564 名無しさん@ピンキー 2008/10/06(月) 09:33:31 ID:Mh/EYyJY
25話を自分なりに改造してみました。
設定など細かい矛盾はあると思いますが、ご容赦を。
シェリルエンドになってますので、ダメな方はスルーでお願いします。
それだけだとエロがないので、先日夢で見たものを
後日譚としてちょっと付け加えてます。
それでは、投下。
565 25話 アナタノオト 改造版 2008/10/06(月) 09:35:07 ID:Mh/EYyJY
ディスプレイに映し出されたVF-171の機体が散っていく様を、シェリルは凍りついたまま
見続けるしかなかった。文字通り命がけの歌ももはや紡がれる事無く、マイクがやけに
乾いた音を立ててステージの床に転がる。
「……嘘、嘘よ」
信頼していた者から裏切られ、死を宣告され、それでも喩え道具としてであっても
歌うことを選んだのは、延命を拒んででも歌い続けると覚悟したのは、すべてあなたと、
あなたが大切に思う人々の為だった。あなたの幸せを願う故だった。なのに何故!!
「アルト――!!! 」
あまりの残酷な光景に、シェリルは絶叫した。頬を伝う涙が、胸の前で硬く握り締めた
拳の上に落ちる。ザワザワと身体中のすべての血が逆流するような感覚の中、彼女は
己を、否、ありとあらゆるものを呪った。
君がいないなら 意味なんてなくなるから
人は全部 消えればいい
愛がなくなれば 心だっていらないから
この世界も 消えてしまえ
ずっと苦しかった 命がけの出会い
もがくように夢見た やみくもに手をのばした
その胸に聞きたかった 君と虹 架けたかった
歌姫が紡いだ絶望の調べに、バジュラの動きが一瞬止まる。そしてその目が赤い光を宿し
短く咆哮すると、何故か無差別に攻撃を始めた。
「何っ!?」
ブレラ・スターンは思わぬところから攻撃を受け、初めて冷静さを失う。
「バジュラが何故オレを!? ランカの歌で奴らの動きは完全に――ぐわぁっ!!」
被弾の衝撃に堪らず呻き声を上げる。その瞬間、彼の額にある強制装置が砕け散り
ブレラは意識を手放した。
もう私には何も無い! あと僅かなこの命さえ、今すぐ奪っていけばいい!!
シェリルは宇宙に向かって手を広げた。
“――ダメ!!”
突然、彼女の頭の中に、力強い女性の声が響いた。
“負の感情に流されないで。耳を澄ますの。聴こえるでしょう? あなたの求める音が”
「マ、マ……?」
シェリルには母親の記憶が無い。よって、母の声を覚えているわけがない。
しかし、母性を感じさせるその声色に思わずその単語がこぼれた。
振り返ると、褐色の肌をした黒髪の女性が優しく笑う姿が目に映り、やがて消えていった。
その空間を呆然と見つめていたシェリルの頭上にあるモニターが、けたたましい電子音と
ともに緊急事態を告げる。
「敵艦が防衛ラインを突破! 砲撃、来ます!!」
「このフォールド波、シェリル・ノームの……? だが、プロトコルが以前と少し――」
クイーンの中心部へと歩を進めていたグレイス・オコナーは、バジュラに起こった異変を
解析しようとした。しかしそれはつかの間の出来事で、蟲達の行動はすぐに
リトル・クイーンの歌によって連携を取り戻している。
「気に掛ける程のことでもない、か」
ふと彼女の脳裏に、過去のマオ・ノームとの会話が甦る。
“きっかけ? ……そうね、まるで御伽噺のようなものだけれど”
“どこかへ飛んでいってしまった姉の、笑う姿をもう一度見たいのよ”
馬鹿馬鹿しい。鼻で笑うグレイスに、身体を共有する別人格の男の声が警告する。
『どうやら、新たな客がお見えになったようだ』
『あらホント。そのまま逃げていればよかったのにね』
「なんにせよ、もう遅いわ。私は今、全てを手に入れるのだから!」
バジュラ・クイーンのコアの前に立ち、彼女は高らかに笑い声を上げた。
ルカ・アンジェローニは動揺していた。目の前で爆発したVF-171にもだが、
予想を遥かに超える戦力の差に、ランカ・リーの歌の絶大な力に、身動きが取れない。
「何をしている、ルカ! 私のことはいいから早く行け!!」
被弾の為起動不可となったクアドランの援護をする彼に、クラン・クランの叱咤が飛ぶ。
「でも……、あぁっ!!」
視界の端に、バトル・フロンティアに向けて砲撃を開始せんとする敵艦の姿を捉えた。
その時である。
一筋の光線が敵艦を貫くのと同時に、聞きなれた男の声が耳に入ってきた。
「これ以上貴様らの好きにはさせん! ランカも!! バジュラ達も!!! 」
そして、フォールド反応とともに、その巨大な影が姿を見せた。
「マクロス・クォーター!! 」
驚きとも、歓喜とも取れる声をルカは上げる。
同じ光景を見ていたクランはふっと笑い
「遅いぞ、オズマ!」とスカルマークがペイントされたVF-25 に向かって言った。
「すまん。ヤボ用があったんでな」
オズマ・リーはニヤリと笑うと、真紅のクアドランの回収作業を開始した。
「オズマ、少佐……」
安堵すると共に、彼らとはすでに袂を別っている事実がルカに躊躇いを生じさせる。
しかしこの男は何でもない唯の一喝でその壁を取り払った。
「馬鹿者っ! 隊長と呼べ、スカル3!! 」
「スカル3って……。隊長!」
ルカはこの一言で、本来の冷静さと己が成すべきことを取り戻していた。
「我々は帰って来た」
バトル・フロンティアの司令部に、ジェフリー・ワイルダーの声が響き渡る。
「ギャラクシーの野望を、グレイス・オコナーと、それに与する者達の野望を潰す為に!」
「ギャラクシーだと!?」
反旗を翻した筈のクォーターからの突然の通信、そしてその衝撃の発言に
艦長を始めクルーたちはざわめいた。ただ一人を除いて。
額から流れる汗を掌の甲で拭いつつ平静さを保とうと試みるも、その顔から焦りの色は消えない。
「そうだ。我々は踊らされていたのだよ。奴らの陰謀と、それに加担する者によって」
モニターに映し出されたワイルダーの視線が一人の男を射抜く。
「クッ! ……何を根拠に、そんな戯言を!! 」
己の野望が潰える予感を認めることができず、レオン三島は拳を叩きつけて声を荒げた。
その時、状況が飲み込めず静まり返った司令部に、ノイズ交じりの、しかし力強い少年の声が
こだまし、停滞する空気を打ち破った。
「証拠なら、証拠ならあるっ!」
「これは……スカル4、スカル4のIFFです!」
音声の解析を行ったクォーターのブリッジ、キャサリン・グラスは驚きと共に告げた。
ステージでその通信を聞いていたシェリルもまた、驚喜の声を上げる。
「アルト……!」
しかし次の瞬間、その視界はグラリと揺れて彼女はその場に倒れこんだ。
寸でのところで脱出し、撃墜された護衛艦の残骸に身を潜めていた早乙女アルトは
通信機能が生きていることに安堵し自分の確認した事実を短く告げる。
「オレは見た。アイツの正体を! あれは、ランカじゃない!! 」
触れたとき垣間見えた、囚われているらしき少女と巨大な艦体。
「あのまやかしを、撃てぇっ!!! 」
その訴えをクォーターのブリッジで聞いていたモニカ・ラングは指示を仰いだ。
「艦長っ!」
「うむ。マクロス砲、発射準備!!」
すぐさまボビー・マルゴが復唱し、その態勢を整える。
撃て! の合図に彼は唸るような絶叫と共にその砲撃を放った。
「隠れてないで、出て来いやぁぁぁ~っ!!! 」
眩い光線がランカを打ち抜いたかに見えたその時、巨大な像は散らばるように消滅し、
中から黒く光る戦艦が姿を現した。
「なっ!? あれは――」
「……バトル・ギャラクシー!!」
「バジュラにやられたはずでは!?」
戦艦の正体が明らかになると、バトル・フロンティアの司令部は騒然となった。
「三島大統領閣下。後ほど詳しく伺おう、グラス大統領暗殺の件も含めて」
第117次調査船団の残骸に残された資料を分析し、黒幕の正体と目的を把握している
ワイルダーは、冷静にレオンへと最後通告をする。
「私は――!!」
窮地に追い込まれたレオンは何とか状況を打破すべく捲くし立てる。
「何故解らない!? 私はこのフロンティアを新天地へ導き、その技術を銀河の頂点に
据えようとしているんだぞ! バジュラとフォールド・クォーツを手中に収めて!
その為に無能な人間を排除して何が悪い!! 私の理想が現実となれば
住民は今以上の幸福を――」
「そんなもの、解りたくもないわ!! 」
通信に割り込んだキャシーは彼の言葉を遮るように怒りをぶつけた。
「人々が望むのは、昔から変わらない営みの中で穏やかに暮らすこと。
あんたの野心に巻き込まれて、どれだけの人が傷ついたか知っているの!?」
「多少の犠牲など――」
猶も自身の正当さを説こうとするレオンに、艦長以下数人の乗員達が銃口を向ける。
「覚悟なさい、レオン三島!」
立ち尽くす元婚約者に向かって、キャシーは静かに幕を引いた。
『バレちゃったわねぇ』
『意外とやるもんだね、あの少年たち』
通信を傍受していた首謀者たちは、しかし余裕の姿勢を崩さない。
上から見下ろす立場にいるものは足元の蟻など気にすることもないのだ。
「かまわないわ。今だけは、いい夢を見させてあげましょう」
すぐに悪夢に変わってしまうでしょうけど、とグレイスは含み笑いをした。
彼女は既に女王の頭部へ侵入を終え、その身体から夥しい数のコードを伸ばして
中枢に接続、クイーンの座へと着こうとしていた。
そしてギャラクシーから無数の悪魔が放出される。
「艦長! バトル・ギャラクシーから熱源多数、射出されました!」
レーダーが新たな状況をキャッチし、クォーターのメインコンピュータが情報を解析する。
「これは……!! ゴーストV9です!」
提示された分析結果を見て、ミーナ・ローシャンは驚愕した。その声にブリッジの面々も
戦慄を覚える。
ゴーストV9、正しくはAIF-9Vゴースト。2040年のシャロン・アップル事件で猛威を振るった
X9とほぼ同等のスペックを持つ無人戦闘機である。
その機動性と攻撃能力は名前の通り、戦場にいる全てのパイロット達を恐怖に陥れた。
バルキリーが次々と撃ち落とされていく様子を歯痒い思いで見ているしかなかったアルトに
吉報が届く。
「スカル3よりスカル4へ。アルト先輩!」
「聞こえたら応答せよ!! 」
「ルカ! クラン大尉!!」
クォーターに一時帰還した二人は馴染みの機体に乗り込み、彼の愛機であるVF-25Fを
彼の元へと運び出してくれたのである。
「さあ、受け取れアルト! 貴様の機体だ!! 」
「了解!! 」
アルトは感謝をその力強い声に込めて応え、自分のことを心配しているであろう歌姫に
無事であることの報告を兼ねて語りかけた。
「スカル4よりバトル・フロンティアへ。聞いてくれ、シェリル!」
その時間はまこと短いものであったが、滅びの歌はシェリルの身体を確実に蝕んでいた。
歌によって活性化されたV細菌は容赦なく脳に深刻なダメージを与えたのである。
故に彼女から発せられるフォールド波はさらに強力なものとなっていたのだが
すでに立っていることもままならず、シェリルは膝を付き両腕で身体を抱えるようにして
乱れる息の中、必死にもがいていた。
その尋常ならざる様子に脇に控えていた救護班の女性が駆けつけ、すぐさま中和剤を
投与すべくその腕を取る。
「効果は気休め程度ですが――」
「そんなものいらない!」
手を振り払うと、渾身の力を込めて立ち上がり、自分の名を呼ぶ少年の声に応えた。
「シェリル、聞こえているか?」
「ええ、聞こえてるわ、アルト。大丈夫よ」
「今度こそランカを助け出す。お前との約束を守る。だから、お前の力を貸してくれ!」
もはやアルトに迷いはなかった。真実を知った今、自分のすべきことに向かって飛べばいい。
「お前の歌で、アイツの目を覚ましてやってくれ!! 」
「私の、歌で……」
「あぁ! お前の歌で!! 」
恐らく、これが最後の歌になる。シェリルにはそれが解った。しかし彼女は微笑んだ。
不思議と悲壮感はなかった。命尽きる瞬間まで彼と共に戦えること、
誇りを持って歌えることに、シェリルは喜びすら感じていた。
心の闇 照らす波動を集めて
そして私は 飛び立とう
アルトはメサイヤへコネクトスレイブにより自分の位置を入力し、乗り込む準備を整えながら
イヤリングによってもたらされたランカとの刹那の接触を思い返していた。
――あの時、お前の声が聞こえた。お前の、心の叫びが。
バトル・ギャラクシーの中枢に囚われている彼女が、自分の声とシェリルの歌に一瞬
正気を取り戻し、叫んだ言葉。
“お願い……。伝えたいの。みんなにも、バジュラにも。だから――!”
彼女の胸に抱える痛みが初めて解った。何故彼女がフロンティアを離れたのかも。
だからこそ、必ず助けるのだ。
「思わざれば花なり 思えば花ならざりき」
キャノピーを開け、VF-25のコクピットにEX-ギアを接続、出力を上げ操縦桿を握る。
「……ただ感じるままに、オレは飛ぶ!! 」
そしてアルトはマクロスピードで宇宙を翔けた。
あなたの元へ 遥か地上へ
鞭のように打つ雨よ
この想い 報われず 泡になり消えても平気
Believe in me
ただあるがまま I’m loving you
解かれるため 結んだ髪が
綺麗な虹作って 滲んでく
「全機、行くぞ! 突撃ラブハートッ!!」
オズマの号令に、アルト、ルカ、クランが気合を入れた。
「「「了解!!」」」
黄と黒のラインが入ったVF-25Sが先陣を切り、バトル・ギャラクシーに突っ込んでいく。
ミシェルの遺した機体に乗ったクランは後方からスナイパーライフルを構え、援護に回った。
「ミシェル……私に、力を!! 」
ルカは戦況を的確に判断しながら、3機のゴーストに指示を出した。
「シモン、ヨハネ、ペテロ! 今、君たちの頸木を解き放つ!」
リミッターを解除するユダ・システムを起動させ、ギャラクシーのAIF-9Vを次々と
撃ち落としていく。
敵の攻撃を掻い潜りながらバトル・ギャラクシーに近づいたアルトは、左耳に輝く
イヤリングに手を添えてランカに届けと声を上げた。
「ランカ! 聞こえるか? オレの声が! シェリルの歌が!! 」
時空嵐の エリアを抜けて
あなたの元へ
戒めに繋がれたままの状態で、ランカは微かに聞こえてくる歌に耳を傾けた。
それは必死に自分へと紡がれた、愛の歌。
“ランカちゃん、目を覚まして。そして――”
――この声、シェリルさんの……。
その歌に被さるようにして、ずっと聞きたかった声がランカに届く。
「目を覚ませ、ランカ! お前の歌を、本当の歌を取り戻すんだ!!」
“取り戻すのよ!! ”
次の瞬間、ランカの思考を停止させていたブルースハープが砕け散り、彼女は正気に戻った。
「アルトくん! シェリルさん!」
その時である。
強力なフォールド波が、この戦闘区域に存在する全てのものを飲み込んだ。
「強烈なフォールド波が! 今までとは桁違いです!!」
モニカの言葉に、ブリッジにいる人間すべてが震撼する。
何が起こっているのかを知ることが出来なくとも、確実に危機的状況に向かって
物事が進んでいるということを、皆が肌で感じていたからだ。
そしてその感覚は正しかった。
グレイス・オコナーはバジュラの女王を完全に掌握し、銀河にネットワーク構造を構築。
バジュラをその手先とし、自分たちの野望を実現したのだから。
「聞くがいい、虫ケラ共! 我らは今、全宇宙を手に入れた!! 」
「プロトカルチャーすらその力を恐れ、憧れ、遂には神格化してその姿を模した
超時空生命体、バジュラの力によって!! 」
グレイスは自分の勝利を高らかに宣言し、その状況に酔いしれた。
自分の意思のままに操れるバジュラたちが、次々とあらゆる邪魔者を排除せんと
攻撃を始めている。それも、全宇宙で。
全てのものの頂点に立ったという現実に、彼女は恍惚し身悶えた。
巨大な女王を目の前にして、誰もがその諦めを口にし始めた。
いや、一人だけ違う思いでその姿を見つめていた人間がいた。
シェリルである。
彼女はランカの覚醒をアルトと共に感じていた。そして信じていた。
彼女が再び歌う時、必ずこの状況は好転すると。
だから全ての黒幕がグレイスとギャラクシーであることを知っても、特にこれといった
感情を抱くことはなかった。
但し、知ることによって自分がどのように利用されたのかが推測でき、その表情に
ほんの少し影を落としたのだが……。
――これで、少しは償えたことにならない、かしら?
全身全霊を賭けて歌い上げた歌姫は、力なく崩れ落ちた。
「ランカちゃん、アルト……。後は、任せたわよ」
そしてシェリルはゆっくりと瞳を閉じ、ふっと息を吐いた後動かなくなった。
「シェリル――!?」
クォーツにより異変を感じたアルトの叫びも、もう彼女には届かない。
その時、彼女の思いを受け止めたが如く、ランカの歌が銀河に響いた。
アナタノオト ドクンドクンドクン
聞こえてくるよ ドクンドクンドクン
生きてる音 優しい音
だから切ない音 聞こえてくるよ
「……いいぞ、ランカ」
自己を取り戻し再び願いを込めた歌を歌い始めたランカに、インプラント・ネットワーク
によってバトル・ギャラクシーに接続した彼女の兄が話しかける。
ブレラもまた、グレイスの網から逃れ、己を取り戻していた。
「お兄ちゃん……!! 」
「さあ、歌うんだランカ。悲しみも怒りも、喜びも、思いの全てを歌に乗せて」
「うんっ!」
この戦いを止める。それこそが自分たち兄妹の償いなのだと二人共に固く誓う。
風が花を揺らすように 笑いあえたら
雨が草を濡らすように 涙こぼれたら
僕たちの願いは大丈夫
「伝えたいの、みんなに」『伝えたいの、あなたたちに』
「バジュラが何を唄い、何を求めているのかを」『人間が何を想い、何を願っているのかを』
ランカの言葉に、その母ランシェ・メイの心が重なっていく。
二人の思いが、歌に乗って宇宙に広がっていく。
バジュラにはちゃんと気持ちがあるの
―人間にも「言葉」という伝達能力があるの―
でも、私たちとはすごく違ってて……
―でも、あなたたちと違って相手に想いを100%伝えることは難しくて……―
人間が、なんでこんなにバラバラで、みんなが違うことをしているのか理解できなかった
―自分たちとは違うものや、未知なるものに対して、理解しようとする前に恐れを抱いてしまう―
だからバジュラは、得体の知れない人類からフォールド波の通じる私を助け出そうとしてくれていたの
―だから人間は、あなたたちバジュラとコミュニケーションできるとは思えず、
攻撃によってその恐怖を消そうとしたのよ―
「「でも、信じてる」」
私たちは解かり合える。この悲しい誤解を、過去のものに変えることができると。
――その為に、私は歌うよ!
もう逃げ出さない。迷わない。これが、私に出来る唯一の償いだから。
ランカは揺るぎ無い決意を持って、敵地の中に一人立った。
その歌は、その思いは、全ての人間の、バジュラの、心に通じていった。
バジュラはグレイスの支配から解かれ、人間はバジュラへの意識を違うものに変えてゆく。
クイーンから発せられたものとは違う、包み込むようなフォールド波によって
彼らの間に存在した硬い障壁は、少しずつではあったが溶かされていくようだった。
そのことに喜びを感じていたランカだったが、ふと消えゆく小さな光に気付く。
瞬間、フォールド・ネットワークの波に乗って、ランカの意識は飛んだ。
その先には、まさに今息絶えようとするシェリルの姿があった。
「ランカちゃん、……よかった」
ランカの気配を感じて、シェリルは身を横たえたまま微笑んだ。意識下の世界、
見えなくともこの気持ちは通じているだろう。
「シェリルさん!?」
シェリルの状態から、その声がフォールド波を含んでいた事実から、
そして伝わってくる思いから、ランカは彼女がどのような覚悟で歌っていたのかを
悟る。シェリルは戦争の道具として歌うことを選んだのだ。いなくなった自分の代わりに。
「ごめんなさい。……ごめんなさい! 私――」
「謝る必要なんてないわ。私はするべきことをしただけ。それがプロ、でしょ?」
「だけど、こんな……。お願い、お願いだからもう一度立って!」
「私の仕事はここまで。後は……」
これで安心して逝ける。そう思って、シェリルは再びその意識を暗闇に投じようとした。
――さすがに、ちょっと疲れちゃった。
しかし、その眠りは今の自分の姿を一番見せたくない男の声によって引き戻される。
「ふざけんなっ!! お前はオレに何も言わせない気かよ!? 」
――断ち切った想いを甦らせないでよ、バカ。
心の中で悪態をつきながらも、彼女は声の主に視線を向けずにはいられなかった。
彼はいつものように眉間に皺を寄せながら、けれども真っ直ぐにシェリルを見据える。
「お前、言ったろ? 『続きは帰ってから聞く』って」
先程とはうって変わって静かなアルトの物言いに、彼女の心は掻き乱された。
お願い。このまま、穏やかな達成感の中で眠らせて。
目を逸らしつつ頑なに耳を塞ぐシェリルのそんな願いを見透かしたように
アルトは彼女の肩に手を置き揺さぶった。
「その約束を守らないまま、カッコつけて一人で逝くなんざ認めねぇぞ!! 」
「アルト……」
見上げる瞳に、彼は優しく微笑む。
「オレは、諦めてないぜ。だから、……だから来いよ、シェリル!! 」
ああ、バカなのは私だ。シェリルはその瞳に涙を浮かべた。
差し伸べられる手を、他者と築いてきた関係を、どこか信じられなかった自分。
けれど、孤独だった自分が切に望んだのは、そういった人との絆ではなかったか?
「私、私は……行きたい! 一緒に、ずっと!! 」
本心のままに叫びぶつかってきた彼女を、アルトは力強く抱きしめた。
シェリルの言葉を、ランカはほろ苦い気持ちで聞いていた。
グリフィスパークで自分がアルトに告げた別れの言葉を思い出させたからだ。
“一緒に行きたかった……。ずっと一緒にいたかったよ!”
結局私は、恋に恋していた子供だったのだと改めて思った。
けれども以前のように、卑屈にはならない。切ない気持ちはあるけれど、何より
大好きな、尊敬する二人の強さに心が震えた。
私も、こんなふうに強くなりたい。強く、ありたい。
シェリルさん、と瞳に涙を浮かべながらランカは呼びかける。
「シェリルさんがいたから、力をくれたから、私もアルトくんも飛べたの! だから――」
シェリルの手を取り、その無垢で真っ直ぐな瞳を向けた。
「だから、もう一度飛ぼう! そして一緒に歌って、シェリルさん!! 」
胸の奥に眠る 大きな大きな慈しみは
つなぐ手のひらの 温度で静かに目を覚ますよ
ここはあったかな海だよ
ランカの歌声に誘われて、シェリルもまた、この優しい歌に声を乗せる。
その時、ランカの身体から暖かな光が溢れ、やがて二人を包み込んだ。
ランカの歌がV細菌を誘導し、シェリルの歌が体内の毒素を浄化してゆく。
――何が、起こっているの……?
シェリルは先程まで自身の身体に絡みついていた糸から解放されていく感覚に
軽く瞼を閉じる。
さあ、という声に促されて目を開けると、二人が自分に向かって手を差し伸べていた。
「ランカちゃん、アルト……!」
互いに手を取り合い、頷きあう。この確かな繋がりが、争いに終止符を打つのだと
それぞれが確信していた。
いくぞ! というアルトの掛け声を合図に、三人の意識は現実へと戻っていく。
「お前たちの歌が、オレの翼になる!! 」
絶望からの 旅立ちを決めた朝に
私たちの前にはただ 風が吹いてたね
「この戦場にいる全ての兵士に告ぐ。バジュラは、我々の真の敵ではない」
戦況が一変したことを受け、ワイルダーは落ち着いた声で宣言した。
「ギャラクシーが、バジュラの女王を乗っ取ったグレイス・オコナー達こそが、
我らの真の敵だ」
「その翼に誇りを持つ者よ! 我と共に進めぇ!!」
その鼓舞は戦闘員達の士気を上げ、憔悴の色を払拭させる。
「サウンド・ウェーブ、座標確認」
ランカの歌声でその位置を確認したクォーターは、彼女の救出を目的とした攻撃を開始した。
「いっくぜぇぇぇ!!! 」
「ピンポイント・バリア、主砲全体に集中!」
その腕に当たる部分をバトル・ギャラクシーに突っ込み、風穴を開ける。
「うぉおおおおっ!!!」
一瞬の機会を逃すまいと、アルトは咆哮しながら敵艦の内部に侵入した。
モニターに表示された座標位置を確認し、壁をレーザーで焼き切る。
そして彼女の姿を認めると、キャノピーを開きEX-ギアでその元へ飛んだ。
「ランカァーッ!!」
「アルトくんっ!」
ランカはぱっと顔を上げ、アルトに向かって手を伸ばす。
彼は両の腕で彼女の存在を確かめると、すぐさまメサイヤに乗り込み脱出した。
もう二度と離さないで 捕まえてて
愛すればこそ iあればこそ
「フンッ、無駄な足掻きを」
バジュラへの支配が崩され始め戦況が変化したことを認めてグレイスは舌打ちした。
それでも尚、強気な姿勢を保っているのは、クイーンを手中に収めている現状。
彼女はその力をもって眼前の邪魔者を排除せんと砲撃を開始した。
それを感知したオペレーターが焦りの声を上げる。
「アイランド1に直撃、来ます!」
「何ぃっ!?」
既に惑星への降下に入っているアイランド1は無防備な状態であり、攻撃を回避する
術はどこにもない。そこに集められた住民達の全滅はもはや免れ得ぬことに思われた。
しかし、である。最悪の事態を予想し目を背けた者の視線が再び戻った時、
その視界には無数のバジュラが身を挺して砲撃を受け止めている光景が映った。
散ったバジュラたちの痛みが、ランカ、シェリル、アルトの三人にも伝わる。
「あぁっ……。バジュラが、守ってくれたのか?」
自身の目でアイランド1の無事を確認したアルトは、震える声で事実を問う。
後部座席のランカは無言で頷き、胸に込み上げてくるものに耐えながら涙を流した。
「ありがとう……みんな!」
そこに一匹の小さなバジュラがキュッと鳴きながら近づいてくる。
「まさか!?」
「アイ君!!」
思わぬ再会にランカの表情は輝き、自分が名付けたバジュラと心を通わせた。
「届いたの、歌が! 私と、シェリルさんの歌が!! 」
どういうことだ? と尋ねるアルトに、彼女は喜びのため頬を上気させながらも
ゆっくりと落ち着いた声で説明した。
人間のことを理解できなかったバジュラは、私とは違うシェリルさんの歌声を
感じることで、私たちが一人ひとり違うんだって、ちゃんと気持ちを伝えなければ
理解り合えない生き物なんだって、やっとわかってくれたの。
マクロス・クォーターに帰還したVF-25Fは再び戦場へ飛ぶ準備をする。
コクピットを出て自分のいるべき場所に駆けようとするランカを呼び止め、
しかしどんな言葉を掛ければよいのかわからず思案顔をするアルトに
彼女は穏やかな笑顔を見せた。
「いってらっしゃい! 必ず帰ってくるんだよ?」
待ってる人がいるんだから。ランカは彼の手を軽く握った。
「……ああ!」
ありがとう。感謝の気持ちを込めて、アルトは手を握り返した。
ランカがステージに辿り着くと、モニター越しにシェリルが出迎えてくれていた。
「いくわよ、ランカちゃん!」
「はいっ!! 」
威勢よく応えた彼女は、ふとあることを思いついた。そして心の中で頷くと実行に移す。
「みんなーっ!! マクロスピードで突っ走るよっ!!! 」
自分の台詞を取られたシェリルは、目を丸くしてモニターに映るランカを見つめた。
彼女は悪戯が成功した子供のような笑顔を向けている。
ぷっと笑うと、シェリルはお返しとばかりにキラッ☆のポーズを決めた。
――負けませんよ?
――受けて立つわ。
流星に跨って あなたは急上昇
モノトーンの星空に 私たち花火みたい
心が光の矢を放つ
Darlin’ 近づいて 服従?
No you. No life ナンツッテ もう絶対!
Need your heart & need your love
Oh Yes !! スウィートでKiss
クォーターから飛び立った赤のラインが入ったVF-25がバトロイドに変形し、
二人に向かって敬礼する。
シェリルは笑顔で敬礼を返し、ランカは振り付けの中に彼の無事を祈る気持ちを込めた。
そして二人の歌姫の、怒涛のメドレーラッシュが始まる。
彼女たちの歌を聴きその心を理解した一匹のバジュラが光を放って飛んでゆく。
仲間たちに二人の思いを伝えるために。
「……女王のプロトコルが通じない。これが、歌の力だというの!?」
次々とバジュラ達が支配を逃れ、その攻撃の先を転じて自分たちに向ける姿を見て
グレイスは困惑した。数値の上で有利なのは女王と一体化している自分であることは
明白な事実であったはずだ。理屈に反する現実を、科学者である彼女は到底
受け入れられなかった。しかし理解できなくとも、目の前に迫る危機を免れなければ
己の願望を叶えることは出来ない。彼女は初めて守りに徹した。
「断層フィールド、再度展開」
クイーンとバトル・ギャラクシーの前に、フォールド断層の壁が作られる。
ブースターは未だ試作段階であり、かつ現在装備している機体はゼロ。
「どうやって突破すれば――、バジュラ!?」
解決策が見つからない焦りを口にしたキャシーが見たのは、何匹かのバジュラが
断層に向かって突っ込んでいく姿だった。
彼らはそのフォールド能力によって、断層に穴を開けていく。
「あぁ、道が! バジュラ達が断層に道を!! 」
「全軍、バジュラに続けぇっ!! 」
思わぬ助力によって突破口が開かれたかに見えたその時、バトル・ギャラクシーの
マクロス・キャノンが火を噴いた。
「うおっ!?」
「主砲損傷、射撃不能です!」
一気に片をつけようとしたその矢先に出鼻を挫かれる形となったクオーターとフロンティア。しかしその間を一つの戦闘機が駆け抜ける。
「くっ! まだまだぁぁ~!! 」
ケーニッヒ・モンスターは被弾を恐れず、敵艦にその足を着地させた。
「うおぉぉぉぉっ!!! 」
叫び声を上げながら、カナリア・ベルシュタインは無数のミサイルを撃ち込む。
「今だ! マクロス・アタック!!」
相手が怯んだ隙をワイルダーは逃さなかった。その指示にボビーは素早く反応し、
クォーターの滑走路である左腕をギャラクシーの主砲に突っ込んだ。
すぐさま待機していたバルキリー隊が一斉射撃する。
主砲は大破し、主な攻撃能力を失ったギャラクシーに、バトル・フロンティアが止めを刺した。
生き残りたい 途方に暮れて キラリ枯れてゆく
ホンキの体 見せつけるまで 私眠らない
ギャラクシーの終わりを見届けて、アルトはクイーンへとその翼を向けていた。
その耳に、援護に回る仲間達の声が、思いが届く。
「行けっ、アルト!」
「我らの未来を!」
「僕たちの希望を!」
「お前に託す!」
マイクロン化してミハエル・ブランの愛機、青いVF-25Gを駆るクランは
手にしたライフルをアルトに投げて寄越した。
「ミシェル……!! 」
散っていった友人の思いごとそれを受け取った彼は、改めて勝利を誓う。
「行っくぜぇぇぇ!!!」
迷い無く自分を滅ぼそうと進む一騎の機体に、グレイスは過去に自分の理論を
認めようとしなかった者たちへ向けたように苛立ちをぶつけた。
「何故解らないの!? これが人類進化の、究極の姿よ!!」
「何が進化だ! 何かを犠牲にした上での進化なんざ、糞喰らえだ!! 」
彼女の言葉を全否定しつつ、目標まであとわずかの位置まで来たアルトの前に
バジュラ・クイーンの護衛機VF-27が立ちはだかる。
「うっ!? マズい!」
後ろをマークされその攻撃に晒されることが確定したかに思えた時、紫のVF-27が
ライフルで敵機を撃ち落した。
「貴様を援護する!」
「ブレラ!?」
通信から聞こえてきた声にアルトは驚く。戦場で、或いは日常においても敵対関係にあり
幾度も撃ち合っていた彼が自分の援護を買って出るとは!
しかし、ブレラがランカの実兄だということを知っているアルトは、彼もまた今回の
首謀者達に操られていたのだろうと即座に理解する。
「アルト、クイーンの頭を狙え! バジュラの心は、頭ではなく腹にある」
成る程、とアルトは頷いた。バジュラは腹で歌うのだ。
「この、蟲ケラ共がぁぁっ!!!」
自分の忠実な駒だったブレラにすら手向かわれ、グレイスは逆上した。
そんな彼女にブレラは悟ったような口調で言葉を発する。
「お前達に繋がれていて、よくわかった。どこまでいっても、人は独りだ」
「だから我らは!!」
人類を一つに結ぼうとしたのだと、グレイスは己の正しさを主張した。
「だけど!!」
「独りだからこそ!!」
ブレラの否定に重ねるようにして、アルトは叫ぶ。
「誰かを、愛せるんだーっ!!!」
護衛機と女王自身の猛攻を回避し、二人は超高速で駆け上がる。
バイザーが砕け散る程の抵抗に耐え、彼は女王の頭部へと幾重もロック。
背中を守るブレラのサポートを受け、持てる全てのミサイルを発射した。
被弾により胴体部と離れた頭部に近づき、銃を構える。
女王の複眼の中の一つにその姿を見つけて、アルトはライフルの照準を合わせた。
己の敗北を認めた刹那、グレイスが見たものは、何重にもロックを掛け、心の奥底に
沈めていた記憶。
“あなたは幸せになれる。なるべきだわ、グレイス”
そう言って笑う美しい女性。
「残酷なこと言うのね。私、あなたを愛していたのよ、ランシェ……」
微笑にも似た表情を浮かべた後、閃光を目に留めた彼女の視界は突然ブツリと切れた。
ギャラクシーとの激闘を終え、幾つかの損傷を負ったクォーターは、敵の残機を
フロンティアのバルキリー隊に任せ、降下の態勢に入った。
そして衝撃に備え、ピンポイント・バリアを前方に集中。やがて大気圏を抜けた。
「綺麗……」
キャシーは眼下に広がる青と緑の大地に目を奪われていた。
「これが、バジュラの惑星」
帰還したオズマも、パイロットスーツのままブリッジにやってきて彼女の隣に立ち
この美しい光景を感慨深く眺めている。
「ねぇ、バジュラがコミュニケーションする必要のない生き物なら、この歌は……」
何だったのかしらね、とボビーがつぶやくように言った。
アイモ アイモ ネーデル ルーシェ
ノイナ ミリア エンデル プロデア
フォトミ
バジュラ達が歌う。頭部を損傷した女王の周りを労わるように飛びながら。
そして女王は、仲間の半数を率いて今飛びたとうとしていた。
何億光年も先の、新しい宇宙へと。
ランカはその様子を、クォーターのステージで一人見ていた。
“これはね、恋の歌よ”
記憶の中の母が語りかける。
“バジュラが何万年、いいえ、何億年かに一度、他の銀河に住む群れと出会い、
交配するために呼びかける、恋の歌。「アイモ、アイモ、アナタ、アナタ」って”
――その航海が、どうかバジュラにとって優しいものでありますように。
ランカは彼らの無事を祈って、共に歌った。
そこには感謝と贖罪と、少しの悔恨が込められていた。
「ランカちゃん、一人で背負おうとしてはダメよ」
フォールド・ネットワークによって、彼女にシェリルの声が届く。
バトル・フロンティアもまた、この惑星に降りたとうとしていた。
「あなたが罪を感じるのはわかる。でもそれは私も同じ」
フロンティアにバジュラを連れてきたのは、たぶん私だから。
そう言って、彼女はこの心優しき少女の心を抱きしめた。
「シェリルさん……」
その温もりに身体をうずめて、ランカは静かに涙を流す。
「寄り添って、支えあって生きていきましょう。私たちはもう、一人じゃない」
辛くても苦しくても、隣にいる誰かを大切に思いながら。
そして二人の歌姫は、希望の歌を歌い始める。
今あなたの声が聞こえる ここにおいでと
さびしさに 負けそうな私に
アイランド1に続いて、二艦のマクロスもその蒼き海に着水した。
「「わぁ……」」
ランカは浅瀬に足を下ろし、シェリルは滑走路から景色を眺めた。
そして空気を胸いっぱいに吸い込む。
空を見上げると、一つの機影が降りてくるのが見えた。VF-25Fである
「アルト!」「アルトくん!」
お互いの声が重なるのがわかり、あ……、と二人とも口ごもった。
しかしそれもつかの間のこと。二人は笑顔で再び視線を上に向ける。
「……バカが飛んでくわ」
シェリルのつぶやきに深い愛情を感じ、ランカはそっとネットワークから離れた。
――二人とも、お幸せに。
VF-25はその機体に幾つかの被弾を受け、致命的なものではないが傷を負っていた。
グレイスに操られた女王とV9とに繰り広げたドッグファイトはまさに死闘であり、
フロンティアへの帰還は難しいと判断したアルトはそのまま新たな大地へと降下する
ことにした。大気圏を抜けるまではなんとか持つであろう。
数十秒の衝撃に耐え、目を開くと色鮮やかな地表が飛び込んできた。
と同時に、モニターにはDANGERの文字が浮かび、アラートが鳴り響く。
アルトはすぐさま非常脱出用のシークエンスを起動させ、カウントした。
3、2、1。
キャノピーが飛ばされ、アルトの身体が宙に射出される。
EX-ギアの出力を調節し、風に乗った彼はくるりと回転して自分の愛機を見た。
メサイヤは煙を上げながら緩やかな角度で降りていった。
それを見送りながら、アルトは神妙な面持ちで敬礼し、海に着水したバトル・フロンティアに
向かって飛ぶ。その身に心地よい風を感じながら。
――これが、空。シェリルとランカが拓いてくれた、本物の……。
そして彼は滑走路でこちらに向かって手を振る少女の姿を見つけると、その速度を下げ
彼女の元に降り立つ準備をした。
しかし、思わぬ事態が起こる。なんと彼女は滑走路の先に向かって駆け出したのだ。
「お、おいっ!!」
シェリルはそのまま走って、その身体を空中に躍らせる。
アルトは慌てて再び速度を上げ、落下する彼女を受け止めた。
「おまっ! 何考えてんだよ!!」
あまりのことに目を白黒させながら容赦なく怒声を浴びせる彼に悪びれることなく
シェリルはその身体を預けて満面の笑みを見せる。
「一刻も早く、抱きしめて欲しかったのよ」
おかえりなさい、と彼女はその頬をアルトの肩へ摺り寄せた。
覚えていますか 目と目が合った時を
覚えていますか 手と手が触れ合った時
それが初めての 愛の旅立ちでした
I love you so
再び空へと飛んでいく二人の影に向かって、ランカは歌っていた。
そして、やはりこの気持ちは本物だったんだ、と彼女は思う。
たとえ、相手にただ求めるだけの、幼い恋だったとしても。
一筋の飛行機雲を見上げているその瞳から、暖かな涙が零れ落ちた。
「どうした? 何故泣く?」
いつの間にか側に来ていたブレラがそっとその肩を抱く。
「……あのね、悲しいんじゃないの。ちょっと切なくて、でもすごく嬉しくて」
大好きな人たちが幸せであることが、こんなにも嬉しい。
そう思える自分が、ものすごく愛おしい。
「あはっ。何かうまく説明できないや……」
つまりね、とランカは目をパチパチとしばだたせてからブレラを見た。
私もいつか、あんなふうに想い合える相手に出会えるかなぁ? って。
濡れた頬に手のひらを当てて笑うランカに、彼は穏やかな笑顔を見せた。
「会えるさ。まぁ、ソイツをオレが認めるかどうかは分からんがな」
「ぷっ、あははっ、何それお兄ちゃん!!」
彼女の翡翠色の髪の毛がピョコンと跳ねた。
――でもその前に、私のやるべきことをやらなくちゃ。
ひとしきり笑った後、ランカは涙を拭いて前に一歩進み出た。
固い決意を胸に歩いていく彼女の傍らには、常に寄り添う兄の姿があるだろう。
しばらく二人きりでの空の散歩を楽しんでいたアルトだったが、不意にEX-ギアの出力を
垂直方向に変え、空中で停止する姿勢を保つ。
どうしたの? と不思議そうに尋ねるシェリルに、約束、と彼は切り出した。
「オレは帰ってきた。だから、お前も約束を守れ」
そして少し不安そうな色をさせた瞳で、シェリルの顔を覗き込む。
「聞いてくれるか?」
「……いいわよ今更。わかってるから」
頬を染めてついと目を逸らす彼女に、「なぁ、シェリル」と諭すようにアルトは言う。
「今回の戦いで得た教訓は、『誤解は取り返しのつかない悲劇を生む』ってことじゃ
なかったか?」
相手の思いを汲み取ること、相手に思いを伝えること。完全に理解し合うのは不可能でも
この積み重ねがより良い関係を築いていく。互いの絆を深めていく。
そうすれば、もうこのような悲しい擦れ違いは無くなるに違いない。
「だから、ちゃんと聞け」
「……うん」
シェリルは素直に頷いた。彼女もまた、この戦いの中で学んだのだ。
皆、多くを失くした。そして手に入れたのはこんな当たり前の、しかし大切なコト。
彼女はしっかりと目を合わせて、アルトの言葉を待った。
「オレは、お前と飛びたい。ずっと、一緒に飛び続けたい。心からそう思ってる」
「アルト……」
「愛している」
真剣な眼差しで自分の何より欲した言葉を与えてくれたことに、喜びのあまり
眩暈すら覚えたシェリルは、涙を零しながら彼の首に回した腕にキュッと力を込める。
私も愛してる、と恥ずかしそうに耳元で小さく囁いた彼女に、アルトは深く口付けた。
その左耳を飾るイヤリングが、柔らかな風に吹かれて揺れた。
もう一人ぼっちじゃない
あなたがいるから
※続きは3-578
25話を自分なりに改造してみました。
設定など細かい矛盾はあると思いますが、ご容赦を。
シェリルエンドになってますので、ダメな方はスルーでお願いします。
それだけだとエロがないので、先日夢で見たものを
後日譚としてちょっと付け加えてます。
それでは、投下。
565 25話 アナタノオト 改造版 2008/10/06(月) 09:35:07 ID:Mh/EYyJY
ディスプレイに映し出されたVF-171の機体が散っていく様を、シェリルは凍りついたまま
見続けるしかなかった。文字通り命がけの歌ももはや紡がれる事無く、マイクがやけに
乾いた音を立ててステージの床に転がる。
「……嘘、嘘よ」
信頼していた者から裏切られ、死を宣告され、それでも喩え道具としてであっても
歌うことを選んだのは、延命を拒んででも歌い続けると覚悟したのは、すべてあなたと、
あなたが大切に思う人々の為だった。あなたの幸せを願う故だった。なのに何故!!
「アルト――!!! 」
あまりの残酷な光景に、シェリルは絶叫した。頬を伝う涙が、胸の前で硬く握り締めた
拳の上に落ちる。ザワザワと身体中のすべての血が逆流するような感覚の中、彼女は
己を、否、ありとあらゆるものを呪った。
君がいないなら 意味なんてなくなるから
人は全部 消えればいい
愛がなくなれば 心だっていらないから
この世界も 消えてしまえ
ずっと苦しかった 命がけの出会い
もがくように夢見た やみくもに手をのばした
その胸に聞きたかった 君と虹 架けたかった
歌姫が紡いだ絶望の調べに、バジュラの動きが一瞬止まる。そしてその目が赤い光を宿し
短く咆哮すると、何故か無差別に攻撃を始めた。
「何っ!?」
ブレラ・スターンは思わぬところから攻撃を受け、初めて冷静さを失う。
「バジュラが何故オレを!? ランカの歌で奴らの動きは完全に――ぐわぁっ!!」
被弾の衝撃に堪らず呻き声を上げる。その瞬間、彼の額にある強制装置が砕け散り
ブレラは意識を手放した。
もう私には何も無い! あと僅かなこの命さえ、今すぐ奪っていけばいい!!
シェリルは宇宙に向かって手を広げた。
“――ダメ!!”
突然、彼女の頭の中に、力強い女性の声が響いた。
“負の感情に流されないで。耳を澄ますの。聴こえるでしょう? あなたの求める音が”
「マ、マ……?」
シェリルには母親の記憶が無い。よって、母の声を覚えているわけがない。
しかし、母性を感じさせるその声色に思わずその単語がこぼれた。
振り返ると、褐色の肌をした黒髪の女性が優しく笑う姿が目に映り、やがて消えていった。
その空間を呆然と見つめていたシェリルの頭上にあるモニターが、けたたましい電子音と
ともに緊急事態を告げる。
「敵艦が防衛ラインを突破! 砲撃、来ます!!」
「このフォールド波、シェリル・ノームの……? だが、プロトコルが以前と少し――」
クイーンの中心部へと歩を進めていたグレイス・オコナーは、バジュラに起こった異変を
解析しようとした。しかしそれはつかの間の出来事で、蟲達の行動はすぐに
リトル・クイーンの歌によって連携を取り戻している。
「気に掛ける程のことでもない、か」
ふと彼女の脳裏に、過去のマオ・ノームとの会話が甦る。
“きっかけ? ……そうね、まるで御伽噺のようなものだけれど”
“どこかへ飛んでいってしまった姉の、笑う姿をもう一度見たいのよ”
馬鹿馬鹿しい。鼻で笑うグレイスに、身体を共有する別人格の男の声が警告する。
『どうやら、新たな客がお見えになったようだ』
『あらホント。そのまま逃げていればよかったのにね』
「なんにせよ、もう遅いわ。私は今、全てを手に入れるのだから!」
バジュラ・クイーンのコアの前に立ち、彼女は高らかに笑い声を上げた。
ルカ・アンジェローニは動揺していた。目の前で爆発したVF-171にもだが、
予想を遥かに超える戦力の差に、ランカ・リーの歌の絶大な力に、身動きが取れない。
「何をしている、ルカ! 私のことはいいから早く行け!!」
被弾の為起動不可となったクアドランの援護をする彼に、クラン・クランの叱咤が飛ぶ。
「でも……、あぁっ!!」
視界の端に、バトル・フロンティアに向けて砲撃を開始せんとする敵艦の姿を捉えた。
その時である。
一筋の光線が敵艦を貫くのと同時に、聞きなれた男の声が耳に入ってきた。
「これ以上貴様らの好きにはさせん! ランカも!! バジュラ達も!!! 」
そして、フォールド反応とともに、その巨大な影が姿を見せた。
「マクロス・クォーター!! 」
驚きとも、歓喜とも取れる声をルカは上げる。
同じ光景を見ていたクランはふっと笑い
「遅いぞ、オズマ!」とスカルマークがペイントされたVF-25 に向かって言った。
「すまん。ヤボ用があったんでな」
オズマ・リーはニヤリと笑うと、真紅のクアドランの回収作業を開始した。
「オズマ、少佐……」
安堵すると共に、彼らとはすでに袂を別っている事実がルカに躊躇いを生じさせる。
しかしこの男は何でもない唯の一喝でその壁を取り払った。
「馬鹿者っ! 隊長と呼べ、スカル3!! 」
「スカル3って……。隊長!」
ルカはこの一言で、本来の冷静さと己が成すべきことを取り戻していた。
「我々は帰って来た」
バトル・フロンティアの司令部に、ジェフリー・ワイルダーの声が響き渡る。
「ギャラクシーの野望を、グレイス・オコナーと、それに与する者達の野望を潰す為に!」
「ギャラクシーだと!?」
反旗を翻した筈のクォーターからの突然の通信、そしてその衝撃の発言に
艦長を始めクルーたちはざわめいた。ただ一人を除いて。
額から流れる汗を掌の甲で拭いつつ平静さを保とうと試みるも、その顔から焦りの色は消えない。
「そうだ。我々は踊らされていたのだよ。奴らの陰謀と、それに加担する者によって」
モニターに映し出されたワイルダーの視線が一人の男を射抜く。
「クッ! ……何を根拠に、そんな戯言を!! 」
己の野望が潰える予感を認めることができず、レオン三島は拳を叩きつけて声を荒げた。
その時、状況が飲み込めず静まり返った司令部に、ノイズ交じりの、しかし力強い少年の声が
こだまし、停滞する空気を打ち破った。
「証拠なら、証拠ならあるっ!」
「これは……スカル4、スカル4のIFFです!」
音声の解析を行ったクォーターのブリッジ、キャサリン・グラスは驚きと共に告げた。
ステージでその通信を聞いていたシェリルもまた、驚喜の声を上げる。
「アルト……!」
しかし次の瞬間、その視界はグラリと揺れて彼女はその場に倒れこんだ。
寸でのところで脱出し、撃墜された護衛艦の残骸に身を潜めていた早乙女アルトは
通信機能が生きていることに安堵し自分の確認した事実を短く告げる。
「オレは見た。アイツの正体を! あれは、ランカじゃない!! 」
触れたとき垣間見えた、囚われているらしき少女と巨大な艦体。
「あのまやかしを、撃てぇっ!!! 」
その訴えをクォーターのブリッジで聞いていたモニカ・ラングは指示を仰いだ。
「艦長っ!」
「うむ。マクロス砲、発射準備!!」
すぐさまボビー・マルゴが復唱し、その態勢を整える。
撃て! の合図に彼は唸るような絶叫と共にその砲撃を放った。
「隠れてないで、出て来いやぁぁぁ~っ!!! 」
眩い光線がランカを打ち抜いたかに見えたその時、巨大な像は散らばるように消滅し、
中から黒く光る戦艦が姿を現した。
「なっ!? あれは――」
「……バトル・ギャラクシー!!」
「バジュラにやられたはずでは!?」
戦艦の正体が明らかになると、バトル・フロンティアの司令部は騒然となった。
「三島大統領閣下。後ほど詳しく伺おう、グラス大統領暗殺の件も含めて」
第117次調査船団の残骸に残された資料を分析し、黒幕の正体と目的を把握している
ワイルダーは、冷静にレオンへと最後通告をする。
「私は――!!」
窮地に追い込まれたレオンは何とか状況を打破すべく捲くし立てる。
「何故解らない!? 私はこのフロンティアを新天地へ導き、その技術を銀河の頂点に
据えようとしているんだぞ! バジュラとフォールド・クォーツを手中に収めて!
その為に無能な人間を排除して何が悪い!! 私の理想が現実となれば
住民は今以上の幸福を――」
「そんなもの、解りたくもないわ!! 」
通信に割り込んだキャシーは彼の言葉を遮るように怒りをぶつけた。
「人々が望むのは、昔から変わらない営みの中で穏やかに暮らすこと。
あんたの野心に巻き込まれて、どれだけの人が傷ついたか知っているの!?」
「多少の犠牲など――」
猶も自身の正当さを説こうとするレオンに、艦長以下数人の乗員達が銃口を向ける。
「覚悟なさい、レオン三島!」
立ち尽くす元婚約者に向かって、キャシーは静かに幕を引いた。
『バレちゃったわねぇ』
『意外とやるもんだね、あの少年たち』
通信を傍受していた首謀者たちは、しかし余裕の姿勢を崩さない。
上から見下ろす立場にいるものは足元の蟻など気にすることもないのだ。
「かまわないわ。今だけは、いい夢を見させてあげましょう」
すぐに悪夢に変わってしまうでしょうけど、とグレイスは含み笑いをした。
彼女は既に女王の頭部へ侵入を終え、その身体から夥しい数のコードを伸ばして
中枢に接続、クイーンの座へと着こうとしていた。
そしてギャラクシーから無数の悪魔が放出される。
「艦長! バトル・ギャラクシーから熱源多数、射出されました!」
レーダーが新たな状況をキャッチし、クォーターのメインコンピュータが情報を解析する。
「これは……!! ゴーストV9です!」
提示された分析結果を見て、ミーナ・ローシャンは驚愕した。その声にブリッジの面々も
戦慄を覚える。
ゴーストV9、正しくはAIF-9Vゴースト。2040年のシャロン・アップル事件で猛威を振るった
X9とほぼ同等のスペックを持つ無人戦闘機である。
その機動性と攻撃能力は名前の通り、戦場にいる全てのパイロット達を恐怖に陥れた。
バルキリーが次々と撃ち落とされていく様子を歯痒い思いで見ているしかなかったアルトに
吉報が届く。
「スカル3よりスカル4へ。アルト先輩!」
「聞こえたら応答せよ!! 」
「ルカ! クラン大尉!!」
クォーターに一時帰還した二人は馴染みの機体に乗り込み、彼の愛機であるVF-25Fを
彼の元へと運び出してくれたのである。
「さあ、受け取れアルト! 貴様の機体だ!! 」
「了解!! 」
アルトは感謝をその力強い声に込めて応え、自分のことを心配しているであろう歌姫に
無事であることの報告を兼ねて語りかけた。
「スカル4よりバトル・フロンティアへ。聞いてくれ、シェリル!」
その時間はまこと短いものであったが、滅びの歌はシェリルの身体を確実に蝕んでいた。
歌によって活性化されたV細菌は容赦なく脳に深刻なダメージを与えたのである。
故に彼女から発せられるフォールド波はさらに強力なものとなっていたのだが
すでに立っていることもままならず、シェリルは膝を付き両腕で身体を抱えるようにして
乱れる息の中、必死にもがいていた。
その尋常ならざる様子に脇に控えていた救護班の女性が駆けつけ、すぐさま中和剤を
投与すべくその腕を取る。
「効果は気休め程度ですが――」
「そんなものいらない!」
手を振り払うと、渾身の力を込めて立ち上がり、自分の名を呼ぶ少年の声に応えた。
「シェリル、聞こえているか?」
「ええ、聞こえてるわ、アルト。大丈夫よ」
「今度こそランカを助け出す。お前との約束を守る。だから、お前の力を貸してくれ!」
もはやアルトに迷いはなかった。真実を知った今、自分のすべきことに向かって飛べばいい。
「お前の歌で、アイツの目を覚ましてやってくれ!! 」
「私の、歌で……」
「あぁ! お前の歌で!! 」
恐らく、これが最後の歌になる。シェリルにはそれが解った。しかし彼女は微笑んだ。
不思議と悲壮感はなかった。命尽きる瞬間まで彼と共に戦えること、
誇りを持って歌えることに、シェリルは喜びすら感じていた。
心の闇 照らす波動を集めて
そして私は 飛び立とう
アルトはメサイヤへコネクトスレイブにより自分の位置を入力し、乗り込む準備を整えながら
イヤリングによってもたらされたランカとの刹那の接触を思い返していた。
――あの時、お前の声が聞こえた。お前の、心の叫びが。
バトル・ギャラクシーの中枢に囚われている彼女が、自分の声とシェリルの歌に一瞬
正気を取り戻し、叫んだ言葉。
“お願い……。伝えたいの。みんなにも、バジュラにも。だから――!”
彼女の胸に抱える痛みが初めて解った。何故彼女がフロンティアを離れたのかも。
だからこそ、必ず助けるのだ。
「思わざれば花なり 思えば花ならざりき」
キャノピーを開け、VF-25のコクピットにEX-ギアを接続、出力を上げ操縦桿を握る。
「……ただ感じるままに、オレは飛ぶ!! 」
そしてアルトはマクロスピードで宇宙を翔けた。
あなたの元へ 遥か地上へ
鞭のように打つ雨よ
この想い 報われず 泡になり消えても平気
Believe in me
ただあるがまま I’m loving you
解かれるため 結んだ髪が
綺麗な虹作って 滲んでく
「全機、行くぞ! 突撃ラブハートッ!!」
オズマの号令に、アルト、ルカ、クランが気合を入れた。
「「「了解!!」」」
黄と黒のラインが入ったVF-25Sが先陣を切り、バトル・ギャラクシーに突っ込んでいく。
ミシェルの遺した機体に乗ったクランは後方からスナイパーライフルを構え、援護に回った。
「ミシェル……私に、力を!! 」
ルカは戦況を的確に判断しながら、3機のゴーストに指示を出した。
「シモン、ヨハネ、ペテロ! 今、君たちの頸木を解き放つ!」
リミッターを解除するユダ・システムを起動させ、ギャラクシーのAIF-9Vを次々と
撃ち落としていく。
敵の攻撃を掻い潜りながらバトル・ギャラクシーに近づいたアルトは、左耳に輝く
イヤリングに手を添えてランカに届けと声を上げた。
「ランカ! 聞こえるか? オレの声が! シェリルの歌が!! 」
時空嵐の エリアを抜けて
あなたの元へ
戒めに繋がれたままの状態で、ランカは微かに聞こえてくる歌に耳を傾けた。
それは必死に自分へと紡がれた、愛の歌。
“ランカちゃん、目を覚まして。そして――”
――この声、シェリルさんの……。
その歌に被さるようにして、ずっと聞きたかった声がランカに届く。
「目を覚ませ、ランカ! お前の歌を、本当の歌を取り戻すんだ!!」
“取り戻すのよ!! ”
次の瞬間、ランカの思考を停止させていたブルースハープが砕け散り、彼女は正気に戻った。
「アルトくん! シェリルさん!」
その時である。
強力なフォールド波が、この戦闘区域に存在する全てのものを飲み込んだ。
「強烈なフォールド波が! 今までとは桁違いです!!」
モニカの言葉に、ブリッジにいる人間すべてが震撼する。
何が起こっているのかを知ることが出来なくとも、確実に危機的状況に向かって
物事が進んでいるということを、皆が肌で感じていたからだ。
そしてその感覚は正しかった。
グレイス・オコナーはバジュラの女王を完全に掌握し、銀河にネットワーク構造を構築。
バジュラをその手先とし、自分たちの野望を実現したのだから。
「聞くがいい、虫ケラ共! 我らは今、全宇宙を手に入れた!! 」
「プロトカルチャーすらその力を恐れ、憧れ、遂には神格化してその姿を模した
超時空生命体、バジュラの力によって!! 」
グレイスは自分の勝利を高らかに宣言し、その状況に酔いしれた。
自分の意思のままに操れるバジュラたちが、次々とあらゆる邪魔者を排除せんと
攻撃を始めている。それも、全宇宙で。
全てのものの頂点に立ったという現実に、彼女は恍惚し身悶えた。
巨大な女王を目の前にして、誰もがその諦めを口にし始めた。
いや、一人だけ違う思いでその姿を見つめていた人間がいた。
シェリルである。
彼女はランカの覚醒をアルトと共に感じていた。そして信じていた。
彼女が再び歌う時、必ずこの状況は好転すると。
だから全ての黒幕がグレイスとギャラクシーであることを知っても、特にこれといった
感情を抱くことはなかった。
但し、知ることによって自分がどのように利用されたのかが推測でき、その表情に
ほんの少し影を落としたのだが……。
――これで、少しは償えたことにならない、かしら?
全身全霊を賭けて歌い上げた歌姫は、力なく崩れ落ちた。
「ランカちゃん、アルト……。後は、任せたわよ」
そしてシェリルはゆっくりと瞳を閉じ、ふっと息を吐いた後動かなくなった。
「シェリル――!?」
クォーツにより異変を感じたアルトの叫びも、もう彼女には届かない。
その時、彼女の思いを受け止めたが如く、ランカの歌が銀河に響いた。
アナタノオト ドクンドクンドクン
聞こえてくるよ ドクンドクンドクン
生きてる音 優しい音
だから切ない音 聞こえてくるよ
「……いいぞ、ランカ」
自己を取り戻し再び願いを込めた歌を歌い始めたランカに、インプラント・ネットワーク
によってバトル・ギャラクシーに接続した彼女の兄が話しかける。
ブレラもまた、グレイスの網から逃れ、己を取り戻していた。
「お兄ちゃん……!! 」
「さあ、歌うんだランカ。悲しみも怒りも、喜びも、思いの全てを歌に乗せて」
「うんっ!」
この戦いを止める。それこそが自分たち兄妹の償いなのだと二人共に固く誓う。
風が花を揺らすように 笑いあえたら
雨が草を濡らすように 涙こぼれたら
僕たちの願いは大丈夫
「伝えたいの、みんなに」『伝えたいの、あなたたちに』
「バジュラが何を唄い、何を求めているのかを」『人間が何を想い、何を願っているのかを』
ランカの言葉に、その母ランシェ・メイの心が重なっていく。
二人の思いが、歌に乗って宇宙に広がっていく。
バジュラにはちゃんと気持ちがあるの
―人間にも「言葉」という伝達能力があるの―
でも、私たちとはすごく違ってて……
―でも、あなたたちと違って相手に想いを100%伝えることは難しくて……―
人間が、なんでこんなにバラバラで、みんなが違うことをしているのか理解できなかった
―自分たちとは違うものや、未知なるものに対して、理解しようとする前に恐れを抱いてしまう―
だからバジュラは、得体の知れない人類からフォールド波の通じる私を助け出そうとしてくれていたの
―だから人間は、あなたたちバジュラとコミュニケーションできるとは思えず、
攻撃によってその恐怖を消そうとしたのよ―
「「でも、信じてる」」
私たちは解かり合える。この悲しい誤解を、過去のものに変えることができると。
――その為に、私は歌うよ!
もう逃げ出さない。迷わない。これが、私に出来る唯一の償いだから。
ランカは揺るぎ無い決意を持って、敵地の中に一人立った。
その歌は、その思いは、全ての人間の、バジュラの、心に通じていった。
バジュラはグレイスの支配から解かれ、人間はバジュラへの意識を違うものに変えてゆく。
クイーンから発せられたものとは違う、包み込むようなフォールド波によって
彼らの間に存在した硬い障壁は、少しずつではあったが溶かされていくようだった。
そのことに喜びを感じていたランカだったが、ふと消えゆく小さな光に気付く。
瞬間、フォールド・ネットワークの波に乗って、ランカの意識は飛んだ。
その先には、まさに今息絶えようとするシェリルの姿があった。
「ランカちゃん、……よかった」
ランカの気配を感じて、シェリルは身を横たえたまま微笑んだ。意識下の世界、
見えなくともこの気持ちは通じているだろう。
「シェリルさん!?」
シェリルの状態から、その声がフォールド波を含んでいた事実から、
そして伝わってくる思いから、ランカは彼女がどのような覚悟で歌っていたのかを
悟る。シェリルは戦争の道具として歌うことを選んだのだ。いなくなった自分の代わりに。
「ごめんなさい。……ごめんなさい! 私――」
「謝る必要なんてないわ。私はするべきことをしただけ。それがプロ、でしょ?」
「だけど、こんな……。お願い、お願いだからもう一度立って!」
「私の仕事はここまで。後は……」
これで安心して逝ける。そう思って、シェリルは再びその意識を暗闇に投じようとした。
――さすがに、ちょっと疲れちゃった。
しかし、その眠りは今の自分の姿を一番見せたくない男の声によって引き戻される。
「ふざけんなっ!! お前はオレに何も言わせない気かよ!? 」
――断ち切った想いを甦らせないでよ、バカ。
心の中で悪態をつきながらも、彼女は声の主に視線を向けずにはいられなかった。
彼はいつものように眉間に皺を寄せながら、けれども真っ直ぐにシェリルを見据える。
「お前、言ったろ? 『続きは帰ってから聞く』って」
先程とはうって変わって静かなアルトの物言いに、彼女の心は掻き乱された。
お願い。このまま、穏やかな達成感の中で眠らせて。
目を逸らしつつ頑なに耳を塞ぐシェリルのそんな願いを見透かしたように
アルトは彼女の肩に手を置き揺さぶった。
「その約束を守らないまま、カッコつけて一人で逝くなんざ認めねぇぞ!! 」
「アルト……」
見上げる瞳に、彼は優しく微笑む。
「オレは、諦めてないぜ。だから、……だから来いよ、シェリル!! 」
ああ、バカなのは私だ。シェリルはその瞳に涙を浮かべた。
差し伸べられる手を、他者と築いてきた関係を、どこか信じられなかった自分。
けれど、孤独だった自分が切に望んだのは、そういった人との絆ではなかったか?
「私、私は……行きたい! 一緒に、ずっと!! 」
本心のままに叫びぶつかってきた彼女を、アルトは力強く抱きしめた。
シェリルの言葉を、ランカはほろ苦い気持ちで聞いていた。
グリフィスパークで自分がアルトに告げた別れの言葉を思い出させたからだ。
“一緒に行きたかった……。ずっと一緒にいたかったよ!”
結局私は、恋に恋していた子供だったのだと改めて思った。
けれども以前のように、卑屈にはならない。切ない気持ちはあるけれど、何より
大好きな、尊敬する二人の強さに心が震えた。
私も、こんなふうに強くなりたい。強く、ありたい。
シェリルさん、と瞳に涙を浮かべながらランカは呼びかける。
「シェリルさんがいたから、力をくれたから、私もアルトくんも飛べたの! だから――」
シェリルの手を取り、その無垢で真っ直ぐな瞳を向けた。
「だから、もう一度飛ぼう! そして一緒に歌って、シェリルさん!! 」
胸の奥に眠る 大きな大きな慈しみは
つなぐ手のひらの 温度で静かに目を覚ますよ
ここはあったかな海だよ
ランカの歌声に誘われて、シェリルもまた、この優しい歌に声を乗せる。
その時、ランカの身体から暖かな光が溢れ、やがて二人を包み込んだ。
ランカの歌がV細菌を誘導し、シェリルの歌が体内の毒素を浄化してゆく。
――何が、起こっているの……?
シェリルは先程まで自身の身体に絡みついていた糸から解放されていく感覚に
軽く瞼を閉じる。
さあ、という声に促されて目を開けると、二人が自分に向かって手を差し伸べていた。
「ランカちゃん、アルト……!」
互いに手を取り合い、頷きあう。この確かな繋がりが、争いに終止符を打つのだと
それぞれが確信していた。
いくぞ! というアルトの掛け声を合図に、三人の意識は現実へと戻っていく。
「お前たちの歌が、オレの翼になる!! 」
絶望からの 旅立ちを決めた朝に
私たちの前にはただ 風が吹いてたね
「この戦場にいる全ての兵士に告ぐ。バジュラは、我々の真の敵ではない」
戦況が一変したことを受け、ワイルダーは落ち着いた声で宣言した。
「ギャラクシーが、バジュラの女王を乗っ取ったグレイス・オコナー達こそが、
我らの真の敵だ」
「その翼に誇りを持つ者よ! 我と共に進めぇ!!」
その鼓舞は戦闘員達の士気を上げ、憔悴の色を払拭させる。
「サウンド・ウェーブ、座標確認」
ランカの歌声でその位置を確認したクォーターは、彼女の救出を目的とした攻撃を開始した。
「いっくぜぇぇぇ!!! 」
「ピンポイント・バリア、主砲全体に集中!」
その腕に当たる部分をバトル・ギャラクシーに突っ込み、風穴を開ける。
「うぉおおおおっ!!!」
一瞬の機会を逃すまいと、アルトは咆哮しながら敵艦の内部に侵入した。
モニターに表示された座標位置を確認し、壁をレーザーで焼き切る。
そして彼女の姿を認めると、キャノピーを開きEX-ギアでその元へ飛んだ。
「ランカァーッ!!」
「アルトくんっ!」
ランカはぱっと顔を上げ、アルトに向かって手を伸ばす。
彼は両の腕で彼女の存在を確かめると、すぐさまメサイヤに乗り込み脱出した。
もう二度と離さないで 捕まえてて
愛すればこそ iあればこそ
「フンッ、無駄な足掻きを」
バジュラへの支配が崩され始め戦況が変化したことを認めてグレイスは舌打ちした。
それでも尚、強気な姿勢を保っているのは、クイーンを手中に収めている現状。
彼女はその力をもって眼前の邪魔者を排除せんと砲撃を開始した。
それを感知したオペレーターが焦りの声を上げる。
「アイランド1に直撃、来ます!」
「何ぃっ!?」
既に惑星への降下に入っているアイランド1は無防備な状態であり、攻撃を回避する
術はどこにもない。そこに集められた住民達の全滅はもはや免れ得ぬことに思われた。
しかし、である。最悪の事態を予想し目を背けた者の視線が再び戻った時、
その視界には無数のバジュラが身を挺して砲撃を受け止めている光景が映った。
散ったバジュラたちの痛みが、ランカ、シェリル、アルトの三人にも伝わる。
「あぁっ……。バジュラが、守ってくれたのか?」
自身の目でアイランド1の無事を確認したアルトは、震える声で事実を問う。
後部座席のランカは無言で頷き、胸に込み上げてくるものに耐えながら涙を流した。
「ありがとう……みんな!」
そこに一匹の小さなバジュラがキュッと鳴きながら近づいてくる。
「まさか!?」
「アイ君!!」
思わぬ再会にランカの表情は輝き、自分が名付けたバジュラと心を通わせた。
「届いたの、歌が! 私と、シェリルさんの歌が!! 」
どういうことだ? と尋ねるアルトに、彼女は喜びのため頬を上気させながらも
ゆっくりと落ち着いた声で説明した。
人間のことを理解できなかったバジュラは、私とは違うシェリルさんの歌声を
感じることで、私たちが一人ひとり違うんだって、ちゃんと気持ちを伝えなければ
理解り合えない生き物なんだって、やっとわかってくれたの。
マクロス・クォーターに帰還したVF-25Fは再び戦場へ飛ぶ準備をする。
コクピットを出て自分のいるべき場所に駆けようとするランカを呼び止め、
しかしどんな言葉を掛ければよいのかわからず思案顔をするアルトに
彼女は穏やかな笑顔を見せた。
「いってらっしゃい! 必ず帰ってくるんだよ?」
待ってる人がいるんだから。ランカは彼の手を軽く握った。
「……ああ!」
ありがとう。感謝の気持ちを込めて、アルトは手を握り返した。
ランカがステージに辿り着くと、モニター越しにシェリルが出迎えてくれていた。
「いくわよ、ランカちゃん!」
「はいっ!! 」
威勢よく応えた彼女は、ふとあることを思いついた。そして心の中で頷くと実行に移す。
「みんなーっ!! マクロスピードで突っ走るよっ!!! 」
自分の台詞を取られたシェリルは、目を丸くしてモニターに映るランカを見つめた。
彼女は悪戯が成功した子供のような笑顔を向けている。
ぷっと笑うと、シェリルはお返しとばかりにキラッ☆のポーズを決めた。
――負けませんよ?
――受けて立つわ。
流星に跨って あなたは急上昇
モノトーンの星空に 私たち花火みたい
心が光の矢を放つ
Darlin’ 近づいて 服従?
No you. No life ナンツッテ もう絶対!
Need your heart & need your love
Oh Yes !! スウィートでKiss
クォーターから飛び立った赤のラインが入ったVF-25がバトロイドに変形し、
二人に向かって敬礼する。
シェリルは笑顔で敬礼を返し、ランカは振り付けの中に彼の無事を祈る気持ちを込めた。
そして二人の歌姫の、怒涛のメドレーラッシュが始まる。
彼女たちの歌を聴きその心を理解した一匹のバジュラが光を放って飛んでゆく。
仲間たちに二人の思いを伝えるために。
「……女王のプロトコルが通じない。これが、歌の力だというの!?」
次々とバジュラ達が支配を逃れ、その攻撃の先を転じて自分たちに向ける姿を見て
グレイスは困惑した。数値の上で有利なのは女王と一体化している自分であることは
明白な事実であったはずだ。理屈に反する現実を、科学者である彼女は到底
受け入れられなかった。しかし理解できなくとも、目の前に迫る危機を免れなければ
己の願望を叶えることは出来ない。彼女は初めて守りに徹した。
「断層フィールド、再度展開」
クイーンとバトル・ギャラクシーの前に、フォールド断層の壁が作られる。
ブースターは未だ試作段階であり、かつ現在装備している機体はゼロ。
「どうやって突破すれば――、バジュラ!?」
解決策が見つからない焦りを口にしたキャシーが見たのは、何匹かのバジュラが
断層に向かって突っ込んでいく姿だった。
彼らはそのフォールド能力によって、断層に穴を開けていく。
「あぁ、道が! バジュラ達が断層に道を!! 」
「全軍、バジュラに続けぇっ!! 」
思わぬ助力によって突破口が開かれたかに見えたその時、バトル・ギャラクシーの
マクロス・キャノンが火を噴いた。
「うおっ!?」
「主砲損傷、射撃不能です!」
一気に片をつけようとしたその矢先に出鼻を挫かれる形となったクオーターとフロンティア。しかしその間を一つの戦闘機が駆け抜ける。
「くっ! まだまだぁぁ~!! 」
ケーニッヒ・モンスターは被弾を恐れず、敵艦にその足を着地させた。
「うおぉぉぉぉっ!!! 」
叫び声を上げながら、カナリア・ベルシュタインは無数のミサイルを撃ち込む。
「今だ! マクロス・アタック!!」
相手が怯んだ隙をワイルダーは逃さなかった。その指示にボビーは素早く反応し、
クォーターの滑走路である左腕をギャラクシーの主砲に突っ込んだ。
すぐさま待機していたバルキリー隊が一斉射撃する。
主砲は大破し、主な攻撃能力を失ったギャラクシーに、バトル・フロンティアが止めを刺した。
生き残りたい 途方に暮れて キラリ枯れてゆく
ホンキの体 見せつけるまで 私眠らない
ギャラクシーの終わりを見届けて、アルトはクイーンへとその翼を向けていた。
その耳に、援護に回る仲間達の声が、思いが届く。
「行けっ、アルト!」
「我らの未来を!」
「僕たちの希望を!」
「お前に託す!」
マイクロン化してミハエル・ブランの愛機、青いVF-25Gを駆るクランは
手にしたライフルをアルトに投げて寄越した。
「ミシェル……!! 」
散っていった友人の思いごとそれを受け取った彼は、改めて勝利を誓う。
「行っくぜぇぇぇ!!!」
迷い無く自分を滅ぼそうと進む一騎の機体に、グレイスは過去に自分の理論を
認めようとしなかった者たちへ向けたように苛立ちをぶつけた。
「何故解らないの!? これが人類進化の、究極の姿よ!!」
「何が進化だ! 何かを犠牲にした上での進化なんざ、糞喰らえだ!! 」
彼女の言葉を全否定しつつ、目標まであとわずかの位置まで来たアルトの前に
バジュラ・クイーンの護衛機VF-27が立ちはだかる。
「うっ!? マズい!」
後ろをマークされその攻撃に晒されることが確定したかに思えた時、紫のVF-27が
ライフルで敵機を撃ち落した。
「貴様を援護する!」
「ブレラ!?」
通信から聞こえてきた声にアルトは驚く。戦場で、或いは日常においても敵対関係にあり
幾度も撃ち合っていた彼が自分の援護を買って出るとは!
しかし、ブレラがランカの実兄だということを知っているアルトは、彼もまた今回の
首謀者達に操られていたのだろうと即座に理解する。
「アルト、クイーンの頭を狙え! バジュラの心は、頭ではなく腹にある」
成る程、とアルトは頷いた。バジュラは腹で歌うのだ。
「この、蟲ケラ共がぁぁっ!!!」
自分の忠実な駒だったブレラにすら手向かわれ、グレイスは逆上した。
そんな彼女にブレラは悟ったような口調で言葉を発する。
「お前達に繋がれていて、よくわかった。どこまでいっても、人は独りだ」
「だから我らは!!」
人類を一つに結ぼうとしたのだと、グレイスは己の正しさを主張した。
「だけど!!」
「独りだからこそ!!」
ブレラの否定に重ねるようにして、アルトは叫ぶ。
「誰かを、愛せるんだーっ!!!」
護衛機と女王自身の猛攻を回避し、二人は超高速で駆け上がる。
バイザーが砕け散る程の抵抗に耐え、彼は女王の頭部へと幾重もロック。
背中を守るブレラのサポートを受け、持てる全てのミサイルを発射した。
被弾により胴体部と離れた頭部に近づき、銃を構える。
女王の複眼の中の一つにその姿を見つけて、アルトはライフルの照準を合わせた。
己の敗北を認めた刹那、グレイスが見たものは、何重にもロックを掛け、心の奥底に
沈めていた記憶。
“あなたは幸せになれる。なるべきだわ、グレイス”
そう言って笑う美しい女性。
「残酷なこと言うのね。私、あなたを愛していたのよ、ランシェ……」
微笑にも似た表情を浮かべた後、閃光を目に留めた彼女の視界は突然ブツリと切れた。
ギャラクシーとの激闘を終え、幾つかの損傷を負ったクォーターは、敵の残機を
フロンティアのバルキリー隊に任せ、降下の態勢に入った。
そして衝撃に備え、ピンポイント・バリアを前方に集中。やがて大気圏を抜けた。
「綺麗……」
キャシーは眼下に広がる青と緑の大地に目を奪われていた。
「これが、バジュラの惑星」
帰還したオズマも、パイロットスーツのままブリッジにやってきて彼女の隣に立ち
この美しい光景を感慨深く眺めている。
「ねぇ、バジュラがコミュニケーションする必要のない生き物なら、この歌は……」
何だったのかしらね、とボビーがつぶやくように言った。
アイモ アイモ ネーデル ルーシェ
ノイナ ミリア エンデル プロデア
フォトミ
バジュラ達が歌う。頭部を損傷した女王の周りを労わるように飛びながら。
そして女王は、仲間の半数を率いて今飛びたとうとしていた。
何億光年も先の、新しい宇宙へと。
ランカはその様子を、クォーターのステージで一人見ていた。
“これはね、恋の歌よ”
記憶の中の母が語りかける。
“バジュラが何万年、いいえ、何億年かに一度、他の銀河に住む群れと出会い、
交配するために呼びかける、恋の歌。「アイモ、アイモ、アナタ、アナタ」って”
――その航海が、どうかバジュラにとって優しいものでありますように。
ランカは彼らの無事を祈って、共に歌った。
そこには感謝と贖罪と、少しの悔恨が込められていた。
「ランカちゃん、一人で背負おうとしてはダメよ」
フォールド・ネットワークによって、彼女にシェリルの声が届く。
バトル・フロンティアもまた、この惑星に降りたとうとしていた。
「あなたが罪を感じるのはわかる。でもそれは私も同じ」
フロンティアにバジュラを連れてきたのは、たぶん私だから。
そう言って、彼女はこの心優しき少女の心を抱きしめた。
「シェリルさん……」
その温もりに身体をうずめて、ランカは静かに涙を流す。
「寄り添って、支えあって生きていきましょう。私たちはもう、一人じゃない」
辛くても苦しくても、隣にいる誰かを大切に思いながら。
そして二人の歌姫は、希望の歌を歌い始める。
今あなたの声が聞こえる ここにおいでと
さびしさに 負けそうな私に
アイランド1に続いて、二艦のマクロスもその蒼き海に着水した。
「「わぁ……」」
ランカは浅瀬に足を下ろし、シェリルは滑走路から景色を眺めた。
そして空気を胸いっぱいに吸い込む。
空を見上げると、一つの機影が降りてくるのが見えた。VF-25Fである
「アルト!」「アルトくん!」
お互いの声が重なるのがわかり、あ……、と二人とも口ごもった。
しかしそれもつかの間のこと。二人は笑顔で再び視線を上に向ける。
「……バカが飛んでくわ」
シェリルのつぶやきに深い愛情を感じ、ランカはそっとネットワークから離れた。
――二人とも、お幸せに。
VF-25はその機体に幾つかの被弾を受け、致命的なものではないが傷を負っていた。
グレイスに操られた女王とV9とに繰り広げたドッグファイトはまさに死闘であり、
フロンティアへの帰還は難しいと判断したアルトはそのまま新たな大地へと降下する
ことにした。大気圏を抜けるまではなんとか持つであろう。
数十秒の衝撃に耐え、目を開くと色鮮やかな地表が飛び込んできた。
と同時に、モニターにはDANGERの文字が浮かび、アラートが鳴り響く。
アルトはすぐさま非常脱出用のシークエンスを起動させ、カウントした。
3、2、1。
キャノピーが飛ばされ、アルトの身体が宙に射出される。
EX-ギアの出力を調節し、風に乗った彼はくるりと回転して自分の愛機を見た。
メサイヤは煙を上げながら緩やかな角度で降りていった。
それを見送りながら、アルトは神妙な面持ちで敬礼し、海に着水したバトル・フロンティアに
向かって飛ぶ。その身に心地よい風を感じながら。
――これが、空。シェリルとランカが拓いてくれた、本物の……。
そして彼は滑走路でこちらに向かって手を振る少女の姿を見つけると、その速度を下げ
彼女の元に降り立つ準備をした。
しかし、思わぬ事態が起こる。なんと彼女は滑走路の先に向かって駆け出したのだ。
「お、おいっ!!」
シェリルはそのまま走って、その身体を空中に躍らせる。
アルトは慌てて再び速度を上げ、落下する彼女を受け止めた。
「おまっ! 何考えてんだよ!!」
あまりのことに目を白黒させながら容赦なく怒声を浴びせる彼に悪びれることなく
シェリルはその身体を預けて満面の笑みを見せる。
「一刻も早く、抱きしめて欲しかったのよ」
おかえりなさい、と彼女はその頬をアルトの肩へ摺り寄せた。
覚えていますか 目と目が合った時を
覚えていますか 手と手が触れ合った時
それが初めての 愛の旅立ちでした
I love you so
再び空へと飛んでいく二人の影に向かって、ランカは歌っていた。
そして、やはりこの気持ちは本物だったんだ、と彼女は思う。
たとえ、相手にただ求めるだけの、幼い恋だったとしても。
一筋の飛行機雲を見上げているその瞳から、暖かな涙が零れ落ちた。
「どうした? 何故泣く?」
いつの間にか側に来ていたブレラがそっとその肩を抱く。
「……あのね、悲しいんじゃないの。ちょっと切なくて、でもすごく嬉しくて」
大好きな人たちが幸せであることが、こんなにも嬉しい。
そう思える自分が、ものすごく愛おしい。
「あはっ。何かうまく説明できないや……」
つまりね、とランカは目をパチパチとしばだたせてからブレラを見た。
私もいつか、あんなふうに想い合える相手に出会えるかなぁ? って。
濡れた頬に手のひらを当てて笑うランカに、彼は穏やかな笑顔を見せた。
「会えるさ。まぁ、ソイツをオレが認めるかどうかは分からんがな」
「ぷっ、あははっ、何それお兄ちゃん!!」
彼女の翡翠色の髪の毛がピョコンと跳ねた。
――でもその前に、私のやるべきことをやらなくちゃ。
ひとしきり笑った後、ランカは涙を拭いて前に一歩進み出た。
固い決意を胸に歩いていく彼女の傍らには、常に寄り添う兄の姿があるだろう。
しばらく二人きりでの空の散歩を楽しんでいたアルトだったが、不意にEX-ギアの出力を
垂直方向に変え、空中で停止する姿勢を保つ。
どうしたの? と不思議そうに尋ねるシェリルに、約束、と彼は切り出した。
「オレは帰ってきた。だから、お前も約束を守れ」
そして少し不安そうな色をさせた瞳で、シェリルの顔を覗き込む。
「聞いてくれるか?」
「……いいわよ今更。わかってるから」
頬を染めてついと目を逸らす彼女に、「なぁ、シェリル」と諭すようにアルトは言う。
「今回の戦いで得た教訓は、『誤解は取り返しのつかない悲劇を生む』ってことじゃ
なかったか?」
相手の思いを汲み取ること、相手に思いを伝えること。完全に理解し合うのは不可能でも
この積み重ねがより良い関係を築いていく。互いの絆を深めていく。
そうすれば、もうこのような悲しい擦れ違いは無くなるに違いない。
「だから、ちゃんと聞け」
「……うん」
シェリルは素直に頷いた。彼女もまた、この戦いの中で学んだのだ。
皆、多くを失くした。そして手に入れたのはこんな当たり前の、しかし大切なコト。
彼女はしっかりと目を合わせて、アルトの言葉を待った。
「オレは、お前と飛びたい。ずっと、一緒に飛び続けたい。心からそう思ってる」
「アルト……」
「愛している」
真剣な眼差しで自分の何より欲した言葉を与えてくれたことに、喜びのあまり
眩暈すら覚えたシェリルは、涙を零しながら彼の首に回した腕にキュッと力を込める。
私も愛してる、と恥ずかしそうに耳元で小さく囁いた彼女に、アルトは深く口付けた。
その左耳を飾るイヤリングが、柔らかな風に吹かれて揺れた。
もう一人ぼっちじゃない
あなたがいるから
※続きは3-578