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ラスト・エスコート2 (前編)

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ラスト・エスコート2 (前編) ◆MjBTB/MO3I



土御門元春が死んだ。
放送では、そういうことらしかった。

上条当麻としては衝撃以外の何物でもない事実である。
あの嘘つき合衆国嘘つき州の嘘つき州知事、死んでも死ななさそうな飄々としたグラサンアロハが、死んだ。
彼はスパイであり、情報入手と身の保身は最低条件であり、彼はそれを成し遂げられるほどの力は持っていたはずだ。
果たせなかったというのか、条件を。あの男が? こんなにも、早く死んだ?
理解し難過ぎたのか、脳は軽快なステップを踏むように次々と言葉を弾き出す。
有り得ない。そんな馬鹿な。こんなところで。あの土御門が。

「……嘘だろ」

そうして現実を無駄に否定するように呟いたとき、ようやく上条は気付いた。
結局自分は"周りにいる人間達が死ぬなんて思っていなかった"のだ、ということに。

魔術師に高レベル能力者。インデックスの静止に関しては危惧するべきとは言えど、周りは超人だらけの世界。
そんな中に漬かりきっていた上条には、"彼女達は必ず生き残り続ける"と心の何処かで無謀に信じ続けていたのだ。
死ぬかもしれない、と考えるまでが精一杯。こうして現実に突きつけられたときの事など、考えていなかった。
いや、考えたくもなかったということだろう。
結局インデックス達を護りたいとは考えていても、心構えは完璧ではなかったのだ。

「…………くッ!」

そう。
友人一人の死で自分がここまで揺らいでしまった。
北村達の衝撃も冷めやまぬ中、という事を差し引いてもこの心の揺らぎは半端なものではなかった。
人の死とは辛いもの。それは絶対の事実なのだと、改めて再確認した。
いや、今はあえて"再確認出来た"と表現するべきか。

「土御門……悪い、ちょっと今は追悼よりその前に……"俺に力を貸してくれ"」

これは、土御門元春が体を張って与えてくれたチャンスかもしれない。
今、現状の所謂"ヤバさ"というものを痛感できたからこそ、やらなくてはならない。
立ち止まって、もっと喚いてしまいたかったけれど、そんな事をしている時間は無い。

「女の子とのお話ってのは、お前のほうが得意だったよな……?
 だから、さ。頼む。ちょっと見守っててくれ。後で精一杯黙祷するから!」

放送によって自分の心に重いモノが圧し掛かっているとする。
だがそれは自分一人が味わっているわけではない。
死人の数は実に多く、総勢九名。
そして、放送の名の数だけ悲しむ人間が増えるのは道理。

ならば、あの"姫路瑞希の心は更に、形容しがたいものになっていることは確実"だ。

吉井明久木下秀吉、この二人の名は決して聞き逃していいものではなかった。
前者は姫路から、そして後者は上条自身が直に出会った少女。
この名が呼ばれることは、姫路瑞希の心を真っ先に抉り取ることは最早必然なのだから。

故に、上条当麻は動いた。
"あいつなら許してくれるだろう"と信じて土御門の事を一旦脇へと置き、廊下を走る。
迷える少女は、決して独りにしてはいけないから。
こんな状況でもやっぱり自分は、目の前の少女を護りたいから。
インデックス達の事も心配ではあるし、放送の内容も相当にショックだ。だからこそ彼は"目の前のこと"の為に全力を出す。
元の学園都市の仲間達がどれだけ心配になっても、やはり上条は困っている人に手を伸ばさずにはいられない男だった。
今彼が動く理由は突き詰めればただ、それだけのこと。





       ◇       ◇       ◇





残酷な事実が、姫路瑞希を襲った。





       ◇       ◇       ◇





上条の密やかな苦労――女子トイレに何度か突撃したり、急いで階段を降りたりした事だ――を省き、結果だけを言うとするならば。
上条は運良く姫路瑞希と学校内で再会することが出来ていた。
彼女が"2-Fクラス"の教室、その部屋の最も奥の席へと座っていたのを上条が発見したのであった。
空は蒼く、日も高い。窓ガラスから差し込む光が彼女の髪を、体を、席を照らす。
そして同じく照らされた彼女の顔は、"声をかけなくては"と真っ先に思わせる程に、沈痛な表情を浮かべ


ていたわけでは、なかった。


というより、その方がまだ良かったのではないだろうかと思うばかりだった。
上条が見た姫路の姿は、もはやそういう表情を浮かべるとか、そういう段階ではなかった。
俯いた顔。表情はもはや"無い"に等しい。だが"呆けるような"というのもまた違う。
相応しい言葉としては"まるで座っているだけの人形"が近いだろうか。

「ひめ……」

名を呼ぼうと、上条が口を開きながら教室へと入ろうとしたとき、音を立てずに姫路は立ち上がった。
そしてそのまま歩き始める。無機質に響く鈍い足音を伴い向かう先は、設置されている黒板だった。
一寸して教壇に立った彼女は、放置されていたチョークを手に取り、上条へと顔を向けた。
するとすぐに黒板へと向き直り、チョークを板へと走らせ始めた。
何か文章を書いている。その姿からは髪の色から月詠小萌を連想させたが、纏う雰囲気は全く別物だ。

入り口からでは文章が読めなかったので、上条は文章の読解が可能な角度まで移動して立ち止まった。
上条が席にさえ座れば、まるで個人授業か個人補修にも思える構図だ。
けれど黒板に書かれている文章が『全部、話します』という旨である為に、残念ながらそんなのどかな話ではないことが解る。
彼女の姿を、そしてこの今の状況を斟酌すれば、これはまさに彼女にとって重大な一歩だろう。

故に上条は乗った。まずは目の前の少女の話を聞くところから始めよう、と考えた。
正直なところ、自分は彼女に何を言うべきかということをまだ整理し切れてはいなかった。
"吉井明久は死んだけど大丈夫"とか、そんな無神経なことは言えるわけが無いだろう。
だから"彼女のアクション"から全てが始まる、というこの今の状況を上条は受け入れたのだった。
姫路の心が今危ういということは簡単に見て取れるし、言葉は時に暴力へと変貌する事を上条は知っている。
慎重に動かなければならない。

不安はある。
黒板へと文字を綴り始める姫路の姿を見ていると、今にも消えてしまいそうな儚さと、すぐに壊れてしまいそうな危うさを感じる。
何故だろうかと一瞬考えて、すぐに結論へと辿り着いた。
上条には今の彼女の姿が、まるで"観念した子どもが涙ながらに悪事の告白をしている"かの様な姿に見えていたのだ。
黙っていたかったことを言わざるを得ないような状況に追い込まれた、そんな子どもの様な雰囲気。
理屈はわからないが、そんな空気を纏っていたのだ。

そして上条に"観念した姿"と評された少女は、その評価通りに動く。



『私は、人を、殺しました』



黒板に書かれたこの文章を見たとき、上条の心臓は激しく鷲掴みにされたが如き衝撃を受けた。





       ◇       ◇       ◇





残酷な真実が、上条当麻を襲い始める。





       ◇       ◇       ◇





姫路瑞希は全てを話していたわけではなかったという事実を、上条は嫌でも痛感することとなった。
同時に、次々に黒板へと生成される文字に対する驚愕を隠すことは出来なかった。
目で文字を追う。彼女の告白を"読み漏らさぬ"為、しっかりと脳へと刻んでいく。
事実が、浮き彫りになっていった。


 裸で外へ捨てられた後、姫路は黒桐幹也という少年と出会った。
 温泉での事件の後に異変に気付いた彼は、なんと自分を介抱してくれたのだ。

 何も着るものが無かった自分に上着を与え、そのまま温泉へと入っていった黒桐。
 そうして現状調査を済ませたらしき彼が次に取った行動は対話だった。
 まるで今の上条当麻の様に善意を向けてくれたのだ。
 当然嬉しかった。辛い思いをした自分に対して優しくしてくれるだけで、本当に嬉しかった。
 そして彼ならば、彼ならば信用出来そうだと。彼ならば心を開けそうだと素直にそう思えた。


ふと、黒板の文章はこういった意味を紡いだ時点で一度止まってしまった。
見れば姫路の手が、震えている。いや、手だけではない。腕も、肩も、脚もだ。
体中に悪寒が走ったかの様だ。けれど彼女はそれを堪えるように、再び文字を刻み始めた。

 黒桐に支えられ、立ち上がろうとしていた姫路。
 だが彼女の精神はやはり、そんな状態でも変わらず怖れに支配されていた。
 怖かったのだそうだ。彼の素直な善意が、ただただ恐怖の対象と化していたのだ。
 朝倉涼子の戦法を思い返せば、彼女は表向き心を開いたように見せかけ、裏で自分を殺そうと襲ってきたのだから。
 あのセーラー服を着た長髪の殺人鬼の姿が、やはり脳内で蘇るのだ。
 黒桐幹也が自分に向ける優しさに触れられるのは喜ばしいことなのに、"だからこそ後が怖いと思ってしまう"。
 姫路は完全に心を開ききることが出来ず、黒桐の想いを遮る壁と成り果てる。

 けれど黒桐はそれでも良いと言った。
 "ゆっくりと、自分のペースで一歩一歩近づいてくれれば良い"と。
 "自分はいつでも手を広げているから、君が歩み寄ってくれるのをいつまでも待つ"と。
 そんな事を、こんな自分に対して言ってくれたのだ。

 ようやく自分はここで、笑うことが出来た。
 思えば自分はずっと仏頂面で、相手を寄せ付けるような姿ではなかった。
 それでも黒桐のおかげでようやく笑みを浮かべることが出来るようになった。
 彼となら一緒に歩いていける、とまで姫路はここでようやく思えたのだ。
 そんな自分の反応が嬉しかったのだろう。

 黒桐は微笑みながら姫路の頭に腕を伸ばし、その手を頭に軽く、乗せた。


また、彼女の手が止まった。体中の震えがさっきよりも激しいものになっている。
時々しゃくり上げる様に体がはね、そして呻く様な声も聞こえてきた。

「姫路……わかった! わかったからもういい!」

相手の顔がこちらを向いていなくとも解る。姫路は今、泣いているのだ。
余程に陰惨な過去なのだろう。相手が優しかったからこそ、思い出すのが余計に辛いのだろう。
止まった文章、その先は上条にだって予想はついた。
彼女と初めて出会ったとき、そして温泉に行こうと提案したときの彼女の表情はどんなものだったか。

姫路は、トラウマに支配されていたのだ。
朝倉涼子の犯行は"相手の頭を掴み、湯船に顔を沈め溺死を図る"というものだった。
ならば、ならばこそだ。温泉での事件から暫く時間を置いた自分ならいざ知らず、出会ったばかりの黒桐であるならば。
軽くとは言えど"彼女の頭に触れる"という行動が、どれほど姫路の心に負荷をかけたことか!

学園都市の能力者は脳を弄り、投薬等をも行い演算能力を高める。
そして高めた能力をより巧く活用する為に、能力者となった生徒は特殊な授業も受ける事となる。
中には当然、人間のメカニズムに関する深い知識を植えつける為の授業も完備されている。
上条当麻の"知識"には、その授業で習った"人間のトラウマに関する情報"も多少は備わっているのだ。

それ故にもう、簡単完全完璧に想像出来てしまう。
恐らく彼女の脳内では、朝倉涼子が自分を殺そうとする姿がフラッシュバックしたのだろう。
体格、声、性別すら違う相手に、畏怖せざるを得ない別の対象の影が重なる。
銃弾が飛び交う戦場にいた兵士が次第に心を病み、終戦後の平和な世界でパニックに苛まれる様に。
ありもしない世界など、ヒトの心次第でいくつも作られてしまうのだ。

「なぁ、姫路! わかった! これ以上は書かなくていい! 言わなくてい……っ」

姫路が、こちらを見た。
予想通り、彼女は泣いていた。
けれど、表情は"誰かに縋るようなそれ"ではない。
涙を流しながら、彼女は自分の元に誰かを近づけるのを良しとしない雰囲気を纏わせていた。
余計な事を言うなと、邪魔をするなと、まるでそう言っているかの様で。

「……ッ」

上条は止まってしまった。
このまま彼女の言葉を続かせてしまっては、何か良くないことが起こるのではないかという予感がしているのに。
それでも彼は相手の持つ雰囲気と慎重さが求められるこの状況下に圧され、彼女を止めることを、止めた。
姫路はまた、黒板へと向き直る。相変わらず震えながらチョークで文字を刻み始める。
文字は震えており、形が歪になり始めていた。


 頭が真っ白になった。彼に触れられたとき、何も考えられなくなった。
 気付いたときには、目の前にいたものがヒトではなくモノへと変わっていた。
 手に持っていたのは、斧の様な鉈の様な奇妙な物体。刃がある事だけはわかった。

 自分が殺した。

 迫り来る過去という名の恐怖が、体を勝手に動かしたのだと、今ならば解る。
 けれどその時には何が起こったのかが理解出来ず、ただただその場所から逃げた。
 罪から逃れたいから、自分が起こした惨劇を目にしたくないから、すぐに逃げた。
 逃げて、逃げて、逃げて、気付けば自分は声を失っていた。

 これは罰だと、そう確信した。

 二度と好きな人の名を呼べない事。それが自分への罰。
 法を破り大地へと向かい、人間になった人魚姫の様に。
 咎人には罰を。それはどこの世界でも結局同じだということなのだろう。

 それでもまた、自分はその罰を受け止めきれなくなって、また逃げた。
 そしてたどり着いたのが、この名前も知らない学校だったのだ。


バキリ、と突然音が響いた。
発信源は姫路の手元。チョークが途中で折れてしまっていた。
だが続けられないことは無い。そのまま文章を続けていく事は可能だ。
不可能なまでの短さまで粉々になってくれれば良かったのに、と上条は願った。
けれど黒板の下には未だ健在な新品のチョークも存在しているので、無駄な話だ。

『上条君、放送の内容、覚えていますか?』

突然、自分に話しかけるような内容。
今までの文章が身の上話の意味を持ったものだったにも関わらずだ。
上条は、頷いた。「忘れるものかよ」と、そんな言葉を添えて。

『木下君に土屋君。この人達は私の大切な友達でした』

揺れる文字の中に見つけた土屋という名前は初耳だった。
つまり。

『そして、明久君。私の大好きな人、特別な人です』

彼女は大切な人を、一度に三人も奪われてしまったということだ。
こんな惨い事があって良いわけが無いのに。現実は、全てをぶち壊しにしてしまっている。
大好きな人、という言葉。それにはどれだけの想いが込められているかなど、考えるまでも無い。
デイパックに手を突っ込み、支給品のひとつだった解答用紙を取り出した。
残念な得点を示す紅い数字の隣、名前を書く欄に刻まれた"吉井明久"の四文字。
これが今、自分達の手元にある"彼の最後の痕跡"なのだろうか。
テストの解答用紙なんて、学生にとっては日常のものだ。
そんなものがまるで遺書の様になってしまうなどと、そんなふざけた話があるというのか。

『明久君も、死んでしまいました』

『皆、いなくなってしまう』

『全部、もうない』

黒板に書かれた文字が、徐々に短くなっていった。
もはや力を失うかのようで、文字の色まで薄くなっている。
きっともう、彼女は限界なのだろう。

もういい、もう沢山だ。
こうなったらもうなんでもいい。
彼女の腕を引っ張ってでもこの告白を止めてしまおう。
もうしばらく彼女には冷却期間が必要だ。それを確信した。
彼女の為だ。もう何を言われても知らん。
黒板の前に立つ姫路へと、上条は早足で歩いていく。
もうこんな時間は終わりだ、と示す為に。
彼の大きな足音が、まるで秒針の様に響く。
そうやって姫路の真後ろに立ち、黒板に向けられた彼女の顔がこちらを見る前に腕を掴もうとしたとき。

『おねがいです』

速記の様に、それでも薄い色の文字が黒板へと刻まれ始めた。
彼女の腕の位置が突然変わった為、面食らった上条の手は彼女を止めるに至らなかった。
そしてこの"お願い"という言葉に対面した彼は、そのまま動きを一寸止めてしまった。
人と人との対話をまず何より先決する上条の性質が、"相手を止める"と決めたはずの上条の体を静止させたのだ。
体が慣れ親しみ、覚えきった"人の話を聞く姿勢"を、本能が取ってしまった。
訪れたのは"何も起こらない"短い時間。だがその間にも、黒板には短い文章が刻まれていく。





『わたしを、ころして』






だから上条当麻は、無抵抗のまま、こんな残酷な文章を見ることとなってしまった。



       ◇       ◇       ◇


一時間にも二時間にも、それ以上にも思える一瞬の静寂が訪れる。
上条の両目には信じられない光景が写り、時は再び加速し始めた。
姫路瑞希の細い手が、再び黒板の上を走る。

『もう だめなんです』

バキリ、と遂にチョークが持つには困難な程の大きさに粉砕された。
続いて近くにあったある程度に長いまま放置されていたチョークを手に取る。

『上じょう君は こくとう君と同じすぎる』

バキリ、と再び音が鳴る。先程からずっと、震える手には力が加えられ過ぎていたのだ。

『やさしくて とてもまっすぐで 私はとてもうれしいけれど』

音が鳴る。文字が成る。

『だからこそきっとわたし 同じことをくり返すんです』

白い石灰が音を立てて屠られながらも、文章は組みあがっていく。

『いまもわたし 手がふるえて』

チョークが根元から折れた。何度目だろうか、長い方を再び手にする。

『きっとまた じぶんが自分でなくなってしまう』

一心不乱に、彼女は"お願いをする"。

『あきひさ君たちがいない世かいなんて たえられない。たぶんわたし もうこころがこわれる』

ここにいる、優しい少年に、最期のお願いをしている。

『またわたしがこわれて みんなを 上じょうくんをころしてしまうまえに』

せめて、自分が自分らしく、誰をも傷つけない優しい心を持っている、その間に。

『だからおねがいします わたしを ころしてください』

願いを全て、この小さなチョークに込める。

『これがわたしのばつ。わたしは生きていたら だめなんです』

終わりを、望む。

『だから おねがいします』

全て、書ききったのだろう。姫路瑞希の手は黒板から遂に離された。
その代わりに、彼女はデイパックから巨大な刀を取り出した。重いのか、少しの衝撃で落としてしまいそうだ。
刀の名は七天七刀。上条当麻にも馴染みのある宝刀だ。彼女は"これが自分を処刑する為の道具である"と示しているのだろう。

上条は持っていた解答用紙をデイパックにしまい、代わりに刀を受け取った。
予想以上に重かった刀を左手でしっかりと掴む。力を込めないと、仕損じてしまいそうだ。

「……姫路。わかったよ、お前の想いがどんなもんだったかをな。よく解ったよ。
 こうなったらもう……しょうがないよな。こんな風になっちまったら、もうやる事は一つだ」

姫路の顔が、綻んだ。両の瞳から流れる涙を拭う事もせず、微笑む。
きっと上条の手で最期を迎えられることが決まったことを喜んでいるのだろう。
なんという、惨い笑顔なのだ。

彼女の表情を確認して、上条当麻は鞘から抜いた七天七刀を高く掲げた。
手を精一杯伸ばせば天井に切先が届いてしまいそうになる。
図体ばかりが大きい。けれど確かに凶器としては成り立ってしまう巨大な刀。
バランスを崩さない様両手で柄を掴み、上段の構えを取る。



そのまま上条は自身の上体を捻ると、七天七刀を思い切り"横合いへと投げつけた"!



詳しく言えば黒板の設置された方角の正反対。姫路瑞希がいるはずもない場所。
刀は風を切る音を立てながら派手に回転し、教室を大移動した果てに床へと突き刺さった。
ついでに近くに立てかけていた鞘も同じ様に投げる。高価そうだったし、持ち主に怒られそうだったが今は知ったことか。
残ったのは、上条当麻の手元には何も残っていないという事実のみだ。
姫路にとっては望まれぬ行動だったに違いない。微笑んでいた彼女の顔色が、蒼白になっていたのが何よりの証だ。

「なめんなよ……なめてんじゃねえよ…………」

しかし"そんな些細な変化など、この際無視する"。
今から上条が起こす行動には何の関係も無い。

「姫路。一つや二つじゃねぇ、山ほど言いたいことはあるんだ! だから覚悟しろ!
 まずお前は、俺が……俺がお前に"殺してくれ"と言われて"はいそうですか"と頷く奴に見えたのか?」

上条の怒りは露になり、姫路へとぶつけられる。
しかし、これは彼の感情が暴走したということではない。

「そんでもって! お前が今ここで死んで何もかもが解決するとか、そんな事を考えてたのかよ!?」

これは対話だ。

「死ななきゃいけないとか、殺して欲しいとか……そんな"馬鹿げた言葉"で解決させようとすんな!」

彼の想いが介入を始めた場所。それこそが彼の土俵で、彼の世界なのだ。

「"自分は人を殺してしまいました! だから自分は罰を受けるべき悪い子なんです!
 あのとき殺してしまった優しい少年に似ている彼に優しくされると怖いから!
 自分がまた自分でなくなってしまいそうで怖いから自分はいなくなればいいんです!
 それに大切な人が三人も死んで哀しいです! もう自分に生きる気力なんてありません!
 罰は十分受けたけれど結局まだ足りませんでした! だからもっともっと罰を受けます!
 だから死なせてください! 自分がもっと人を傷つける前にこの身をぶち殺してください!"

 お前が言いたいのはこんなところか! でもな姫路! お前のこの主観って言うのがもう全然間違ってんだよ!」

上条当麻には、自分の世界をぶつける事で相手の心を変え尽くす力がある。
能力者として発言した力ではない。上条当麻が上条当麻として持つ、彼自身の力。


「ぶち殺されるべきとしたら唯一つ……それは"てめえの死にたがりを後押ししている幻想"だ!」


そう。
悲劇を纏う少女とそれを払う少年が出会う時、物語は加速する。





       ◇       ◇       ◇



優しすぎる少年は、残酷なまでに真っ直ぐだった。
目の前に立つ上条当麻は、本当に自分を救おうとしているのか。

自分にとっての救済は死しかないというのに。
あんなに説明したのに、どうして彼は、ここまでするのか。

ここまでしてくれるからこそ、怖いのに。



       ◇       ◇       ◇






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