リリス乱舞/斬、そして……(前編) ◆sUD0pkyYlo
「……なるほどね。で、『バルディッシュ』、だったかしら? 私にも貴方を扱えるのかしら?」
『白レン、あなたからもリンカーコアの存在は感じられます。
私がフォローすればミッドチルダ式の魔法も使えるでしょう。ただ……』
「ただ、この子をあなたに渡しちゃうと、今度は私が使える武器がなくなっちゃうの」
『白レン、あなたからもリンカーコアの存在は感じられます。
私がフォローすればミッドチルダ式の魔法も使えるでしょう。ただ……』
「ただ、この子をあなたに渡しちゃうと、今度は私が使える武器がなくなっちゃうの」
森の中にそびえる塔の前、ちょっと開けた空き地にて。
穏やかな青空の下、タバサと白レンがお互いの武器を手に取りながら話をしている。
そこには警戒も何もない。初対面からほとんど間も無いというのに、数年来の友人のような親しい雰囲気。
そして話しているのは、詳しい自己紹介よりも先に始まった、お互いが持っている武器と能力の確認――
2人の間を取り持った蒼星石にも、この2人の行動は予想外。
白レンのすぐ傍、黙って周囲を警戒しているイシドロのことも、どう判断したものか迷う。
穏やかな青空の下、タバサと白レンがお互いの武器を手に取りながら話をしている。
そこには警戒も何もない。初対面からほとんど間も無いというのに、数年来の友人のような親しい雰囲気。
そして話しているのは、詳しい自己紹介よりも先に始まった、お互いが持っている武器と能力の確認――
2人の間を取り持った蒼星石にも、この2人の行動は予想外。
白レンのすぐ傍、黙って周囲を警戒しているイシドロのことも、どう判断したものか迷う。
「私にも『エーテライト』が使えるようなら、交換してもよかったんだけど……。
パーティの戦力バランスを考えると、バリアジャケットがある人が前衛に立った方がいいと思うの。
みんな防具は持って無いし、バルディッシュが作るバリアジャケットはかなり頑丈だし」
「でしたら、貴方が持っていた方が良さそうね。
私は杖で戦った経験は無いし、後ろから氷の技で援護させてもらうことにするわ」
「あの――ちょっといいかな?」
パーティの戦力バランスを考えると、バリアジャケットがある人が前衛に立った方がいいと思うの。
みんな防具は持って無いし、バルディッシュが作るバリアジャケットはかなり頑丈だし」
「でしたら、貴方が持っていた方が良さそうね。
私は杖で戦った経験は無いし、後ろから氷の技で援護させてもらうことにするわ」
「あの――ちょっといいかな?」
どんどん進んでいく話に、蒼星石はとうとう我慢しきれずに口を挟んだ。
何? と不思議そうな表情で首を傾げる少女2人の視線に、蒼星石は少し戸惑う。
何? と不思議そうな表情で首を傾げる少女2人の視線に、蒼星石は少し戸惑う。
「その……さ、何でまた、いきなりそんな話をしてるのかな……。
互いの自己紹介とか、これからの方針の相談とか、もっと先にやることはあると思うんだけど……」
「何言ってるの、蒼星石? パーティの仲間が増えたらまず『そうび』を確認するのは、基本じゃない?」
「残念ながら、この島ではいつ誰に襲われてもおかしくないの。まずは身の安全を図らないとね」
互いの自己紹介とか、これからの方針の相談とか、もっと先にやることはあると思うんだけど……」
「何言ってるの、蒼星石? パーティの仲間が増えたらまず『そうび』を確認するのは、基本じゃない?」
「残念ながら、この島ではいつ誰に襲われてもおかしくないの。まずは身の安全を図らないとね」
ごくごく当たり前のことのように、事もなげに断言する2人。蒼星石は混乱する。
確かに筋は通っているようだけど……でも、本当にそれでいいのか!?
自らの常識的な感覚が揺るがされる。何を信じればいいのか分からなくなる。
いや、夢の中での出来事を深く突っ込まれないのは、蒼星石にも都合がいいのだけど……。
そんな彼女の前で、白レンはふと思い出した様子で、ランドセルから何かを取り出す。
確かに筋は通っているようだけど……でも、本当にそれでいいのか!?
自らの常識的な感覚が揺るがされる。何を信じればいいのか分からなくなる。
いや、夢の中での出来事を深く突っ込まれないのは、蒼星石にも都合がいいのだけど……。
そんな彼女の前で、白レンはふと思い出した様子で、ランドセルから何かを取り出す。
「そういえば……貴方がたのどちらか、これ何だか分かるかしら?
支給品の1つなのだけど、使い道が分からなくて」
「?? 楽器? それともオモチャ?」
「それは……!」
支給品の1つなのだけど、使い道が分からなくて」
「?? 楽器? それともオモチャ?」
「それは……!」
蒼星石は思わず声を上げる。
出てきたのは小さなバイオリンケース。普通の人間には小さすぎる、ミニチュアサイズの精巧な一品。
見間違えるはずがない、それは、どう見ても……
出てきたのは小さなバイオリンケース。普通の人間には小さすぎる、ミニチュアサイズの精巧な一品。
見間違えるはずがない、それは、どう見ても……
「知ってるの、蒼星石?」
「それは、金糸雀のバイオリンじゃないか!」
「カナリア? 誰、それ?」
「ボクの姉妹の1人さ。ローゼンメイデン第二ドール、金糸雀が使うバイオリン。
演奏する曲に力を乗せて、多彩な技を放つ彼女の武器だ……!」
「それは、金糸雀のバイオリンじゃないか!」
「カナリア? 誰、それ?」
「ボクの姉妹の1人さ。ローゼンメイデン第二ドール、金糸雀が使うバイオリン。
演奏する曲に力を乗せて、多彩な技を放つ彼女の武器だ……!」
自分自身の『庭師の鋏』が奪われていたから、姉妹たちも似たような状況にあることは容易に想像できた。
けれども、こうして実際に他の姉妹の道具を目の前にすると、不安になってくる。
今ごろ金糸雀はどうしているのだろう。バイオリンが無くて苦労してないだろうか。
あの子はコレが無いと、使える技がほとんど無くなってしまうから……。
けれども、こうして実際に他の姉妹の道具を目の前にすると、不安になってくる。
今ごろ金糸雀はどうしているのだろう。バイオリンが無くて苦労してないだろうか。
あの子はコレが無いと、使える技がほとんど無くなってしまうから……。
「へー、音楽で戦うの? 楽しそう! 蒼星石にもできる?!」
「いや、ボクには無理だ。金糸雀のローザミスティカがあればともかく、これはボクの道具じゃないから。
ただ……」
「いや、ボクには無理だ。金糸雀のローザミスティカがあればともかく、これはボクの道具じゃないから。
ただ……」
目を輝かせるタバサの前で、蒼星石はバイオリンケースを受け取って蓋を開く。
取り出したのはバイオリン――ではなく、それに付属している演奏用の弓の方。
取り出したのはバイオリン――ではなく、それに付属している演奏用の弓の方。
「ただ、こっちは使えそうだ。
軽いし、短いし、『庭師の鋏』のようにはいかないけれど――はッ!」
軽いし、短いし、『庭師の鋏』のようにはいかないけれど――はッ!」
バイオリンの弓を剣のように構えると、唐突にその場で跳躍、そして一閃。
空中で1回転した彼女が着地すると同時に、太い樹の枝がゆっくりとズレ始め、やがてバサリと落ちる。
その切断面は鏡のように滑らかで、まるで日本刀で斬ったかのようだ。
まさに一流の剣士のような動きに、白レンもイシドロも目が点。
元々蒼星石はローゼンメイデンの中でも珍しい、近接戦闘に特化したドールだ。
そしてこれは万能型の金糸雀が剣の代わりに使っていたバイオリンの弓……使いこなせない道理がない。
空中で1回転した彼女が着地すると同時に、太い樹の枝がゆっくりとズレ始め、やがてバサリと落ちる。
その切断面は鏡のように滑らかで、まるで日本刀で斬ったかのようだ。
まさに一流の剣士のような動きに、白レンもイシドロも目が点。
元々蒼星石はローゼンメイデンの中でも珍しい、近接戦闘に特化したドールだ。
そしてこれは万能型の金糸雀が剣の代わりに使っていたバイオリンの弓……使いこなせない道理がない。
「と、御覧の通り、これでボクも戦えるね。ボクも前衛ということになるのかな」
「すごいすごい! 蒼星石、お兄ちゃんみたい!」
「そういうことなら、その弓はバイオリンと一緒に差し上げるわ。頑張って頂戴ね」
「すごいすごい! 蒼星石、お兄ちゃんみたい!」
「そういうことなら、その弓はバイオリンと一緒に差し上げるわ。頑張って頂戴ね」
白レンが微笑む。蒼星石はようやくにして自分の考え違いに気付く。
自分が「使える」武器を手にした途端、自信が湧いてきた。何とかなりそうだという気になってきた。
普段の平和な日常であればいざ知らず、「この異常な状況」の中では、タバサや白レンの方が正しいのだ。
バイオリン本体の入ったケースをランドセルに収めた蒼星石は、ふと気付いて、あるものを取り出す。
自分が「使える」武器を手にした途端、自信が湧いてきた。何とかなりそうだという気になってきた。
普段の平和な日常であればいざ知らず、「この異常な状況」の中では、タバサや白レンの方が正しいのだ。
バイオリン本体の入ったケースをランドセルに収めた蒼星石は、ふと気付いて、あるものを取り出す。
「そういえば……これ、イシドロのだよね?
こうなってくると、これは誰が持っているのが一番いいのかな……?」
こうなってくると、これは誰が持っているのが一番いいのかな……?」
それは小さな人形と、小銭入れ。
卵のような体型をした、ギャングを模したコミカルな小型ロボットだった。
卵のような体型をした、ギャングを模したコミカルな小型ロボットだった。
* * *
「飛び立った途端、こんな近くで獲物が見つかるとは思わなかったが……4人か。多いな」
「あの程度、簡単だよ♪ リリス強いもん♪」
「君の強さは俺自身が良く知っている。だが数の差を甘く見るな。
確実に首輪を集めていくためにも、ここは慎重になるべきだ」
「むぅ~~っ」
「しかし、これはチャンスかもしれない……考えていたことを、試してみるか」
「?? 考えていたことって?」
「……リリス。手短にでいい、君の使える『技』を一通り教えてくれ。
君は君の『本当の力』を知らない。そして、俺ならきっと君の『本当の力』を引き出すことができる。
もしも君が俺の指示に従えるなら――君は、もっと強くなれる」
「あの程度、簡単だよ♪ リリス強いもん♪」
「君の強さは俺自身が良く知っている。だが数の差を甘く見るな。
確実に首輪を集めていくためにも、ここは慎重になるべきだ」
「むぅ~~っ」
「しかし、これはチャンスかもしれない……考えていたことを、試してみるか」
「?? 考えていたことって?」
「……リリス。手短にでいい、君の使える『技』を一通り教えてくれ。
君は君の『本当の力』を知らない。そして、俺ならきっと君の『本当の力』を引き出すことができる。
もしも君が俺の指示に従えるなら――君は、もっと強くなれる」
* * *
(ふふふっ……簡単過ぎて張り合いがないわね)
白レンは内心でほくそえむ。
自ら前衛を志願したタバサ。同じく前衛向きの能力を持つ剣士・蒼星石。
ここまでは、まさに白レンが願っていた通りの展開だ。
自ら前衛を志願したタバサ。同じく前衛向きの能力を持つ剣士・蒼星石。
ここまでは、まさに白レンが願っていた通りの展開だ。
白レン自身、実は格闘戦をやらせても相当に強い。武器が無くとも、十分前衛を張れるだけの実力がある。
けれども参加者の数は多く、戦いは長期に渡るのだ。こんな序盤から危険を犯すべきではない。
バルディッシュは出来れば手に入れたいところだが、それはタバサが倒されてからでいい。
小さなバイオリンも、元々ハズレの一品だ。これを手放すことで『盾』になってくれる者が増えるなら、悪くない。
けれども参加者の数は多く、戦いは長期に渡るのだ。こんな序盤から危険を犯すべきではない。
バルディッシュは出来れば手に入れたいところだが、それはタバサが倒されてからでいい。
小さなバイオリンも、元々ハズレの一品だ。これを手放すことで『盾』になってくれる者が増えるなら、悪くない。
「では――この『ころばし屋』は私が預かりましょう。
貴方たちは前衛で忙しいし、イシドロは片手しか無いものね」
貴方たちは前衛で忙しいし、イシドロは片手しか無いものね」
蒼星石から小さな人形を受け取りながら、白レンは微笑む。
元はイシドロの支給品だったというこの人形。上手く使えば戦闘で大きな優位が得られる。
ただ、使うには頭の後ろからコインを投入せねばならないわけで――
敵と剣を交えている最中には使いようが無いし、隻腕のイシドロにも使いづらい。
白レンが持つことになるのは、ある意味必然だった。
元はイシドロの支給品だったというこの人形。上手く使えば戦闘で大きな優位が得られる。
ただ、使うには頭の後ろからコインを投入せねばならないわけで――
敵と剣を交えている最中には使いようが無いし、隻腕のイシドロにも使いづらい。
白レンが持つことになるのは、ある意味必然だった。
かくして戦闘時のフォーメーションが確定する。
前衛は防御力の高いタバサと、スピードに優れる蒼星石。
どちらも状況に合わせ、適宜魔法や戦輪も使っていく。
イシドロはやや後方に位置して遊撃。投石をメインに、手榴弾も織り交ぜながら敵の体勢を崩すことを狙う。
状況によっては、タバサや蒼星石のポジションと入れ替わることも視野に入れておく。
そして白レンが最後方で後衛。
氷を飛ばしての援護射撃と、エーテライトや「ころばし屋」での遠距離攻撃に徹する――
前衛は防御力の高いタバサと、スピードに優れる蒼星石。
どちらも状況に合わせ、適宜魔法や戦輪も使っていく。
イシドロはやや後方に位置して遊撃。投石をメインに、手榴弾も織り交ぜながら敵の体勢を崩すことを狙う。
状況によっては、タバサや蒼星石のポジションと入れ替わることも視野に入れておく。
そして白レンが最後方で後衛。
氷を飛ばしての援護射撃と、エーテライトや「ころばし屋」での遠距離攻撃に徹する――
「ふふっ、なかなかいいバランスのパーティになったね♪
できれば重装備の戦士タイプと、回復系魔法が使える僧侶タイプも欲しかったんだけど……」
「まあ、全てが思い通りってわけにはいかないよ」
できれば重装備の戦士タイプと、回復系魔法が使える僧侶タイプも欲しかったんだけど……」
「まあ、全てが思い通りってわけにはいかないよ」
呑気に素直に喜んでいるタバサと、常識的ながらも少しばかりツメの甘い蒼星石。
おいしいカモ2人の会話を横目で見ながら、白レンはイシドロを手招きする。
おいしいカモ2人の会話を横目で見ながら、白レンはイシドロを手招きする。
「……なんでしょうか、白レン様」
「これは貴方に預けておくわ。使い方は分かるわね?」
「これは貴方に預けておくわ。使い方は分かるわね?」
最も忠実な彼女の騎士に、彼女は『あるもの』をこっそり押し付ける。
それは彼女の持ち物の中でも使いにくい一品。イシドロは不安の声を上げる。
それは彼女の持ち物の中でも使いにくい一品。イシドロは不安の声を上げる。
「俺、いや私に使えるのでありましょうか?! てかこれって魔法の……」
「イシドロならできると思うから任せるの。使いどころは貴方に任せるわ。頼りにしてるわよ、私の騎士」
「イシドロならできると思うから任せるの。使いどころは貴方に任せるわ。頼りにしてるわよ、私の騎士」
調教済みのこちらはもっと扱いやすい。ちょっと褒めてやれば、簡単に操縦できる。
最初は躊躇っていたイシドロも、甘い言葉1つで自信を取り戻し、『それ』を受け取る。
全ては白レンの思い通り。
最初は躊躇っていたイシドロも、甘い言葉1つで自信を取り戻し、『それ』を受け取る。
全ては白レンの思い通り。
――そう、ここまでの展開は、ほとんど彼女の思い描いた通りだったのだが。
* * *
「リリス。君は近い間合いなら申し分なく強い。技も豊富だし、動きも素早い。分身もできる。
1対1なら、誰が相手でも遅れを取ることはないだろう。だが――そんな君にも、弱点がある」
「弱点?」
「それは、遠距離の間合いで使える技が少ないことだ。
『ソウルフラッシュ』は使い勝手がいいようだが、射程に限りがある。威力もそこそこだ。
『グルーミーパペットショウ』は隙が大きいし、演じている最中に他の敵に殴られたら目も当てられない。
敵が1人なら突進技で間合いを詰めてもいいが、相手が複数になれば途端に困ってしまう。
敵だって馬鹿ばかりではない。格闘に強い者が足止めして、射撃に長けた者が後方から狙撃する――
これが、考えられる最悪の展開。
腕の立つ者たちにこれをやられれば、君といえどもタダでは済まない」
「むぅ……。でも、じゃあどうするのよ? せっかくの獲物、見逃しちゃうの!?」
「いや心配するな。策ならある。リリスには少し危険な役割を担ってもらうことになるが、上手くいけば……!」
1対1なら、誰が相手でも遅れを取ることはないだろう。だが――そんな君にも、弱点がある」
「弱点?」
「それは、遠距離の間合いで使える技が少ないことだ。
『ソウルフラッシュ』は使い勝手がいいようだが、射程に限りがある。威力もそこそこだ。
『グルーミーパペットショウ』は隙が大きいし、演じている最中に他の敵に殴られたら目も当てられない。
敵が1人なら突進技で間合いを詰めてもいいが、相手が複数になれば途端に困ってしまう。
敵だって馬鹿ばかりではない。格闘に強い者が足止めして、射撃に長けた者が後方から狙撃する――
これが、考えられる最悪の展開。
腕の立つ者たちにこれをやられれば、君といえどもタダでは済まない」
「むぅ……。でも、じゃあどうするのよ? せっかくの獲物、見逃しちゃうの!?」
「いや心配するな。策ならある。リリスには少し危険な役割を担ってもらうことになるが、上手くいけば……!」
* * *
平穏は、唐突に破られた。
「……こんにちわ♪ あれあれ、みんな何やってるのぉ?」
並べていた武器の類を片付け、少し遅めの昼食でも食べようか、としていた4人の間に、緊張が走る。
森の木々の中から、のんびりと出てきた小柄な人影。場違いなまでに呑気な声。
しかし、その声や態度をそのまま受け止めるわけにはいかない。
何故なら、その人物は……!
森の木々の中から、のんびりと出てきた小柄な人影。場違いなまでに呑気な声。
しかし、その声や態度をそのまま受け止めるわけにはいかない。
何故なら、その人物は……!
「……キミは、あの広間に居た!?」
「リリス!?」
「そうだよ、リリスだよ♪」
「リリス!?」
「そうだよ、リリスだよ♪」
蒼星石とタバサの驚きの声に、まるで散歩中に友達に出会ったかのように、笑顔で手を振る淫魔の少女。
だが彼女が穏やかな分だけ、相対する4人には緊張が高まる。イシドロも白レンも、それぞれに身構える。
だが彼女が穏やかな分だけ、相対する4人には緊張が高まる。イシドロも白レンも、それぞれに身構える。
「何のつもりでいらっしゃるのでしょう?
ジェダの忠実な部下である貴方が、わざわざこんな所においでになられる理由がわからないのですけれど」
「ふーん、やっぱりそういう反応なんだ。――の言った通りだね♪」
ジェダの忠実な部下である貴方が、わざわざこんな所においでになられる理由がわからないのですけれど」
「ふーん、やっぱりそういう反応なんだ。――の言った通りだね♪」
白レンの、険の篭った慇懃な問いかけにも、リリスは口の中で何やら呟くだけ。
余裕たっぷりな笑みを崩さない。
そしてリリスは、悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、何故か棒読みのような抑揚の無い口調で、言い放った。
余裕たっぷりな笑みを崩さない。
そしてリリスは、悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、何故か棒読みのような抑揚の無い口調で、言い放った。
「じゃあ教えてあげる。
リリスはね――『退屈だから戦いに来た』の。ジェダ様に首輪とランドセル貰ってね♪」
リリスはね――『退屈だから戦いに来た』の。ジェダ様に首輪とランドセル貰ってね♪」
――その一言で、4人の警戒の度合いが一気に跳ね上がる。瞬時に臨戦態勢を取る。
それぞれ戦いの中に生き、数々の修羅場を潜ってきた者ばかりである。考えるより先に身体が動いた。
それぞれ戦いの中に生き、数々の修羅場を潜ってきた者ばかりである。考えるより先に身体が動いた。
タバサがバルディッシュを構えて、1歩踏み出す。
蒼星石がバイオリンの弓を手に、タバサの横に立つ。
イシドロが石を握りつつ、1歩下がる。
白レンがエーテライトを素振りして、最後方に飛び退く。
蒼星石がバイオリンの弓を手に、タバサの横に立つ。
イシドロが石を握りつつ、1歩下がる。
白レンがエーテライトを素振りして、最後方に飛び退く。
それはたぶん、この4人で闘うなら最善の布陣。
リリスは強い。戦っている姿は見ていないけれど、こうして相対すれば雰囲気だけで分かる。
4人が4人とも、それくらいの見当がつくくらいの経験は積んでいる。
そしてリリスの側も彼女たちの強さは見当ついているだろう――にも関わらず、余裕の笑みを浮かべたまま。
リリスは強い。戦っている姿は見ていないけれど、こうして相対すれば雰囲気だけで分かる。
4人が4人とも、それくらいの見当がつくくらいの経験は積んでいる。
そしてリリスの側も彼女たちの強さは見当ついているだろう――にも関わらず、余裕の笑みを浮かべたまま。
(何故……!? 何故リリスは、この余裕を崩さない……?!)
ざわり、と白レンの総毛が逆立ったのは、そんな疑問が脳裏に浮かんだ瞬間だった。
理屈でその答えに辿り着いたわけではない。むしろ、野生の勘。
はッ! と振り返るのと、背後の藪からもう1つの人影が飛び出してくるのは、ほぼ同時だった。
理屈でその答えに辿り着いたわけではない。むしろ、野生の勘。
はッ! と振り返るのと、背後の藪からもう1つの人影が飛び出してくるのは、ほぼ同時だった。
「なっ……!?」
「――遅い」
「――遅い」
塔の前に広がる広場は、決して広くはない。
リリスに対して身構えれば、すぐ背後に鬱蒼とした森と茂みを背負うことになる。
後衛が、森に対して無防備な背中を晒すことになる。
疾風のように飛び出してきた人影は、そして白レンやイシドロに逃げる間も与えず、手にした武器を振るう。
スパンッ! 小気味のいい音と共に、右手に握られた竹刀が白レンを打ち据え。
ビシッ! 風を切る音と共に、左手に握られた9尾の鞭がイシドロの顔面を捉える。
リリスに対して身構えれば、すぐ背後に鬱蒼とした森と茂みを背負うことになる。
後衛が、森に対して無防備な背中を晒すことになる。
疾風のように飛び出してきた人影は、そして白レンやイシドロに逃げる間も与えず、手にした武器を振るう。
スパンッ! 小気味のいい音と共に、右手に握られた竹刀が白レンを打ち据え。
ビシッ! 風を切る音と共に、左手に握られた9尾の鞭がイシドロの顔面を捉える。
そして一瞬遅れてポンッ、と軽い音が響き、白い少女は、真っ白な子豚と化した。
* * *
「いいかリリス。君の顔は全ての参加者に知られている。
君が姿を現せば、誰もが警戒し、次いでこう問い掛けるだろう。『ジェダの部下が何しに来たんだ』と」
「ん~、そういえば、今まで会った子もみんなそんな感じだったね~。
リリスと遊んでくれないで、ツマンナイことばっか聞いてくるの!」
「そう、それが当然の反応だ。逆に言えば、リリスと会った者がどういう行動を取るかは、とても読みやすい。
警戒して、いつでも戦えるよう身構えはするだろうが、問答無用で攻撃したりはしない――
多少なりとも頭が回る奴なら、リリスからジェダの情報を聞き出したいと考えるだろうからな」
「それもそっか。それで?」
「そこにリリスが一言挑発すれば、彼らは一気に臨戦態勢を取る。これもまず間違いない。
例えば、『退屈だから戦いに来た』とでも言えば一発だ。そして、それから俺が――!!」
君が姿を現せば、誰もが警戒し、次いでこう問い掛けるだろう。『ジェダの部下が何しに来たんだ』と」
「ん~、そういえば、今まで会った子もみんなそんな感じだったね~。
リリスと遊んでくれないで、ツマンナイことばっか聞いてくるの!」
「そう、それが当然の反応だ。逆に言えば、リリスと会った者がどういう行動を取るかは、とても読みやすい。
警戒して、いつでも戦えるよう身構えはするだろうが、問答無用で攻撃したりはしない――
多少なりとも頭が回る奴なら、リリスからジェダの情報を聞き出したいと考えるだろうからな」
「それもそっか。それで?」
「そこにリリスが一言挑発すれば、彼らは一気に臨戦態勢を取る。これもまず間違いない。
例えば、『退屈だから戦いに来た』とでも言えば一発だ。そして、それから俺が――!!」
* * *
(計算通りッ……!)
右手の竹刀が白い少女を打ち、左手の鞭が隻腕の少年の顔面を叩きのめす。
彼らの背後を突くことに成功したグリーンは、己の策が間違ってなかったことに自信を深める。
彼らの背後を突くことに成功したグリーンは、己の策が間違ってなかったことに自信を深める。
グリーンの策とは、実のところ簡単なものである。
リリスが挑発して、4人に身構えさせる。そうすれば敵は、自然と前衛と後衛とに分かれて陣形を組むだろう。
前の方には、近距離での戦いに優れた戦士タイプが。後には、後方支援が得意な遠距離タイプが。
しかしリリスは格闘の間合いなら無類の強さを誇っている。その強さはグリーン自身、身をもって知っている。
敵の後方支援要員さえ弱体化できれば、後は力押しでもなんとかなるだろう――グリーンはそう踏んだ。
ゆえに、リリスが気を引いている間に、グリーンが密かに森の中を抜け、彼らの後ろに回りこむ。
挟み討ちの形。こうなればグリーンの目の前にあるのは、敵の後衛の背中なわけで――
リリスが挑発して、4人に身構えさせる。そうすれば敵は、自然と前衛と後衛とに分かれて陣形を組むだろう。
前の方には、近距離での戦いに優れた戦士タイプが。後には、後方支援が得意な遠距離タイプが。
しかしリリスは格闘の間合いなら無類の強さを誇っている。その強さはグリーン自身、身をもって知っている。
敵の後方支援要員さえ弱体化できれば、後は力押しでもなんとかなるだろう――グリーンはそう踏んだ。
ゆえに、リリスが気を引いている間に、グリーンが密かに森の中を抜け、彼らの後ろに回りこむ。
挟み討ちの形。こうなればグリーンの目の前にあるのは、敵の後衛の背中なわけで――
「――!?」
「ぐえっ!?」
「ぐえっ!?」
『こぶたのしない』で叩かれた少女が、ポンッ! と子豚の姿に変身する。
美しく、可愛らしさの中にどこか妖艶な雰囲気すらある、真っ白な子豚。
事態が飲み込めないのかキョロキョロ周囲を見回しているが、これで彼女の能力は大きく制限される。
魔法や特技は封じられ、訳の分からない遠距離攻撃を受けることはない。
武器だけなら、たとえ飛び道具を構えられたとしても目で見て判断できる。
美しく、可愛らしさの中にどこか妖艶な雰囲気すらある、真っ白な子豚。
事態が飲み込めないのかキョロキョロ周囲を見回しているが、これで彼女の能力は大きく制限される。
魔法や特技は封じられ、訳の分からない遠距離攻撃を受けることはない。
武器だけなら、たとえ飛び道具を構えられたとしても目で見て判断できる。
一方、顔面に『九尾の猫』の直撃を受けた少年は、手にした石を取り落とし、地面をのた打ち回る。
どうやら9本の革鞭のうちの1本が彼の右眼に直撃したらしい。顔を押さえる手の隙間から、血が迸り出る。
地面を転がる少年には『こぶたのしない』の追い討ちは届かなかったが、しかしこれで十分。
一瞬動きを止められれば上等、と思っての攻撃だったが、片目を潰せたのは僥倖だった。
グリーンはそのまま2人の犠牲者の間を駆け抜けながら、リリスに向かって大声で叫ぶ。
どうやら9本の革鞭のうちの1本が彼の右眼に直撃したらしい。顔を押さえる手の隙間から、血が迸り出る。
地面を転がる少年には『こぶたのしない』の追い討ちは届かなかったが、しかしこれで十分。
一瞬動きを止められれば上等、と思っての攻撃だったが、片目を潰せたのは僥倖だった。
グリーンはそのまま2人の犠牲者の間を駆け抜けながら、リリスに向かって大声で叫ぶ。
「リリス、『メリーターン』だ! 残り2人、まとめて弾き飛ばせ!」
* * *
「リリス、『メリーターン』だ! 残り2人、まとめて弾き飛ばせ!」
「うんッ!! ――えやっ!」
「うんッ!! ――えやっ!」
愛しのグリーンの叫びを受けて、リリスは大きく跳躍する。
跳躍と同時に翼を刃に変える。瞬時に死の独楽と化し、揃いの蒼い衣装を纏った2人に襲い掛かる。
グリーンの作戦は完璧だ。味方の損害に驚く前衛2人の反応は一瞬遅れて、だから飛びのく時間も無い。
跳躍と同時に翼を刃に変える。瞬時に死の独楽と化し、揃いの蒼い衣装を纏った2人に襲い掛かる。
グリーンの作戦は完璧だ。味方の損害に驚く前衛2人の反応は一瞬遅れて、だから飛びのく時間も無い。
ギギギギンッ!!
1人目は小柄な方。人形のようなサイズの小人。
ボーイッシュな雰囲気の彼女は、咄嗟の反応で、手にしていた「糸の張られた木の棒」を目の前に構える。
高速回転するリリスの翼と擦れあい、耳障りな音を立てる。まるで刃物で受け止められたような感触。
魔力か何かを篭めているのか、あの木の棒は、ちょっとした名剣ほどの切れ味を秘めているらしい――
だが、刃は止めても勢いまでは殺せない。悲鳴と共に、人形の小さな身体が弾き飛ばされる。
1人目は小柄な方。人形のようなサイズの小人。
ボーイッシュな雰囲気の彼女は、咄嗟の反応で、手にしていた「糸の張られた木の棒」を目の前に構える。
高速回転するリリスの翼と擦れあい、耳障りな音を立てる。まるで刃物で受け止められたような感触。
魔力か何かを篭めているのか、あの木の棒は、ちょっとした名剣ほどの切れ味を秘めているらしい――
だが、刃は止めても勢いまでは殺せない。悲鳴と共に、人形の小さな身体が弾き飛ばされる。
「蒼星石ッ!!」
『――! Defenser!』
『――! Defenser!』
もう1人、こちらは普通の少女の体格をした方が仲間の名を呼ぶが、構わずリリスは回転と突進を続ける。
2人目との衝突の寸前、金髪の少女が手にした黒い杖が光る。人工的な、機械的な声が響く。
すぐさま少女を包む光のバリアが展開されて――しかし、リリスの翼の斬撃を受け、あっさりと砕け散る。
障壁を破っても、回転は止まらない。2回転、3回転、4回転。
ガードするように構えられた杖もろとも、リリスは少女に斬り付ける。
斬り付けながら、その手応えに顔を歪める。
2人目との衝突の寸前、金髪の少女が手にした黒い杖が光る。人工的な、機械的な声が響く。
すぐさま少女を包む光のバリアが展開されて――しかし、リリスの翼の斬撃を受け、あっさりと砕け散る。
障壁を破っても、回転は止まらない。2回転、3回転、4回転。
ガードするように構えられた杖もろとも、リリスは少女に斬り付ける。
斬り付けながら、その手応えに顔を歪める。
(――こっちは妙に硬いねっ。どう崩せばいいん――)
「リリス、着地と同時に軽く2発、続けて『ソウルフラッシュ』全力でッ!」
「ッッ!!」
「リリス、着地と同時に軽く2発、続けて『ソウルフラッシュ』全力でッ!」
「ッッ!!」
その意味を理解するより先に、身体がグリーンの言葉に沿って動いていた。
竜巻のような回転が終わり、着地すると同時にしゃがんでローキック1発。瞬時に伸び上がってジャブ1発。
どちらも威力よりも、技の「出」と「入り」の速さを重視した軽い技。
もちろん、この妙に硬い服を着ている少女には、ほとんどダメージは通っていないけれど――
それでも、ほんの少しだけ姿勢が崩れる。ほんの僅かだけ、身体が仰け反る。そして、それだけで十分。
竜巻のような回転が終わり、着地すると同時にしゃがんでローキック1発。瞬時に伸び上がってジャブ1発。
どちらも威力よりも、技の「出」と「入り」の速さを重視した軽い技。
もちろん、この妙に硬い服を着ている少女には、ほとんどダメージは通っていないけれど――
それでも、ほんの少しだけ姿勢が崩れる。ほんの僅かだけ、身体が仰け反る。そして、それだけで十分。
「――『ソウルフラッシュ』ッ!!」
ゴッ!!
リリスの手から放たれた、ハート型の光を纏った蝙蝠が少女の胸を直撃する。
射程は短いが、スピードの速い弾。小技で動きを止められては、避ける間もガードする余裕もありはしない。
驚きの表情のまま、少女の身体が弾き飛ばされる。いかに少女の守りが硬くとも、これは相当に効くはずだ。
ニヤリ、と笑いかけたリリスの背に、グリーンの声が飛ぶ。
リリスの手から放たれた、ハート型の光を纏った蝙蝠が少女の胸を直撃する。
射程は短いが、スピードの速い弾。小技で動きを止められては、避ける間もガードする余裕もありはしない。
驚きの表情のまま、少女の身体が弾き飛ばされる。いかに少女の守りが硬くとも、これは相当に効くはずだ。
ニヤリ、と笑いかけたリリスの背に、グリーンの声が飛ぶ。
「まだだ! 振り返って『シャイニングブレイド』! 飛び過ぎるなよ!」
え?! と唐突な指示に驚きつつも、身体は間髪入れずにグリーンの声に従う。
振り向きざまに、翼を刃に変えて飛びあがって――まさに頭上から斬りかからんとしていた人形と目が合う。
リリスがすっかり忘れていたもう1人。小人のように小柄な軽戦士。
最初のメリーターンでダウンした後、いつの間にかリリスの死角、後方に回り込んで跳躍していたらしい。
不意打ちを見抜かれ唖然とする蒼い服の人形に、それでも容赦なく下から斬り上げる。
またも間一髪バイオリンの弓に防がれるが、今度は大きく弾き飛ばすほどの勢いはないわけで――
振り向きざまに、翼を刃に変えて飛びあがって――まさに頭上から斬りかからんとしていた人形と目が合う。
リリスがすっかり忘れていたもう1人。小人のように小柄な軽戦士。
最初のメリーターンでダウンした後、いつの間にかリリスの死角、後方に回り込んで跳躍していたらしい。
不意打ちを見抜かれ唖然とする蒼い服の人形に、それでも容赦なく下から斬り上げる。
またも間一髪バイオリンの弓に防がれるが、今度は大きく弾き飛ばすほどの勢いはないわけで――
「そのまま『チャイルディッシュドロップ』! 絶対逃がすな、リリスッ!!」
「うんッ! いっくよーッ!」
「な――!?」
「うんッ! いっくよーッ!」
「な――!?」
空中で人形との間合いを詰める。空中で人形の身体を翼で捕まえる。そしてそのまま、もろともに急転落下。
――ズン!
腹に響く重い音を響かせ、リリスは勢いよく大地に叩き付ける。2人分の体重を乗せた、重い一撃。
この攻撃ばかりは、武器で受けることはできない。
凄まじい衝撃に、地面に半ばめり込んだ人形が目を見開いて呻く。
――ズン!
腹に響く重い音を響かせ、リリスは勢いよく大地に叩き付ける。2人分の体重を乗せた、重い一撃。
この攻撃ばかりは、武器で受けることはできない。
凄まじい衝撃に、地面に半ばめり込んだ人形が目を見開いて呻く。
「かっ……はっ……!!」
「そ、蒼星石ィっ!? バルディッシュ、『りりょくのつえ』っ!!」
『 Yes,.sir. Haken form. 』
「そ、蒼星石ィっ!? バルディッシュ、『りりょくのつえ』っ!!」
『 Yes,.sir. Haken form. 』
先ほど『ソウルフラッシュ』でダウンさせた少女が、苦痛に顔を歪めながらも再びリリスに肉薄する。
少女の手の中の杖が形を変え、光の刃を持つ巨大な鎌と化す。
あの、硬くてタフな少女に、見るからに切れ味良さそうな武器まで加わったら、どれほど厄介なことだろう?
けれどもリリスは慌てない。もう迷わない、怖れない。何故なら。
少女の手の中の杖が形を変え、光の刃を持つ巨大な鎌と化す。
あの、硬くてタフな少女に、見るからに切れ味良さそうな武器まで加わったら、どれほど厄介なことだろう?
けれどもリリスは慌てない。もう迷わない、怖れない。何故なら。
「すぐに次がくるぞっ! 初撃を受け流しつつ、カウンターから連続攻撃!」
「はいっ!」
「はいっ!」
何故なら――グリーンの声に従っていれば間違い無いのだと、リリスには分かってしまったから。
後方から矢継ぎ早に出される指示は適切で、タイミング良くて、戦場の大局を常に視野に収めていて。
リリスの胸の内に、自信が湧き上がってくる。自然と笑顔が零れる。
戦いながら、自分がどんどん成長していくような感じがする……!
後方から矢継ぎ早に出される指示は適切で、タイミング良くて、戦場の大局を常に視野に収めていて。
リリスの胸の内に、自信が湧き上がってくる。自然と笑顔が零れる。
戦いながら、自分がどんどん成長していくような感じがする……!
* * *
「目が、目がぁっ!!」と叫んで転げまわっていたイシドロが、ようやく痛みに耐えて身体を起こした時――
状況は、既に最悪だった。
状況は、既に最悪だった。
蒼星石は強烈な投げ技を喰らい、半ば地面にめり込んだ形のまま、動けずにいる。
タバサは強靭なバリアジャケットの防御力のお陰でなんとか持ちこたえているが、どう見ても防戦一方。
そして、騎士としてイシドロが守らねばならない主人、白レンは――
タバサは強靭なバリアジャケットの防御力のお陰でなんとか持ちこたえているが、どう見ても防戦一方。
そして、騎士としてイシドロが守らねばならない主人、白レンは――
「ええと……白レン、様?!」
「…………」
「…………」
そこに居たのは、可愛らしい子豚。
どういう品種なのか、全身雪のように真っ白で、瞳はつぶら。
豚小屋の汚らしさなどからは全くの無縁の、貴族か大金持ちのペットのような、綺麗な子豚だった。
イシドロの戸惑う声に、子豚は不覚をとった自分を恥じているのか、無言のままプイとそっぽを向く。
どういう品種なのか、全身雪のように真っ白で、瞳はつぶら。
豚小屋の汚らしさなどからは全くの無縁の、貴族か大金持ちのペットのような、綺麗な子豚だった。
イシドロの戸惑う声に、子豚は不覚をとった自分を恥じているのか、無言のままプイとそっぽを向く。
何がどうなってこんなことになったのか、イシドロには分からない。
けれど、この白い子豚が白レンであることだけは、その僅かな素振りからも理解できた。
魔法か何かなのだろうか? どのみち、イシドロにはその魔法を解く能力も知識もない。
ならば、イシドロが今やらねばならないことは、子豚となった彼女を守ること。
襲撃してきたリリスと、その連れを倒すこと。
けれど、この白い子豚が白レンであることだけは、その僅かな素振りからも理解できた。
魔法か何かなのだろうか? どのみち、イシドロにはその魔法を解く能力も知識もない。
ならば、イシドロが今やらねばならないことは、子豚となった彼女を守ること。
襲撃してきたリリスと、その連れを倒すこと。
イシドロは潰れてしまった右目を堅く閉じたまま、なんとか立ち上がる。
ナインテールキャッツは、本来大した威力のある武器ではない。武器というより拷問道具だ。
けれども偶然、9本のうち1本が、コンマ数秒閉じ遅れた右目を直撃して――
堅くつぶった瞼の間から、ドロリと嫌な粘性を持った液体が零れる。激痛が走る。
左手に続いて、目までガッツと一緒かよ――心の中で毒づきながらも、イシドロは石を握る。
ナインテールキャッツは、本来大した威力のある武器ではない。武器というより拷問道具だ。
けれども偶然、9本のうち1本が、コンマ数秒閉じ遅れた右目を直撃して――
堅くつぶった瞼の間から、ドロリと嫌な粘性を持った液体が零れる。激痛が走る。
左手に続いて、目までガッツと一緒かよ――心の中で毒づきながらも、イシドロは石を握る。
「けどなぁ……男には野望ってモンがあるんだ! 目玉の1つくらいで、へこたれていられるかッ!」
かなり虚勢もはらんだ言葉を、それでも威勢良く吐き捨てながら、イシドロは石を投擲する。
狙いはタバサと激しい戦いを繰り広げているリリス――ではなく、その背後から指示を出しているもう1人。
あちらの青年が「指揮官」だと見た。
そして集団戦においては、まず指揮官を潰すのが基本戦術。旅の中でも何度も経験してきたことである。
必殺の気合を込めて、イシドロは手にした石を、その優男の整った顔面に向けて投げつけて――
狙いはタバサと激しい戦いを繰り広げているリリス――ではなく、その背後から指示を出しているもう1人。
あちらの青年が「指揮官」だと見た。
そして集団戦においては、まず指揮官を潰すのが基本戦術。旅の中でも何度も経験してきたことである。
必殺の気合を込めて、イシドロは手にした石を、その優男の整った顔面に向けて投げつけて――
「え?!」
石は、あさっての方向に飛んでいった。
思わず間抜けな声を上げたイシドロは、すぐに2つ目、3つ目の石を投げつける。
……どれも当たらない。青年は軽く身を反らせるだけで避けてしまい、指示の声を遮ることもできない。
最初はムキになっていたイシドロの表情が、石を投げるごとに、焦りに歪んでいく。
とても当たる気がしない。傷の痛みとは関係なく、脂汗が滲む。
距離感が、完全に奪われていた。
人間の視界が写真のように平坦ではなく、奥行きが備わっているのは、目が2つあるからだ。
左右の目の間の距離を利用した、無意識のうちの三角測量。
特に器具など使わずとも、慣れた者なら目標までの距離を瞬時に、かなりの精度で測ることもできる。
思わず間抜けな声を上げたイシドロは、すぐに2つ目、3つ目の石を投げつける。
……どれも当たらない。青年は軽く身を反らせるだけで避けてしまい、指示の声を遮ることもできない。
最初はムキになっていたイシドロの表情が、石を投げるごとに、焦りに歪んでいく。
とても当たる気がしない。傷の痛みとは関係なく、脂汗が滲む。
距離感が、完全に奪われていた。
人間の視界が写真のように平坦ではなく、奥行きが備わっているのは、目が2つあるからだ。
左右の目の間の距離を利用した、無意識のうちの三角測量。
特に器具など使わずとも、慣れた者なら目標までの距離を瞬時に、かなりの精度で測ることもできる。
しかし、片目を奪われれば、その距離感が喪われる。
もちろん、隻眼になったからといって飛び道具が使えなくなるわけではない。世の中には隻眼の戦士もいる。
イシドロと共に旅していたガッツも、石弓や投げナイフを常用し、炸裂弾を正確な狙いで投げていた。
ただし――その視界に慣れるのには、少しばかり時間がかかるのだ。
イシドロの要領の良さを考えれば、30分も練習すればまたコントロールを取り戻すだろう。
けれど、今はその時間さえ無い。
もちろん、隻眼になったからといって飛び道具が使えなくなるわけではない。世の中には隻眼の戦士もいる。
イシドロと共に旅していたガッツも、石弓や投げナイフを常用し、炸裂弾を正確な狙いで投げていた。
ただし――その視界に慣れるのには、少しばかり時間がかかるのだ。
イシドロの要領の良さを考えれば、30分も練習すればまたコントロールを取り戻すだろう。
けれど、今はその時間さえ無い。
「なんてこった……! これじゃ、オレは……!」
一番の特技である投石を封じられ、イシドロは呻く。
これでは彼は戦えない。戦力にならない。手元には手榴弾もあるが、こちらはこの状況ではなお悪い。
距離とコントロールを誤って味方を巻き込んだら、それこそ終わりだ。
今さらながら、あの竹刀と鞭を持った青年が自分を深追いしなかった理由を悟る。
これでは彼は戦えない。戦力にならない。手元には手榴弾もあるが、こちらはこの状況ではなお悪い。
距離とコントロールを誤って味方を巻き込んだら、それこそ終わりだ。
今さらながら、あの竹刀と鞭を持った青年が自分を深追いしなかった理由を悟る。
あと彼に残された、唯一の手段は――
リリスに一方的に押されまくるタバサを視界の隅に見ながら、イシドロは覚悟を決める。懐に手を伸ばす。
この状況を打開するには、もうこれしかない。白レンを守るには、この力を使うしか――!
リリスに一方的に押されまくるタバサを視界の隅に見ながら、イシドロは覚悟を決める。懐に手を伸ばす。
この状況を打開するには、もうこれしかない。白レンを守るには、この力を使うしか――!
* * *
――タバサは、焦っていた。
「――『プラズマランサー』!」
「リリス、『コウモリ変化』! 戻ると同時に『インセクトハグ』!」
「任せてっ、グリーン!」
「リリス、『コウモリ変化』! 戻ると同時に『インセクトハグ』!」
「任せてっ、グリーン!」
タバサの『ミッドチルダ式魔法』の呪文詠唱に、グリーンの指示が重なる。
個人を標的とするにはタバサの知る魔法よりも優れているという、バルディッシュ直伝の攻撃魔法。
だが、放たれた8本の光の槍がリリスを貫こうとしたまさにその瞬間、リリスの姿が掻き消える。
無数のコウモリが舞い上がり――驚くタバサのすぐ隣、手を伸ばせば届く距離に集まって人の形となる。
個人を標的とするにはタバサの知る魔法よりも優れているという、バルディッシュ直伝の攻撃魔法。
だが、放たれた8本の光の槍がリリスを貫こうとしたまさにその瞬間、リリスの姿が掻き消える。
無数のコウモリが舞い上がり――驚くタバサのすぐ隣、手を伸ばせば届く距離に集まって人の形となる。
「な――!?」
「うふふっ、遅いよっ! 次どうするのグリーンっ!?」
「技を決めたら追い討ちで連続攻撃、足を払って『トゥピアス』! 休ませるなっ!」
「うふふっ、遅いよっ! 次どうするのグリーンっ!?」
「技を決めたら追い討ちで連続攻撃、足を払って『トゥピアス』! 休ませるなっ!」
タバサが逃げる間もない。
見かけだけなら細いリリスの腕が、思いもよらぬ怪力でタバサを捕まえ、動きを止めておいた上で翼が一閃。
腰から真っ二つにされたかと錯覚するような一撃に、タバサはよろめく。
さらにそこに、1発、2発、3発。小気味良く繋がっていく連続技に、逃れるタイミングを逸して。
最後に喰らった足払いに尻餅をついたところに、これまた強烈な踏みつけ攻撃。
ドリルと化した翼に全体重を乗せて、標的の腹を抉る。タバサの口から、血の混じった空気が吐き出される。
見かけだけなら細いリリスの腕が、思いもよらぬ怪力でタバサを捕まえ、動きを止めておいた上で翼が一閃。
腰から真っ二つにされたかと錯覚するような一撃に、タバサはよろめく。
さらにそこに、1発、2発、3発。小気味良く繋がっていく連続技に、逃れるタイミングを逸して。
最後に喰らった足払いに尻餅をついたところに、これまた強烈な踏みつけ攻撃。
ドリルと化した翼に全体重を乗せて、標的の腹を抉る。タバサの口から、血の混じった空気が吐き出される。
(つ、強い――! 1発1発が重たい上に、こんな連続攻撃なんて――!)
リリスの攻撃速度は「はやぶさの剣」よりなお早く、多彩な必殺技の1つ1つは「魔神の金槌」のように重たい。
もしもバリアジャケットが無ければ、きっと既に3回くらいは死んでいる。
散々殴られて、蹴られて、斬りつけられて、本当はタバサだって逃げ出したい。本当は泣き出したい。
もしもバリアジャケットが無ければ、きっと既に3回くらいは死んでいる。
散々殴られて、蹴られて、斬りつけられて、本当はタバサだって逃げ出したい。本当は泣き出したい。
けれど――。タバサはそれでも、チラリと仲間たちの方を向く。
気絶でもしたのか、まだ動けない蒼星石。
石を投げても投げても当たらず、呆然としているイシドロ。
そして、白い豚の姿になって、氷のひとかけらも出せずに見ているしかない白レン。
タバサがリリスをひきつけているから、彼らはまだ息をしていられるのだ。
「ぼうぐ」もほとんど持っていない仲間たちを、リリスに攻撃させるわけにはいけない。
血反吐を吐きながらも、さらなる踏みつけ攻撃を転がって回避し、タバサは素早く立ち上がる。
リリスの肩口には、乱戦の中でバルディッシュでつけた小さな傷がある。
タバサの側の攻撃も、効かないわけではないのだ。防御を貫けないわけではないのだ。
ただ相手の動きがあまりに素早過ぎて、クリーンヒットが出ないだけで。
気絶でもしたのか、まだ動けない蒼星石。
石を投げても投げても当たらず、呆然としているイシドロ。
そして、白い豚の姿になって、氷のひとかけらも出せずに見ているしかない白レン。
タバサがリリスをひきつけているから、彼らはまだ息をしていられるのだ。
「ぼうぐ」もほとんど持っていない仲間たちを、リリスに攻撃させるわけにはいけない。
血反吐を吐きながらも、さらなる踏みつけ攻撃を転がって回避し、タバサは素早く立ち上がる。
リリスの肩口には、乱戦の中でバルディッシュでつけた小さな傷がある。
タバサの側の攻撃も、効かないわけではないのだ。防御を貫けないわけではないのだ。
ただ相手の動きがあまりに素早過ぎて、クリーンヒットが出ないだけで。
「あと一押しだ! 『ソウルフラッシュ』長め、重ねて連続攻撃!」
「!! バルディッシュ、『ひかりのたて』!!」
『 Yes, sir. Round Shield. 』
「!! バルディッシュ、『ひかりのたて』!!」
『 Yes, sir. Round Shield. 』
聞き覚えのある技の名に、タバサは咄嗟に防御姿勢を取る。防御力の高い、円形の魔力の盾を出現させる。
『ソウルフラッシュ』と言えば、戦闘開始直後の一連の攻撃の中で、一瞬気が遠くなりかけたあの魔力弾だ。
絶対にくらうわけにはいかない――そうして身構えたタバサの目の前で放たれたのは。
ヘロヘロと、超低速で飛ぶ、見かけは似ているが何とも迫力のない、弱々しい魔力弾。
タバサの動きと思考を止めるためのハッタリだったのだ、と気付いた時には、既にリリスは至近距離。
激しい連続攻撃(チェーンコンボ)が、円盤状の魔法障壁の上から構わず叩きこまれる。
これでは動けない、逃げられない、反撃できない。防御姿勢を崩した瞬間に、やられてしまう。
『ソウルフラッシュ』と言えば、戦闘開始直後の一連の攻撃の中で、一瞬気が遠くなりかけたあの魔力弾だ。
絶対にくらうわけにはいかない――そうして身構えたタバサの目の前で放たれたのは。
ヘロヘロと、超低速で飛ぶ、見かけは似ているが何とも迫力のない、弱々しい魔力弾。
タバサの動きと思考を止めるためのハッタリだったのだ、と気付いた時には、既にリリスは至近距離。
激しい連続攻撃(チェーンコンボ)が、円盤状の魔法障壁の上から構わず叩きこまれる。
これでは動けない、逃げられない、反撃できない。防御姿勢を崩した瞬間に、やられてしまう。
「――ッッ!! ガードが堅いよグリーン! これじゃ――」
「なら、そこから『ミスティックアロー』! 叩き込めっ!」
「なら、そこから『ミスティックアロー』! 叩き込めっ!」
新たな指示がまた飛んでくる。『ミスティックアロー』……『神秘の矢』? 今度も飛び道具系の技だろうか?
瞬時にそう考え、防御魔法『ラウンドシールド』を維持し続けようとしたタバサの身体は、次の瞬間。
瞬時にそう考え、防御魔法『ラウンドシールド』を維持し続けようとしたタバサの身体は、次の瞬間。
円盤状の障壁を掻い潜るようにして飛び込んで来たリリスに、がっしと掴まれた。
ガードの姿勢を取っていたのに、掴みに来られては抵抗のしようがない。
片方の翼が巨大な手の形になり、タバサの身体を鷲掴みにする。もう片方の翼が、巨大な弓を形作る。
矢を射って攻撃する遠距離技ではなく、『犠牲者そのもの』を矢にして射るという、破天荒な技――!
タバサがその事実に気がついた時には、既に遅し。
片方の翼が巨大な手の形になり、タバサの身体を鷲掴みにする。もう片方の翼が、巨大な弓を形作る。
矢を射って攻撃する遠距離技ではなく、『犠牲者そのもの』を矢にして射るという、破天荒な技――!
タバサがその事実に気がついた時には、既に遅し。
「飛んでけ~~っ! バイバイッ!!」
まさに矢のようなスピードで、タバサの小柄な身体は打ち出される。
広場のすぐ近く、石造りの塔の外壁に叩きつけられる。
轟音。そして爆発音。
頑丈なはずの壁もその衝撃に耐え切れず、ガラガラと大きな穴が開く。
少女の小柄な身体が、壁を突き破って叩き込まれる。姿が見えなくなる。
もうもうたる粉塵が舞い上がり、どう見ても、散々痛めつけられたタバサが耐えられるダメージではない。
そこにいる誰もが、タバサの戦闘不能を確信した。
もしかしたら死んではいないかもしれない。一命は取り止めたかもしれない。が――もう、動けまい。
そして残されたメンバーに、リリスの攻撃を真正面から受け止めるような力は無いわけで――!
広場のすぐ近く、石造りの塔の外壁に叩きつけられる。
轟音。そして爆発音。
頑丈なはずの壁もその衝撃に耐え切れず、ガラガラと大きな穴が開く。
少女の小柄な身体が、壁を突き破って叩き込まれる。姿が見えなくなる。
もうもうたる粉塵が舞い上がり、どう見ても、散々痛めつけられたタバサが耐えられるダメージではない。
そこにいる誰もが、タバサの戦闘不能を確信した。
もしかしたら死んではいないかもしれない。一命は取り止めたかもしれない。が――もう、動けまい。
そして残されたメンバーに、リリスの攻撃を真正面から受け止めるような力は無いわけで――!
* * *