104 :とあるパラレル 歌をなくしたローレライ:2008/12/06(土) 08:58:08 ID:ZWmIVxGE
おそらく人魚姫を下敷きにしたパラレル
キャラ崩壊はおそらくあり
恋愛要素はアルト×シェリル
脇でミシェル×クラン
エロ描写はほぼなし
お察しの通り魔女はグレイス
NGは名前欄のとあるパラレル 歌をなくしたローレライでよろしく
おそらく人魚姫を下敷きにしたパラレル
キャラ崩壊はおそらくあり
恋愛要素はアルト×シェリル
脇でミシェル×クラン
エロ描写はほぼなし
お察しの通り魔女はグレイス
NGは名前欄のとあるパラレル 歌をなくしたローレライでよろしく
ローレライとは――海妖である。
上半身は若くて美しい女性の姿をしており、下半身は魚のそれである。
穏やかな凪いだ海に生息し岩礁に美しい姿を現しては若い船員を惑わし、
さらにその歌声で人を惑わし、遭難、難破させる。
上半身は若くて美しい女性の姿をしており、下半身は魚のそれである。
穏やかな凪いだ海に生息し岩礁に美しい姿を現しては若い船員を惑わし、
さらにその歌声で人を惑わし、遭難、難破させる。
シェリルはローレライの中でも最も力のある歌声でいくつもの船を沈めてきた。
もちろん、歌声だけでなくその容姿だけで沈めた船もある。
今夜もシェリルは船のよく見える岩に上がって獲物を物色していた。
おりしもその日は満月。
明るい月の光に照らされてシェリルの肌がよりいっそう輝く。
「おいでなさい。私の腕で、殺してあげる」
歌うようにそう呟くとそれに呼応するように小さく、船の影が見える。
「今日の、獲物がきたわ」
シェリルの瞳が妖しく光る。
もちろん、歌声だけでなくその容姿だけで沈めた船もある。
今夜もシェリルは船のよく見える岩に上がって獲物を物色していた。
おりしもその日は満月。
明るい月の光に照らされてシェリルの肌がよりいっそう輝く。
「おいでなさい。私の腕で、殺してあげる」
歌うようにそう呟くとそれに呼応するように小さく、船の影が見える。
「今日の、獲物がきたわ」
シェリルの瞳が妖しく光る。
船の上では祝宴が行われていた。
王子の婚約が決まったのだ。
今夜は無礼講とばかりに、男も女も酒に耽り、溺れている。
そんな様子に嫌気がさして、アルトは主役でありながら宴を抜け出していたのだ。
暗い甲板に立つと空に満月が光り輝いている。
外も内もあまりに煌びやかでため息を一つ吐くと海をみる。
と、岩の上に人影が見えた。
「こんな所に、人?」
満月の光に照らされて、はっきりと見えるそれは女性のようだった。
ストロベリーブロンドの長い髪。
整った目鼻立ち。
その視線を向けられると吸い込まれてしまいそうな……
一瞬呆けたアルトは正気を取り戻すとシェリルに向かって声をかける。
「おいアンタ、船から落ちたのか?」
救命具を、と船の上を探り始めたアルトの耳に不思議な音が流れ込んでくる。
「なんだこれ……」
甲板に膝をつき頭を振るが意識がはっきりしない。
それどころか思考がどんどん鈍くなっていく。
舵を失った船の底が岩礁に突き当たり、長い時間をかけて海の底に沈んでいった。
王子の婚約が決まったのだ。
今夜は無礼講とばかりに、男も女も酒に耽り、溺れている。
そんな様子に嫌気がさして、アルトは主役でありながら宴を抜け出していたのだ。
暗い甲板に立つと空に満月が光り輝いている。
外も内もあまりに煌びやかでため息を一つ吐くと海をみる。
と、岩の上に人影が見えた。
「こんな所に、人?」
満月の光に照らされて、はっきりと見えるそれは女性のようだった。
ストロベリーブロンドの長い髪。
整った目鼻立ち。
その視線を向けられると吸い込まれてしまいそうな……
一瞬呆けたアルトは正気を取り戻すとシェリルに向かって声をかける。
「おいアンタ、船から落ちたのか?」
救命具を、と船の上を探り始めたアルトの耳に不思議な音が流れ込んでくる。
「なんだこれ……」
甲板に膝をつき頭を振るが意識がはっきりしない。
それどころか思考がどんどん鈍くなっていく。
舵を失った船の底が岩礁に突き当たり、長い時間をかけて海の底に沈んでいった。
動くもののいなくなった海面をみつめてシェリルはため息を吐いた。
いつものような達成感も高揚感もない。
それが、なぜなのかシェリルにはわかっていた。
「あの人間……」
ぽつりと口に出す。
自分を恐がらなかった。
……この尾びれが見えなかっただけかもしれない。
たぶん、助けようとしてくれた。
……私を人間だと勘違いしたから。
私は船を沈めようとしていたのに。
一瞬こちらに伸ばされた手。
そのことが、どうしようもなくシェリルの心を揺らす。
海の生き物は棲む世界を映す鏡のように情が深い。
シェリルは一度月を見上げると思い切ったように海に飛び込んだ。
いつものような達成感も高揚感もない。
それが、なぜなのかシェリルにはわかっていた。
「あの人間……」
ぽつりと口に出す。
自分を恐がらなかった。
……この尾びれが見えなかっただけかもしれない。
たぶん、助けようとしてくれた。
……私を人間だと勘違いしたから。
私は船を沈めようとしていたのに。
一瞬こちらに伸ばされた手。
そのことが、どうしようもなくシェリルの心を揺らす。
海の生き物は棲む世界を映す鏡のように情が深い。
シェリルは一度月を見上げると思い切ったように海に飛び込んだ。
目指すものはすぐに見つかった。
偶然、自分を見つけて、手を伸ばした人間。
目立った傷もなく、気を失っている。
甲板にいたのが幸いしたのだろうか?
そんなことを考えながら抱えて海岸に向かう。
浜辺に人間の体を押し上げると水を吐かせる。
人間は陸でしか生きられない。
なんて不便な生き物なのかしら!
そう考えながらアルトの呼吸を確かめると薄く曇っていた空が晴れる。
月明かりに照らされて今まで手探りだったアルトの顔を見て驚いた。
海の世界にはこんなに美しい男はいなかった。
シェリルの種族は女性は美しいが男で顔の美しいものはいない。
白い肌、通った鼻筋、まっすぐで、長い髪。
今は閉じられている目が開けば瞳はどんな色をしているのだろう?
そう考えてアルトに手を伸ばすが、目に入ったのはうろこの生えた自分の体。
上半身は人間の女などよりも美しい自信があった。
だがウェストから、なだらかなラインを描く尾びれは人間にはありえないものである。
『化け物』
そう罵られるかもしれない。
考えると急に恐ろしくなった。
満潮でも息ができる範囲にアルトの頭があるのを確認するとシェリルは暗い海へ姿を隠した。
偶然、自分を見つけて、手を伸ばした人間。
目立った傷もなく、気を失っている。
甲板にいたのが幸いしたのだろうか?
そんなことを考えながら抱えて海岸に向かう。
浜辺に人間の体を押し上げると水を吐かせる。
人間は陸でしか生きられない。
なんて不便な生き物なのかしら!
そう考えながらアルトの呼吸を確かめると薄く曇っていた空が晴れる。
月明かりに照らされて今まで手探りだったアルトの顔を見て驚いた。
海の世界にはこんなに美しい男はいなかった。
シェリルの種族は女性は美しいが男で顔の美しいものはいない。
白い肌、通った鼻筋、まっすぐで、長い髪。
今は閉じられている目が開けば瞳はどんな色をしているのだろう?
そう考えてアルトに手を伸ばすが、目に入ったのはうろこの生えた自分の体。
上半身は人間の女などよりも美しい自信があった。
だがウェストから、なだらかなラインを描く尾びれは人間にはありえないものである。
『化け物』
そう罵られるかもしれない。
考えると急に恐ろしくなった。
満潮でも息ができる範囲にアルトの頭があるのを確認するとシェリルは暗い海へ姿を隠した。
海の底に帰ってもシェリルの心は静まらなかった。
心臓が熱く脈打っている。
瞼を閉じるとよぎるのはアルトの面影ばかり。
「どうしてあんな人間なんか……」
打ち消そうと言葉にしてみても心がそれに反発する。
心臓が熱く脈打っている。
瞼を閉じるとよぎるのはアルトの面影ばかり。
「どうしてあんな人間なんか……」
打ち消そうと言葉にしてみても心がそれに反発する。
――会いたい。
理性が負けるまでに三日。
彼女は心の内で戦い通してそう結論を出した。
次は具体的にどうするか、よね。
相手は陸の生き物で海では生きられない。
私は海の生き物で陸では生きられない。
もう一度船を沈める?
「そんなこと、できない」
海の中ではあの人は生きていけない。
あの人を危険にさらす事なんてできない。
では海岸で?
「あの人が冷たい瞳で私を蔑むなんて耐えられない」
今までなんでも一番だった。
船を沈めた数も、人間を惑わした数も、歌声も。
誰にも負けないはずのシェリルはこの日初めて自分を呪った。
彼女は心の内で戦い通してそう結論を出した。
次は具体的にどうするか、よね。
相手は陸の生き物で海では生きられない。
私は海の生き物で陸では生きられない。
もう一度船を沈める?
「そんなこと、できない」
海の中ではあの人は生きていけない。
あの人を危険にさらす事なんてできない。
では海岸で?
「あの人が冷たい瞳で私を蔑むなんて耐えられない」
今までなんでも一番だった。
船を沈めた数も、人間を惑わした数も、歌声も。
誰にも負けないはずのシェリルはこの日初めて自分を呪った。
シェリルは海の中でもあまり人が寄り付かないとされる忌み者の洞窟の前にいた。
悩んで悩んで悩みまくった彼女は海の魔女に縋るしかない所まできていた。
もう一度会いたい。
会って、できれば恐がらずに、優しくしてほしい。
そのためには魔女が作れるという尾びれを人間の足に変えるという薬がどうしても欲しかったのだ。
彼女はこれまでのいきさつを魔女、グレイスに語った。
「それで?」
「だから薬が欲しいの」
伝わらなかったのかとシェリルがもう一度説明しようとするとグレイスがそれを手で制す。
「私が聞きたいのはその代償よ。それにあなたに薬を飲む覚悟があるかしら?」
「どういう、意味…?」
眉根にしわを寄せて怯むシェリル。
グレイスは鼻で笑うと水煙草を吹かした。
「薬に見合う対価は?」
煙をシェリルに吐きかける。
顔をしかめるとさも可笑しそうにグレイスが笑う。
「それにそんな魔法みたいな薬なんてないわ。陸地を一歩踏みしめるごとに地獄のような苦しみを味わう薬ならあるけど」
グレイスの高笑いが響く。
言葉を失うシェリルに一瞥くれるとグレイスはさらに言葉を重ねる。
「そうね、もしアンタがそれでも薬を欲しいと言うならアンタの声をもらうわ」
目の前が真っ暗になる衝撃。
暗闇の中でグレイスの唇が楽しそうに弧を描いた。
「歌は私の命……それを失えと言うのね?」
「そう、永遠にね」
悩んで悩んで悩みまくった彼女は海の魔女に縋るしかない所まできていた。
もう一度会いたい。
会って、できれば恐がらずに、優しくしてほしい。
そのためには魔女が作れるという尾びれを人間の足に変えるという薬がどうしても欲しかったのだ。
彼女はこれまでのいきさつを魔女、グレイスに語った。
「それで?」
「だから薬が欲しいの」
伝わらなかったのかとシェリルがもう一度説明しようとするとグレイスがそれを手で制す。
「私が聞きたいのはその代償よ。それにあなたに薬を飲む覚悟があるかしら?」
「どういう、意味…?」
眉根にしわを寄せて怯むシェリル。
グレイスは鼻で笑うと水煙草を吹かした。
「薬に見合う対価は?」
煙をシェリルに吐きかける。
顔をしかめるとさも可笑しそうにグレイスが笑う。
「それにそんな魔法みたいな薬なんてないわ。陸地を一歩踏みしめるごとに地獄のような苦しみを味わう薬ならあるけど」
グレイスの高笑いが響く。
言葉を失うシェリルに一瞥くれるとグレイスはさらに言葉を重ねる。
「そうね、もしアンタがそれでも薬を欲しいと言うならアンタの声をもらうわ」
目の前が真っ暗になる衝撃。
暗闇の中でグレイスの唇が楽しそうに弧を描いた。
「歌は私の命……それを失えと言うのね?」
「そう、永遠にね」
あまりにも代償が大きすぎる。
ローレライにとって歌うことは人間が息をするように自然な、ごく当たり前のことで。
中でもシェリルは歌うことが大好きだった。
『だった』
一瞬で過去のことと思い切る。
シェリルは命と同じくらい、大事な声を、歌を、失う決意をした。
「その条件でいいわ。薬をちょうだい」
それほど、アルトに会いたかった。
会ったあと、海に帰ってからの生活の事なんて考えられなかった。
ただ、会わないではいられなかったのだ。
「馬鹿ね」
その決意をもグレイスは切って捨てる。
まっすぐに自分を見上げてくる瞳に宿った強い力。
後先考えない無鉄砲な若さ。
決まり悪げにシェリルから視線を外すと諦めたようにため息を吐く。
「所詮馬鹿の考える事なんて私には理解できないわね」
ローレライにとって歌うことは人間が息をするように自然な、ごく当たり前のことで。
中でもシェリルは歌うことが大好きだった。
『だった』
一瞬で過去のことと思い切る。
シェリルは命と同じくらい、大事な声を、歌を、失う決意をした。
「その条件でいいわ。薬をちょうだい」
それほど、アルトに会いたかった。
会ったあと、海に帰ってからの生活の事なんて考えられなかった。
ただ、会わないではいられなかったのだ。
「馬鹿ね」
その決意をもグレイスは切って捨てる。
まっすぐに自分を見上げてくる瞳に宿った強い力。
後先考えない無鉄砲な若さ。
決まり悪げにシェリルから視線を外すと諦めたようにため息を吐く。
「所詮馬鹿の考える事なんて私には理解できないわね」
グレイスはシェリルの声を奪うと尾びれを人間の足に変える薬をくれた。
「いい?」
シェリルを前にグレイスが薬の説明をする。
「効力は次に月が満ちるまで」
神妙な面持ちでいようとするシェリルだが、薬が手に入ったことが嬉しくて仕方がない。
「さっきも言った通り、一歩陸地を踏みしめるごとに地獄のような激痛があるわ」
薬に頬擦りするようにして聞き流す。
それくらい、耐えてみせる。
「他には…」
グレイスは仕事はきっちりこなす魔女だった。
聞いていないシェリルを前に説明すると、棲み家から追い出した。
「せいぜい海の中で薬を使うのだけはやめなさいよね!」
グレイスに何を言われようが平気だった。
あの人に会える、それだけで、幸せだった。
「いい?」
シェリルを前にグレイスが薬の説明をする。
「効力は次に月が満ちるまで」
神妙な面持ちでいようとするシェリルだが、薬が手に入ったことが嬉しくて仕方がない。
「さっきも言った通り、一歩陸地を踏みしめるごとに地獄のような激痛があるわ」
薬に頬擦りするようにして聞き流す。
それくらい、耐えてみせる。
「他には…」
グレイスは仕事はきっちりこなす魔女だった。
聞いていないシェリルを前に説明すると、棲み家から追い出した。
「せいぜい海の中で薬を使うのだけはやめなさいよね!」
グレイスに何を言われようが平気だった。
あの人に会える、それだけで、幸せだった。
シェリルは誇るべき肉体の持ち主だったが今は海の中で漂っていた人間の女物の服を身につけていた。
人間はこんなものを着て窮屈じゃないのかと思うが、その分アルトに近付いた気がしてそれすら嬉しい。
水面に上がり、浜につくと魔女の薬を飲む。
見る見るうちにうろこがなくなり、真珠のような肌の二本足になった。
すごい、と感嘆の声を上げたつもりのシェリルだったが、耳には寄せて返す波の音だけ。
ああ、声がなくなったんだっけ、と思いながら立ち上がろうとする。
瞬間。
恐ろしいほどの痛みが襲う。
声にならない悲鳴をあげ、その場に倒れ伏す。
顔を砂にまみれさせながら涙を零す。
這うだけで激痛が走る。
それでも体を起こそうとするがどうにもならない。
地獄のような苦しみ、か。
思わず納得してしまいそうな痛みに力がでない。
いつからそうしていたか、わからないほどの時間が経った。
砂浜に小さな黒い影が見えた。
人間がくる、と思ったシェリルの瞳が驚きに開かれる。
月明かりにみえた顔は、シェリルがどうしても見たいと思った人物。
砂浜に倒れているシェリルを見つけてのか、影がどんどん近付いてくる。
「どうした、溺れたのか?」
すぐ横に膝をついてアルトがシェリルを抱き起こす。
もう一度、会いたかった人の腕の中にいる。
化け物だなんて言われなかった。
心配、してくれている。
痛みすら忘れ果ててアルトに手を伸ばすとシェリルは意識を手放した。
人間はこんなものを着て窮屈じゃないのかと思うが、その分アルトに近付いた気がしてそれすら嬉しい。
水面に上がり、浜につくと魔女の薬を飲む。
見る見るうちにうろこがなくなり、真珠のような肌の二本足になった。
すごい、と感嘆の声を上げたつもりのシェリルだったが、耳には寄せて返す波の音だけ。
ああ、声がなくなったんだっけ、と思いながら立ち上がろうとする。
瞬間。
恐ろしいほどの痛みが襲う。
声にならない悲鳴をあげ、その場に倒れ伏す。
顔を砂にまみれさせながら涙を零す。
這うだけで激痛が走る。
それでも体を起こそうとするがどうにもならない。
地獄のような苦しみ、か。
思わず納得してしまいそうな痛みに力がでない。
いつからそうしていたか、わからないほどの時間が経った。
砂浜に小さな黒い影が見えた。
人間がくる、と思ったシェリルの瞳が驚きに開かれる。
月明かりにみえた顔は、シェリルがどうしても見たいと思った人物。
砂浜に倒れているシェリルを見つけてのか、影がどんどん近付いてくる。
「どうした、溺れたのか?」
すぐ横に膝をついてアルトがシェリルを抱き起こす。
もう一度、会いたかった人の腕の中にいる。
化け物だなんて言われなかった。
心配、してくれている。
痛みすら忘れ果ててアルトに手を伸ばすとシェリルは意識を手放した。
アルトはため息を吐いた。
前の満月の晩に船ごと何もかもが海に沈み、親しいものも船に乗っていたものは誰一人助からなかった。
ただ一人、アルトだけが浜辺に打ち上げられていた。
隣に、誰かいた気がするが宴の途中で抜け出した以降のことは覚えていない。
医師のミハエルが言うには誰か応急処置をした者がいるのでは、と。
国の王子だったアルトを助けたのだ、褒美を取らせると触れを出しても名乗りを上げる者はいなかった。
それで、という訳ではないが夜に海岸を歩くのが習慣になった。
何をするでもなく、ただ月夜の浜辺を散歩するだけである。
「王子はまるで恋わずらいでもしてるようですな」
「からかうなよ、ミシェル!」
反射的にそう返して辺りを見回す。
「あ、ああ。ミハエルだったか」
「二人のときはミシェルでも結構ですよ、アルト王子」
恭しくかしこまりながらミハエルが返す。
二人は学友で年も近いこともあり仲がよかった。
「じゃあお前も嫌みったらしく王子とか呼ぶなよ」
「ではお言葉に甘えて」
そう言うとミシェルは隣に並んで月を眺める。
「アルトは海の精霊に魅入られたのかもな」
確かに、何かを見た気はするのだ。
「もしくは亡霊か」
少しおどけて見せるミシェル。
「今日も出かけるならあんまり遅くなるなよ。侍従長に叱られても知らんからな」
ミシェルはやめろ、とは言わない。
心配をかけていると思いながら日課になっている月夜の散歩に出かけた。
そして――彼女を拾ったのだ。
前の満月の晩に船ごと何もかもが海に沈み、親しいものも船に乗っていたものは誰一人助からなかった。
ただ一人、アルトだけが浜辺に打ち上げられていた。
隣に、誰かいた気がするが宴の途中で抜け出した以降のことは覚えていない。
医師のミハエルが言うには誰か応急処置をした者がいるのでは、と。
国の王子だったアルトを助けたのだ、褒美を取らせると触れを出しても名乗りを上げる者はいなかった。
それで、という訳ではないが夜に海岸を歩くのが習慣になった。
何をするでもなく、ただ月夜の浜辺を散歩するだけである。
「王子はまるで恋わずらいでもしてるようですな」
「からかうなよ、ミシェル!」
反射的にそう返して辺りを見回す。
「あ、ああ。ミハエルだったか」
「二人のときはミシェルでも結構ですよ、アルト王子」
恭しくかしこまりながらミハエルが返す。
二人は学友で年も近いこともあり仲がよかった。
「じゃあお前も嫌みったらしく王子とか呼ぶなよ」
「ではお言葉に甘えて」
そう言うとミシェルは隣に並んで月を眺める。
「アルトは海の精霊に魅入られたのかもな」
確かに、何かを見た気はするのだ。
「もしくは亡霊か」
少しおどけて見せるミシェル。
「今日も出かけるならあんまり遅くなるなよ。侍従長に叱られても知らんからな」
ミシェルはやめろ、とは言わない。
心配をかけていると思いながら日課になっている月夜の散歩に出かけた。
そして――彼女を拾ったのだ。
シェリルを拾ったアルト。
拾ったという言い方には御幣があるかも知れないが溺れたらしき女性が倒れていてそのままにしておけるわけもない。
声をかけても返事のない彼女の息を確かめると抱きかかえて城の自分の部屋に戻った。
体を拭く布をたくさん敷いた上にそっと横たえると医師のミハエルをそっと呼びに行く。
「はーこれまたえらく美人さんだな」
開口一番ミシェルにそう言わせるほど目を瞑っていてもわかる美しさをシェリルは備えていた。
昔は女遊びの激かったミシェルがそういうことを言うからにはそうなんだろうとアルトは思うが直視できない。
「ん、どうした?」
ミシェルが聞くと「服が水に濡れててエロいんだよ!」という返事。
「純情だねーえ」
軽口を叩きながらも診察をしていくミシェル。
背を向けながらもこちらの様子が気になるらしいアルトを散々からかいながら診察を終えると振り向いた。
「外傷はなし、骨折もしてないし、水は飲んでない。呼吸は安定しているから目が覚めれば大丈夫だろ」
「そ、そうか」
「あとは体を拭いて着替えさせて――は、王子にお願いしようか?」
ニヤニヤと笑いながらミシェルが小突くとアルトは部屋を出て行く。
「クラン呼んでくるからお前は診てろ!」
「おっかねー…」
「お前、寝てる女に手ぇ出すなよっ!」
クランというのはミシェルを黙らせる呪文のようなつもりだったが女手がいるのも確かなのでそのまま実行に移す。
城に仕えてくれているミシェルの先輩のようなもの、だとアルトは認識している。
「さてこのお嬢さんが吉とでるか凶とでるか」
拾ったという言い方には御幣があるかも知れないが溺れたらしき女性が倒れていてそのままにしておけるわけもない。
声をかけても返事のない彼女の息を確かめると抱きかかえて城の自分の部屋に戻った。
体を拭く布をたくさん敷いた上にそっと横たえると医師のミハエルをそっと呼びに行く。
「はーこれまたえらく美人さんだな」
開口一番ミシェルにそう言わせるほど目を瞑っていてもわかる美しさをシェリルは備えていた。
昔は女遊びの激かったミシェルがそういうことを言うからにはそうなんだろうとアルトは思うが直視できない。
「ん、どうした?」
ミシェルが聞くと「服が水に濡れててエロいんだよ!」という返事。
「純情だねーえ」
軽口を叩きながらも診察をしていくミシェル。
背を向けながらもこちらの様子が気になるらしいアルトを散々からかいながら診察を終えると振り向いた。
「外傷はなし、骨折もしてないし、水は飲んでない。呼吸は安定しているから目が覚めれば大丈夫だろ」
「そ、そうか」
「あとは体を拭いて着替えさせて――は、王子にお願いしようか?」
ニヤニヤと笑いながらミシェルが小突くとアルトは部屋を出て行く。
「クラン呼んでくるからお前は診てろ!」
「おっかねー…」
「お前、寝てる女に手ぇ出すなよっ!」
クランというのはミシェルを黙らせる呪文のようなつもりだったが女手がいるのも確かなのでそのまま実行に移す。
城に仕えてくれているミシェルの先輩のようなもの、だとアルトは認識している。
「さてこのお嬢さんが吉とでるか凶とでるか」
一向に目の覚めないシェリルの身の回りの世話をクランとミシェルに頼んで部屋を出る。
目が覚めないことにはどうしようもないので城内にはまだ秘密にしてある。
素材がいいからと飾り立て、ドレスに包まれたシェリルはとても綺麗だった。
「でも俺は浜辺で見たときの方がいいかな」
ぽつりと洩らした言葉のせいでミシェルとクランが示し合わせたようにニヤリとしたのが忘れられない。
「あああ、なんか悔しい~」
その場にしゃがみこんで頭を抱えるアルト。
まあ綺麗は綺麗だったけど…いや、何を考えてるんだ俺は。
「よしっ!」
切り替えると歩き出す。
アルトの仕事はたくさんある。
満月の晩に乗っていた船には国王もいたのだ。
母親はずいぶん前に亡くした。
それと、まだ顔も見せてもらえなかった婚約者だった姫。
姫の家のしきたりで嫁ぐ日まで夫に顔は見せられないという話で――
結婚するんだと決まっても正直よくわからなかった。
いつか好きになれたらいいな、とだけ。
実質国王のようなものだが王になるには王妃が必要なのでアルトはまだ王子のままだ。
アルトはもう一度頭を振ると仕事に向かった。
目が覚めないことにはどうしようもないので城内にはまだ秘密にしてある。
素材がいいからと飾り立て、ドレスに包まれたシェリルはとても綺麗だった。
「でも俺は浜辺で見たときの方がいいかな」
ぽつりと洩らした言葉のせいでミシェルとクランが示し合わせたようにニヤリとしたのが忘れられない。
「あああ、なんか悔しい~」
その場にしゃがみこんで頭を抱えるアルト。
まあ綺麗は綺麗だったけど…いや、何を考えてるんだ俺は。
「よしっ!」
切り替えると歩き出す。
アルトの仕事はたくさんある。
満月の晩に乗っていた船には国王もいたのだ。
母親はずいぶん前に亡くした。
それと、まだ顔も見せてもらえなかった婚約者だった姫。
姫の家のしきたりで嫁ぐ日まで夫に顔は見せられないという話で――
結婚するんだと決まっても正直よくわからなかった。
いつか好きになれたらいいな、とだけ。
実質国王のようなものだが王になるには王妃が必要なのでアルトはまだ王子のままだ。
アルトはもう一度頭を振ると仕事に向かった。
瞼が開かないままシェリルは誰かの声を聞いていた。
「この子、王子とくっつけばいいのに」
「アルトもまんざらでもなさそうだったよな」
「でも本当に綺麗な子……どこかのお姫様だったりして」
「そりゃ良縁だ。アルトも果報者だなあ」
誰…?
あの人の声じゃない。
もう一度、意識を手放しかけたときに声が聞こえた。
「おーまーえーらー人を肴に盛り上がってんじゃねーよ」
あの人!
「まだ意識は戻らないみたいだ」
「彼女の着替えも調達しておいたぞ!」
「そうか……」
近くに人の気配。
「おっそのままチューか?チューするのか?」
「キャー王子ぃーお邪魔だったら外に出てるぞ!」
開け、開け…まぶたがこんなに重いものだったなんて知らなかったわ!
「頭でも打ったのか、と」
ぼんやりと、視界が開けてくる。
目の前に、あの人の顔。
見たかった瞳が驚いたように私をみつめている。
こんな色、だったんだ。
「起きた…のか?」
口が動く、声をかけてくれる。
それがどうしようもなく嬉しい。
「大丈夫か?」
体、は動かない。
でも腕は動く。
「え、あ?うわっ!」
腕を伸ばして首を捕らえる。
バランスを崩したあの人の体が与える重みも苦にならない。
「わーお、情熱的」
「ミシェル、お邪魔だから外に出てるか」
「そうだなー」
「おっ、お前ら助けろぉ~」
あの人の発する音が耳を震わせたあと、がさがさと音がして、静まり返る。
ここにはあの人と私の二人しかいない。
それがまた嬉しくて腕に力をこめる。
幸せだった。
「この子、王子とくっつけばいいのに」
「アルトもまんざらでもなさそうだったよな」
「でも本当に綺麗な子……どこかのお姫様だったりして」
「そりゃ良縁だ。アルトも果報者だなあ」
誰…?
あの人の声じゃない。
もう一度、意識を手放しかけたときに声が聞こえた。
「おーまーえーらー人を肴に盛り上がってんじゃねーよ」
あの人!
「まだ意識は戻らないみたいだ」
「彼女の着替えも調達しておいたぞ!」
「そうか……」
近くに人の気配。
「おっそのままチューか?チューするのか?」
「キャー王子ぃーお邪魔だったら外に出てるぞ!」
開け、開け…まぶたがこんなに重いものだったなんて知らなかったわ!
「頭でも打ったのか、と」
ぼんやりと、視界が開けてくる。
目の前に、あの人の顔。
見たかった瞳が驚いたように私をみつめている。
こんな色、だったんだ。
「起きた…のか?」
口が動く、声をかけてくれる。
それがどうしようもなく嬉しい。
「大丈夫か?」
体、は動かない。
でも腕は動く。
「え、あ?うわっ!」
腕を伸ばして首を捕らえる。
バランスを崩したあの人の体が与える重みも苦にならない。
「わーお、情熱的」
「ミシェル、お邪魔だから外に出てるか」
「そうだなー」
「おっ、お前ら助けろぉ~」
あの人の発する音が耳を震わせたあと、がさがさと音がして、静まり返る。
ここにはあの人と私の二人しかいない。
それがまた嬉しくて腕に力をこめる。
幸せだった。
薄情者ーと二人が出て行くのを見送ってアルトは頭をフル回転させた。
とりあえず密着している体をどうにかしようとするが彼女は離してくれない。
手を解こうとすると逆に縋り付いてくる。
「あの……ちょっと苦しい」
アルトが言うとすぐに手が離れた。
言葉は通じるのか。
そう考えながら体を起こそうとすると腕を引かれる。
「えーと……逃げないから」
そう言っても彼女はアルトの腕を離さない。
視線も、アルトから離さない。
「困ったな……」
妥協案として彼女が寝ているベッドの端に腰掛けることにする。
「俺はアルト。君の名前は?」
すると彼女は口を開けてからはっとしたように口を抑えた。
「名前、わからない?」
再度聞くと首を傾げる。
おかしいな、と思いながらアルトは口を開く。
「じゃあ、合ってたらこうして頷いて、違ったらこう、首を振ってはできる?」
動作を交えてゆっくり話すと彼女はにっこり笑って頷いた。
「名前は、わかる?」
頷く。
「名前は言える?」
首を振る。
「どうして言えないか…は二択じゃないな」
困っているアルトを嬉しげにみつめるシェリル。
誓ってアルトが困っているから嬉しいのではないのだとは言えない。
向き会って、同じ空間を共有して、自分のことを考えてくれるから。
だから、嬉しい。
「あ、もしかして声が出ない?」
頷く。
「声が出ないのか…ってこれミシェルがやるべきじゃないのか?」
自分よりも医者がいいだろうと立ち上がろうとするアルトの手をシェリルが捕らえる。
アルトの指の間にシェリルが指を挟み、二人で手を組むようにする。
異性にそんなことをされた経験のないアルトは驚くが、シェリルは離さない。
「医者を、呼ぶだけだから……その、離して欲しい」
言うと首を振る。
「あーもう、ミシェルいるんだろ!早く出てこい」
しびれを切らしたアルトが叫んでからミシェルが姿を現すまではしばらくを要する。
とりあえず密着している体をどうにかしようとするが彼女は離してくれない。
手を解こうとすると逆に縋り付いてくる。
「あの……ちょっと苦しい」
アルトが言うとすぐに手が離れた。
言葉は通じるのか。
そう考えながら体を起こそうとすると腕を引かれる。
「えーと……逃げないから」
そう言っても彼女はアルトの腕を離さない。
視線も、アルトから離さない。
「困ったな……」
妥協案として彼女が寝ているベッドの端に腰掛けることにする。
「俺はアルト。君の名前は?」
すると彼女は口を開けてからはっとしたように口を抑えた。
「名前、わからない?」
再度聞くと首を傾げる。
おかしいな、と思いながらアルトは口を開く。
「じゃあ、合ってたらこうして頷いて、違ったらこう、首を振ってはできる?」
動作を交えてゆっくり話すと彼女はにっこり笑って頷いた。
「名前は、わかる?」
頷く。
「名前は言える?」
首を振る。
「どうして言えないか…は二択じゃないな」
困っているアルトを嬉しげにみつめるシェリル。
誓ってアルトが困っているから嬉しいのではないのだとは言えない。
向き会って、同じ空間を共有して、自分のことを考えてくれるから。
だから、嬉しい。
「あ、もしかして声が出ない?」
頷く。
「声が出ないのか…ってこれミシェルがやるべきじゃないのか?」
自分よりも医者がいいだろうと立ち上がろうとするアルトの手をシェリルが捕らえる。
アルトの指の間にシェリルが指を挟み、二人で手を組むようにする。
異性にそんなことをされた経験のないアルトは驚くが、シェリルは離さない。
「医者を、呼ぶだけだから……その、離して欲しい」
言うと首を振る。
「あーもう、ミシェルいるんだろ!早く出てこい」
しびれを切らしたアルトが叫んでからミシェルが姿を現すまではしばらくを要する。
「何で隣の部屋にいるはずなのにこんなに時間がかかるんだ?」
苛々しながらアルトが言うがミシェルはどこ吹く風である。
「いや、聞こえなかったからさ。しかしだいぶ仲がよさそうだねえ。お邪魔かな?」
話しかけてもシェリルはアルトに熱い視線を注いでいる上に見れば手まで繋いでいる。
「俺ももっとゆっくりしてこればよかったなあ」
わざとらしくため息を吐くミシェルにアルトの堪忍袋の緒が切れかける。
人命救助優先、人命救助優先そう唱えるようにして無理矢理自分を落ち着かせるとミシェルに違和感を感じる。
「お前……腰帯は?」
先程までつけていたはずの腰帯が一つ足りない。
「さあ、お姫様の診察を始めようか」
なんだか釈然としないが打って変わってやる気になったミシェルに任せようとするとシェリルの手が震えている。
どうしたのかとアルトがシェリルの方を向くと自分の背に隠れるようにして青い顔をしているシェリル。
「あ、ダメ?」
近付こうとしていたミシェルが動きを止める。
「あの、こいつは医者で、俺の友達なんだけど……」
シェリルが大きく首を振る。
ふむ、とミシェルが頷いて隣に声をかける。
「クラン、いいかー?」
「わかった、すぐ行く」
しばらくして部屋に入ってきたクランが近付こうとしてもシェリルは首を振る。
「だめか」
シェリルはただ大きな瞳に真珠のような涙をためてアルトをみつめている。
「嫌われたかな…」
ミシェルがそう呟くのを受けてアルトがミシェルを指差す。
「あれ、嫌い?」
大きく頷くシェリル。
「ク、クランもダメかなあ?」
ミシェルが聞くがシェリルはアルトをみつめたまま動かない。
もしかして、と思いながらアルトがクランを指差す。
「あれも、嫌い?」
再び大きく頷くシェリル。
「アルト、お前にしか反応しないわ、このお姫様」
「王子……どこで攫ってきたんだ?」
「おっ俺は何も知らん!」
向けられる疑いのまなざし×2。
「本当だぞ!!…なあ?」
シェリルに視線を向けると嬉しげにみつめ返してくる。
固まったアルトを見てクランとミシェルは少し笑うと口を開く。
「「じゃあ刷り込み?」」
「ヒヨコか!」
ハモった二人にツッコミを入れるとアルトは肩に重みを感じた。
「おー寝てますな」
「寝てるな」
「声が出ないだけで特に問題はないようだから今日は解散で」
「ちょっと待てぇ!どこに問題がないんだ!」
叫ぶアルトをよそに二人は部屋を出ようとしている。
「このあとクランの部屋行っていー?」
「しょ、しょうがないな!」
本気で自分を蚊帳の外に置いた会話を始めた二人の背に声をかける。
「じゃあ今日はもういいから、この手をはがすのだけ手伝ってくれ…ください」
少し赤くなるくらいに跡がついた手を漸くはがしてもらい、クランにシェリルのベッドを整えてもらう。
「おー色男だねえ。懐かれたな」
「初対面だ。……たぶん」
力なく添えられた『たぶん』を聞き逃してくれるミシェルではなかった。
「何か知っているのか?」
「いや、何しろ何もかも聞く前に終わったからな……疲れた」
「そうか。じゃあゆっくり休めよ」
二人が出て行くと窓から覗く月を見上げるアルト。
「そういえば、今夜は海岸に行かなかったな……」
そう呟いて、アルトは眠りに落ちた。
苛々しながらアルトが言うがミシェルはどこ吹く風である。
「いや、聞こえなかったからさ。しかしだいぶ仲がよさそうだねえ。お邪魔かな?」
話しかけてもシェリルはアルトに熱い視線を注いでいる上に見れば手まで繋いでいる。
「俺ももっとゆっくりしてこればよかったなあ」
わざとらしくため息を吐くミシェルにアルトの堪忍袋の緒が切れかける。
人命救助優先、人命救助優先そう唱えるようにして無理矢理自分を落ち着かせるとミシェルに違和感を感じる。
「お前……腰帯は?」
先程までつけていたはずの腰帯が一つ足りない。
「さあ、お姫様の診察を始めようか」
なんだか釈然としないが打って変わってやる気になったミシェルに任せようとするとシェリルの手が震えている。
どうしたのかとアルトがシェリルの方を向くと自分の背に隠れるようにして青い顔をしているシェリル。
「あ、ダメ?」
近付こうとしていたミシェルが動きを止める。
「あの、こいつは医者で、俺の友達なんだけど……」
シェリルが大きく首を振る。
ふむ、とミシェルが頷いて隣に声をかける。
「クラン、いいかー?」
「わかった、すぐ行く」
しばらくして部屋に入ってきたクランが近付こうとしてもシェリルは首を振る。
「だめか」
シェリルはただ大きな瞳に真珠のような涙をためてアルトをみつめている。
「嫌われたかな…」
ミシェルがそう呟くのを受けてアルトがミシェルを指差す。
「あれ、嫌い?」
大きく頷くシェリル。
「ク、クランもダメかなあ?」
ミシェルが聞くがシェリルはアルトをみつめたまま動かない。
もしかして、と思いながらアルトがクランを指差す。
「あれも、嫌い?」
再び大きく頷くシェリル。
「アルト、お前にしか反応しないわ、このお姫様」
「王子……どこで攫ってきたんだ?」
「おっ俺は何も知らん!」
向けられる疑いのまなざし×2。
「本当だぞ!!…なあ?」
シェリルに視線を向けると嬉しげにみつめ返してくる。
固まったアルトを見てクランとミシェルは少し笑うと口を開く。
「「じゃあ刷り込み?」」
「ヒヨコか!」
ハモった二人にツッコミを入れるとアルトは肩に重みを感じた。
「おー寝てますな」
「寝てるな」
「声が出ないだけで特に問題はないようだから今日は解散で」
「ちょっと待てぇ!どこに問題がないんだ!」
叫ぶアルトをよそに二人は部屋を出ようとしている。
「このあとクランの部屋行っていー?」
「しょ、しょうがないな!」
本気で自分を蚊帳の外に置いた会話を始めた二人の背に声をかける。
「じゃあ今日はもういいから、この手をはがすのだけ手伝ってくれ…ください」
少し赤くなるくらいに跡がついた手を漸くはがしてもらい、クランにシェリルのベッドを整えてもらう。
「おー色男だねえ。懐かれたな」
「初対面だ。……たぶん」
力なく添えられた『たぶん』を聞き逃してくれるミシェルではなかった。
「何か知っているのか?」
「いや、何しろ何もかも聞く前に終わったからな……疲れた」
「そうか。じゃあゆっくり休めよ」
二人が出て行くと窓から覗く月を見上げるアルト。
「そういえば、今夜は海岸に行かなかったな……」
そう呟いて、アルトは眠りに落ちた。
「あの足は靴を履きなれた、よく歩く足ではない気がするのだ!」
そのクランの発言でどこかのお嬢様や他国の姫の行方不明がないか秘密裏に捜索することになったが成果はなかった。
数日が経ち、ミシェルとクランが身の回りにいることにシェリルが慣れた頃。
一つの問題があがっていた。
シェリルをどうするか。
このまま置いていていいものかと思うが、起きているときはアルトから離れたがらない。
今のところクランとミシェルがうまく隠しているが見つからないとも限らない。
アルトに早く結婚し即位してもらいたい家臣に見つかれば即お妃にとなりかねない。
「嫁にもらっちゃえばいいのにー」
「なあ」
うっかりどころか積極的に手を滑らせそうな二人にアルトは消耗していた。
「疲れた」
自室で一人寝転びながら呟く。
彼女が嫌いなわけじゃない。
言葉にされたことはないが、好かれているのだと感じる。
でも即位するために、女性を道具にすることはおかしいと思う。
他人に強制されてするには…そこまで考えて、波の音に混じって何かを引き摺るような音に気付く。
「姫?」
名前はわからないし文字もかけないということでシェリルのことを三人の間では便宜上姫と呼ぶことにしていた。
こんな夜中に何も言わずここを訪れる人は他にいない。
その上、彼女はどこが悪いのかさっぱりわからないが立って歩くことに非常な痛みを感じるらしいのだ。
アルトはシェリルを迎えに行こうと立ち上がる。
音のする方に向かうとゆっくりと、シェリルが歩いてくるところだった。
痛みをこらえているらしく、額には汗がにじみ、目尻は光っている。
それが、アルトを認めた瞬間、喜びの色に変わる。
不意に先日歩く練習をしているところを通りがかったときに言われたことを思い出した。
『お前がいるのに気付いたときのお姫様の表情の変化にグっとこないのか?』
まあそんなことを言ったミシェルはクランに思いっきり足を踏まれていたわけだが。
確かにこれは――と思った瞬間、胸に衝撃を感じる。
シェリルがアルトのところまで辿り着いたのだ。
抱きついて見上げてくるシェリル。
「よく、頑張ったな」
そのクランの発言でどこかのお嬢様や他国の姫の行方不明がないか秘密裏に捜索することになったが成果はなかった。
数日が経ち、ミシェルとクランが身の回りにいることにシェリルが慣れた頃。
一つの問題があがっていた。
シェリルをどうするか。
このまま置いていていいものかと思うが、起きているときはアルトから離れたがらない。
今のところクランとミシェルがうまく隠しているが見つからないとも限らない。
アルトに早く結婚し即位してもらいたい家臣に見つかれば即お妃にとなりかねない。
「嫁にもらっちゃえばいいのにー」
「なあ」
うっかりどころか積極的に手を滑らせそうな二人にアルトは消耗していた。
「疲れた」
自室で一人寝転びながら呟く。
彼女が嫌いなわけじゃない。
言葉にされたことはないが、好かれているのだと感じる。
でも即位するために、女性を道具にすることはおかしいと思う。
他人に強制されてするには…そこまで考えて、波の音に混じって何かを引き摺るような音に気付く。
「姫?」
名前はわからないし文字もかけないということでシェリルのことを三人の間では便宜上姫と呼ぶことにしていた。
こんな夜中に何も言わずここを訪れる人は他にいない。
その上、彼女はどこが悪いのかさっぱりわからないが立って歩くことに非常な痛みを感じるらしいのだ。
アルトはシェリルを迎えに行こうと立ち上がる。
音のする方に向かうとゆっくりと、シェリルが歩いてくるところだった。
痛みをこらえているらしく、額には汗がにじみ、目尻は光っている。
それが、アルトを認めた瞬間、喜びの色に変わる。
不意に先日歩く練習をしているところを通りがかったときに言われたことを思い出した。
『お前がいるのに気付いたときのお姫様の表情の変化にグっとこないのか?』
まあそんなことを言ったミシェルはクランに思いっきり足を踏まれていたわけだが。
確かにこれは――と思った瞬間、胸に衝撃を感じる。
シェリルがアルトのところまで辿り着いたのだ。
抱きついて見上げてくるシェリル。
「よく、頑張ったな」
アルトはシェリルを抱え上げると椅子に座らせた。
シェリルはアルトの腕の中にいるときは、苦痛を感じない。
苦痛を忘れるのではなく、本当に感じないのだ。
実際クランに抱えて運んでもらったときは自分の足で歩かなくとも痛みはあった。
アルトの腕の中では苦痛を感じることがない。
そのことが自分にとってアルトは特別なのだと、より強くシェリルに思わせた。
二人の間に会話はない。
ただ、シェリルが一方的にアルトをみつめて、アルトが困ったように視線を逸らす。
王子だから、他人に見られることには慣れていた、はずなのに。
目に焼きつきそうなくらい、熱心にみつめられるからなのか。
それとも――?
アルトが口を開くと、というか動くとシェリルはより喜ぶ。
まあ、見ているだけでも喜ぶのだが、それがくすぐったくてアルトは困る。
「俺のこと、知ってるのか?」
何度も聞いた質問。
首は、大きく縦に振られる。
どこで見た?会ったことがあるのか?話したことは?
聞いてみたけどシェリルには答えられない。
アルトには覚えがない。
シェリルはアルトの腕の中にいるときは、苦痛を感じない。
苦痛を忘れるのではなく、本当に感じないのだ。
実際クランに抱えて運んでもらったときは自分の足で歩かなくとも痛みはあった。
アルトの腕の中では苦痛を感じることがない。
そのことが自分にとってアルトは特別なのだと、より強くシェリルに思わせた。
二人の間に会話はない。
ただ、シェリルが一方的にアルトをみつめて、アルトが困ったように視線を逸らす。
王子だから、他人に見られることには慣れていた、はずなのに。
目に焼きつきそうなくらい、熱心にみつめられるからなのか。
それとも――?
アルトが口を開くと、というか動くとシェリルはより喜ぶ。
まあ、見ているだけでも喜ぶのだが、それがくすぐったくてアルトは困る。
「俺のこと、知ってるのか?」
何度も聞いた質問。
首は、大きく縦に振られる。
どこで見た?会ったことがあるのか?話したことは?
聞いてみたけどシェリルには答えられない。
アルトには覚えがない。
手を伸ばすシェリルに応えて手を出すと大事なものを包むように優しく触れられる。
シェリルの熱が、じわりとアルトに移る。
祈るように、少しだけ力を入れるとアルトを覗き込むシェリル。
二人の間には波の音しか聞こえない。
けれどその熱から、何かが伝わる気がした。
何か言おうと息を吸うシェリル。
だがその言葉が声になることはない。
それでも、シェリルは口を動かす。
『アルト好きよ。アルトが好き』
名前を、音にできなくても呼べるのが嬉しい。
何度も繰り返し、愛を告げて、名前を呼ぶ。
伝わらなくてもいい。
だけど、伝わったらもっといい。
会いたいだけのはずだったのに、その欲求が満たされるとより強い欲求が生まれる。
自分の欲の深さも陸から見る海のように底が見えないのかもしれない。
そんなことを微かに考えながらシェリルはアルトをみつめ続ける。
アルトの喉が動き、音になりかけた言葉が消える。
どうしたのか、とシェリルがアルトを心配そうに覗き込む。
「俺のこと、――好きなのか?」
ためらいがちに、そう発せられた言葉にシェリルは射抜かれた気がした。
伝わらなくても、と思ったのに伝わった。
それが嬉しくて涙が出る。
返事をしなくては、と硬直した体に鞭打つように思いっきり首を縦に振る。
何度も、何度も。
「そうか。俺も嫌いじゃないよ」
アルトの言葉に涙を零すシェリルを綺麗だと思った。
嫌いじゃない、というのは本当だ。
それでも好きなのか、と聞かれると困る。
ただ、不思議な引力を感じた。
前にも体験したことがあるような、不思議な引力。
ふと気付くと泣き疲れたのかシェリルが微かな寝息を立てている。
「不思議なやつ…」
そう呟くとシェリルのベッドまで運ぶと彼女の世話をクランに頼んだ。
シェリルの熱が、じわりとアルトに移る。
祈るように、少しだけ力を入れるとアルトを覗き込むシェリル。
二人の間には波の音しか聞こえない。
けれどその熱から、何かが伝わる気がした。
何か言おうと息を吸うシェリル。
だがその言葉が声になることはない。
それでも、シェリルは口を動かす。
『アルト好きよ。アルトが好き』
名前を、音にできなくても呼べるのが嬉しい。
何度も繰り返し、愛を告げて、名前を呼ぶ。
伝わらなくてもいい。
だけど、伝わったらもっといい。
会いたいだけのはずだったのに、その欲求が満たされるとより強い欲求が生まれる。
自分の欲の深さも陸から見る海のように底が見えないのかもしれない。
そんなことを微かに考えながらシェリルはアルトをみつめ続ける。
アルトの喉が動き、音になりかけた言葉が消える。
どうしたのか、とシェリルがアルトを心配そうに覗き込む。
「俺のこと、――好きなのか?」
ためらいがちに、そう発せられた言葉にシェリルは射抜かれた気がした。
伝わらなくても、と思ったのに伝わった。
それが嬉しくて涙が出る。
返事をしなくては、と硬直した体に鞭打つように思いっきり首を縦に振る。
何度も、何度も。
「そうか。俺も嫌いじゃないよ」
アルトの言葉に涙を零すシェリルを綺麗だと思った。
嫌いじゃない、というのは本当だ。
それでも好きなのか、と聞かれると困る。
ただ、不思議な引力を感じた。
前にも体験したことがあるような、不思議な引力。
ふと気付くと泣き疲れたのかシェリルが微かな寝息を立てている。
「不思議なやつ…」
そう呟くとシェリルのベッドまで運ぶと彼女の世話をクランに頼んだ。
ある晩シェリルが目を覚ますと男の声が聞こえた。
アルトじゃない、これは…?
シェリルは薬の効力か、太陽のせいかあまり長い間起きていられないようだった。
水の中で暮らしていたからか人間の体になってからは少し体が熱い。
「あいつがお前のお手つきになったんじゃないかって噂になってる」
「はあ?!」
あ、アルトの声。
「俺は事情を知ってるが、毎晩呼べば噂にものぼるだろ」
いつも世話をしてくれている男とアルトが話しているようだ。
「クランをお前のお妃にって話も、もう出てきてる」
「そんな!」
クランというのはいつも世話をしてくれる小柄な女のことだったはずだ。
それが、お妃?
「誰でもいいから結婚してくれよ、とまでは言わないがあいつの立場も考えてくれ」
そのあとはもうよく聞こえなかった。
シェリルの耳が聞くことを拒否したのだ。
アルトが他の人間と結ばれる…?
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
そんなこと、許さない。
だけど、自分は海の生き物で、アルトは陸の生き物。
陸で生きられない私と海で生きられないアルト。
うまくなんて、いくはずがない。
私は多くを望み過ぎた。
幸せだったから。
最初は、会いたかっただけだったじゃない。
それは叶ったじゃない。
諦めるしか、ない。
外を見れば月は円に近い。
もうすぐ、薬の効力が切れる。
私は、海に還ろう。
アルトじゃない、これは…?
シェリルは薬の効力か、太陽のせいかあまり長い間起きていられないようだった。
水の中で暮らしていたからか人間の体になってからは少し体が熱い。
「あいつがお前のお手つきになったんじゃないかって噂になってる」
「はあ?!」
あ、アルトの声。
「俺は事情を知ってるが、毎晩呼べば噂にものぼるだろ」
いつも世話をしてくれている男とアルトが話しているようだ。
「クランをお前のお妃にって話も、もう出てきてる」
「そんな!」
クランというのはいつも世話をしてくれる小柄な女のことだったはずだ。
それが、お妃?
「誰でもいいから結婚してくれよ、とまでは言わないがあいつの立場も考えてくれ」
そのあとはもうよく聞こえなかった。
シェリルの耳が聞くことを拒否したのだ。
アルトが他の人間と結ばれる…?
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
そんなこと、許さない。
だけど、自分は海の生き物で、アルトは陸の生き物。
陸で生きられない私と海で生きられないアルト。
うまくなんて、いくはずがない。
私は多くを望み過ぎた。
幸せだったから。
最初は、会いたかっただけだったじゃない。
それは叶ったじゃない。
諦めるしか、ない。
外を見れば月は円に近い。
もうすぐ、薬の効力が切れる。
私は、海に還ろう。
ベッドで人知れずシェリルが涙を流していた頃。
アルトは一人悩んでいた。
「俺は王子だから結婚しなくちゃいけない、か」
しかも今、国には国王不在である。
婚約者も亡くした身であるからはっきりとは言わないが家臣たちはアルトに身を固めてもらいたがっている。
わからない話ではない。
一度は、婚約者がいたのだ。
即位して国を治めるには妃が必要だ。
そのために周りから固めようと両方と親しいミシェルにどうだろうと打診がいったというのだ。
最近、よくお召しになっているが二人は男女の仲か、と。
「しかしミシェルとクランがなあ……」
女遊びが止んだのはそのせいらしい。
どんな顔でクランは俺の女だと叫んだのか見てみたかった気もする。
少し笑うが、問題は何も解決していない。
ふと顔を上げると月明かりに照らされたシェリルに気付く。
「ああ、姫。ちょっと聞いてくれよ」
いつものように抱き上げて長椅子に座らせ、先程の話をする。
「そういう訳でクランはしばらく来れなくなったから他の方法を考えるよ」
優しい、声。
その声で、他の女の名前を呼ばないで。
私を、見て。
私だけを。
「でも、その……」
隣に座っていたアルトの口をシェリルが手のひらで塞ぐ。
シェリルがアルトと距離を置きたがらないので二人の距離は以前よりずっと近くなっていた。
手を伸ばせば、簡単に触れられるほど。
喋らないでと言うように首を振るとシェリルはアルトの手を取った。
すっとその手をシェリルは自分の頬に触れさせる。
うっとりと、目を閉じるシェリル。
アルトの頬に血が上る。
今までだって頬擦りだって抱きしめられたりだって、した。
それとは、違う。
ゆっくりとまぶたを上げたシェリルの瞳にははっきりとわかる欲情の色が浮かんでいた。
アルトは一人悩んでいた。
「俺は王子だから結婚しなくちゃいけない、か」
しかも今、国には国王不在である。
婚約者も亡くした身であるからはっきりとは言わないが家臣たちはアルトに身を固めてもらいたがっている。
わからない話ではない。
一度は、婚約者がいたのだ。
即位して国を治めるには妃が必要だ。
そのために周りから固めようと両方と親しいミシェルにどうだろうと打診がいったというのだ。
最近、よくお召しになっているが二人は男女の仲か、と。
「しかしミシェルとクランがなあ……」
女遊びが止んだのはそのせいらしい。
どんな顔でクランは俺の女だと叫んだのか見てみたかった気もする。
少し笑うが、問題は何も解決していない。
ふと顔を上げると月明かりに照らされたシェリルに気付く。
「ああ、姫。ちょっと聞いてくれよ」
いつものように抱き上げて長椅子に座らせ、先程の話をする。
「そういう訳でクランはしばらく来れなくなったから他の方法を考えるよ」
優しい、声。
その声で、他の女の名前を呼ばないで。
私を、見て。
私だけを。
「でも、その……」
隣に座っていたアルトの口をシェリルが手のひらで塞ぐ。
シェリルがアルトと距離を置きたがらないので二人の距離は以前よりずっと近くなっていた。
手を伸ばせば、簡単に触れられるほど。
喋らないでと言うように首を振るとシェリルはアルトの手を取った。
すっとその手をシェリルは自分の頬に触れさせる。
うっとりと、目を閉じるシェリル。
アルトの頬に血が上る。
今までだって頬擦りだって抱きしめられたりだって、した。
それとは、違う。
ゆっくりとまぶたを上げたシェリルの瞳にははっきりとわかる欲情の色が浮かんでいた。
『あのお姫様を妃にもらうのだってありなんじゃないか?』
そう、去り際にミシェルが言ったことを思い出した。
唇に熱を感じる。
体の上に自分より少し高い彼女の体温。
ぎこちなく、舌がアルトの唇をなぞる。
押し倒されたのだと気付いたのは後頭部が長椅子に当たってからである。
角度を変えて、息をする間もなく何度も口付けられる。
と、アルトの顔が見る見る赤くなる。
酸欠である。
息の長いシェリルの口付けはアルトから鼻で息をするという思考を奪った。
アルトが尋常じゃなくもがくのを見てシェリルはやっと唇を離す。
名残惜し気に唇をなぞるシェリルの指にアルトの背中を何かが走りぬけた。
なんだ…今の?
荒く息を吐きながらとりあえずシェリルを自分の上から退けようとするが動かない。
アルトの体に力が入らないこともあるが、見た目は人間でも、シェリルは海妖である。
力は、それなりに強い。
私、アルトが好き。
全身でそう訴えるシェリルにアルトは気圧される。
言葉にされたわけでもないのに頭に血が上る。
「は、話を…」
しよう、と言おうとした口をまた塞がれる。
今度はアルトの息を気遣ってか、啄ばむような軽いキス。
それを顔中に降らせる。
いつも一つにまとめている髪紐を解かれてアルトの髪が広がる。
その感触を楽しむように髪に手を入れてより深く口付けようとするシェリル。
「ま、待てって!」
唇と唇の間に手を差し入れると、手のひらに唇が押し付けられる。
『お願い』
そう言うように。
何度も。
手のひらに口付けるのは懇願だというのはどこの風習だったか。
それでもこれをはっきりさせないことにはどうにもすすめない。
息を整えると頭を振る。
「俺と、その…子作りしたいのか?」
他の言い回しはシェリルが理解しなかったのでストレートに聞いてみる。
微笑んで、頷くシェリル。
「帰らなくて、いいのか?」
シェリルは何も答えず、アルトの胸にもたれかかる。
アルトはそれを肯定と受け取った。
そう、去り際にミシェルが言ったことを思い出した。
唇に熱を感じる。
体の上に自分より少し高い彼女の体温。
ぎこちなく、舌がアルトの唇をなぞる。
押し倒されたのだと気付いたのは後頭部が長椅子に当たってからである。
角度を変えて、息をする間もなく何度も口付けられる。
と、アルトの顔が見る見る赤くなる。
酸欠である。
息の長いシェリルの口付けはアルトから鼻で息をするという思考を奪った。
アルトが尋常じゃなくもがくのを見てシェリルはやっと唇を離す。
名残惜し気に唇をなぞるシェリルの指にアルトの背中を何かが走りぬけた。
なんだ…今の?
荒く息を吐きながらとりあえずシェリルを自分の上から退けようとするが動かない。
アルトの体に力が入らないこともあるが、見た目は人間でも、シェリルは海妖である。
力は、それなりに強い。
私、アルトが好き。
全身でそう訴えるシェリルにアルトは気圧される。
言葉にされたわけでもないのに頭に血が上る。
「は、話を…」
しよう、と言おうとした口をまた塞がれる。
今度はアルトの息を気遣ってか、啄ばむような軽いキス。
それを顔中に降らせる。
いつも一つにまとめている髪紐を解かれてアルトの髪が広がる。
その感触を楽しむように髪に手を入れてより深く口付けようとするシェリル。
「ま、待てって!」
唇と唇の間に手を差し入れると、手のひらに唇が押し付けられる。
『お願い』
そう言うように。
何度も。
手のひらに口付けるのは懇願だというのはどこの風習だったか。
それでもこれをはっきりさせないことにはどうにもすすめない。
息を整えると頭を振る。
「俺と、その…子作りしたいのか?」
他の言い回しはシェリルが理解しなかったのでストレートに聞いてみる。
微笑んで、頷くシェリル。
「帰らなくて、いいのか?」
シェリルは何も答えず、アルトの胸にもたれかかる。
アルトはそれを肯定と受け取った。
シェリルを抱えて、自分のベッドにそっと降ろす。
自分の着ているものをアルトの手で剥ぎ取られる。
アルトの手で本来の自分の姿にされるのは少し誇らしい気持ちもある。
同じように、アルトの服にシェリルは手をかける。
お互いにあらわになっていく肌に息を呑む。
「いいか?」
アルトの問いに、ただ頷く。
シェリルは人間がどうやって交尾するのか知らない。
覆いかぶさってくるアルトを、ただ受け入れる。
二人の間に布一枚ないというのはこんなに幸せなのだ。
シェリルのストロベリーブロンドとアルトの青い髪が、混ざる。
月明かりに映るアルトはやはり綺麗だと思った。
相手の瞳に映る自分を見つけて、お互いに笑いあう。
ただ、早く、早く。
シェリルは急かした。
彼女には時間がなかった。
慣れない下半身への進入はかなりの苦痛を彼女にもたらした。
だがそれでもシェリルはアルトを求めた。
痛みさえ、刻み込むように。
精を注がれて果て、倒れ込むとほぼ同時にシェリルはアルトの重みを感じる。
息を整え、そのまま二人で手を繋いで眠った。
自分の着ているものをアルトの手で剥ぎ取られる。
アルトの手で本来の自分の姿にされるのは少し誇らしい気持ちもある。
同じように、アルトの服にシェリルは手をかける。
お互いにあらわになっていく肌に息を呑む。
「いいか?」
アルトの問いに、ただ頷く。
シェリルは人間がどうやって交尾するのか知らない。
覆いかぶさってくるアルトを、ただ受け入れる。
二人の間に布一枚ないというのはこんなに幸せなのだ。
シェリルのストロベリーブロンドとアルトの青い髪が、混ざる。
月明かりに映るアルトはやはり綺麗だと思った。
相手の瞳に映る自分を見つけて、お互いに笑いあう。
ただ、早く、早く。
シェリルは急かした。
彼女には時間がなかった。
慣れない下半身への進入はかなりの苦痛を彼女にもたらした。
だがそれでもシェリルはアルトを求めた。
痛みさえ、刻み込むように。
精を注がれて果て、倒れ込むとほぼ同時にシェリルはアルトの重みを感じる。
息を整え、そのまま二人で手を繋いで眠った。
目が覚めると横にはアルトが寝ている。
みつめていると目を覚まして微笑む。
「おはよう」
それを受けてシェリルが笑う。
少し、気恥ずかしい気がして二人で笑いあった。
夜明けまでに間がある。
月が沈まないうちに。
シェリルはアルトに脱がされた服を拾うと身につける。
「どうした?どこか、行くのか?」
アルトが服を身につけながら聞く。
こくん、と頷くとシェリルは窓の外を指した。
外には暗い海が広がっている。
「海?」
もう一度頷くとシェリルは背中を向ける。
「どこか行くなら、俺が連れてってやるよ」
後ろからシェリルを抱きかかえるとアルトは城を抜け出した。
みつめていると目を覚まして微笑む。
「おはよう」
それを受けてシェリルが笑う。
少し、気恥ずかしい気がして二人で笑いあった。
夜明けまでに間がある。
月が沈まないうちに。
シェリルはアルトに脱がされた服を拾うと身につける。
「どうした?どこか、行くのか?」
アルトが服を身につけながら聞く。
こくん、と頷くとシェリルは窓の外を指した。
外には暗い海が広がっている。
「海?」
もう一度頷くとシェリルは背中を向ける。
「どこか行くなら、俺が連れてってやるよ」
後ろからシェリルを抱きかかえるとアルトは城を抜け出した。
波打ち際を歩きながら月を探すシェリル。
よかった、まだ消えてない。
月が空から消えるまでに、太陽が顔を出す前に戻らなければ。
でも、この時間がずっと続けばいいのに。
終わらなければいいのに。
そう、思いながら。
二人で暗い海をみつめる。
「あの、昨日の話だけど」
アルトが視線を海からシェリルに戻し、言葉を紡ぐ。
「俺、俺と――」
途中で、遮るようにシェリルが口付ける。
空が、明けようとしている。
時間だ。
アルトの腕を振り解くと、沖に向かう。
海に腰まで浸かるとあっという間に海に潜った。
「おい!!」
それを追いかけて海に飛び込むアルト。
シェリルはすぐに見つかった。
こちらを見上げ、波間に広がるストロベリーブロンドの髪。
白い肩、腰。
視線を降ろすとそこには二本の足ではなく、海を泳ぐための尾びれがあった。
驚いて動きを止めたアルトの方を一度振り返るとシェリルは暗い海の底に見えなくなった。
「さよなら、アルト」
聞こえないはずの声が、聞こえた気がした。
よかった、まだ消えてない。
月が空から消えるまでに、太陽が顔を出す前に戻らなければ。
でも、この時間がずっと続けばいいのに。
終わらなければいいのに。
そう、思いながら。
二人で暗い海をみつめる。
「あの、昨日の話だけど」
アルトが視線を海からシェリルに戻し、言葉を紡ぐ。
「俺、俺と――」
途中で、遮るようにシェリルが口付ける。
空が、明けようとしている。
時間だ。
アルトの腕を振り解くと、沖に向かう。
海に腰まで浸かるとあっという間に海に潜った。
「おい!!」
それを追いかけて海に飛び込むアルト。
シェリルはすぐに見つかった。
こちらを見上げ、波間に広がるストロベリーブロンドの髪。
白い肩、腰。
視線を降ろすとそこには二本の足ではなく、海を泳ぐための尾びれがあった。
驚いて動きを止めたアルトの方を一度振り返るとシェリルは暗い海の底に見えなくなった。
「さよなら、アルト」
聞こえないはずの声が、聞こえた気がした。
それから、アルトは何も言わなかった。
ずぶぬれのまま城に帰り、いつも通りの仕事をした。
ただ、黙ってシェリルがいた間止んでいた夜の散歩をその夜から再開した。
「お姫様、いなくなっちゃったんだな」
「今回の恋煩いは本格的かもしれないな」
毎晩、闇に消えていくアルトの背中を見て、二人はため息をついた。
ずぶぬれのまま城に帰り、いつも通りの仕事をした。
ただ、黙ってシェリルがいた間止んでいた夜の散歩をその夜から再開した。
「お姫様、いなくなっちゃったんだな」
「今回の恋煩いは本格的かもしれないな」
毎晩、闇に消えていくアルトの背中を見て、二人はため息をついた。
そしてアルトは思い出したのだ。
あの、沈没した船の甲板で、ローレライを見たこと。
不思議な引力を感じたこと。
慌てて声をかけたが、聞いたことのない音で、気を失ったこと。
気がつけば城でミシェルの手当てを受けていた。
それまでの記憶はない。
ただ、誰かがそばにいてくれたような気がしていた。
今にして思えば、それはおそらく……
「姫」
欠けて行く月を見上げてシェリルを想った。
あの、沈没した船の甲板で、ローレライを見たこと。
不思議な引力を感じたこと。
慌てて声をかけたが、聞いたことのない音で、気を失ったこと。
気がつけば城でミシェルの手当てを受けていた。
それまでの記憶はない。
ただ、誰かがそばにいてくれたような気がしていた。
今にして思えば、それはおそらく……
「姫」
欠けて行く月を見上げてシェリルを想った。
「来ると思ったわ」
シェリルは幾度か、日が昇って、月が出るのを見た。
海の生活には不満も苦痛もない。
その代わり、喜びもない。
歌も声も失くしたことを悔やんではいない。
ただ、あの人が、アルトがいない。
それだけでこんなに世界が色褪せるだなんて知らなかった。
シェリルが来るのを待ち構えていたようにグレイスが短剣を取り出す。
「この短剣をあげる」
囁かれた言葉の意味を知ろうとグレイスをみる。
「王子のことを忘れたいなら、あなたが王子を殺すしかないわ」
アルトを、殺す……?
「放っておけば必ず人間の女と結婚するのよ。お前のものにならない王子なんて殺しておしまいなさい」
私のものにならないなら、いっそ…?
銀色に鈍く光る剣をグレイスが弄ぶ。
「ただし、日が昇るまでにお前が王子を殺せなかったら海の泡になって消える」
シェリルに視線を寄越すと卓の上に短剣を置いた。
「それでもいいならこの剣を取りなさい」
震える手で、シェリルはその剣を掴んだ。
シェリルは幾度か、日が昇って、月が出るのを見た。
海の生活には不満も苦痛もない。
その代わり、喜びもない。
歌も声も失くしたことを悔やんではいない。
ただ、あの人が、アルトがいない。
それだけでこんなに世界が色褪せるだなんて知らなかった。
シェリルが来るのを待ち構えていたようにグレイスが短剣を取り出す。
「この短剣をあげる」
囁かれた言葉の意味を知ろうとグレイスをみる。
「王子のことを忘れたいなら、あなたが王子を殺すしかないわ」
アルトを、殺す……?
「放っておけば必ず人間の女と結婚するのよ。お前のものにならない王子なんて殺しておしまいなさい」
私のものにならないなら、いっそ…?
銀色に鈍く光る剣をグレイスが弄ぶ。
「ただし、日が昇るまでにお前が王子を殺せなかったら海の泡になって消える」
シェリルに視線を寄越すと卓の上に短剣を置いた。
「それでもいいならこの剣を取りなさい」
震える手で、シェリルはその剣を掴んだ。
あの日と、同じように人間の服を身につけ、海岸で薬を飲む。
同じような苦痛。
同じような月。
なのに私の気持ちはどうして変わってしまったんだろう。
私のものにならないなら、アルトを殺す。
もう戻らないと思った城に足を踏み入れる。
あの日、アルトと共に抜け出した通路の逆を歩く。
誰にも会うことなく、アルトの部屋についた。
アルトはあの日のベッドに横たわっていた。
久しぶりに見るアルトは少しやつれたかもしれない。
思わず手を伸ばすとその手を取られる。
アルトは眠っていなかった。
「その剣。――俺を殺しにきたのか?」
首を振っても無駄だった。
さっき、アルトの顔を見るまではそう、思っていた。
「いいよ。ローレライは海に魅せられた男の生命を飲み込むものだ」
薄く笑うとベッドに身を投げ出すアルト。
知ってたの…それでも、それを知ってもあなたは奪っていいと言うの?
シェリルの瞳から涙がこぼれる。
手から短剣が滑り落ちた。
床に当たって、鈍い音を立てる。
黙っていれば他の女のものになるとわかっていても、目の前にするとどうしようもなく愛しさが溢れた。
目を閉じているアルトに唇を落とす。
振り下ろされるはずの短剣の代わりに、冷たい唇が押し当てられる。
アルトは濡れるのも構わずシェリルを抱きしめた。
熱を重ねて、さらに離れ難くなった。
「今度は、帰さない。それでもいいか?」
シェリルは頷いて、アルトの首に腕を回す。
消えて、無くなってしまうその瞬間まで、アルトの腕の中にいたかった。
同じような苦痛。
同じような月。
なのに私の気持ちはどうして変わってしまったんだろう。
私のものにならないなら、アルトを殺す。
もう戻らないと思った城に足を踏み入れる。
あの日、アルトと共に抜け出した通路の逆を歩く。
誰にも会うことなく、アルトの部屋についた。
アルトはあの日のベッドに横たわっていた。
久しぶりに見るアルトは少しやつれたかもしれない。
思わず手を伸ばすとその手を取られる。
アルトは眠っていなかった。
「その剣。――俺を殺しにきたのか?」
首を振っても無駄だった。
さっき、アルトの顔を見るまではそう、思っていた。
「いいよ。ローレライは海に魅せられた男の生命を飲み込むものだ」
薄く笑うとベッドに身を投げ出すアルト。
知ってたの…それでも、それを知ってもあなたは奪っていいと言うの?
シェリルの瞳から涙がこぼれる。
手から短剣が滑り落ちた。
床に当たって、鈍い音を立てる。
黙っていれば他の女のものになるとわかっていても、目の前にするとどうしようもなく愛しさが溢れた。
目を閉じているアルトに唇を落とす。
振り下ろされるはずの短剣の代わりに、冷たい唇が押し当てられる。
アルトは濡れるのも構わずシェリルを抱きしめた。
熱を重ねて、さらに離れ難くなった。
「今度は、帰さない。それでもいいか?」
シェリルは頷いて、アルトの首に腕を回す。
消えて、無くなってしまうその瞬間まで、アルトの腕の中にいたかった。
「相手のためにはどうなってもいいだなんて馬鹿らしいわ」
グレイスは呟く。
「私には理解できない」
真実の愛、とやらがあればシェリルは消えない。
そのときに消えるのはグレイスの渡した短剣だけ。
もしもそれまでに殺していれば王子の命は戻らない。
「別に……どっちでもいいけど」
言って酒を煽る。
グレイスは呟く。
「私には理解できない」
真実の愛、とやらがあればシェリルは消えない。
そのときに消えるのはグレイスの渡した短剣だけ。
もしもそれまでに殺していれば王子の命は戻らない。
「別に……どっちでもいいけど」
言って酒を煽る。
ゆっくりと昇り始めた太陽がアルトとシェリル、二人を照らしていた。