FRONT of MAID  supplementary biography 03

(投稿者:クラリス・アクナ)

第3話 瘴気


(・・・わたしには関係ないですが)

一匹目の撃破から観測しているドレスが、二匹目の排除を終えたデウスを双眼鏡から覗く。
瘴気の流れに沿って近づくフライ達を誘導するべく、デウスはヴァンシから徐々に遠ざけるようにホバリング姿勢のまま戦闘を行っていた。
基本的な挙動はフルトバッフェと同じ待機戦術によるディフェンスカウンターで、フライ特有の動きを逆手にとったものを使う。
捕食・攻撃時には動きが目標に向かって直線的になるという特徴があるため、超反応で銃撃の合間を縫うフライに対して有効な戦い方だった。

観測手を務めるドレスは、この戦いではすでに合格点を付けていた。
ただし、あくまで戦い方だけ。
この時、やる気無い表情をとるいつもの彼女の顔が違った。感情の変化が最小限な彼女に不機嫌な色をさせる。

(よりによって・・・ですか)

瘴気が平気なメード。
デウスが来る前に噂で聞いたGの力を持つメードの話を思い返していた。
話半分に聞き流していたため詳しくは分からないが、瘴気については彼女も良く知る嫌なモノで、出来る限り触れたくないものだ。
戦闘に積極的でないのも、能力的な事以外で一番嫌な理由が瘴気との接触である。
訓練期間中よくそのことで耐性を付けろと言われたが、無理だった。
メードではあるため、人間のように弱くはないが、接触すること自体を嫌ったのだ。
この偵察というポジションも、ドレスのわがままから得たものだったりする。

(メードまで取り憑かれてどうするです。バカですか)

瘴気を我が物顔で突っ切り、自分の力とするデウスへ、自然と近づきたくないという気持ちが現れる。
対面したときには感じなかったが、知ってしまったものは仕方がない。

『ドレス』
「・・・・・」
『ドレス』
「あい、聞こえてますよ」

戦闘用の通常回線とは別に、無線出力が極端に小さいもので直接送信された信号を拾う。
ドレスは背中に背負っている通信機の側面にある一つのスイッチを押して通話に入った。

『何か分かったか?』
「・・・はい」
『? なんだ、急に不機嫌になって・・・』

デウスが二匹同時に相手をしている姿を小さい目でみる。
遠距離すぎて点にしか見えないが、空戦メード特有の目のよさも彼女は持っているため、デウスの戦い方ははっきりと見えていた。
勿論、瘴気の流れもだ。

「あの人、“毒ガス”吸い込んでるです」
『やはり、訳ありのメードか。瘴気を扱うということは瘴炉持ちか』
「・・・・・」

ララスンはほぼ確信していたのか、特に驚くこともなく、デウスの姿を見ていた。

『なるほど、お前が不機嫌なのは彼女が瘴気を放ってるからか』
「違うです」
『ん?』
「放ってたら飛行機の外にずっといます。あの人は“吸い込んでいる”です」
『吸い込む?』
「はい」

ドレスがわざわざ言い直して強調する。
吸い込むだと?

『ドレス、今瘴気の流れはどうなっている? こっちに影響があるのか?』
「ないです。むしろ綺麗なぐらいです」
『なんだと?』

瘴炉とはエントリヒ帝國がその開発国とされており、その存在や稼動原理については極秘扱いとされていた。
だが、43年に起きたとあるメードの暴走事件により存在が発覚、当初予定されていた瘴炉型メードの規定数生産は見直され、現在では一部管理下を対G連に移した数人がいるだけのはずだった。
しかし、デウスはその数人の中には居ない。
また、エントリヒ側から公表された瘴炉の動作仕様とは異なる部分があった。

EARTH製の新型瘴炉か? エントリヒの資料では吸収機能は無かった筈だ)

吸収という部分がまさにそれだった。
瘴気とは一種のオーラであり、Gにとってのエターアルコアのようなものである。
メード達に備わっているエターナルコアが正の力であれば、瘴気は負の力を意味し、お互いの力は反発しあう作用がある。
このため、瘴気濃度に依存する瘴炉は、コアエネルギーに反発する以上の瘴気を必要とするため、常に高濃度瘴気地帯に身を置かなければならず、戦闘力と寿命の拡張を犠牲にして人格を不安定にさせなければいけない。
また、瘴気を一種のオーラとしたように、基本的には物質の干渉を受けない。
つまり、風を起こしたところで瘴気の発生源があればそこに留まっているのだ。唯一反発するエターナルコアのエネルギーを除いて。

(瘴炉のみで動くメードとでも言うのか? いや、ありえない。瘴炉の起動にもコアが必要だ。でなければ・・・エントリヒが何か隠しているのか・・・?)

思いつくだけの記憶から使われているであろう技術を推測するが、やはりわからない。
未発表の瘴炉を持つデウスが、今は危険だと思わないが、過去の事例がララスンの脳裏によぎって仕方がない。
それに、今までよく瘴炉持ちであったことがばれなかったものだ。
デウスの出撃記録は対G連との照合で完全に一致している。
グレートウォールでの戦線にも参加しており、クロッセルも過去に彼女を直接緊急派遣させている。

「ドレス、デウスのことは今は考えなくていい。周囲索敵とオペレートをするんだ」
『はいはい』

直接回線を閉じて、デウスの戦闘に目をやるララスンとドレス。
黒いオーラを放つ剣を振るって2匹のフライを同時に葬りつつ、次の獲物を索敵する彼女の戦いが、おぞましいものに見えてくる。
瘴気の影響は無いはずなのに。

(それでも、この試験が終わったら彼女を使わなければならない。今はGの力も欲しいぐらいだ・・・)

皮肉か、運命か。
GはGの力によって潰されている今の状況を、最低でもあと一回は見るだろう。
この先に控える“戦争”は、過去の303作戦に引けをとらない内容となる。

(だが、人類は2度や3度も同じ失敗はしない。失敗すれば、ベーエルデー・・・いや、クロッセルが消えることになる)

成功と失敗。どちらへ転がっても歴史的な1ページを飾ることになるだろう。
願わくば、その1ページは人類が記したページであることを望むのみである。




「残敵数3・・・。現れないところを見ると、負傷固体かしら」

個体数が減り、瘴気の吸収が減り始めたが、まだ吸気が行われているため近くにはいるだろうことは分かる。
しかし、ヴァンシを囲まれている以上雲の中にまで進入して索敵するわけにはいかない。
メードには、最近になって開発されたレーダーと呼べるものを持っておらず、ドレスの索敵も、とりわけ目が良いというだけで、実際に使う道具は双眼鏡である。
背中に背負う通信機が音波(ソナー)レーダーになるわけでもなく、通信中継範囲が極端に大きい以外に機能は無かった。
ヴァンシには一応ついているが、精度は低いし距離も短く、身体の大きなデウスと、小さいために反応が弱いドレス、そして未だに途切れない巨大な雲が相変わらず映るだけ。
おまけに、雷雲のためか、レーダーにノイズが酷く映りこんでおり、モニタリングが難しい状況でもあった。

「ドレスさん。こちらデウスです。そちらからGは見えますか?」

当初の予定には無かったが、現在の状況下ではドレスとの共同索敵が認められている。
高高度からこちらを見ているならばこの雲の向こう側も見えているはずだ。

『・・・・・』
「ドレスさん?」
『はい』
(何、この殺気めいた声・・・)

不機嫌を通りこし、明らかに不満と敵意が混ざった声を通信機が拾う。

(まさか・・・)

デウスは悟った。
EARTHから来たメードに対する評価試験と、観測力のあるメードがついていることは今までもあったが、瘴気を吸気していることがドレスに見えている。
自分が、瘴炉持ちであるのが理解できてるのだ。

『敵影同軸上の奥に2体確認。残り1不明』
「・・・ありがとう」

バレている。
ドレスが元から気だるそうにしているメードだということはララスンから聞いていたが、それだけ露骨に表情や感情を表に出さないということだ。
しかし、通信機から聞こえてきた声は、殺気にもよく似た、子供が嫌いなものを見て嫌悪するような感情が混ざっていた。
人見知りするようなものではなく、完全に敵視されているということを。

(ついに見破られましたか。でも、よくここまで来れたものだわ)

稼動から数年して、さらに特殊な状況下でのみしか派遣できないEARTH直属のメードなど、普通信頼できない。
データが少ないメードであれば評価試験をさせて当然だし、技術面で盗めれば盗む。
だが、瘴炉は毒である。
本来作ってはいけないものであり、普及させてもいけない、貪欲の力だ。
でも、あの連中はこれをさらに洗礼させてより、完成度の高い瘴炉を開発しようとしている。
故に、バレてしまうと対G連からの圧力で、イレギュラーな瘴炉持ちは“処分”されるだろう。
運用が許可されている仕様とは違う、保護された身分ではない彼女は、これ以上戦えない。

(もうバレているなら、制限する必要もないか)

フェルムリーフの一部に装着されていたライフル「フェルムステイメン」を手に取ると、瘴気の圧力を示すタコメーターを見る。

(アウトプット10、変換率1.22、コアエネルギーカバー・・・)

ヴァンシとの距離を見た。
デウス自身のコアエネルギーで瘴気が吹き飛ばされて消えるには十分な距離がある。
雲を挟んだ向こう側に2体のフライ。
撃つしかないだろう。

「フェルムステイメン、レディ・・・ファイヤ」

左腕に構えたライフルから眩いほどの光が放たれた。
元は瘴気のソレだが、単に瘴気をぶつけただけではGに対して全く効果はない。
コンデンサ内部で保存された瘴気は、循環するコアエネルギーと接触、摩擦する。
この摩擦したときのエネルギーがプラスのエネルギーとなり、これがGに対して放たれる攻勢エネルギーとなる。
フェルムステイメンはこの変換効率で特に優れた能力を持つエネルギー兵器だ。
ただし、それなりの瘴気を必要とするため、この一発の射撃でコンデンサはほぼ空になってしまった。

「あたったかしら?」

ステイメンから放たれた瘴気の一部を還元しつつ、吸気量が一時的に減ったことを確認する。
もとより瘴気の残量が無かったため、撃ったエネルギーも単なるエネルギー弾のようなものになってしまい、威力はかなり減衰しているが、それでも十分な火力であろう。

『敵2消滅。残り1出現確認。接触注意』

ドレスのオペレートが機械的になっていた。
敵撃破の報を聞いても、デウスにとっては複雑な想いである。

(もうすぐに私の運命が決まりそうだわ)

この任務完了後に何かあるのはほぼ確実だろう。
対G連にたいしても隠蔽している彼女のスペックが明るみに出るとなれば、今こうして飛んでいられるのは最後となる。

(もう少し、飛んでいたかったかな・・・)

デウスの足元に広がる雲海から最後のフライが飛び出してくる。
胴体に3発分の銃創があり、足の3本が千切れている、例の負傷固体だった。

「・・・これで最後」

フェルムリーフの推力をカットして、自由落下姿勢に入るデウス。
真っ直ぐ上昇してくるフライは自滅覚悟なのか、鋼鉄すら砕く顎を広げて、彼女を捕食しようとしている。
残量が6%となっているコンデンサをフル稼働させ、スレイヴを構えた。

「私の任務はあなたで終わる。Ave, Maris stella(めでたし、星の海よ)」




「敵全滅を確認・・・」
『よし、なんとかいけたな』

敵全滅を告げるとヴァンシ内の緊張がほぐれたのを感じたドレス。
ワモンの一匹でも相手にできないただの人間にしてみれば、この勝利が約束されたものであっても気が気ではないだろう。
一人での戦闘力ではドレスにすら劣る故に、デウスがへまをしてしまったら、今度はドレスに助けを求めるはずだ。
大人が子供に対して偉そうにしているくせに、困ったら“バケモノ”に頼る好都合主義の塊。
子供心で感じる大人の矛盾を通信機越しに聞くとさらに嫌な気分になる。

『デウス、よくやってくれた。ようこそルフトバッフェへ、我々は君を歓迎しよう』
『ありがとう御座います』
「・・・・」

それに、瘴炉のことを聞いておきながら、それを迎えいれるララスンもどうかしている。
この戦闘中、ドレスにとって良い事は何一つ無かった。
他部隊への通信訓練と言ってわざわざ休みを削って出てみれば、招き入れたメードは瘴炉持ちで、こっちは寒い空を高高度で飛ばなければならないし、大人たちの矛盾も見てしまった。
反抗期だからなのか、無関心を装ってるドレスの内心は結構敏感だった。

『ドレス、聞こえるか? ミッション終了だ。お前も帰って来い』
「・・・・・」

ホバリングしながらヴァンシの背に乗るデウスは、残っている瘴気の“ガス抜き”をしていた。
極微量の瘴気が一本の煙のように伸びている。
ちなみに、これはララスン達には見えないだろう。
オーラのような性質である瘴気はメードであっても、その影を見ることが出来るのは少数だと言われている。
ドレスはこの影がはっきりと見える。

『ドレス。・・・はぁわかった、デウスが中に入ったらお前も戻って来い。それまでに彼女に話しておく』
「・・・・・」
『どぉれぇすぅ?』
「・・・あい」

ガス抜きがまだ終わらないデウスの姿を見つめながらララスンに返事をする。
この時、このドレスの態度が一つの運命を動かしてしまう。
本人にとっては最悪の一言しか出せない、運命だ。

『デウス、戻ったらブリーフィングルームへ来てくれ。話がある』
『・・・了解』

ほぼガス抜きが終わったデウスが一呼吸おいて応える。
正直、まだ降りたくないドレスだが、デウスが機内へ戻るために昇降用リフトがあるハッチへ歩いていた。
ガスが無くなるだろう。
作戦終了の宣言をルフトバッフェ本部に送るため、通信機の出力を上げ、暗号送信する。

「オペレーションTTF6。コード45-1001クリア。ミッションコンプリート、アールティ・・・」

ぞわ・・・

寒気。
全身をくまなく鳥肌に支配され、思わず口が動かなくなる。
巨大な威圧感と、気持ち悪い殺気。
さらに背後から巨大な何かに包まれ、身体も動かなくなってしまう。

「う・・・」

今まで感じたことがない、だがそれはドレスが良く知る嫌なものだった。

「・・・いや・・・だ」

瞬く間に憎悪に支配された空間に取り残されたドレスは早くここから逃げようと翼に力を送った。
だが、包まれた何かによってそれが塞がれ、思い通りに力を送れなかった。
早くしないと。

「いやだ!」

包み込むソレを振り払うようにもがき、手足を必死に動かす。
しかし、間に合わなかった。

ベシャッ!

「!!?」

水をぶっ掛けられたような音を聞いたのを最後に、ドレスの意識が消えた。




『・・・いや・・・だ』
「?」

クルーに帰還するためのシークエンスを指示している時、ヘッドセットから聞こえたドレスの声。
叫んだように聞こえたが、皮肉にも自分自身の声のせいで良く聞き取れなかった。

「ドレス、どうした。何かあったのか?」

ララスンが彼女に話しかけるも、「うー」としか言わないせいで今一状況が把握できない。
だが、ドレスが次に発した悲鳴で、ララスンは嫌な方へと状況判断を迫れることになった。

『いやだ!』
「ドレス!」

こちらの声は届いているはずなのに、ドレスは必死に何かから逃げようとしている。まさか、報告外のフライが隠れていたのか?
ドレスの状況を音から探ろうとヘッドセットを強く当て、ララスンが再度名を呼んだ。

「ドレス! 何があった、答えなさ」

ピキーーンッ

「あぅっ!?」

強く耳に押し当てていたため、強烈なスキールノイズをまともに聞いてしまったララスンはその場に転倒してしまう。

「ララスン准尉!? どうしました!」
「ぐ・・・、耳が・・・」

派手に倒れたララスンに驚いた機長が言葉をかける。しかし、鼓膜が破れてしまったのかどうか、周囲の音を聞き取れなくなっていた。

「准尉!」
「くっ、皆ドレスを探すんだ! 対空監視だ!」
「え?」
「早くしろ! ドレスとの通信が断絶したんだ、何かあったに違いない・・・。デッキ班にも索敵しろと伝えるんだ、今の私は耳が聞こえない・・・」
「なっ・・・、りょ、了解!」

予想外の事態にクルー達は困惑した。
すでに終わったフライ殲滅の任務だったはずなのに、空戦メードのドレスが原因不明の通信障害を起こした。
報告には無かった8匹目のフライがいたのか、単なるドレスの悪戯か。今ここに居る人間たちには分からなかった。

「まだ、戻らないか・・・」

高音を浴びたせいで三半規管にもダメージが入ったのかバランスを保てず、頭がぐるぐる回っている。
それでも無理やり身体を起こして立ち上がると、展望窓からデウスの姿を見た。
足裏に付けられている磁石を使ってゆっくりとデッキへ繋がるハッチへ歩いているところだった。

「デウス、聞こえるか」




「はい、なんでしょうか」
『・・・聞こえたらコクピットの展望窓を見てくれ』

ヴァンシの背の上を歩いているデウスは、機首部分でやや出っ張りがあるガラス張りの部分に視線を向ける。

『緊急を要する事態だ。良く聞け。28000フィートに居る筈のドレスを見つけるんだ』
「? どいうことで・・・」
『説明する暇はない。良いか、ヴァンシより5時の後方、高度28000フィート、距離は6マイルの位置だ』
「・・・了解」

妙に焦っているララスンを感じ取ったデウスは、そのままの姿勢で該当する空を見つめた。
だが、生憎その視線の先は雷雲の一部が遮っており、良く見えなかった。

「雲が邪魔して見えません。何があったのですか?」
『・・・・・』
「ララスンさん?」
『前方も見ておけ、風に流されてコースをずれているかもしれん。・・・・・・もうすぐ2分だぞ』
(何が・・・?)

明らかにこちらの声が聞こえていない。
おかしいと思い、デウスがコクピットへ視線を向けようとしたとき、視界の隅に黒い筋が見えた。
一瞬自身の黒いラインかと思ったが、ほぼ瘴気がない状態で力が巡ることはほとんど無い。
視線を元に戻して凝視する。すると、雲の合間をただ突き進むように落ちていく小さい物体がデウスの視界に入る。

(まさか・・・!)

黒い一筋の煙を引き、まるで高所から投げ捨てられた人形のように落ちている物。
ドレスだった。





あんまり意味が無い今回のすぺしゃるさんくす



前回より丸一ヶ月開いてしまった3話目。
予定であればすでに次の段階に入ってたのにね・・・

とりあえず、やっと物語が動きましたよ。
ドレスの運命やいかに!










最終更新:2009年04月02日 00:01
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