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ラスト・エスコート2 (後編)

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ラスト・エスコート2 (後編) ◆MjBTB/MO3I



「そうだ、全部間違ってんだよ。全部、全部! この世界が間違ってるから!
 この生き残りを賭けたとかいう物語が始まっちまったから、皆が歪んじまうんだ!」

握った右手の拳が動き、黒板を叩いた。
材質が材質ならば穴が開いていたかもしれない。所謂会心の一撃だった。
巨大な音の波が教室で生まれ、姫路の心をこちらに釘付けにする。
目と目が、合った。

「歪んだモノを戻そうとする為に更に歪みを与えるなんて絶対に、絶対にあっちゃいけねえんだよ!
 姫路、お前は今それをやろうとしてんだ! 力を加えられた所為で壊れたものに、また同じ様に力を加えようとしてる!
 だってそうだろ! 遺された人間の苦しみを知ったお前が! そんなお前が今! 同じ苦しみを生み出そうとしてるんだから!」

上条の行動に驚いているのだろう、姫路は目を見開いて呆然とするばかり。
だがそれでも声くらいは聞こえるだろう、話くらいは聞いてくれるだろうと上条は信じ、声を張り上げる。

「お前のクラスメイトはどうした! お前の担任は!? お前の両親だってどうするんだよ!
 それに俺だ! 俺だってお前に死なれると……死なれると、辛いんだよ! 黒桐って奴だって間違いなくそうだ!
 そんな俺達の気持ちも無視して勝手に自己完結して、命に幕を引こうとか、そんな勝手な事を考えてんじゃねえよ!」

そうだ。大切な友達が死んで哀しいなら、何故それを他人に分け与えてしまおうと考えているのか。
自棄を起こして他を道連れにしてやろうと画策しているわけでもあるまい。

それにそもそも、死が唯一の救済であるなどという暴論を上条は認めはしなかった。

少なくとも上条は納得しない。死を持って償うのが最善とは思わない。
否。それ以前に、上条はまず前提として"死は償いとなる"と考えることなど出来なかった。
生きて生きて、生き続ける。その中で背負った罪と向き合う事が一番大切なことなのだ。
罪は裁かれなければならない。それは間違ってはいないだろう。
だが、裁きの為に銃弾は必要ない。裁きの為に刃は必要ない。
天よりの稲妻もいらない。無機質な槌の音もいらない。きっと自分の拳だって無用な事だってあるだろう。
少なくとも今は、何もいらない。罪に対面した人間に必要なのは、背負うものがあれど"それでも生き続ける"という行動なのだ。

だがそれは時に辛い事であろう。だからこそ途中で死を選択しようなどと考えてしまう。
生がなまじ辛いが為に、死が救済であると狂った勘違いを引き起こしてしまうのだ。
特にその"向き合うべき罪"が、今正に起こっている歪みによって生まれたモノであったならば、余計に。
そんな中で姫路瑞希は、"自分も同じ様に信じた人に殺されることしか償いの方法は無い"と思い込んでしまったのだろう。

「今は頭の回転が速いから解る。お前は"自分も黒桐と同じ様に、信じた人に殺される"ことだけが、償う方法だって考えたんだ。
 だってそうだろ? そうじゃなかったら、俺が来る前にひっそりと命を絶っててもおかしくなかったんだ。
 でもお前はそうしなかった。自分の手で死んでしまったらそれはただの逃げだから、だから俺の事を待ってたんだろ!
 でも残念だけど俺はお前の要望に答えるつもりは全然ねえ! 殴られても蹴られても、純金を積まれたって承知しねえ!
 お前は生きなきゃいけねえんだ! お前が償いたいって言うならその時点で決まってんだ! お前は生き続けなきゃ駄目だって!」

間違いは、全てぶち殺さなければならない。
少女の為に、自分の為に。木下秀吉土屋康太、姫路のクラスメイトの為に。
そして何よりも、彼女がこんな結末を迎える事を"向こうで"拒絶しているであろう黒桐幹也吉井明久の為にも!

「そんでもってもう一つだけ、わかってることがある……なあ姫路!
 お前は、お前はな…………! お前はいつだって、これからだって、生きていて良いんだよ…………!」

だから、殺してくれだなんて哀しいことをどうか、どうか二度と言わないで欲しい。
それが上条当麻の、姫路瑞希への心からの願いだった。

「姫路、お前は生きろ!」

もう、殺して殺されてなんてのは沢山だったから。
姫路瑞希の様に、望まれず加害者となってしまった人間をこれ以上増やしたくなかったから。

「俺が絶対に! お前がこの街を皆で去るときまで、最後までエスコートしてみせるから!」





       ◇       ◇       ◇



生きていていい。
その言葉を自身に与えてくれた彼の姿が、黒桐幹也と吉井明久とかぶる。

真っ直ぐすぎる言葉。素直すぎる姿。
それを見ていて、そして彼のどうしようもなく綺麗な言葉を聞いて、姫路の瞳に感情の色が再び浮かぶ。
その感情は本人が予想した以上に激しく轟き始めていた。暴走の果てに起こる爆発は、もう止められそうに無い。
姫路は心に宿った激情を上条へとぶつける為に、動く。

"彼女は、遂に、叫んだ"。



       ◇       ◇       ◇





「……めて、下さい…………っ」
「え……?」
「やめてください! もうやめてくださいっ! もう嫌なんです! やめてっ!」

上条は驚きと共に声を飲み込み、目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。
"黒板越しでなければこちらに到達しないであろう相手の反論"が、突如声となって自分を襲ったのだから!

「私は! 私は悪い子なんです! 優しくしてくれたのに、あんなに私を想ってくれたのにっ、私は殺してしまった!
 朝倉さんのいう事なんて聞きたくないって思ってたのに! なのに体が勝手に動いたんです! 本当に、勝手に!
 言ったじゃないですか! 私が私じゃなくなるって! 私はもう怖いんです! 自分をもう全部無くしそうで……もう、嫌……!」

両手で苦しそうに頭を抱え、首を横に振って叫ぶ姫路。
彼女の今の姿には、初対面の際から抱いていた静かな印象はもう意味を成さない。
理屈は理解出来ないものの、突如彼女の声が復活した事は喜ばしい事なのだろう。しかし今はそれは優先すべき事項ではない。
姫路瑞希の言葉の回答。それはやはり彼女は少しずつ歪まされ、狂わされていたのだという事。
彼女の生み出す声は、上条に対する怒りが込められたへと成り果てていた。

「ねぇ、なんで、どうしてそこまで……あなたはそこまで似てるんですか!?
 どうして明久君に似て、どうして"黒桐さんと同じで"私に優しくしてくれるんですかっ! もう沢山……もうやめてッ!
 そんなに似ていたら……"そんなに似ていたら、きっとまた私が、あなたまで殺してしまうかもしれない"じゃないですか!
 もう駄目! もう嫌っ、もういらない! どうせ私は、今の私ならたとえ明久君と出会えていても、きっと同じ様に……!」

彼女が上条の言葉を拒む理由。

「私はもう汚れちゃったんです……生きていちゃいけないんです! 誰かを傷つけるだけの存在なんて世界には必要ない!」

それは結局、誰かを傷つけてしまうことが怖かったからだった。

「明久君達がいない世界も嫌……っ! 私が誰かを傷つけてしまうのも、そんなのも嫌! 全部嫌です!
 もう、無いんですよ……私の価値なんて、そんなもの、もう全部無くなっちゃって、残ったのは赤黒い血だけなんです……!」

結局彼女は、ここまで身も心も削られた今でも、優しい少女のままだったのだ。

「お願いです! お願いですから、私がまたあなたを殺してしまう前に!
 こんなに優しくしてくれたあなたの前で私が私じゃなくなるその前に、早く……っ!」

ならば、やる事は決まっているじゃあないか。

「早く……」

姫路瑞希が、自身を悪鬼だと思い込んでいるのなら。

「お願い……上条君、お願い……っ」

人に優しくありたいと願っているのに、無理だと思い込んでいるのなら。
吉井明久達を失った悲しみに支配されているというのなら。

「もう、私を、殺して…………!」


その幻想全てを、まとめて残さず、心から根こそぎぶち殺す!


「殺さねえ!」
「……なん、で…………」
「俺は、意地でも考えを曲げねえ! 例え根競べになろうが知るかよ! 俺はそんなのは認めねえ!
 木下だって土屋だって、北村も、俺だって、そんでもって黒桐と吉井だって絶対にそうだ!
 お前が死んでいい人間なんだって絶対に認めないし、"俺達"はお前達に生きて欲しいと思ってる!」

そう、姫路が出会った人々が素晴らしい人間ばかりだというのなら、そうに決まっているのだ。

「"おれたち"……? たちって、"達って誰の事を言ってるんですか"!? 誰が望んでるんですか!? あなた以外に!
 こんな汚れきった殺人鬼に生きていて欲しいなんて黒桐さん達が思ってるとでも!? そんなわけないっ! 絶対に……私は……」
「お前の大事な人ってのは、お前が死ぬ事を望んでしまうような馬鹿げた奴らなのか!?
 そんなわけねえだろうが! そんなわけがねえんだってのは、お前が既に証明してるじゃねえか!」

彼女が既に"大切な人だ"と、"素晴らしい人達だった"と言っている以上、"そういうこと"なのだ。
それなのに"その友達は姫路が死ねばいいと考えている"なんて仮説を立ててしまっては、失礼ではないか。

「いいか? お前は良い奴だ、すっげえ良い奴だと確信した。俺は本当に、初めて出会ったときからそう思ったんだ。
 そんでもって、そんなすっげえ良い奴のお前が、吉井や黒桐達に"良い奴だ"って太鼓判を押してるんだ。じゃああいつらも皆良い奴だろ!
 それに、ならもう答えは出てるだろうが! 本ッ当に良い奴ってのはな、テメエの友達の生を本当にいつまでも……ずっと望んでるんだよ!」

上条は声を響かせながら方程式を一つ一つ解いていく。
姫路の勘違いを止める為に、このとんだ悲劇に幕を引く為に、相手の理論を分解して再構築する。

「良い、奴? 私が……"良い奴"? 違う、違いますよ……違いますよ! なんてとんでもない勘違いをしてるんですか!?
 あは、はは……あははは……笑っちゃう、笑っちゃいますよ。なんで? どうして? どうしてそんな事言えるんですか!?」
「勘違いだと……?」
「なんで、どうして……そんな事を言ってしまえる程あなたは何も理解してないんですか!?」

だが、姫路は止まらない。
"上条こそ勘違いをしているのだ"と、乾いた笑いを浮かべながら反論し始める。
涙は、流れたまま。

「私はっ! 私はあなたみたいに優しい"良い人"を殺したんですよ! この手で、黒桐さんを……ッ!
 今なら思い出せます! 私は、黒桐さんを押し倒して、そのまま彼の頭をぐしゃぐしゃに潰したんです!
 何度も何度も! 斧みたいなものを両手で振り下ろして、彼を……顔が、石榴みたいに、挽肉みたいに、なっ、て……!」

勢いのままぶちまけた言葉で凄惨な光景を思い出したことで、再びトラウマに手をかけてしまったのだろう。
全てを言い終わる前に呻くような声を微かに上げ、彼女はまたも吐いた。
何も食べていない所為だろう、激しく声を上げながら僅かばかりの貴重な水分を吐き出していく。

「う、ぇあ……あぅ、う、ぶ…………っ! はっ、ぁ……かふっ……」

どうにか我慢をしようとしているのか、くぐもった声が漏れる。けれどそれでも耐えられないようだ。
もう空っぽになってしまったはずの胃から何もかもを吐き出そうとしてしまっている。
そんな不毛な作業を幾度か続けた後、姫路は突如力を失って横へと倒れそうになった。
上条が手を差し伸べる間もなく、彼女は床へと全身を強かに打ちつけてしまう。
しかしそれでも近くにあった机に手をかけて彼女は立ち上がった。そして瞳が、真っ直ぐ上条の目を捉える。

「もう、私、人間なんかには戻れないです。もう私はこのまま殺人鬼に成り果てる……また殺してしまう!
 さっき言いました! 私が私じゃなくなった時、そのときはきっと黒桐さんに似たあなたを絶対に殺すんです!
 だからもう、やめてください……優しくする為に近づくのなんて、もう、やめてください……!
 期待させないでっ! いい加減諦めさせて! わかりきってて、全部決まってる事なのに……!
 それでも、こんなっ……何なんですかあなたは! どうして、上条君……こんなのってない! あんまりです……!」

姫路は、自分を虐げ想いを殺す。

「もう、近づかないで! 私を"上条君のいる世界"に連れ戻そうとしないで! 私は"そちらがわ"には戻れないんですッ!
 良い人だなんて、そんな優しい嘘をつくくらいなら、早く殺して! そんな嘘なんて……幻想なんて今は必要ないんです……!」

しかし、ならば、こちらにも考えがある。
姫路瑞希の抱いた幻想を吹き飛ばす為の言葉は、もう構築されている。
後は真っ直ぐ打ち抜くように解き放つだけだ。

「幻想、なんかじゃねえ……俺が言ってるのは上っ面のくだらない嘘なんかじゃない! 触れたら消えるような幻想じゃあない!
 言っただろうが! 俺はお前を最後までエスコートするって! だったら当然! お前にこれ以上人を殺したりなんてさせねえ!
 もしもお前がどうしても、どうしてもそうなっちまったとしても! 俺はしっかりとお前を受け止めて、お前を止めてみせるッ!」

空白のままの最後の解答欄。
そこに上条は、答えを書き込んでいく。

「お前の抱く"これ以上人を殺そうとしてしまう私は良い人なんかじゃない"なんていう前提は、俺がひっくり返してやる!
 お前はもう人を殺したりなんかしない! させないし、出来ないし、そんな事を考える暇だって与えてやらねえ!
 ……というより、お前はもう、"二度と人を殺せないよ"。だって姫路、お前って奴はさ、やっぱりすっごく良い奴だから」

上条なりの証明終了。これが彼なりの答えだ。
姫路は目を見開いて立ち尽くしている。反論が帰ってくる様子は無い。

「そんなの……そんなのって………」

上条の答えを打ち消そうとしているのだろう、頭を抱えて顔を歪ませ、必死に悩んでいる。
すると再び体が力を失い、彼女は脚を折る。だが崩れそうな体を必死に起き上がらせ、口を開こうとする。
けれどそれは、上条を説き伏せられるようなものには成ってくれない。

「やめて、やめて……っ」

既に足元がおぼつかなくなってきた姫路を支えようと、上条は彼女の元へと歩みを進めた。
もう大体の事は言い終わった。これ以上は何も言うまい。今は相手の容態だけが心配だ。

「やめてって、やめてって言ってるのに……嘘つきはっ、嘘つきは嫌いです!」
「嘘じゃない」
「やめて、やめて、やめてっ! 来ないで!」
「姫路」
「私を殺す気がないのに、そんな優しい顔で近づかないでえっ!」
「大丈夫だ」

上条が両腕を伸ばすと、姫路は一歩二歩と後ろへと下がっていった。
それを見た上条は再び近づいていくが、同じ様に彼女も後ろへと下がっていく。
進路を阻む机や椅子にぶつかり、ガタガタと音を立てながら、二人は移動し続ける。
姫路は拒絶の言葉を叫びながら。上条はただ彼女を受け止める為に。

「もうやめてっ! もう、もうぐしゃぐしゃなの……頭の中が全部グチャグチャにかき回されておかしくなりそうで……!
 何もわからない……もう"色んなことが思い浮かんでる"! 私、もう……どうして、こんな、どうして、どうして、どうして!」

攻防と言えるのかも判らない一見シュールな光景。それを終わらせようと、上条は遂に歩みを速めた。
姫路の背後には壁。両隣には机と椅子。彼女にはこれ以上の退避は不可能である。
袋小路の状態で、それでも上条の言葉を否定してしまいたい姫路は両目を硬く閉じ、拒絶の為に腕を伸ばす。

「いやああぁぁああああっっっ!!」

その行動は奇しくも、黒桐幹也の死に繋がったあの一撃と全く同じものだった。


       ◇       ◇       ◇


姫路はその事に気付きながらも、この状況を"ああ、やっぱり"と俯瞰する。
目を閉じ、広がる闇の中で、彼女はやっと上条の言葉から解き放たれた。
やっぱり自分は、土壇場になると人を傷つけてしまうのだと、解ってしまった途端に力が抜けてしまう。
何を必死に、自分はわざわざ言葉にして否定を続けていたのだろうか。
こんな状況になれば、嫌でも痛感してしまうじゃあないか。
上条当麻だって、実際に自分がこうして行動を起こしていれば嫌でも気付いただろうに。

こうして自分が結局殺人鬼の仲間入りだった事がわかって、姫路はホッとした。
これならばもう、自分が殺されなければならない理由は決して崩れはしないだろう。
全ては上条の詭弁。全ては上条の嘘。全ては上条の幻想。結局は、それが全ての答えだったのだ。
何故なら、自分は優しくしてくれた相手をまたも突き飛ばし、傷を負わせたのだから。

けれど、もしも。
もしも百歩譲って上条の言葉が正しかったとしたら、どうなっていたのだろう。
それは、自分にとっては幸せなことだったのだろうか。

当然、幸せだったのだろう。
そもそも自分がこれ以上他人を傷つけるような存在でなかったのだったら、それに越したことは無いわけで。
それならば、黒桐幹也と吉井明久の様に優しくて真っ直ぐだった上条と、一緒に生きて行けたのかもしれない。
吉井達が死んでいるという事実は死ぬほど辛いけれど、上条とならそれでも一緒に歩いていけたのかもしれない。

『そんでもってもう一つだけ、わかってることがある……なあ姫路!
 お前は、お前はな…………! お前はいつだって、これからだって、生きていて良いんだよ…………!』

何故だろう。今はその言葉を真正面からぶつけられたら、きっとすぐに折れてしまうかもしれない。
最後の最後、自分が上条当麻を突き飛ばすそのギリギリの前。自分の頭の中がグチャグチャになっていた頃。
彼の心に触れすぎた所為だろうか、彼と一緒に生きていたい、とも確かに思ってしまったのだ。
闇の向こう、暖かな光を浴びながら上条当麻と歩んでいる自分が見える。
どんな気分なのかは察することは出来ないが、少なくともあのもう一人の自分は笑顔を浮かべているようだった。

生きていたい。

もしも自分が罪人でさえなかったら、きっと辛いことも乗り越える資格があったのだろうに。
正直なところ、最後に上条を必死に否定していた頃にはもう、自分の言葉は"こんな気持ちを誤魔化す為だけのもの"だった。
上条の言うことは決して自分にとっては"正論ではないが、図星だった"のだ。
本当は、吉井達が"向こう"で罪人の自分を弾劾している姿なんて考えたくはなかった。

生きていたい。

けれど、もう自分は咎人なのだから。
上条と一緒なら吉井達の死をも乗り越えられたかもしれなかったとしても、もう無駄なこと。
どれだけ自分が生きたいと思っていても、上条当麻と共に歩みたい気持ちを強めても、もう全てが遅い。
遅いのだ。

生きていたい。

ああ、なるほど。
つまり、自分は、

「生きていたい」

状況に流された所為で選ばざるをえなかった道を振り返って、それが納得して進んでいた道なのだと必死に思い込んでいたのか。
"殺されなければならないと考えているのではなく、自分は殺して欲しいと考えているのだと考えをすりかえる"ことで。
結局自分は、自分の考える"罰の受け方"の一切を無視して感情を吐露した場合、今までとは真逆の言葉を叫んでいたのか。
義務感など放り出して上条と話せば、きっと自分は死を必要としない道を選ぼうとしたに違いないのだ。

「生きて、いたい……」

けれど、殺される? このまま?
結局流されたままで、殺される?

「生きていたい……っ」

ああ、もう。未練が、矛盾が、心の中で産声をあげてしまった。
惜しかったな。自分の義務感に流されずに、もっと素直になれれば。
みっともなく足掻いたら、もしかしたら上条当麻も少しの傷で済んだのかもしれない。

けれど、自分がこうして道を選んだのだから、もう無駄なことだ。
救いがあるとすれば、それはもうこれで少なくとも上条当麻は自分に殺されることは無いということか。
そして優しい彼を自分も殺さずに済む。この世に未練はあるけれど、それの事だけは凄く凄く嬉しい。

もういいや。考えないようにしよう。これ以上、泣きたくはないから。

姫路はその救いだけを支えに、最期を受け入れようとそっと目を開けた。
そういえばよく考えてみれば、素直に上条はここで待ってくれているだろうか。
もしかしたらもうここから消えているかもしれないが、そうなった場合はどうしよう。
自殺、しかないか。望ましいことではなかったのだけれど。

「……姫路」

等と考えていたというのに、上条当麻は自分のすぐ目の前に立っていた。
どこかに怪我を負っている様子も無い。自分は彼を突き飛ばしたはずなのに。
これだけ硬い教室の床ならば良くて打撲、最悪意識を失っていてもおかしくないはず。
それなのに、彼は目の前にしっかりと立っていた。痛みを我慢している素振りすら無く。

「結局お前、やっぱり生きていたいんじゃねえか。聞こえてたぞ、お前の囁く声が。
 生きていたいって、生きていたいってお前、ずっと言ってた。やっぱりそうだったんだって、俺安心した」

当然だ。彼は自分を突き飛ばそうとした姫路の両手を、同じく両腕で掴んでいたのだ。
つまりそれは、姫路が拒絶の一心で放った一撃が上条には届きはしなかったという事。
黒桐幹也の時の悪夢は、再現されていなかった。

「安心しろ、姫路。俺は簡単には倒れない。"お前の所為"では、俺は斃れてやらねえよ……絶対にな!」

上条は姫路の両手を離し、はっきりと決意を口にする。
姫路は自分の行動が無駄に終わったことを痛感し、その所為かまたも全身の力が抜けるのを感じた。
それをきちんと目で捉えていたのか、上条が「おっと」と姫路の両脇を掴んで支える。
転んだ幼児を起こす動作にも似た状態で静止すると、上条は「大丈夫か?」と声をかけてくれた。
だが姫路は腰が砕けてしまい、力が入らなくなってしまっている。立つのは少し無理そうだ。
そんな状態を察したのか、上条は姫路をそっと床へと下ろしてくれた。
ぺたんと座り込み、呆然としてしまう姫路。そんな彼女の目線に合わせる様に上条も体を曲げる。

見れば見るほど、彼の姿には異常が無く。それはつまり相手の排撃に見事失敗してしまったという証左。
自分には傷つけることは出来なかった。自分にはこの優しく、心の強い上条当麻に暴力を振るうことが出来なかったのだ。


"姫路瑞希はこれ以上人を殺さない。殺すことが出来ない"。


上条の、嘘や幻想にしか思えなかった言葉が、今目の前で現実に起こっている。
いや、殺すどころかそれ以前の問題。自分はまた、誰かに傷一つつける事が出来ない人間へと戻っていた。

「なぁ、姫路。お前は言ったよな? "自分は誰かを殺すから、傷つけることが出来る人間だから生きていちゃいけないんだ"って。
 でも今この現実を見てどうよ? 俺は傷一つ負ってない。お前の一撃は俺を倒すには至らなかった。現実には何も起こってない。
 まあそりゃ、お前は"俺に殺されなきゃいけないから、俺を死なせてはいけなかった"って前提があったとしても……さ?
 お前がこうして俺を傷つけられない存在なんだってんならさ……もう、殺される必要、なくなっちまったな。だろ?
 …………解らないなら、解るまで何度でも言ってやる。上条さん式の荒っぽい補習授業の始まりだ。
 姫路、お前はいつもいつまでもどんな時でも誰に何を言われても生きて良い。生き続けなきゃいけない、それが本当の義務なんだ」

その言葉で、姫路は憑き物が全て落ちた気がした。
そして極度の緊張状態から開放されたおかげだろう。同時に姫路の目の前が、段々と真っ白になり始めていく。

「ん? ……おい、姫路? 姫路!?」

それに上条の声が、段々と遠くなっていく。
なんだかとっても暖かくて心地の良い不思議な感覚に包まれながら、姫路瑞希は意識を失った。


       ◇       ◇       ◇


姫路の意識が復活したことに上条が気付いたのは、騒動が終わって少し時間を経てからのことだった。
散々騒いだ所為で誰か危険な人物を呼び寄せてしまったのではないかと思い、刀の回収後にとりあえず移動している途中である。
上条はやむなく姫路を背負って移動していた為、彼女の体が覚醒を始めた事にすぐに気付けたわけなのだが。

(って、ちょ! わーお! 胸が! 胸がすれてます姫路さん! 拙いです姫路さん! 俺が悪いんだけど!
 ぐっ、しまった! やっぱりこんな形の移動は控えるべきだったのでせうか! にしたって他に何があるよ!?
 え? 抱っこ!? しかもお姫様抱っこがええぜよ上条君ってか!? ってうるせえ土御門! おめえは黙ってろ!)
「ぁ……」
「ああ、姫路。悪い勝手に移動して! あ、べ、べべべ別に大丈夫ですよ!
 上条さんは紳士なだけに真摯な思いでこんな行動に走ったわけでそんな疚しい思いは……」
「ぁ、う……っ!?」
「……ひ、姫路!? 大丈夫か? 下ろすぞ?」

何か様子がおかしいので、とにかく急いで姫路を背から下ろした。
そしてまたも話しかける。

「姫路、ひょっとしてどっか痛かったりするのか? もしそうなら今からでも保健室に……」
「……」

答えは無い。

「……お前、ひょっと、して」

いや、違う。無いわけじゃあない。

「"また、戻っちまった"のか……っ?」
「…………っ!」

全ては終わった筈だというのに、姫路瑞希が再び目を覚ますと、その声は再び失われていた。
せっかく元に戻ったというのに、おかげで彼女の本心を聞くことが出来たというのに。
姫路の体は、未だ声での対話を許してはいなかったのだった。

「そ、っか……」

しかし、

「……いや、でも……大丈夫だ」
「ぇ、ぁ……?」
「だってそうだろ? お前、さっき俺と散々話してたじゃねえか! 俺に心をぶつけてくれたじゃねえか!」

まだ、勝算はある。
彼女の感情が昂っていたあの時、姫路は確かに言葉を声にしてぶつけてきたのだから!
焦る必要は無い。きっとまだ、彼女の心は万全ではないというだけだ。
ここからの脱出の目処だって立っていない。狐面の男の正体だって全く掴めていない。
それに朝倉涼子達の事だって、死んでしまった人間達の事もある。
姫路が心を痛める理由は数多く、残っている。

(でも、姫路の抱いている恐怖を少しずつ俺の力で取り除いていけば……きっと!)

しかしそれに屈するつもりは毛頭無い。
だから、共に行こう。一時の回復が奇跡だったのだとしても、今の自分なら、二度目の奇跡だってきっと起こせる。
いや、起こさなければならないのだ。気合を入れて臨むべき大仕事だ。やれる、やれる、絶対にやるんだ。

「だから絶対に大丈夫だ……って、なんかずっとそれしか言ってねえけどさ。まあ、うん! それはそれだ!
 行こうぜ姫路。お前の事は俺が護る。お前の声だって、絶対に取り戻してみせる。お前が倒れそうなら、俺が支えるから!」

そしてこれは"心からのもの"なのだろう。
姫路瑞希は上条当麻に、満面の笑みを浮かべて頷いた。


       ◇       ◇       ◇


ねえ、上条君。
今なら私、怖くないです。
明久君達が死んでしまった事は、今でもとても辛いです。
けれど、それでも、あなたと一緒に歩けるんだって、今はそう思えるんです。

今なら温泉にだっていけると思う。
もしかしたらまた具合も悪くなってしまうかもしれないけれど、それでも、前とは違う。
上条君のおかげで、少しだけ心を強く持てるようになった気がしたから。

明久君みたいに、上条君の腕も温かかったから。


だからきっと私、大丈夫です。





【E-2/学校の校舎内/一日目・日中】

【上条当麻@とある魔術の禁書目録】
[状態]:全身に打撲(行動には支障なし)
[装備]:御崎高校の体操服(男物)@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式(不明支給品0~1)、吉井明久の答案用紙数枚@バカとテストと召喚獣、
     上条当麻の学校の制服(ドブ臭いにおいつき)@とある魔術の禁書目録、七天七刀@とある魔術の禁書目録
[思考・状況]
基本:このふざけた世界から全員で脱出する。殺しはしない。
1:とりあえず移動。というかぶっちゃけ学校から逃げてるパターン。姫路と共に。
2:温泉に向かう。かなめや先に温泉に向かったシャナ達とも合流したい。
3:インデックスを最優先に御坂と黒子に、ステイルも探す。正直、優先度は非常に上がっている。
4:教会下の墓地をもう一度探索したい。
5:そういや人類最悪がなんか言ってたな。
[備考]
※教会下の墓地に何かあると考えています。

【姫路瑞希@バカとテストと召喚獣】
[状態]:左中指と薬指の爪剥離、失声症、精神的に落ち着くことが出来た
[装備]:御崎高校の体操服(女物)@灼眼のシャナ、黒桐幹也の上着、ウサギの髪留め@バカとテストと召喚獣(注:下着なし)
[道具]:デイパック、血に染まったデイパック、基本支給品×2
     ボイスレコーダー(記録媒体付属)@現実、ランダム支給品1~2個
[思考・状況]
基本:上条当麻と共に生き続ける。未だ辛いことも多いけれど、それでも生き続ける。
1:明久君達の死はとてもとても哀しいが、同時に上条君の想いがとても暖かくて嬉しい。
2:今なら温泉にも、いけるかもしれない。





前:“幻想殺し”と黙する姫【レイディ】 上条当麻 次:トリックロジック――(TRICK×LOGIC)
前:“幻想殺し”と黙する姫【レイディ】 姫路瑞希 次:トリックロジック――(TRICK×LOGIC)



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