ノーザンクロス ◆wlyXYPQOyA
「別、れろ……? どういう事だい?」
「そのままの意味や。今はもうタバサの前から消えてくれ」
「そのままの意味や。今はもうタバサの前から消えてくれ」
「タバサと別れろ」という小太郎の言葉に、僕は呆然としていた。
突然突拍子も無いことを言われたと、そう感じざるを得なかった。
二人が何を話して何があって何を思ったのか。それが理解できないまま突きつけられた今の言葉。
さっぱりわけがわからない。「タバサの前から消えろ」とはどういう事だ。
納得がいかない。「何故そんな話になるんだ」と説明を要求した。
突然突拍子も無いことを言われたと、そう感じざるを得なかった。
二人が何を話して何があって何を思ったのか。それが理解できないまま突きつけられた今の言葉。
さっぱりわけがわからない。「タバサの前から消えろ」とはどういう事だ。
納得がいかない。「何故そんな話になるんだ」と説明を要求した。
「落ち着いて聞いてくれ……今のお前は、タバサを傷つけとんねん」
すぐに返された答え。
だがそれも僕にとってはまたも突拍子も無いことだった。
僕がタバサを傷つけた? いつ? どこで? どうやって?
わけが解らない。何が何だか本当にさっぱりわからない。
落ち着きを取り戻して状況を整理したい。だがそれも叶わなかった。
だがそれも僕にとってはまたも突拍子も無いことだった。
僕がタバサを傷つけた? いつ? どこで? どうやって?
わけが解らない。何が何だか本当にさっぱりわからない。
落ち着きを取り戻して状況を整理したい。だがそれも叶わなかった。
「的を射ない答えにしか聞こえないよ! 僕が何をしたって言うんだ!」
つい声を荒げてしまった。小太郎君の後ろにいるタバサの体がビクリと震える。
彼女は何も言わない。というより、言えない様子だった。
彼女は何も言わない。というより、言えない様子だった。
(しまった、つい怖がらせて……まさかこの積み重ねが!? いや、でも思いのたけをぶつけた経験は一度だけだ!)
僕の頭は混乱こそしていたが、どうにか様々なことを思い浮かべ、様々な可能性を浮かべようとする。
だが非情にもそうすればそうするほど訳が解らなくなる。自分が考えることも突拍子も無いものへと変化していく。
だが非情にもそうすればそうするほど訳が解らなくなる。自分が考えることも突拍子も無いものへと変化していく。
「さっぱりわからない! わからないよ!」
「だからお前がおったらタバサが……!」
「だからお前がおったらタバサが……!」
疑問を口に出せば、小太郎君はまたも的の射ない答えを捻り出してくる。
何だ、その答えになってない答えは。何だ今のこの状況! 何なんだこの無駄な問答は!
次第に苛々が募っていき、そして僕は遂に叫んでしまった。
何だ、その答えになってない答えは。何だ今のこの状況! 何なんだこの無駄な問答は!
次第に苛々が募っていき、そして僕は遂に叫んでしまった。
「何故僕がいたらタバサが傷つくのかという説明をしろと言ってるんだ!
君が答えないというなら、本人に聞くまでだ! タバサ、どういうことだい!?」
君が答えないというなら、本人に聞くまでだ! タバサ、どういうことだい!?」
自分の知らぬところで勝手に話が大きくなっていること。
自分に何も教えないまま全てを進めようとしていること。
それらに対し憤怒とも言える感情を抱いた僕は、叫ぶように問う。
だが、タバサは何も言わない。ここに戻ってきた時と変わらず泣きじゃくっている。
自分に何も教えないまま全てを進めようとしていること。
それらに対し憤怒とも言える感情を抱いた僕は、叫ぶように問う。
だが、タバサは何も言わない。ここに戻ってきた時と変わらず泣きじゃくっている。
「お願い……もうやめて……」
「やめてって、何をだよ……何が何だか解らないんじゃ、何もやめようがない!」
「やめてって、何をだよ……何が何だか解らないんじゃ、何もやめようがない!」
こんな状態のタバサを責めても仕方ないのは理解している。
彼女の精神状態も何故だか不安定だ。まともな答えなんて期待していない。
だから小太郎に尋ねているというのに。駄目だ、苛々が募る。
彼女の精神状態も何故だか不安定だ。まともな答えなんて期待していない。
だから小太郎に尋ねているというのに。駄目だ、苛々が募る。
「……わかった、全部話したるわ。流石に無理がある」
タバサに問う僕の姿を見かねたのか、小太郎君は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて口を開いた。
そうだ、それが求めていた事だ。僕は「その言葉を待っていた」と伝える為に視線を小太郎君に集中させる。
タバサは「だめっ、やだぁ!」と感情のままに出しているであろう言葉を彼にぶつける。
だが小太郎君はそれを無視。僕の両目を確かに捉え、話し出した。
そうだ、それが求めていた事だ。僕は「その言葉を待っていた」と伝える為に視線を小太郎君に集中させる。
タバサは「だめっ、やだぁ!」と感情のままに出しているであろう言葉を彼にぶつける。
だが小太郎君はそれを無視。僕の両目を確かに捉え、話し出した。
「タバサは……お前に頼らんように、今の今まで無理しとったんや。
早い話、嘘ついててん。嘘の自分を作っとったんや。お前のためにな」
早い話、嘘ついててん。嘘の自分を作っとったんや。お前のためにな」
求めていた小太郎君の言葉は、僕の予想の範疇外だった。
タバサが嘘をついている――正直なところ理解しがたい事だった。
確かにタバサは傍から見れば嘘の様な行動や言動を繰り返していた。
だが本当に嘘だった、と言われても困る。僕にしてみれば、彼女の言葉には嘘が無いように思えていたんだから。
倫理に外れた行動を常識とし、それでも僕自身を説得してくれたあの言葉が嘘と言われても信じがたい。
それに納得もいかない。嘘だとしたらどこからが嘘なのか。どこまでが本当だったのか。
いや、その前に――――つまり、タバサは僕に対して心を開いていなかったのか?
わからない、わからない。理解し難い、理解できない!
タバサが嘘をついている――正直なところ理解しがたい事だった。
確かにタバサは傍から見れば嘘の様な行動や言動を繰り返していた。
だが本当に嘘だった、と言われても困る。僕にしてみれば、彼女の言葉には嘘が無いように思えていたんだから。
倫理に外れた行動を常識とし、それでも僕自身を説得してくれたあの言葉が嘘と言われても信じがたい。
それに納得もいかない。嘘だとしたらどこからが嘘なのか。どこまでが本当だったのか。
いや、その前に――――つまり、タバサは僕に対して心を開いていなかったのか?
わからない、わからない。理解し難い、理解できない!
「タバサがお前に甘えて、お前に頼ったせいでお前が苦労する事になるのが嫌やったんや。
だから嘘を言った。頼りがいのある自分を見せてたんや……それも気付かへんかったやろ、お前は」
だから嘘を言った。頼りがいのある自分を見せてたんや……それも気付かへんかったやろ、お前は」
小太郎君は言葉の追加した。タバサが嘘の自分を作り上げていた――それが、それが更なる答え。
そう、か……やっとここで理解した。タバサは最初から嘘の自分を構築していたんだ。つまり。
そう、か……やっとここで理解した。タバサは最初から嘘の自分を構築していたんだ。つまり。
「最初から、嘘だったのか……? 僕に心配をかけまいと、強がっていた、と?」
「そうや」
「じゃあ、今まで彼女が言ってきたことも? 何にも動じず倫理から外れた言葉を話していた姿も嘘?」
「そうや」
「……僕が"死"について苦悩していた時、立ち直る言葉を彼女はくれた。それも、それすらも嘘だったのかい?」
「そうや」
「そうや」
「じゃあ、今まで彼女が言ってきたことも? 何にも動じず倫理から外れた言葉を話していた姿も嘘?」
「そうや」
「……僕が"死"について苦悩していた時、立ち直る言葉を彼女はくれた。それも、それすらも嘘だったのかい?」
「そうや」
三度の問いに対し、三度の肯定。
導き出される答え、それは「タバサに見た強さや逞しさが全て幻影だった」という事。
導き出される答え、それは「タバサに見た強さや逞しさが全て幻影だった」という事。
「お前の為に、タバサはガッチガチに嘘の自分を固めた。それが今はタバサにとって苦痛なんや。
嘘が行き過ぎて、お前がタバサを変な人間やと思い込み始めた――そっから破綻寸前やったんや」
嘘が行き過ぎて、お前がタバサを変な人間やと思い込み始めた――そっから破綻寸前やったんや」
……破綻、寸前?
「俺はそれに気付いた。でもお前はそれに気付けへんかった。
やから、お前はもう暫くタバサの前から消えてくれ。これ以上一緒におったら――」
やから、お前はもう暫くタバサの前から消えてくれ。これ以上一緒におったら――」
……だから、消えろと?
「――タバサが、壊れる」
僕の所為だから、僕が消えろと……?
僕がタバサに無理をさせたと……?
僕がタバサに無理をさせたと……?
「もうタバサを束縛させんためにもな、ここで一旦別れよう。
……またいつか会うこともあるやろ。その時は落ち着いて――」
「ふざけるな……!」
……またいつか会うこともあるやろ。その時は落ち着いて――」
「ふざけるな……!」
内に秘めていた怒りが、決壊した。
「ふざけるな! なんで……なんでそんな嘘を……!」
「だから、お前の為を思って……」
「だから、お前の為を思って……」
けれど小太郎君の答えは同じような言葉。さっき聞いた、言い訳のままだった。
怒りは収まる事は無く、むしろ増加して行くばかりだった。
怒りは収まる事は無く、むしろ増加して行くばかりだった。
「僕は本気でタバサに接していたんだ! 本気で、本気で悩んでいたときもあった!
このまま彼女に付いていって良かったのかって! それなのに、彼女は嘘をついていたのか!」
このまま彼女に付いていって良かったのかって! それなのに、彼女は嘘をついていたのか!」
……僕は、北東の街へと辿り付く今の今までずっと苦悩を重ねてきた。
彼女の倫理観から逸脱した行動や言動の数々。このまま彼女に付いていて本当に良かったのだろうかと苦悩もした。
それでも僕は本気の心で、本気の言葉で、本当の自分を見せてきた。仲間だから、信頼していたから自分の全てをぶつけた。
そうして分かり合えた。苦労を分かち合う本当の『仲間』になったはずだった……それなのに!
彼女の倫理観から逸脱した行動や言動の数々。このまま彼女に付いていて本当に良かったのだろうかと苦悩もした。
それでも僕は本気の心で、本気の言葉で、本当の自分を見せてきた。仲間だから、信頼していたから自分の全てをぶつけた。
そうして分かり合えた。苦労を分かち合う本当の『仲間』になったはずだった……それなのに!
「それなのに、それなのに! タバサには嘘しかなかったのか!
僕の為に!? 僕に負担をかけまいとしていた!? 僕に甘えたくなかった!?
ふざけるな……『仲間』だったら信頼して背負うべきものは一緒に背負うべきだろう!」
僕の為に!? 僕に負担をかけまいとしていた!? 僕に甘えたくなかった!?
ふざけるな……『仲間』だったら信頼して背負うべきものは一緒に背負うべきだろう!」
仲間であったはずなのに、タバサは僕を信頼してくれていなかった。
甘えたいなら甘えればよかった。僕は『仲間』の弱さを受け入れる覚悟をしていた。
というか、そういうものも分かち合ってこそ仲間だ。いや、分かち合えるからこそ仲間なんだ。
だがタバサは本気の自分を出さない。フェアでない、嘘偽りの付き合い。
甘えたいなら甘えればよかった。僕は『仲間』の弱さを受け入れる覚悟をしていた。
というか、そういうものも分かち合ってこそ仲間だ。いや、分かち合えるからこそ仲間なんだ。
だがタバサは本気の自分を出さない。フェアでない、嘘偽りの付き合い。
「裏切られた気分……いや、違う。裏切られたよ、完璧完全にね」
何もかもがフェイク。意味の無い付き合いだったんだ。
そうだ、今になればわかる。あの言葉の意味が、解る。
「蒼星石は……私の『仲間』、だよね?」という問いは、ただの確認。
嘘の自分が行き過ぎではなかったか、という不安からの言葉だ。
それを本気で胸に抱いて、苦悩して、その果てに彼女を信頼したのが自分。
なんという片腹痛い道を歩んでいったのだろうか。心の中で小太郎君が哄笑している気がする。
「お前とは違う。お前はタバサの真意に気付けなかった馬鹿者だ」と罵るビジョンが、くっきりと――
そうだ、今になればわかる。あの言葉の意味が、解る。
「蒼星石は……私の『仲間』、だよね?」という問いは、ただの確認。
嘘の自分が行き過ぎではなかったか、という不安からの言葉だ。
それを本気で胸に抱いて、苦悩して、その果てに彼女を信頼したのが自分。
なんという片腹痛い道を歩んでいったのだろうか。心の中で小太郎君が哄笑している気がする。
「お前とは違う。お前はタバサの真意に気付けなかった馬鹿者だ」と罵るビジョンが、くっきりと――
「やる気か……?」
突然の小太郎君の言葉に気付き、僕は自分自身の右手を見た。
握り拳を作っている。無意識に力を入れていたそれは、静かに震えている。
握り拳を作っている。無意識に力を入れていたそれは、静かに震えている。
犬上小太郎が再び、自分の心の中で笑い始める。
今度は「お前は不器用だ」と罵っている。
今度は「お前は不器用だ」と罵っている。
「ええか、今のお前は冷静やない。本当のお前は物分りのええ奴のはずや。
だからまずは頭を冷やせ。しばらくタバサと別れて、それから冷静になってこい……!」
だからまずは頭を冷やせ。しばらくタバサと別れて、それから冷静になってこい……!」
そして外側から響く小太郎の声。それは僕を諭すような言葉。
綺麗で、世間受けしやすい落ち着きのある言葉だ。自分から焚付けておいて、白々しい。
ぶちり――――と、自分の何かが千切れ飛ぶ音がした。
綺麗で、世間受けしやすい落ち着きのある言葉だ。自分から焚付けておいて、白々しい。
ぶちり――――と、自分の何かが千切れ飛ぶ音がした。
「勝手に嘘をついて苦労して……僕の一切合財を無視して!」
僕は頂点に達したその激しい感情のままに叫んだ。もう自分でも、冷静ではないと解っている。
けれど、タバサに裏切られたという事への怒りはもう止められなかった。
けれど、タバサに裏切られたという事への怒りはもう止められなかった。
「束縛されたのはこっちの方だ! 彼女のくだらない強がりの所為で……僕は……」
思い出す。イシドロと見知らぬ少女の入っていた棺桶を。
思い出す。イシドロを埋葬出来ずにタバサの口車に乗せられた事を。
思い出す。生きている少女に死体と同席させるという恐怖を抱かせた事を。
思い出す。まるで稚魚を放流するかの様に突き放した少女が死んだという事を。
思い出す。そうやって自分は今日のこの日まで他の人間を辱めてきたという事を!
思い出す。イシドロを埋葬出来ずにタバサの口車に乗せられた事を。
思い出す。生きている少女に死体と同席させるという恐怖を抱かせた事を。
思い出す。まるで稚魚を放流するかの様に突き放した少女が死んだという事を。
思い出す。そうやって自分は今日のこの日まで他の人間を辱めてきたという事を!
「こんな戻れないところまで追い詰めたのは、誰だと思ってるんだッッッ!!」
もう、喋るだけでは止められなかった。目の前の少年が酷く不愉快で、邪魔――――!
気付けば僕はランドセルから戦輪を取り出し、それを一枚投げていた!
だが真っ直ぐ空を切って進んでいくそれは、小太郎の肩を掠めるだけで終わる。
当たっていない。外した……いや、彼が瞬間に避けた。素直に当たっておけばよかったのに……っ!
気付けば僕はランドセルから戦輪を取り出し、それを一枚投げていた!
だが真っ直ぐ空を切って進んでいくそれは、小太郎の肩を掠めるだけで終わる。
当たっていない。外した……いや、彼が瞬間に避けた。素直に当たっておけばよかったのに……っ!
「それがっ! それがお前の答えかぁぁあぁああぁあ!!」
小太郎が走り出し、手裏剣を一度に三枚も投げてきた。拙い、避けなければやられるだろう。
一枚は避けた。二枚目も避けた。だが三枚目は難なく僕に迫り――と、思いきやそれは地面に刺さった。
一枚は避けた。二枚目も避けた。だが三枚目は難なく僕に迫り――と、思いきやそれは地面に刺さった。
「……嘗めてるのか……!」
一瞬で仕留められた筈なのに、自分は怪我を負っていなかった。
これは小太郎がわざと避けられるようにしたとしか思えない。手加減されたんだ。
また本気じゃない。彼は自分と本気で付き合う気が無いのだ。なら、タバサだ。
これは小太郎がわざと避けられるようにしたとしか思えない。手加減されたんだ。
また本気じゃない。彼は自分と本気で付き合う気が無いのだ。なら、タバサだ。
「何故なんだ……何故そんな無理をして僕の行動を捻じ曲げさせたんだ!」
「…………っ!」
「だからそれは仲間のお前の為や思うて!」
「…………っ!」
「だからそれは仲間のお前の為や思うて!」
タバサは僕の問いに対応出来ていないようだ。そしてその代わりに答えたのは小太郎。
まるで情報交換をしていたときの自分だ。僕もこんな見苦しい醜態を晒していたのか。
それに気づいた時にはいつの間に近づいたのか、僕を迎撃する為に放ったであろう小太郎の蹴りが襲ってきた。なんとか避ける。
まるで情報交換をしていたときの自分だ。僕もこんな見苦しい醜態を晒していたのか。
それに気づいた時にはいつの間に近づいたのか、僕を迎撃する為に放ったであろう小太郎の蹴りが襲ってきた。なんとか避ける。
「仲間っていうのは頼り頼られる関係だろう! なのに何故僕に頼らないんだ!」
ああ、そうか……結局最初から僕を信用してなかったんだろう? そうなんだろう!」
ああ、そうか……結局最初から僕を信用してなかったんだろう? そうなんだろう!」
そして問い続ける。そうしなければどうにかなってしまいそうだったから。
芽生えた怒りを抑えられる答えが、僕が納得出来る答えが欲しかったから、戦輪を小太郎へと投げながら詰問する。
だが答えは出ない。タバサは呆然と立ち尽くす。ふざけているのか……! ならば仕方が無い、と小太郎を見るが彼も答えない。
その姿にすら腹が立つ。今度こそ、と三枚目の戦輪を投げる。それらは小太郎の顔へと迫っていったが、またも容易く避けられた。
駄目だ、このままでは勝てない。敵の力量というものを感じ取り、僕はランドセルから再び得物を取り出した。
右手に持ったそれは、ヴァイオリンの弓。薔薇乙女がそれを持てば全てを切り裂く凶器と化す!
それを見た小太郎は流石に拙いと感じ取ったのか、焦ったように声を荒げた。
芽生えた怒りを抑えられる答えが、僕が納得出来る答えが欲しかったから、戦輪を小太郎へと投げながら詰問する。
だが答えは出ない。タバサは呆然と立ち尽くす。ふざけているのか……! ならば仕方が無い、と小太郎を見るが彼も答えない。
その姿にすら腹が立つ。今度こそ、と三枚目の戦輪を投げる。それらは小太郎の顔へと迫っていったが、またも容易く避けられた。
駄目だ、このままでは勝てない。敵の力量というものを感じ取り、僕はランドセルから再び得物を取り出した。
右手に持ったそれは、ヴァイオリンの弓。薔薇乙女がそれを持てば全てを切り裂く凶器と化す!
それを見た小太郎は流石に拙いと感じ取ったのか、焦ったように声を荒げた。
「ええ加減にせぇ! タバサの気持ちもわからんのか!」
だが、それも聞き飽きた言葉だ。それしか言えないのか。
すると遂にタバサが堪え切れないといった様子で前に出た。
そして、「あの、ねっ……私……私っ!」としゃくり上げながら必死に言葉を紡ぎ出す。
やっとか……僕は一言一句を聞き逃さぬようにする為、そこで一度攻撃の手を止めた。
すると遂にタバサが堪え切れないといった様子で前に出た。
そして、「あの、ねっ……私……私っ!」としゃくり上げながら必死に言葉を紡ぎ出す。
やっとか……僕は一言一句を聞き逃さぬようにする為、そこで一度攻撃の手を止めた。
「蒼星石……ごめんなさい。私っ、蒼星石にっ、辛い思い、させたくなかった!
私はすぐに泣いちゃうから、弱いから……だから、余計な事を背負わせたくなかったの……っ!」
私はすぐに泣いちゃうから、弱いから……だから、余計な事を背負わせたくなかったの……っ!」
流れている涙を拭おうともせず、タバサは遂に自分の口で答えを出してくれた。
犬上小太郎を介してではない。タバサ本人の本当の気持ち。
だがそれはやはり小太郎と同じ言葉で。けれどそこからは優しさが感じ取れた。
犬上小太郎を介してではない。タバサ本人の本当の気持ち。
だがそれはやはり小太郎と同じ言葉で。けれどそこからは優しさが感じ取れた。
「私が強くいればっ……蒼星石が、安心出来るって思っ、たからっ……!」
けれど、だからこそ、辛い。結局自分はタバサから見ても「そういうこと」だったのか。
最早真実は突きつけられた。目の前には絶望の壁――目から、熱いものが零れた。
最早真実は突きつけられた。目の前には絶望の壁――目から、熱いものが零れた。
「頼ったら僕に負担がかかるとでも!? 結局そうやって過小評価していたんじゃないか!
結局僕の力を頼りにしていないだけだ! 僕の心を信頼せず弱いと決め付けただけだ!
僕だけ一方的に君を信じて、僕は信頼されない……そんな繋がりなら、もういらない!」
結局僕の力を頼りにしていないだけだ! 僕の心を信頼せず弱いと決め付けただけだ!
僕だけ一方的に君を信じて、僕は信頼されない……そんな繋がりなら、もういらない!」
タバサは目を見開き、驚いた様に視線を僕に向ける。
嗚呼、そこで驚かれるのか。結局最後まで自分の考えは理解されなかったのか。
自分の言う仲間と、彼女の言う仲間の概念がぶれていたんだ。それだけなんだ。
けれど、それだけの間違いが許せない。酷く辛い。もう現実は痛感した。だから、もう、全部違う!
嗚呼、そこで驚かれるのか。結局最後まで自分の考えは理解されなかったのか。
自分の言う仲間と、彼女の言う仲間の概念がぶれていたんだ。それだけなんだ。
けれど、それだけの間違いが許せない。酷く辛い。もう現実は痛感した。だから、もう、全部違う!
「君なんか……『仲間』じゃない!!」
仲間じゃない! それは本心からの叫び。
きっとタバサが嘘でまみれた姿をしていなかったならば、口にすることは無かったはずの言葉。
僕自身からの叫びを突きつけられたタバサは、膝から崩れた。けれど、知らない。
きっとタバサが嘘でまみれた姿をしていなかったならば、口にすることは無かったはずの言葉。
僕自身からの叫びを突きつけられたタバサは、膝から崩れた。けれど、知らない。
「う、そ……うそ、蒼星石、なんで……そうせい、せき……っ」
タバサは僕の言葉を受け止め切れなかったかのように放心状態と化し、腰が砕けたかのようにへたり込んでしまった。
普通なら、もうこれ以上の言葉は無用だろう。事態の重さに押し潰され、何を言っても聞こえないはず。
けれどそれを知りながらも僕は口を休められなかった。だって僕はタバサに、小太郎に、言いたいことを全部言っていない。
思いの丈を今ぶつけなければ、もう何も出来なくなる気がして――だから、止まらない。
普通なら、もうこれ以上の言葉は無用だろう。事態の重さに押し潰され、何を言っても聞こえないはず。
けれどそれを知りながらも僕は口を休められなかった。だって僕はタバサに、小太郎に、言いたいことを全部言っていない。
思いの丈を今ぶつけなければ、もう何も出来なくなる気がして――だから、止まらない。
「タバサさえいなければ……いや、君たちさえいなければこんな辛い思いはしなかった!」
「やめろ!」
「やめろ!」
小太郎が僕の言葉に割り込み、止めようと画策する。だが無駄だ。
「人の死を辱めるような事はしなかった! 彼女がでっち上げた不自然な常識に囚われる事は無かったんだ!」
僕の感情はもう止められないんだ。振り切れてしまったんだ!
「こんな気持ち、気付きたくなかった! 僕のしてきた事が無価値だなんて知りたくなかった!
僕の時間を返して! 僕が抱いていた本気の心を返して! 今すぐに、早く返して! 返せ!」
「お前がそれを……それを言うんかッッ!!」
「五月蝿い、五月蝿い! 五月蝿い!」
僕の時間を返して! 僕が抱いていた本気の心を返して! 今すぐに、早く返して! 返せ!」
「お前がそれを……それを言うんかッッ!!」
「五月蝿い、五月蝿い! 五月蝿い!」
遂に頬を流れ出した涙は、顎へと伝う。僕はきっと怒りに満ちた醜い顔をしているんだろう。
僕はこの怒りを伝える為、小太郎へと右手の弓を振るう。だが惜しくもそれは外れ、相手の髪を数本切り裂くのみ。
何故だ。僕の渾身の一撃だったのに、まるでそれは水銀燈の戦いの時の様に無意味な動きで終わってしまう。
だがそれを考える暇も無く次は小太郎の蹴りが放たれる! 一、二、三、四……更に拳も襲い掛かってくる!
素早い連携をどうにか紙一重で避ける。拳や脚が耳元を掠め、風を切る音が嫌に響く。
それら全てをやっとの思いで流した瞬間! 彼がその身のこなしを以って僕の懐に飛び込むのを許してしまった。
彼は絶好の好機とばかりに、勢いのつけたアッパーを僕に……いや、違う! 手を広げたそれは、打撃の為の形ではない。
僕はこの怒りを伝える為、小太郎へと右手の弓を振るう。だが惜しくもそれは外れ、相手の髪を数本切り裂くのみ。
何故だ。僕の渾身の一撃だったのに、まるでそれは水銀燈の戦いの時の様に無意味な動きで終わってしまう。
だがそれを考える暇も無く次は小太郎の蹴りが放たれる! 一、二、三、四……更に拳も襲い掛かってくる!
素早い連携をどうにか紙一重で避ける。拳や脚が耳元を掠め、風を切る音が嫌に響く。
それら全てをやっとの思いで流した瞬間! 彼がその身のこなしを以って僕の懐に飛び込むのを許してしまった。
彼は絶好の好機とばかりに、勢いのつけたアッパーを僕に……いや、違う! 手を広げたそれは、打撃の為の形ではない。
「飛んどけッ!」
声も出せず、僕は後方へと吹っ飛ばされた。そして理解する。
これは犬上小太郎の精神が作り上げた一つの技だ。突き上げる掌は扇。生み出すは突風。
武器の類に頼らず、腕の振りのみで風を生み出し、僕を軽々と吹き飛ばす。
人形はおろか体重の軽い女子程度なら用意に吹き飛であろうこの技を、彼は僕に遠慮なく放ったのだ!
だがそれは噂に聞くフェミニストな小太郎が、自分で課したルールを体現させた技だ。
だからだろうか、ダメージは無い。才ある者なら容易に受身ないしは着地を取れる単純なものだろう。
才ある――とまでは言わないが、生きる事が戦いで、戦いが生きることである僕も例外ではない。
無様に技は食らったが着地は成功。だが僕が押されていることには変わりは無い。忌々しい……!
これは犬上小太郎の精神が作り上げた一つの技だ。突き上げる掌は扇。生み出すは突風。
武器の類に頼らず、腕の振りのみで風を生み出し、僕を軽々と吹き飛ばす。
人形はおろか体重の軽い女子程度なら用意に吹き飛であろうこの技を、彼は僕に遠慮なく放ったのだ!
だがそれは噂に聞くフェミニストな小太郎が、自分で課したルールを体現させた技だ。
だからだろうか、ダメージは無い。才ある者なら容易に受身ないしは着地を取れる単純なものだろう。
才ある――とまでは言わないが、生きる事が戦いで、戦いが生きることである僕も例外ではない。
無様に技は食らったが着地は成功。だが僕が押されていることには変わりは無い。忌々しい……!
「本当に……君になんか会わなければ良かった……!」
僕は取り出した戦輪がゆっくりと廻し始めた。怒りを込めて廻るそれは相変わらず妖しく冷たい光を放つ。
小太郎には既に見切られ、避けられている。自嘲すべきかもしれない。だが金糸雀のヴァイオリンが弾ける隙は無い。
仕方が無い。こうなったら戦輪を当てるしかない。下手な鉄砲数うちゃ当たるとはどこの国の言葉だっただろうか。
――目の前には小太郎が、そして少し離れた場所にはタバサ。何故か二人は……いや、視界が滲んでいる。
ああ、まだ僕は泣いているのか。何故僕は泣いているんだ。そうだ、タバサが許せないんだ。彼女の所為で、自分が堕ちたからだ。
でも今はそれ以上に憎い相手がいる。全てをぶち壊しにした目の前の犬上小太郎が、敵が――許せない!
輪を描く刃が、空を飛んだ。
小太郎には既に見切られ、避けられている。自嘲すべきかもしれない。だが金糸雀のヴァイオリンが弾ける隙は無い。
仕方が無い。こうなったら戦輪を当てるしかない。下手な鉄砲数うちゃ当たるとはどこの国の言葉だっただろうか。
――目の前には小太郎が、そして少し離れた場所にはタバサ。何故か二人は……いや、視界が滲んでいる。
ああ、まだ僕は泣いているのか。何故僕は泣いているんだ。そうだ、タバサが許せないんだ。彼女の所為で、自分が堕ちたからだ。
でも今はそれ以上に憎い相手がいる。全てをぶち壊しにした目の前の犬上小太郎が、敵が――許せない!
輪を描く刃が、空を飛んだ。
「だからそれは見切っ……タバサっ!?」
突然、小太郎は叫び視線をタバサに向けた。その行動には焦りが見える。何があった? 僕もその視線を追う。
見れば戦輪は、主人の怒りに反逆するかのように航路を違えていた。また外してしまうなんて、どうかしている!
もう少し冷静にならなくてはいけないのかもしれない。激情に身を任せすぎた所為で、刃の向く先は小太郎ではなく……。
待て、じゃあ彼に向かっていなければ、僕の放った凶器は今は誰に向かって…………?
見れば戦輪は、主人の怒りに反逆するかのように航路を違えていた。また外してしまうなんて、どうかしている!
もう少し冷静にならなくてはいけないのかもしれない。激情に身を任せすぎた所為で、刃の向く先は小太郎ではなく……。
待て、じゃあ彼に向かっていなければ、僕の放った凶器は今は誰に向かって…………?
『Defe――』
――手元が狂った。ただそれだけの理由で、戦輪はタバサに向かって飛んでいた。
タバサが握り締めていた待機状態のバルディッシュの声が聞こえる。
恐らくバリアを張ろうとしているのだろうが、遅い。あまりにも距離が近過ぎる。
刃の航路はタバサの顔。察した小太郎が彼女の元へ走ろうとしているが、それも間に合わない。
タバサが握り締めていた待機状態のバルディッシュの声が聞こえる。
恐らくバリアを張ろうとしているのだろうが、遅い。あまりにも距離が近過ぎる。
刃の航路はタバサの顔。察した小太郎が彼女の元へ走ろうとしているが、それも間に合わない。
「きゃあっ!」
だが間一髪、戦輪が気まぐれを起こしたのか――微かに軌道が逸れる。
少し間違えばタバサの右目を抉らんとしていた刃は、彼女の右頬に微かに赤い線を残すだけに留まった。
刃に襲われた彼女自身は無事。「あ、あ……」と言葉にならない呟きを漏らすままだ。
肝心の戦輪ははるか遠く。闇に溶けるように去っていく姿は追い様が無かった。
少し間違えばタバサの右目を抉らんとしていた刃は、彼女の右頬に微かに赤い線を残すだけに留まった。
刃に襲われた彼女自身は無事。「あ、あ……」と言葉にならない呟きを漏らすままだ。
肝心の戦輪ははるか遠く。闇に溶けるように去っていく姿は追い様が無かった。
『Sorry, Sir!』
バルディッシュは突然襲われた主に対して侘びる。
更に『物理的な攻撃に対するバリアが間に合いませんでした。傷は大丈夫ですか?』と気遣う。
タバサはそれに対し「だ、大丈夫……ありがとう……」と礼を言うのが精一杯だった。
そして一瞬遅れて小太郎が到着する。彼もタバサを気遣う言葉をかけていた。
それに対してもタバサは自身の無事を告げていた。だがそれでやっとのようだ。
更に『物理的な攻撃に対するバリアが間に合いませんでした。傷は大丈夫ですか?』と気遣う。
タバサはそれに対し「だ、大丈夫……ありがとう……」と礼を言うのが精一杯だった。
そして一瞬遅れて小太郎が到着する。彼もタバサを気遣う言葉をかけていた。
それに対してもタバサは自身の無事を告げていた。だがそれでやっとのようだ。
「なん、で……」
僕はここで……ようやく自分の仕出かした事に気付いた。
タバサは僕を裏切った相手だ。けれど小太郎とは違い、肉体的に傷つけるつもりは無かった。
自分を挑発し、戦いへと誘った小太郎にそれ相応の怒りを表現し、罰を与えたかっただけ。ただそれだけで良かった。
怒りをぶつけ、自分の意思を言葉に乗せられれば良かった。それなのに今のこの状況は何だ。自分は何をした?
ただ解って欲しかっただけ。ただ望むままに刃を振るっただけ。しかし有り余った激情は暴走し、傷つけまいとした者まで傷つけて。
怒りのままに乗せた言葉は少女の心をずたずたに引き裂いていた事に気付いた時…………血の引く音が聞こえたような気がした。
今まで自分は何をしていたんだろう。何故タバサと小太郎をここまで傷つけているんだ。
相変わらず涙で滲んだ景色には、かつて仲間と呼んだ少女がいる。けれど彼女の心と肉体は自分の所為で傷ついている。
自分は何をした? 自分は何を言った? 確かに怒りを覚える答えだったろうに、何故自分はここまでしていたんだ?
もうわからない。何が間違っていたんだ? どこが間違っていたんだ? 一体間違っていたのは誰なんだ――――!
タバサは僕を裏切った相手だ。けれど小太郎とは違い、肉体的に傷つけるつもりは無かった。
自分を挑発し、戦いへと誘った小太郎にそれ相応の怒りを表現し、罰を与えたかっただけ。ただそれだけで良かった。
怒りをぶつけ、自分の意思を言葉に乗せられれば良かった。それなのに今のこの状況は何だ。自分は何をした?
ただ解って欲しかっただけ。ただ望むままに刃を振るっただけ。しかし有り余った激情は暴走し、傷つけまいとした者まで傷つけて。
怒りのままに乗せた言葉は少女の心をずたずたに引き裂いていた事に気付いた時…………血の引く音が聞こえたような気がした。
今まで自分は何をしていたんだろう。何故タバサと小太郎をここまで傷つけているんだ。
相変わらず涙で滲んだ景色には、かつて仲間と呼んだ少女がいる。けれど彼女の心と肉体は自分の所為で傷ついている。
自分は何をした? 自分は何を言った? 確かに怒りを覚える答えだったろうに、何故自分はここまでしていたんだ?
もうわからない。何が間違っていたんだ? どこが間違っていたんだ? 一体間違っていたのは誰なんだ――――!
「おまえ……っ! 何をしたか解ってるんか……!」
声の主は気づけば僕に僅か数十センチという所にまで接近していた。
彼は驚く僕の胸倉を左手で掴み、そのまま地面へと叩きつける。
あまりの衝撃に空気が強制的に吐き出され、醜い声を発してしまった。
彼は驚く僕の胸倉を左手で掴み、そのまま地面へと叩きつける。
あまりの衝撃に空気が強制的に吐き出され、醜い声を発してしまった。
「女の顔に傷、つけたんやぞ……無抵抗の奴にっ、戦う意思の無い奴を襲ったんやぞ!」
「違っ……僕、そんな……っ」
「やめて! お願い……私は大丈夫、大丈夫だから小太郎君!」
「違っ……僕、そんな……っ」
「やめて! お願い……私は大丈夫、大丈夫だから小太郎君!」
見上げれば、タバサも近づいてくる。だが小太郎は構わず拳を作った右腕を振り上げた。
目標は単純だ。僕の顔面そのもの……このままなら無抵抗のまま衝撃が襲うだろう。
タバサの止めに入る声も無視し、小太郎はそれを勢いよく振り下ろす!
目標は単純だ。僕の顔面そのもの……このままなら無抵抗のまま衝撃が襲うだろう。
タバサの止めに入る声も無視し、小太郎はそれを勢いよく振り下ろす!
当たる――――!
「…………ぁ……え……?」
反射的に目を閉じ、衝撃に備えたが……何も来ない。
目を開けば、硬く握られた小太郎の右手が視界を覆っている。
小太郎が放った拳は相手に衝撃を与えず、残り数ミリというところで静止していた。
目を開けば、硬く握られた小太郎の右手が視界を覆っている。
小太郎が放った拳は相手に衝撃を与えず、残り数ミリというところで静止していた。
「……俺の性格、知っとるやろ……」
「う、あ……」
「なぁ、もう……お互い、こんなん沢山やろ……?」
「う、あ……」
「なぁ、もう……お互い、こんなん沢山やろ……?」
ため息交じりの哀しみの篭った小太郎の声が、闇に溶けずに僕の耳へと入っていく。
彼の言葉に怒りはない。脳で加速するラジエータが全てを冷え切らせた様だった。
けれども僕は過呼吸に陥ったかのように息を荒げたままで、それを黙って聞くことしか出来なかった。
言葉が、出ない。
彼の言葉に怒りはない。脳で加速するラジエータが全てを冷え切らせた様だった。
けれども僕は過呼吸に陥ったかのように息を荒げたままで、それを黙って聞くことしか出来なかった。
言葉が、出ない。
「蒼星石……お願い、お願いだから……やり直そう?」
倒れこんだままの僕に被さる様に位置していた小太郎が、タバサのこの言葉と同時に下がる。
僕はどうにか上半身のみ起き上がらせ、立ち上がろうとする。だが、上手くいかない。
自分のした事の重大さに気付いただけで、もう足は力を失ってしまった。
それでも喘ぐ様な声を漏らしながらやっと立ち上がる。けれど僕の罪は重力と同化し、重みを伝えている。
そんな自分にそっと近づくタバサを、僕は息を荒げたまま見る――微かに、後退りながら。
僕はどうにか上半身のみ起き上がらせ、立ち上がろうとする。だが、上手くいかない。
自分のした事の重大さに気付いただけで、もう足は力を失ってしまった。
それでも喘ぐ様な声を漏らしながらやっと立ち上がる。けれど僕の罪は重力と同化し、重みを伝えている。
そんな自分にそっと近づくタバサを、僕は息を荒げたまま見る――微かに、後退りながら。
「今まで、本当にごめんなさい! 今度こそ、ちゃんと見詰め合える仲間に……なりたいの……。
私こんな傷、平気よ? 大丈夫だから……蒼星石の背負ってた辛さに比べたら、全然。だから……」
私こんな傷、平気よ? 大丈夫だから……蒼星石の背負ってた辛さに比べたら、全然。だから……」
仲間に、今度こそなりたい。タバサは白く細い手を伸ばして言った。
僕にあれだけされても、あれ程に傷つけられても彼女の微笑みは変わってはいなかった。
いや、違う。最初に見た、無理をしていた時の笑顔と比べれば今の方がずっと輝いている。
けれど、その顔には細い傷が線を描いていて――!
僕にあれだけされても、あれ程に傷つけられても彼女の微笑みは変わってはいなかった。
いや、違う。最初に見た、無理をしていた時の笑顔と比べれば今の方がずっと輝いている。
けれど、その顔には細い傷が線を描いていて――!
「もう、遅いよっ! もう、僕は、戻れないんだ……!」」
伸ばされたのはきっと慈悲の手。けれどそれを僕は弾くように振り払った。
自分の起こしたことの責任、そして激情に囚われた事への後悔。それらが時に荒波となって僕自身を責め立てる。
怖い。僕はもはや自分が正当な道から外れている事を知ってしまった。もう、こんな優しい彼女と一緒にいられない。
自分の起こしたことの責任、そして激情に囚われた事への後悔。それらが時に荒波となって僕自身を責め立てる。
怖い。僕はもはや自分が正当な道から外れている事を知ってしまった。もう、こんな優しい彼女と一緒にいられない。
「蒼星石っ! 謝るから……私はあなたを恨んでなんてない……!」
だが、タバサはそれでも手を伸ばす。諦めずに、真っ直ぐに。本当に優しい――けれどその優しさが辛い。
戻ってはいけない。戻る資格は無い。自分には最早価値など無い。既に自分は全てを傷つけ過ぎてしまっている!
戻ってはいけない。戻る資格は無い。自分には最早価値など無い。既に自分は全てを傷つけ過ぎてしまっている!
「知らない……無理だっ、無理なんだ! だって、もう僕はただの殺人鬼なんだ!
戻れない! 僕はイシドロを傷つけた、あの女の子も傷つけた! 君まで、傷つけた……!」
戻れない! 僕はイシドロを傷つけた、あの女の子も傷つけた! 君まで、傷つけた……!」
もう駄目だ。既に自分の描く未来は崩れ去った。
振り返れば取り返しの付かないことしか存在していなかった。
死者も正者も関係ないとばかりに辱めた過去はあまりにも泥臭すぎる。
腐臭を帯びた今までの行動は光射す道を大きく外れている。
そうしたのは他ならぬ僕自身。なのに、そんな自分に再び手を伸ばす彼女の顔は優しい笑顔のまま。
振り返れば取り返しの付かないことしか存在していなかった。
死者も正者も関係ないとばかりに辱めた過去はあまりにも泥臭すぎる。
腐臭を帯びた今までの行動は光射す道を大きく外れている。
そうしたのは他ならぬ僕自身。なのに、そんな自分に再び手を伸ばす彼女の顔は優しい笑顔のまま。
「やめて、見るな……そんな目で僕を……もう、これ以上見ないでぇ……っ!」
罪を重ねすぎた自分が昔の様に戻れるはずは無い。嫌でも理解出来る。自分が何をしたかもわかっている。
タバサの言葉を鵜呑みにしたままで、他人の命を蔑ろにして生きてきたんだ。
今更タバサが謝って済むような事態ではない。時は遅すぎている。既に戻れないところまで振り切れてしまった。
こんな自分に何が出来ようか。もう、何も考えたくない。独りになりたい。辛い、重い、寒い、暗い、怖い……。
タバサの言葉を鵜呑みにしたままで、他人の命を蔑ろにして生きてきたんだ。
今更タバサが謝って済むような事態ではない。時は遅すぎている。既に戻れないところまで振り切れてしまった。
こんな自分に何が出来ようか。もう、何も考えたくない。独りになりたい。辛い、重い、寒い、暗い、怖い……。
「ぼくは、ぼくっ……あんなことっ、したくなか……っ!」
「わかってるから! 私の所為で……全部……あなたは悪くない!」
「わかってるから! 私の所為で……全部……あなたは悪くない!」
違う、間違っていたのは僕なんだ。タバサの真意に気付けなかった。そのままイシドロ達も巻き込んだ。
間接的に女の子も殺して――ごめんなさいって謝っても、謝りきれないくらい、許されないことをしてしまった!
間接的に女の子も殺して――ごめんなさいって謝っても、謝りきれないくらい、許されないことをしてしまった!
「ぼく、が……ごめ、なさ……ごめんなさいっ! ごめ、な……ぁ……う、ぁ……うああぁぁああぁああああぁあぁあぁあ!!」
獣の様に、幼子の様な叫びと大粒の涙が止まらない。顔をぐしゃぐしゃにして、僕は泣き叫ぶことしか出来ない。
そうして何をすれば、どうすればいいのかわからなくなって――――僕は叫び声を上げ、そして西に向かって駆けた。
「蒼星石! 待って、お願い!」と自分の名を呼ぶ声がする。でももう戻れない。僕はあまりにも穢れすぎたから。
走って、走って、逃げて行く…………それでも声は消えない。離れているはずなのに、耳の奥で僕を呼ぶ声がずっと……。
そうして何をすれば、どうすればいいのかわからなくなって――――僕は叫び声を上げ、そして西に向かって駆けた。
「蒼星石! 待って、お願い!」と自分の名を呼ぶ声がする。でももう戻れない。僕はあまりにも穢れすぎたから。
走って、走って、逃げて行く…………それでも声は消えない。離れているはずなのに、耳の奥で僕を呼ぶ声がずっと……。