(投稿者:怨是 挿絵:suzukiさん thx!!)
スピーチも無事に終え、
スィルトネートは会場の喧騒を眺める。
途中で
レーニと
シルヴィが、そしてそれに続くようにしてヴォルフェルトとカッツェルトが会場にやってきていた。
カッツェルトにも化粧が施されており、やはりどう見ても男には見えない。
外見年齢がそうさせるのか。ひとえに少佐殿の入念な化粧の技術がそうさせるのか。
メディシスのほうは周囲に酒を振舞いながら方々で事情聴取を……否、あの様相は正しく“絡み酒”の類である。
傍らのMAID――特に
ドルヒがかぶりを振って、酒を拒否していた。
「チビざまぁ――じゃなくて、酒に呑まれてどうするんだか……」
まだほろ酔い程度とはいえ、やや手元がおぼつかない。
いつかに杯を交わした時はかなりのハイペースで飲み干し、寝ながら嘔吐していたか。
案の定メモを取るペンが、細やかに踊り始めている。
「もう暫くは頑張っててくださいね、と……」
他方、見ればレーニとシルヴィは流石にそつなくこなしている。
寡黙な姉のレーニがサポートに徹し、シルヴィが盛り上げ役として愛想を振りまく。
よく出来たコンビネーションだ。少しお邪魔してみようか。
一歩踏み出せば、すぐにレーニと視線が合った。
「お邪魔してもよろしい?」
「どうぞ」
パーティを終えたスィルトネートは、後片付けを係員に任せつつ、中庭の鍵を片手にメディシスの肩を支えていた。時刻は既に午後の10時半を回っている。
メディシスは顔面蒼白で口を押さえ、千鳥足でポーチをまさぐる。
「うぅ……呑み過ぎた……」
「勘弁してくださいよ。ユリアン外相にどうお伝えしたらいいんですか……おっと」
「伊達に、絡み酒を嗜んでいなくてよ……中々に口が堅くて難儀しましたわ。でも、裏付けには」
差し出されたメモ帳を、こちらのポーチに仕舞いこむ。
流石はメディシス。酒には弱くともマルチタレントは抜け目無い。
後で内容を確認するとして、ここはひとまず中庭へと移動し、手頃なベンチに腰を下ろそう。
鍵を差込み、小さな金属音を廊下に響かせる。あとで警備室に返却せねばならないが、それも致し方あるまい。
メモ帳を仕舞いこんだばかりのポーチへと、鍵を放り込む。
「そちらのほうは……?」
「レーニとシルヴィは難敵でした。得られた情報は殆ど無くて。亜人の二人に関しては、ほぼ皆無です」
ただベンチに寝かせるだけでは底冷えしてしまうだろうから、長い髪を地面に当てぬようにするという意味合いも兼ねて、まずスィルトネートが座る。
その膝の上に、メディシスの頭をゆっくりと乗せた。月明かりに、彼女の白い肌が照らされる。
――結局の所、スルーズは現れなかった。
褐色の肌を晒したくないという一心によるものだったと察するに難くないが、他にも理由は考えられる。
例えばシュバルツ・フォン・ディートリッヒ少佐殿が個別で杯を交わしているのか。
それとも交わしているのは“内緒話”の類か。どちらにせよ、疑おうと思えばいくらでも疑えた。
彼らの場合は亜人がらみ以外に無いとほぼ断定できるが、逆に云えば“亜人がらみの事を邪魔させないための内緒話”はするという事だ。
陸軍側とコンタクトを取るための手段が確立できていない今、貴重な情報源は彼女らだけだというに。
「どれどれ……」
まずはマルチタレントのお手並み拝見と決め込む。
メモ帳を取り出し、偶然開いたページはメディシスが最後に書いた一文だった。
「“公安部隊は既に情報収集を”えっと、何……?」
その先の文字が読めない。
ミミズが走るような文字でくしゃくしゃと書かれており、肝心の部分が途切れていた。
慌てて視線をメディシスに移し、質問しようと口を開いたその瞬間。寝息が聞こえてくる。
「……ちょっと、メディ? この最後の一文、ぉーぃ……もしもしー。もしもーし」
額を叩いても「ん、んん……」と寝返りを打つだけである。南無三。自由に呑ませすぎたか。
最後のほうでドルヒは目を廻すほどに飲んでいたが、どうやらメディシスがけしかけたらしく飲み比べになっていたのだ。
さじ加減を間違えるとすぐにこの有様である。アルコールはかなり引いてきたようにも見えるが、しかし。
スィルトネートもそこそこの酒量を肝臓に放り込んでいた。理性のタガはまだ無事を保っているとはいえ、悪戯心が先ほどから心の垣根から顔を覗かせて囁くのだ。
御伽噺にも、昏睡状態の姫を接吻で起こす王子が登場するではないか。
さしずめこの膝の上で寝息を立てている友人は、姫である。
普段の尊大な言動からは想像も付かない、この愛らしい寝顔に、衝撃の一つでも走らせてやりたい。
メモ帳の内容を詳しく教えてくれない目の前の酔っ払いを、精一杯の悪戯で起こしてやろうか。
「あと三秒以内に起きなかったら、知りませんよ。3、2、1……」
周囲に誰もいない事を確認する。
悪戯心の赴くままに、ゆっくりと唇を近づける。
先ほど散々くすぐってくれたお礼だ。ここで一旦、咽てしまえば良いのだ。
しかし、扉の開閉がそれを妨げる。
冷や汗と共に顔を上げると、中抜けしていたベルゼリアが、ぬいぐるみを片手にこちらを見ていた。
してやられた。焦りと共に正気に戻り、今しがた自らの行いを省みる。
酒の勢いに負けて、下心を静かに燃え滾らせては居なかったか。
「あら、ベルゼリア。どうしましたか、そんなに汚しちゃって」
あくまで平然を装い、こちらのささやかな痴態よりも目立つ彼女の
ドレスの有様を指摘する。
腹の部分に何やら色々と付いているようで、目を凝らしてもそれが何であるかは判別できなかったが、もう終わったとはいえパーティに出られるような状態ではなかった。
「うー……お外であそんでたら、ころんじゃった」
「大変! 怪我は無い? 大丈夫?!」
立ち上がろうとして、膝の上にメディシスを寝かしていた事を思い出す。
酒に潰れて膝の上に寝る者は、何故こうも頭が重いのか。ゆっくりと両手で支え、ベンチの肘掛に引っかからぬよう慎重に持ち上げる。
「だいじょぶ。怪我はしてないよ」
「一応、医務室に案内しますよ」
「ん、いーよ。ひとりでいける。ヴォーくんに見てもらうー」
“ヴォーくん”とは、
ホラーツ・フォン・ヴォルケン中将のあだ名である。
階級で呼ぶことができず、舌足らずな調子でそう呼ぶ事しかできない。それがまた、ベルゼリアのあどけなさを一段と強調していた。
「んー……先に帰った。皇帝陛下とお話するんだって」
ゆっくりと腰を下ろそうとした矢先に思いがけぬニュースを耳にして、思わず再び立ち上がってしまう。
膝の重しが一挙に取れ、足元から小さく悲鳴が聞こえたが、今のスィルトネートにそれを気に留める余裕は無かった。
「それ……は、本当ですか……!」
今まで皇帝がジークフリートを呼びつける事はあっても、ジークが自発的に皇帝に話をしに行く事は無かったのである。
あったとしても、先日の紙飛行機を届けた時くらいではなかろうか。
このタイミングで赴くという事は、いよいよ動きがあると見るべきではないか。
しかしどのように? 何と訴えるのか。
「うん。大事なお話だっていってた。ジークのまわりのことについてだって」
大事なお話と来ると、つまるところ内容は決まっていた。
何という事か。パーティ開催は徒労ではなかったにせよ、この動きに勝るものはない。
飛行機に先を越された戦車の気分とは、まさにこの事である。
喩えを変えるならば、目の前で速球が投げ込まれ、打ち返されたそれがどこか遠くへ飛んでいくような気分か。
思考が空回りし、俄かにスィルトネートの全身が震え始める。
「決まりですわね……スィルトネート。今夜は眠れそうにありませんわ」
土埃にまみれた髪を払いながら、先ほどの一撃ですっかり酔いを醒まされたであろうメディシスも立ち上がる。
後頭部の痛みに頭をさする余裕も無いのか、彼女も今夜の二次会のようなものに思考をシフトさせていた。
「……ええ」
最終更新:2009年02月16日 22:25