545 市場価値 2008/10/05(日) 14:49:36 ID:2MaJ30gt
「あの、アルト君!」
「ん。なんだ、ランカ」
軍服姿の早乙女アルトを呼び止めたのは、ランカ・リーだった。
時間が無いのか、少々忙しげな様子で足を止めたアルトを前に、ランカは躊躇するよう
に言葉を飲み込む。
「どうした?」
「え、っと。あのね。……えへへ。なんでもないの。そんな急ぎの用じゃないから。あの、
学校には行けそうなの?」
「どうかな。今は惑星の調査だなんだで軍が総出になってるから……悪い。もう時間ない
んだ」
「あ、うん。頑張ってね!」
腰の辺りで手を振るランカに頷き返し、足早に走っていくアルト。その長い髪が左右に
揺れるのをぼんやりと見送り、ランカは「はぁ」と溜め息を一つ吐く。
背中に背負ったデイパックの中には、チケットが一枚。シェリルとランカが惑星重力下
で初めて開くコンサートのプラチナチケットだ。
そんな大仰なことではなかったはずだ。ただ呼び止めて、チケットを渡す。来てくれる
ように頼むだけ。それだけなのに、言えなかった。
どんどん大人びていくアルトを前にすると、なぜだか自分がひどく子供っぽく感じられ
てしまう。萎縮してしまう。まるで、自分だけが取り残されていくかのように。
「……はぁ」
小さく肩を落とし、ランカはとぼとぼと元来た道を戻っていった。
「ん。なんだ、ランカ」
軍服姿の早乙女アルトを呼び止めたのは、ランカ・リーだった。
時間が無いのか、少々忙しげな様子で足を止めたアルトを前に、ランカは躊躇するよう
に言葉を飲み込む。
「どうした?」
「え、っと。あのね。……えへへ。なんでもないの。そんな急ぎの用じゃないから。あの、
学校には行けそうなの?」
「どうかな。今は惑星の調査だなんだで軍が総出になってるから……悪い。もう時間ない
んだ」
「あ、うん。頑張ってね!」
腰の辺りで手を振るランカに頷き返し、足早に走っていくアルト。その長い髪が左右に
揺れるのをぼんやりと見送り、ランカは「はぁ」と溜め息を一つ吐く。
背中に背負ったデイパックの中には、チケットが一枚。シェリルとランカが惑星重力下
で初めて開くコンサートのプラチナチケットだ。
そんな大仰なことではなかったはずだ。ただ呼び止めて、チケットを渡す。来てくれる
ように頼むだけ。それだけなのに、言えなかった。
どんどん大人びていくアルトを前にすると、なぜだか自分がひどく子供っぽく感じられ
てしまう。萎縮してしまう。まるで、自分だけが取り残されていくかのように。
「……はぁ」
小さく肩を落とし、ランカはとぼとぼと元来た道を戻っていった。
◇
「アルト!」
「ああ? 今度はシェリルか?」
「なによ今度はって」
「こっちの話だよ。なんだ、今急いでるんだ」
その場で駆け足をしたままアルトが問い返す。そんなアルトを一瞥して笑うのは、
シェリル・ノームだった。
「中隊長さんが遅刻じゃ格好つかないものね」
「分かってるなら呼び止めるなよ」
「あら。大事な用事だもの。はい、これ。渡しておくわね」
ひょい、とアルトの軍服の胸ポケットに差し込まれる紙片。それを引っ張り出して、
アルトは広げてみた。
「シェリル・ノームとランカ・リーの合同ライブ?」
「ええ。ランカちゃんと一緒に開く事になってて……彼女から聞いてないの?」
「ああ」
アルトは頷くと、チケットの日付を確認する。その日は確か非番だったはず。それを確
認して、シェリルへと視線を戻す。
「大丈夫。この日なら行けるはずだ」
「行けるはず、じゃないわよ。必ず来るの。良い?」
「……努力する」
はぁ、と溜め息をついたシェリルは肩を怒らせてアルトを指さす。
「絶対に来なさい! アルトは私のなんだったのかしら?」
「なに、って」
言葉に詰まるアルト。頬は僅かに赤らみ、視線が右往左往する。そんなアルトを見上げ、
ふっと小さく微笑んでウィンクを一つ。
「ド・レ・イ、でしょう?」
そして、そう言い切った。
「――お、お前なぁっ!」
怒鳴ろうとするアルトの胸を押す。
「良いの? 時間ないんでしょ?」
「ッくそ! 覚えてろよ!」
バタバタと走っていくアルトの背中を見送り、シェリルは小さく肩を竦める。
どうにも素直になれない。自分に時間が無いと知ったあの時は、そんな虚勢なんて何一
つなくしていたというのに。こうして自分に時間が生まれたら、なぜだか以前に舞い戻っ
てしまった気がした。
本当は、アルトが言葉に詰まったのだって、嬉しかったのに。
「――はぁ」
小さく、本当に小さく溜め息。自分のバカさ加減に溜め息を吐いて、シェリルは元来た
道を戻っていった。
「ああ? 今度はシェリルか?」
「なによ今度はって」
「こっちの話だよ。なんだ、今急いでるんだ」
その場で駆け足をしたままアルトが問い返す。そんなアルトを一瞥して笑うのは、
シェリル・ノームだった。
「中隊長さんが遅刻じゃ格好つかないものね」
「分かってるなら呼び止めるなよ」
「あら。大事な用事だもの。はい、これ。渡しておくわね」
ひょい、とアルトの軍服の胸ポケットに差し込まれる紙片。それを引っ張り出して、
アルトは広げてみた。
「シェリル・ノームとランカ・リーの合同ライブ?」
「ええ。ランカちゃんと一緒に開く事になってて……彼女から聞いてないの?」
「ああ」
アルトは頷くと、チケットの日付を確認する。その日は確か非番だったはず。それを確
認して、シェリルへと視線を戻す。
「大丈夫。この日なら行けるはずだ」
「行けるはず、じゃないわよ。必ず来るの。良い?」
「……努力する」
はぁ、と溜め息をついたシェリルは肩を怒らせてアルトを指さす。
「絶対に来なさい! アルトは私のなんだったのかしら?」
「なに、って」
言葉に詰まるアルト。頬は僅かに赤らみ、視線が右往左往する。そんなアルトを見上げ、
ふっと小さく微笑んでウィンクを一つ。
「ド・レ・イ、でしょう?」
そして、そう言い切った。
「――お、お前なぁっ!」
怒鳴ろうとするアルトの胸を押す。
「良いの? 時間ないんでしょ?」
「ッくそ! 覚えてろよ!」
バタバタと走っていくアルトの背中を見送り、シェリルは小さく肩を竦める。
どうにも素直になれない。自分に時間が無いと知ったあの時は、そんな虚勢なんて何一
つなくしていたというのに。こうして自分に時間が生まれたら、なぜだか以前に舞い戻っ
てしまった気がした。
本当は、アルトが言葉に詰まったのだって、嬉しかったのに。
「――はぁ」
小さく、本当に小さく溜め息。自分のバカさ加減に溜め息を吐いて、シェリルは元来た
道を戻っていった。
† † †
「なんというかだな。お前達は危機感が足りない」
そして、なぜかランカとシェリルは目の前でパフェにスプーンを差し込んでいる
クラン・クラン新統合軍大尉殿を前に座っていた。
最初にクランに捕まったのはランカだった。しょんぼりと肩を落として歩いているとこ
ろを捕まえられたランカは、そのままクランがお気に入りだという喫茶店へと連れ込まれ
たのだ。さらにそこでシェリルが神妙な顔をして歩いているのを見つけ、さらにゲットし
てきたという訳である。
「……危機感?」
ランカの呟きに、クランは大きく頷いた。
「良いか。アルトはあれで中々人気が高いんだぞ」
「……は?」
シェリルが小さく首を捻った。
「SMSと新統合軍を含めても、オズマ・リー少佐に次ぐ若手ナンバーワンのエースパイ
ロットだ。今や、少佐だってアルトを相手にすれば気を抜けなくなっているしな」
ランカが複雑な顔をしつつも、嬉しそうに髪を揺らすのを一瞥し、クランは大きな口を
あけてパフェを一匙口に運ぶ。
「……それに、銀河でも有数の歌舞伎の名門。早乙女家の出身。さらに言えば、女優もか
くやな美男子ときている」
シェリルは、ただ小さく頷いてみせる。
「――まあ、あの直情で単純で短絡的なところはマイナスと言えばマイナスだが、それも
年上からすれば『可愛い』と言えなくもない。そんな訳で、あいつは今やフロンティアで
はかなりの売り手市場になってるんだぞ。それをお前らはいつまでも、子供の恋愛じゃあ
るまいし……」
「誰が、言ってるのかしら」
「は?」
「だから。その『可愛い』とか、『売り手市場だ』とか。いやに詳しいんじゃないかし
ら? クラン・クラン大尉」
「そ、そうです! なんでそんな詳しいんですか、クランさん!」
「え? あ、いや。その」
「……そういえば、SMS離反後も大尉はフロンティアに残ってましたっけね。アルトと
一緒に」
「――そ、そうなんですか!?」
「ち、ちちちち、違うぞ!? あ、あれだ。それはそのー」
クランが真っ赤になりながら視線を右往左往させる。そしてその目が、少し離れた席で
ふんにゃりとした笑みを浮かべてお茶を啜っている女性の顔を見出した。
「ね、ネネが言ってたんだ!」
「はい!?」
大声で名を呼ばれたネネ・ローラが驚いて立ち上がる。
そして、敬愛する『お姉様』を見出し、不思議そうに首を傾げた。
なぜお姉様の前に座っている二人の女性は、不機嫌そうな顔でお姉様を睨みつけている
のか。なんでお姉様はあんな汗まみれになりながら、必死に自分を指さしているのか。
「……大尉。少しばかりお話を伺いましょうか?」
「いや、だからだな! あ、あたしは別にアルトのことなんかなんとも思ってなんか……
あ! ネネ! 何処行くんだ、こらー!」
そそくさと店を出て行くネネを必死に呼び止めるクランは、けれども席を立つことはで
きなかったのであった。
そして、なぜかランカとシェリルは目の前でパフェにスプーンを差し込んでいる
クラン・クラン新統合軍大尉殿を前に座っていた。
最初にクランに捕まったのはランカだった。しょんぼりと肩を落として歩いているとこ
ろを捕まえられたランカは、そのままクランがお気に入りだという喫茶店へと連れ込まれ
たのだ。さらにそこでシェリルが神妙な顔をして歩いているのを見つけ、さらにゲットし
てきたという訳である。
「……危機感?」
ランカの呟きに、クランは大きく頷いた。
「良いか。アルトはあれで中々人気が高いんだぞ」
「……は?」
シェリルが小さく首を捻った。
「SMSと新統合軍を含めても、オズマ・リー少佐に次ぐ若手ナンバーワンのエースパイ
ロットだ。今や、少佐だってアルトを相手にすれば気を抜けなくなっているしな」
ランカが複雑な顔をしつつも、嬉しそうに髪を揺らすのを一瞥し、クランは大きな口を
あけてパフェを一匙口に運ぶ。
「……それに、銀河でも有数の歌舞伎の名門。早乙女家の出身。さらに言えば、女優もか
くやな美男子ときている」
シェリルは、ただ小さく頷いてみせる。
「――まあ、あの直情で単純で短絡的なところはマイナスと言えばマイナスだが、それも
年上からすれば『可愛い』と言えなくもない。そんな訳で、あいつは今やフロンティアで
はかなりの売り手市場になってるんだぞ。それをお前らはいつまでも、子供の恋愛じゃあ
るまいし……」
「誰が、言ってるのかしら」
「は?」
「だから。その『可愛い』とか、『売り手市場だ』とか。いやに詳しいんじゃないかし
ら? クラン・クラン大尉」
「そ、そうです! なんでそんな詳しいんですか、クランさん!」
「え? あ、いや。その」
「……そういえば、SMS離反後も大尉はフロンティアに残ってましたっけね。アルトと
一緒に」
「――そ、そうなんですか!?」
「ち、ちちちち、違うぞ!? あ、あれだ。それはそのー」
クランが真っ赤になりながら視線を右往左往させる。そしてその目が、少し離れた席で
ふんにゃりとした笑みを浮かべてお茶を啜っている女性の顔を見出した。
「ね、ネネが言ってたんだ!」
「はい!?」
大声で名を呼ばれたネネ・ローラが驚いて立ち上がる。
そして、敬愛する『お姉様』を見出し、不思議そうに首を傾げた。
なぜお姉様の前に座っている二人の女性は、不機嫌そうな顔でお姉様を睨みつけている
のか。なんでお姉様はあんな汗まみれになりながら、必死に自分を指さしているのか。
「……大尉。少しばかりお話を伺いましょうか?」
「いや、だからだな! あ、あたしは別にアルトのことなんかなんとも思ってなんか……
あ! ネネ! 何処行くんだ、こらー!」
そそくさと店を出て行くネネを必死に呼び止めるクランは、けれども席を立つことはで
きなかったのであった。
<どっとはらい>