Prologue 9 : Greichwitz

(投稿者:怨是)



 1944年7月21日。
 エントリヒ帝国のライールブルク市にある軍事正常化委員会の営舎では、物資の搬送で作業員以外の人間もあわただしく走り回っていた。
 マーシャと名乗る商人MAIDが、廃棄予定だったディーゼルエンジンをザハーラ方面から仕入れてきたのだ。

 来たるべき総攻撃作戦――通称“九月電撃戦”に備えて列車砲を組み立てる。
 これを帝都ニーベルンゲへと急行させ、速やかに国家の中枢に打撃を与える。
 Gとの激戦で殆どの戦力をグレートウォールに廻している今、皇室親衛隊はGの活動が弱まる頃に仕上げとして総攻撃を行う予定となっていた。
 いくら手薄になるとはいえ、軍事正常化委員会が武装蜂起をした以上、相手側も相応の守りを固めているに違いない。
 そこで、装甲の厚い戦車砲をニーベルンゲへの斜面を用いて高速で突進させて陽動し、地下道から包囲を固める。


 ライオス・シュミットは、愛用の拳銃を磨きながら喧騒に耳を傾ける。
 傍らで技術士官が何やら同僚と話をしていた。
 白竜工業の竜式と呼ばれる機械人形が、夜通しの復旧作業も空しく再起不能に陥ったらしい。
 二度と動かなくなった竜式は分解が決定され、白竜工業は町工場の被害――シュミットが手榴弾で破壊した――の件もあって暫く運営を縮小するという。

「――そうか、ようやくくたばったのか。あのブリキ人形めは」

 夢想家風情が、前に出過ぎたな。
 我々軍人は国家の厳粛なる審査に基づいて戦場に立っている。戦場は貴様らの前衛芸術を披露する場所ではなかったのだ。
 冷え切ったコーヒーに口を付けつつ胸中でそう付け足すと、休憩時間の回ってきた若い整備員の一人が隣に座る。

「完全に再起不能だそうですよ。あすこの社長もショックで寝込んじまって、暫くはしゃしゃり出てこないみたいです。
 列車砲が完成したらついでに潰させちまいましょう。射手の連中はすっかりやる気ですよ」

「いや……手負いに弾薬を割くのは上品ではないな。放っておけばいい」

「はァ? 何故ですか」

 整備員は疑問を眉間に凝縮させる。この整備員は元陸軍所属で、MAIDの台頭によって仕事も殆ど無い毎日を過ごしていたという。
 彼は日ごろから、戦車の主砲クラスの攻撃力を持つMAIDや、戦車砲そのものを振り回すMAIDが特に憎いとぼやいていた。
 大切な人間を守る為の戦争において何も出来ない事がどれだけ悔しいか。為す術も無いまま毎日を過ごし、ただの背景として蔑まれる事がどれだけ悲しいか。
 そして国外の零細企業に大事な出番を取って代わられる事がどれだけ空しいか。シュミットもその気持ちは理解できないわけではなかった。
 戦場はMAIDだけのものではないのだ。が、それでも大義を為すにはある程度の忍耐も必要である。
 竜式を失った白竜工業はもともとのシェアの低さや先週投げ込んだ手榴弾による被害で、どうせ長くは持つまい。シュミットはそう考えていた。

「我々の使命は巨悪を叩き潰す事だろう。限られた物資を遊びに使うべきではない。
 確かに彼の者達は国内の産業に多大なる悪影響を与えかねん危険因子だが、折角の列車砲ならばもっと使い方がある筈だ」

「えぇ、まぁそうですけど……少佐は離反の際に手榴弾を投げ込んだではありませんか!」

「求められた役割に従っただけだ。それに、あの時の白竜工業は図に乗る事が可能な状況にあった。
 ……どうせなら、あの忌まわしきエメリンスキー旅団にでも叩き込んで欲しいと伝えておいてくれないか」

 そのほうが遥かに建設的である。
 国家の腐敗を加速させる要素は全て平等に叩き潰して然るべきであり、未だ突出して大きな顔をしている連中を狙ったほうが、示威行為にもなる。
 弱った相手をオーバーキルしたところで、それはこの軍事正常化委員会を“ただのならず者集団”に貶めるだけである。

「と云いますと」

「グライヒヴィッツ総統の望みは国家の歪みの是正、ひいては世界の理不尽と戦う事にある」

「かつて“鋼の大蛇”と呼ばれた方とは思えぬ発言ですね。貴方はもっと容赦のない人だと思ってましたが」

 果たしてそうかな。このライオス・シュミットには確かな自信があった。
 ひとつところに留まって延々と続けるよりも、方々へと同時多発的に戦火を広め、相手に“真の悪”とは何であるかを徹底的に教え込む。
 正規軍との戦力差を考えると効率に課題は残るものの、この組織の目的は究極的には“啓発”ではないか。

「容赦する心があったら、私は離反などせんよ。牙は未だ健在のつもりだ」

 磨き終えた愛銃を手近な窓へと向ける。
 ファウガーP.08。エントリヒ帝国が1908年に採用した年代物の拳銃だが、そのスマートなデザインや独特のトグルアクションと呼ばれる機構が人気を集め、1944年の現在においても愛用者は多い。
 部品数も多く、整備を怠ればすぐに使い物にならなくなる。それでも象牙製グリップに宝石を埋め込んだ特注品のこれを、シュミットは肌身離さず持ち歩いていた。

 埋め込まれている宝石はブルートパーズと呼ばれるものであり、石言葉は友愛、潔白、希望、友情。
 この暗雲渦巻く世界において、決して希望を失わぬようにと購入したものであり、自らの行いが正当なものであるという事の主張も兼ねている。

 軍事正常化委員会の首領――グスタフ・グライヒヴィッツ元内務大臣は、トリガーを引いたのだ。
 エントリヒ帝国にて蠢く数々の陰惨な爆薬を一挙に爆発させ、あの石の壁に発破をかけるために。
 なればこそ、シュミットもそれに続いて国民達に知らせたい。帝国の石畳を汚染する輩がいるという事を知らせねばならない。
 今はまだ一個師団程度しかない戦力であろうとも、多くの人間がこの組織の真の目的を知る頃には心強い規模となっているのではないか。
 シュミットは銃をホルスターに仕舞いこむ。牙は充分に磨いだ。




最終更新:2009年03月20日 18:45
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