Chapter 9-4 : 復帰

(投稿者:怨是)






 雨上がりのグレートウォールの空をそれぞれ異なる色の戦闘機が、Me110やFw204の数々が、所狭しと入り乱れる。
 一方は淡いモスグリーンに染められた、正規の空軍所属。
 そしてもう一方は赤い丸鉤十字を黒い機体にプリントした、軍事正常化委員会所属。

 遠くの正規軍の別働隊は、帝都防空飛行隊のMAIDらと共にGの大量発生に対抗していた。
 黒旗の武装蜂起を狙ったかのように、フライ級のGがここグレートウォール内に大挙して押し寄せてきたのである。

《よぅ黒旗の玉無し野郎共。ブルって宗旨替えか? それともオツムがカビちまったか?》

《言い掛かりは止してくれよ。俺らがMAIDを片っ端から襲ってるとでも思ってるなら、勉強が足りてねェ証拠だぜ》

《どうだか。グライヒヴィッツのタヌキジジイの事だから何か隠してるに違ぇねぇ。
 ま、せいぜいカマ掘られないように気をつけるこったな。去年俺らの仲間を撃ち落したのも、どうせてめぇらのお仲間だろうが》


 通信内容を傍受しつつ、黒旗の一団が双眼鏡を片手に報告を待っていた。
 今回の作戦におけるターゲットは帝都防空飛行隊の隊長たるイェリコと、亜人MAIDのヴォルフェルトとカッツェルトである。

 前者はオーバーテクノロジーとさえ形容できる飛行翼や巨大な機関砲を装備しており、それで高いスコアを叩き出している。
 後者は悪魔の化身たる亜人をMAIDにした上に、その能力をふんだんに用いてスコアを伸ばしつつある。
 とりあえずイェリコのほうは空挺部隊に任せておくとして、彼ら地上部隊は亜人を“削除”せねばならない。

《隊長、彼奴に云われっぱなしですよ》

《馬鹿な鶏ほどよく鳴くもんだ。放っとけ……おい、馬鹿たれ! ごろつき中隊にゃ構うな!》

 飛行隊の一部が暴走を始めたらしい。
 突風と共に木々が揺れ、プロペラの重低音が鼓膜に響く。
 戦闘機がすぐ上を通過し、視界を暗くした。

《るせぇ。パッセルホフの子飼いどもは前々から気に入らなかったんだ。ハエとキスさせてやらぁ》

《おうおう臨むところだぜ、黒旗のオフェラ豚が。去年やられたダチの敵討ちだ!》

 黒旗機と、もう一方は正規軍の一部隊――パッセルホフ中隊のものである。
 極彩色の機体色と金槌のエンブレムですぐに判った。
 この軍事正常化委員会は多方面からの離反者や便乗者によって成り立っている。
 それ故に共通の目標以外での結束はきわめて脆弱と云わざるを得なかった。
 兵士の一人が通信機のスイッチを押す。

「お空のほうはあのザマだ。まぁ俺達は俺達の職務を全うしようか。害獣どもを保健所送りにしてやるぞ」

「了解!」

《空挺部隊より地上で息巻いてる連中に告ぐ。パッセルホフの子飼いの一匹に面白いオマケが付いてるぜ。目ェかっぽじってみな》

 過ぎ去った二機を追うようにして、もう一機の極彩色が頭上を通過する。
 胴体に鎖を巻きつけてぶらさがるようにしているあの姿を、見間違える事があろうか。
 強風に煽られて揺れる金髪と、色の薄い鎧。間違いない。以前の作戦で削除し損ねた、スィルトネートの姿だった。

「……お前ら、ビッグニュースだ。パッセルホフ中隊の一機に“鎖姫”が引っ付いてる。
 奴の削除も視野に入れろ。この前しくじった連中と同じ轍は踏むなよ」









 夏の青々とした空気が、今は強風となって全身を撫でる。
 スィルトネートは下に広がる兵士達やGを見下ろしながら、そして時折援護しながら、見渡す限りの森林地帯や山肌を空から満喫していた。

「ロルフの野郎、あれじゃ落とされちまうよ……
 ところで騎士姫さん! 空戦MAIDの物真似でも始めるつもりか! 機銃が掠ったらオダブツだぞ!」

「空からのほうが迅速な行動に移れます! それに私なら機銃の弾幕くらいは弾いて見せます!」

「その鎖でか! 頼もしい限りだ!」

 コックピットの風防を開けて大声で会話しないとプロペラの音に遮られて聞こえない。
 不便な話ではあったが、そこに目をつぶればこの方法は中々に使える。
 低空飛行で鎖付き短剣グレイプニールをぶつければGを一掃できるし、万が一の事態に備えて黒旗のいる方角へと急行する事も可能となる。
 かなり擬似的な空戦MAIDじみた真似ではあるが、戦術としては間違いは無い。
 単独での戦闘能力では中距離戦闘での縛りや攻撃力不足の目立つスィルトネートでも、戦闘機の機銃との併用で能力を遺憾なく発揮できるではないか。

 後方から機銃が飛んでくる。
 ある程度の余裕を持たせてぶらさがっている為、操作系能力を駆使して腰の鎖を動かし、向きを変えつつ腕のほうの鎖を回転させる。
 機銃は次々と火花を散らせて威力を無効化されて放物線を描きながら、木々の陰へと消えていった。

「減速してください!」

 コックピットから“諒解”を示すサインが出された後、全身に受ける風がやや弱まった。
 そのまま鎖の回転を続けながら機体を転回させ、すれ違いざまに黒旗機のエンジンへと鎖の一撃を与える。
 撃破効率はやや落ちるが、確実に屠れる上に弾薬の温存も可能、そしてある程度の全方向攻撃までも可能としているのだ。

 スィルトネートは云い知れぬ高揚感に、胸を高鳴らせる。
 もしGさえ居なければ、MAID全員が戦闘機と空中で共同作戦を決め込むのも夢ではない。
 あの忌々しき黒旗を空中から一方的に嬲る事とて可能だったろう。

《我々に売った喧嘩は高くつくぞ》

《カマを掘られるのはてめぇらだ。鎖姫と一緒に火達磨になっちまえ》

 後方から二つの黒い機影が、速度を上げて接近するのが見えた。
 憎悪に満ちた銃弾が容赦なく視界に飛び込んでくる。鎖で弾くにも、限界があった。

「さすがに二機は不味いな……振り切るぞ!」

「はい!」

 再び風が強く当たる。鎖がぎりぎりと音を立て、空気の乾燥で視界がやや霞む。
 螺旋状に軌道を描きながら弾丸を回避するものだから、その霞んだ視界が更に回転をし始めていた。
 三半規管が悲鳴を上げ、喉が酸味で満ちつつも、グレイプニールの回転による防御は怠らない。

「すまん! いつものクセでやっちまった!」

「いえ……無茶をはじめたのは私ですので……! ぇ、ぶッ……」

「堪えてくれ! 空からゲロを撒かれると面倒な事になる!」

 少しでも想像力を効かせれば、こちらが「オマケ付き」である事が伝わっているという事実と空から降り注ぐ吐瀉物とで、何が起きているかが敵側にばれてしまう。
 そこから「鎖姫は弱っている。やるなら今が好機である」という答えが導き出されるのだ。
 正規軍の機体が援護に来たところを見、速度を落とす。

「ぅ……」

「何ならGの群れの上にぶちまけるか? あいつらなら謀略を張り巡らすオツムもない!
 ゲッコー小隊が援護に来てくれた! 速度を落とすぜ!」

「いえ、今は黒旗の監視を優先……――ッ?!」

「まずいッ!」

 ウンゲツィーファー・ファウストが八発ほど、断続的にこちらを目掛けて飛来する。
 対戦車用無反動砲、パンツァーファウストを対G用に改良したものである。
 上空に正確に当てる事は難しいとされていたが、数が多ければ回避は困難となる。
 対空砲よりも安価で、場合によっては取り回しにも優れる。

 咄嗟に速度を上げようとした所で回避できる筈もなく、エンジンに致命弾が命中し、機体は爆散。パイロットはベイルアウトし、スィルトネートは腰の鎖を切り離して離脱する。
 まず視界に入ったのは逆光の中を悠々と飛ぶ、黒旗のMe110が二機編隊。正規軍側の追撃を振り切ったのか。それとも落としてしまったのか。
 それからほどなくして、視界は急激に下に広がる森林へと移る。
 木々の緑が近づき、腐葉土の茶色が見える頃になり、ようやくグレイプニールをどこかに絡ませねばならない事を思い出す。
 一発目。

 外した。
 どこか太い木に無理矢理突き刺し、枝に激突しながら勢いを殺して腐葉土に突っ込む。
 パイロットのほうはパラシュート――この時代のものは、後のものに比べると性能は劣るが――で降下しながら枝に飛び移り、難を逃れていた。

「……大丈夫か」

「何とか……」

 体中に付着した泥を落とし、服の湿り気に顔をしかめながら進むと、見覚えのある面子が短機関銃を片手に敵方の様子を窺っているのが見えた。
 ランスロット隊の面々に、パイロットが挨拶をする。アロイス・フュールケもそれに応えた。

「おう、あんたか」

「奇遇だな。去年以来だ」

「この先に、あんたの機体をブチ落とした連中が潜んでるぜ」

 どうもこのパイロットとフュールケらは顔見知りらしく、口調からは慣れ親しんだ様子が感じられる。
 スィルトネートは知る由もなかったが、このパイロットは昨年の10月末に皇帝派の陰謀で機体を落とされた事があった。

「? お知り合いですか?」

「ちょっとした知り合いだよ。さァやってやろうか……飛行機ブッ壊してくれたお礼をしたい。いいかい?」

 グレートウォールの山間の木々は密度が高く、黒旗が潜伏するには格好の場所である。
 まして装備の充実が難しいクーデター軍ならば重機関銃など滅多に運用できず、正面からの攻撃など以ての外だった。
 鑑みれば、やはり黒旗は軽装備中心で、木々からの散発的な銃撃が主な戦法にならざるを得ない。

「構わないさ。でも、MAID部隊が潜んでるってぇ情報もあるらしいぜ」

「相手にとって不足はありません。私の怒りを存分に伝えるとします」

 方々から爆音が響く。
 戦闘機の撃墜に、ロケットの発射音、戦車砲、地雷。
 手榴弾が投げ込まれ、爆発の光も消えぬまま、ウンゲツィーファー・ベルファーが打ち込まれる。

「私は迂回して彼らの装備を無力化します」

「あいよ! お気をつけて!」

 スィルトネートは機関銃の弾幕が飛び交う中を迂回し、黒旗の面子をその視界に収めた。
 額に汗を滲ませて懸命に乱射する彼らには、哀れみの感情さえ浮かんでくる。
 その中には、いつかの灰色のMAID部隊も混じっていた。

「獲物がすぐ近くに居るとも知らずに」

 横合いから鎖を射出し、次々と機関銃を絡め取る。
 力を込めれば銃身が歪み、それらは小さな爆発を伴って(ひしゃ)げる。
 気づかれさえしなければこういった事も出来たではないか。いつかの仕返しだ。
 呆気に取られている兵士の顔を短剣の腹で殴打する。

 残りの兵士達が気づく前に鎖で次々と武器を叩き落せば、あっという間に鴨撃ち用のカモが出来上がる。
 灰色MAIDの面々も何と呆気ない事か。がっちり握っていてその程度の力とは。
 いつかは投降させられたが、次はこちらの番だ。

「ちくしょう、俺達の武器が!」

 銃撃が止んだ事を察知して、ランスロット隊が雪崩れ込んでくる。
 さぁ、腹をくくってもらおうか。貴様らの逃げ場は、もうどこにも無い。
 尋問の時は是非とも参加しておきたいものだ。あの柳鶴とかいう黒髪の刀使いについても、洗い浚い吐いて貰おう。

「機関銃を潰されれば抵抗はできません。おとなしく投降……――」

 近づこうとした所で大柄な金属の塊が飛来し、地面に刺さる。
 白竜工業で設計された盾、オストヴィントに良く似ていた。

「この盾は……!」

 ゆっくりと足音が接近する。
 灰色MAID部隊と同じ制服を身に纏った、一人のMAIDが木陰から姿を現す。
 しかし彼女の武器は機関銃などではなく、肉厚の軍刀。
 何より異彩を放っていたのは、ヘルメットの後ろから背中まで伸びるターコイズブルーの髪だった。

「まさか……」

「おい、嘘だろ……」

 白竜工業製の盾と、この青い髪の一致するMAIDは一体しか居ない。
 フュールケは追憶する。ヴォルケンが戻ってくると云っていたのは誰だったか。
 願わくば、ヘルメットを外さないでほしい。
 かつての彼女を知る者の内、真相を知らぬほうが幸せと判断した者はただ祈った。
 願わくば、ヘルメットをすぐにでも外して欲しい。
 かつての彼女を知る者の内、これが何かの間違いであると思った者はただ祈った。

「お久しぶりです、皆様。私がタダで戻るとでもお思いでしたか。それとも……」

 時の流れを感じさせる青い長髪がヘルメットから零れ落ち、見覚えのある顔立ちがヘルメットの陰から現れる。
 双眸には剣呑な闘志を湛えてこそすれども、誰がこの顔を見間違えようものか。
 ――嗚呼、シュヴェルテ。嗚呼。

「“タダで戻ってきて欲しかった”?」


最終更新:2009年03月31日 01:30
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