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「謀反が起きた国」― BATTLE ROYAL IXA ―

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「謀反が起きた国」― BATTLE ROYAL IXA ― ◆LxH6hCs9JU



 両脇に土塀がある道を、一台のパトカー(注・四輪車。白黒のものだけを指す)が走っていた。
 パトカーの助手席には、セーラー服を着た十代中頃の少女が座っていた。
 運転席には、艶やかな長い黒髪の妙齢の女性が座っていた。
 後部座席には、修道服を着た少女が横になっていた。

「見えてきたわよ。師匠の目的地」

 助手席の少女、朝倉涼子が言った。

「何度か寄り道を挟みましたが、ようやくですね」

 運転席の女性、師匠が言った。

「…………」

 後部座席の少女、浅上藤乃はなにも言わなかった。

 塀を越えた先の景色に、空高く伸びる楼閣の姿が見える。
 日本という国の古き時代、王様が居城としていた建造物。
 豪勢な家屋か、防衛拠点か、ただの物置か、ここでの用途はまだ定かではない。
 ただ、金目のものは幾らか置いてあるはず。それだけは間違いないだろう。

 朝倉涼子と師匠は、火事場泥棒という目的を持って天守閣に向かう。
 朝倉涼子に拾われた浅上藤乃も、意識がない間にそれに同行する。
 今も尚、世界のいたるところで殺し合いが行われていた。
 彼女たちの横暴を取り締まる人間は、誰一人としていなかった。


 ◇ ◇ ◇


 石と木で造られた城は見た目にも堅牢で、中に入ってみてもその印象は損なわれなかった。
 侵入者用の罠を警戒してもいたが、そういったものはなく、城内潜入は滞りなく完了した。
 廊下は木の板で作られており、扉は当然のように襖や障子が並ぶ。
 朝倉涼子と師匠は物珍しそうに城内を進み、時折、感想を言い合う。

「まるで、戦国時代か江戸時代にでもタイムスリップしたような気分だわ」
「できるんですか、タイムスリップ?」
「ううん、できない。有機生命体の感性ならそんな感じかな、って口にしてみただけ」

 そうですか、と興味もなさそうに師匠は返す。
 朝倉の言動よりも、城内の景観に意識が向いている様子だった。

「で、どうする? 師匠はここを拠点にしたいって言っていたけれど」
「その前にまず、家捜しです。なにが隠されているとも限りません。手分けしましょう」
「わかったわ。もし誰か潜んでいたら?」
「見敵必殺で」
「ん、了解」

 朝倉と師匠はそう言葉を交わし、それぞれ別の道を行った。
 木造の廊下は歩くたびにぎちぎちと音が鳴り、侵入者の存在を知らせた。
 だからといって、誰かが出てくるわけでもない。
 城の中は、まったくの無人だった。


 ◇ ◇ ◇


 城の外には、一台のパトカーが停められていた。
 その後部座席に、修道服を着た少女が一人横たわっていた。

 少女の名前は浅上藤乃。
 長いこと意識を失っていた彼女は、不意に目を覚ました。
 体をゆっくりと起こし、周りの状況を確認する。
 まず自分の身が車中にあるということを知り、続いて窓の外の景色を見る。
 すぐ傍に、大きな城があった。天守閣を備えた、日本の城だ。

 おぼろげに残っていた気絶する前の記憶を呼び起こし、藤乃は行動を決める。
 パトカーのドアを開け、自らの足で外に出る。
 日差しが眩しかった。何時間ほど気絶していたのだろう。時刻はもう昼らしい。

 あの二人はどこだろうか――導かれるように、藤乃は城の中へと足を踏み入れていった。


 ◇ ◇ ◇


 天守閣といえば、戦における防衛拠点や住まいはもちろん、物置としても使用される建物である。
 その造りは、侵入経路に乏しく、飛び道具による外からの攻撃にも強い上、耐火性にも優れている。
 建造された時代の情勢を鑑みれば、これほど防御性に特化した建物もないだろう。
 周囲を見渡せる櫓もあるため、篭城するにはもってこいの施設ではあるのだが、

「守りに徹するっていうのは、私の望むところじゃないのよね」

 廊下を歩く朝倉涼子の表情は、物憂げだった。
 彼女の最終目的は、涼宮ハルヒの生還。それを成し遂げるためにはまず、涼宮ハルヒの身の安全を確保しなければならない。
 ここは安全だからと一箇所に留まっていて、その間に涼宮ハルヒが他者に殺害でもされようものなら大惨事だ。
 効率的に動くなら、涼宮ハルヒの捜索を続けつつ、危険因子はパパッと排除してしまうに限る。

「まあ、師匠も拠点にするとは言っていたけれど、篭城するとまでは言ってなかったし……あの性格だものね」

 連れ添う相方は、女傑と称しても失礼がないほどの行動派だ。
 生き残るために最善の手を打つが、臆病風に吹かれて時間を無為に消化したりするタイプではない。
 長門有希が殺された、という事実を踏まえても、基本的なスタンスが揺らぐようなことはないだろう。
 無論、それは朝倉自身にも言える。

「有機生命体の恐怖っていう感情、私にはよくわからないんだけど」

 襖を開けて、誰にでもなく朝倉は言った。
 踏み入った畳の大広間には、夥しい量の鮮血が広がっていた。

「こういうのを見ても、なんの感慨も湧かないしね」

 けろっとした顔で、朝倉は血溜まりの畳を踏み渡っていった。


 ◇ ◇ ◇


 師匠の家捜しは実に手馴れたものだった。
 金品に対しての嗅覚とでも言うべきか、ただの直感と言ってしまって済む能力なのか。
 師匠はまるで見えないなにかに導かれるようにして、そのこじんまりとした畳部屋に辿り着いた。
 そして、高価そうな掛け軸の傍に詰まれた千両箱にも辿り着いた。

「夢は大きいほうがいい……至言でしたね」

 千両箱の中には、大判小判がざっくざっく――誰の目から見ても価値のわかる、お宝だった。
 眩しいほどの金の輝きに、しかし師匠は表情の一つも崩さない。
 五つ積まれていた千両箱の中身を全て確認すると、まとめてデイパックに仕舞いこんだ。
 小判が収まっていた箱も見事なもので、丁寧な細工が施されており、売ればそれなりの額にはなるだろう。
 傍にかけられていた高価そうな掛け軸も、当然と言わんばかりに頂戴した。
 貰えるものは貰っておく。それが彼女のポリシーだった。

(しかし……)

 貰えるものは貰っておく。それはあたりまえ。が、なにかが引っかかる。
 これだけのお宝が、なぜ金庫にも仕舞われず、罠もなく、無造作に部屋に置かれていたのだろうか。
 城主がずぼらだっただけ、と断じればそれまでの話だが、こういう状況下だ。嫌でも勘繰ってしまう。

(車の鍵を入手するのとは訳が違う……とはいえ、見張りがいなければこの程度でしょうか)

 この城に欠けているものは、金庫や罠よりもまず住人だ。
 如何な難攻不落の要塞といえども、守衛が不在なら泥棒は容易い。
 それは警察署やフィアットが置いてあった家にも言えたことで、略奪者にとっては絶好の環境でもあるのだが、

(家の中はそのまま、では家主はいったいどこへ――?)

 どうにも釈然としない。あまりにも上手くいきすぎているが故に、釈然としない。
 釈然としないからといってこれをいただかない理由にはならないが、とにかく釈然としない。
 考えたところで釈然とするわけではないこの問題、考えすぎて自縄自縛に陥っては間抜けなので、

(――きっと旅行にでも出かけたのでしょう。ええ)

 師匠はすっぱりと、考えないことに決めた。


 ◇ ◇ ◇


 浅上藤乃は思い出す――あれはアイアンクローだった、と。

 プロレス観戦なんて趣味ではないし、興味すらないが、不思議とその名前が頭に残っていた。
 あの不良たちにも、あんな風に顔面を鷲掴みにされた記憶がある。もしかしたら、そのときに覚えたのかもしれない。

 数時間ほど前に藤乃の顔面を掌握してみせた、セーラー服の少女と、銃を持っていた傍らの女性。
 朝倉涼子と師匠。ただ一言、『協力し合えるかもしれない』という言が印象的だった、二人組。
 おそらくはあのパトカーを運転し、藤乃を連れ、この天守閣までやって来たのだろう。
 きっと中にいる。そう思い立った藤乃は、一人薄暗い城内へと足を踏み入れた。
 軋む廊下を拙い足取りで進みながら、あのときのことを考えていた。

(あの二人は私を――殺そうとした)

 否定できない事実を胸に、セーラー服の少女が口にした誘いの言葉を反芻する。
 いったいなにを協力してくれるというのか。いったいなにを協力すればいいというのか。
 藤乃の目的は、この会場のどこかにいる湊啓太を見つけることだ。彼女らは湊啓太の所在に心当たりでもあるというのだろうか。
 仮にそうなのだとしても、彼女たちに情報を教えるメリットはない……ように思える。
 協力し合うという言葉の意味を探るなら、藤乃もなにかしら彼女たちに協力しなければならないということなのだろうが、

(……なにを?)

 彼女たちに協力できることなど、なにひとつとして思い浮かばなかった。
 あの二人はたぶん、殺人鬼だ。二人で組んで、出会った人間を殺して回っているに違いない。
 そんな危険な二人に、単なる復讐鬼にすぎない藤乃が、なにを協力できるというのだろうか。
 一緒に人を殺せ、というのなら無理な話である。彼女の本心は、決して人殺しを肯定してなどいないのだから。
 ただ。

 ――それが湊啓太に行き当たるために必要な代償だというなら、惜しげなく払うのだろうが。

 予感だけを頼りに、藤乃は廊下を歩き続けた。
 途中、閉ざされた襖を何度か開け閉めして、ようやく人の気配を感じ取った。
 見つけたのは、いつぞや藤乃に銃を向けた女性だった。
 二度目の邂逅も、同じく。
 女性は、藤乃に対し無表情に銃を構えていた。


 ◇ ◇ ◇


「痛みますか? 痛みませんか?」

 廊下の端と端で、二人の女性が対峙していた。
 師匠と呼ばれている妙齢の女性は、銃を構えながら修道服の少女に訊いた。

「……?」

 少女は質問の意図が飲み込めていないのか、すぐには答えを返すことができなかった。

「これは質問であると同時に、警告でもあります。痛みますか、痛みませんか」
「……質問、警告」
「復唱しろとは言っていません。痛むか痛まないか、それを訊いているんです」
「……あなたはどうして、わたしを」
「そちらからの質問は受け付けません。痛みますか、痛みませんか」
「…………」
「最後通告です。痛みますか? 痛みませんか?」

 五回に渡る問いの末、修道服を着た少女はコクリと頷き、

「――痛みます」

 と正直に告げた。
 少女、浅上藤乃はおなかの辺りを手で押さえていた。
 顔は青ざめていて、立っているのもやっとという様子だった。

「そうですか」

 師匠は言って、引き金にかける指に力を込めた。
 力を込めつつ、言う。

「なら――」

 藤乃の口の端が、小さく歪んだ。
 なにかを言おうとして、唇が変形する。
 呼気の流れが、呪文を生み出さんとして、

「――選択して。曲げて死ぬか、曲げずに私たちとお話するか」

 言霊は外に出ることなく、内に留められた。
 いつの間にか藤乃の背後に忍び寄っていた、セーラー服の少女の脅しによって。
 藤乃の首筋には、冷たい刃の感触があった。
 視界の奥では、銃を構えたままの女性が依然、君臨していた。
 前門の虎、後門の狼。
 藤乃は、どちらの門を突き破ることもしなかった。

 師匠と、朝倉涼子と、浅上藤乃。
 三人の再会は、とりあえずはなにも凶(まが)らずに済んだ。


 ◇ ◇ ◇


 がらんとした大部屋に、座布団が三枚、女性が三人。お茶はない。
 朝倉涼子と師匠が正座して並び、その向かいには浅上藤乃が同じく正座していた。

「あなたとこういう風にお話できて、本当に嬉しく思うわ」
「無意味な社交辞令はやめておきなさい。交渉は手短に」
「あら、社交辞令なんかじゃないわ。本心よ」
「そうですか。とにかく手短に」
「はいはい」

 シビアなんだから、と朝倉は微笑みながら言った。
 藤乃のほうを向き、続けて言う。

「こういう席についてくれたっていうことは、私の誘いに乗ってくれたと解釈してもいいのよね?」
「……わたしたちは協力し合える、という話ですか?」
「そう、それ。ちゃんと覚えていてくれたのね。嬉しいわ」
「具体的に、わたしはなにをすればいいんでしょう。あなたたちは、わたしになにをしてくれるんですか?」

 おずおずと、藤乃は伏せ目がちに朝倉を見やる。

「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。なにも取って食べようってわけじゃないんだから。
 私たちはただ、あなたと一緒に活動できればなぁ、って考えているだけ。ほら、こんな状況でしょう?
 味方は多いに越したことはないし、これはあなたにとってもいい話だと思うんだけど」
「えぇと、つまり……?」
「う~ん……こういうとき、どういう言葉を用いれば一番適切と言えるのかしら」

 朝倉は数秒間、腕組みをして熟考した。
 たっぷり十三秒ほどかけて、

「単刀直入に言うとね――私は、あなたが欲しいのよ」

 と言った。
 藤乃は狼狽した顔つきで、言葉を失った。

「それのどこが単刀直入なんですか。誤解を招きかねませんよ」
「え、そうかしら? 我ながら上手く言語化できたと思うのだけれど」
「仕方がありませんね。私から説明しましょう」

 師匠は嘆息し、朝倉に代わって告げた。

「私たちはあなたを、武器として所有したいと言っているんです」

 藤乃はより狼狽した。
 今すぐにでもこの場から逃げ出そうと、正座を崩し始めている。
 立ち上がろうとした寸前で、師匠が銃を構えた。
 師匠が引き金を絞るよりも先に、朝倉が藤乃の腕を掴んでまた強引に座らせた。

「逃げないでよ。もう少しお話しましょ?」
「逃げても構いませんよ。逃亡した場合、即座に射殺しますが」
「師匠ってば、脅かすなんて趣味が悪いわよ。彼女、怖がりみたいだし」
「知ったことではありません」
「もう」

 今度は朝倉が嘆息し、藤乃の腕を掴んだまま質問する。

「確認するけど、あなた、自分の能力に関してはちゃんと自覚しているわよね?」
「……はい」
「私のほうでも一応解析させてもらったんだけれど、あなたの口から説明してもらっていい?」
「曲げる力のこと、ですよね。この眼で視たものを、歪曲させて……」
「そうそう。それ、なにか制約みたいなものはあるのかしら?」
「……ない、と思います。けど、時々使えなくなってしまうんです」
「へぇ、そうなんだ。なるほど、やっぱりそういうことなのね」
「……?」
「ああ、大丈夫。こっちの話だから」

 藤乃は不可解そうに首を傾げた。

「で、その力のことなんだけれどね。私たちが欲しいのは、要はそれなのよ」
「わたしの、曲げる力……を?」
「さすがにもう感づいているんじゃないかしら。ねぇ、浅上さん」

 朝倉は親しげに藤乃の名前を呼び、

「私たちと組みましょう。この殺し合いを生き抜くために」

 と持ちかけた。
 藤乃はぽかんと口を開けたまま、なにも言えず固まってしまった。

「残念だけど、考える時間はあげられないの。これでも譲歩してもらったほうだから」
「家捜しの途中、時間を割いてこういう機会を設けているわけです。さすがにこれ以上は――」
「わかっているわ師匠。私だって、そのへんは弁えてる。ただ、長門さんのこともあるし……ね?」
「……決断を下すのは彼女です」

 朝倉と師匠は互いに目配せした後、揃って藤乃のほうを見た。
 ぶれのない、睨むような視線に、藤乃は萎縮しきっていた。
 同じように視線を合わせることは、できなかった。
 藤乃の側から視線を合わせにいけば、即座に殺されてしまうと、理解していたのかもしれない。

「……わたしは」

 一呼吸置いて、藤乃は発言する。

「わたしは、あなたたちなんかとは違う」

 眼は伏せたまま、語気だけを強くし、朝倉と師匠の存在を否定した。

「わたしは人を殺したくなんてない。この力も、本当は使いたくなんてないのに……!」
「でも事実、あなたは私たちを殺そうとした。矛盾しているわよね?」
「違う……! わたしは、彼を……彼に復讐したいがために」
「彼?」

 藤乃の鬼気迫る表情が、畳に向けられていた。
 膝に添えていた手が、わなわなと震えている。
 そんな様子を観察しながら、朝倉は訊く。

「もしかして、生き残る以外になにか目的があるのかしら。よかったら聞かせてくれない?」

 藤乃はゆっくりと頷き、語り始めた。
 自身が町の不良少年たちから暴行を受けていたこと、数日前に彼らを惨殺したこと、
 湊啓太という少年を一人取り逃がしたこと、この椅子取りゲームに湊啓太が参加していること、
 浅上藤乃は湊啓太に復讐を果たすためにこの地で生きるのだ――と、たっぷりの憎悪を込めながら。
 一部始終を聞き終えた朝倉は、

「ふーん、大変だったのね。心中お察しするわ」

 と平坦な声で感想を言った。師匠は、

「はた迷惑な。その復讐に巻き込まれた人間の身にもなってほしいものです」

 と自分のことを棚に上げて言った。
 ギリッ、という歯軋りの音が鳴り、藤乃は顔を上げた。
 キッとした左目が朝倉を、右目が師匠を、余すことなく視界に納める。
 ほぼ同じタイミングで、朝倉は藤乃の首筋に刀を当てた。師匠はまた銃を構えていた。

「ところで、また訊きたいんだけれど」
「今は痛みますか? 痛みませんか?」
「…………今は、痛みません」

 そう、と言って、朝倉は刀を下ろした。
 そうですか、と言って、師匠は銃を下ろさなかった。

「断っておきますが、私はどちらでもいいんですよ。あなたがどんな選択肢を選ぼうともね」
「……仲間になるか、仲間にならないかという話ですか?」
「断るって言うんなら、残念だけどあなたはここで処分させてもらうわね」
「これは脅しではありません。重ねて言いますが、私はどちらでもいいわけですから」
「私は仲良くしたいなぁ、と思うのだけれど。どうかしら?」

 銃口は依然、藤乃のほうに向けられたままだった。
 視ただけで相手を曲げる歪曲の力は、今は使えなかった。

 朝倉涼子はにこやかに、藤乃の回答を待つ。
 師匠は無表情に、藤乃の回答後の処理に備える。
 浅上藤乃は、回答を迫られる。


 ◇ ◇ ◇


 いくら相手を凝視しようとも、その身が凶(まが)ることはなかった。

 以前の自分に戻ってしまった。また、なにも感じない。
 代わりに、罪の意識ばかりが押し寄せてきた。

 殺人は忌むべき行為だ。
 湊啓太を見つけ出すための代償行為――と割り切っても、罪悪は身を縛る。
 だがその罪悪は、腹部の痛みを我慢するだけの原動力にはならなかった。
 復讐するのは痛みのため、湊啓太を捜し殺そうとするのは痛みの解消のため。
 無痛症は不定期的なものだ。またいずれ、痛みは再発するのだろう。

 なら、殺し続けるしかないのではないか――と、浅上藤乃は答えを出す。

 ごめんなさいと謝って、ごめんなさいと断って、ごめんなさいと頭を下げて。
 たとえそれで許してもらえずとも、湊啓太に行き当たるまでは殺すしかない。
 この場を切り抜けるためにも、殺人を肯定し選択するしか、道はない。

 ――――殺したくなんてないのに。

 藤乃は、今にも泣き出しそうなほど悲痛な顔を浮かべた。
 これからは彼女たちの武器として、罪のない人たちを殺さなければいけないのだろうか。
 そう思うと、総身が震えた。この震えこそが、彼女の殺人に対する罪悪感の証明。
 体は無自覚に、本能を代弁してくれるのだ。

 ただ、自分の唇の端が小さく笑んでいることには気づかずに――。


 ◇ ◇ ◇


「湊啓太という名前は名簿には載っていませんでしたが、彼がここにいるという確証は?」
「彼の携帯電話に連絡を取りました。声で確認したから、間違いありません」
「追われているって自覚してないのかしら。彼とはどんな会話をしたの?」
「……あなたの友人を殺した、って」
「殺したの?」
「ここに連れて来られる前のことです」
「そうですか。ちなみにその電話はどちらからかけましたか?」
「あれはたぶん……警察署からです」
「警察署かぁ。じゃあ、そこまで戻りましょうか。その湊啓太っていう人に、もう一度電話してみましょ」

 朝倉涼子、師匠の二人と行動を共にすることを受諾した浅上藤乃は、湊啓太についてより詳しく説明した。
 約束どおり、二人も湊啓太を捜すことに協力するようだった
 相手が『捨てられない携帯電話』を持っているなら好都合、と朝倉は電話での連絡を提案。
 しかしこの界隈に電話が置いてあるような施設は見当たらず、別所に移動する必要があった。

「私は反対です」

 言ったのは師匠だった。

「警察署は既に調査済みです。有益なものは全て頂きましたし、戻るだけのメリットがありません」
「でも、そこなら確実に電話があるでしょ? 私も見たし。下手に探し回るよりもいいと思うんだけど」
「電話くらい、他の家にも置いてあるでしょう。この国は電線が張られている場所も多いようですし」
「いいじゃない、別に。お宝はここでたんまり調達できたんでしょう?」
「収穫はなかなかでしたが、まだ足りませんね」
「……師匠って、どれだけ略奪すれば気が済むの?」
「無論、全部です」

 朝倉と師匠の口論が続く。優位は師匠のほうに向いているようだった。
 藤乃は自分から口を挟もうとはしなかった。正確には、挟めなかった。

「そもそも、この城だってまだ調べつくしてはいません。出発前にもう一度探索しますよ」
「あ、そうだ。浅上さんのことで棚に置いていたけど、師匠に見てもらいたいものがあったんだわ」
「なにか見つけましたか?」
「見つけた……というより、見つけてしまった、かな」

 朝倉の言に、師匠は首を傾げる。
 言葉で説明するよりも見てもらったほうが早い、と朝倉は移動を促した。
 師匠はそれに従い、藤乃も最後尾を行く。


 ◇ ◇ ◇


 辿り着いた先は、三人が話し合いをした場所と大差ない広さの畳部屋だった。
 ただ一点だけ変わっていたのは、壁や床に彩られた、見るからに異質な赤の模様。
 思わず目を背けたくなるほどの、鮮血の跡だった。
 師匠は血溜まりの部屋を眺めながら言う。

「これは……既にここで殺し合った者がいる、ということですか?」
「いいえ、それは違うわ師匠。この血、見たところ十二時間以上前のものよ。始まってから付いたものじゃない」
「不可解な話ですね。では、この血はいったい誰のものだというんです」
「人間のものには違いないだろうけど、さすがに誰のものかまではわからないわよ。ただ」
「名簿に名を連ねる“参加者”のものではない。そう言いたいと?」
「ええ」
「……それでは、この血は殺し合いが始まる以前より、ここにこうしてあったと。そういうわけですか」
「でしょうね。なんの意味があるのかはよくわからないけれど」

 朝倉はたいして困ってもいない風に言い、続ける。

「これは車で移動している最中、ずっと不思議に思っていたことなんだけれどね。
 椅子取りゲームの舞台として用意されたこの会場は、いろいろと歪なのよ。
 なんて言ったらいいのかしら。人が生活するのに適していないっていうのかな。
 盤上にミニチュアの建物を並べて用意しました、みたいな。そんなちぐはぐさなのよ」
「なにを言いたいのかよくわかりませんが、それも有機生命体の言語機能の限界というやつですか?」
「そうね。そう受け取ってくれて構わないわ。私もね、精進はしているのよ?」
「聞いていません。それに、悩むような問題ではないのでしょう?」
「うーん、まあ、そう言われればそうよね。考えたところで答えは出ないだろうし」

 血まみれの畳を土足で踏み、師匠はあっけらかんと言う。

「なら、考えるだけ無駄です。かつて、ここで誰かが鮮血を撒き散らし派手に死んだ。それだけじゃないですか」
「師匠、少しは怖いとか思わないの? 現場を発見した側としても、張り合いがないのだけれど」
「血はなにも語りませんし、襲ってもきません。怖がる必要なんてないでしょう」

 女は度胸があってこそですよ、と師匠は諭すように言った。
 鮮血の跡など気にも留めず、そのまま室内を物色し始めた。
 押入れを開き、畳の下を除き、貴金属や骨董品がないか探す。
 そんな師匠の様子を眺めながら、藤乃は呆然。
 朝倉はやれやれ、と首を横に振り、

「そんな風に足蹴にして、その血の持ち主に化けて出られても知らないんだからね」

 と外見年齢相応な人間の少女として、冗談を口にする。
 すると、師匠は猛然とした勢いで血の上から飛び退いた。

「えっ」

 師匠のふとした行動に、朝倉は意識せず声を漏らしてしまう。
 血まみれの畳の上を、わざわざ血が付着していない部分を縫うようにして歩き、師匠は部屋の出入り口付近まで後退した。

「あなたも、見えるんですか?」

 というのは師匠からの質問。
 矛先は朝倉に向いていたが、本人はなんのことだかわかっていない風だった。

「早急に答えなさい。見えているんですか? そしているんですか?」

 師匠は朝倉に肉薄して、詰問する。
 普段の彼女からは想像もできないような、焦りが感じられた。

「ちょっと、落ち着いて。質問の意図が読み取れないんだけど……」
「ですから、あの血の持ち主が――ここで死んだ人間の霊が見えるのかと、訊いているんです」
「なに言っているの、師匠? そんなもの――」

 朝倉が言いかけたところで、ゴトッ、と物音がした。
 三人が一斉に、そちらのほうに視線をやる。
 音は血まみれの部屋の奥から聞こえた。
 しかし奥には押入れがあるだけで、外から見た限りでは特に変わった様子はない。

「……出発です」

 しばしの沈黙を破って、師匠が言った。

「出発って……家捜しはもういいの?」
「金品は十分なほどに調達できました」
「さっきは足りないって言ってたじゃない」
「あれは言葉のあやです」
「言葉のあやって……」
「仕方ありませんね。一度しか言いませんからよく聞きなさい」

 師匠は朝倉と藤乃の顔をキッと見て、

「この血の跡、おそらくは私たちが来る以前に強盗が押し入ったに違いありません。
 城主は惨殺され、このように凄惨な血の跡が残った。
 そういった曰く付きの城が、今回の椅子取りゲームの舞台に置かれてしまった。
 死体はこの催しの企画者が回収したのでしょう。
 強盗が押し入った後ですから、お宝もそう多くは残っていません。
 私が見つけた小判は、強盗の見逃しでしょうね。なにせ広い城ですから。無理もありません」

 捲くし立てるように言い、無理やり納得させた。
 話を聞いた二人は唖然。その反応を鑑みず、師匠は廊下に出て、すたすたと部屋を離れていく。

「なにをしているんですか。さっさとしなさい」
「あー……師匠、次の目的地は結局どうするの?」
「警察署で構いません。さっさとしなさい」
「待って。私はともかく、浅上さんはそんなに速くは歩けないわ」
「あなたが担いで歩けば済む話でしょう。さっさとしなさい」
「実は、こことは別の部屋でお宝を見つけたのだけれど」
「お宝はもう十分と言いました。さっさとしなさい」
「ここを拠点にするっていう話は?」
「やめです。さっさとしなさい」

 言葉を交わす間も、師匠は歩を止めなかった。
 追いかけないと置いていかれちゃうわね、と朝倉は駆け出した。
 傍らにいた藤乃は朝倉に両腕で抱きかかえられ、お姫様抱っこの要領で運ばれる。

 火事場泥棒たちがいなくなって、血まみれの部屋だけが残った。
 押入れの奥では、誰に知られることもなくねずみが鳴いていた。


 ◇ ◇ ◇


 城の門前に停めてあったパトカーに、三人が乗り込む。
 師匠は運転席に、朝倉涼子は助手席に、浅上藤乃は後部座席に。

「では、行きましょう」
「師匠、シートベルトが締まってないわよ?」
「ここでは必要ないでしょう。いざというとき、咄嗟に動けないと困りますしね」
「そう」

 運転手の師匠はキーを回し、車を急発進させた。
 南への道を爆走しながら、エンジン音が土塀だらけの区画に響き渡る。
 荘厳な天守閣はどんどんと遠ざかっていき、幾らか離れたところで師匠が、ふう、と息をついた。

「あの」

 後部座席に座っていた藤乃が、おずおずと訊く。

「師匠さんは、ひょっとして……」
「なんですか? 言いたいことがあるならどうぞ」

 師匠は振り向き様、P90の銃口を藤乃に向けながら言った。

「師匠、言葉と行動が矛盾しているわ。それと運転中。危ないわよ」

 朝倉が指摘すると、そうですね、と言って師匠は銃を下ろした。

「それで、私がひょっとして……なんですか?」
「……いえ、なんでもありません」

 それ以降、藤乃は貝のように口を閉ざしてしまった。



【C-3/天守閣付近/一日目・昼】

【師匠@キノの旅】
[状態]:健康。パトカー運転中。
[装備]:FN P90(50/50発)@現実、FN P90の予備弾倉(50/50x18)@現実、両儀式のナイフ@空の境界、パトカー(1/4)@現実
[道具]:デイパック、基本支給品、金の延棒x5本@現実、医療品、パトカー(3/4)@現実、千両箱x5@現地調達、掛け軸@現地調達
[思考・状況]
 基本:金目の物をありったけ集め、他の人間達を皆殺しにして生還する。
 1:天守閣から離れる。警察署まで移動する。
 2:朝倉涼子を利用する。
 3:浅上藤乃を同行させることを一応承認。ただし、必要なら処分も考える。よりよい武器が手に入ったら殺す?

【朝倉涼子@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:健康。パトカー助手席に乗車中。
[装備]:シズの刀@キノの旅
[道具]:デイパック×4、基本支給品×4、金の延棒x5本@現実、軍用サイドカー@現実、蓑念鬼の棒@甲賀忍法帖、
     フライパン@現実、人別帖@甲賀忍法帖、ウエディングドレス、アキちゃんの隠し撮り写真@バカとテストと召喚獣
[思考・状況]
 基本:涼宮ハルヒを生還させるべく行動する。
 1:警察署に向かい、電話を使って湊啓太に連絡を取ってみる。
 2:師匠を利用する。
 3:SOS料に見合った何かを探す。
 4:浅上藤乃を利用する。表向きは湊啓太の捜索に協力するが、利用価値がある内は見つからないほうが好ましい。
[備考]
 登場時期は「涼宮ハルヒの憂鬱」内で長門有希により消滅させられた後。
 銃器の知識や乗り物の運転スキル。施設の名前など消滅させられる以前に持っていなかった知識をもっているようです。

【浅上藤乃@空の境界】
[状態]:無痛症状態。腹部の痛み消失。パトカー後部座席に乗車中。
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
 基本:湊啓太への復讐を。
 1:朝倉涼子と師匠の二人に協力し、湊啓太への復讐を果たす。
 2:他の参加者から湊啓太の行方を聞き出す。
 3:後のことは復讐を終えたそのときに。
[備考]
 腹部の痛みは刺されたものによるのではなく病気(盲腸炎)のせいです。朝倉涼子の見立てでは、3日間は持ちません。
 「歪曲」の力は痛みのある間しか使えず、不定期に無痛症の状態に戻ってしまいます。
 「痛覚残留」の途中、喫茶店で鮮花と別れたあたりからの参戦です。(最後の対決のほぼ2日前)
 湊啓太がこの会場内にいると確信しました。
 そもそも参加者名簿を見ていないために他の参加者が誰なのか知りません。
 警察署内で会場の地図を確認しました。ある程度の施設の配置を知りました。

【千両箱@現地調達】
師匠が天守閣にて確保した。
彫り細工が見事な千両箱の中に、小判が40枚ほど収められている。

【掛け軸@現地調達】
師匠が天守閣にて確保した。
高価そうな掛け軸。売ればそれなりのお金になるでしょう、との鑑定。


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