Far lightning/遠雷 ◆CFbj666Xrw
彼ら、彼女らは睨み合っていた。
ジーニアスとベッキーは空中に浮遊する明石薫を見上げ、
明石薫は水面に奇妙な格好で漂う二人を見下ろしていた。
といってもそれは、明確な殺意や敵意から来ているものではない。
彼らの中にある感情の多くは動揺と困惑、それに迷いや苛立ちだったのだ。
今のところ、まだ彼らは互いを敵だと確信してはいなかった。
だが。
ジーニアスとベッキーは空中に浮遊する明石薫を見上げ、
明石薫は水面に奇妙な格好で漂う二人を見下ろしていた。
といってもそれは、明確な殺意や敵意から来ているものではない。
彼らの中にある感情の多くは動揺と困惑、それに迷いや苛立ちだったのだ。
今のところ、まだ彼らは互いを敵だと確信してはいなかった。
だが。
「ジーニアス。……やっちまえ」
薫には届かない程度に小声で、物騒な言葉が吐かれる。
「え、ベッキー……?」
「やれ、あたしが許す! あたし達のこと物理的に思い出せなくしろ!
死なない程度にぶん殴るとかして! こんな格好見た奴をただでかえすなー!」
「ちょ、ちょっと待ってよベッキー!? いきなりそんな……!」
ジーニアスとて薫を警戒してはいたが、それはあくまで強力な力の持ち主としてだ。
悪人か予想もできない内から攻撃するなんて事には抵抗を覚える。
「なに言ってんだ、アイツの顔を見てみろ!
あんなガキのくせしてどー見ても悪人面な表情を……あっ」
レベッカは薫の方を指差して。
薫には届かない程度に小声で、物騒な言葉が吐かれる。
「え、ベッキー……?」
「やれ、あたしが許す! あたし達のこと物理的に思い出せなくしろ!
死なない程度にぶん殴るとかして! こんな格好見た奴をただでかえすなー!」
「ちょ、ちょっと待ってよベッキー!? いきなりそんな……!」
ジーニアスとて薫を警戒してはいたが、それはあくまで強力な力の持ち主としてだ。
悪人か予想もできない内から攻撃するなんて事には抵抗を覚える。
「なに言ってんだ、アイツの顔を見てみろ!
あんなガキのくせしてどー見ても悪人面な表情を……あっ」
レベッカは薫の方を指差して。
「ふぅーん。へぇ~」
薫はやっちまえだのという物騒な言葉を耳にして、しかし敵だと思いはしなかった。
なにせ明石薫も似たような性格なので、単に相手が怒っただけにしか思えない。
それが自分のようにエスパーなら警戒もするが、隣の少年頼りのあの様子じゃそれは無い。
だから危険とは思わない。
それどころかある種の共感を覚えすらした。
といっても、それと仲良くするかどうかも全くもって別のお話だ。
薫は無様な格好で水面に浮いている変な格好の少年少女を見て。
「…………プッ」
さも楽しげに鼻で笑ってやった。
レベッカの言うとおり実に非道い笑い顔だった。
薫はやっちまえだのという物騒な言葉を耳にして、しかし敵だと思いはしなかった。
なにせ明石薫も似たような性格なので、単に相手が怒っただけにしか思えない。
それが自分のようにエスパーなら警戒もするが、隣の少年頼りのあの様子じゃそれは無い。
だから危険とは思わない。
それどころかある種の共感を覚えすらした。
といっても、それと仲良くするかどうかも全くもって別のお話だ。
薫は無様な格好で水面に浮いている変な格好の少年少女を見て。
「…………プッ」
さも楽しげに鼻で笑ってやった。
レベッカの言うとおり実に非道い笑い顔だった。
その光景を見て、キレた。
「ああああ! アイツ笑いやがった!
笑うなバカ! あたしは先生なんだぞ! 笑うなったら笑うなー!!」
「落ち着いてよベッキー!?」
浮き輪となっているレベッカが暴れ、水面をゆらゆらと揺れる。
ジーニアスはしがみついていつのがやっとだった。
「くくっ、ま、そんな水の中に居ないで出てこいって。
お互いよーく見て話そうよ」
薫は笑いをこらえながら水面の二人に向けて手をかざした。
そして、力をこめた。
――轟と、水が渦巻く音が響いた。
「うわあああぁ!?」
「な、なんだよこれ!!」
水面が、不自然に窪んだ。
不可視の力が湖面の水を掴み取り、すり鉢状に押し広げたのだ。
しかしその中でもジーニアスとレベッカの位置は変わらない。
先程と同じ高さ、つまり二人は空中に浮かんでいた。
「な、何すんだよおまえ!!」
「えー? お互いよく見えるようにしただけだって。
それにしてもほんと変な格好だな、おまえら」
薫はけらけらと笑いながら二人を見下ろす。
別に殺意は無いし敵意というほどのものはない。悪意も度の過ぎたとはいえ悪戯心だ。
だがこれは、ジーニアスから見れば危機的状況だった。
(くそ、どうにかしないと!)
彼から見た明石薫は仮にもレベッカが敵とみなした相手であり、
その上にこの行為となれば、少なくとも逃げた方が良いと判断するには十分すぎる。
だがどうやって逃ればいい?
今の二人は空中に持ち上げられ、足場が無くまともな身動きが取れない。
当然、この状況でジーニアスに思いつく打開の手段は魔法となる。
素早く、そして小声で短い呪文を口ずさむ。
「…………ん? 何言ってんだ、おまえ?」
薫が首を傾げた時にはもう遅い。
「ビリビリだよ! ライトニング!」
「え……!?」
薫は反射的にサイコキノでバリアを作り出す。
だが、サイコキノ単体で雷や熱線を防ぐ事は、出来ない!
頭上から襲い掛かった小さな雷は薫の全身を突き抜けた!
「んぎゃっ」
「ああああ! アイツ笑いやがった!
笑うなバカ! あたしは先生なんだぞ! 笑うなったら笑うなー!!」
「落ち着いてよベッキー!?」
浮き輪となっているレベッカが暴れ、水面をゆらゆらと揺れる。
ジーニアスはしがみついていつのがやっとだった。
「くくっ、ま、そんな水の中に居ないで出てこいって。
お互いよーく見て話そうよ」
薫は笑いをこらえながら水面の二人に向けて手をかざした。
そして、力をこめた。
――轟と、水が渦巻く音が響いた。
「うわあああぁ!?」
「な、なんだよこれ!!」
水面が、不自然に窪んだ。
不可視の力が湖面の水を掴み取り、すり鉢状に押し広げたのだ。
しかしその中でもジーニアスとレベッカの位置は変わらない。
先程と同じ高さ、つまり二人は空中に浮かんでいた。
「な、何すんだよおまえ!!」
「えー? お互いよく見えるようにしただけだって。
それにしてもほんと変な格好だな、おまえら」
薫はけらけらと笑いながら二人を見下ろす。
別に殺意は無いし敵意というほどのものはない。悪意も度の過ぎたとはいえ悪戯心だ。
だがこれは、ジーニアスから見れば危機的状況だった。
(くそ、どうにかしないと!)
彼から見た明石薫は仮にもレベッカが敵とみなした相手であり、
その上にこの行為となれば、少なくとも逃げた方が良いと判断するには十分すぎる。
だがどうやって逃ればいい?
今の二人は空中に持ち上げられ、足場が無くまともな身動きが取れない。
当然、この状況でジーニアスに思いつく打開の手段は魔法となる。
素早く、そして小声で短い呪文を口ずさむ。
「…………ん? 何言ってんだ、おまえ?」
薫が首を傾げた時にはもう遅い。
「ビリビリだよ! ライトニング!」
「え……!?」
薫は反射的にサイコキノでバリアを作り出す。
だが、サイコキノ単体で雷や熱線を防ぐ事は、出来ない!
頭上から襲い掛かった小さな雷は薫の全身を突き抜けた!
「んぎゃっ」
フッと、二人を掴んでいた力が消えて。
ジーニアスとレベッカは湖面へと着水した。
ジーニアスとレベッカは湖面へと着水した。
* * *
それは予兆だった。
怖ろしい未来のささやかな前触れ。
訪れる未来との因果関係は薄いのに、ただ根拠の無い不吉な予感だけを残していく。
――遠くで小さな雷が、光った。
怖ろしい未来のささやかな前触れ。
訪れる未来との因果関係は薄いのに、ただ根拠の無い不吉な予感だけを残していく。
――遠くで小さな雷が、光った。
「ひっ」
少女は息を呑む。
それは廃墟を慎重に移動している時の事だ。
大通りの曲がり角から直線の先、その先にある橋、が掛かっている湖。
そこに小さな雷が落ちた。
「梨々ちゃん、あれって……!」
「うん、もしかしたらあのレックスっていう男の子があの辺りに居るのかも」
少女達は廃墟で息を潜めている。
「もしかして、また誰かが襲われてるの? それじゃ助けに行かなきゃ!」
「ダ、ダメ! 今度こそ殺されちゃう。
それにあのレックスっていう子とは別で、あいつはまだ近くに居るのかも」
「……そっか。うん、見つかっちゃダメだよね」
さくらは大人しく引き下がる。
少女達は慎重に移動していた。殺されない為に。
梨々も、そしてさくらも、また襲われるのが怖い事は本当だった。
さくらはそれでも危ない人を目にしたら飛び出しそうではあったが。
「でもリインの見た所だと、あの雷はそれほど強い魔法ではなかったようですよ?」
「え、それほんと? 私の時は直撃したら死んじゃいそうなくらい強かったのに」
「もしかすると別の人の魔法かもしれませんです。あるいは初級の魔法を使ったとか。
一瞬で遠かったから自信は無いですけど、多分当たっても死んだりはしないんじゃないでしょうか?」
少女は息を呑む。
それは廃墟を慎重に移動している時の事だ。
大通りの曲がり角から直線の先、その先にある橋、が掛かっている湖。
そこに小さな雷が落ちた。
「梨々ちゃん、あれって……!」
「うん、もしかしたらあのレックスっていう男の子があの辺りに居るのかも」
少女達は廃墟で息を潜めている。
「もしかして、また誰かが襲われてるの? それじゃ助けに行かなきゃ!」
「ダ、ダメ! 今度こそ殺されちゃう。
それにあのレックスっていう子とは別で、あいつはまだ近くに居るのかも」
「……そっか。うん、見つかっちゃダメだよね」
さくらは大人しく引き下がる。
少女達は慎重に移動していた。殺されない為に。
梨々も、そしてさくらも、また襲われるのが怖い事は本当だった。
さくらはそれでも危ない人を目にしたら飛び出しそうではあったが。
「でもリインの見た所だと、あの雷はそれほど強い魔法ではなかったようですよ?」
「え、それほんと? 私の時は直撃したら死んじゃいそうなくらい強かったのに」
「もしかすると別の人の魔法かもしれませんです。あるいは初級の魔法を使ったとか。
一瞬で遠かったから自信は無いですけど、多分当たっても死んだりはしないんじゃないでしょうか?」
* * *
当たった誰かこと明石薫は……宙に浮かんだまま半ば失神状態にあった。
電気ショックによって意識を刈り取られたのだ。
初級魔法とはいえ、直撃すれば殺せずとも多大な勝機を作り出す。
だがジーニアスもレベッカも追い打ちを掛けずに逃げ出したため、追撃は無かった。
ジーニアスは逃げる隙が欲しかっただけなのだ。
薫が気が付いた時、二人の影は既に湖底へと消えつつあった。
電気ショックによって意識を刈り取られたのだ。
初級魔法とはいえ、直撃すれば殺せずとも多大な勝機を作り出す。
だがジーニアスもレベッカも追い打ちを掛けずに逃げ出したため、追撃は無かった。
ジーニアスは逃げる隙が欲しかっただけなのだ。
薫が気が付いた時、二人の影は既に湖底へと消えつつあった。
「くそっ、何しやがるあの野郎! 痛いじゃねーかチクショウ! 逃げんなあ!!」
薫はすぐに激怒した。
傷自体は致命的な物ではない。
その上に怒り狂った明石薫はアドレナリン大量分泌で痛みを即座に忘れ去る。
残った怒りだけを胸に、湖面を睨み付け。
突撃した。
薫はすぐに激怒した。
傷自体は致命的な物ではない。
その上に怒り狂った明石薫はアドレナリン大量分泌で痛みを即座に忘れ去る。
残った怒りだけを胸に、湖面を睨み付け。
突撃した。
「ウソでしょ! 追ってこれるの!?」
「うわ、ヤベーな」
ジーニアスとレベッカの二人に焦りが浮かぶ。
視線の先には遥か湖面から迫りくる球体が有った。
サイコキノで周囲の空気を保持して水中に突撃してきた明石薫の姿だ。
ジーニアスとレベッカを見失っているのか、きょろきょろと湖底を見回しながら潜水している。
「どうしよう、ベッキー?」
二人は今、湖底に沈む都市に居る。
動かなければすぐには見つからないはずだ。
こっそり逃げてもいい。
水中だから種類こそ限定されるが、不意打ちでもっと大きな魔法を使えば倒す事も出来る。
「逃げるぞ。急いで、派手に」
だけどレベッカはそう言って……近くの、仲間の姿を示した。
「あいつ、知らない奴にあんな姿を見られたいなんて思わないだろ」
「……そうだね」
二人の近くには翠星石の死体が有った。
無惨に殺された、だけど満足げに笑みを浮かべた死体。
何かを果たした、だけど人形として無惨に壊された姿。
翠星石ならきっと怒るだろう。
『ジロジロ見てんじゃねーです!』だとか言って。
もしここで戦えば翠星石を巻き込んでしまうかも知れない。
そうでなくとも明石薫が翠星石の死体を見つけてしまうかも知れない。
ジーニアスとレベッカを笑ったように、翠星石を壊れた人形だとバカにするかもしれない。
(そんな事、絶対にさせるもんか)
ジーニアスとレベッカは見つめ合い、頷いた。
方針は決まり、その意志も堅い。
意志は迷うことなく実行へと移る!
「ジーニアス、あたしを持って走れるか? この服、すげー動きにくいんだ」
「判ってる。水中だからなんとかなるよ」
ジーニアスはレベッカを背中に担いだ。
宇宙服というのは基本的にとてつもなく重いものだが、
ぶかぶかになるほど中に空気が詰まったこの状態は水中において相当な浮力を生み出している。
つまりレベッカが行動できる程度の重さだ、ジーニアスにも担げない事は無い。
そして走り出した。
その速力はとてつもなく速い。
海底探検セットの一つ、快速シューズは水底において10倍もの速力を与えるのだ。
湖底の砂を巻き上げ爆走する二人の姿は即座に薫の目にも止まった。
「見つけた!」
薫は即座に追撃を始めた。
湖底を舞台にした長い追いかけっこが始まった。
「うわ、ヤベーな」
ジーニアスとレベッカの二人に焦りが浮かぶ。
視線の先には遥か湖面から迫りくる球体が有った。
サイコキノで周囲の空気を保持して水中に突撃してきた明石薫の姿だ。
ジーニアスとレベッカを見失っているのか、きょろきょろと湖底を見回しながら潜水している。
「どうしよう、ベッキー?」
二人は今、湖底に沈む都市に居る。
動かなければすぐには見つからないはずだ。
こっそり逃げてもいい。
水中だから種類こそ限定されるが、不意打ちでもっと大きな魔法を使えば倒す事も出来る。
「逃げるぞ。急いで、派手に」
だけどレベッカはそう言って……近くの、仲間の姿を示した。
「あいつ、知らない奴にあんな姿を見られたいなんて思わないだろ」
「……そうだね」
二人の近くには翠星石の死体が有った。
無惨に殺された、だけど満足げに笑みを浮かべた死体。
何かを果たした、だけど人形として無惨に壊された姿。
翠星石ならきっと怒るだろう。
『ジロジロ見てんじゃねーです!』だとか言って。
もしここで戦えば翠星石を巻き込んでしまうかも知れない。
そうでなくとも明石薫が翠星石の死体を見つけてしまうかも知れない。
ジーニアスとレベッカを笑ったように、翠星石を壊れた人形だとバカにするかもしれない。
(そんな事、絶対にさせるもんか)
ジーニアスとレベッカは見つめ合い、頷いた。
方針は決まり、その意志も堅い。
意志は迷うことなく実行へと移る!
「ジーニアス、あたしを持って走れるか? この服、すげー動きにくいんだ」
「判ってる。水中だからなんとかなるよ」
ジーニアスはレベッカを背中に担いだ。
宇宙服というのは基本的にとてつもなく重いものだが、
ぶかぶかになるほど中に空気が詰まったこの状態は水中において相当な浮力を生み出している。
つまりレベッカが行動できる程度の重さだ、ジーニアスにも担げない事は無い。
そして走り出した。
その速力はとてつもなく速い。
海底探検セットの一つ、快速シューズは水底において10倍もの速力を与えるのだ。
湖底の砂を巻き上げ爆走する二人の姿は即座に薫の目にも止まった。
「見つけた!」
薫は即座に追撃を始めた。
湖底を舞台にした長い追いかけっこが始まった。
* * *
少年が駆ける。水底をひた走る。
湖底都市をひた走り、遮蔽物に隠れ、建物の中を走り抜ける。
少女はそれを追う。水中を突き進む。
湖底都市を飛び回り、遮蔽物を粉砕し、建物を突き抜ける。
力任せに少年を追いかける。
しかし何度か迫りはしたものの、この湖底都市という環境は障害物が多すぎた。
「くそ、どこ行った!?」
薫はまた二人を見失った。
これで7回目くらいにはなるだろう。
すぐ近くに隠れているのだろうが、薫にそれを見つける適切な手段は無い。
こんな時、薫が思いつく手段は一つだけだ。
「そこら辺かあ!?」
ドンという音がして建物の壁が砕け散る。
もうもうと砂煙が立ちこめて、しかしその先に二人の姿は無かった。
「それじゃこっちか!?」
今度は別の方向の壁が砕ける。だがそれも外れだった。
とんでもない力任せの人捜しである。
片っ端から障害物を破壊して目標を捜すなんて非効率的にも程がある。
制限が掛かっている今、隠れるところを全て粉砕する程の力技は出来なかった。
それにここは水中なのだ。常に周囲に力を放出して空気を維持しなければならない。
幾ら世界最強クラスの念動能力者とはいえ、限界は来るはずだった。
しかし薫はそんな事を考えもせず、そんな様子を見せもせずに破壊を繰り返す。
諦めるとさえ考えなかった。
「よっし見つけた! 待ちやがれ!」
なにせ何度もあと少しまで迫っているのだから。
湖底都市をひた走り、遮蔽物に隠れ、建物の中を走り抜ける。
少女はそれを追う。水中を突き進む。
湖底都市を飛び回り、遮蔽物を粉砕し、建物を突き抜ける。
力任せに少年を追いかける。
しかし何度か迫りはしたものの、この湖底都市という環境は障害物が多すぎた。
「くそ、どこ行った!?」
薫はまた二人を見失った。
これで7回目くらいにはなるだろう。
すぐ近くに隠れているのだろうが、薫にそれを見つける適切な手段は無い。
こんな時、薫が思いつく手段は一つだけだ。
「そこら辺かあ!?」
ドンという音がして建物の壁が砕け散る。
もうもうと砂煙が立ちこめて、しかしその先に二人の姿は無かった。
「それじゃこっちか!?」
今度は別の方向の壁が砕ける。だがそれも外れだった。
とんでもない力任せの人捜しである。
片っ端から障害物を破壊して目標を捜すなんて非効率的にも程がある。
制限が掛かっている今、隠れるところを全て粉砕する程の力技は出来なかった。
それにここは水中なのだ。常に周囲に力を放出して空気を維持しなければならない。
幾ら世界最強クラスの念動能力者とはいえ、限界は来るはずだった。
しかし薫はそんな事を考えもせず、そんな様子を見せもせずに破壊を繰り返す。
諦めるとさえ考えなかった。
「よっし見つけた! 待ちやがれ!」
なにせ何度もあと少しまで迫っているのだから。
そう、ジーニアスとレベッカの二人は何度も薫から隠れながらも逃げきれずにいた。
理由の一つは快速シューズの力を借りて走ると、速すぎて大通りしか走れない事だ。
だだっ広い障害物の無い海底を走る事を想定された快速シューズは入り組んだ地形に弱い。
下手にそんな所を走り回れば壁にぶつかりかねなかった。
そしてもう一つの重大な理由は……体力の限界だった。
「はぁ、はぁ…………つ、疲れたあ……」
8度目の追撃を振り切ったジーニアスは建物の中で荒い息を吐いた。
いくら担げる程度とはいえ、宇宙服を来た少女を担いで走るのは相当に体力を消耗する。
ジーニアスは別に飛び抜けた肉体能力を持ってはいないのだ。
レベッカを担いだまま逃げ切るのは相当難儀な事だと言えた。
「なあ、あいつほんとに限界なんて有るのか?」
「有る……と思ったんだけど、わからなくなってきた」
「ったく、どうすんだよそんな事で」
レベッカの問いにジーニアスは思わず弱音を吐く。
振り切れずとも薫に無駄に力を使わせれば疲労した所を逃げきれると思っていた。
ジーニアスは、いくらレベッカを担いでいるとはいえ支給品の力を借りて走るだけだ。
空気の問題だって支給品で解決している。
一方の明石薫は全てを自前の能力で押し通しているようだ。
どちらが消耗するかなんて言うまでもない……はずだった。
……それには、同じくらいの体力ならという条件が付いていた。
元の世界において殆ど無尽蔵の力を持ち、それを使い切れてすらいなかった明石薫は、
この世界においても貯蔵する力の量でいえば莫大なエネルギーを秘めていたのだ。
「ベッキー、空気の量は大丈夫?」
「もうあんまり持たないよ。純酸素じゃなくてただの圧縮空気だからな、このボンベ」
宇宙服の残空気量も残り少なかった。
活動時間で言えば純酸素ボンベの方が長時間活動出来るのは言うまでもない。
しかし濃度の高い酸素は危険な為、低い気圧で使わなければならず、
下手に使うと高山病になる危険が高いため、その使用には前もって専用の施設で、
何時間も掛けて低気圧に体をならしてから使う必要が有り…………
一言で言うとこの宇宙服には使い勝手の悪い酸素ボンベではなく空気ボンベが付いていた。
そこまで言ってふと気づく。
「あれ、でもそれって……」
「……あっちは圧縮もしてないただの空気だよな?」
二人は隠れた場所から薫の方を覗き見た。
理由の一つは快速シューズの力を借りて走ると、速すぎて大通りしか走れない事だ。
だだっ広い障害物の無い海底を走る事を想定された快速シューズは入り組んだ地形に弱い。
下手にそんな所を走り回れば壁にぶつかりかねなかった。
そしてもう一つの重大な理由は……体力の限界だった。
「はぁ、はぁ…………つ、疲れたあ……」
8度目の追撃を振り切ったジーニアスは建物の中で荒い息を吐いた。
いくら担げる程度とはいえ、宇宙服を来た少女を担いで走るのは相当に体力を消耗する。
ジーニアスは別に飛び抜けた肉体能力を持ってはいないのだ。
レベッカを担いだまま逃げ切るのは相当難儀な事だと言えた。
「なあ、あいつほんとに限界なんて有るのか?」
「有る……と思ったんだけど、わからなくなってきた」
「ったく、どうすんだよそんな事で」
レベッカの問いにジーニアスは思わず弱音を吐く。
振り切れずとも薫に無駄に力を使わせれば疲労した所を逃げきれると思っていた。
ジーニアスは、いくらレベッカを担いでいるとはいえ支給品の力を借りて走るだけだ。
空気の問題だって支給品で解決している。
一方の明石薫は全てを自前の能力で押し通しているようだ。
どちらが消耗するかなんて言うまでもない……はずだった。
……それには、同じくらいの体力ならという条件が付いていた。
元の世界において殆ど無尽蔵の力を持ち、それを使い切れてすらいなかった明石薫は、
この世界においても貯蔵する力の量でいえば莫大なエネルギーを秘めていたのだ。
「ベッキー、空気の量は大丈夫?」
「もうあんまり持たないよ。純酸素じゃなくてただの圧縮空気だからな、このボンベ」
宇宙服の残空気量も残り少なかった。
活動時間で言えば純酸素ボンベの方が長時間活動出来るのは言うまでもない。
しかし濃度の高い酸素は危険な為、低い気圧で使わなければならず、
下手に使うと高山病になる危険が高いため、その使用には前もって専用の施設で、
何時間も掛けて低気圧に体をならしてから使う必要が有り…………
一言で言うとこの宇宙服には使い勝手の悪い酸素ボンベではなく空気ボンベが付いていた。
そこまで言ってふと気づく。
「あれ、でもそれって……」
「……あっちは圧縮もしてないただの空気だよな?」
二人は隠れた場所から薫の方を覗き見た。
「息が、息があああああぁっ!!」
酸素切れに藻掻きながら水面に浮上する明石薫の姿が有った。
酸素切れに藻掻きながら水面に浮上する明石薫の姿が有った。
「今なら逃げきれそうだね」「だな」
二人は頷き合うと、陸に向けて走り出した。
二人は頷き合うと、陸に向けて走り出した。
* * *
「すぅー、ぷはーっ。空気がうめー!」
まるでタバコでも吸ってるようなオヤジ臭い擬音だが、深呼吸である。
明石薫は川の畔で大きく息を取り入れていた。
酸素不足で窒息しそうになった後の空気はとても美味しく感じられる。
湖畔の爽やかで綺麗な空気ともなれば尚更である。
語彙が豊かな者ならば「この空気は爽やかでありながら命に満ちて瑞々しく」云々と絶賛するかもしれない。
変なエフェクト付きで。
しかし薫は、腹立たしげに表情を歪めた。
「それにしてもあの野郎、どこ行きやがったんだ?」
薫は再潜水して周囲を捜したが、あの二人の姿は既に何処にもなかった。
まだ湖底の街に居るとしても、辺りさえ付けられなければ見つけだす事は不可能だ。
そもそも陸に上がってると考えた方がいい。
ジーニアスとレベッカは完全に追撃を振り切っていた。
「あの湖底の街もなんだかよくわかんねーし。ここ、ダム湖なのか?」
ダム湖に村が沈んでいる光景は見た事がある。
だけどもしダム湖だとすれば、ダムは何処に有るのだろう?
それらしいものは何処にも見当たらない。
「まあいっか。それより……
まるでタバコでも吸ってるようなオヤジ臭い擬音だが、深呼吸である。
明石薫は川の畔で大きく息を取り入れていた。
酸素不足で窒息しそうになった後の空気はとても美味しく感じられる。
湖畔の爽やかで綺麗な空気ともなれば尚更である。
語彙が豊かな者ならば「この空気は爽やかでありながら命に満ちて瑞々しく」云々と絶賛するかもしれない。
変なエフェクト付きで。
しかし薫は、腹立たしげに表情を歪めた。
「それにしてもあの野郎、どこ行きやがったんだ?」
薫は再潜水して周囲を捜したが、あの二人の姿は既に何処にもなかった。
まだ湖底の街に居るとしても、辺りさえ付けられなければ見つけだす事は不可能だ。
そもそも陸に上がってると考えた方がいい。
ジーニアスとレベッカは完全に追撃を振り切っていた。
「あの湖底の街もなんだかよくわかんねーし。ここ、ダム湖なのか?」
ダム湖に村が沈んでいる光景は見た事がある。
だけどもしダム湖だとすれば、ダムは何処に有るのだろう?
それらしいものは何処にも見当たらない。
「まあいっか。それより……
「……どうしようかな、これから」
開始直後から気になる物ばかりでそれに釣られて衝動的に動いていたが、
ここは殺し合いがそこら中で起きている“ヤバイ”場所だったはずだ。
幸いにも薫は一度も死体や殺し合いの現場に遭遇していなかったが、
それだけに今ひとつ、この世界に関する緊張感や実感が足りていなかった。
最初の会場で見た凄惨な光景さえその後の騒動で現実感を失いつつある。
木に激突させられ臨死体験までしたというのに、どうにも緊迫していない。
そんなだからいつもの調子で衝動的で乱暴な行動に出て、危険人物だと誤認されるのだ。
いや完全に誤解とまでは言い難いが、少なくとも薫は本気で誰かを殺そうとは思っていなかった。
「うーん、ま、葵と紫穂をさがして……」
とりあえず親友を捜そうと決めかけたその時。
森の向こうの空が一瞬光って。
轟音が響いた!
ここは殺し合いがそこら中で起きている“ヤバイ”場所だったはずだ。
幸いにも薫は一度も死体や殺し合いの現場に遭遇していなかったが、
それだけに今ひとつ、この世界に関する緊張感や実感が足りていなかった。
最初の会場で見た凄惨な光景さえその後の騒動で現実感を失いつつある。
木に激突させられ臨死体験までしたというのに、どうにも緊迫していない。
そんなだからいつもの調子で衝動的で乱暴な行動に出て、危険人物だと誤認されるのだ。
いや完全に誤解とまでは言い難いが、少なくとも薫は本気で誰かを殺そうとは思っていなかった。
「うーん、ま、葵と紫穂をさがして……」
とりあえず親友を捜そうと決めかけたその時。
森の向こうの空が一瞬光って。
轟音が響いた!
「うわ!? か、雷か?」
薫は目を白黒させてその方角を見る。
その雷音は一度だけで、空は変わらない晴れやかさを保っていた。
それだけにこの唐突な落雷は薫の興味を惹くには十二分すぎた。
「もしかしてさっきの奴か? よし、今度こそ逃さねえ!
えーっと…………こっち、かな?」」
薫は宙に浮かび上がり、落雷の場所を捜しに向かった。
結局の所、薫はまたも状況に呑まれ、勢いに任せていた。
薫は目を白黒させてその方角を見る。
その雷音は一度だけで、空は変わらない晴れやかさを保っていた。
それだけにこの唐突な落雷は薫の興味を惹くには十二分すぎた。
「もしかしてさっきの奴か? よし、今度こそ逃さねえ!
えーっと…………こっち、かな?」」
薫は宙に浮かび上がり、落雷の場所を捜しに向かった。
結局の所、薫はまたも状況に呑まれ、勢いに任せていた。
* * *
橋の下からでもその落雷は判った。
距離は多少離れていても一直線だったし、その雷はとてつもなく激しいものだった。
なにより彼女達はまた雷が鳴るかもしれないと思っていたから、その光と音を正確に観察できた。
だから一度目より詳しく状況を把握する。
「なにあれ、私の時のだってあんなにとんでもなくなかったのに……」
「リインの見た所だと相当強力な魔法みたいです。
もしかしたら、なのはさんの砲撃魔法と同じ位かもしれません」
梨々の怯えにリインの解説が続く。
「どうしよう、今度こそ誰かが襲われてるのかも……」
「でも音が届くまでの時間からして、2km近くは有ると思う。
何か起きてるとしても、それじゃ間に合うかどうかもわからないよ」
「それじゃ……それじゃせめて、この子だけでもどうにかしなくちゃ」
この子というのはさくらと梨々の前に倒れている少女だった。
橋の下の魔力反応を見つけて降りてみればそこには一人の少女が倒れていたのだ。
「……でも、この子だって信用できるかわからない。
連れてくにしたって縄で縛ったりした方がいいんじゃないの?」
「それはダメ。絶対ダメ!」
結局梨々はさくらに折れて、少女を担いで移動する事にして。
……少女が目覚めたのはそのすぐ後の事だった。
距離は多少離れていても一直線だったし、その雷はとてつもなく激しいものだった。
なにより彼女達はまた雷が鳴るかもしれないと思っていたから、その光と音を正確に観察できた。
だから一度目より詳しく状況を把握する。
「なにあれ、私の時のだってあんなにとんでもなくなかったのに……」
「リインの見た所だと相当強力な魔法みたいです。
もしかしたら、なのはさんの砲撃魔法と同じ位かもしれません」
梨々の怯えにリインの解説が続く。
「どうしよう、今度こそ誰かが襲われてるのかも……」
「でも音が届くまでの時間からして、2km近くは有ると思う。
何か起きてるとしても、それじゃ間に合うかどうかもわからないよ」
「それじゃ……それじゃせめて、この子だけでもどうにかしなくちゃ」
この子というのはさくらと梨々の前に倒れている少女だった。
橋の下の魔力反応を見つけて降りてみればそこには一人の少女が倒れていたのだ。
「……でも、この子だって信用できるかわからない。
連れてくにしたって縄で縛ったりした方がいいんじゃないの?」
「それはダメ。絶対ダメ!」
結局梨々はさくらに折れて、少女を担いで移動する事にして。
……少女が目覚めたのはそのすぐ後の事だった。
* * *
再び雷が鳴る少し前の事だ。
「おいジーニアス、体引っ張ってくれ」
「うん、わかったよベッキー」
二人は湖の畔で着替えていた。
といっても、別に素肌を晒していたわけではない。
「あんまり無理に引っ張らないでくれよー」
「うん、わかってるってば。よいしょ」
二人がかりでベッキーの宇宙服を脱いでいた。
水中の浮力無しでは宇宙服はとんでもなく重い。
少なくとも普通の子供ではまともに動けなくなる程に重いのだ。
着るのも脱ぐのも一苦労である。
「ふー、重かったー。防弾になるかなと思ったけど陸じゃただの棺桶だな、これ」
「ボクも着替えるよ。シューズはこのままでも大丈夫だけど、他は陸向きじゃないや」
ジーニアスの快速シューズは水底では重しにもなる重量のある代物だったが、
バネが効いている為、慣れてしまえば思いの外に軽く感じた。
流石に水中のように高速で走れるわけではないが、動きを阻害される事も無い。
ヘッドランプも良いだろう。しかしエアチューブと水着は陸上ではまるで意味が無い。
チューブが無い方が呼吸はしやすいし、水着も……外見の事も有るが陸の服の方が便利だ。
ジーニアスは近くの茂みでさっさと着替えを済ます事にした。
遠雷が鳴り響いたのは、ジーニアスが着替えを済ました丁度その時だった。
「おいジーニアス、体引っ張ってくれ」
「うん、わかったよベッキー」
二人は湖の畔で着替えていた。
といっても、別に素肌を晒していたわけではない。
「あんまり無理に引っ張らないでくれよー」
「うん、わかってるってば。よいしょ」
二人がかりでベッキーの宇宙服を脱いでいた。
水中の浮力無しでは宇宙服はとんでもなく重い。
少なくとも普通の子供ではまともに動けなくなる程に重いのだ。
着るのも脱ぐのも一苦労である。
「ふー、重かったー。防弾になるかなと思ったけど陸じゃただの棺桶だな、これ」
「ボクも着替えるよ。シューズはこのままでも大丈夫だけど、他は陸向きじゃないや」
ジーニアスの快速シューズは水底では重しにもなる重量のある代物だったが、
バネが効いている為、慣れてしまえば思いの外に軽く感じた。
流石に水中のように高速で走れるわけではないが、動きを阻害される事も無い。
ヘッドランプも良いだろう。しかしエアチューブと水着は陸上ではまるで意味が無い。
チューブが無い方が呼吸はしやすいし、水着も……外見の事も有るが陸の服の方が便利だ。
ジーニアスは近くの茂みでさっさと着替えを済ます事にした。
遠雷が鳴り響いたのは、ジーニアスが着替えを済ました丁度その時だった。
「今のって……」
「雷だな。近いぞ、せいぜい1キロだ。……でも、晴れてるな」
「うん、きっと誰かの魔法だよ。それもかなり強い」
雷の音はかなり強烈に鳴り響いた。
ジーニアスがイリヤに撃とうとした必殺の雷撃魔法、インディグネイションと同じ程ではなかろうか。
まあ遠くから音を効いただけでは大体の辺りしか付けられないが。
「……様子を見に行ってみよう、ベッキー」
「おい、危なくないのか?」
「様子を見るだけだよ。危なそうだったらそれだけで退けばいい」
それもそうかとレベッカは頷き、二人は森へと行軍を始めた。
……その上空を、明石薫が飛び去った。
「っ! 今のってさっきの奴じゃないか!」
「近くに居たんだな。あいつもさっきの雷を見に行ったのかな」
「でも……」「……ああ」
二人して顔を見合わせる。
明石薫の飛んでいった方角と雷が落ちた方角を照らし合わせる。
そして子供っぽくとも仮にも天才二名は、分析の結論を出した。
「ちょっと方角がずれてるよな、あいつ」「……だよね」
飛んでいてもすぐに着けるとは限らない。
「雷だな。近いぞ、せいぜい1キロだ。……でも、晴れてるな」
「うん、きっと誰かの魔法だよ。それもかなり強い」
雷の音はかなり強烈に鳴り響いた。
ジーニアスがイリヤに撃とうとした必殺の雷撃魔法、インディグネイションと同じ程ではなかろうか。
まあ遠くから音を効いただけでは大体の辺りしか付けられないが。
「……様子を見に行ってみよう、ベッキー」
「おい、危なくないのか?」
「様子を見るだけだよ。危なそうだったらそれだけで退けばいい」
それもそうかとレベッカは頷き、二人は森へと行軍を始めた。
……その上空を、明石薫が飛び去った。
「っ! 今のってさっきの奴じゃないか!」
「近くに居たんだな。あいつもさっきの雷を見に行ったのかな」
「でも……」「……ああ」
二人して顔を見合わせる。
明石薫の飛んでいった方角と雷が落ちた方角を照らし合わせる。
そして子供っぽくとも仮にも天才二名は、分析の結論を出した。
「ちょっと方角がずれてるよな、あいつ」「……だよね」
飛んでいてもすぐに着けるとは限らない。
* * *
「ベルフラウは、ここにキスするの。そうすれば、すぐにはジャコに斬らせないであげるの♪」
目の前の少女人形は手を差し出して、そう言った。
あまりにも朗らかに。
同族に見える別の、恐怖に歪んだ少女人形の首を抱えて。
カボチャのお化け人形に鋭利な鎌を突きつけさせて。
嬉しげに笑っていた。
「………………」
――本当に危険な選択はどちらなのか?
判らない……いや、違う。
(安全な選択なんて有りませんわ)
どちらを選んでも死の危険が存在する事を肌で感じれた。
戦ってこの状況を打破できる可能性は殆ど無きに等しい。
ならすぐには死なないであろう儀式を選ぶのか? 不吉な気配を漂わせるそれを。
それもまた、剰りに危険な選択に思えた。
「…………一つだけ、よろしいでしょうか……?」
だから少しでも先延ばして情報を得ようとする。
「なぁに?」
雛苺はこくりと小首を傾げて応える。
普段なら愛らしいであろうその仕草も、今では恐怖しか生み出さない。
ベルフラウは軽く唇を噛んで震えを押し殺すと、訊いた。
「それは何の契約ですの?」
「………………」
雛苺は無言で笑い続け。
ジャコの鎌が首に食い込み、ぷつりと小さな痛みが走った。
「ひっ」
「教えてあげない♪」
ベルフラウは恐怖しながらも一つの確信を得る。
この儀式はやはり何らかの契約だ。
契約というからには互いに何らかの代価を支払うのが筋だろう。
しかし目の前の少女はそんな事を教えもせずに契約を迫る。
圧倒的に劣位な状況ではこの契約を呑む以外に何が出来るというのか。
(どうすれば良いの、先生……!)
もうこのどう考えても一方的な契約を受け入れるしかないのだろうか。
そう思ったその矢先に……少年の声が聞こえた。
目の前の少女人形は手を差し出して、そう言った。
あまりにも朗らかに。
同族に見える別の、恐怖に歪んだ少女人形の首を抱えて。
カボチャのお化け人形に鋭利な鎌を突きつけさせて。
嬉しげに笑っていた。
「………………」
――本当に危険な選択はどちらなのか?
判らない……いや、違う。
(安全な選択なんて有りませんわ)
どちらを選んでも死の危険が存在する事を肌で感じれた。
戦ってこの状況を打破できる可能性は殆ど無きに等しい。
ならすぐには死なないであろう儀式を選ぶのか? 不吉な気配を漂わせるそれを。
それもまた、剰りに危険な選択に思えた。
「…………一つだけ、よろしいでしょうか……?」
だから少しでも先延ばして情報を得ようとする。
「なぁに?」
雛苺はこくりと小首を傾げて応える。
普段なら愛らしいであろうその仕草も、今では恐怖しか生み出さない。
ベルフラウは軽く唇を噛んで震えを押し殺すと、訊いた。
「それは何の契約ですの?」
「………………」
雛苺は無言で笑い続け。
ジャコの鎌が首に食い込み、ぷつりと小さな痛みが走った。
「ひっ」
「教えてあげない♪」
ベルフラウは恐怖しながらも一つの確信を得る。
この儀式はやはり何らかの契約だ。
契約というからには互いに何らかの代価を支払うのが筋だろう。
しかし目の前の少女はそんな事を教えもせずに契約を迫る。
圧倒的に劣位な状況ではこの契約を呑む以外に何が出来るというのか。
(どうすれば良いの、先生……!)
もうこのどう考えても一方的な契約を受け入れるしかないのだろうか。
そう思ったその矢先に……少年の声が聞こえた。
「キミ……もしかして、翠星石の友達?」
「……翠星石を知っているの?」
(この子の仲間……!?)
運の悪さに更にもうダメだと思いそうになる。
雛苺の背後、森の奥から一人の少年が姿を表していた。
言うまでもなく、ジーニアスだ。
雛苺やベルフラウからは見えないが、レベッカも森の奥で様子を見ていた。
呼び声に応えて、雛苺もジーニアスの方をゆっくりと振り返る。
それでもジャコの鎌は突きつけられたままだからベルフラウは動きが取れなくて。
胸に抱えた別の少女人形の首が、ジーニアスの視界に映った。
「な、なんなんだその……!」
「真紅だよ。これからはずっと、真紅と一緒なの。他のみんなとも一緒なの。
ねえ、翠星石はどこに居るの? 蒼星石は? 金糸雀は?」
ジーニアスが絶句し、雛苺が笑う。
雛苺はベルフラウに背を向けていたけれど、それでも笑顔を浮かべているのは間違いない。
……ふと、思った。
糸を操る者も居ないのに、ジャコはどうやって動いているのだろう? と。
(決まってますわ。この雛って子がどうにかして操って……あ……)
それはジャコが単独で動いているわけではないという事。
それならばもしかすると……ベルフラウを見ている目は雛苺の二つだけではなかろうか?
「………………」
驚く少年を遠目にベルフラウは少しだけ後ろに這った。
――ジャコは斬りかかってこない。
そっと体を起きあがらせる。
――ジャコは動かない。
(行けますわ)
ベルフラウはきびすを返し全力で走り出し……!
「……翠星石を知っているの?」
(この子の仲間……!?)
運の悪さに更にもうダメだと思いそうになる。
雛苺の背後、森の奥から一人の少年が姿を表していた。
言うまでもなく、ジーニアスだ。
雛苺やベルフラウからは見えないが、レベッカも森の奥で様子を見ていた。
呼び声に応えて、雛苺もジーニアスの方をゆっくりと振り返る。
それでもジャコの鎌は突きつけられたままだからベルフラウは動きが取れなくて。
胸に抱えた別の少女人形の首が、ジーニアスの視界に映った。
「な、なんなんだその……!」
「真紅だよ。これからはずっと、真紅と一緒なの。他のみんなとも一緒なの。
ねえ、翠星石はどこに居るの? 蒼星石は? 金糸雀は?」
ジーニアスが絶句し、雛苺が笑う。
雛苺はベルフラウに背を向けていたけれど、それでも笑顔を浮かべているのは間違いない。
……ふと、思った。
糸を操る者も居ないのに、ジャコはどうやって動いているのだろう? と。
(決まってますわ。この雛って子がどうにかして操って……あ……)
それはジャコが単独で動いているわけではないという事。
それならばもしかすると……ベルフラウを見ている目は雛苺の二つだけではなかろうか?
「………………」
驚く少年を遠目にベルフラウは少しだけ後ろに這った。
――ジャコは斬りかかってこない。
そっと体を起きあがらせる。
――ジャコは動かない。
(行けますわ)
ベルフラウはきびすを返し全力で走り出し……!
「逃がさないの」
いつの間にか地に広がっていた苺轍がベルフラウの足に絡みついた!
「きゃあ!?」
あっさりと足を取られて地に転ぶ。
すぐ脇の地面にジャコの鎌が突き立った。
ジーニアスは刺激すまいと駆け寄る足を止め、ベルフラウは再び囚われの身に逆戻る。
ベルフラウは見た。ジャコの鎌の柄の方が、いつの間にかコンと雛苺に当てられている事を。
雛苺に力を注ぎ込まれたジャコは、擬似的に自らの意志で動いているのだ。
「逃げちゃダメ。早くここにキスするの。それからヒナと一緒に行くの。
そうしないと、すぐにジャコに切らせるの。……次の人もすぐ近くに来たから」
「う…………!」
突きつけられた手を拒む術は最早無い。
逆らえばきっと、今度こそ殺される。引き延ばしても。
「早く。ね、ベル……」
雛苺がベルフラウを急かそうとしたその瞬間。
「葵に何しやがる!!」
乱暴な力の奔流が雛苺をジャコごと吹き飛ばした!
「ふぁ……?」
雛苺は何が起きたか判らないままに力の奔流に呑み込まれ。
小さな体の雛苺と、空を飛ぶために軽量素材で作られたジャック・オー・ランタンは。
空高く跳ね飛ばされ、綺麗な放物線を描いて…………川に、叩き込まれた。
高々と水飛沫が上がった。
「きゃあ!?」
あっさりと足を取られて地に転ぶ。
すぐ脇の地面にジャコの鎌が突き立った。
ジーニアスは刺激すまいと駆け寄る足を止め、ベルフラウは再び囚われの身に逆戻る。
ベルフラウは見た。ジャコの鎌の柄の方が、いつの間にかコンと雛苺に当てられている事を。
雛苺に力を注ぎ込まれたジャコは、擬似的に自らの意志で動いているのだ。
「逃げちゃダメ。早くここにキスするの。それからヒナと一緒に行くの。
そうしないと、すぐにジャコに切らせるの。……次の人もすぐ近くに来たから」
「う…………!」
突きつけられた手を拒む術は最早無い。
逆らえばきっと、今度こそ殺される。引き延ばしても。
「早く。ね、ベル……」
雛苺がベルフラウを急かそうとしたその瞬間。
「葵に何しやがる!!」
乱暴な力の奔流が雛苺をジャコごと吹き飛ばした!
「ふぁ……?」
雛苺は何が起きたか判らないままに力の奔流に呑み込まれ。
小さな体の雛苺と、空を飛ぶために軽量素材で作られたジャック・オー・ランタンは。
空高く跳ね飛ばされ、綺麗な放物線を描いて…………川に、叩き込まれた。
高々と水飛沫が上がった。
「…………あれ? 葵じゃねえ。なんで葵の制服を着てんだ?」
「あなた…………だれ?」
明石薫の短絡は、偶然にも一人の少女を助ける結果へと繋がった。
「あなた…………だれ?」
明石薫の短絡は、偶然にも一人の少女を助ける結果へと繋がった。
そして刻限は午後へと進む。
≪138:壱Qフィールド | 時系列順に読む | 141:真実は煙に紛れて(1)≫ |
≪139:幸せのかたち | 投下順に読む | 140:Frozen war/冷戦≫ |
≪109:出会いはいつも最悪で | ジーニアスの登場SSを読む | 140:Frozen war/冷戦≫ |
≪109:出会いはいつも最悪で | ベッキーの登場SSを読む | 140:Frozen war/冷戦≫ |
≪109:『』shift | 明石薫の登場SSを読む | 140:Frozen war/冷戦≫ |
≪129:出会いはいつも最悪で | 桜の登場SSを読む | 140:Frozen war/冷戦≫ |
≪129:出会いはいつも最悪で | 梨々の登場SSを読む | 140:Frozen war/冷戦≫ |
≪129:出会いはいつも最悪で | イリヤの登場SSを読む | 140:Frozen war/冷戦≫ |
≪131:それぞれの限界、それぞれの転向 (前編) | 雛苺の登場SSを読む | 140:Frozen war/冷戦≫ |
≪131:それぞれの限界、それぞれの転向 (前編) | ベルフラウの登場SSを読む | 140:Frozen war/冷戦≫ |