されど赦す者 ◆iCxYxhra9U
インデックスの手当てを終えると、着替え終わるのを待たずにアリサは工場内に駆け込んだ。
後でリンクと一緒に追いかけてくるだろう。それよりも、なのはが心配だ。
あの少年は、まだ無事だろうか。
あの少女は、まだ生きているだろうか。
後でリンクと一緒に追いかけてくるだろう。それよりも、なのはが心配だ。
あの少年は、まだ無事だろうか。
あの少女は、まだ生きているだろうか。
そんな心配をしなくてはいけないことが、友達を疑っているようで、たまらなく厭だった。
しかし、疑うもなにも、それが現実なのだから仕方がない。
しかし、疑うもなにも、それが現実なのだから仕方がない。
地響きがする。
もう、戦いが始まっているらしい。
もう、戦いが始まっているらしい。
凍りついた部屋を見つけ、壁の穴に飛び込んだ先に、対峙する二人の姿が見えた。
少年のほうは見当たらなかったが、一人は間違いなくなのはだ。
何故か服を着ていない。しかも、地面に倒れ込んでいる。
少年のほうは見当たらなかったが、一人は間違いなくなのはだ。
何故か服を着ていない。しかも、地面に倒れ込んでいる。
まさか、なのはが追いつめられているとは予想外だったが、それならなのはを守るだけだ。
贄殿遮那は、すでに抜いてある。
限界まで気配を遮断しながら接近し、二人の間に割り込んだ。
贄殿遮那は、すでに抜いてある。
限界まで気配を遮断しながら接近し、二人の間に割り込んだ。
飛び退き、こちらを窺っている少女が、インデックスの言っていたエヴァだろう。
少年の背に負われているのを見たときよりも、何故か元気そうだ。
戦いを挑むのは初体験だ。震えそうになる脚を、精神力で押さえ込む。
油断なく周囲の気配と足場を探りながら、アリサは眼前の敵に意識を集中した。
少年の背に負われているのを見たときよりも、何故か元気そうだ。
戦いを挑むのは初体験だ。震えそうになる脚を、精神力で押さえ込む。
油断なく周囲の気配と足場を探りながら、アリサは眼前の敵に意識を集中した。
「友達とな。ふん、今のコイツの体たらくを知っても、まだそう言えるか?」
偉そうな態度で、エヴァはそんなことを訊いてくる。
なのはのことなんて、なんにも知らないくせに。
カチンと来て、アリサは感情のままに怒鳴った。
なのはのことなんて、なんにも知らないくせに。
カチンと来て、アリサは感情のままに怒鳴った。
「とっくに、イヤってほど知ってるわよ!」
こんな馬の骨に、知った風な口を利かれる筋合いはない。
もう三年も親友をやっているのだ。なのはのことなら、誰よりもよく知っている。
明るくて、思いやりがあって、困ってる人は放っとけなくて、いつも悩みは一人で抱え込んじゃって。
だから、今どんなに苦しんでるかだって、わたしが一番よく知ってる!
もう三年も親友をやっているのだ。なのはのことなら、誰よりもよく知っている。
明るくて、思いやりがあって、困ってる人は放っとけなくて、いつも悩みは一人で抱え込んじゃって。
だから、今どんなに苦しんでるかだって、わたしが一番よく知ってる!
その口調に沈痛な響きを感じ、アリサはドキリとした。
エヴァは冷笑を浮かべ、蔑んだような目でこちらを見据えている。
微かに感じる違和感。
言葉と態度の間に、僅かなギャップを感じる。
エヴァは冷笑を浮かべ、蔑んだような目でこちらを見据えている。
微かに感じる違和感。
言葉と態度の間に、僅かなギャップを感じる。
「取り返しのつかないものが、世の中にはあるのだよ。もう、高町なのはに救いはない」
「そ、そんなこと――!」
「命を軽々しく捉えるな、小娘」
「そ、そんなこと――!」
「命を軽々しく捉えるな、小娘」
ギロリと睨まれ、アリサは気付いた。
エヴァは、あたしと戦うつもりがない。あたしを、説得しようとしてるんだ。
何故――と思う一方で、なめるなとも思う。
エヴァは、あたしと戦うつもりがない。あたしを、説得しようとしてるんだ。
何故――と思う一方で、なめるなとも思う。
「失くしたものは取り戻せん。
奪ってしまったかけがえのないものに、代わりなどありはしない。
それを、やり直せるなどとほざくのは、命の価値を冒涜する行為に他ならん」
奪ってしまったかけがえのないものに、代わりなどありはしない。
それを、やり直せるなどとほざくのは、命の価値を冒涜する行為に他ならん」
まさか、理詰めで責められるとは思わなかった。
アリサは返す言葉を失う。こんな戦いは予想外だ。
エヴァの言葉はいかにも正しく、アリサにはそれを容易に否定できない。
アリサは返す言葉を失う。こんな戦いは予想外だ。
エヴァの言葉はいかにも正しく、アリサにはそれを容易に否定できない。
「それだけならまだしも、こいつは歪み果てた。矯正できんほどにな。
高町なのはは、もはや光の世界には戻れん。かといって、闇の世界で生きていける素養もない。
その上、楽に破滅できるほど心も弱くないという、最悪の三連コンボだ。
私としても、ここまで救われないヤツを見るのは初めてだよ」
「でもっ! だからって、どうしようってのよ! あんたはなのはをどうする気なのよ!
どんな理由があったって、なのはには指一本触れさせないんだから――!」
高町なのはは、もはや光の世界には戻れん。かといって、闇の世界で生きていける素養もない。
その上、楽に破滅できるほど心も弱くないという、最悪の三連コンボだ。
私としても、ここまで救われないヤツを見るのは初めてだよ」
「でもっ! だからって、どうしようってのよ! あんたはなのはをどうする気なのよ!
どんな理由があったって、なのはには指一本触れさせないんだから――!」
理屈でなく、感情でアリサは叫んだ。
「そのひたむきさは嫌いではないがな。時と場合だ」
エヴァは指を二本立て、淡々と告げる。
「高町なのはに残されている道は、二つ。
際限なく災厄を撒き散らし、失った光を羨みながら闇の中を彷徨う惨めな人生か、
あるいは――安らかなる永遠の眠りか。
さて、小娘。貴様はどっちが慈悲だと思う?」
際限なく災厄を撒き散らし、失った光を羨みながら闇の中を彷徨う惨めな人生か、
あるいは――安らかなる永遠の眠りか。
さて、小娘。貴様はどっちが慈悲だと思う?」
突き付けられた究極の選択に、逆にアリサの頭が静かに醒める。
落ち着け。こいつはあたしを丸め込もうとしてるだけ。
流されるな。あたしの選択ははじめから決まってる。
落ち着け。こいつはあたしを丸め込もうとしてるだけ。
流されるな。あたしの選択ははじめから決まってる。
「わかったのならそこを退け。これ以上、私に面倒をかけるな」
唇を噛んで黙り込んだアリサを、納得したと思ったのか、あるいは観念したと思ったのか、
エヴァはおもむろに、なのはへ向かって歩み始める。
その間合いが刃の届く圏内に入った途端、アリサは贄殿遮那を一閃させた。
エヴァはおもむろに、なのはへ向かって歩み始める。
その間合いが刃の届く圏内に入った途端、アリサは贄殿遮那を一閃させた。
予測していたかのようにエヴァは飛び退り、紙一重でそれを躱す。
「やはりか……」
「……どっちも御免よ。あんたの言うことは極論だわ。
なのはのことも、手遅れだなんて思わない。
あんたはなのはを知らない。あたしたちのことを、なんにも知らない!
何年かかっても、一生かかっても、あたしが絶対更生させてみせる!
だから、あんたが退きなさい。ここは絶対に通さないんだから!」
「……どっちも御免よ。あんたの言うことは極論だわ。
なのはのことも、手遅れだなんて思わない。
あんたはなのはを知らない。あたしたちのことを、なんにも知らない!
何年かかっても、一生かかっても、あたしが絶対更生させてみせる!
だから、あんたが退きなさい。ここは絶対に通さないんだから!」
あからさまに、エヴァは舌打ちした。
みるみるうちに機嫌が悪くなり、威圧感が増す。
耐え切れずにアリサの脚が震えだすが、もう後戻りはできないし、するつもりもなかった。
みるみるうちに機嫌が悪くなり、威圧感が増す。
耐え切れずにアリサの脚が震えだすが、もう後戻りはできないし、するつもりもなかった。
「……馬鹿が、ブチ壊しおって。なにもわかってないのは貴様のほうだ。
仕方ない。邪魔者は、力ずくで排除させてもらおう――!」
仕方ない。邪魔者は、力ずくで排除させてもらおう――!」
エヴァの右手に光が集まる。
夜気が振動するのがわかる。ほとんど物理的な圧迫感すら感じる。
これが――魔力。
改めて肌で感じるそれに、アリサの心臓が早鐘のように鳴る。
夜気が振動するのがわかる。ほとんど物理的な圧迫感すら感じる。
これが――魔力。
改めて肌で感じるそれに、アリサの心臓が早鐘のように鳴る。
その時、背後から、かすれたなのはの声が聞こえた。
「アリサちゃん、駄目、逃げて……」
その言葉に、脚の震えがピタリととまった。
魔法をかけられたかのように、気持ちが鎮まる。
そうだ、あたしの後ろにはなのはがいる。
なのはのためなら、あたしはなんだってできるし、誰とだって戦える。
魔法をかけられたかのように、気持ちが鎮まる。
そうだ、あたしの後ろにはなのはがいる。
なのはのためなら、あたしはなんだってできるし、誰とだって戦える。
「……なのは、さっきは殴ってごめんね。あたし、もう逃げないから。
なのはからだって、あたしは二度と逃げないから」
なのはからだって、あたしは二度と逃げないから」
振り返らずにそう言い、アリサは贄殿遮那を構え直した。
腹は据わった。
怯えも、迷いもない。
左足をやや引き、膝を心持ち曲げ、踵を上げてつま先に体重を乗せる。
構えは、溜めのいらない下段の構え。ただただ、目の前の敵に集中する。
腹は据わった。
怯えも、迷いもない。
左足をやや引き、膝を心持ち曲げ、踵を上げてつま先に体重を乗せる。
構えは、溜めのいらない下段の構え。ただただ、目の前の敵に集中する。
予備動作なしで、エヴァの腕から魔法が飛ぶ。
「氷結(フリーゲランス)、武装解除(エクサルマティオー)!」
「せいっ!」
「せいっ!」
裂帛の気合で大太刀を跳ね上げ、アリサはそれを両断した。
パキン、と音がして、白煙と氷の欠片が霧散する。
アリサには、なんの変化もない。
パキン、と音がして、白煙と氷の欠片が霧散する。
アリサには、なんの変化もない。
「ちっ、破魔の剣だと !? 面倒な――!」
一瞬表情を歪め、エヴァは右腕を高く掲げた。
アリサは再び、下段に構え直す。
エヴァの掌で、薄紫色の光が今以上の輝きを放った。
アリサは再び、下段に構え直す。
エヴァの掌で、薄紫色の光が今以上の輝きを放った。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!
氷の精霊7頭(セプテム・スピリトゥス・グラキアーレス)、
集い来りて敵を切り裂け(コエウンテース・イニミクム・コンキダント)!」
氷の精霊7頭(セプテム・スピリトゥス・グラキアーレス)、
集い来りて敵を切り裂け(コエウンテース・イニミクム・コンキダント)!」
アリサは油断なく、神経を集中させる。
大丈夫。今みたいに、魔法なら贄殿遮那で斬れる。
そのまま一気に距離を詰め、峰で一撃。それで決まる――!
大丈夫。今みたいに、魔法なら贄殿遮那で斬れる。
そのまま一気に距離を詰め、峰で一撃。それで決まる――!
「魔法の射手(サギタ・マギカ)! 連弾・氷の7矢(セリエス・グラキアーリス)!」
エヴァの掌から、7発の魔法の矢が飛んだ。
「げっ!」
アリサは女の子らしからぬ悲鳴をあげた。
贄殿遮那で斬れるといっても、それは単発の話だ。
これは考えてなかった。
一対一だと思って、魔法戦闘を甘く見ていた。
ルビーが叫ぶ。
贄殿遮那で斬れるといっても、それは単発の話だ。
これは考えてなかった。
一対一だと思って、魔法戦闘を甘く見ていた。
ルビーが叫ぶ。
『アリサさん、氷属性を付与された魔力弾です、避けて!』
「無理! 多すぎ!」
「無理! 多すぎ!」
あるものは一直線に、あるものは回り込んで、魔法の矢はアリサを襲う。
同時に複数の的を斬るような技量は、アリサにもルビーにもない。
できることは、目の前の一発に対処することだけだった。
アリサは贄殿遮那を振り上げ、それを斬り潰す。
同時に複数の的を斬るような技量は、アリサにもルビーにもない。
できることは、目の前の一発に対処することだけだった。
アリサは贄殿遮那を振り上げ、それを斬り潰す。
しかし、残りの6矢は防げない。
魔法障壁も、アリサにはない。
これまでか――と思った瞬間、
魔法障壁も、アリサにはない。
これまでか――と思った瞬間、
「――右に(アド・デクステラム)!」
音叉のような声が響いた。
同時に、魔法の矢が着弾する。
が、それらはすべて右に軌道をずらし、ギリギリでアリサを避けていた。
足元から沸き起こる激しい氷塵に、アリサは反射的に顔を覆う。
同時に、魔法の矢が着弾する。
が、それらはすべて右に軌道をずらし、ギリギリでアリサを避けていた。
足元から沸き起こる激しい氷塵に、アリサは反射的に顔を覆う。
煙が晴れると、工場の崩れた壁際に見慣れた制服姿が立っているのが見えた。
緑の服のリンクもいる。
緑の服のリンクもいる。
「……初めの数節は、魔術発動のキーワードと、術者特定のサインも兼ねてるのかな。
でも、詠唱自体はなんの暗号化もされてない、ただのラテン語なんだよ。割り込むのはすっごく簡単かも」
でも、詠唱自体はなんの暗号化もされてない、ただのラテン語なんだよ。割り込むのはすっごく簡単かも」
落ち着いた声で、白い少女はそう告げる。
その声には、さっきまでアリサに見せていた子供じみた印象は微塵もなかった。
エヴァは目を細め、苦々しげに言う。
その声には、さっきまでアリサに見せていた子供じみた印象は微塵もなかった。
エヴァは目を細め、苦々しげに言う。
「魔力の流れに強制介入して、魔法のコントロールを乱す詠唱術か……。
面白い特技を持ってるじゃないか、インデックス」
面白い特技を持ってるじゃないか、インデックス」
* * *
まったく次から次へと、千客万来にもほどがある。
エヴァは呆れを通り越して、怒りすら覚えていた。
目の前には、破魔の剣を構えるアリサ。
加えて、インデックスにリンク。早すぎる再会だ。
エヴァは呆れを通り越して、怒りすら覚えていた。
目の前には、破魔の剣を構えるアリサ。
加えて、インデックスにリンク。早すぎる再会だ。
どこで調達したのか、インデックスは白地に黒いラインの入った、裾の長い服を着ていた。
リンクも、身の丈にあった長さの頑丈そうな剣を握っている。
なのはは回復に努めているようだ。いずれ戦線に復帰してくるだろう。
リンクも、身の丈にあった長さの頑丈そうな剣を握っている。
なのはは回復に努めているようだ。いずれ戦線に復帰してくるだろう。
自身になんの益もない無駄な戦いに、これほど手を焼くとは思わなかった。
余計なお節介は承知の上だったが、いまさら退けるほどエヴァは安くない。
余計なお節介は承知の上だったが、いまさら退けるほどエヴァは安くない。
アリサの元へ向かいながら、インデックスは視線をエヴァに向ける。
そんなインデックスを護衛するかのように、左手に剣を構えたリンクがエヴァを牽制していた。
構えに隙がない。リンクの本来の武器は剣だったか、と納得する。
そんなインデックスを護衛するかのように、左手に剣を構えたリンクがエヴァを牽制していた。
構えに隙がない。リンクの本来の武器は剣だったか、と納得する。
「エヴァ、なのはと戦ってたの?」
そう言いながら、インデックスはアリサに並ぶ。
インデックスを中心とするように、左右に二人の剣士が油断なく得物を構えた。
厄介なことになったと、エヴァは心の中で一人ごちる。
インデックスを中心とするように、左右に二人の剣士が油断なく得物を構えた。
厄介なことになったと、エヴァは心の中で一人ごちる。
正直言うと、エヴァにあまり余裕はない。
制限が効いているのだ。実際、17矢の『魔法の射手』は、普段の倍の魔力と負担をエヴァに強いた。
二度目は7矢に抑えたのだが、それでも尚、制御に甘さを感じる。
『闇の吹雪』などは、威力を抑えなければ逆にダメージを受けそうなほどだった。
制限が効いているのだ。実際、17矢の『魔法の射手』は、普段の倍の魔力と負担をエヴァに強いた。
二度目は7矢に抑えたのだが、それでも尚、制御に甘さを感じる。
『闇の吹雪』などは、威力を抑えなければ逆にダメージを受けそうなほどだった。
「なんで、仲間同士で戦ってたの? なんでありさを襲ってるの?」
インデックスのしつこい愚問に、苛立った声でエヴァは返答した。
「仲間などいらん、そう言ったはずだぞインデックス。
そこのリンクからも聞かなかったのか? 私は私の道を行くと!」
「聞いたよ。これが、エヴァの道?」
「そうだ」
「仲間を捨てて、みんなを襲って、憎しみをばらまくのがエヴァの道?」
「……そうだ」
「認めないんだよ」
そこのリンクからも聞かなかったのか? 私は私の道を行くと!」
「聞いたよ。これが、エヴァの道?」
「そうだ」
「仲間を捨てて、みんなを襲って、憎しみをばらまくのがエヴァの道?」
「……そうだ」
「認めないんだよ」
四対一の不利な戦闘を覚悟し、インデックスと視線を合わせた途端、エヴァは密かに息を呑んだ。
彼女の目には、怒りも、哀れみも、蔑みもなかった。
ただ、慈愛だけがあった。
エヴァのもっとも苦手とする光が、インデックスの瞳に宿っていた。
彼女の目には、怒りも、哀れみも、蔑みもなかった。
ただ、慈愛だけがあった。
エヴァのもっとも苦手とする光が、インデックスの瞳に宿っていた。
「りかのことは、残念だったんだよ……」
唐突に、インデックスは切り出した。
今のこのタイミングでは、あまり触れられたくない話題だ。
恨みごとなら望むところだったが、そうでないのは目を見ればわかる。
エヴァにとって、思ってもみない展開だった。
今のこのタイミングでは、あまり触れられたくない話題だ。
恨みごとなら望むところだったが、そうでないのは目を見ればわかる。
エヴァにとって、思ってもみない展開だった。
「でも、過ぎたことを悔やんでも仕方ないんだよ。先に進まないと。
リンクだって、もう怒ってないんだよ。話がしたいんだよ」
リンクだって、もう怒ってないんだよ。話がしたいんだよ」
リンクの目に燃えているのも、今やエヴァに対する憎しみではない。
自身への悔恨だ。
神社でエヴァを満足させた、あのまっすぐな憎悪の色は、すでに跡形もなかった。
自身への悔恨だ。
神社でエヴァを満足させた、あのまっすぐな憎悪の色は、すでに跡形もなかった。
「……神社の隅に、梨花ちゃんを埋めた。できれば、一緒にお参りして欲しい」
「待て、何故そんな発想になる」
「待て、何故そんな発想になる」
リンクの器量を見誤っていたことを、エヴァは理解した。
彼は、復讐に我を忘れるような、そんな狭量な男ではなかったのだ。
なにがどうなったのかは知らないが、どうやら恨んではくれないらしい。完全に計算違いだった。
彼は、復讐に我を忘れるような、そんな狭量な男ではなかったのだ。
なにがどうなったのかは知らないが、どうやら恨んではくれないらしい。完全に計算違いだった。
インデックスは、さらに言い募る。
「一緒に行こう、エヴァ。もう一度はじめからやり直すんだよ。
諦めないで、もう一度力を合わせて、一緒にここから脱出しよう?」
諦めないで、もう一度力を合わせて、一緒にここから脱出しよう?」
まさか、こんなことを言い出すとは思わなかった。
こんな展開になるとは思わなかった。
脅しが足りなかったのか、それともこいつらが底抜けのお人好しなのか。
いつの間にか、エヴァは責める側ではなく、責められる側になっていた。
こんな展開になるとは思わなかった。
脅しが足りなかったのか、それともこいつらが底抜けのお人好しなのか。
いつの間にか、エヴァは責める側ではなく、責められる側になっていた。
「くどい! 貴様らがなんと言おうと、なにを考えようと、私の道は一つだ!
やり直しなど利かんし、する気もない! 覆水は盆に還らんと知れ!」
やり直しなど利かんし、する気もない! 覆水は盆に還らんと知れ!」
腹立ちを抑えきれず、エヴァは叫んだ。
アリサは静かに構えながら、成り行きを見守っている。現状の把握に努めているようだ。
アリサは静かに構えながら、成り行きを見守っている。現状の把握に努めているようだ。
「そこの小娘にも言ったことだ! 取り返しのつかないものを取り返そうなどと、不遜極まりないとな!」
「……エヴァ。それは、なのはのこと? それとも、エヴァのこと?」
「……エヴァ。それは、なのはのこと? それとも、エヴァのこと?」
インデックスは両手を広げて、左右の二人を制した。
促されるまま、リンクとアリサは剣を納める。
アリサは少し躊躇したあと、背後のなのはへ駆け寄って行った。
とりあえずこの場は、インデックスとリンクに任せるつもりらしい。
促されるまま、リンクとアリサは剣を納める。
アリサは少し躊躇したあと、背後のなのはへ駆け寄って行った。
とりあえずこの場は、インデックスとリンクに任せるつもりらしい。
「でも、違うんだよ、エヴァ。それはエヴァが間違ってる。
生きてれば、何度だってやり直せるんだよ?」
生きてれば、何度だってやり直せるんだよ?」
畳み掛けるように、インデックスの言葉は続く。
「確かに、取り返しのつかないことはあるよ。かけがえのないものはあるよ。
でも、だからって、全部なくなっちゃうわけじゃないんだよ?
なにもかも、ダメになっちゃうわけじゃないんだよ?
世界が終わってしまうわけじゃないんだよ?」
でも、だからって、全部なくなっちゃうわけじゃないんだよ?
なにもかも、ダメになっちゃうわけじゃないんだよ?
世界が終わってしまうわけじゃないんだよ?」
暖かい、慈母のような声だった。
世界のすべてを愛してやまない声だった。
天上の星にすら手が届くと、信じて疑わない声だった。
世界のすべてを愛してやまない声だった。
天上の星にすら手が届くと、信じて疑わない声だった。
「取り返しのつかないものはあるけれど、なくしちゃったものは戻ってこないけど、
まだ、次があるんだよ? やり直せないことなんて、なにもないんだよ?
一人を不幸にしちゃったのなら、十人を幸せにしてあげるんだよ。
一つの命がなくなっちゃったのなら、百の命を育んであげるんだよ。
なにもかも捨てれば、それでいいってわけじゃないよ!
償えない罪なんて、絶対に、どこにもないんだから――!」
まだ、次があるんだよ? やり直せないことなんて、なにもないんだよ?
一人を不幸にしちゃったのなら、十人を幸せにしてあげるんだよ。
一つの命がなくなっちゃったのなら、百の命を育んであげるんだよ。
なにもかも捨てれば、それでいいってわけじゃないよ!
償えない罪なんて、絶対に、どこにもないんだから――!」
エヴァは知らない。インデックスに、一年以上前の記憶がないことを。
彼女がつい最近まで、一年ごとにすべての思い出を失い続けてきたことを。
失う意味すら知らず、失う度にゼロから始め、新しい絆を築いては、その都度奪われ続けてきたことを。
何度も何度も、やり直すしか術のなかったことを。
彼女がつい最近まで、一年ごとにすべての思い出を失い続けてきたことを。
失う意味すら知らず、失う度にゼロから始め、新しい絆を築いては、その都度奪われ続けてきたことを。
何度も何度も、やり直すしか術のなかったことを。
彼女の紡ぐ言葉の重さを、エヴァは知らない。
「甘っちょろい綺麗事を抜かすな、世間知らずの小娘がっ!
私はこうして六百年、闇の中で生きてきたんだ!
闇の中で光を振り払い、闇を呑み込み、救いなぞ求めず生きてきたんだっ!
いまさら、この期に及んで、この生き方を変えられるものかっ!」
私はこうして六百年、闇の中で生きてきたんだ!
闇の中で光を振り払い、闇を呑み込み、救いなぞ求めず生きてきたんだっ!
いまさら、この期に及んで、この生き方を変えられるものかっ!」
虚勢も虚栄もなく、エヴァは本音で叫んだ。
怒りと苛立ちによって放たれた、それはまさに悲鳴だった。
インデックスは屹然とした目で睨み返す。
怒りと苛立ちによって放たれた、それはまさに悲鳴だった。
インデックスは屹然とした目で睨み返す。
「やってみせるんだよ。エヴァは六百年かも知れないけど、私たち修道女は二千年間も、
ずっと、ずっと、罪を赦し続けてきたんだから――」
ずっと、ずっと、罪を赦し続けてきたんだから――」
右腕を上げ、小さな拳を握り、インデックスは力強く言い放った。
「――だから、エヴァが囚われてる、その幻想を打ち壊すんだよ!」
* * *
「で、打ち壊すのはいいとして、具体的にどうすんの !?」
なのはに肩を貸しながら戻ってきたアリサの問いに、インデックスは目を泳がせる。
「リ、リンクとありさが頑張るんだよ」
「あんた、あとでほっぺたグリグリの刑!」
「結局、力ずくしかないんだね……。エヴァは強いよ。気をつけて」
「あんた、あとでほっぺたグリグリの刑!」
「結局、力ずくしかないんだね……。エヴァは強いよ。気をつけて」
悔しさを顔に滲ませながら、リンクは再び剣を抜く。
アリサはなのはを支えながら、心配そうに声を掛けた。
アリサはなのはを支えながら、心配そうに声を掛けた。
「立てる?」
「うん、なんとか」
「うん、なんとか」
なのはをおろし、アリサはぐっと顔を近づけて言った。
「なのは、なんだか言いたいことは全部この子に言われちゃった気もするけど、あとで話があるから。
でも、今は協力。いいわね? あと、無理はしないこと。それと、空気読みなさいよ」
でも、今は協力。いいわね? あと、無理はしないこと。それと、空気読みなさいよ」
言下に殺生禁止を言い含め、アリサは今度はリンクに振り向く。
「リンク、あんたはなのはを見ない!」
「難しいよっ!」
「難しいよっ!」
叫びながら、リンクはエヴァ目指して駆けていく。
アリサも大太刀を抜き、それに続いた。
アリサも大太刀を抜き、それに続いた。
エヴァは大きくスタンスを取り、二人を迎え撃つ。
なのはは少し距離を取り、詠唱の準備をしている。
なのはは少し距離を取り、詠唱の準備をしている。
左右から斬りかかる二人の剣を、エヴァは軽やかなステップで躱していく。
何故か、魔法を使おうとする素振りがない。
さっきの『強制詠唱(スペルインターセプト)』を警戒してるのか知れない。
何故か、魔法を使おうとする素振りがない。
さっきの『強制詠唱(スペルインターセプト)』を警戒してるのか知れない。
今この状況で自分になにができるだろう、とインデックスは考えた。
殴り合いには『強制詠唱』は意味を為さない。
魔術は使えないし、こんな斧を持ってても所詮は素人、逆に振り回されるのがオチだ。
他に使えそうな道具も、なにも持ってない。
でも、ただ後ろで応援しているだけじゃ、気がすまない。
魔術は使えないし、こんな斧を持ってても所詮は素人、逆に振り回されるのがオチだ。
他に使えそうな道具も、なにも持ってない。
でも、ただ後ろで応援しているだけじゃ、気がすまない。
できることを、たった一つのことを求めてインデックスは思考する。
思い起こすのは、学園都市での出来事。親友が能力を暴走させられた、あの事件。
事件の全容は未だによくわからないけど、ともかくあの時は、親友を助けることができた。
同じ手が、今回も通じるだろうか。
事件の全容は未だによくわからないけど、ともかくあの時は、親友を助けることができた。
同じ手が、今回も通じるだろうか。
なんの意味もないかも知れない。
でも、もしかして届くかも知れない。
それは、国も文化も越えて心を通わせるための、一番簡単な手法だから。
でも、もしかして届くかも知れない。
それは、国も文化も越えて心を通わせるための、一番簡単な手法だから。
なのはの魔法弾の牽制を縫って、アリサとリンクの攻撃は続いている。
しかし、当たらない。エヴァからの攻撃すらほとんどない。
どうやらエヴァは、逃走の機会を窺っているようだ。このままじゃ、逃げられてしまう。
しかし、当たらない。エヴァからの攻撃すらほとんどない。
どうやらエヴァは、逃走の機会を窺っているようだ。このままじゃ、逃げられてしまう。
意を決し、インデックスはその場で膝をついた。
胸の前で手を組み、いと高き空を見上げて。
人の世で最も美しいとさえ言われるそれを、彼女は高らかに紡ぎ始めた。
胸の前で手を組み、いと高き空を見上げて。
人の世で最も美しいとさえ言われるそれを、彼女は高らかに紡ぎ始めた。
* * *
もう茶番はたくさんだった。
回避に専念し、隙を見て離脱しようとエヴァは思っていた。
こんな成り行きでは、なのはの心を砕くどころではない。もう、戦う理由がなかった。
回避に専念し、隙を見て離脱しようとエヴァは思っていた。
こんな成り行きでは、なのはの心を砕くどころではない。もう、戦う理由がなかった。
峰を返しているアリサはともかく、殺意のないまま両刃剣を振るうリンクの剣筋には迷いが見て取れる。
回遊するなのはの魔法弾は鬱陶しいが、しょせん一発だけだ。
魔法の使用を控えても、体術だけでなんとか対処できないことはない。
回遊するなのはの魔法弾は鬱陶しいが、しょせん一発だけだ。
魔法の使用を控えても、体術だけでなんとか対処できないことはない。
捌き、躱し、突き放し、退路を確保しようとしたその時――。
大いなる御恵み 妙なる調べ
罪深き我をも 赦したもう
罪深き我をも 赦したもう
天まで突き抜けるようなソプラノが、戦いの空気を震わせた。
エヴァはもちろん、アリサやリンクでさえも動きを止めた。
それほどまでに、澄んだ美しい歌声は、この戦いの場に不似合いだった。
エヴァはもちろん、アリサやリンクでさえも動きを止めた。
それほどまでに、澄んだ美しい歌声は、この戦いの場に不似合いだった。
「呪文詠唱? いや――ただの讃美歌だと !?」
闇に惑いて 躓く我の
盲いたまなこを 開きたる
盲いたまなこを 開きたる
振り向くと、月光に照らされて、跪いたインデックスが歌っているのが見えた。
それは、広く人口に膾炙した贖罪の歌。
慶びの日に。あるいは弔いの折に。
天にも届けとばかりに歌い継がれてきた、大いなる赦しの讃歌。
それは、広く人口に膾炙した贖罪の歌。
慶びの日に。あるいは弔いの折に。
天にも届けとばかりに歌い継がれてきた、大いなる赦しの讃歌。
「いったいなにを―― !?」
意図が読めず、エヴァは混乱する。
魔力が込められている気配はない。ただの歌だ。
魔力が込められている気配はない。ただの歌だ。
主の御恵みは 畏れを識らしめ
且つ安らぎを もたらさん
且つ安らぎを もたらさん
その、一瞬の隙を突かれた。
目の前を過ぎる魔法弾の光に目を奪われた瞬間、
目の前を過ぎる魔法弾の光に目を奪われた瞬間、
「――くふっ!」
背後から、いつの間にかチャイナドレスに着替えたアリサの蹴りを喰らっていた。
間髪入れず懐に飛び込んだリンクが、逆手に持った剣の柄を鳩尾に叩き込む。
が、それは喰らわない。寸前で受けとめ、捻りあげて、そのままなのは目掛けて投げ飛ばした。
間髪入れず懐に飛び込んだリンクが、逆手に持った剣の柄を鳩尾に叩き込む。
が、それは喰らわない。寸前で受けとめ、捻りあげて、そのままなのは目掛けて投げ飛ばした。
ああ、訪れし 御業の覚えよ
なんたる歓びの 朝なるか
なんたる歓びの 朝なるか
宙を舞うリンクを、なのはは迷わず受けとめた。
シューターを解除してプロテクションを緩衝材代わりにしたが、それでも衝撃に息が詰まる。
シューターを解除してプロテクションを緩衝材代わりにしたが、それでも衝撃に息が詰まる。
「っ……! だ……大丈夫?」
「あ、うん、ありがとう――」
「あ、うん、ありがとう――」
顔を赤らめつつ再びエヴァに向かうリンクを見送り、なのははその視界が霞むのを感じる。
ただでさえ消耗していたのに加えて、デバイスの補助なしでの高位魔法制御は、なのはを限界に追い込んでいた。
かろうじて立っているものの、実はもう、意識を繋ぎとめているのさえつらい状態だ。
ただでさえ消耗していたのに加えて、デバイスの補助なしでの高位魔法制御は、なのはを限界に追い込んでいた。
かろうじて立っているものの、実はもう、意識を繋ぎとめているのさえつらい状態だ。
ディバインシューターも、一発撃つのが精一杯。
アリサに言われるまでもなく、エヴァをどうにかしようなんて、もうできっこない。
アリサに言われるまでもなく、エヴァをどうにかしようなんて、もうできっこない。
でも、まだ倒れるわけにはいかない。
まだ、アリサちゃんが戦っている。守らなきゃ。
ケンカしちゃったけど、でも、友達だって言ってくれた。だから、守らなきゃ。
まだ、アリサちゃんが戦っている。守らなきゃ。
ケンカしちゃったけど、でも、友達だって言ってくれた。だから、守らなきゃ。
それに、この歌。
何故か胸が熱くなる、この綺麗な歌。
唇を噛み締め、次の魔法の準備をしながらなのはは思った。
少しでも、なるべく長く、この歌を聞いていたい――と。
何故か胸が熱くなる、この綺麗な歌。
唇を噛み締め、次の魔法の準備をしながらなのはは思った。
少しでも、なるべく長く、この歌を聞いていたい――と。
幾多の悩み 苦しみを経て
我は来たらん 主の御前に
我は来たらん 主の御前に
拳法モードに切り替えてから、身体が軽い。これならやり過ぎる心配もない。
アリサは独楽のように回転しながら、次々と連続技をエヴァに叩き付けていた。
贄殿遮那は左手で、背負うようにして掲げている。足技主体でいけば、邪魔になることもない。
アリサは独楽のように回転しながら、次々と連続技をエヴァに叩き付けていた。
贄殿遮那は左手で、背負うようにして掲げている。足技主体でいけば、邪魔になることもない。
しかし、捌かれる。
クリーンヒットはさっきの一発のみ。
それすらも、衝撃を逃がされたらしい。空気の塊を蹴ったような感触しかなかった。
無酸素運動なので、いつまでも連撃は続かない。
そろそろ回転が止まるかと思った時、突如、エヴァの動きが止まった。
クリーンヒットはさっきの一発のみ。
それすらも、衝撃を逃がされたらしい。空気の塊を蹴ったような感触しかなかった。
無酸素運動なので、いつまでも連撃は続かない。
そろそろ回転が止まるかと思った時、突如、エヴァの動きが止まった。
「くっ、捕縛魔法かっ!」
なのはの魔法がエヴァの四肢を捕らえたのだ。
チャンスを逃さず、アリサは大技を繰り出す。
チャンスを逃さず、アリサは大技を繰り出す。
「せぃやっ! 開打靠靭アリサ脚!」
「なめるなぁ――!」
「なめるなぁ――!」
主の御恵みは 我を導き
約束された 故郷へと誘う
約束された 故郷へと誘う
力ずくで拘束を引きちぎり、エヴァはカウンター気味の一撃を放った。
しかし、アリサの大技は紙一重で躱したものの、こちらの攻撃もタイミングが遅れる。
どちらの一撃も有効なヒットとならず、二人は一旦距離を取った。
しかし、アリサの大技は紙一重で躱したものの、こちらの攻撃もタイミングが遅れる。
どちらの一撃も有効なヒットとならず、二人は一旦距離を取った。
無理な魔法行使が祟ったか、身体のキレが鈍い。鈍すぎる。
それに加え、さっきから続いているこの歌が、どうにも神経に障っていた。
それに加え、さっきから続いているこの歌が、どうにも神経に障っていた。
荘厳に過ぎる。
優美に過ぎる。
清廉に過ぎる。
優美に過ぎる。
清廉に過ぎる。
そのくせ、耳から離れようとしない。
どんなに戦闘に集中しようとしても、どうしても意識を惹き寄せられる。
どんなに戦闘に集中しようとしても、どうしても意識を惹き寄せられる。
「ええい、鬱陶しい!」
リンクの攻撃をくぐって躱し、エヴァはそのまま一回転して足元の石を拾った。
起き上がる動作の余勢を借りて投擲する。狙うは、さっきから煩い後衛のなのは。
狙い違わず、石はなのはの腹部にヒットする。
起き上がる動作の余勢を借りて投擲する。狙うは、さっきから煩い後衛のなのは。
狙い違わず、石はなのはの腹部にヒットする。
呻きながら仰向けに倒れるなのはを目の端に、エヴァは怒鳴った。
「くそっ、耳障りだっ!
その歌を止めろインデックス!」
その歌を止めろインデックス!」
主の御言葉は 我を清めて
望みを援け 支えたもう
望みを援け 支えたもう
なのはがやられたのを見て、リンクはすぐさまインデックスのカバーに入った。
今のインデックスは無防備だ。同じようにして狙われたら、ひとたまりもない。
アリサはなのはへの追撃を防ぐため、なのはを庇う位置から攻撃を続けている。
今のインデックスは無防備だ。同じようにして狙われたら、ひとたまりもない。
アリサはなのはへの追撃を防ぐため、なのはを庇う位置から攻撃を続けている。
エヴァの動きは神社の時よりも鈍い。どんどん鈍くなっていってるようにすら感じる。
これなら、なんとか戦える。
手加減する余裕はどこにもないけれど、殺しちゃうわけにもいかない。
勇者の拳を巧く使いこなせないリンクとしては、剣の柄頭でしか思い切った攻撃ができなかった。
これなら、なんとか戦える。
手加減する余裕はどこにもないけれど、殺しちゃうわけにもいかない。
勇者の拳を巧く使いこなせないリンクとしては、剣の柄頭でしか思い切った攻撃ができなかった。
インデックスを背後にして、リンクも攻撃に参加する。
アリサの脚とタイミングを合わせ、それぞれ上下段を同時に攻める。
今度は決まった。アリサの足払いは躱されたが、リンクの柄頭は、エヴァのこめかみに食い込んでいた。
アリサの脚とタイミングを合わせ、それぞれ上下段を同時に攻める。
今度は決まった。アリサの足払いは躱されたが、リンクの柄頭は、エヴァのこめかみに食い込んでいた。
エヴァは獣のような目をリンクに向け、バック転して距離を取る。
――そして、咆えた。
「うおおおおおおおお―――――― !!」
エヴァの全身に、膨大な魔力がみなぎる。
その余波で、リンクもアリサも吹き飛ばされてしまう。
その余波で、リンクもアリサも吹き飛ばされてしまう。
「くっ、突然……!」
素早く起き上がると、エヴァの掌が、爆発的な薄紫の閃光を発していた。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 契約に従い、我に従え氷の女王!
(ト・シュンボライオン・ディアーコネートー・モイ・ヘー・クリュスタリネー・バシレイア)」
「呪文を唱えた !?」
(ト・シュンボライオン・ディアーコネートー・モイ・ヘー・クリュスタリネー・バシレイア)」
「呪文を唱えた !?」
生ある限り 主は我が身を
護る盾となり 糧ともならん
護る盾となり 糧ともならん
エヴァは歯軋りをして、全身を苛む痛みに耐えていた。
さすがに上位古代語魔法。
本来、今の制限下で使える魔法ではなかった。
さすがに上位古代語魔法。
本来、今の制限下で使える魔法ではなかった。
無茶とはわかっていたが、もう我慢ならなかった。
魔力を湯水のように注ぎ込み、悲鳴をあげる身体に鞭打って発動させる。
魔力を湯水のように注ぎ込み、悲鳴をあげる身体に鞭打って発動させる。
「来れ、とこしえのやみ(エピゲネーテートー・タイオーニオン・エレボス)!
えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)!」
えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)!」
エヴァを中心として、たちまちのうちに周りのすべてが凍りついていく。
土も、樹も、空気さえも。
もちろんリンクもアリサも、なのはやインデックスも、逃れる間もなく真白な氷に捕まっていく。
土も、樹も、空気さえも。
もちろんリンクもアリサも、なのはやインデックスも、逃れる間もなく真白な氷に捕まっていく。
おお、我が肉も 心もいつか
務めを終えて 土に還れど
務めを終えて 土に還れど
「あ、足が――!」
凍りついた大地に足を絡め取られ、リンクとアリサが動きを止める。
すぐに立っている感覚もなくなるはずだ。
裸のなのはは、倒れ込んだ背中から直に氷に侵食されている。もう、動けまい。
すぐに立っている感覚もなくなるはずだ。
裸のなのはは、倒れ込んだ背中から直に氷に侵食されている。もう、動けまい。
ギシギシと、身体中が軋みをあげる。
意に沿わぬ涙が、視界を滲ませる。
エヴァは白銀に染まった大地の真ん中で、勝ち誇ったように悲鳴をあげた。
意に沿わぬ涙が、視界を滲ませる。
エヴァは白銀に染まった大地の真ん中で、勝ち誇ったように悲鳴をあげた。
「くっ……! 見えるかインデックス! 150フィート四方を凍土と化し、完全に粉砕する広範囲殲滅魔法だ!
死にたくなければ歌を止め、先ほどの詠唱術で術の完成を妨害してみせろ!」
死にたくなければ歌を止め、先ほどの詠唱術で術の完成を妨害してみせろ!」
御国へ至る とばりの果てで
とわの命を 与えられん
とわの命を 与えられん
インデックスは足だけでなく、全身を白く染めていた。
制服の下に水の羽衣を纏っていたのが、今度は凶と出た。
すでに氷の羽衣となっていて、インデックスの全身を固め、体温と自由を奪っている。
制服の下に水の羽衣を纏っていたのが、今度は凶と出た。
すでに氷の羽衣となっていて、インデックスの全身を固め、体温と自由を奪っている。
「聞こえないのかインデックス! 今すぐその歌を止めろ!
貴様が詠唱に介入しなければ、すべての命が砕け散るぞっ !!」
貴様が詠唱に介入しなければ、すべての命が砕け散るぞっ !!」
しかし、インデックスは歌うことをやめない。
凍てつく大地に膝をつき、両腕を天に差し伸べ、エヴァを見据える双眸に涙を凍りつかせ、全身を霜で覆われながら、
それでも無垢な幼子のように、ただ無防備に、純白のシスターは歌うことをやめない。
凍てつく大地に膝をつき、両腕を天に差し伸べ、エヴァを見据える双眸に涙を凍りつかせ、全身を霜で覆われながら、
それでも無垢な幼子のように、ただ無防備に、純白のシスターは歌うことをやめない。
氷雪の如く いずれ世は失せ
太陽すらも 輝きなくさん
太陽すらも 輝きなくさん
「守護する盾、風を纏いて……鋼と化せ……」
たどたどしく紡がれるなのはの声に、アリサは驚いて首を向けた。
凍えた地面に貼り付いていた背中を無理矢理引き剥がし、半身を起こして、なのはは広域防御魔法を唱えていた。
凍えた地面に貼り付いていた背中を無理矢理引き剥がし、半身を起こして、なのはは広域防御魔法を唱えていた。
「すべてを阻む……祈りの壁、来たれ……」
朦朧とした声に応えて、真っ白な地表に桜色の魔法陣が浮かんで広がる。
それは、アリサを中心としていた。
それは、アリサを中心としていた。
「ばっ――! 馬鹿なのは! 自分を守りなさいっ!」
されど命を 与えし主は
とわに傍らを 離れまじ
とわに傍らを 離れまじ
だが、そこまでだった。
意識を失い、なのはが崩れ落ちると同時に、魔法陣の輝きも沈んで消える。
意識を失い、なのはが崩れ落ちると同時に、魔法陣の輝きも沈んで消える。
「――なのは!」
せめて、なのはの傍に。
その一心で、アリサはまだ自由の利く腕で、凍える地面に大太刀を突き立てた。
自在法の干渉を阻む贄殿遮那の力により、ほんの少し、アリサの周りだけ氷が霧散する。
その一心で、アリサはまだ自由の利く腕で、凍える地面に大太刀を突き立てた。
自在法の干渉を阻む贄殿遮那の力により、ほんの少し、アリサの周りだけ氷が霧散する。
夢中で駆け寄り、少しでもその身体を温めようと、アリサはなのはの裸体に覆いかぶさった。
薄くも確かな呼吸と心臓の鼓動を確認して、アリサはほっと白い息を吐く。
安堵からか、くらりと気が遠くなるのを感じた。
薄くも確かな呼吸と心臓の鼓動を確認して、アリサはほっと白い息を吐く。
安堵からか、くらりと気が遠くなるのを感じた。
「……ねえ、なのは、聞こえる?」
気を失ったなのはの凍えた髪に頬を寄せ、アリサはささやく。
「綺麗な歌声……。ねえ、なのは。赦すって。もう、理屈抜きで赦すってさ。
なんか、すごいよね。綺麗だよね。あったかいね……」
なんか、すごいよね。綺麗だよね。あったかいね……」
温かく、やわらかい身体を抱きしめながら、アリサはそっと目を閉じた。
「あたしも、なんだか眠くなってきちゃった……」
光あふるる この地の上に
幾万年も 我らは栄えど
幾万年も 我らは栄えど
制限されているため、全盛時よりも威力は数段劣る。絶対零度には程遠いようだ。
その上、魔力の消耗が激しく、長時間の維持や固定はほぼ不可能。
術の行程を進めたほうが、負担は少なそうだった。
その上、魔力の消耗が激しく、長時間の維持や固定はほぼ不可能。
術の行程を進めたほうが、負担は少なそうだった。
エヴァは、ゆっくり、呟くように、世界のすべてを呪うかのように、詠唱を続ける。
「全ての、命ある者に、等しき死を(パーサイス・ゾーサイス・トン・イソン・タナトン)。
其は、安らぎなり(ホス・アタラクシア)――」
其は、安らぎなり(ホス・アタラクシア)――」
それよりも尚 永きにわたり
主への讃美は 歌い継がれん
主への讃美は 歌い継がれん
唱えてしまった。
もう、『こおるせかい』には切り替えられない。
この詠唱の行き着く先は一つ。すべてを砕く『おわるせかい』。
もう、『こおるせかい』には切り替えられない。
この詠唱の行き着く先は一つ。すべてを砕く『おわるせかい』。
世界が終わってしまうわけじゃない、とインデックスは言った。
でも、違う。
十歳になったあの遠き日の朝、世界は一度滅びて消えた。
エヴァの知っていた世界の全ては、あの日失われて二度と戻らなかった。
でも、違う。
十歳になったあの遠き日の朝、世界は一度滅びて消えた。
エヴァの知っていた世界の全ては、あの日失われて二度と戻らなかった。
世界は終わる。いとも容易く。
それを、エヴァは知っている。
それを、エヴァは知っている。
大いなる御恵み 妙なる調べ
罪深き我をも 赦したもう
罪深き我をも 赦したもう
インデックスは歌う。
想いの丈の、すべてを込めて。
世界のすべてを抱きしめながら、あらゆるものを慈しみながら、
インデックスは溢れんばかりの光を歌う。
想いの丈の、すべてを込めて。
世界のすべてを抱きしめながら、あらゆるものを慈しみながら、
インデックスは溢れんばかりの光を歌う。
もういいんだよ、エヴァ。
無理しなくてもいいんだよ。
一人ぼっちで苦しまなくてもいいんだよ。
私がそばにいるよ。みんな一緒にいるよ。
誰もエヴァを責めたりしないよ。
無理しなくてもいいんだよ。
一人ぼっちで苦しまなくてもいいんだよ。
私がそばにいるよ。みんな一緒にいるよ。
誰もエヴァを責めたりしないよ。
私たち、友達なんだよ……。
闇に惑いて 躓く我の
盲いたまなこを 開きたる
盲いたまなこを 開きたる
もう、限界だった。
なにもかもが、限界だった。
なにもかもが、限界だった。
「こ の 愚 か 者 ど も が ―― !!」
血を吐くかのような罵声と共に、エヴァは右腕を叩き付けるように振り下ろす。
……そして、世界は砕けて散った。