼宮ハルヒを生存計画において、最悪の障害と最強の協力者のどちらかになる筈だった同類。
恐らくは誰もが手出し出来ぬはずであった強大な存在。恐らく放送で呼ばれることは無いはずであった固体。
同じ情報統合思念体によって製造され、最も涼宮ハルヒに近い位置に座る同業者。
恐らく、師匠無しでは決して勝利する事は出来ないであろう、分厚く高い壁。

パーソナル・ネーム"長門有希"。

その彼女に関する、驚くべき、そして信じられぬ報告が放送された事を伝えなくてはいけない。
師匠は、どう思うだろうか。正直、切実な問題なので真剣に考えて欲しい。
自分の危機感は通じるだろうか。いや、話せばわかってくれるはず。

「率直に言うけど……私や師匠より強い存在が、さっき名前を呼ばれたわ」

"あの長門有希"が死んだという恐るべき事実。
そこから浮かび上がるのは、つまり、この世界にはとんでもない強者が潜んでいるという事。

「詳しいスペックは後で話すわ。けれど、私が"自分に有利な状況を作ったけれど敗北した"と言うと、彼女の脅威が解ると思う」

師匠がこちらを見た。常々余裕が見て取れるその瞳からは、流石に驚きという感情も見え隠れしている。
いつもの彼女のポーカーフェイスが、僅かながら崩れた。

「彼女のパーソナルネームは長門有希。私の同業者であり、私より重大な任務について、私よりも強大だった存在。
 もう一度言うわ……その彼女が、死んだそうよ。誇張無く、師匠よりも強いはずのあの特別な固体の名が今、放送で呼ばれたの」

それはつまり、自分達の身を脅かす程の脅威が存在している可能性が高いという事に他ならない。

「師匠……やっぱり私たち、もう少し気合を入れるべきだったわ。喧嘩なんてしている場合じゃない」

故に、

「利用し合うのは結構。仲良しこよしの関係になろうとは言わない……けれど、もう少し互いに協力する意思も見せないと……」

おそらく、

「私達、多分死ぬかも」


       ◇       ◇       ◇


流石に朝倉涼子が真剣な表情で放った言葉を突っぱねるのは愚の極みとも思えた。
故に師匠は反論をせずに、一言「そうですか」と返事をし、朝倉達と共にパトカーに乗り込んだのであった。

確かに、気合を入れなおすべきだろう。苛立ちを覚えている暇は無かった。
これからはもう少し臨機応変に行動をしなくてならない。
まさか朝倉涼子からそれを教わる事になるとは思わなかった。
この街に潜む脅威。自分達はそれを意識するべきであろう。よく理解した。
これからは更に気を引き締めなければ。













だが金目のものは探す。


【D-3/警察署前/一日目・朝】

【師匠@キノの旅】
[状態]:健康。パトカー運転中。
[装備]:FN P90(50/50発)@現実、FN P90の予備弾倉(50/50x18)@現実、両儀式のナイフ@空の境界、パトカー(1/4)@現実
[道具]:デイパック、基本支給品、金の延棒x5本@現実、医療品、 パトカー(3/4)@現実
[思考・状況]
 基本:金目の物をありったけ集め、他の人間達を皆殺しにして生還する。
 1:天守閣の方へと向かう。
 2:朝倉涼子を利用する。
 3:浅上藤乃を同行させることを一応承認。ただし、必要なら処分も考える。よりよい武器が手に入ったら殺す?


【朝倉涼子@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:健康。パトカー後部座席に乗車中。
[装備]:シズの刀@キノの旅
[道具]:デイパック×4、基本支給品×4、金の延棒x5本@現実、軍用サイドカー@現実、蓑念鬼の棒@甲賀忍法帖、
     フライパン@現実、人別帖@甲賀忍法帖、ウエディングドレス、アキちゃんの隠し撮り写真@バカとテストと召喚獣
[思考・状況]
 基本:涼宮ハルヒを生還させるべく行動する。
 1:天守閣の方へと向かう。
 2: 師匠を利用する。
 3:SOS料に見合った何かを探す。
 4:浅上藤乃を篭絡し、活用する。無理なようなら殺す。
[備考]
 登場時期は「涼宮ハルヒの憂鬱」内で長門有希により消滅させられた後。
 銃器の知識や乗り物の運転スキル。施設の名前など消滅させられる以前に持っていなかった知識をもっているようです。


【浅上藤乃@空の境界】
[状態]:気絶。無痛症状態。腹部の痛み消失。パトカー後部座席に乗車中。
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:湊啓太への復讐を。
0:(気絶中)
1:朝倉涼子と師匠への対処? 朝倉涼子の「協力」の申し出を検討する?
2:他の参加者から湊啓太の行方を聞き出す。
3:後のことは復讐を終えたそのときに。
[備考]
 腹部の痛みは刺されたものによるのではなく病気(盲腸炎)のせいです。朝倉涼子の見立てでは、3日間は持ちません。
 「歪曲」の力は痛みのある間しか使えず、不定期に無痛症の状態に戻ってしまいます。
 「痛覚残留」の途中、喫茶店で鮮花と別れたあたりからの参戦です。(最後の対決のほぼ2日前)
 湊啓太がこの会場内にいると確信しました。
 そもそも参加者名簿を見ていないために他の参加者が誰なのか知りません。
 警察署内で会場の地図を確認しました。ある程度の施設の配置を知りました。



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