(投稿者:店長)
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「うぉぉぉぉぉりあぁぁぁ!!」
ずん!と地面を大きく踏みしめ、大地に己の足の形を刻み込むように踏みしめる。
コアからのエネルギーが躍動する肉体にさらに力を与え、巨人の剣を高々と振り上げさせる。
そして、重力加速と腕力、そして脚力とありとあらゆるモノを織り交ぜて放たれる一撃。
正に雷が晴天の最中打ち落とされたかのような衝撃と破壊力は、迫るワモンを軽々と数匹纏めて粉砕し、さらに過剰な威力は地面を抉った。
ややめり込んだその刃を強引に引き上げ、さらに第二撃へと繋げる。──その背後から
ワモンが三匹ほど飛び込んで来る。
「チィ──ッ!?」
奇声を上げて飛び込むワモン。
その一匹が脳天を爆ぜて大地にその身を晒し、二匹が鈍い鉄の刃にかち割られた。
飛び散る体液を被らないように避けながら現れたのは灰色の毛皮──ベルクだ。
「もう少し周囲を見るんだな。
ディートリヒ」
「へ、すまねぇな親父さん」
漸くエッケザックスを引き上げ、構えなおしをするディートリヒ。
その間にも近寄るGを片手斧を振るうことで急所を丁寧に効率よく破壊して仕留めていくベルクは修正する。
「三匹目はヒルダ嬢だ。後で礼を言っておけよ」
「へ、やるじゃねーか……よッ!」
しっかりと地面を両足が捉えてのフルスィング。
バットでボールを打つかのように、しかし打ち払われるのは無数のGの醜い肉体。
ウォーリア級は胴を鈍い断面を残して断たれ、ワモンは表面部を削られ内部を晒したりする。
加速の乗った巨人の刃に触れて、無事だったGはいなかった。
一度に無数をなぎ払うディートリヒの攻撃が突風であれば、ベルクの攻撃は鋭く細やかな、ソレでいて致命傷を与える蜂の一撃。
派手さは巨人の刃に到底及ばないが、一度振るえば瞬く間にGをその振るう数だけ仕留めていく。
短く苛烈だが短時間にGの死体を築いていくので、スコア的に考えればディートリヒとベルクはそう大差はなかった。
さらにその近くでは
シュヴェルテと
ジークフリートが互いの背中を庇うようにしながら立ち回っていた。
どちらかといえば、ジークフリートの背中側にシュヴェルテが入り込むといったほうが正しいか。
一撃の重さに、ジークフリートの剣術の才能が伺えた。
まだまだ実戦を覚えていない剣だが、それでも十二分にGに対してその威力を振るっていた。
一方のシュヴェルテも負けていない。盾と剣とを巧みに操り、絶え間ない回転で攻撃を繰り出している。
ウォーリア級を一撃必殺するほどの出力はないものの、その足りない攻撃力を手数で補う戦い方だ。
手堅く堅実なその戦い方は、攻撃よりも防御の戦い方。
しかしそれ故に、Gにとって突破しづらい鉄壁となる。
──そこっ!
前衛で戦っている四人──ディートリヒとベルク、シュヴェルテ、そしてジークフリートの背後から襲おうとする者で特に他の人が気づいていないような対象を優先的にアイアンサイトに納め、引き金を引くヒルデガルド。
スコープを覗いて撃つ様な状況で無い。
それに的が意外と大きいのがヒルダにとって有利に働いた。
頭部や中枢を撃ちぬけば間違いなく仕留めれることを三匹目を撃った辺りで理解したのが大きい。
その隣では、ドロテーアが銃剣を使って縦横無尽な動きを見せていた。
頑丈なストックでウォーリアの頭部を粉砕し、返す一撃でワモンの頭部に銃剣を付きたて、素早く引き金を引く。
銃剣の先の銃口からの閃きを受けてワモンは頭部を吹き飛ばされる。
その反動を利用して銃剣を死体から引き抜き、舞う様に迫る攻撃を回避する。
背後の心配は、無用だった。
ドロテーアは見かけによらず状況を把握するのが上手い。
自身はおろか、周囲にいる見方の周囲すら把握している節がある。
そのおかげか、彼女の周囲はヒルダにとって安全な場所と成っていた。
そしてアイアンサイト越しに、──最前線を見る。
数匹の
マンティスに対して、降り注ぐのは黒い雨。
漆黒に金色の装飾が施されたその槍の軌跡が、黒い線の塊にしか見えないほどの連続の突きが容赦なく敵対者を寸断していく。
そして長柄の得物の持ち味を最大限に生かしたなぎ払いは疾風。
彼女、
ブリュンヒルデは
ウォーリア以上の脅威となるような存在に対して優先的に飛び込み、鎧袖一触の言葉通り撃破していく。
そのおかげか、ウォーリアとワモン以外には新人達の下には行っていない。
凡そ脅威となりそうな対象を撃破し終えたブリュンヒルデは、残りを適当にあしらいながら新人の様子を伺う。
特にその目線は、ジークフリートに注がれていた。
「ハァァァッ!」
銀色の軌跡が、最後のウォーリアを切り倒す。
ある程度の数がいたGが、その一撃で倒れた個体を最後に周囲からいなくなっていた。
「……はぁ、はぁ」
「やったな」
「ああ」
「終わり、ましたね」
ディートリヒはその巨剣を肩に担ぎ、ベルクは軽く体液の付いた斧を振るって濯ぐ。
シュヴェルテも疲れた様子で剣を収める。ジークフリートは最後に大きく息を吐くとその剣を鞘に収めた。
その四人の下に援護をしていたヒルデガルドとドロテーアがやってくる。
各々、大小の差はあってもGの体液が体にかかっていた。
「終わったわね……」
最後にドロテーアが自分らが作り上げた無数の死骸を見る。
その間にブリュンヒルデも彼女らの元に来る。
「皆、よく戦いました。……思うこともあるでしょう。ですが、今は無事だったことを喜びましょう」
微笑みながらのその言葉に、全員は自然と頷きで返していた。
ヒルダはその時、最初から抱いていた疑問が再び浮上してきたことを自覚する。
──ブリュンヒルデとジークフリートに、何か関わりがあるのではないだろうかと。
☆
『気になったので無礼を承知で、ブリュンヒルデ様に尋ねてみました。
無論私はしゃべれないので、必然的に筆談になるわけですけど。
ブリュンヒルデ様は私に対して、こう答えてくれました
──私はジークに対して厳しく当たりすぎている。
本当なら、我が子のように愛しいあの子を抱きしめてあげたい。
けど……私はあの子を後継者となってもらいたいのです、と。
そのあと内緒にして欲しい旨とジークを支えてあげて、とブリュンヒルデ様は私におっしゃいました。
──羨ましい。けど、私はその時からジークフリートを支えようと思ったのでした』
無事に欠員なく帰還したブリュンヒルデらは結果報告を済ませた後は夫々の担当官の元に帰って行く。
ディートリヒやベルクは祝い酒だといってヒルデガルドを誘ったが、彼女は別の用件があるといって断っていた。
目的はただ一つ。この先にいる人に話を伺う──といってもヒルダ自身はしゃべることが出来ないのであるが──ことである。
簡易設営された待機所に一人だけ残っていたブリュンヒルデが、顔を覗かせたヒルデガルドに対して柔らかい笑みを浮かべる。
「いかがしましたか?ヒルデガルド」
ヒルダはそっとメモ帳とペン──筆談に必要なセットである──を取り出し、近くにあったテーブルにメモ帳を置くと、その上にさらさらと丁寧な言葉を書き記していく。
──ジークフリートに対して、何故あのような態度をとっているのですか?
その内容を見たブリュンヒルデは最初は驚き、次には寂しさの混じった笑みを浮かべた。
その表情に少しだけ翳が差していたのはみまちがいでは無いだろう。
「……私はジークに酷いことをしましたから」
ヒルダはただそのあとの言葉を聞く。
その時、待機所の裏に誰かの気配がしたが、ヒルダは敢えていわないでいた。
一瞬だけ見えた群青と白のスカートとかすかに聞こえる具足の音から、──きっと、ジークフリートだろうと推測したからだ。
彼女は告げる。それは懺悔をしに来た罪人のように。
己の犯している罪を沈黙の少女に告白する。
「私はジークにもっと強くなって欲しい。けど、数年と待っているわけにはいかないのです……以後は他言無用です」
──私の余命は、三ヶ月とないでしょう。
その言葉を聴いてヒルデガルドも……そしておそらくだが、ジークフリートも息を呑んだ。
「私は怖いのです。命を失うことよりも……あの子を、ジークに教えたいことを伝えられず置いて去ることが。
愛しいあの子に、大切なことを全て伝えたい」
あの悲劇を、
303作戦の無念を知るだけに。
同じ過ちを繰り返させないために。
そう告げた黒い戦乙女は、自傷ぎみに言葉を吐いた。
「──何を、私はいっているのでしょうか。
こんな母親のような台詞、私に言う資格など無いというのに。
私はあの子に怨まれているというのに……」
ブリュンヒルデの籠手に包まれた手をヒルデガルドの手が握る。
「……ヒルデガルド」
──貴女は十分に優しいです。
声を発しない、唇だけの言葉をブリュンヒルデは見る。
──大丈夫です。きっと、貴女の心遣いがジークにきっと届きますよ。
「──ありがとう」
☆
ジークは戦いの興奮から漸く解放され、
一人で散歩をしていた。
久々にブリュンヒルデと出会った。何度か目をあわせた。
それでも、彼女は何も言ってくれなかった。
自然と足は待機所に向かっていた。
他のメードらとの付き合い方を知らず、担当官との仲もいいとはいえないジークフリート。
彼女は孤独の中にいた。
──ブリュンヒルデ。何故貴女は私を目の敵にするのですか?
初めて見た時に見せた、あの優しい笑みは嘘だったのですか?
バルムンクをへし折ったあの時の、冷たい表情が頭に焼きついていた。
ブリュンヒルデを見るたびに、あの日のあの目を思い出す。
侮蔑の篭った、拒絶の目を。
そこに、ヒルデガルドが先に入っていったのを見たジークフリートは、次第になにかドス黒い意思がもたげてきたのを感じた。
──何故、ヒルデガルドは……!
文句の一つを言ってやろうか、と一瞬考えなかったことも無い。
しかし流石にそれは不味いと臆病なもう一人の自分が静止を促す。
そうした中、待機所の内側からブリュンヒルデの声が聞こえてきた。
「──私の余命は、三ヶ月とないでしょう」
突然の告白に、ジークは固まってしまった。
搾り出すように紡がれる彼女の言葉は、ジークの耳に……本人が思っていた以上にすんなりと入ってきた。
──私は怖いのです。命を失うことよりも……あの子を、ジークに教えたいことを伝えられず置いて去ることが。
愛しいあの子に、大切なことを全て伝えたい。
──何を、私はいっているのでしょうか。
こんな母親のような台詞、私に言う資格など無いというのに。
私はあの子に怨まれているというのに……。
銀の髪の少女に、一滴の涙がこぼれた。
自分以上に、ブリュンヒルデは自分ののことを思ってくれていた。
私は正にあの人の”娘”なのだ。あの人は、あの日からずっと私を愛してくれていたのだ!
漏れそうな嗚咽を噛み殺し、ジークは落ちる涙を拭った。
『きっと、こっそり聞いていたジークフリートはブリュンヒルデ様の思いを受け取ったと信じています。
だって、……あの二人はまさしく親子ですから。
本人がいくら否定しても、私は断言できる。
ジークフリートはまさしく、ブリュンヒルデ様に愛されていると……』
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最終更新:2009年02月16日 00:21